なので省くこともあるかも。
「私と模擬戦をしてくれませんか?」
「え?」
服部は確かに言った。
私と模擬戦をしてくれないかと。
突然のことで葵が驚いたのも当たり前で、真由美や摩利も服部の発言に驚いていた。
服部といえば次席で入学しこれまで模擬戦での負けなしの実力派。
それ故に二科生を見下していた面もあったのだ。
そんな服部が新入生、それも二科生相手に模擬戦を申し込んでいる。
「柊…さんは二科生ですが今の話を聞く限り到底二科生とは思えません。もちろん疑っているわけでは無いのですがその実力を私に見せていただけないでしょうか?」
葵は内心思う。
はじめてあった数時間前の態度と全く違う。
自分が信じたものにしか敬意を払わない。
こういう奴に限って周りが見えていないのだ。
それにこいつは自身の力を過信しすぎている。
こいつじゃあ相手にはならない。
故に面倒くさい。
「いいんじゃないか?葵さんと一戦交えれば少しは二科生への見方も変わるだろう」
「そうね。私からもお願いできるかしら」
本人が乗り気ではないのに対し真由美と摩利はやる気満々である。
ここで断ればいいのだが先程も言ったように服部はすぐに周りが見えなくなるタイプだ。
今断っても何度も申し出てくるだろう。
どうしたものかと悩んでいると体内時計が時刻を告げる。
生徒会室に置かれている時計に目を向けると正午を回っていた。
「あの、とりあえずお昼ご飯食べてもいいですか?」
後に後にしてもあまり意味はないのだがとりあえず抜け出す方法を考える時間を稼ぐことにした。
♢
場所は変わって食堂。
生徒会室でも食事は取れたらしいのだが葵は学生食堂というものに興味があったためにこちらを選んだ。
それに合わせて真由美と摩利は食堂まで案内してくれた。
なぜだがわからないが服部は来ないらしい。
「ここが学生食堂か。広いなー」
食堂にはこれから部活動であろう人達がちらほらいるだけでほとんどが空席だった。
今日は入学式のため大半の生徒がすでに帰宅しており人はあまりいない。
葵は二人と同じメニューを選び席についた。
「それでさっきのことなんだけど、はんぞー君と模擬戦やってあげてくれないかしら」
三人で黙々と食事をとり、皆が食べ終わったところで真由美が口を開いた。
「…でもなあ」
「何か嫌な理由でもあるのか?」
真由美と一緒に乗り気だった摩利も聞いてくる。
「いや、別に嫌ってわけでもないんだけど。ただねえ」
「ただ?」
「服部先輩はもう私を二科生として見てない。私が模擬戦で勝ったとしても何か変わるとは思えないんだよね」
これは素直に感じたことだ。
服部は私が真由美達と同じ代の人間で、尚且つ摩利よりも強いと認識している。
入学云々の流れでも細かいところまで話してはいないためもしかしたら入学時期を遅らせたために二科生になっただけで私のことを本当は一科生じゃないかと思ってるかも知れない。
そんな状態の服部と模擬戦をしても何かが変わるとは思えなかった。
というかぶっちゃけ服部とかどうでもいい。
「そうかもしれない…。でも彼の目は本気だったわ。葵さんと模擬戦をすれば少しは考えを改めてくれるかもしれない」
「私からも頼むよ葵さん」
会ったばかりの真由美だけならともかく摩利にまで頼まれては断りづらい。
「七草と渡辺がここにいるとは珍しいな」
ふと後ろから声がしたために後ろを振り向くと見知った顔の男が立っていた。
「あら克人じゃない。久しぶりね」
葵に克人と呼ばれた男、十文字克人は葵を見るやいなや目を見開いていた。
―――――
―――
―
あれから摩利や真由美に説明してきた入学についてのものと同じ事を克人に伝え、その流れで現状も教えた。
「服部が…か」
「そうよ。というよりも十文字君も葵さんと知り合いだったの?」
「昔ちょっと付き合いがあってね」
真由美の問には葵が答えた。
「それでどうだ十文字。知り合いなら出来れば十文字からも葵さんに頼んで欲しいのだが」
本人を目の前にして言うようなセリフではないと思いながらも克人へと視線を向けると腕を組んで瞼を閉じていた。
何やら考えているようだ。
克人はあまり好戦的なやつじゃないため止めてくれることを願う。
「…それで柊はどうなんだ」
「私はやりたくないね。やる意味がない」
葵は元々一科と二科の分け方には反対ではない。
見下されるのは腹が立つが弱肉強食、力を持つものが力無いものを制す。
それが世の常だと思っている。
だからこそ真由美達とは違い服部の考え方にも否定的ではないのだ。
そうすると服部と模擬戦をしてもこちらにメリットがない。
(それにあいつ相手じゃ肩慣らしにもならないだろうし)
基本的にはメリットとデメリットを秤にかけて行動しているためメリットが皆無の今回は動く気にもなれない。
それは葵を知るものは知っていることだろう。
だからこそ克人に乗せられることになる。
「そうかもしれん。だが自分よりも遥かに上の域に達しているものとやりあえば服部も何かに気づき変わるかもしれん。俺からも頼む。無論礼はする」
鉄壁の二つ名で呼ばれる十師族十文字家の次期当主が言う礼は期待できる。
内容を言わないということはこちらで決めてもいいということだろう。
何を思って克人が動くのかはわからないがこれはやらない訳にはいかない。
「そう。克人がそこまでするならやるしかないね。ただし、真由美と摩利にも礼とやらをしてもらうね」
♢
「葵さんってどのくらい強いの?摩利だけじゃなくて十文字君までかなり評価しているみたいだけど」
「見ていればわかるさ。真由美もなにか学べるかもしれないぞ?」
葵達は服部に申し込みを受けるという旨を話し、今は第三演習室に来ている。
ここならばある程度の衝撃にも耐えられるとのこと。
因みに鈴音…市原先輩もいる。
生徒会室に戻ったときには鈴音も居て話を聞くと興味が湧いたのか一緒に来た。
「さて、はじめますかね」
ストレッチをし終わった葵が服部に向かって言った。
あれからもう二年も経っているとはいえ念には念をということで動く前のストレッチは欠かさずするようにしている。
「宜しくお願いします」
服部は意外と礼儀正しかった。
やっぱり二科生とは思われていないのかも。
「始める前に一ついいですか?」
「なんだ市原」
摩利が開始の合図を出そうとしたその時、鈴音が声を上げた。
「柊さんのCADはどこにあるんですか?」
そう言われて皆葵を見る。
先程とは何も変わらず、何かを付けているようには見えない。
勿論手に何かを持っているわけでもない。
「ないですよ?そもそも私CAD持ってないですし」
摩利は苦笑し、克人はため息をつき、真由美と鈴音、服部は唖然としていた。
当然といえば当然だろう。
ここでの模擬戦は魔法を駆使しての模擬戦を示す。
なのにCADを持たないとは非常識すぎる。
「ははは、相変わらずだな」
「ちょっと摩利、いいの?」
「問題ないさ。葵さんはいつもああだからな」
いつもああ、ということは毎回毎回CADは使わないということ?
「実を言うとな、私は葵さんが魔法を使ったところを見たことがないんだ。模擬戦をしてきたと言っても魔法を使っていたのは私だけ」
真由美は自分の耳を疑わざるを得ない。
魔法無しの生身で魔法使った相手と模擬戦なんて正気のさたとは思えない。
ましてや相手は対人戦のエキスパートである摩利だ。
「十文字はどうだ?葵さんの魔法、見たことあるか?」
「…一度だけな」
顔の表情から見るにあまり良い思い出ではないようだ。
「あれは流石鉄壁の十文字家ってところだったね。守りが硬すぎてついつい使ってしまったんだよね」
つい使ってしまう。
本来ならば魔法は必要ないと言うことなのだろうか。
「そういうわけだ服部。別に特別お前が舐められているわけではない。気にするな」
「…わかりました」
服部の眉間に皺が寄っていた。
多少なりとも怒りを感じているのだろう。
それは対等の条件ではないからだろうか。
だとすれば根は真面目な人間なのかもしれない。
「それではルールを説明する。今回は葵さんがいるから特別ルールだ。服部は葵さんを戦闘不能にしたら勝ち、葵さんは服部が魔法を使えない状態にしたら勝ち。まあつまりは服部も戦闘不能になったらアウトということだ。無論相手に直接の攻撃は無しで行う」
摩利の説明に十文字は理解しているようだが真由美と鈴音はいまいちわかっていないようだった。
魔法を使えない状態にしたら勝ちとはどういうことだろう、直接の攻撃はなしでそんなことができるのだろうか、そんな疑問が頭の中を回っていた。
だが服部はあまり気にしていなかった。
相手は生身の人間である。
魔法が使えるこちらの方が速く動けるだろう。
開始の合図をと共に後方へ吹き飛ばし、壁にぶつけて意識を奪えばそれでいい。
「それでは両者位置につけ」
だが服部は忘れていた。
先程摩利が魔法を見たことがない、と言っていたことを。
魔法を使わないということは魔法を使わなくても問題はないということ。
要するに魔法は必要なかったということだ。
克人は一度見たことがあるといっていてため使えないというわけでは無いのだろう。
"使えるけど使わない"
それだけでも葵の実力が見えてくる。
双方が位置についたのを確認した摩利は頷き手を挙げた。
「はじめ!」
手を下ろすと共にかけられた声に合わせ、服部は思惑通り魔法を発動する。
それを葵に向けた時にあることに気が付いたがもう遅かった。
(いない…?)
数秒前にはそこに居た葵の姿を視界に捉えることが出来なかった。
どこにいったのかと振り向いた時にCADをつけていた左手、それもCADの上に葵の手がそえられ耳元で囁かれる。
―――遅いねぇ
まるでそれが何かの合図であったかのように服部が身につけていたCADがはずれた。
いや、はずれたと言うよりは破壊されたと言った方が正しいのかもしれない。
何がなんだかわからないまま、演習室内に摩利の声が響きわたった。
「そこまで!」
真由美と鈴音、服部はよく状況が掴めていないようだった。
摩利と克人は経験があるのだろう、特に気にする様子も無い。
「これでいい?」
「もう少し時間を掛けて色々と試させたかったのだが…まあいい。こういう奴もいると知っただけでも前進だろう」
試させたかった、と言うのは服部に幾つかの攻撃パターンをさせたかったということだろうか。
ともかくこれで役目は終わった。
礼は追々してもらうとして今日は帰ろう。
少し疲れてしまった。
「それじゃ私はこれで。今日はもう帰るね。あ、CADはどうせ学校のでしょう?弁償しとくから」
葵はそう言い残し、その場を後にした。
閑話休題
葵が去ったあとの演習室は暫く沈黙が続いていた。
その沈黙を破ったのは意外にも克人だった。
「どうだ服部」
「…見事にやられました。魔法無しでもここ迄やられるんですね」
「そうだ。一体複数の場合は魔法が必要になってくるだろうが、一体一の場合は魔法無しでも柊のようなことをやるやつもいる」
「葵さんみたいなのが何人もいたら困るぞ」
摩利が苦笑しながら言った。
普段からかわれることも多いので精神面でも言っているのかもしれない。
「実際に柊みたいなのは何人もいないだろう。だがここは魔法学校であり入試で出題されるのは魔法関連のものだけだ」
「…二科生だからといって格下とは限らいということですか」
「そう言う事だ。一科二科だけで魔法師の価値は決まらない。これを期に生徒会副会長として学校のあり方を考えてみるのも良いだろう」
服部は今まで生徒会に所属、それも副会長という役職につきながらも二科生を禁止用語である雑草とよび差別してきた。
それも内面を見ずに彼らが二科の生徒というだけで。
「実技試験における魔法力の評価は魔法を発動する速度、魔法式の規模、対象物の情報を書き換える強度で決まる。もしかしたら別の分野で特出した才能を見せる二科生もいるかも知れない」
「そうね…。はんぞーくん、私はこの学校に生まれている一科二科の溝を埋めたいの。生徒会副会長として協力してくれる?」
真由美の当初の目的である服部の考え方を変えるというのも上手くいくかもしれない。
「…ええ、そうですね。溝を埋めることができれば二科の生徒が前に出ることによって一科の人間も触発されるかもしれない。私も考え方を変えなければいけませんね」
こうして服部の二科への差別意識は取り払われた。
(葵さんには感謝しなきゃね)
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(痛い。やっぱりまだ元通りってわけにはいかないか)
演習室を後にした葵はクラス確認のためにID発行の手続きをしていた。
(上田もどうせなら筋肉の衰えとかもろもろ身体の管理もしてくれればよかったのに)
二年間体を鍛えてきたが自分が思うように動かせる域まで達していない。
三十年ものあいだ動かずにいたのだから無理もないのかもしれないのだが愚痴らずにはいられなかった。
(ていうか私の体は丈夫だから大丈夫とか言ってたのに普通に痛むんだけど)
これからのためにも上田にどうにかしてもらおう、そう思いながらIDを発行した葵は帰路につく。
(クラスは…E組か。どんなクラスになるのかしら)
―――未だに桜が舞うこの季節。
初めての事ばかりが起こっている今、葵は心を踊らせていた。
誤字脱字があれば、知らせていただけると有難いです。