ムイシキデイリー   作:失敗次郎

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最ッ高にハイッて奴だァアアア!
↑吸血鬼といえばコレ。


VSフランドール・スカーレット

 どうも。古明地こいしです。

 お姉ちゃんに会ってきた帰りです。…………帰り? それはちょっと違うかな。私の帰る場所は地霊殿で、今その地霊殿から出てきたところだし。

 無意識モードでただ行くあてもなく歩き回ってるところ。

 喧嘩とかがあったわけじゃない。むしろ仲良く出来たんじゃないかな? 一般的な姉妹を知らないから、それと比較したらどうかはわからないけど。私は仲が良い姉妹だと思ってる。

 じゃあ何で外にいるか。外の世界という意味ではなく、地霊殿の外という意味で。

 居づらくなったからだ。割り切ることなんて出来やしない。適当な口実をつけて逃げ出してきた。

 簡単に、お姉ちゃんとの姉妹水入らずの会話の内容を言うとだね。

 この間のオカルトごっこの最中に人間とバトって、その人間が落とした携帯を拾って、その拾った携帯についてちょっと話してきた。で、その後「まだまだバトってたらもっと貰えるかも、お姉ちゃんの分も貰ってくるね」なんて言って逃げ出してきた。

 ありがとう外の世界の人間さん。おかげでお姉ちゃんとの会話が弾みました。十分にも満たない雑談だけどね。それでも私の意識下で話すのは本当に久しぶりだから、嬉しかったよ。

 無意識を装ってたけどね。やっぱり昔には戻りたくないから。無為式とは向き合っても、無意識には全力ですがっていくあたり、まだまだ未熟者だと実感させられるね。

 お姉ちゃんが第三の眼で見てきたらどうしようかと思ってたけど、その心配は杞憂に終わった。私の第三の眼が再び開眼することはもう諦めてるのかな? 今のままでいいと思ってくれてるのかな? お姉ちゃんから特別、アクションはなかった。それは助かった。

 今の私の心は、多分読めるだろうから。

 読める=無意識が薄れてきている=覚妖怪としての復活の可能性。お姉ちゃんを期待させたくない。裏切りたくないから。だからこのことは一切喋ってない。

 いや、これを誤魔化してる時点で裏切ってるのかな。

 裏切りは私らしくないな。そんなのはいーちゃんにでも任せておけばいい。いーちゃんの場合、裏切りって言ってもそんな大掛かりなものじゃなくて、ほんの少しの戯言なんだろうけど。

 それで一体どれだけの人生を破滅させてきて、一体どれだけの人を救ってきたんだろうか。

 対して私は、何が出来たのだろう。嘘を吐いて、裏切って。それで何を変えられてきたのだろうか。

 愛には何かを動かす力がある。逆に言えば何かが動いたとき、そこには誰かの何かに対する深い愛があるということではないだろうか。

 これに倣って言えば、いーちゃんの戯言には愛があったということになる。それは玖渚さんへの愛かもしれないし、また別の人への愛なのかもしれない。

 一方で私は誰も、何も動かしてこれなかった。私は誰も愛することはできないし、誰にも愛されていないということなのかもしれない。お姉ちゃんからの愛情に気づいていないわけではないけど、それでも物事は動かない。私という存在を媒介にする愛情に、そんな力はないということなのだろうか。

 あくまでも私という無為式は、いーちゃんという無為式の陰でしかないということなのだろうか。

 誰にも見えない、隠された場所。

 

「戯言だ」

 

 そんなわけあるか。あってたまるか。いくらなんでも報われなさすぎる。私は幸せになりたいんだ。そんな生まれながらに不幸を決められてたまるか。無為式があるにしたって、不幸の理由になるもんか。多分だけど、いーちゃんは無事に幸せになってるんだろうから、私になれないはずがない。

 今のところの幸せへのアプローチは、全部失敗に終わってるけどさ。

 眼を閉じたこともそうだ。いーちゃんと一緒にいたのもそうだ。そこに幸せがあると信じての行動だった。けど今の私はどうだろう。再び第三の眼が開くのを常に恐れ、八雲紫に監視され、いーちゃんに会うことも出来ず、お姉ちゃんに恐怖している。これ、幸せ?

 ふざけんな。妥協なんかしない。絶対に幸せになってやる。いーちゃんにも言われた通り、こんな作り物の笑顔なんかじゃない笑顔を見せてやる。神様やら運命やらがあるって言うんなら、精々今のうちに嘲笑っていろ。

 

「絶対に、幸せになってやる!」

 

 肺の中の空気を全部吐き出す勢いで叫んで、その場にあったベッドに寝転がる。そうと決意すれば、幸せになる方法を模索しなくては。…………そもそも幸せとはなんだろうか。安心? 欲望が満たされる世界? 幸せは失って初めて気づくって聞いたことがある。逆に考えるんだ、私が失ってきたものの中に幸せがあるかもしれないと考えるんだ。最初に思いつく私が捨ててきたものといえば、覚妖怪としての能力。あれが、幸せ? まあ一考の価値はあるけど。

 そういえば、何でベッドがあるんだろう。私、地底を彷徨いてたはずだけど。

 周りを見渡してみれば、何とも悪趣味な部屋だ。部屋って時点で無意識の内に不法侵入してたことは明らかだけど、それは後でごめんなさいするとして。

 この部屋で本来の形をとっているものが殆どない。私が寝転がってるベッドは大丈夫みたいだけど。

 例えば床に転がってる壁掛け時計。半分に折れてる。中の針も長い方は曲がってるし、短い方は見当たらない。他にもテディベアがあるけど、中の綿が出ている。しかも原型をまるで留めていない。

 これはひどいなあ。部屋の主は一体どんな奴なのだろう。私でも精々が人の剥製を飾る程度のものだというのに。今じゃしないけど。

 こういう破壊衝動は、精神の安定していない証だ。安定させるために破壊をするらしい。相当気が触れた奴なんだろうなあ。早いとこお暇しないと。

 

「ねえ――――あなた誰?」

 

 見つかった。

 幼い少女の声だ。私は声の主に顔も向けずに返事をする。

 

「テディベアの妖精よ。仲間を回収しに来たの」

「あれ? テディベアの妖精って一人じゃなかったの? この前壊したんだけど」

「それは偽物だね。泥棒さんじゃないかな? 最近の泥棒は変装も上手みたいだし」

「あははっ。面白いこと言うわね。私がまったく気配に気づかないなんて…………最近の妖精は変わってるわ」

「そりゃ気配はないよ。テディベアに気配があると思う?」

「人形にも気配はあるわ。生きてる限りは気配を持つから」

「じゃあ死んでるんじゃない?」

「生きてるじゃない」

 

 あははと彼女は笑う。

 うふふと私も笑う。

 ここに来てようやく私は彼女を見た。

 目立つ黄色の髪とか、可愛らしい帽子とか、血でも吸ったような真紅の瞳とか、紅白の服装とか、明らかに飛ばなさそうな翼とか。

 どこかで見覚えのあるような気がしたと思えば、これフランドール・スカーレットだ。

 何時からか根城から外出するようになった元引きこもり吸血鬼。

 ああそうか。私は悪魔の城、紅魔館に来てしまったのか。

 無意識って怖い。

 

「――――それではこれで失礼します。次のテディベアが私を呼んでるから」

「え? もう帰るの?」

 

 そりゃ帰るよ。

 まだ死にたくないし。

 返事はせず、ベッドから降りてテディベアを回収。部屋から出ようと扉を開けて、

 

「えい」

 

 扉を開けようとドアノブに触れた右腕が消滅した。

 またか。また私の腕は消えるのか。

 確かフランドール・スカーレットの能力は、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。それ、腕だけ破壊っていう器用なこともできたんだね。すごいなあ。

 痛みを我慢しながら、仕方なく彼女の方へ振り返る。

 

「どうしたの? 何か用?」

「私の部屋に来て、何もせずに帰るなんて失礼じゃない」

「申し訳ない。私に出来ることは何もなくてね」

「何も出来ないなら用事もないわよね」

「その理屈はおかしい」

 

 私の言ってる「出来ない」はあなたを楽しませることは出来ないという意味でね?

 何も「出来ない」という無能のレッテルを自分に貼ってるわけじゃなくてね?

 ついでに言うと後者の「出来ない」人に対して用事もないっていうのは酷だと思うの。

 彼女は不敵に笑う。

 

「で、ホントのところはどうなの? あなた何者?」

「古明地こいし。無意識妖怪よ」

「…………何それ。聞いたことない」

「知名度のないちっぽけな妖怪ってこと」

「その妖怪がここまで私を掻き乱したって? 笑えないわ」

 

 掻き乱した。

 無為式か。発動条件とかないのだろうか。私が何かに強く惹かれた時には確定なんだけど――――致命的なんだけど。他にも何かあるのだろうか。常時っていうことか。まだまだ無為式には慣れないから、わからないことばかりだ。

 で、吸血鬼を惑わしている? それって吸血鬼に喧嘩売ってるのとどう違うのだろうか。

 昨日の八雲紫戦といい、私を殺しに来てるとしか思えない。

 

「これも、あなたの無意識云々の能力のせい?」

「そうだね。無為式って言うのは怖いもので、自分にも制御できないの」

「それはないでしょ。私だってちゃんと自分の能力を操れてるもの」

「無意識に生きてるもので」

「…………それって操られてるんじゃないの?」

「そうかもね」

 

 ここに来た時、何時頃だっけ。日は沈んでたっけ、昇ってたっけ。

 吸血鬼。異常なまでの身体能力の高さを持ってる生まれながらのチート。けど、その反動か弱点も多い。外の状況さえわかれば多少の無茶をしても逃げるんだけど…………どうかな。

 例えば日中。例えば雨。どちらかがあればいい。ただし、ここから外の様子は見えない。適当に壁を壊してみる? そんなことやってる暇、あるかな?

 

「ねえねえこいし。せっかくだし、ゆっくりして行ってよ。お菓子くらいならあるからさ」

「いやいや。私如きにそんなもったいない。それに、甘味は身体が受け付けなくって」

「遠慮してるの? そんな必要ないのに。それとも本当かしら。飲み物は甘くないから大丈夫よ」

 

 言いながら戸棚からボトルに入った飲み物を取り出す。見るからに赤い。絶対血でしょあれ。うへえ。人肉かじったことはあるけど、不味かった覚えがある。血だって美味しくないだろう。何とかして断らないと。

 かと言って逃げることも出来なさそう。一見隙だらけに見えるけど、あれは隙じゃなくて余裕だ。「あなた程度何時でも殺せるのよ」って背中で語ってるもん。

 悶々としている内に、カップに注がれた血が運ばれてきた。

 

「はい、どうぞ」

 

 手渡されたのは可愛らしいピンクのカップ。中身は鮮やかな赤色の液体。

 …………どうしよう。飲むか?

 

「飲まないの? 美味しいよ?」

「…………うん。そうだね。いただきまーす」

 

 恐る恐る口に含む。

 味わう気なんてさらさらない。グイっと一気飲みする。

 ……………………。

 って。

 ぶどうジュースじゃん。

 

「血かと思った?」

「うん。まさかぶどうジュースなんて思わなかったよ」

「なあんだ。あなた私のこと知ってるのね」

「あ」

 

 しまった。

 何て単純な誘導尋問にかかってしまったんだ。

 普通、飲み物を血だなんて思わないよね。そう思ってしまうのは、相手が吸血鬼だと知ってるからこそで。

 …………よく考えれば、それがバレたところで何でもないのではないだろうか。何か知っちゃいけない禁忌みたいな扱いしてたけど。

 

「なら自己紹介も必要ないわね」

「うん。フランドールさんだよね」

「フラン、でいいよ。友達でしょ?」

 

 やったよお姉ちゃん。友達が増えたよ。

 ただしちょっと機嫌を損ねさせたら殺されかねない、破壊と殺戮の代名詞だけど。

 

「どこで私のこと知ったの?」

「こう見えても行動範囲は広いんだよ。それでどっかに行った時に誰かから聞いた」

「探偵みたい」

「私のやったことは探偵殺しだけど」

 

 嘘を突き通し、事件を解決させる。

 真相を暴く探偵の出番を殺した、舞台を壊す無為式。

 主役を出させない、脇役にあるまじき脇役。

 

「探偵殺し? 何それかっこいい」

「憧れるようなもんじゃないよ。メインディッシュより美味しいキュウリがある?」

「何故キュウリ。言いたいことはわかるけど」

「やっちゃいけないことをやっただけだよ。まあ、私のことはいいからさ、フランのこと聞かせてよ」

「…………ん? 何を言えばいいの? もう私のこと知ってるんでしょ?」

「名前と、吸血鬼ってことだけよ。後は…………能力、かな。それぐらい」

 

 実際はもうちょっと知ってるけど。

 というか以前にもここに来たことあるし。その時とは部屋の模様替えでもしたのか違う様だったけど。

 けど私は自分のことをあまり言いたくはない。言って楽しいことなんてないしね。

 暗い過去を自虐気味に話すことしかできない。

 

「私のこと、かあ。…………そうだ。実はさっきまで可愛い人形を作ってたの。見る?」

「ぜひ」

 

 フランが部屋の端に置いてある机を指差す。

 私がその場所を見ると、人の形をした何かが立っているのが見えた。大きさはティッシュ箱を立たせたぐらいだ。少し離れた位置のせいか、あまりよく見えない。

 四つん這いで這って近づいてみると、近づいたことを少し後悔した。

 そこにあったのは紛れもない人間だった。人の形をして、人の肉で固めて人の皮を被せてあるんだから、人間だろう。死んでることは間違いないけど。

 あまり完成度の高いものとは言えなかった。人の形を取るためだろか、中に本当の人形があるのがところどころ見える。その人形の周りに人の肉をくっつけ、人の皮を上から貼り付けてある。が、中の人形が見えるように人の肉までうっすらと見える。人の皮が薄すぎるような気がする。

 

「どう? どう? 頑張って作ってるんだよ。後は目とかつけなきゃいけないんだけど、中々パーツを取れなくって」

「そうだね。こんなに小さい目でもんね」

「大きさはいいのよ。切ればいいんだし」

 

 切る。

 机の上には果物ナイフが置いてある。これで切るのだろうか。ああ、人の皮もどこか歪だと思えばツギハギでジグザグになってる。思ったより手が込んでる。

 

「凄いね」

 

 無難に褒める。

 

「えへへ。ありがと。こいしも作ってみる? 結構集まってるから、いろいろ作れるよ?」

「そうなんだ」

 

 結構です。

 というか、集まってる? 死体をコレクションしているということだろうか。お燐以外にそんなことしてる人いるもんなんだ。二人は案外気が合うかも。…………やっぱりないな。うん。

 

「あー、でも上手く壊せなくって、パーツが偏ってるかも。目が少ないのもそのせいなんだけど」

「上手く壊せないって、どういうこと?」

 

 再度話題を変えていく。

 これ以上サイコパスの話なんて聞いていられない。可哀想でしょ、こんなの。

 

「さっきこいしにやった時は上手くいったんだけど、失敗しちゃったら跡形もなく壊滅しちゃうの。そうじゃなくても、頭だけ飛ばそうとしたら上半身ごといっちゃうとか。よくあるんだよね」

 

 私は最悪、死んでいたということになるのか。

 運が良かったんだか、悪かったんだか。

 誰にとってかで、意味が変わってくるんだけど。

 

「その、破壊する能力って弱点とかなさそうだよね。概念的なものでも壊せるの?」

「流石に出来ないと思うな。やってみたことないからわからないし、やる気もないけどさ」

「それでも、生きてるものなら壊せる」

「間違いなく。死んでるものは…………どうだろう。死に具合にもよりけり、かな?」

「どういうこと?」

「死って言ったらさ、基本的には魂の死だと思うのよ」

「うんうん」

「けど肉体は生きてる。例えば病死、寿命。外傷がないのに死んじゃう奴」

「あー、なるほど。外的要因による死と内的要因による死は別物ってこと?」

「うん。そのどちらか、生きてる方は壊せると思う」

 

 肉体が滅ぶことでの死なら精神を壊すことが出来て、精神が消えることでの死なら肉体を崩すことが出来る。

 …………強すぎない? その能力。無意識しか操れない自分が悲しくなってきた。

 あ、そうだ。フランの能力のことでもう一つ、聞きたいことがあるんだった。

 

「確か目が見えるんだっけ。壊せる部分のこと」

「壊せる部分、というか露呈した弱点ね。それがどうしたの?」

「その部分を私が攻撃したらどうなるの? それでも壊せるの?」

「壊せる、んじゃないかな。やってみたことないしね。あくまでも私のは相手のウィークポイントを見つける能力、そしてそれを動かす能力だし。弱点を作るわけじゃないもの」

「元々ある弱点を視覚的にしたものか。試してみようよ。物質でもいいんでしょ?」

「そりゃそうだけどさ。この部屋にある物って全部壊れちゃってるのよね」

 

 言われて、改めて部屋を見渡す。

 そうだね。原型を留めているものが、本来の機能を維持してるものがほとんど残ってないんだったね。肉体も精神も死んでる状態だもんね。

 …………よし。

 

「じゃあ探しに行こうよ。もしこれが成功したら、私達は幻想郷最強ペアだよ?」

「最強? そんなのつまんなくない?」

「そうかな。何事も一番って気分がいいものよ」

「私はそうは思わないなあ。もう上がないってことでしょ? つまらないと思うなあ」

 

 これはマズイ。

 私の目的、ここからの脱出のために穏便に外に出る作戦が台無しになってしまう。

 というか、それをする必要もないんじゃない? 概念的なものは壊せないって言ってたし、それはつまり認識できないものは壊せないか、はたまた強大過ぎるものは壊せないかのどちらかだと思う。前者であれば、無意識をちょちょいと操って認識をずらせば解決する気がする。後者だったらダメだけど。

 意識はされなくてもそこにいる。

 それが私、古明地こいしだから。

 それはさておきどうしようか。

 この方法は諦めるか。

 

「そうだフラン。ポーカーしよう」

「こいしは思いつきで行動する子なのね。突拍子がなさすぎてびっくり」

「それだけ発想が柔軟ということにしといて」

「いいけど。…………ああごめん。トランプないんだった」

「残念」

 

 会話を逸らすだけの、意味のない言葉並べ。

 私は改めてどうするかを考える。

 …………ここで発想を変えてみる。ここから無理に脱出しなくてもいいんじゃないか? という方面に、思考をシフト。

 私が変なことしない限りは壊されないっぽいし、しばらく一緒にいて満足してもらえれば帰してもらえるだろう。逆におかしなアプローチを続ければその分だけ寿命が縮むかもしれない。

 というわけで。

 とことん遊ぼう。

 

「じゃあ何があるの?」

「何にもないわ」

「壊しちゃうから?」

「そうよ。すぐに壊されちゃうんだから」

 

 フランが壊すからじゃないの?

 ということは勿論言わない。

 

「じゃあ仕方ないね。…………何して遊ぼっかな」

「うん、仕方ないわ。…………何して遊ぼうかな」

「フランはいつも、何をしてるの?」

「一人で遊んでるわ。人形で遊んだり、絵を描いてたり」

「絵描きかあ。いいね、それ」

「でしょ? ね、ね。見てみる? 見たいでしょ?」

「うん」

 

 ちょっと待っててね、と言ってベッドの下に手を突っ込むフラン。そこって卑猥な何かの特等席じゃなかったのか。確かに他に置き場もないような部屋だけど。箪笥はあるけど、機能してるのは一段か、二段程度のもの。他はボロボロだ。今にも崩れそうなぐらい。

 フランがポイっとスケッチブックを投げ渡してくる。

 顔面キャッチ。

 

「ちょ!? こいし大丈夫?」

「顔面セーフ」

「それは意味が違うから」

 

 突然飛んできたものに対処できる奴なんていない。

 そもそも私は今右手がないんだけど。片手でキャッチするなんて器用な真似できません。

 スケッチブックを一ページめくる。

 ……………………何だろう、これ。

 子供がクレヨンで書いたような、雑な赤い丸がある。グシャグシャに塗りつぶされている。…………何かの比喩だったりするのだろうか。赤、丸。

 ああ、なるほど。

 

「お菓子?」

「太陽。お腹空いてるの? 人肉食べる?」

「結構です。…………太陽かあ。フランは太陽見たことあるの? 吸血鬼なのに」

「ないない。だから、こういうのかなって描いてみたの。どうなの?」

「赤っていうよりかは、白いよ。ほら、蛍光灯の光みたいなイメージ」

「ああ、なるほど。というか考えてみたら光って白い感じよね」

「色をつけてない限りは白いね」

「けどさ、熱いものって赤いイメージない?」

「あるある。逆に冷たいものって青だよね」

「そうよねー」

「ねー」

 

 次のページをめくる。

 人の形だ。絵は決して上手いとは言えないけど、特徴はちゃんと捉えてあるから、一目で何を描いてあるのかわかる。それを上手いというのかもしれないけど。

 白の帽子を被っていて、青い髪、衣装は半袖にスカートとフランのものと同一…………かな? そのイメージかな? のピンク色バージョン。そこだけちょっと怪しいけど、それに加えて存在する悪魔の如き羽で誰かは一目瞭然だ。

 

「お姉さん? レミリア・スカーレット?」

「正解。何描こうかなって思ったら、お姉様が浮かんだから描いてみた」

「本人に見せたの?」

「うん。そしたら、もうちょっと似せる努力をしなさいって言われちゃってね」

 

 そう言ってスケッチブックの次をめくる。

 かなり精巧に描かれたレミリア・スカーレットがそこにいた。

 

「描かされた。被写体になってくれたんだけど、ポージングが難しくって…………どうかな?」

「おお、上手い上手い。このポーズはあれだね、カリスマに溢れてるね」

「無理にコメントしなくていいのに」

「ホントのことだもん」

 

 何故ここまで精密なものが作れるのに、一枚目や二枚目は子供の落書きみたいなものになってしまうんだろう。

 想像力が弱いのかな。悪いことではないんだけど。

 …………むむ。閃いた。

 

「面白いこと思いついた」

「どんな?」

「私とフランで一枚ずつ絵を描く。そしてその絵が何の絵なのかお互いに当てるの」

「うん。それは面白そう」

「でしょでしょ? やろうよやろうよ。紙とペンくれる?」

「ちょっと待ってね。紙はこれを使うとして……」

 

 スケッチブックから一枚ちぎって渡してくれる。

 それから荒れてる床を適当に漁って、クレヨンを見つける。

 

「あったあった」

「ひょっとして、クレヨンしかない?」

「そうよ。色鉛筆もあったんだけど、壊れちゃった」

「ならしょうがない」

「そう、しょうがない」

 

 フランが白と黒のクレヨンを手に取り、後は私に使っていいと言ってくれた。好意に甘えて、早速絵を描き始める。

 絵を描いたことはあまりないのだけど、頭に浮かんだものをそのまま紙に描き写すだけでしょ? 楽勝よ楽勝。

 外の世界のものを描いても仕方ないから、幻想郷にあるものに限られる。けどそもそも、こんなのは深く考える必要も何もない。最初に思い浮かんだものでいいのだ。

 というわけで私が描いているのは、大木だ。幹を描いて、葉の部分はモジャモジャーっとした感じにして。

 あ、これ楽しい。

 フランが何枚も描くわけだ。

 

「完成ー」

 

 先にフランが仕上げてしまった。こうなるとちょっと焦る。

 私は緑色のクレヨンを手にとって、葉の部分を適当に塗りつぶす。

 

「私も出来たよ」

「じゃ、オープン」

 

 フランの一声で、互いに自分の絵を相手に見せる。

 フランの絵は、また何とも言えないものだった。

 人の形をしている、のだが腹の部分が白いモヤモヤになっている。ひょっとして、人の形はしているけど人じゃないのかもしれない。白と黒でしか描かれていないのが余計にわかりにくくなっている。

 しかも体の殆どが黒で、腹の部分だけが白いモヤモヤだ。これに意味があるのだろうか。

 いや待て。白と黒であることが関係しているのかもしれない。私を思って白と黒にしたのではなく、最初から白と黒だけで描けるから他のものを私にくれたのかもしれない。

 つまりこれは。

 

「わかった。フランのは人間だ」

「ぶっぶー。これは、あれよ」

 

 そう言って指し示すのは、床に転がっているテディベア。

 中から綿が出ている…………ああ、この白いのは綿か。白と黒だけ持ってったのは、本当に私のためにのことだったんだ。

 深読みしすぎた気がする。

 

「じゃあ、私のはわかる?」

「んー何だろう。茶色の棒と、緑色の…………何だこれ」

「うふふー。さて何でしょう?」

 

 すぐにわかるものだと思ったけど、案外わからないんだ。

 絵が下手すぎるとか、そういうことじゃないよね?

 フランは少し悩んでいたが、頭の上に電球が見えそうなほど「閃いた」な表情を浮かべた。

 

「わかった! これ団扇よ!」

「…………そう見えなくもないよね。茶色が棒だと思ったら。これは木だよ。でっかい木」

「そう来たかあ。そっちかな、とも思ったのよね」

「そういうことにしとく」

 

 負けず嫌いめ。

 人のことは言えないけどさ。

 

「どうする? 互いに当てられなかったけど、二回戦行く?」

「それもいいけど、そろそろ体も動かしたいわ。こいしが来る前までは人形作ってたし」

 

 何だか嫌な予感がする。

 

「喧嘩しよ! 川原で喧嘩すると、仲良くなれるって言うし」

「それは男同士に限るんだよ。しかも人間だけ。私達には無縁だよ」

「えー。何それずるい。じゃあ私達はどうやったら仲良くなれるのかしら」

「今のままでも仲良し。好感度マックス、メーターが振り切れそうだよ」

「そうなの?」

「フランは違う?」

「わかんない。好きなんだか嫌いなんだか、はたまた何も感じないのか」

「嫌いな人とは一緒にいないよ。こんなに遊んだんだし、好きだってことよ」

「そうかな」

「そうそう」

 

 焦る。

 吸血鬼と喧嘩なんてやってられない。何とかこの路線から離れないといけない。

 何だっていい。穏便に済ませられるなら何だってしよう。

 これこそ戯言の出番だ。

 

「だから喧嘩なんてしなくていいのよ。体を動かすにしても、別の何かがあるし」

「…………やっぱりやだ。殴り合って、殺し合って、愛し合おうよ!」

「それはおかし――――っとぉ!」

 

 フランのボディブローを間一髪で――――躱しきれてない。脇腹を持って行かれた。しかも右の方。何というバランスの悪いことになってしまったのだ。右腕と右脇腹がない。これ、マトモに立てないんじゃない?

 

「フラン? これはどういうこと? 私のこと、嫌い?」

「ううん。好きだよ。多分。それを確かめなきゃいけないから、私と殺し合おうよ!」

 

 床に散らばっているテディベアを投げつけてくる。

 触手で突き刺し、フランにお返しする。

 だがしかし、そこにフランはいなかった。

 

「こっちこっち!」

 

 一瞬の内に天井に張り付ける速さを持った相手に、何をしろと?

 とりあえず、フランの無意識を操らせてもらう。

 

「――――あれ? こいし、どこ?」

 

 ちなみに移動していない。

 私のこの能力は、言い換えれば自分を石ころに変えるようなものだ。そこにあっても、気にならない存在。視界に入っても、認識できていても、意識することができない。

 以前までは違った。意識することはできるのだ。ただし、しづらくなってはいるけど。石ころだって一回認識して、意識さえしてしまえばそこあることは確かにわかる。私も同様で、奇襲には使えるにしても一回私を意識してしまえばこの能力は何の意味もなさない。…………これは、私が無意識を操れていなかったことが原因だ。

 今やっていることは簡単なこと。連続して意識を逸らせている。認識をずらす、意識を逸らす。これを連続してかけることで相手は私を認識して意識していたとしても、それはほんの一瞬のこと。確固としたものとして掴めることはない。

 欠点は一つ。はっきりと私の位置は掴めないにしても、私がいることは本能的に知れてしまうこと。

 サブリミナルだ。一瞬しか私を見えないだろうが、逆に言えば何回もその一瞬が訪れてしまう。知覚できなくとも脳ははっきりと私を捉えている。潜在的に私がいるということを知ってしまう。

 姿は確認できずとも、存在は確認されている。

 今はその方が、都合がいいのだけども。

 

「こいしー? 隠れてないで出てきてよ」

「嫌でーす」

 

 どうやら、目は見えていないらしい。無条件で壊されることはないようだ。

 だったら今の内に逃げるのも一つの手段か。気が触れている、と聞いたことがあるがこれ程とは思わなかった。さっきまでは普通に会話もしていたのだし、もう正常に戻ったのかな、とも思った。

 そんなことは一切ない。多分だが、フランは昔から何も変わっていないのだろう。

 昔からこうなのだろう。さっきまでの無邪気なのもフランで、今の狂っているのもフランだ。

 ……………………まあ何でもいいか。私は逃げることに決めた。

 

「じゃあねフラン。縁がないように祈っとくよ」

 

 私は扉の方に歩いていく。

 この時、何故飛ばなかったのか。何故歩いてしまったのか。油断でもしたのだろうか。

 相手は境界を操る八雲紫に匹敵する程の化物だというのに。

 

「――――っ!」

 

 私の足元が、焼かれた。

 姿を看破されたわけじゃない。全ての原因は――――足元のこれだ。

 スケッチブック。そしてそれを踏んでしまったことによる音。

 それに反応して、攻撃した。それも私に逃げ場を与えない、炎による攻撃。

 周りにあるものは、燃えやすいものばかりだ。テディベアもそうだが、折れた壁掛け時計も木製、人の皮も燃え移りやすい。

 火力が高かったこともあり、範囲が広かったこともあり、あっという間に炎は辺りに広まってしまった。

 私はフランの無意識を操った。それはつまり、私だけでなく他のことに対しても作用するということだ。意識を逸らされるはずだ。

 ならば何故。一瞬でも物音がしたら攻撃すると決めていただけだろう。

 私は姿を消す能力でもなく、音を消す能力でもなく、あくまでも意識をずらすだけなのだから。

 あるものを消すことなんてできない。

 

「こいし、見っけ」

「……………………」

 

 そうは言っているが、その視線はあらぬ方を向いている。この部屋にいることがバレてはいても、姿はまだ認識されていない。ただ厄介なことは、本能的にできはなく、無意識的にではなく――――確固としたものとして、私がいることがバレてしまっているということ。

 …………もう逃げられない。そこまで音に集中されていたら、彼女をすり抜け扉を開けるなんてとても出来ないだろう。

 かと言って時間もない。私に吸血鬼ほどの回復力はない。焼かれ続ければ死んでしまう。

 じゃあどうしようか。

 倒すしかない。

 

「――――っ! こいし、何をやったの?」

「聞こえてもわからないだろうけど、言っておこう。トラウマを想起させたよ。うふふ、助けて欲しければどうすればいいか――――わかるよねえ?」

 

 私の掘り起こした記憶。

 それはこの部屋に閉じ込められたことだった。よかったよ、それを無意識下に忘却していて。私の精神攻撃はお姉ちゃんと違って、忘れられていなきゃできないことだから。

 無意識下にある記憶を掘り起こすのだから。

 そしてそこまでして忘れてる記憶なのだから、強烈なものだ。

 記憶は決して亡くならない。思い出すことがなくなっても、そこに必ずあるものだ。

 八雲紫にしたってそうだった。思い出すことのないように、境界を操ってはいたけど、それだけだ。境界を操るにしたって、何かを消すことなんてできない。ただ境目を作るだけだから。

 

「そしてフラン。あなたの能力でも死という概念の存在しないものは壊せない」

 

 もう決着だ。

 フランの言った通りなら、生きているものしか壊せない――――死のあるものしか殺せない。

 記憶は決してなくなりはしない。永遠に本人を苦しめるものだ。私がそうなんだから。無意識を操ってもダメなんだから。

 物理的な能力じゃ決して逃れられない。

 

「……………………そうだ、忘れてた。ここに幽閉されてたんだっけ」

「そうそう。辛かったよね? 苦しかったよね? けどもう大丈夫。この炎に焼かれて全部なくなっちゃよ。うふふ、人助けもやっちゃったかな?」

「じゃあ、ここに閉じ込められてた理由もあるんだろうな。お姉様、確か私の気が触れてるとか言ってたっけ」

 

 言われてたのか。それで直さなかったのか。

 改めて思うけど、何でフランを自由にさせたんだろう。レミリア・スカーレットの真意がわからない。

 

「――――けどいいや」

 

 瞬間、私の首が掴まれた。

 恐ろしい力で、首がもげる錯覚まで覚えた。

 

「がっ――――!? な、んで…………?」

「やっと捕まえた。こいし、勝ちでも確信して慢心してた? よくないよ? そういうのは」

「…………っ、――――ッ!」

「ああ、喋れないのか。大丈夫。喋る必要なんてないからね。…………知りたい? どうしてこいしを捕まえられたか」

 

 知りたいけど、死にたくない。

 まずはその手を離して欲しい。

 腕を離そうともがいてみるけど、フランの腕はまったく動かない。

 

「自分の存在感を限りなく薄くする、っていうのがこいしの能力なのかな。後は記憶をどうこうって感じ。あー、アホらしい。存在感を薄くするって言ってもね、忘れるわけじゃないのよ」

 

 ……………………え?

 それは同じことだよ。昔の私は、誰にも覚えられなかった。それは存在感と記憶がどこかで繋がっているから。そうじゃないの?

 

「今わかった。私こいしのこと好きだよ。だから気づけた。好きな人を見失う奴いないに決まってるじゃない」

 

 私のことが好き?

 だから見失わない?

 そんなことで?

 

「この気持ち、大好き。何かを好きになれるって、何かに夢中になれるって素敵だと思う。だからね、その気持ちを大切にしたいの。

 

 私のために死ね。古明地こいし

 

 首をへし折って、殺してあげる」

 

 ……………………。

 なるほど。そういうことか。フランドール・スカーレット。凶気の原点はそこか。

 

「――――何で笑ってるのよ?」

 

 理由を話そうとしても、手を離してくれないから言えない。

 とにかく、それなら話は早い。

 私も私の中の無為式に倣って、フランを壊すことにしよう。

 まずは触手を動かし、燃やす。

 そしてそれを、フランに突き刺す。

 その上で身体の中でグチャグチャに掻き回す。

 

「ぐっ! この程度で、怯むと思った? 哀れね、私は吸血鬼よ?」

 

 フランは触手を捕まえようと、意識をそっちにやる。

 知ってる。

 その耐久を信頼している。

 死んでほしいわけじゃない。それで紅魔館の人達から狙われても嫌だ。

 けど壊させてもらう。

 私の目的は、声を出すことにある。

 意識がそれたら、無意識の内に他のことは疎かになるものだ。

 吸血鬼でもそれは同じことのはず。

 

「ねえ、フラン。良いこと、教えて…………あげよっ、か?」

「何よそれ。というか喋んなくてもいいよ。苦しいでしょ?」

「喋りたいの。もうちょい、力緩めて……?」

「…………わかった。私ももうちょっとこいしの声聞きたいし」

 

 ゲホゲホと息を吐きだし、思いっきり吸う。少しは楽になった。

 フランは私の首を絞めるのをやめ、頭を掴んでいる。これで確かに喋れるけど、苦しいことには変わりない。多分、気を損ねるようなことを言ったら頭をグシャリと潰されてしまうのだろう。

 さて、戯言を始めようか。

 

「フランは凄いね。私の反対だよ」

「…………どういうこと?」

「自己肯定が凄いんだよ。わかるかな。とは言ってもそのまんまだけど」

「自分を肯定するってこと? それ、普通じゃないの?」

「私は自己否定の塊だからね。陽も陰もそこは変わらなかった」

 

 いーちゃんの罪悪感。

 自分が全てを抱え込むそれは、人を壊す無為式からくる自己否定と、いーちゃんの優しさだった。

 私の逃避思考。

 嫌なことから逃げて、自分から逃げて、世界から逃げて、無意識と無為式のせいにした、自己否定。

 

「自己肯定っていうのは、自分を好きになることだからね。自分を愛してるってことだからね」

「…………そうね。それが何? 言いことってそれなの?」

「まさか。これからだよ。自己肯定は行き過ぎると良くないのもわかるかな?」

「さあ?」

「それはね、好きなものには甘くなるってこと。自分が好きで好きで堪らなくって、自分のことなら何でも許しちゃう」

 

 絶対に自分を許してこなかった私達との違い。

 絶対に自分を許してしまうフランドール。

 

「許す。認める。どっちでも同じことだけど、フランはそれが強すぎる。いけないことと知っていても自分を優先させちゃう。そんな経験、ないかな」

「知らない。忘れた」

「フランはさっき自分で言っていたよね、気が触れてるって。その原因も自己肯定にあると思うんだよ」

「……………………」

 

 頭を持つ力が、少し弱くなった。

 弱くなったということは、思い当たる節があり、かつ怒ってはいないということ。

 ならチャンスは十分にある。

 私が生き残るチャンスは。

 

「よく言えば自己肯定、悪く言えば自己中心的。はっきり言えばキチガイ」

「こいし。早くしないと蒸し焼きになっちゃうよ?」

 

 そういえば火が回ってるんだった。

 すっかり忘れてた。暑いのはそのせいだったのか。

 

「じゃあ手早く済ませる。周りの意見を取り入れないってことなんだよ。自分の思った通りにならなきゃ嫌だし、思い通りに事を進める。そしてそれを直そうとしない。それが問題」

「ふーん? けどそれって皆一緒じゃない? 誰だって自分の思う通りにしたいものよ」

「その通りだけど、さっきも言った通りフランは逸脱しすぎてる。異常って、狂気ってどういうことだと思う? 周りと違うことよ。フランは、違いすぎた」

「……………………」

「自分を否定することを知らないし、考えもしない。思いつくこともない。だからだったんだね。私と喧嘩しようなんて言ったのも」

「…………どういうこと?」

 

 服に火が燃え移ってきた。

 まあいいや。

 フランが助けてくれるだろう。

 友達だからね。

 

「気に入らないことがあったらモノに当たるのはフランの良心だね? さっきのテディベアとか。ここの使い魔とかメイドさんじゃなくて、さ。じゃあ壊してしまったものは嫌いなものだった? 違うよね? 好きだけど、壊さずにはいられなかったんだよね?」

「……………………」

「好きだけど壊してしまった。この矛盾を解決するのは簡単だよ。本来ならね。自分が怒り狂っていて衝動を抑えられなかったから、思わず壊してしまった。自分の過失。けどフランはそれを認められないし、そんなの思いつきもしない。自分の否定になるからね」

「……………………」

「じゃあどうしたか。この矛盾をどう自己解決したのか。好きだから壊したことにした。好きなものは壊す、という常識を自分の中にインプットしたんだ。それなら自己否定にはならない。ただの愛の形なんだから。フランの中では、だけど。それをお姉さんは狂気とした。で、幽閉したわけだ」

「……………………」

「ここでもそう。自分が悪いなんて考えなかった。閉じ込められてる理由がわからない。…………フランが何を思ってのか、私にはわからないことだけどさ、きっとそれも歪んで受け取ってたんだろうね。愛情表現として受け取ったのかもしれないね」

「……………………」

 

 それでもフランは、何も言わない。

 私はというと、意識が朦朧としてきた。フランの顔がよく見えない。だんだん真っ白になってきた。ここは紅魔館、赤いはずの城なのに。

 これじゃ白城だ。しろしろと続いてちょっと面白い。

 ――――あれ、いーちゃん?

 ダメだよ。いーちゃんは、こんなところに来ちゃ。

 ……………………。

 …………。

 ……。

 

 

 ※

 

 

 誰かの声で、目を開ける。

 最初に映ったのは、紅い瞳。

 血を吸ったかのような、太陽を写したかのような綺麗な紅色。

 いや、太陽は紅じゃなかった。あれは白い光だった。

 白? 最近、凄い白いものを見たような気がする。

 何だっけ?

 

「こいし! 大丈夫、聞こえてる? ちゃんと見えてる?」

 

 …………ああ、フランドール・スカーレットか。

 フランって呼ばきゃいけないんだった。

 

「大丈夫、大丈夫だよフラン。マウントポジションから降りてくれれば」

「あ、そっか。これじゃ苦しいよね」

「今気づくんだ」

「こいしが心配で、それどころじゃなかったから。…………本当に、目を覚ましてくれてよかった」

 

 フランは私から降りてくれた。少しは楽になる。

 部屋を見渡すと、さっきのフランの部屋とは別の場所のようだ。綺麗なベッドの上に私はいる。相変わらず装飾は赤いけど。目に悪いんだけど、ここの人は何とも思わないのだろうか。

 私はゆっくりと起き上がる。頭が痛い。

 …………あ、やっと思い出した。炎の中で臨死体験したんだった。いーちゃんが笑いかけてるっていう信じられない光景が見えたんだった。いーちゃんの笑顔なんて見たことないから、勝手な想像だけど。

 で、ここを見る限り燃えてないね。

 

「火事は? 消したの?」

「え? 何の話?」

「…………何の話もないよ。あんなにファイヤーしてたら火事の一つや二つ余裕でしょ?」

「ああ、はいはい。あのねえこいし。この紅魔館があの程度の炎にやられると思う?」

「木造建築だよね? 燃えるよね?」

「魔法だよ」

「魔法だったのか」

 

 なら仕方ないや。

 ってなるかい。それってこういうことでしょ? 紅魔館を人質に取った気でいた私がバカだったってことでしょ?

 うっわカッコ悪ぃ。

 

「で、さっきの続き。聞かせてよ」

 

 …………フランの興味はそこだけか。

 私を生かしたのもそれが聞きたかっただけ、というわけでもなさそうだ。

 だって。

 

「どうしたのよ。早く教えてよー」

 

 自分のウィークポイントを聞くことをこんなキラキラした目で待つ奴なんて、いるわけない。

 今のフランはあれだ、御伽噺を聞く子供のようだ。

 だから私も子供をあやすように言う。

 

「はいはい。今話しますからねー」

「子供扱いしないで」

「すいません」

 

 これは反省。

 

「えっと。その前に聞きたいんだけど、フランは自分が狂ってくることはわかってるの?」

「何となく。周りと違うんだろうな、とは思ってたよ。それが狂ってるってこともわかってた。何が狂ってるのかはわかんなかったけど」

「それはそうだよ。狂ってるって決めるのは他人だし、他人の感じてることを知ることなんてできないもの」

「…………ねえこいし?」

「はいはい。何?」

「ここにこいしを運ぶ時に咲夜から聞いたんだけどさ…………あ、咲夜っていうのはここのメイドね」

「あのナイフフェチなメイドさん?」

「それは違うと思うけど。とにかく咲夜からこいしのこと聞かされたよ」

「…………私のこと?」

 

 何だろう、私とあのメイドさんが関わったことなんてないはずだけど。

 一体何の話を聞いたのだろう。

 

「こいし、無意識妖怪なんかじゃなくて、覚妖怪じゃない」

「あ、バレた」

「無意識妖怪もあながち間違ってないらしいけどね。覚妖怪をやめたんだって?」

「そうそう。生まれ変わりたかったんだ」

「それが、自己否定?」

「うん」

 

 自分が嫌な時はどうすればいいか。

 自分をやめればいい。違う自分を作ればいい。

 それも嫌いになるかもしれないけど、だったらまた新しい自分を作ればいいんだ。

 それを成長と呼ぶ人もいるんじゃないかな?

 

「まあいいけど。そんな元覚妖怪のこいしだったらさ、相手の感じてること、思ってることも全部わかるんじゃないの?」

「それが嫌だからやめたんだよ」

「あ、そうだったんだ。じゃあ戻る気はないんだ?」

「そうだよ。今のままが一番」

「ちょっと残念」

「何で? 嫌われ者の覚だよ?」

「本気のこいしと戦ってみたかったからさー。残念だなあ」

「大した力はないよ。ちっぽけな妖怪だよ」

「謙遜しないでよ。吸血鬼とあれだけ張り合えるんだから、十分強いよ」

「ありがとう」

 

 おっと、話が逸れてる。

 私としては逸らしててもいいんだけど、そろそろ心のオアシスこころちゃんに会いたくなってきた。

 ホームシックってやつだ。

 

「さて。フランの心の狂気を何とかしようか」

「何とかなるものなの?」

 

 ならない。

 なんて正直に言うつもりはない。実際根本的なものを直すことなんて出来はしない。けど、改善は出来る。少しは良くすることは出来る。

 

「大事なのは意識することだよ。自分のおかしいところを知って、それを意識して止めようとすれば大丈夫」

「おかしいところ…………って言ってもさ、私は自分の何が悪いのかわからないんだけど。自己肯定が過ぎるって言ってたけどさ、それが間違ってるってことじゃないでしょ?」

「その通り。というかね、そもそも間違ってるとかじゃなくて、狂ってるかどうかの問題なの」

「何それ。どう違うの?」

「計算式でもないんだから、正解も間違いもないんだよ。狂気っていうのは、違いすぎて淘汰されるってこと」

「理解できないから、受け入れられない?」

「うん。私の考えだからあれなんだけど、誰しもが普通になろうとしてるんじゃないかって思うのよ」

「…………ああ、そういうこと。皆が違うけど、それが嫌なんだ」

「違うことが悪いことって感じるんだろうね。法律とかマナーっていうのは模範、つまりは普通の基準。それを守るってことは普通に近づくということ」

「守らないということは普通から遠のくということ。つまりは――――狂気、異常者」

 

 何だ、よくわかってるじゃん。

 なら何をすればいいのかもわかるはず。

 

「そういうことかあ。回りくどいね、こいし」

「友達がこういう人でね。移っちゃった」

「え? 友達いたの?」

 

 私ってどういう風に見えてるんだろう。どうしてぼっちにされてしまうのだろう。

 大体、ぼっちはフランの方じゃん!

 言ったら殺されかねないので言いません。

 私はコホンと咳払いして話を戻す。

 

「だからね、フランもルールをしっかり守ったら大丈夫ってことだよ。大事なのは意識すること。ルールを、そして自分の欠点を」

「なるほどね。私の欠点っていうのは自己肯定、だよね?」

「そう。…………ああ、自己肯定の何が悪いのか、具体的に言ってなかったっけ」

「うん。詳しく」

「りょーかい。さっきのルールの話に則って説明すると、自分をルールにしちゃうことだね。自分が基準で、周りが間違ってる。これは悪いこと、わかる?」

「それぐらいはわかるよ。…………私、そう見えるの?」

「うん」

 

 正直に答える。

 

「んーん。自分ではいいことしてるつもりだったんだけどな…………」

「そりゃフランの中ではいいことだよ。そういう風に考えちゃってるんだから」

「わかるけどさ、何か納得いかない」

「じゃあこう言い換えよう。フランは、ポジティブなんだって」

「あ、それいいかも。けどそう言っちゃったら直す気なくすなー」

「それはダメだけどさ」

 

 究極のポジティブシンキング。

 自己中心の最終形。

 そんな風に言えば凄くカッコイイけど、やってることは実際最低である。

 何をしても自分を正当化させる、非を認めない、悪びれない。そして何より、それを自分が理解できない。

 この性格は、元々なのだろうか。それとも何か原因があるのかもしれない。…………それはわからないけど、少なくとも望んでこうなったわけじゃないことはわかる。

 そしてもう一つ。今の彼女はこれを直そうとしている。口ではあんなこと言ってるけど、私の言葉に耳を傾けてくれているのがその証拠だろう。なら、ちゃんと協力しないといけない。

 

「まずはルールを知ることから始めようか。それを一つ一つ守っていけば、きっと大丈夫。いや、絶対に大丈夫だから」

「…………そう、かな?」

「そうだよ。フランはバカじゃないんだから、大丈夫だって。私も付いてるからね」

「――――――――ありがとう。こいし」

 

 フランは嬉しそうに笑ってくれた。

 大丈夫と言われたことが嬉しいのか、それとも別の理由か。他人に喜んで貰えて嬉しくない奴なんていない。私だって、人並みの心はある。

 あるはずだから。

 さて。するべきこともしたし、私はこれでお暇させてもらおうかな?

 私はベッドから降りて歩きだそうとして――――こけた。

 あれ、まともに立てない。力が入らない…………あ、そうだった。

 脇腹がないんだっけ。バランス感覚が変なわけだ。

 

「こいし? どこに行こうとしたの? お手洗い?」

「そろそろ帰んなくちゃお姉ちゃんが心配しちゃうからね。地底に戻ろうかと」

「ダメ。…………寂しいじゃない」

 

 目をウルウルとさせて私の手を握ってくるフラン。

 ……………………何だこの可愛い生き物。

 私にはこんな愛らしい子を放っておくことなんてできなかった。

 脇腹を抑え苦しそうに声を上げてみる。

 

「うわー。抉られた古傷が痛むぜー。これじゃ帰れないー。どこかで休息を取らねばー」

 

 棒読み過ぎると言って思った。

 あからさま過ぎてフランを逆に傷つけてしまっただろうか。

 チラッと様子を見てみると、凄く嬉しそうな顔をしていた。

 仮にも怪我人なんだから(しかも自分のせい)、もうちょっと気を使うような表情を浮かべたほうがいいと思うけど、まあいいか。

 

「じゃ、じゃあここにいればいいじゃない! うん、それがいいわ! 私の部屋に行こ? あ、お姉様に言っておかないと! ちょっと待ってて…………いや、先に私の部屋に連れてったほうがいいよね。ここよりも落ち着くでしょ? そうと決まったらさあ行こう!」

 

 こんなにも楽しそうなんだから。

 私は返事をする暇もなく、フランにおぶられて物凄いスピードで連れてかれた。

 その空気抵抗で呼吸ができなくなっていたのはここだけの話だ。めっちゃ苦しかったよ。

 というわけでフランの部屋に戻ってきた。フランはすぐにお姉さんに話をつけてくると言って飛び出していった。

 そして一人、ボーッと部屋を眺める。

 あんなに激しく燃えていたはずなのに、壁には焦げ跡一つない。フランの私物、テディベアや人形、スケッチブックは燃えつけてしまったのかはたまた別の理由か、ここにはなかった。

 今あるのは私の座っているベッドだけだ。それも新品の。

 何となく、寂しくなった。

 

「見事な手際でしたわ。古明地こいし」

 

 どこからともなく私が一番聞きたくない声が聞こえてきた。

 いつものことだから、適当にあしらう。

 

「どうも」

「連れないわね。友達出来ないわよ?」

「さっき出来たんで、心配いりませんよ」

「心配はしてないけど。…………何なのかしらね、あなたのその生存能力は」

「無為式でしょうね。あなたもそうでしょう」

「かもしれない。否定はできないわ」

 

 見慣れたスキマから顔を覗かせていたのは、八雲紫だ。

 見てたなら助けろと言いたくなったけど、そもそもこの人は私を殺そうとしているんだった。自分の手を下すつもりはもうないみたいだけど、死んだら死んだと思っているのだろう。

 

「外の世界で戯言遣いと関わった影響かしらね。随分と口が達者になったじゃない」

「いーちゃんは関係ありませんよ。昔から逃げるのは得意なんです。鬼ごっこでも捕まらなかったんですよ?」

「それは凄いわね。けどああもスラスラと嘘を吐けるなんて、驚いたわ」

「…………別に騙すつもりはありませんでしたよ? こうなんじゃないかなって思ったことを言っただけですから」

「嘘っていうのは真実じゃないってことよ。騙すっていうこと。思っただけのことを当然のように言って信じ込ませてるんだから、それは嘘を言ってることとどう違うのかしら?」

 

 それ、自分も当てはまるってわかってて言ってるんだよね?

 違うか。彼女の場合は相手が信じてないとわかってて言ってるんだし。だから胡散臭いんだけど。

 

「けど筋は通ってるし、本人も納得してるからいいでしょう?」

「そうね。その結果として最悪の方向に突き進んでいなければ、ね」

「…………何のことです?」

「フランドールがあなたに好意を持ってるのはわかるわね?」

「まあ、そうですね。私は鈍感主人公になる気はさらさらありませんから」

「…………そうね。そうしときましょうか。フランドールからしたらあなたは特別な存在よ。彼女にも友達と呼べる存在はいるわ。魔理沙とかね。けどあなたはそれ以上の存在。親友、と言えばいいかしら」

「まっさかー」

「自分のことを一目で理解してくれて、遊びにもちゃんと付き合ってくれる。そんな奴、あなただけよ?」

 

 ……………………いや、それ全部生き残るため仕方なくやってたことなんだけど。

 フランは思い込みが激しそうな子だけどさ、まさかそれだけで親友認定されたの?

 

「嬉しそうね」

「どうでしょう」

「で、これがどう繋がるのか。あなたが戯言遣いにやってたことと同じことになるわね」

「……………………一緒に遊ぶ仲になる、ってことですね」

「依存よ」

 

 知ってた。

 私がいーちゃんに依存してたのはわかってた。だって、私を忘れない存在なんて、あの頃はお姉ちゃんと地霊殿のペットくらいのものだったから。

 いーちゃんと会って少ししてからこころちゃんと会うことになって、それからはそうでもないんだけど。

 そういえば、こころちゃんと友達になるきっかけになった希望の面、あれも元々はいーちゃんに幻想郷にしかないものを見せてあげようとして見つけたんだっけ。

 …………本当、いーちゃんさまさまだ。

 もう、依存出来ないのが寂しいな。

 

「…………感傷に浸るのは十分かしら?」

「うん。大丈夫です」

「そう、じゃあ続けるわ。あなたの傷が治ってどこかへ行こうとした時、フランドールは着いて行くでしょうね。それが依存ということだもの」

「やっぱり来ますかね」

「そのデメリットも承知でこの選択をしたのでしょう? 世間知らずの子守、任せるわ」

「失敗したら?」

「殺しに行くわ。もちろんあなたを。フランドールはレミリアに責任取らせる」

 

 やっぱり彼女に逆らっちゃいけないな、と実感する。

 八雲紫。あまりに強大すぎる力を持つ妖怪。どう考えても逸脱してる、普通じゃない。フラン同様に淘汰されるべき存在だよ、あなたは。

 ああいや、それはないか。境界を操ってる限りは。

 ……………………はあ。結局のところ、強いものが全てを制するってことかな。

 

「そんなわけで、よろしく頼むわね」

「軽く言ってくれますね」

「あなたなら楽勝でしょ?」

「それは信頼と受け取っていいんですか?」

「お好きなように」

 

 彼女はスキマの中へと消え、スキマはその場から消滅した。

 それと同時に扉が壊れるかと思う程大きな音と共に開かれる。

 そちらを振り返れば、笑顔のフランが私に飛びかかってきた。

 私はどうする?

 一、受け止める。なお吸血鬼の彼女が凄いスピードで飛びかかってきたため、無事に済む保証はない。

 二、避ける。物理的には不可能だが、何かの奇跡が起こって避けれるかもしれない。

 三、誰かが助けてくれる。お願いします。

 さあ、どうなる!?

 

「――――ぐふ」

 

 答え、一。現実は非常である。

 その勢いのままベッドに押し倒された。

 失神しそうになるも、何とか意識を保つ。骨は何本かやられたと思うけどね。

 

「こいしぃ! お姉様がオッケーだって!」

「……………………ああ、そうなんだ。よ、よかった…………」

「それでね、もうすぐ食事だから、よかったら一緒にって! 気づかなかったけど、ちょうどディナーの時間だったのよね」

 

 そこまで歓迎してもらえるんだ。

 けど残念。

 

「…………ゴメン。今、ちょっと無理」

「…………うん、そうだよね。正直わかってて言った」

 

 私の脇腹がどうなってるのか。

 内蔵が見えるぐらい酷い。風穴が開いたここから呼吸してるぐらい。よく見えないけど、胃袋に違和感があるし、そこも穴が開いてるんじゃないかなって思う。

 

「ちょっと見せて」

「うん。痛くしないでね?」

「大丈夫だって」

 

 脇腹を抑える手を退けてフランに見てもらう。

 ふんふん、と言いながら美味しそうなものを見る目で見てるけど、吸わないでね? 妖怪の血なんて美味しくないよ? 多分。

 

「あちゃー。こりゃ酷い」

「どんな感じ?」

「骨が折れてる。心臓をかすってるね。あといたるところに折れた骨が刺さってる。胃袋も穴が開いちゃってるよ」

「え、よく生きてるなこの妖怪」

「自分のことでしょ。ううん、治療できるような奴、ここにいないからなあ」

「そうなの? 魔法使いとかメイドとか、何とか出来そうなイメージがあるんだけど」

「パチュリーは精霊魔法ばっかだし、咲夜は万能だけど、全能じゃないよ。ちなみにお姉様は何も出来ないよ」

 

 魔法で何とかなるものだと思ってたけど、意外と不便なんだな。

 思えば、治療魔法的なものが使えるんだったら、パチュリー・ノーレッジの喘息もなくなってるだろうしね。

 

「うーん。骨だけならポイっと出来るけど、それでも食事は出来ないよね」

「口も歯も喉もあるから食べれるけど、ここから出て行っちゃうよ」

「それは見たくないなあ。…………仕方ない。何も食べれないし食べさせないけど、お姉様から話もあるみたいだから、来てくれる?」

「そうなるかなって思ってた」

「大丈夫よ。お姉様だって紅魔館の主だもの、無差別に食べたりしないわよ。それにこいしって美味しくなさそうだもん」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 私はフランの肩を借りて歩きだそう、としたけどフランからしたら飛んでいったほうが早いと思ったんだろう、私を背負いだした。

 

「え、ちょ、私今は歩きたい気分――――」

 

 そして私は、風になった。

 

 




こいしの皮を被ったキリコかな?
何で生きてるんだろう?

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