摩天楼の星   作:サマエル

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Revenger~最終章Ⅰ:星、燃え尽きる刻~

地球より遥か300万光年の彼方に輝くM78星雲、別名『ウルトラの星』。

地球はもちろんの事、この広大な宇宙全域を凶悪な侵略者から守護する屈強なる勇者たちの故郷である。

その中心に位置する宇宙警備隊本部最上階の一室において、宇宙警備隊隊長は何か落ち着かない様子でそわそわとした態度を見せていた。

 

ウルトラマンゾフィー。

 

かつて帝都・東京においてある凶悪宇宙人の企みから地球を守護した歴代最強のウルトラマンであり、この宇宙警備隊を取りまとめる大黒柱でもある。

いつ何時でも冷静な態度を崩さず柔軟な思考を持って対応する寛大さが彼の最大の魅力なのだが、その冷静な隊長がこれ程不安を露にするとはどうした事か。

 

「失礼いたします。」

 

その隊長室に一人の隊員が一礼と共に入ってきたのは、その時だった。

 

「おおメビウス。待ちかねていたぞ。」

 

「申し訳ありません。何分、調査に手こずりまして。」

 

ようやく現れた件の人物に、ゾフィーはいつもならあまり変えない表情にありありと安堵を見せる。

 

「では早速報告してくれ。」

 

「はい。まずは遊星ジュランの件ですが、周辺にビッグバンやブラックホール、及び惑星規模を破壊するような事象はなかったそうです。」

 

遊星ジュラン。

それは1000年に一度地球に大接近すると言われている緑豊かな星の名前である。

そして、今からちょうど1年前の3月に謎の消失を遂げた星だった。

不可解な事件に何者かの宇宙人の陰謀を予感したゾフィーは、見習い隊員であった新人のメビウスを招集。

遊星ジュランの消失した宇宙空間一帯の調査を命じたのである。

 

「自然ではまずありえない事ですが、ブラックホールとは違う、虚数空間に呑みこまれたと考えるほかないかと………。」

 

「虚数空間? だが、人為的にワームホールを生み出せる種族など………。」

 

言いかけたその時、脳裏にある宇宙人の顔が過る。

自分たちをも凌駕する科学力の粋を結集したその戦いはまるで忍術。

歴代の侵略者の中でも指折りの難敵。

嫌な予感が、再び隊長の顔を歪ませる。

 

「………ジュランの本来の座標は分かるか?」

 

「は………本来ですと、10日後に地球に大接近いたしますが………。」

 

問いの意図が分からず、答えつつも首を傾げるメビウス。

だがそれで、ゾフィーの不安は確信へとその姿を変えた。

 

「………やはり、行かなければならないか。」

 

ふと、自身の机に置かれた宝具を見る。

ウルトラブレスレット。

かつて自らがプラズマ・オーブと共に操り、6年前に地球へ旅立つ弟へ授けた品だ。

ウルトラマンである事を捨て、愛する人と生きる事を決めた弟からこれを返されてもう1年。

言い知れぬ月日の速さに、ゾフィーは僅かながら、自身が時代の流れと言うものに置いて行かれ始めている様な思いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1929年3月。

信長事件と称される未曾有の災害から実に3か月。

未だ世界の最先端の街として知られる紐育は、かつてのそれを上回る程の復興を遂げていた。

より高く豪華に立て直された建物の内外を、せわしなく動き回るニューヨーカー。

生まれも育ちも文化も違う彼らに共通するのはただ一つ。

過去より今を、今より明日を、明日より未来を目指しつつける姿勢。

開拓者の時代から変わらぬ、あくなきフロンティア・スピリットである。

そして今、彼らの視線の先は宇宙。

まだ見ぬ天空の世界へと向けられ始めていた。

ロバート=ゴダールの小型ロケット打ち上げ実験の成功。

更にチャールズ=リンドバーグの紐育=巴里間の飛行達成。

未だ遠い空の向こうをめざし、紐育は挑戦を続けていた。

そんな彼らの憩いの場として不動の地位を確立しているのが、タイムズ=スクエアの中心部に位置する『リトルリップシアター』である。

常にアメリカの求める時代を先取りし、多くのニューヨーカーにひと時の夢、そして明日への希望を与えるミュージカルシアターである。

今月の演目は『ドリーム・アストロノーツ』。

父の夢を継いで宇宙飛行士となった青年が、様々な苦難の果てに有人宇宙飛行に成功し、まだ見ぬ宇宙の果てに旅立つサクセスストーリーである。

 

「見えた………! あれが………あれが父さんの追い求めた夢の星………! いつかたどり着くと、誓った星………!!」

 

そのクライマックス。

昴の扮する宇宙飛行士のマックスが、ようやくたどり着いた夢の星に手を伸ばすシーンである。

これまで乗りこえたいくつもの苦難。

支えてくれた仲間たちとの思い出。

そして、思い出すのは亡き父の顔。

 

「見えたよ、父さん………。夢の星、ドリームスターが………。」

 

壮大且つ幻想的な音楽に包まれる宇宙空間。

感動のフィナーレを、割れんばかりの拍手が包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昴さん、お疲れ様です。」

 

未だ熱気に包まれる舞台から戻ってきた昴に、新次郎がタオルと水で満たされたコップを渡す。

昴はそれを一気に飲み干すと、礼を述べつつ着替えにかかる。

何せ厚手の宇宙服を身に纏っての演技だ。

まだ肌寒い季節とはいえ、汗だくになるのは致し方ない。

 

「しかし今回の衣装はよく出来てるよな。中身もしっかり宇宙服だし………。」

 

「おじ様も近年宇宙開発が活発だと仰っていましたから、もしかしたらその影響かもしれませんね。」

 

「宇宙か~。リカ、よく分かんね………。」

 

その一方で、今回の衣装の出来栄えに関心を寄せる脇役たち。

本来シアターの衣装のほとんどは虹組の杏里に一任しているのだが、今回の宇宙服は彼女一人では手に負えない代物だったという。

何せ水も空気もない世界に、人類はまだ到達した事がないのだ。

故にどのような装備が必要なのか杏里自身も見当がつかず、ある人物に急遽協力を依頼する事となった。

 

「ねえハワード、今回の宇宙服って何で知ったの?」

 

その人物、ハワード=アンバースンは、何か感慨に耽るように遠い目を、明後日の方角に向けていた。

 

「お~い、ハワード~?」

 

「………ん? おお、悪い悪い。」

 

余程考え込んでいたのか、ジェミニの呼びかけに反応したのは耳元に声をかけて数秒後だった。

その受け答えの力の無さを見ると、何処となし疲れているようにも見える。

 

「最近どうしたの? 見るたびに疲れて………て言うか、ずっと疲れたまんまだよね?」

 

「………そうか? 別にいつも通りだと思うぜ?」

 

「そんな事ないよ。仕事終わったらすぐ帰っちゃうし、この前のホームパーティーも一人だけ休んでたし………。」

 

目に見えた彼の不調は、今日に始まったことではなかった。

年明け前後、ちょうど安土城の決戦から3週間程が過ぎたあたりから、妙にハワードの様子がおかしくなり始めた。

いつもの言動に覇気がなく、態度も妙に余所余所しい。

少なくとも、向こうから話しかけてくるという事が無くなった。

本人はあくまで平静と言うが、どうも違和感がぬぐえない。

何かをこちらに隠しているような、そんな不信感が見え隠れしているのだ。

 

「………たまたま都合がつかなかったんだよ。俺は平気だから、そう心配すんな。」

 

言うや、ハワードはサニーサイドに呼ばれているからと、逃げるように楽屋を出る。

気まずい沈黙と、腑に落ちない表情の星組。

その中で一人、カーテンの奥の昴だけは、何かに感づいたように瞳を鋭く尖らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なるほど。事情は大体わかった。」

 

その日の夜、終業を迎えたシアター支配人室に顔を見せた昴に対し、サニーサイドは普段の表情のまま相槌を返した。

最近ハワードの様子がどうもおかしい。

楽屋での一件を踏まえ、恐らく彼の私生活も把握しているサニーサイドに、昴は手がかりを求めたのである。

 

「しかしね、流石に彼のプライベートまで踏み込む事は、容易には容認しかねる。彼には彼のプライバシーがあるんだから。」

 

「だが、最近のハワードは明らかに様子が違う。怠惰だった態度が、明らかに疲労に変化している。何か特別な仕事でもさせているのか?」

 

これまでの彼の異変を的確に指して問いただすも、支配人は首を振るばかり。

どうやらサニーサイドが関与している可能性は薄いようだ。

 

「ボクは何も知らないさ。彼の全ては彼だけが知る。ボクはもちろん、キミたちが不用意に踏み込むべきではない。」

 

「………そうか、分かった。」

 

これ以上話を続けても平行線のまま変わるまい。

恐らくこれ以上の押し問答は完全に時間の無駄

そう判断した昴は、腑に落ちない所を感じながらも引き下がる事にした。

だが扉を開きかけ、最後にこう述べる。

 

「サニーサイド。」

 

「何かな?」

 

「昴は忠告する。もし彼に良からぬことを企んでいるようなら………僕たち星組は黙っていない。覚えておいてもらおう。」

 

背を向けたまま声色で威圧し、扉を閉める。

 

「ハワード………、これが僕の思い違いならいいんだが………。」

 

脳裏に過る、ある可能性。

それが間違いであってくれる事を願いながら、昴はおぼつかない足取りでシアターを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、紐育華撃団副司令ラチェット=アルタイルの姿は、地下のモニタールームにあった。

目の前にはこれまでの戦闘を詳細に記録したデータがファイリングされている。

この辺りは流石副司令といったところだろうか。

 

「………やっぱり………。」

 

そのデータをひっくり返し、ラチェットは自身の疑惑が事実である事を悟った。

だが………、

 

「ハワード………。」

 

疑惑の人物の名を呟き、ラチェットはそっと目を閉じる。

認めたくない。

そう思って様々な視点から証拠を探すも、出てくるのはその疑惑を立証するものばかり。

自分が賢くなければ、こんな事を知らずにいられたのに。

そう思うと、今だけ聡明な自身の頭脳に嫌気がさした。

 

「私は、こんな事信じない………。貴方の口から聞くまで、信じないわよ………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ………!!」

 

激痛に、また目が覚めた。

寝汗でシーツが湿っている。

どうやら長い時間体は苦しめられていたようだ。

 

「くそっ………! なんだってこんな………!!」

 

最初の兆候は、不意に訪れる妙な倦怠感だった。

ダイアナに止められてからタバコには手を出していないし、最近はラチェットと飲む機会もない。

だが気怠さは日に日に強くなり、ある時を境に胸部の激痛へと変わった。

火箸を突き刺したような、思わず悲鳴を上げたくなるほどの酷烈な痛み。

それは昼夜を問わず突然襲い掛かり、収まるまでのおよそ10分間はまともに動く事もままならなくなる。

おととい辺りからそれは更に悪化。

収まるまでの時間が長くなり、頻度も増えた。

密かに王に診てもらい、痛みを僅かに抑える事が出来たために仲間内には隠し通せているが、それもいつまで続くか分かったものではない。

 

「………?」

 

ふと、キャメラトロンに通信を知らせるアラームが鳴りだした。

やたら耳に響くそれを捕まえて、メッセージを再生する。

 

『(ハワード、ラチェットよ。こんな時間にごめんなさいね。明日は何か予定が入ってるかしら?なければ、ちょって付き合ってほしいんだけど………。都合がよければ返事を返してね?)』

 

それは今、ある意味一番会わない方が良いと思う人物だった。

自分の事なら手に取るように分かる彼女の事だ。

恐らく今の自分の異常も、薄々感づき始めている事だろう。

チラリと脇の時計に目をやる。

時刻は4:30。

まず起きている時間ではないだろう。

 

「くぅっ………!」

 

断ればそれを理由に更に怪しまれる。

ここは危険だが平静を装って出向くしかない。

ハワードは出来る限りいつもの調子で、メッセージを録音した。

 

「………俺だ。分かった、付き合うぜ。だったら悪いが、朝のうちに俺の部屋まで来てくれ。………いい夢を。」

 

若干早口になってしまった感じではあるが、恐らく不自然ではないだろう。

送信完了を確かめ、ハワードは力尽きたように顔を突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ハワードは耳鳴りと頭痛によって目を覚ました。

ハッキリ言ってコンディションは最悪だ。

昔馴染みが何に付き合わされるかは皆目見当がつかないが、これは会ったその場でもうバレてしまいそうな予感さえさせる。

 

「さて………。」

 

食欲はない。

というより、最近は朝食べたものはほとんど吐き戻してしまうので食べないことにしている。

それに満足に動けるのは今だけだ。

相変わらずだるい体に鞭を打ち、着慣れた服で身なりを整える。

 

「………。」

 

鏡に映った顔を見る。

随分と酷くやつれた顔だ。

これが今の自分なのか、一瞬疑ってしまう。

 

「………来たか。」

 

来客を知らせる呼び鈴に、大きく息を吐いてノブに手をかける。

 

その時だった。

 

「………、なっ………!?」

 

この上ない最悪のタイミングで、あの激痛が襲った。

それもかなり激しい。

激痛の余り身動きどころか声すら出ない。

いや、それよりもっと最悪なのは、ノブに手をかけてしまった事だ。

僅かに開いた扉を閉めようと手を伸ばしかけるが、もう遅い。

 

「………、ハワード!?」

 

扉の奥から聞きなれた声がする。

それに何かの終わりを感じながら、ハワードは遂に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の寒さが大分和らいできた休日の朝。

大河新次郎は僅かに緊張した面持ちでセントラルパークの入り口に立っていた。

 

「………少し早く来過ぎたかな………。」

 

そわそわと落ち着かない様子で時計の時刻を確認する新次郎。

30分待ち続け、現在の時刻は9:58分。

待ち合わせの時間は10:00なので、幾分か早く来過ぎたかもしれない。

それだけ心の準備が必要だったと、自身に言い訳してみる。

何故なら待ち合わせの相手と言うのが………。

 

「新次郎ーーーっ!!」

 

「あ、来た来………、!?」

 

待ち焦がれた声に安堵し、振り向く。

刹那、新次郎は一瞬目の前の時が止まったかのような感覚を覚えてしまった。

確かに今聞こえた声は待ち合わせの相手、ジェミニ=サンライズのものだ。

だが振り返った先に、テキサスチックなカウガールはいない。

スカイブルーのフレアスカートとリボンをおしゃれに着飾った、麗しい少女がそこにいた。

 

「ゴメ~ン! ケリーさんの店で仕立ててもらってたら遅くなっちゃって………! もしかして………、待った?」

 

「い、いや………そんな………。」

 

普段の口調からしてボーイッシュなジェミニの女の子然とした新鮮な姿に、思わず見とれる新次郎。

というより、急にこみ上げる気恥ずかしさから、直視できない。

その位、今のジェミニは綺麗に見えた。

普段のモギリ服で来てしまった自分が、情けなく思えるほどに。

 

「さ、まずはセントラルパークで森林浴と洒落込みますか!!」

 

「わぁっ!? ちょ、引っ張るなよ………。」

 

そんな新次郎にはお構いなしに、ジェミニが腕を引っ張っていく。

見た目は変わっても中身はいつものまんまという事だろうか。

そう思うと、モギリ服の後悔は消えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ここに来て、ミステイクか………。」

 

自分以外誰もいない支配人室の机で、散らばる書類とにらめっこを続けたままのサニーサイドが一人呟く。

ネオマキシマ砲の性能、威力は共に申し分なし。

安土城決戦の華々しい戦果に、賢人機関からも惜しみない称賛が贈られた。

だが、同時進行していたもう一つの計画に、僅かだが狂いが生じ始めた。

それを部下の一人に察知されつつあるのも問題だろう。

 

「(どうする………、いっそ時期を早めるか?)」

 

計画に必要な準備は揃っている。

後は、本命ともいうべき被験者のメンテナンスを万全にするのみだ。

今思うと、正直戦わせすぎた感があったかもしれない。

何せ、彼無くして自分たちが勝利を勝ち取った試しは、ただの一度もないのだから。

 

「ん?」

 

そんな考えをめぐらせた時、懐のキャメラトロンが通信を知らせた。

今日は特に誰かと会う予定は考えていない。

となると、部外者の他に自分が通信に出られる時間を知っている人間と言う事になる。

そんな人間は、一人しか思いつかない。

 

「やあラチェット。デートのお誘いかな?………何、違う?」

 

早速いつもの軽口で口説きにかかるサニーサイド。

だが、返ってきた返事はサニーサイドの予想の斜め上を言っていた。

その衝撃、鉄壁のポーカーフェイスが一瞬崩れたほどである。

 

「………へぇ。で、今は………そうか。分かった、じゃあよろしく頼むよ。」

 

それを悟られぬよう平静を取り繕い、通信を終える。

と、自嘲じみたため息が漏れた。

 

「………やれやれ。ボク、振られちゃったかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

景色は、色を失ったセピアに包まれていた。

小ざっぱりした、やや狭い感じの一軒家。

辺りを見ると、インテリアどころか家具自体がほとんどない空き家同然の状態だ。

こんな所で人が暮らせるのか。

そう疑問に思った時、背後から声が聞こえた。

 

『そろそろ出発よ。ハワード、準備できたの?』

 

不意に呼ばれた自身の名前に、驚いて振り返る。

刹那、その目が驚きに見開かれた。

何故ならそこにいたのは、信じられない人物だった。

 

『早く支度なさい。お父さんも今頃船に到着してるわ。』

 

肩口まで伸ばしたブロンドのストレートと、緑色の目をした優しげな印象の女性。

その姿に、ハワードは目を疑った。

それもそのはず。

何故なら目の前にいるのは………、

 

「か………、母さん? 母さんなのか!?」

 

刹那、幼げな声と共に一人の少年が自分をすり抜けていく。

それは、紛れもなく幼い頃の自分。

これはその時の、ハワード=アンバースンの記憶のワンシーンなのだと、ハワードは自覚した。

 

『ねぇお母さん、これからどこ行くの?』

 

『ドイツよ。お父さんのお手伝いにいくの。窮屈だけど、我慢してね?』

 

『うんっ!!』

 

その言葉に、ハワードはハッと顔色を一変させた。

ドイツに行く。

それが何を意味するか、ハワードは思い出したのだ。

 

「駄目だ………!! 駄目だ、行くな!! 戻って来いっ!!」

 

恐らく聞こえていないのだろう。

血相を変えて必死に叫ぶが、若かりし頃のアンバースン親子は何の反応も見せずに扉の外へと消えていく。

 

「行くなっつってんだろうがっ!! 行けば………行けば親父もお袋も、みんな死んじまうんだっ!! 行くなあああぁぁぁ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ハッ!?」

 

絶叫と共にセピア色の世界が本来の色を取り戻した。

気付けば自分はベッドの上。

今生活している自分の部屋だった。

 

「ハワード!! 良かった、気が付いたのね………。」

 

「………ラチェット………。」

 

未だ混乱する自分に、見知った顔が覗き込んできた。

何やら心配そうに見つめる表情と、何より距離が近い事から無意識に視線を逸らす。

そこまで認識して初めて、先ほどまでの出来事が夢だと、ハワードは自覚した。

 

「覚えてる? 玄関を開けた途端、急に胸を押さえたまま倒れたの。」

 

「あ………ああ、そうだったな。」

 

そうだ。

玄関まで来た彼女を迎えるために玄関を開けた所で、例の激痛に襲われ、意識喪失という事態になったのだ。

恐らくラチェットが自分をここまで運んでくれたのだろう。

我ながらとんでもない生き恥を晒してしまったと、ハワードは思った。

 

「王先生の見立てだと、疲労から来た貧血らしいわ。貴方、最近ずっと具合悪そうだったもの。」

 

「………そうか、爺さんが………。」

 

恐れていた一番の不安要素が消え、ハワードは僅かに安堵した。

王は、サニーサイド同様に自身の正体を知る彼は、紐育華撃団のメカニックの指揮を執る他、漢方を中心とした東洋医学のスペシャリストでもあった。

故にハワードは、胸の痛みを和らげるために度々王に頼っていた。

兎にも角にも、これで自分の不調の原因を知られる可能性が薄れたことに変わりはない。

 

「それじゃあ、今は休んでて。今日は一日居てあげるから。」

 

「ああ、悪いな………っておい!? 俺そんな女々しい事言ったか!?」

 

「ええ、確かに言ってたわ。うなされてる時に「行くな」って。録音してるけど聞きたい?」

 

そういってキャメラトロンを見せるラチェットに、いらないと言って背中を向ける。

恐らく目覚め際に叫んだ言葉が寝言になって漏れていたのだろう。

奥のキッチンで何かを作る音を聞きながら、ハワードはしばらく羞恥に耐える事となってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

才色兼備。

それは、正に彼女のために生まれた言葉と言っても過言ではなかった。

若干10歳にして特殊戦闘部隊の隊長を務めあげ、容姿端麗、頭脳明晰、更にはずば抜けた社交性と、非の打ち所が全く見つからない秀才。

そんなラチェット=アルタイルであるが、実は彼女にはたった一つ、誰も知らない致命的な欠点があった。

 

「………ここか。」

 

ここ数日具合の優れなかったハワードがついに倒れたという知らせを受け、昴は病人の自宅の前にいた。

その後ろには、同じくサニーサイドの知らせで駆けつけたサジータらの姿もある。

 

「しかしラチェットが看病してるんだろ? わざわざアタシらが出向くまでもないんじゃないか?」

 

来てしまって今更ながら、もっともな事を口にするサジータ。

確かにそうだ。

自分ならともかくあの秀才と言う言葉を形にした完璧超人が看護しているのなら、自分達にやる事などあるのだろうか。

すると、唯一彼女と付き合いの長い昴は納得した面持ちで答えた。

 

「昴は答える。今日でみんなのラチェットへのイメージが変わる。」

 

「え、それってどういう………?」

 

論より証拠と言わんばかりに、昴は鍵の開いたままの扉を開け放つ。

刹那、その奥に広がる光景に、サジータやダイアナはもちろん、リカリッタですら沈黙した。

何故なら………、

 

「昴は言った。こういう事だと。」

 

ラチェット=アルタイルという人間の唯一無二の欠点。

それは、日常の家事一般が壊滅的にできないというものであった。

言われただけではとても信じられないだろう。

だがこの部屋の惨状を見れば、さしものサジータ達も納得するほかなかった。

部屋中に物が散乱し、扇風機の強風に震える病人のベッドには足元に大量のジャガイモ。

首にはネギを巻いている始末。

まさか、これが看病とでもいうつもりだろうか。

 

「昴!? サジータ達まで、どうかしたの?」

 

ここに来てようやく来客に気付いたラチェットが、驚きを露わに応対した。

最もサニーサイドから来客などしらされていなにのだから、無理もないが。

 

「サニーサイドから連絡があった。君がハワードの看病をしていると聞いたから、大至急向かってくれと。」

 

今までどこか不可解だったサニーサイドからの救援要請。

星組は今に至り、ようやくその真意を知る事になった。

 

「ハワードどうしたんだ? 野菜と一緒に寝るの趣味か? リカ、意外………。」

 

「え………? でも、ネギを首に巻いたりポテトを足元に転がすと良くなるって聞いたから………。」

 

「そんなの迷信に決まってんだろ!? 今すぐ外せ!」

 

「それに、体温を下げてしまってはそれこそ症状が悪化しますよ………?」

 

「昴は言った。間に合って本当に良かったと。」

 

いつになく情けない副司令の姿にため息をつき、救援隊は直ちに救命活動を開始した。

それまで件の副司令が気まずそうに突っ立っていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてこんな事になったのだろう。

 

「ああ、愛しの王子様。この度は何とお礼を申し上げたらよいか。」

 

自分たちは確かに今、デートをしているはずなのだ。

 

「とんでもない。幼き頃より愛をお誓いした姫のためあらば、私は何処へでも駆けつけて見せます。」

 

目の前には、思わず見とれるほどに綺麗なガールフレンド。

その距離の近さに、思わず鼓動が熱く、激しいものに変わる。

 

「姫………、愛しております。」

 

「王子様………。」

 

熱のこもった言葉を交わし合い、そっと口づける。

そして………、

 

「………こうして、魔王の城を脱出した王子様とお姫様は、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし!!」

 

締めのナレーションを合図に、盛大な拍手が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、助かったぜシンジロウ! 流石紐育のヒーローだよな!」

 

豪快に笑うカルロスに、新次郎は思わず苦笑いを返す。

デートを始めて数刻、セントラルパークの広場に差し掛かった所で、二人は唐突にカルロスに呼び止められた。

何と彼らが定期的に行っている人形劇のメンツが急用で来られなくなってしまったのだ。

そこでたまたま通りかかった顔見知りの新次郎たちに、助っ人を頼んだのである。

当然新次郎は難色を示したのだが、それより早くジェミニが快諾してしまい、仕方なく新次郎も助け舟を出してあげる事になったのだ。

 

「気にしないで下さいよ。ボク達だって楽しかったですから。ねっ、新次郎?」

 

「う、うん、そうだね………。」

 

折角のデートの時間をだいぶ潰されてしまい、乾いた笑いが漏れる。

幸か不幸かその真意に気付くものはなく、カルロスも後片付けがあるからと早々に消えてしまった。

 

「あ~、楽しかった。人形劇って言っても、やる事は舞台と変わんないね。またやろっかなぁ~?」

 

「それはいいけど………、できればデートのとき以外がいいな………。」

 

「おや? それは嫉妬かな、新次郎君。」

 

「だ、だって………、折角そんなオシャレしてるのに、勿体ないよ………。」

 

「アハハ、心配性だなぁ。隣に新次郎がいるんだから、周りの事なんていいの。」

 

強がれない自分の反応に、ジェミニもやや赤い顔で笑う。

こんな事は初めてだった。

嫉妬というか、ヤキモチというか、そんな所謂独占欲と言う感情が、いつしか目の前の少女に対して芽生えていた。

それは姉の代わりに守るという責任感でもなければ、同じ星組の仲間意識から来るものではない。

好きなのだ。

一人の日本男児、大河新次郎として、目の前の少女、ジェミニ=サンライズがただ好きなのだ。

いつもの明るく活発な所も、時々意地悪くからかって来る所も、二人きりの時だけ女の顔で甘えてくる所も、その全てが好きなのだ。

 

「それでも………、独り占めしたくなるんだよ。僕だけのものにしたい位………その………す、好きだから………。」

 

「………うん。ボクも好き。一緒にいてこんなに胸が溶けちゃうくらい熱くなるの………新次郎だけだよ………。」

 

「ジェミニ………。」

 

ふと、ジェミニが体を預けるようにもたれかかる。

そっと胸の中に受け止めると、背中に手を回して来た。

自分に甘えたいサインだ。

幸い周りに人はもういない。

新次郎もジェミニの背中に両手を回し、その温もりを感じる。

何物にも代えがたい至福のひと時。

やがて甘い沈黙の中、ジェミニがふと名前を呼んだ。

 

「新次郎………。」

 

とろけた顔でこちらを恥ずかしげに見上げるジェミニ。

見つめ返すこちらに気付くと、ジェミニは瞳を閉じてすぼめた口をこちらに向ける。

それに応えるようにこちらもゆっくりと顔を近づける。

互いの甘い吐息が頬をくすぐり、そして………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「わわわわわっ!?」」

 

互いの唇が触れようとした正にその時、新次郎のキャメラトロンが通信を知らせてきた。

最悪のタイミングに驚き、思わず距離を取ってしまう。

 

「な、何だ? シアターからか?」

 

「もぉ~、折角最高にラブラブチックだったのに~。」

 

あまりにひどい通信のタイミングにブーイングを上げるジェミニ。

だがしかし、その内容を確かめた新次郎は隊長の顔になって言った。

 

「………ごめんジェミニ。今日のデートは多分ここまでだ。」

 

「え………?」

 

言いつつキャメラトロンのメッセージを見せる。

すると、ジェミニも納得の表情で頷いた。

 

『ウルトラマンタロウについてある事実が判明。作戦指令室へ至急集合されたし。 九条昴』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないな大河。日を改めた方が良かったかも知れないが………。」

 

作戦司令室で最初に聞かされたのは、集合をかけた本人からの謝罪だった。

既に指令室の座席には、ハワードを除く星組のメンバーが勢ぞろいしている。

 

「いえ、気になさらないで下さい。」

 

「そうだよ。司令室に集まるって事は、大事な話なんでしょ?」

 

いくらデートをふいにされたからと言っても、星組として重要な話があるのなら話は別だ。

それよりも二人は、本来いるべき者達の不在が気になった。

 

「………ラチェットさんやサニーサイド司令は、来てないんですか?」

 

「ああ。この集まりは彼らにも秘密にしてある。理由はこれから述べるよ。」

 

そう言いつつ、昴は二人にも座るよう促す。

いつもと勝手の違う現状に戸惑いつつも従うと、昴は再度口を開いた。

 

「さて、大河達は知らないと思うが、今朝になってハワードが体調を悪化させた。今はラチェットが看病に当たっている。」

 

「ハワードさんが?」

 

3人目の不在者の名前に、新次郎は訝しげな反応を返した。

以前から何となく様子のおかしかったのは、やはり見間違いではなかったようだ。

 

「やっぱり無理してたんだよ。最近ずっと疲れてる感じだったもん。」

 

「それだと良かったんだけどね。………そうだろ、ダイアナ?」

 

能天気なジェミニの言葉に意味深な返事を返し、ふとダイアナに話を振る。

ただ無理をして倒れただけの話ではないという事だろうか。

果たしてそれは、ダイアナの口から出てきた衝撃的な一言によって立証された。

 

「はい………。先ほどのハワードさんは………、恐ろしい程に命の輝きを失っています。もう………生きていられるのが不思議なほどに。」

 

「い、命の輝きって………!!」

 

その言葉に、新次郎はもちろんジェミニも驚きを露に目を見開いた。

命の輝きとは霊力、その者の寿命を指し示す。

輝きが増せばその分生命力は高まり、薄らげばその分生命力は下がる。

今のハワードはダイアナ曰く、『生きているのが不思議なほど』に霊力が失われている。

即ち、生命の危機に瀕しているという事だ。

 

「でも、どうして!? ハワード、具合が悪くなったのってほんの最近でしょ?」

 

ジェミニの口から、もっともな疑問が飛び出した。

確かにそうだ。

ハワードは最近こそ体調の著しい悪化が見られたが、それまでは何の不調もなかったはず。

彼に一体何があったというのか。

この中で唯一彼と付き合いの長い昴には、思いつく節があった。

 

「それについては昔の彼、ハワードの昔について話さなければならないな。」

 

「ハワードさんの過去………?」

 

「なるほど、欧州星組時代か………。」

 

昴の言葉に、納得したように答えたのはサジータだった。

確かに自分達霊的組織の全身である欧州星組に所属していたハワードなら、当時の霊力に何か今回と似た事例があったとも考えられる。

 

「ハワードが最初に欧州星組に加わったのは今から11年前。父、『ロビン=アンバースン』のアシスタントとして、整備班でアイゼンクライトの修理・補強に携わっていた。」

 

「あ、それなら聞いたことがあります。お父上が優れた技術者だって。」

 

数か月前にハワード自身から聞いた身の上を思い出し、新次郎が口を挟んだ。

ハワード曰く、自分のように夢を追い続けた馬鹿な親父。

その言葉から、ハワードもまた父を技術者として深く尊敬していた事が伺える。

 

「それまでハワードは霊力と全くの無縁。専ら整備班としてのバックアップに従事していた。だが………、」

 

意味深な沈黙を挟み、続ける。

 

「配属から1か月後、ハワードは霊力を覚醒させ、5番目の隊員として星組の参入が決まった。ある事件をきっかけにして。」

 

「事件?」

 

誰もが訝しげに表情を歪める中、新次郎の脳裏にはある推論が浮かび上がった。

それはハワードが過去の事を語りたがらない理由。

そして恐らく………。

 

「その日、当時の僕達の総司令が、ドイツから一人の人間を保護した。現帝国華撃団花組隊員の一人、レニ=ミルヒシュトラーセ。」

 

「ドイツ………って事は、ヴァックストゥーム計画の………。」

 

「そう。秘密組織ブルーメンブラッドを壊滅させ、それまで3人だった星組の戦力に予定されていた。だが………、」

 

一瞬表情を曇らせるも、昴は続けた。

 

「ブルーメンブラッドには残党が居た。それもレニ程ではないが、霊子甲冑を操るほどの霊力を持つ者が。彼らは復讐と脱走者であるレニの抹殺のため、僕らの野営地を奇襲した。僕らの霊子甲冑、アイゼンクライトを奪うために。」

 

「ちょ、ちょっと待って! それって、もしかして………!!」

 

「そう。偶然にもその時、ハワードはそこにいたんだよ。母親と一緒にロビン氏の手伝いのためにね。そして残党の襲撃を受けた。あとは………どうなったか分かるね?」

 

その一瞬、誰もが言葉を失った。

秘密組織、それも非人道的な実験を嬉々として行う者達に慈悲などと言うものがあるはずもない。

そんな者に襲われればどうなるか、容易に想像できた。

 

「僕たちが異変に気付いたのは大きな爆発。アイゼンクライトのある倉庫は吹き飛び、辺りには残党とアンバースン夫妻の亡骸がバラバラに散らばっていた。そしてその奥の一機の中で、ハワードがいた。無傷ではあったが、一人何かに怯えているように。」

 

「覚醒したんですね、霊力が………。ご両親の死を、直に見たショックで………。」

 

ダイアナの言葉が、全てを物語っていた。

眼前で無残に殺された両親。

そして自身にも襲い掛かった死の恐怖。

それが引き金となり、ハワードは今に通じる霊力を覚醒させたのだろう。

そして………、

 

「あの規模の爆発は恐らく、霊力爆発。ハワードの保有する霊力なら、起こり得る現象だ。」

 

霊力爆発。

それは怒りや恐怖といった負の感情が理性の範疇を超えて奔流となって溢れだす事によって起こる現象をさす。

特に精神的に自立していない幼少期に多くみられ、その威力は本人の霊力の強さに比例する。

建物一帯を吹き飛ばす程の霊力を保有している人間は今現在帝国華撃団に所属するアイリスしか該当していないが、当時ハワードは倉庫内に保管されていたアイゼンクライトの内部にいた。

そこで霊力爆発を起こしたのだとしたら、内部の霊子水晶によって威力が増大され、あのような結果になったのだと考えられる。

 

「それで昨日、これまでの戦闘データを洗ってみたら、見つかった。3か月前の安土突入の際、本丸で待ち構えていた怪獣に相対したハワードがその霊力爆発を引き起こした形跡があった。」

 

言うや、昴は手元のコンピュータを操作し、あるデータ画面を映し出した。

日付は1928年12月25日午前4時前。

ちょうど自分達が信長に不完全な五輪曼荼羅を挑み、失敗した頃だ。

その戦闘中、霊子水晶が破損する寸前にキャパシティを遥かに超える霊力の負荷がかかっている。

それこそ昴の推論が事実である事を示す決定的証拠であり、ハワードの不調の原因の手がかりになるものだった。

 

「でもさ、原因が分かってるならそう慌てる必要もなかったんじゃないですか?」

 

「僕もそう思っていた。………これを見るまではね。」

 

ホッと安心した様子のジェミニに意味深な言葉を返し、昴は更にコンピュータを操作した。

目の前のデータが目まぐるしく変わり、何やら時間帯がコンマ1秒レベルで記載された数字の羅列が次々と流れ込んでくる。

 

「昴さん、これは………?」

 

「バーニングスターの通信記録だ。さっきの霊力爆発の証拠を押さえた時に、もしやと思って調べてみた。」

 

その言葉に、新次郎の脳裏に電流が走った。

そうだ。

自分達を呼びつけた通信には、元々何についての事実が明らかになったと書かれていたか。

 

「………昴さん、それってまさか………。」

 

先ほどより明らかに驚愕に満ちた顔で、新次郎が恐る恐る呟く。

果たして目の前の天才は、重々しくうなずいた。

 

「確証はない。だが、昴は確信している。ハワード=アンバースン、恐らく彼は………、いや彼こそが………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にまた眠ってしまったのだろうか。

気付けば空は紅く染まり、ビル群のガラスに美しく反射している。

 

「あら、起きて大丈夫?」

 

キッチンの方から、聞きなれた声がした。

視線を窓から部屋の中へ向けると、昔馴染みの後ろ姿が見えた。

普段はかけないであろうエプロンをつけたその様子がいつもと違って、新鮮さを感じさせる。

 

「………あいつらは?」

 

「あまり邪魔すると良くないって、すぐ帰ったわ。余計な事はするなって釘まで刺されちゃった。」

 

心の中でだろうなと返しつつ、ふと机に置いたあるものに目を向ける。

ミレニアムスター。

久しぶりに、それを受け取る夢を見た。

亡き父がこの世に残した夢の欠片。

いつ叶うとも知れぬ遠い夢を描き続けた父の全て。

それが今自分の手元にあるという事が何を意味するか。

改めて考えると、自分も父と同じだったのかも知れないと、一人小さく笑う。

 

「………具合はどう?よかったら食べない?」

 

ふと近くなった声に気付いてみると、小皿を手に隣に座るラチェットがいた。

何やらデコボコになっていてわかりづらいが、フルーツの類だろうか。

 

「リンゴ、剥いてみたの。消化にいいからってダイアナにもらったんだけど………。」

 

「ああ。………指とか切ってねぇだろうな?」

 

冗談混じりに尋ねると、「そこまで不器用じゃありません」とそっぽを向いてしまった。

改めて小皿に乗った不格好なリンゴを見る。

所々皮が残っていたり、変に抉れていたり、果ては長時間苦戦したのかやや酸化して茶色くなっている。

だが、試しに一つ抓んでみると、見た目の不恰好さなど気にならないくらいの優しい味が口いっぱいに広がり、思わず笑みが零れた。

とりわけ味がいいわけではない。

皮を剥いただけなのだから、味付けがどうと言う問題でもない。

ただ、包丁を持ったこともない彼女が自分のために必死で何かをしてくれた。

ただ、それだけがたまらなく嬉しかった。

 

「何だか昔を思い出すわね。」

 

ひとしきりリンゴを味わうと、ラチェットが呟いた。

 

「霊力に目覚めたばかりで戦い方も碌に知らなかった貴方を、私が手取り足取り教えていたころ。貴方、いつも私の傍から離れなかったわ。」

 

「………ああ。そんな事もあったな。」

 

もう10年以上も前。

両親を亡くした事件で霊力に目覚め、なし崩し的に星組の一員に迎えられた頃。

戦い方や心構えのない少年が爆音と悲鳴の溢れる戦場に出るなど、正気の沙汰ではない。

誰でもいい、誰かにしがみついていないと、あの時の恐怖を思い出しておかしくなってしまう。

そんな自分を絶えず守ってくれたのが、他ならぬラチェットだった。

自分がどう動いたらいいか。

どうすれば死なずに済むのか。

手取り足取り、1歳しか違わない隊長は丁寧に教えてくれた。

だからこそ、自分はあの死地ともいうべき戦場を生きて帰る事が出来た。

だからこの街で、新しい星組を作ると言われた時、自分は人知れず決心していた。

彼女を、自分をここまで生きながらえさせてくれた恩人を、今度は自分が守って見せると。

 

「思えば、ロビンさんも不思議な人だったわ。戦争のための霊子甲冑を、戦争に使わなくていい世の中にするだなんて………。」

 

「全くだ。自分で人殺しの機械生み出しておいて、どの口が言えるんだかな。」

 

「そんな事言って、本当は尊敬してたんでしょ? 自分じゃ思い描けない位大きな理想を抱えていたお父さんを。」

 

「………ああ、かも知れないな。」

 

過去の話は好きではないはずなのに、今は不思議と言葉が出てくる。

やはり、隣に彼女が居てくれるからだろうか。

 

「………なぁ、ラチェット。」

 

思いに耽っていた顔が、こちらを見る。

 

「お前は何か………夢ってあるのか?」

 

「どうしたの? 急にそんな事聞くなんて。」

 

「良いから答えろよ。お前の夢ってなんだ?」

 

僅かな沈黙。

マリンブルーの瞳が、少しだけ揺れたような気がした。

 

「………笑わないで聞いてくれる?」

 

「内容次第だな。」

 

「まあ、意地悪ね。」

 

少しおどけてみせると、向こうもそれにつられて小さく笑う。

と、その頬がほんのり赤く染まった。

 

「夢って威張れるようなものじゃないわ。富や名声が欲しいわけじゃない。私が欲しいのは………、平穏な日常よ。」

 

「日常………?」

 

「ええ。素敵な人と結ばれて………毎日笑いあえる事。そうして夫を「いってらっしゃい」って見送って、夜になったら「お帰りなさい」って迎えてあげる事。………それが、小さい頃からの夢なの。」

 

それは、幼い頃から戦場で生きて来た人間の口にする夢とは思えなかった。

いや、欧州星組という非日常の世界で生きてきたからこそ、彼女は何の変哲もない日常を心から望んできたのだろう。

ラチェットもまた、戦いに明け暮れた毎日に一人耐え続けてきたのだ。

命を駆ける必要のない平穏な生活。

本来なら誰もが手に入れられるであろうそれこそが、平穏でない世界で生き続けてきた彼女が真に思い続けた願いなのだ。

 

「………やっぱり、おかしいかしら。紐育を守る使命を持った人間がこんな事………。」

 

「いいじゃねぇか。お前の夢は、お前だけのもんだろ? どんな夢だろうが、バチなんて当たんねぇよ。」

 

「フフッ、ありがと。」

 

少し恥ずかしげに照れ笑いを見せるその表情を、無意識に見つめていた。

人の前では常に秀才として称賛を浴び続けていた彼女が、こんな女の子らしい微笑みを見せる事は今までに何度あるだろうか。

先ほどの夢も踏まえて、彼女もまた一人の繊細な女性なのだと、ハワードは思った。

 

「そういう貴方こそ、夢なんて持ってるの?」

 

こちらの視線に気付いたのか、顔をこちらから逸らす。

その仕草さえ可愛いと思えてしまう自分に、ハワードはつくづく自分が彼女に依存している現実を実感した。

 

「俺は………。」

 

父の夢を口に仕掛け、思わず止める。

本当はそれが夢だと言いたい。

口では笑いながらも、心のどこかでそれが現実になる事を願う自分がいた。

だが、そんな父の夢を心の底から信じられなかった自分に口にする資格などあるのだろうか。

そう考えると、とても父の夢を語れるとは思えなかった。

 

「………明日を………、明日を生きる事だ。」

 

「え?」

 

「いつかなんて長い夢、俺には描けない。だから、明日を夢見る。明日は今日よりいい事がある。そして明後日は、明日よりいい事がある。だから俺は今を生きる。いつか来る素敵な明日を、生きるために………。」

 

一度は叶うものかと諦めた夢。

それをまた、以前のように信じる事は出来ない。

だがそれでも、明日来る一日を信じる事なら出来る。

明日の自分は、今よりもっと輝き、生きている。

それこそ平凡で下らないかも知れないが、なまじ壮大に過ぎる夢より現実的だと、ハワードは思った。

最も今の自分に、それが叶えられるとはとても思えないが。

 

「………なんてな。俺も結局親父と一緒さ。叶えられるかどうかもわかんねぇのに、無駄にでかい理想を広げちまうんだ。」

 

「そんなことないわ。明日に希望が持てるなんて素敵じゃない。そういうの、私も好きよ?」

 

何故だろう。

今までは話したくなどなかった自分の夢。

だがそれを口にした瞬間、今の今まで胸の中に仕えていた何かが言葉に乗って消えていったような感覚を覚えた。

そのせいか、夢を語る事も昔を語る事も、さして抵抗を感じなかった。

自身の与り知らぬ所で何かが吹っ切れたのか。

それとも、もう時間がない事が己が察しているのか。

それならばいっそ………。

 

「………ラチェット。」

 

もうやめよう。

どうせこれが最後なのだ。

隠すのも、ごまかすのももうやめよう。

そう決意した瞬間、ハワードは心が更に軽くなるのを感じた。

 

「お前に今まで………、黙ってたことがあるんだ………。」

 

「………え………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、作戦司令室の時間が一瞬止まった気がした。

誰も言葉を発せない。

発せる筈が無い。

何故なら今、目の前の天才が口にしたのは、信じられない言葉だったからだ。

 

「………昴………。嘘だろ………?そんな訳………。」

 

止まった時間を最初に動かしたのは、サジータだった。

だがその明らかに上ずった声は、普段の威勢を完全に失っている。

 

「僕も最初は思い違いだと思った。これ自体はほ僕の推論でしかない。だが、それを指し示す状況証拠が多すぎるんだ。」

 

確かに、昴の言うとおりではあった。

これまでの戦闘におけるバーニングスターの通信記録。

撃墜されたものは除外するとして、それに当てはまらないアッパー湾上空とタイムズスクエアの戦いで、昴はある共通点を見つけていた。

バーニングスターが音信不通となるタイミング。

それが、いずれもある条件に一致していた。

 

「戦闘区域に例の巨人、ウルトラマンタロウが現れた瞬間、いずれの戦闘においても、バーニングスターの通信はその時点ですでに遮断されている。」

 

「で、でもそれだけじゃ………。」

 

「じゃあ聞くが、タロウが現れた後、この中で一度でもハワードと連絡の取れた人間はいるか?」

 

その言葉に、星組の誰もが言葉を失う。

理由は簡単。

昴の言うとおり、誰もハワードと連絡を取ったことがないからだ。

タロウが現れてから戦闘が終了するまでの間、灼熱の星は不気味なまでの沈黙を保っていたという事になる。

それが何を意味するか、星組一の天才は見抜いていた。

 

「し、しかし………、もし昴さんの推理が正しかったとしても、スターの操縦はどうするんですか?」

 

ここで初めて、反論らしい反論が返された。

確かにそうだ。

もし昴の推測が当たっているとするならば、タロウが現れた時にバーニングスターは無人状態になる。

しかしその節理に反し、バーニングスターはタロウの戦闘中でも飛行し、的確な援護攻撃を行っていた。

それはその瞬間にパイロットが中にいる事を示しており、明らかにこれまでの昴の理論と矛盾している。

が、それに関する反証は既に昴の手の中にあった。

 

「昴は説明する。こういう事だと。」

 

手元のコンピュータを三度操作する。

今度はバーニングスターの断面図と構造だ。

これが一体何の証拠になると言うのか。

すると、一番近場で見ていたリカリッタが何かに気付き、叫んだ。

 

「あっ! あそこ、変なボタンがある!!」

 

指差した先は向かって左側。

ちょうどパイロットから見て右側の足元である。

右手を伸ばせば届く位置にある、横一列に並んだ三色のボタン。

これこそ、先の矛盾を覆す決定的証拠だった。

 

「昴は断言する。それは帝都の戦闘機『流星』から輸入した特殊装置。自動操縦機能だと。」

 

「じ、自動操縦!? そんな事が可能なんですか!?」

 

「まあね。操縦者の思考パターンを機械に読み込ませてシンクロさせれば、十分に可能さ。帝都、巴里でも同様の設備が使用されている。」

 

ここまで来れば、最早ハワードへの疑惑は疑いようのないものへと形を変えつつあった。

タロウ出現と同時に存在を確認出来ないハワード。

無人状態でも最低限の飛行を可能にする自動操縦機能。

一見すると何の繋がりも無さそうな情報だが、昴はそれが、ある事実を指し示す証拠だと断言してみせた。

 

「通信が途切れ、自動操縦機能に切り替わった時、即ちタロウが現れた時、ハワードはスターの中にはいなかった。戦っていたからだ。僕達の目の前で。」

 

まだ信じられない。

だがこれだけの証拠が揃った今、そう考えなければ辻褄が合わない。

その場の全員を見渡し、昴は言った。

 

「昴は確信した。ハワード=アンバースン………、彼は………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分にとって、ささやかな日常程遠く、手の届かない夢はなかった。

本当は戦う事など拒みたかった。

怖い、辛いと泣き叫び、諦めてもらいたかった。

だが、秀才と呼ばれる彼女の頭脳は、それすら間違いと分かってしまった。

霊力と頭脳、両方の才に恵まれた自分に代わる者はない。

即ち、自分が耐えて従う他ない。

聡明であるが故にそれを理解してしまった彼女は、我が儘に甘えていい時代さえ周りに合わせる事しか出来なかった。

 

「ハワード………。」

 

そんな自分に、ほんの僅かな安らぎを与えてくれたのが、ハワードだった。

文字通り子供で、自分を姉のように慕い、戦場では誰よりも勇敢に戦ってくれた最高の相棒。

そんな彼の面倒を見る自分が母親のようにすら思えて、心が満たされた。

彼は自分に依存していると感じていたのかも知れないが、本当は違う。

本当は、自分こそが彼に依存していた。

10年経った今でも、こうした偽りの温もりにすがるように。

 

「何? 私に黙ってた事って………。」

 

不意に相棒の口にした言葉に、自分の求めた温もりにヒビが入ったような気がした。

今まで10年間、一度も変わらなかった温もりが消えてしまうような、そんな気がした。

 

「ラチェット………、前にお前は言ったよな?どんなに変わっても、俺はハワードだって………。」

 

「ええ………、言ったわ。」

 

「もう一度聞く。お前は、今の俺を昔のままだと言えるか?」

 

まるで何かを試すような問いに、顔が強張る。

まさか、彼は気付いているのか。

自分がその問いに対する、本当の答えを見つけてしまった事を。

 

「………言える。言えるわ、ハワード。貴方は今も昔も変わらない………。」

 

「嘘だな。お前は何かを述べる時、自信がなくてもハッキリ言えた。そんなどもる答え方はしねぇ。」

 

口にしかけた偽りの答えを、ハワードはバッサリ切り捨てた。

正論に返す言葉が見つからず、唇を噛んで下を向く。

 

「何年一緒にいると思ってんだ。お前が分かるように、俺だって分かるさ。………気付いてるんだろ? 俺がこれから話す事もみんな………。」

 

「………やめて………。」

 

聞きたくない。

たとえ真実であっても受け入れたくない。

ハワードの言う通り、頭では分かっていた。

格納庫で尋ねられた時から、まさかとは思っていた。

だが………、

 

「俺は、変わってしまった。もう昔の、お前の知る俺が跡形も無くなる位に………。」

 

「やめて………!!」

 

春先だというのに冷たく感じる空気に震え、思わず叫ぶ。

嫌だ。

聞きたくない。

そんなの聞きたくない。

もしそうなら、自分は………、

 

「俺はそれを受け入れた。お前の言葉で踏ん切りがついて、躊躇わなくなった。そして今………、俺はその報いを受けた。」

 

「やめてっ!!」

 

耐えきれずに背中を向け、耳を塞ぐ。

認めたくなかった。

彼の言葉を認めるという事は、今この瞬間の温もりが終わると認める事になるから。

 

「もうやめて!!………これ以上、聞きたくない………!!」

 

「苦しくても聞いてくれ。いつまでも都合のいい幻にしがみつくな。」

 

「嫌! 嫌よ!!」

 

「ラチェットッ!!」

 

みっともなく首を振る背中を、いきなり抱きしめられた。

その温もりが余りに心地よく、気づけば視界が潤み、ぼやけ始める。

 

「お前が何故拒むのかは分からない。けど………もうお前には隠したくない。お前だって、本当は分かってるんだろ!?」

 

「分かりたくないわ………。だってそうなら、貴方はもう………。」

 

「だったら俺のために聞いてくれ! 俺を、今の俺をまだ信じてくれるなら、聞いてくれ!」

 

肩を引かれ、強引に正面を向かされる。

刹那、目の前に飛び込んだ光景に、ラチェットは潤んだ瞳を見開いた。

 

「ハワード………、貴方………。」

 

ハワードは泣いていた。

自分以上に唇を噛み締め、顔を震わせていた。

それだけで、聡明な自分は分かってしまった。

彼がこれから言わんとしている事も。

そして、彼もまたその事実に苦しみ続けた事も………。

 

「ラチェット………。俺は………今の俺はもう、お前の知ってるハワードなんかじゃない………。俺は………俺は………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう人間じゃない………。光の巨人、ウルトラマンなんだ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽くなったはずの心が、砂漠のように乾きはじめていた。

楽になると思った胸が、酷く苦しい。

罪があるとすれば、自分が光を受け入れた事だろうか。

 

「どうして………?」

 

蚊の泣くような声で、目の前の涙が問う。

その涙を再び抱きしめ、囁いた。

 

「心が………、ずっと重たかった。」

 

「え………?」

 

「あいつらも、お前まで騙し続けて、ずっと胸が痛かった。………今まで誰にも、お前にも言えなかった。俺があんな姿で戦ってるなんて知ったら、みんな何て思うか………。そう思うと、ずっと怖かった。」

 

何故自分が光なのか、思い悩む時もあった。

磨り減っていく命の輝きに、怯えた時もあった。

もしあの時、自分を受け入れる言葉がなければ、この心さえ壊れていたかも知れない。

 

「ラチェット………、俺が怖いか?」

 

「………いいえ。」

 

「俺の事、恨んでるか?」

 

「いいえ。言ったはずよ?どんなに変わったとしても、貴方はハワード。何があっても、それだけは変わらないわ。」

 

耳元で囁き返す声に、フッと笑みが漏れる。

どうして彼女は、こうも自分が不安に思い続けていた事も、あっさり覆してくれるのだろう。

これでは今まで悩み続けていた自分が、それこそ馬鹿みたいではないか。

 

「………ねぇ、ハワード。」

 

ふと、ラチェットが囁いた。

 

「私もね………、今まで貴方に黙ってた事があるの。」

 

「お前が、俺に………?」

 

それについては心当たりがない。

一体何を黙っていたのだろうか。

すると、ラチェットが僅かに身体を離し、再び自分と向き合った。

 

「ハワード………、私ね………。」

 

それは、今まで見たことがない程に艶やかな女の顔だった。

リンゴのように紅潮した頬。

悩ましげな表情。

こちらを真っ直ぐに射抜く熱の籠った視線。

その全てが、他ならぬ自分に向けられていた。

 

「今までずっと………貴方が………、貴方の事が………。」

 

「ラチェット………!?」

 

その艶やかに過ぎる表情に戸惑い、気づけばこちらまで顔が真っ赤に染まる。

一方、ラチェットはお構い無しとばかりに瞼を閉じ、徐に顔を近づけて来た。

それが何を意味しているか、昔馴染みは知っていた。

 

「ハワード………。」

 

「ラチェット………。」

 

瞳を閉じたままこちらを呼ぶ昔馴染みに、躊躇いながらも自身も顔を近づける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおっ!?」

 

「え………、きゃっ!?」

 

何の前触れもなく、激しい震動が部屋を襲った。

立っていられない程の揺れに、ラチェットを巻き込んでうつ伏せに倒れ込むハワード。

一体何が起こったというのか。

すると、窓の外へ視線を向けたラチェットが驚愕を露に叫んだ。

 

「ハワード! あ、あれ………!!」

 

「な、何だありゃ………!?」

 

釣られて窓の外に視線を向け、同様に驚く。

ここから南西のタイムズスクエア。

その真ん中に、信じられない物体があった。

鈍色に光る無骨な全身に、顔面と両の肩に無数の砲台を備えたロボット。

宇宙戦争用に開発された侵略用怪獣兵器。

その名、『インペライザー』という。

 

「コォォォォッ!!」

 

口に当たる部分から勢い良く蒸気が噴射する。

刹那、両肩の砲台が一斉に火を噴いた。

無差別に砲撃が飛び交い、たちまち炎に包まれる紐育。

一時の平和が、あまりに短い終焉を迎えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、リトルリップシアターに位置する作戦司令室もまた、突然の緊急事態に誰もが驚きを隠せなかった。

無理もない。

自分達の本部の目の前に何の前触れもなく、文字通り突然怪獣が現れたのだから。

 

「プラム、杏里、被害状況は?」

 

未だ副司令と隊員の一人が不在の中、サニーサイドが冷静な態度で尋ねる。

いくら予想外の事態とはいえ、上の人間が慌てていては身も蓋もない。

対する虹組も、若干慌てつつも適格なデータを報告した。

 

「現在タイムズスクエアを中心に、砲撃による火災が発生してるわ。全部で38棟。現在も拡大中よ!!」

 

「敵怪獣の計測データが出ました! 全身の金属、砲撃の火薬物質、内部構造………、全て地球上ではあり得ないシステムで構成されています!!」

 

「地球上ではあり得ないって………、信長の残党じゃないって事ですか!?」

 

虹組の報告に、最初に反応を返したのは新次郎だった。

地球上の科学では一切を説明出来ない怪物。

これまで信長とその部下達も虚数空間を用いて巨大な怪物を送り込んで来たが、これ程機械然とした物は初めてである。

未知の生態系か、果ては宇宙からの侵略者か。

いずれにしても、紐育の平和が終わった事に変わりはない。

 

「リカ、戦う! アイツ、リカ達の街襲った! アイツ悪い奴!!」

 

「確かに、このまま黙ってる訳にはいかないよな………!!」

 

「信長の魔手から生き延びた命………それは、こんな形で失われてはなりません………!」

 

「確信は無くとも、可能性がある。………昴も誓う、戦うと。」

 

「行こう新次郎! このままじゃ、また紐育が滅茶苦茶にされちゃう!」

 

「分かった。サニーサイド司令、紐育華撃団星組に出撃許可を。」

 

口々に言う隊員達に頷き、新次郎が腰をあげた。

 

「………勝てるかい?」

 

「勝ちます。必ず勝ち、紐育を守り抜いて見せます!!」

 

敵の特徴が分からない以上、有効な策はない。

だが、だからといってこのまま紐育が襲われる様を見ていられるものか。

可能性がある限り戦い、必ず勝ち、帰ってくる。

それが自分達、紐育華撃団星組である。

新次郎と仲間達の決意に、サニーサイドはしっかりと頷いた。

 

「よし、いっちょやりますか!イッツ・ショータイム!! 大河隊長、出撃命令を頼む!!」

 

「紐育華撃団星組、出撃!! 敵を撃破し、紐育を防衛します!!」

 

「「イェッサーッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茜色に染まるタイムズスクエアに突如として現れたロボットは、一瞬でその場を地獄絵図に変えた。

縦横無尽に飛び交う砲撃は無差別に建物を焼き付くし、四方八方から火の手が上がる。

そのロボットの右肩に、それはいた。

全身を漆黒の装束に包んだ謎多き忍、『空蝉』。

 

「ククク………、腑抜けたか紐育。ここまで手応えがないとは、興ざめだな。」

 

真下から聞こえる阿鼻叫喚の叫び声を鼻で笑い、眼前の建物を見る。

リトルリップシアター。

半年前に蘭丸と共にビシュメルを用いて割り出した紐育華撃団の本部。

ここさえ潰してしまえば、最早自分にとっての驚異は消えたも同然。

間もなく実行に移すあの計画のためにも、今一度奴らに打撃を加えておかなければならない。

 

「さあ進め、インペライザーよ! 奴らの根城を踏み潰してくれる!」

 

「コォォォォ………!!」

 

主の叫びに応えるかのように蒸気を吹き出し、アスファルトを踏み荒らしながら進撃を続けるインペライザー。

そこへ空蝉の企みを知ってか知らずか、凛とした声が響き渡った。

 

「イッツ・ショータイム!!」

 

「………来たか。」

 

刹那、目の前のシアターから六つの光が華麗に飛び出した。

先の戦いでは第六天魔王をも退かせた歴戦の強者達。

その名………、

 

「「紐育華撃団、レディ・ゴー!!」」

 

それはこちらを挟むように、左右の建物の屋上へと降り立つ。

相変わらず見栄を張る事だけは余念がないと、空蝉は思った。

 

「久しいな、紐育華撃団。かの安土の決戦以来か。」

 

「お前は………、空蝉!?」

 

こちらの姿に気づくや、白の星が驚きの声を上げる。

と、反対側から強烈な殺気が突き刺さってきた。

 

「大方信長の敵討ちって所か。まさかそいつがアンタの悪念将機とはね。」

 

「ここであったが百年目………!! ボク達星組が、お前を倒す!!」

 

鎖をブンブンと振り回す黒と、白銀の太刀を晴眼に構える橙。

残りの星もまた、各々の得物を手に凄んで見せる。

最も、こちらにして見ればこけおどしにもならないのだが。

 

「敵討ち? 悪念将機? ………フッ、馬鹿らしい。」

 

「何………?」

 

「いくら名声を得た魔王だろうと過去の人間。絶えず進化を続ける世界では噛ませ犬が精々。何故その犬如きの無念を晴らしてやらねばならん。」

 

ようやく勘違いに気づいたらしく、困惑をありありと見せる星組。

これだけ大掛かりな設備を擁する組織だ。

恐らくはこのロボットについても少しは情報を得ているに違いない。

だからこそ、この状況で相手が不安に陥るのは大きなプラスだった。

不安は焦燥へと変わり、冷静な判断を阻害する。

ただでさえ絶対の自信を以て送り込んだ数多の怪獣兵器の傑作。

負けるはずもないが、念を押すに越した事はない。

 

「どういう事だ………? 空蝉! 敵討ちでないなら、お前は一体何を企んでいるっ!?」

 

冷静を装い、問い質す白。

それが不安である事を示す証拠と気づかぬ愚かさに、空蝉は笑った。

 

「知った所でどうする事も出来まい。貴様らは皆、ここで散るのだからな。」

 

「何だと!?」

 

「このインペライザーをあのポンコツ共と一緒にしない事だ。最も、万に一つの勝ち目もなかろうがな。」

 

ここまでは概ね予定通り。

後はこの怪獣兵器に任せておけば、万事上手く運んでくれるだろう。

たとえ自らが最も怖れる、光の巨人が現れたとしても。

 

「ここがお前達の墓場。精々無駄死にするがいい。」

 

手向けの言葉を残し、空蝉は煙の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無双鉄神インペライザー。

空蝉の繰り出した正体不明の怪物に、星組は戦闘開始から数分もしない内に圧倒される事となった。

何よりもまず、装甲が固い。

未だ解析の進まない未知の金属で覆われた強靭なボディは連携弾幕でも傷一つつかず、インペライザー自身も毛ほどにも感じていない様子で進撃を続行する。

この鉄壁の防御力、あの天下布武と同等かそれ以上だ。

 

「いい加減止まれってんだ!!」

 

「リカも行くぞぉーっ!!」

 

「昴機、援護するっ!!」

 

痺れを切らしたサジータの攻撃にリカリッタと昴が加わり、再度顔面に至近距離からミサイルを浴びせる。

だが、ロボットは立ち止まるどころかそれ以上の火力で反撃を仕掛けてきた。

 

「コォォォォッ!!」

 

両肩に備え付けられた左右10門の大砲群が、一斉に火を噴いた。

飛び出したいくつもの紅い光弾が、四方八方からスターに迫る。

 

「危ない! みなさん、回避を………!!」

 

新次郎が叫ぶより先に、紙一重で光弾を避ける仲間たち。

だが次の瞬間、驚くべき事が起こった。

 

「な………、ぐあっ!?」

 

「サジータッ!?」

 

何と、光弾を回避したはずのハイウェイスターが、何かに被弾して吹き飛ばされた。

何とか体勢を立て直すも、遥か後方へ吹き飛ばされたその衝撃は察するに余りある。

一体何が起こったと言うのか。

当惑するスター各機に虹組から通信が入ったのは、その時だった。

 

「皆さん、気を付けてください! 先ほどの光弾の軌道、自然発射ではありえない方角に曲がっています!!」

 

「恐らく敵のホーミング機能よ! 下手に避けても追撃されるわ!」

 

ハッキリ言って状況は最早最悪と言って良くなった。

何せこちらはまともな対抗策一つ見いだせないと言うのに、敵は攻守ともに隙がなさすぎる。

それは未知の金属も相まって魔の力と言うより、とても自分達では想像し得ない程に発展した科学力の脅威にさえ感じられた。

ただ避けるだけでは意味がない。

どうにかしてあの光弾の矛先を、違う方向に向けさせなくては。

一瞬の思案の末、海軍少尉の脳裏にある秘策が浮かんだ。

 

「よし………みんな、今から僕の指示した方角に飛行してください!! それで光弾を無効化します!」

 

「ホ、ホント!? そんな事出来るの!?」

 

「………分かった。大河、頼むぞ!!」

 

何処へ逃げても確実に追ってくるハイエナのような攻撃に半信半疑の星組。

だが新次郎は、上手くいく確信があった。

何故なら………、

 

「コォォォォッ!!」

 

再び紅いハイエナが空を舞い、風を切って襲いかかる。

新次郎は一瞬モニターで現在のスターの位置を再確認した後、素早く指示を飛ばした。

 

「ジェミニとリカは僕と上側を、残りの皆さんは敵の下側を通ってください! 顔面を一斉に横切ります!!」

 

「「イェッサーッ!!」」

 

6機のスターが一斉に飛び出した。

敵の上下をスイカの溝を描くようにランデヴーすると、それに続く形で光弾が後を追う。

それこそ、新次郎の狙いだった。

 

「よし、今だっ!!」

 

新次郎の掛け声を合図に、スターがほぼ同時に敵の顔面を通過する。

刹那、驚くべきことが起こった。

スターを追尾していた光弾がロボットの眼前で互いにぶつかり合い、爆破消滅してしまったではないか。

同等の威力で発射された大砲は、それと同等の大砲で迎え撃てば威力を完全になくすことができる。

新次郎はそれを利用し、生成されるエネルギー弾なら、それと同じものを反対側からぶつければ威力を中和相殺できると考えたのである。

この予想は見事的中。

インペライザーは光弾を無効化された挙句、顔面のガトリングガンも爆発で失ってしまった。

新次郎が敢えて光弾を引き付けたのも、このためである。

 

「す、凄いよ新次郎!! あのロボットの裏をかくなんて………!!」

 

「まだ傷は浅いが………、ロボットは決まった動作しかできない。戦法が見つかればこちらのものだ。」

 

ロボットは自立行動のAIが備わっていない限り、事前に設定された命令取りにしか動く事が出来ない。

これまでの機械工学はもちろん、それは目の前の怪獣兵器にも同じことが言えた。

両肩の光弾は相手の軌道を常に追い続けるチェイサー。

ならばそれを逆用すれば、自分達より威力のある脅威を今のように、攻撃手段として利用する事が出来る。

高い追尾性と威力を誇る光弾は恐ろしいが、利用できるとなればこれ程心強いものはない。

事実、自分達では碌にダメージを与えられなかったロボットの装甲に、僅かながら有効打を与える事ができた。

漸く見えた突破口に、勢いだつ星組。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、大河さん!! ロボットの………ロボットの破片が………!!」

 

「え?………こ、これは!?」

 

最初に気付いたのは、ダイアナだった。

何と、今の攻撃で破壊された破片が破損個所に集まり、再度合体してガトリングガンを形成してしまったではないか。

 

「て、敵怪獣体内より強烈な磁気を計測!! 破片金属の強度、破壊前と同等の数値です!!」

 

「まさか………、磁力で再生できるのか………!?」

 

絞り出すような昴の言葉に、誰もが戦慄した。

ただでさえ鉄壁の守備力に加え、破壊されても瞬時に復元できる脅威の自己再生能力。

ハッキリ言って、これまで相手にしてきた敵とは明らかに次元が違う。

ようやく掴みかけた瘴気をもみ消され、隊員たちの心を焦燥と不安が支配し始める。

 

「コォォォォッ!!」

 

浮足立つ星組に、容赦ない砲撃の嵐が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイムズスクエアでの死闘は、遠く離れたミッドタウンからでも容易に伺い知る事が出来た。

未知のロボットを前に劣勢に立たされる紐育華撃団星組。

彼らの奮戦も虚しく、ロボットの進撃は一向に止まる気配を見せない。

このままではリトルリップシアターはもちろん、紐育の街そのものが焦土と化してしまうだろう。

 

「………くそっ、通信までイカれてやがる………!!」

 

「街全体が混乱してるもの。恐らく、都市機能そのものがマヒしてるわ。」

 

僅かに傾いた部屋の中、窓の奥に見える光景に表情を歪ませる二人。

既に周囲は我を失い逃げ惑う市民達で溢れている。

避難誘導した所で、聞く耳持たないだろう。

復興を終え、ようやく新しいスタートを迎えたはずの紐育。

その矢先の災厄に、胸が痛む。

 

「………何処に行くの?」

 

背を向けたまま、動きかけた昔馴染みに言葉を突き刺す。

ハワードは即答した。

 

「決まってんだろ。アイツらを、助けに行く。」

 

「その身体で何が出来るっていうの? 行っても足手纏いがオチだわ。」

 

即答に即答で返す。

彼の相棒は前回の戦いで大破し、未だ修理は出来ていない。

ただでさえ満足に動けない身体で向かっても、星組の保護対象を増やすだけ。

何の慰めにもならない。

 

「少しは現実を見なさい。満身創痍の人間一人が状況を変えられる程、戦場は甘くないのよ。」

 

「分かってる! 分かってるけど………、それでもじっとして………!!」

 

言い返しかけ、急に胸を押さえてうずくまる。

恐らく例の発作だ。

王の薬が切れてしまったのだろう。

 

「ハワード! そんな身体で叫ぶから………。」

 

反射的に身体を抱き寄せ、胸に頭を埋めさせる。

苦しげに震えるのは、恐らく痛みだけではないのだろう。

 

「………ハワード、私だって同じよ。目の前で戦う仲間を救えない辛さは、今まで何度も経験したわ。慣れない苦しさを。」

 

「う………ぐ………。」

 

「でもね、一つだけ………ただ一つだけ、今の私達にも出来る事があるわ………。」

 

「今の………、俺達に………?」

 

荒い息づかいでこちらを見上げるハワード。

ラチェットは優しい眼差しを返し、頷いた。

 

「信じる事よ。大河君たち星組なら、きっと危機を乗り越えられると、信じて待つの。」

 

「………!!」

 

普段は細い目が、僅かに大きく開かれた気がした。

その顔は、かつての思い出の彼によく似ていた。

 

「ハワード………、貴方言ってたじゃない。信じて待つのも戦いだって。今まで一緒に戦った仲間でしょ?貴方が信じられないでどうするの。」

 

「ラチェット………。」

 

「お願いだから、私の同じ過ちを犯さないで。貴方が行く事であの子達が苦しんでは意味がないの。増してや貴方にもしもの事があれば………。」

 

今の彼は、いつかの自分とよく似ていた。

無力な自分が許せず、ない力を振り絞って戦いに臨んだ安土の決戦。

持てる力の全てを出し尽くした戦いで、ラチェットは敵に囚われ、星組の部下達はおろかサニーサイドらまでも苦しめる事になってしまった。

あの時の自分を心から猛省し、ラチェットは己を戒めていた。

何故あの時仲間を信じる事が出来なかったのか。

自分は帝都で確かに、人を心から信じる意味に感銘を受けたはずなのに。

 

「………さ、治まるまで横になりましょう。歩ける?」

 

何も言わなくなった肩を担ぐと、ハワードは思いの外素直に従った。

説得を受け入れてくれたのか。

それとも具合が悪化しているのか。

後者でない事を祈りつつ、ラチェットは疲弊しきった昔馴染みを連れて寝台を目指す。

彼を守る事が、今の自分に出来る全てだと信じて。

 

「………。」

 

「………ハワード?」

 

寝台を前にして立ち尽くすハワード。

視線の先の机には、あの星があった。

 

「………同じだ………。」

 

「え?」

 

絞り出すような一言。

星を握るその手は、震えていた。

 

「同じなんだ………、あの時と………!!」

 

「ハワード………?」

 

自分に向けられた言葉ではない。

何かが重なったのか。

星を通して見た、亡き父との思い出に。

 

「………、ハワード!?」

 

こちらの不意を突くようにハワードが動いたのは、その時だった。

 

「駄目! 今の貴方はボロボロなのよ!? 足手纏いどころか、貴方が死んでしまう!!」

 

心の何かが警告した。

行かせてはならない。

今ここで彼を行かせては、取り返しのつかない事になる。

それは彼をこの戦いで失うような、言い様のない恐怖心をラチェットに抱かせた。

だが、現実は何処までも非情だった。

 

「分かってる………。でも行かなきゃいけない………。俺は、ウルトラマンだから………。」

 

「関係ないわ、そんなの! 貴方はハワードよ! 今までずっと私を守ってくれた、ハワード=アンバースンよ!」

 

今にも倒れそうな身体で薄笑いを見せる昔馴染みに、悲痛な叫びを上げる。

すると、だらりと垂れ下がっていた腕が肩を掴んだ。

 

「それでも、俺は戦う………!! アイツらが………、アイツらがピンチなんだよっ!!」

 

それは正に、一瞬の出来事だった。

録に食べる事すら出来ない窶れきった身体が、怪力とも言える力でラチェットを押し退けたのだ。

気づけば自分は床に倒され、重病の昔馴染みは既に玄関を飛び出していた。

 

「駄目………、駄目よ戻って………!! ハワードーーーーーッ!!」

 

悲鳴に近い叫びを上げるが、時既に遅し。

ハワードの背中は、もう見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴と轟音の絶えず響く地獄の中を、ただひたすらに走る男がいた。

全身から汗を吹き出し、時折身体をよろめかせる所を見るに、相当な無理をしている事が容易に想像できる。

それは、彼自身も十分理解していた。

だが、彼は向かわずにはいられなかった。

何故なら、彼には使命があるからだ。

この街の光となり、悪を討つ使命が。

 

「ハァ………ハァ………、ぐっ………!!」

 

目の前に落ちる光弾。

衝撃に足を掬われ、火柱に撒かれてもまだ、ハワードは走る。

一度は忘れかけた、あの瞬間が脳裏を過ったから。

 

「(諦めねぇ………! 絶対に諦めねぇぞ………!! アイツらを………、この街を守るまでは………!!)」

 

両親の死をきっかけに、ハワードはある事を諦めた。

夢を追わない事。

夢は見るだけの物だと断じて、現実と切り離して生きる事。

そうすれば夢に裏切られる事もない。

これ以上、誰にも傷つけられずに生きる事が出来る。

それがこの上なくつまらない生き方であると、自分は他ならぬ仲間達に教えられた。

利口に夢を諦めず、馬鹿でも夢を追い続ける。

何故なら、追い続けなければ夢など叶うはずもないのだから。

 

「許してくれラチェット………!! きっと………、きっと生きて帰るから………!!」

 

置き去りにしてしまった昔馴染みに顔を歪め、星を握る手に力を込める。

今度は絶対に諦めない。

父が果たせぬ夢を叶えるために、彼女と共にこれからを生きるために。

そして、明日を笑って迎えるために。

 

「タロオオオォォゥッ!!」

 

その手に掴んだ夢の星を、遥か天に掲げて叫ぶ。

中央に埋め込まれたオーブが輝き、柱となってハワードを包んだ。

光の奇跡を、今一度もたらすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄に等しい戦場に、やはりそれは現れた。

突如出現した光の柱。

神々しいまでの光を放つそこに、彼はいた。

 

「ウルトラマン………タロウ………!!」

 

すぐ脇を通り過ぎたジェミニがすれ違いざまにその名を呟く。

紐育を守り、未来へと導く大いなる光の巨人。

ウルトラマンタロウが、そこにいた。

 

「ムンッ!!」

 

今尚進撃を続けるインペライザーを前に、勇ましく構えるタロウ。

その巨体を敵と認識したインペライザーは動きを止め、両肩の光弾を発射した。

 

「ハッ!」

 

両手を左右に広げて半透明のバリアを張り、次々に打ち出される光弾を無効化する。

そしてその一瞬の隙を突き、タロウは地を蹴って空を華麗に舞った。

 

「タァッ!!」

 

スワローキックの一撃が、ロボットの右肩を直撃した。

固い装甲に有効打とはなっていないが、あまりの衝撃にロボットはもんどりうって仰向けに倒れた。

 

「デヤァッ!!」

 

すかさず馬乗りになり、激しいパンチの雨を降らせる。

だが未知の金属でできた装甲は、タロウの剛腕から繰り出すパンチにも全く動じる気配がない。

 

「コォォォォ………!!」

 

蒸気を勢いよく吹き出し、じわじわと起き上がるインペライザー。

物理攻撃では歯が立たない。

そう判断したタロウはロボットの脚を引っかけ、豪快に転ばした。

実に6万トンを誇る重量級の巨体が、派手に地面を跳ねる。

刹那、タロウは頭上で両手を重ね、一気にエネルギーを集中した。

 

「ストリウム光線っ!!」

 

T字に組まれた両腕から、七色の光が無数の光線となって突き刺さる。

やがてそれはロボットの全身を包み込み、凄まじい大爆発を引き起こした。

その威力、鉄壁を誇るロボットの上半身を、見事粉砕してみせた程である。

 

「か………勝った………! タロウが、勝った………!!」

 

足だけとなったロボットの残骸を前に、勝利を確信する星組。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………待ってください!! 敵中心部より、高濃度の磁場が発生しています!!」

 

最初にそれに気付いたのは、シアター本部にいる杏里だった。

既に活動を停止したはずのインペライザー。

だがその残された脚部の上に露出した球状のパーツが、怪しげな光を放ち始めたのだ。

やがて周囲に散乱した上半身の破片が、何かに操られるように宙を漂う。

そして、信じられないことが起こった。

何と破片が一斉に集まり、粉々に吹き飛んだはずの上半身を、何事もなかったかのように形成してしまったではないか。

 

「そ、そんな………! ストリウム光線も効かないなんて………!!」

 

「あの中心部の核がある限り、奴は不死身なのか………!!」

 

その脅威の再生力に星組はもちろん、タロウさえも驚愕に唖然とするほかなかった。

そこへ、ロボットは容赦なく襲いかかってきた。

 

「コォォォォッ!!」

 

再度上半身を高速回転させ、光弾を無差別乱射するインペライザー。

激しい弾幕に撒かれ、タロウも身動きが取れない。

そこへ、ロボットは巨体に物を言わせて体当たりを仕掛けてきた。

 

「デェッ!?」

 

超高速の衝撃に5万トンの体が易々と宙を舞い、後方の建物を巻き込んで倒れる。

そこへ今度はロボットが馬乗りになり、至近距離から立て続けに光弾をぶつけてきた。

 

「まずい!! みなさん、タロウを援護してください!!」

 

新次郎の命令で、6つの星が一斉に動いた。

ロボットの周囲を旋回し、四方八方から霊力弾を叩きこむ。

だがいくら攻撃を仕掛けても、向こうはこちらに見向きもしない。

やはりスターの攻撃力では、スズメの涙でしかないのだろうか。

 

「まだだ! このままやられてたまるかっ!!」

 

そこへ、猛然と飛び込む一機のスターがあった。

紐育華撃団星組隊長、大河新次郎の操るフジヤマスターである。

 

「狼虎滅却………、雲雷疾飛!!」

 

左右に伸ばした霊力の刃が、唸りを上げて一閃した。

その一撃、タロウのパンチを物ともしなかったインペライザーの右腕を寸断して見せたほどである。

再生能力の前にその程度のダメージは意味がない。

だが、タロウにとってはこの一瞬で十分だった。

 

「デヤァッ!!」

 

右腕の吹き飛んだスペースから転がるように脱出し、再びインペライザーと対峙する。

戦闘開始からおよそ1分。

今だ戦況は向こうが圧倒的有利な状況だ。

このままではジリ貧で押されるのも時間の問題である。

一気にカタをつけるしかない。

タロウは再び全身にエネルギーを溜め、ストリウム光線を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コォォォォッ!!」

 

インペライザーの噴射口から、一際激しく蒸気が噴き出す。

同時に顔面の3連射ガトリングガンにエネルギーが充填され、発射されたビームが一直線にストリウム光線と相打った。

互いに拮抗し、スパークを起こす事数秒。

競り勝ったのはガトリングガンだった。

 

「デェッ!?」

 

金色に輝く破壊光線が七色のストリウムを易々と押し返し、タロウの胸倉を直撃した。

その一撃で巨人の体は大きく宙を舞い、はるか後方に叩きつけられる。

そして、恐れていた事態が起きてしまった。

エネルギーの残量を示す胸のカラータイマーが、遂に点滅を始めたのだ。

 

「デヤァッ………!!」

 

今の一撃が深いのか、胸を押さえて身動きの取れないタロウ。

そこへ、ロボットがトドメとばかりに迫り始めた。

 

「させるか! 全機、ロボットを集中攻撃します!!」

 

「「イェッサーッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまで歯が立たないのは、正直初めてだった。

これまで相対した怪獣の中で、あのロボットは比較にならないほどに強い。

強力無比な光弾と、鉄壁を誇るボディ。

そして何度破壊しても蘇る不死身の再生力。

とても今の地球の科学力では到底太刀打ちできないほどの強敵に、心は折れかけていた。

 

「(畜生………!! 何てバケモンだ………!!)」

 

胸の激痛と全身を襲う疲労感に押しつぶされ、体が言う事を聞かない。

無理もない。

本来ならば絶対安静が必要な病床の身なのだ。

体の自己防衛反応が延命を図るのは当然である。

だが………、

 

「(………新次郎………!!)」

 

やっとの思いで持ち上げた視界に、それは見えてしまった。

インペライザーの光弾が直撃し、炎を上げながら落下するフジヤマスター。

それを皮切りに次々と墜とされていくスター達。

仲間が死ぬ。

そう感じた刹那、ハワードの脳裏にあの時の、あの瞬間が鮮明に蘇ってきた。

 

「(負けられねぇ………!! 負けてたまるか………!! あいつ等がやっと掴んだ未来を、このまま踏み潰されてたまるかよっ!!)」

 

それは、正に執念のなせる業だった。

カラータイマーが点滅し、戦うどころか両脚で満足に立つことすらままならない状況で、タロウは立ち上がった。

神経がマヒしているのだろうか。

もう胸の痛みもうつろにしか感じない。

 

「ムンッ………!!」

 

両の拳を握り、頭上で重ねる。

そして、最早風前の灯に等しい己の霊力を、極限まで練りこんだ。

するとどうだろう。

50メートルの真紅の体を、灼熱の炎が包み込んだではないか。

 

ウルトラダイナマイト。

 

自身の霊力爆発を応用して自身の体に全エネルギーを纏わせ、相手諸共自爆する、ウルトラマンタロウの最終兵器である。

全身を包むこれだけの火力。

いくら鉄壁の装甲と言えど、高熱で内部の核を焼き斬られれば再生も出来まい。

最早それは、己の命を捨ててでも倒すという、悲壮なまでの決意の表れだった。

 

「(これが最後だ、鉄屑野郎っ!!)」

 

もう今のタロウに、まともな意識は残されていなかった。

あるのはただ、目の前の敵を倒すという揺るぎない決意だけ。

そのために自分がどうなろうと、考える余裕はもうなかった。

 

 

 

「タアアアァァァ………!!」

 

 

 

炎の巨人が大地を踏み鳴らし、インペライザーに正面から組みついた。

全身を包む超高温に撒かれ、たちまちボディが赤褐色に変色を始める。

 

「コォォォォ………!!」

 

危険を察知し引きはがそうとするが、もう遅い。

やがて炎がロボットの全身を包み、一際眩い閃光を発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイムズスクエア一帯を、これまでにない大爆発が包み込んだ。

 

<続く>




《次回予告》

光の巨人、ウルトラマン。

いつかこの星にも訪れるであろう未知の災厄に、それは救世の光と言うべき存在だった。

まるで神にも等しいその力。

それに魅せられて………、

ボク達は、道を踏み違えたのかも知れない。

次回、摩天楼の星最終章。

《Project T》

全てを、話す時が来たようだ………。

摩天楼にバキューン!!
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