摩天楼の星   作:サマエル

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Justice~自由と愛の街~

それは、ある寒さの残る冬の日だった。

その日、ニューヨークの裁判所はある一つの事件を巡り、職員達が慌ただしく動いていた。

 

《ハーレム地区における警官暴行事件》

 

法的に違法に住まう黒人達で溢れるハーレム。

その街の一角で、事件は発生した。

深夜にハーレム地区を巡回していた警官が、一人の若者に襲われたというのだ。

その若者の名前はゴードン。

ハーレム地区の暴走族『ケンタウロス』のメンバーだった。

ニューヨーク市警はすぐさまゴードンの身柄を確保した。

しかしこの青年の供述は、警官の話と全く矛盾するものだった。

 

「俺は警官を襲ってない。酔っ払った向こうが突っ掛かって来たんだ。」

 

深夜の暗闇で目撃者もなく、行き詰まる捜査。

状況証拠ばかりで決定的なものがなく、全てはこの法廷で決着がつけられる事となった。

 

「………気分は、どう?」

 

透明なプラスチックの板に隔たれた空間から、女性が声をかけた。

それは、ゴードンと同じく黒人の女性だった。

歳は僅かにゴードンの上をいくくらい。

立派なスーツとその胸につけたバッヂから、彼女が法律に携わる人間だと分かる。

 

「………姐御。俺、どうなるんですかい………?」

 

ゴードンは、震えた声で縋るように尋ねた。

恐らくは知り合いだろう。

彼の表情は、困った時に姉に縋る弟のそれだった。

 

「大丈夫さ………。」

 

姐御と呼ばれた女性は、柔らかく笑った。

 

「アンタは確かに無実なんだ。アタシが、アンタを助け出してやるよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

公演日程が全て終了し、楽屋で衣装を脱ぎながら、サジータは一人黙っていた。

昴は既に着替えを終え、部屋を後にしている。

 

「また、思い出しちまった………。」

 

嫌な思い出らしく、ため息を吐くサジータ。

そうして着替えを済ませようと衣装を脱いだ時、

突然楽屋の扉が開かれた。

昴が忘れ物でもしたのだろうか。

そう思ったサジータだが、扉の奥から覗いた顔に思わず固まった。

何故なら、その顔は昴ではなかったからである。

 

「わひゃあっ!!サ、サジータさん!?」

 

男性にしてはやや高めの奇声が飛んだ。

楽屋に入って来たのは、新次郎だったのである。

 

「ぼ、坊や何してるの!?」

 

「す、す、すみませんサジータさん!覗くつもりは決して………!!」

 

「謝罪は後でいいわ!早く扉を閉めなさい!!」

 

必死に言い訳を並べる新次郎を一喝して追い出すと、サジータは不機嫌そうに眉を寄せた。

 

「ったく………!」

 

この怒りの正体がなんなのかは分からない。

ただ、少なくともその元凶が先程脳裏を過ぎった記憶にあり、それに新次郎が油を注いだのは事実。

そう、事実なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、新次郎がね………。」

 

シアター屋上のサロンにて、ハワードはラチェットの話にそう返してタバコに火をつけた。

別段下らないと思った訳ではない。

ただ驚くような事ではなかったからだ。

 

《新次郎が正式に隊長になった》

 

ラチェットからもたらされた話は、大方予想出来たものだった。

前回のリバティ島における新次郎の功績は、非常に大きいものだった。

ともすれば命すら危ぶまれたラチェットを救出し、星組を指揮してかの怪物を撃退せしめたのだ。

正式な隊員としてはもちろん、隊長に抜擢されるのは当然とも言えた。

 

「でもね、大河君は他の誰よりも経験が浅い不安要素があるの。そこで、『隊長見習い』という事で手を打ったんだけど………。」

 

「………サニーらしい………。」

 

隊長なのに一々見習いのレッテルを貼るとは、如何にも変わり者のサニーサイドがやりそうな事だ。

その時、ハワードの背後から突然声がした。

 

「何がボクらしいんだい?」

 

「どわぁぁぁぁっ!!」

 

突然背後から現れたサニーサイドに意表を突かれ、ひっくり返るハワード。

それを見て、ラチェットは思わず笑った。

 

「サニー、貴方にしては幼稚じゃない?」

 

「そうかな?普通に聞いてみただけなんだが。」

 

「タイミング悪すぎるんだよったく………!」

 

悪態をつきながら椅子に座りなおし、ハワードはサニーサイドに向き直った。

 

「………で、何か用かよ。」

 

ハワードが尋ねると、サニーサイドは何食わぬ顔で答えた。

 

「いや~、実は君に是非話したい事があってね………。」

 

いつもと変わらぬ口調のサニーサイド。

しかし次の瞬間、その口調に変化が現れた。

 

「リバティ島の、巨人の事だ。」

 

やはり、とハワードは思った。

新次郎の初陣であったあの戦いに、初めて現れた赤い巨人。

それがハワードである事をサニーサイドが気付いているかはさておき、多くの謎を秘めたあの巨人を、サニーサイドが放っておく訳がない。

 

「何の前触れもなしに現れて、華麗に怪獣を倒したヒーロー。ボクはね、こう思うんだ………。」

 

勿体振るような言い方で一呼吸置き、サニーサイドはいつもより少しだけ真剣な表情で続けた。

 

「あの赤い巨人。あれは………、ウルトラマンなんじゃないかってね。」

 

「ウルトラマン?」

 

ウルトラマン。

それは都市を脅かす脅威に現れ、人々を守る光の超存在だ。

かつてこの地球には、三人のウルトラマンが存在した。

今から十三年前、帝国陸軍対降魔部隊と共に降魔を封印した、ウルトラマンゾフィー。

五年前、帝国華撃団花組と共に黒之巣会やバルタン星人と戦った、ウルトラマンジャック。

二年前、巴里華撃団花組と共にパリシィの怨念や超古代の闇から巴里を守った、ウルトラマンティガ。

特にウルトラマンティガの巴里近海における決戦では、ハワードやラチェットも少なからず活躍している事は記憶に新しい。

 

「この三人の共通点は、今のところ三つある。身体がデカイ事、都市に現れる事、胸に空色のタイマーをつけている事だ。」

 

「なるほど。前回現れた巨人と一致するわね。」

 

ラチェットが納得した口調で答えた。

確かにサニーサイドが今提示した三つの共通点は、前回現れた巨人にピタリと当て嵌まる。

そして何より、星組を助けて怪獣を倒した事から、彼もまた人々と都市を守護する存在、ウルトラマンと考えられる。

ここに来て、サニーサイドはようやく本題に入った。

 

「それでね。実はその巨人の事で、一つ提案があるんだ。」

 

「提案?」

 

サニーサイドの意図がイマイチ伺えず、首を傾げるハワード。

すると、サニーサイドは得意げに答えた。

 

「実はね………、あの巨人に名前をつけようと思うんだよ。」

 

「………。」

 

「………。」

 

およそ十秒の沈黙。

華麗にポーズまでキメたサニーサイドは、その姿勢のまま冷や汗をかいた。

 

「あ、あれ………?思ったよりリアクションが少ないんだけど………。」

 

どうやらこちらがかなり驚く事を予想していたらしく、凍り付いた空気の収拾に焦るサニーサイド。

すると、ハワードが白けた表情で答えた。

 

「いや、唐突過ぎるだろ。何で名前なんか………。」

 

「だってさ、ジャックとかティガとかカッコイイ名前があるのに内だけないのは不公平じゃないか?」

 

正論だか何だか分からない持論を展開するサニーサイド。

内心子供の言い訳かと呆れたハワードだが、その一方で、あの巨人の事を思い浮かべた。

あの時………、ティガの光を持つであろうあの少年から『オーブ』を託されたハワード。

そしてリバティ島の戦いで、自分はその光を覚醒させ、光の巨人ウルトラマンになった。

深紅の身体や鋭い目、更には頭の角など、これまでのそれとは一線を画したウルトラマン。

よくよく考えて見ると、そのウルトラマンの名前は知らない。

いや、そもそもないのかもしれない。

何せあのウルトラマンは、外ならぬハワード自身なのだから。

 

「まあ、いいんじゃない?名前くらいあっても。」

 

流石にサニーサイドが哀れと思ったのか、ラチェットがフォローの声を上げる。

すると、サニーサイドは待ってましたと言わんばかりにテンションを上げた。

 

「そうだろうそうだろう!そこでだ。実はあのウルトラマンにピッタリの素晴らしい名前を思い付いたんだ。」

 

一体どれだけ先に考えているのかと呆れるハワードをよそに、得意げな表情を復活させるサニーサイド。

しかし又しても、彼の一言に場の空気は凍りつく事になる。

 

「その名も………、ウルトラマンタロウ!!」

 

「………。」

 

「………。」

 

沈黙した時間はたっぷり十秒。

無反応な二人に、サニーサイドは又しても慌てた。

 

「あ、あの………。どうしたのかな………?」

 

試しに聞いてみると、ラチェットが口元を引き攣らせて聞き返した。

 

「サニー………、貴方、本気でそんな名前にするつもりなの?」

 

これまでがこれまでだっただけに、間抜けな印象しか持てないタロウに不快感を示すラチェット。

しかし、サニーサイドは然り顔で反論した。

 

「そんな名前とは失礼だな。これでも三日かけて考えたんだよ?」

 

「冗談じゃねぇ!日本好きもいい加減にしろ!!」

 

ここにきてようやく我に還ったハワードが怒鳴り返す。

が、サニーサイドはやはり平然と言い放った。

 

「いいじゃないか。きっとタロウも納得してくれるよ。」

 

「………。」

 

目茶苦茶な持論も、ここまで来れば立派である。

ラチェットもハワードも、最早言い返す気力が失せていた。

 

「じゃ、そういう訳だから。」

 

そう言って踵を返すサニーサイド。

しかしその直後、何かを思い出したように後ろを振り返った。

 

「あ、そうそう。ハワードにちょっと頼みがあるんだ。」

 

「?」

 

今度は一体何を言い出すのかとハワードはけだるげにサニーサイドを見る。

すると、一つの封筒が視界に写った。

何やら厳重に封をしてある事から、重要な書類であると分かる。

が、その宛先にハワードは眉をしかめた。

 

「ワ………、ワインバーグ法律事務所だぁ!?」

 

ワインバーグ法律事務所。

それはここから南にあるハーレム地区の唯一とも言うべき法律事務所だ。

そして言わずもがな、ハワードが最も苦手としているサジータ=ワインバーグの事務所である。

 

「ちょっと待てコラ。何でアイツ宛の書類がこっちに来てんだ?」

 

最もな疑問をハワードが呈した。

サジータは弁護士と紐育華撃団という二つの顔を持っている。

が、当然ながら後者は絶対に他言無用であるため、彼女が紐育華撃団の人間である事は関係者以外知るはずがない。

すると、サニーサイドは当然の如く答えた。

 

「何ってそりゃ、サジータが忘れてったに決まってるじゃないか。」

 

「………。」

 

最早言葉が出て来なかった。

サジータにもサニーサイドにも何を言っても無駄だ。

ハワードはそう言う代わりに大きなため息を一つ吐き出し、覚束ない足取りでシアターを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハーレムは紐育の中でも、一際治安の悪い街として有名だった。

何故ならこの街には、南アメリカから亡命して来た多くのアフリカ系難民で溢れていたからだ。

戦火の中で住むべき街を追われた彼らが正当な手続きを以ってハーレム地区に移り住むはずもない。

故にこの街では不法侵入者達を追い出そうとする警官達と彼らの争いが、サイレンとなって紐育中に響く羽目になっているのである。

 

「ふう………、何だか大変な事になって来たな。」

 

そんな喧騒の絶えない街の路地裏に、新次郎の姿はあった。

その横には、何故だかジェミニの姿まである。

些細な事でジェミニと喧嘩したラリーが家を飛び出したため、一緒に探しに来たのである。

 

「ジェミニ、本当にラリーはこっちに来たんだね?」

 

「うん。だってこの辺り、ラリーの蹄の音がするもん。」

 

こんな騒がしい街中でよく聞こえるものだと驚きつつ、新次郎は辺りを見渡した。

夜でもネオンの光る鮮やかな町並みが売りの紐育も、ここでは街灯のちっぽけな明かりしかない。

人間より目の良い馬はともかくとして、こちらは何らかの対策を講じない限りラリー捕獲は厳しいと考えられた。

 

「このままじゃ埒が開かないな………。ジェミニ、何かラリーを誘い出す餌はないかい?」

 

動物を探して見つからない場合の最も有効な手段。

それは、何らかの方法で向こうからこちらにおびき寄せるというものだった。

特に有効なのが、その動物が大好きな餌である。

ラリーは馬なので、人参あたりが妥当だろうか。

 

「んっと………、あ! 人参ならあるよ!」

 

案の定、ジェミニが人参を取り出す。

新次郎は人参を持って風上に移動し、人参を振って匂いを撒き散らす。

すると、程なくして新次郎でも分かる位の蹄の音が聞こえて来た。

 

「ラリーだ! ありがとう新次郎!!」

 

「しっ!大声を出すとまた逃げられるよ。」

 

徐々にこちらに近付きつつある相棒に興奮するジェミニを、新次郎が小声で確かめる。

だがその直後、思いも寄らない言葉が飛んで来た。

 

「オイ、そこの人参持った二人組!ちょっと顔貸せ!!」

 

粗暴さの際立つ乱暴な物言いに、何事かと振り返る二人。

見るとそこには、如何にも柄の悪そうな三人の男女が、ラリーを鎖で捕まえた状態でこちらを睨みつけていた。

恐らくこの辺りに住むチンピラだろう。

 

「お前らか?この馬の飼い主は。」

 

先程叫んだ男が、見下した視線を向けた。

オールバックに固めた茶髪と顎髭が特徴的な、恐面の男。

二人は思わず竦み上がるが、新次郎が意を決して口を開いた。

 

「その馬を返していただけませんか?こっちに迷い込んだみたいなんです。」

 

たとえどんな人間でも、見た目で判断してはいけない。

恐ろしい風貌でも、中身が優しいのはよくある事だ。

が、新次郎の淡い期待は嘲笑と共に踏みにじられた。

 

「ケッ、何が返して下さいだよ。アタイらの縄張りに勝手に入り込んでさ。」

 

男の隣に立つ長い赤髪を三編みにした小柄な女性が、あからさまに不快な態度を示した。

それに今度は、スタイルは良いが眼光がやたら鋭い女性が続いた。

 

「こいつは勝手にアタシらの街に踏み込んだから捕まえたまでだ。もうアタシらのモンだよ。」

 

「そ、そんな………!?」

 

「そんな横暴が認められるか!ラリーを返せ!!」

 

突き付けられた冷たい言葉にうろたえるジェミニを庇うように、新次郎が叫んだ。

自分もジェミニもこの街に来たばかりで、ここが彼らの縄張りなどとは知る由もない。

それに踏み込んだだけで返さない等、横暴の極みだ。

彼らの態度は、新次郎の怒りを買うには十分なものがあった。

 

「ガキ………、お前誰に物言ってんだコラ。」

 

その新次郎の態度が気に食わなかったのか、男が更に眉間に皺を寄せて近づいて来る。

一方、新次郎もまた男を睨み返して近寄った。

 

「どうやら、殴られねぇと分からねぇみてぇだなっ!!」

 

突如、男は新次郎目掛けて突進した。

右手の拳を握り締め、新次郎の頭を砕かん勢いで殴り掛かる。

が、それは新次郎にしてみればあまりに直線的で単調な攻撃だった。

間合いや動きを考えない、所謂喧嘩のスタイルである。

確かに一般の人間にとっては恐ろしいが、士官学校首席のエリートからすれば、これ程相手にしやすい物はなかった。

 

「甘いっ!!」

 

襲い掛かる右腕を難無く掴み、勢い良く引き倒す。

士官学校で教わった柔術、隅落としである。

 

「カルロスッ!?」

 

まさか新次郎が勝つとは思わなかったらしく、グラマーな女性が驚きの声を上げる。

新次郎は女性に向き直り、再度交渉に臨んだ。

 

「これ以上騒ぎは大きくしたくありません。すぐに立ち去りますから、ラリーを返して下さい。」

 

「ざけんなガキ! カルロスをやっといてただで返す訳ねぇだろうが!!」

 

言うや、小柄な方の女性がチェーンを取り出し、新次郎目掛けて投げつける。

恐らく新次郎に投げられたカルロスという人物の仕返しのつもりだろう。

が、そのチェーンが新次郎に牙を剥く事はなかった。

何故なら不意に横から現れた別の男が、チェーンを掴んで止めたからである。

 

「ったくよ………、だから来たくなかったんだ。」

 

「ハワードさん!!」

 

相変わらずの吹かし煙草で呟くハワードに、新次郎が驚きに目を見開く。

それを尻目に、ハワードは如何にも面倒臭いと言わんばかりの目つきでチェーンを握る手をぶらつかせた。

 

「丸腰に武器とは随分チキンな野郎だな? 俺はそういう奴が嫌いだ。」

 

「なっ………!?」

 

言うや、ハワードがチェーンを勢い良く引っ張る。

すると、鉄製のチェーンは真ん中辺りであっさり千切れてしまったではないか。

人間にあるまじき怪力に、その場の誰もが一瞬驚いたように言葉を失う。

ハワードもまた、不思議そうに自分の手を見た。

 

「テッメェェェッ!!」

 

完全に頭に血が昇ったらしく、怒りの叫びと共にハワードに殺到する女性。

だが、それをいち早く制する者がいた。

カルロスである。

 

「待て、ジンジン!!」

 

「!?」

 

ジンジンと呼ばれた小柄な女性が、ハッとして固まる。

それを確認して、カルロスは続けた。

 

「こいつら二人共ただ者じゃねぇ。命は粗末にしない事は、誓いにあったはずだ。」

 

「け、けど………!!」

 

カルロスの言葉に尚も食い下がるジンジン。

すると、その横にいた女性も口を開いた。

 

「カルロスの言う通りだよ。アンタにもしもの事があっちゃ、ブライアンに顔向け出来ないからね。」

 

「バーバラ………。」

 

流石に仲間から止められたためか、ジンジンは渋々ながらも後ずさる。

すると、入れ代わるようにバーバラと呼ばれた女性がこちらを向いた。

 

「突っ掛かって悪かったね。馬は帰してやるよ。ケガはさせてないから安心しな。」

 

「ラリー!!」

 

言うや、バーバラはラリーをジェミニの下へ連れて来る。

ジェミニはたまらず、ラリーに飛び付いた。

 

「どういう風の吹き回しだ? 何か企んでんじゃねぇだろうな?」

 

「別に。アタシらだって、命は惜しいのさ。」

 

疑ってかかるハワードを軽く流し、バーバラはカルロスと共にラリーから離れる。

どうやらもうこちらに手出しをしないというのは本当らしい。

 

「横暴を働いた事は謝る。早く行っちまいな。」

 

そう吐き捨てて背中を向けるカルロスを先頭に、残る二人もその場を去る。

三人はその様子にしばし呆然としていたが、ややあって新次郎が我に還った。

 

「ハワードさん、ありがとうございます。助けていただいて。」

 

「ああ気にすんな。どうせ仕事ついでだからな。」

 

律儀に礼を返す新次郎に半ば鬱陶しげな言葉を返すハワード。

しかし次の瞬間、ハワードは何か思い付いたように新次郎を見た。

 

「あ、そうだ。新次郎、礼のついでに頼まれてくれねぇか?」

 

「はい、何ですか?」

 

何も知らない新次郎は、呑気に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワインバーグ法律事務所………。 あ、此処かな?」

 

それらしい建物を見つけ、新次郎は改めてハワードに手渡された封筒を見た。

あの後ハワードから言われた頼まれ物。

それは、サジータ宛ての書類を届ける事だった。

何でもシアターでサニーサイドから渡されたらしく、内容はハワードも知らないという。

最も、こうして封をしてある時点で周囲に知られたくない内容である事に違いないが。

 

「失礼します。サジータさん、いらっしゃいますか?」

 

「ああ、新次郎じゃないか。何か用かい?」

 

流石法律事務所と言うだけあって、部屋は綺麗に整頓されていた。

左右の壁一面を使って作られた本棚には、難しそうな法律の専門書や条文の写しがこれでもかと言わんばかりに敷き詰められていた。

元々サジータ自身が几帳面なだけかも知れないが、彼女が名うての弁護士だという事実に、新次郎は思わず納得してしまう。

 

「実はハワードさんから届け物を預かって来たんです。多分仕事の書類と思うんですが………。」

 

「ん?………ああ、今度の事件の関係資料だね。ご苦労さん。」

 

封筒を受け取るや、サジータは手慣れた作業で封筒の紙面を取り出し、ざっと目を通す。

その如何にも頼りになる姐御っぽい姿に、新次郎は思わず故郷の母を思い出した。

 

「………バイクの音?」

 

そんな事を考えていた新次郎の耳に、突然バイクのエンジン音のような騒音が割り込んでいた。

カーテンを開けて外を見ると、何台かのバイクに乗った男達が何やら騒いでいる。

いずれもヘルメット無しで二人乗りをしている事から、暴走族の類と分かる。

恐らく先程絡んで来た三人の仲間だろう。

 

「懐かしいねぇ………。アタシも昔は、よくああやって朝まで騒いだもんだよ。」

 

ふと、サジータが書類を置いて懐かしむように呟く。

昔という事は、今は違うのだろうか。

興味本位で尋ねると、サジータは笑って答えてくれた。

 

「ケンタウロスって名前でね。よくハーレムの街を走り回ってたんだ。最も、弁護士やってる今じゃ、そんな軽はずみな真似は出来ないけどね。」

 

「へぇ………、少しだけ意外です。」

 

暴走族はハッキリ言って、近隣に迷惑をかける行為だ。

そういった行為を取り締まる立場の彼女が昔迷惑行為に走っているとは、中々考えにくい。

 

「………なあ、新次郎。」

 

今度はサジータが口を開いた。

 

「ここハーレムは、紐育だけじゃなくアメリカ全土で見ても治安はいいとは言えない。………何でか分かるかい?」

 

「え?………さあ、何か理由があるんでしょうけど………。」

 

考えた事のない問題に直面し、疑問符を浮かべる新次郎。

すると、サジータは納得した様子で笑った。

 

「だろうね。いいかい?今ハーレムにいる人間の多くはね、移民なんだよ。それも住む場所を追われて来たから、正当な手続きなしに居座ってる状態だ。」

 

アメリカではかつて、南北に分かつ戦争が勃発し、大きな国際問題に発展した。

今ハーレムに住む人々の殆どは、その戦火を逃れて来た難民達である。

着の身着のままで逃げて来た彼らが、アメリカ法の定める手続きを踏まえる余裕があるはずもない。

結果として彼らは皆不法占拠者という扱いにされてしまうのである。

法によって追いやられた弱者。

ハーレムに住む人々の立場は、正にそれだった。

 

「だからアタシは、法を味方につける事を選んだの。この国では法律が絶対の正義なんだからね。」

 

サジータの言葉に、新次郎はある種の感銘を受けた。

法の前に無力を強いられる今のハーレム難民。

そんな彼らを、不法占拠者扱いされる事のないよう力になりたい。

サジータが法律家を志す根幹には、そんな仲間への思いがあった。

 

「こいつはその開発計画さ。みんなを不法占拠者じゃなく、正式な紐育市民の権利を認めさせるためのね。」

 

そう言って、サジータは書類の一枚を見せてくれた。

 

『ハーレム開発計画』。

 

建物の老朽化が進むハーレム地区を、今の人々が住めるよう再開発するための計画書だ。

学校や病院、更には娯楽施設と、最先端の設備が整う作りになっている。

これなら治安の悪いハーレムも、たちまち紐育を代表する街の一つになるだろう。

それを確信するように、サジータの瞳は輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

ハーレムの路地裏で、ハワードは一人自分の手を訝しげに眺めていた。

あの時、大した力を入れたつもりはなかった。

しかしどういう訳か、チェーンはいとも簡単に千切れてしまった。

それも人間ではおよそ成し得ない、物凄い力で捩切られたかのように。

 

「(まさか………、な。)」

 

ハワードはふと左袖の星に目を移し、馬鹿馬鹿しいと首を振った。

たとえウルトラマンに変身したとしても、自分は人間だ。

紐育華撃団星組の一人、ハワード=アンバースンに過ぎない。

だがハワードは、心の何処かに潜む不安を拭いきれずにいた。

素手で鎖を捩切ったという事実。

それが、自分が人間であるというアイデンティティに矛盾を生んだからである。

 

「………探したわよ。」

 

ふと、上から声がした。

見上げると、シアターにいたはずの知り合いが目の前に立ち、こちらを覗き込んでいた。

 

「何だ、ラチェットか。」

 

「あら、何だとはご挨拶ね。心配して来てあげたのに。」

 

あからさまに嫌な顔をするハワードに、ラチェットも澄まし顔で言葉を返す。

何せ八年以上の付き合いだ。

相手がどういう性格か、二人は互いに良く知っていた。

 

「こんな所で油売ってるなんて、珍しいわね。物騒な目に遭うわよ?」

 

「誰が好き好んで俺なんか狙うかよ。寧ろお前の方が心配だ。」

 

「あら、心配してくれるの?」

 

ぶっきらぼうに立ち上がるハワードに、ラチェットは少しだけ意外な顔をした。

何気ない一言だったが、これもハワードなりの心配である。

ラチェットもそれを知っているからこそ、本気で怒るような事はないのだ。

 

「当たり前だろ?こんな夜中の物騒な街を、ブロードウェイの大女優が闊歩してんだ。襲ってくれと言わんばかりじゃねぇか。」

 

「そう思うなら、まさか私を一人で帰したりしないわよね?」

 

そう言って、ラチェットはハワードの顔を覗き込む。

普段より些か近い顔に、ハワードは思わず目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だ!?」

 

静寂な夜を吹き飛ばす轟音が、ハーレム一帯に轟いた。

明らかに普段聞くような音ではない。

欧州星組で嫌という程味わった、何かが物を壊す音だ。

 

「爆発………?それにしては断続的過ぎるわ。一体何が………。」

 

「路地裏の奥だ。ともかく急ごうぜ!!」

 

音の正体がただ者でないと判断した二人は、すぐさま路地裏を走り抜ける。

すると程なくして、二人は驚きの光景を目にした。

 

「な、何だありゃ………!?」

 

「蒸気重機!?確かあのロゴは、スチームフロンティアの………!!」

 

何と、一台の巨大な蒸気重機が抵抗する人々を押し退けて、建物を破壊しているではないか。

一体何が起こっているのか。

驚く二人の名前が呼ばれたのは、重機のショベルが壁をまた一つ瓦礫に変えた時だった。

 

「ラチェットさん! ハワードさん!」

 

「大河君! それにジェミニまで………!!」

 

見ると、そこには瓦礫に足を挟まれたハーレムの人間を必死に助けようとする新次郎とジェミニの姿があった。

恐らく重機に抵抗して、瓦礫に足を挟まれたのだろう。

 

「ちょうど良かった!瓦礫を退かすのを手伝って下さい!!」

 

「分かった!!」

 

言うや、ハワードが動いた。

新次郎の向かい側に立ち、隙間に手を突っ込んで瓦礫を持ち上げる。

 

「ぬぐぐっ………!! こ、こんのヤロォォ………!!」

 

大きく股を開いて腰を深く落とし、全身のありったけの力を込める。

すると、又しても驚くべき事が起こった。

 

「え………?」

 

「あれ………?」

 

何と、重さ1トンはあろうかというコンクリートの塊が、事もなげに放り投げられたのである。

思いの外あっさりと終わってしまった救助活動に、一瞬呆然とする一同。

それを現実に引き戻したのは、足を挟まれていた女性のうめき声だった。

 

「うっ………。」

 

「ジンジン、大丈夫かい!?」

 

最初に我に還った女性が、慌てて駆け寄る。

ここでようやく、ラチェット以外の三人は顔見知りの存在に気付いた。

 

「あれ?もしかしてさっきの………。」

 

「お、お前達!?何だってこんな所にいるんだ。」

 

ジェミニと同様に驚きの表情を見せるカルロスとバーバラ。

更に今助けた女性はジンジンではないか。

ついさっきまで絡んでいた人物に助けられれば、誰だって驚くのは無理のない話だ。

が、今は驚いてばかりいる状況ではない。

それを最初に口にしたのはラチェットだった。

 

「一体どういう事?何があったの?」

 

人の近くで無理矢理重機を動かせば、怪我人や下手をすると死人まで出てしまう。

ハーレムの人々が抵抗している時点で、恐らく建物を壊す正当な権利もないのだろう。

いくら管轄違いとはいえ、目の前で行われている犯罪行為を無視する訳にはいかない。

 

「じ、実は………。」

 

新次郎が、やや言いにくそうに重機を指差す。

その先に見えた人影に、さしものラチェットやハワードも声を失った。

何故ならそこにいたのは、二人のよく知る人物だったからである。

 

「サ、サジータ!?」

 

「テメェ、一体何の真似だ!!」

 

驚きと怒りの声を上げる二人を尻目に、重機の解体作業を黙したまま見守る人物。

それは紐育華撃団の一員にして敏腕弁護士、サジータ=ワインバーグだったのである。

 

「………やれやれ、外野がうるさいとやりにくいですね。」

 

不意にサジータの横から、眼鏡をかけた金髪の青年がこちらを見下ろした。

眼鏡の奥に見える目からは、高慢な態度が伺える。

 

「おいサジータ! お前自分が何やってるか分かってるのか!?」

 

カルロスが怒りの叫びを上げる中、サジータはそれを無視して青年と共に重機の奥に姿を消す。

それに伴って、重機もスゴスゴと退散し、辺りには瓦礫の山だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なるほど。それは四人共災難だったね。」

 

ラチェットから齎された報告に、サニーサイドは新聞を手に相槌を打った。

昨夜のスチームフロンティアによるハーレムへの暴力。

それに外ならぬサジータが関わっている以上、紐育華撃団としても看過する事は出来ないだろう。

が、その権限を持つサニーサイドは報告を聞いても呑気な態度を覆さなかった。

 

「しかし、こちらも手出しのしようがないよ。何たって世間は、もっぱらハーレムが悪者と唄ってるんだから。」

 

そう言って、サニーサイドは新聞の記事を見せる。

そこには、驚きの見出しが一面を飾っていた。

 

「『ハーレム不法占拠者、開発計画を妨害』!?」

 

「それだけじゃない。昨日ハーレムのある場所で殺人事件が起きてね。ハーレム難民への反感に拍車をかけてるんだ。」

 

サニーサイドの口から出た現実に、ラチェットは声を失った。

前々からハーレム地区の問題は気になってはいた。

それがまさか、自分の部下を巻き込む事になるとは、思いもしなかった。

いずれにせよ、サジータには何らかの形で手を引いてもらう必要がある。

そんな事を考えていたラチェットに、サニーサイドはニッコリ笑いかけた。

 

「そう心配する事ないよ。何たってこっちには、部下思いのサムライがいるじゃないか。」

 

「サムライって………、サニー貴方まさか!!」

 

脳裏にある人物が過ぎり、ラチェットが噛み付く。

すると、サニーサイドは悪戯が成功したような顔で笑った。

 

「まあね。一もニもなくすっ飛んでったよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件から一夜明け、ハーレム地区はまたも喧騒に包まれていた。

何故なら、昨夜の事件の主犯達がぬけぬけと退去宣告に来たからである。

 

「………以上の理由から、ニューヨーク市から貴方達へ退去宣告が出されています。この地区の不法占拠者は、一週間以内に立ち去る事。」

 

罪状は公務執行妨害と、殺人。

謂われのない罪に問われ、集まった難民達からはたちまちブーイングの嵐が飛ぶ。

 

「カルロスさん! こ、これは………!?」

 

新次郎がハーレムに着いたのは、ちょうどそのブーイングがピークに達した時だった。

 

「シンジロウ、いい所に来てくれた!」

 

最初に気付いたカルロスが、一目散に新次郎の下へ駆け寄る。

無理もない。

何せ新次郎は、彼らに協力してくれる数少ない人物だったからだ。

 

「なあシンジロウ、みんなに教えてやってくれ。昨日ハーレムで、あいつらが何をやったのかを!!」

 

自分達がいくら主張した所で、言い逃れと言われれば反論しようがない。

しかし第三者の立場にある新次郎がカルロス達と同じ事を言えば、逆にサジータやスチームフロンティア側が不利になる。

 

「サジータさん………。」

 

新次郎は、サジータの目をじっと見た。

サジータは視線を逸らさない。

心にやましい事を抱えた人間は、見つめられると本能的に目を逸らす。

つまりサジータは、脅迫や買収ではなく、自らの意志で今回の暴挙に出た事が推測された。

 

「何故昨日あんな事を? ハーレムのみんなを助けるために弁護士になったんじゃないんですか?」

 

さりげなく昨夜の暴挙を肯定しつつ、新次郎はサジータを問い詰めた。

昨日、事務所で見たサジータは、ハーレムのために弁護士を志し、そのためにハーレム開発計画に携わってると口にしていた。

しかし実際に行った行為は、振り返る間でもない。

サジータの真意が、新次郎には理解出来なかった。

 

「簡単な事さ。みんなの不法占拠者という括りを取っ払うためだよ。」

 

「不法占拠者………?」

 

「そう。このままの状態が続けば、みんなは不法占拠者として、ニューヨークから何らかの制裁が課されてしまう。それがこの世のルールだからね。」

 

「だから一度追い出して、アメリカの法に順応させるんですか?」

 

新次郎の推論に、サジータは沈黙を以って返した。

ハーレム地区の難民達が難民とされる理由は、偏に不法占拠者という立場にある。

サジータは一度彼らが紐育を出る事でアメリカに従う意志を示させ、改めて市民権を獲得させようと考えたのである。

最も、あれだけの暴挙に出れば彼らが応じないのも無理はないが。

 

「アタシはこの件について、正当な立場で行動している。新次郎、それともアンタには、別に正当な立場が示せるというの?」

 

「僕にアメリカの法律はよく分かりません。しかし無実の罪で弱者を陥れる事は、絶対に間違っています!!」

 

真っ向からサジータに言い返す新次郎に、周囲から歓声が沸いた。

その時、更に奥から別の声が聞こえた。

 

「………お話は、大体聞かせていただきました。」

 

「え?」

 

聞き覚えのない女性の声に、その場の全員が振り返る。

そこには、一人の妙齢の女性が近くとも遠からぬ距離からこちらの様子を伺っていた。

胸に天秤を模したバッジをつけている事から、彼女がサジータ同様法に携わる人間と分かる。

 

「昨夜のハーレム地区の二つの事件………。これは特別措置を講じる必要がありそうですわね。」

 

「あ、貴女は一体………。」

 

新次郎が尋ねると、女性は柔らかい笑みで答えた。

 

「申し遅れました。私はオニキス。マンハッタンの裁判官をしております。」

 

「オニキス………?聞いた事ない名前だけど、裁判官が何の用だい?」

 

サジータが怪訝な表情で尋ねると、オニキスと名乗った女性裁判官はそのままの表情で答えた。

 

「ただいまお話した通りですわ。今回の事件は世間の認識と食い違っている。ならばその事実を浮き彫りにしなければなりません。」

 

「生憎回りくどいのは好きじゃないんでね。ハッキリ言ってごらんよ。」

 

「模擬裁判ですわ。」

 

オニキスの口から出た言葉に、一同は驚きの声を上げた。

何せ警察からの起訴云々をすっ飛ばして、裁判なんて出来るはずがない。

オニキスは続けて説明した。

 

「世間の認識は、ハーレム地区の不法占拠者が開発計画を妨害し、みせしめとして警官を殺害したというもの。しかし、今のお話を聞く限りそれが絶対の真実とは言い難い。公に意見を述べる場を作り、この事件の真実を暴き出す必要があるでしょう。」

 

「………なるほど、悪くないね。」

 

最初に答えたのは、サジータだった。

やはり敏腕弁護士としてのキャリアからか、不敵な笑みで新次郎を見る。

 

「ちょうどいい機会じゃないか。坊や、法が絶対の正義である事を教えてやるよ。」

 

「………分かりました。その裁判、受けて立ちます!!」

 

挑発的なサジータの態度に、新次郎も負けじと言い返す。

こうしてハーレム難民達の無罪をかけた、模擬裁判が執り行われる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

眼下に広がる夜景を見下ろす。

人の感覚からすれば、感動を覚える美しさがあるだろう。

が、それは人間であればの話だ。

 

「下らぬ………。この街は何故、自分達の生み出した法などという鎖に縛られておるのだ………。」

 

見下ろす影が、さも不思議そうに呟く。

すると、背後から別の声が聞こえて来た。

 

「お前もそう思うかい?力で全てを支配してきた、黒龍様は。」

 

半分からかいを込めた子供の言葉。

それは間違いなく、一ヶ月前にリバティ島を襲った妖怪だ。

となれば、その前に立つ影も仲間という事になる。

 

「この次そのような口を聞いたらば、貴様のその首を切り落とすぞえ?」

 

静かに、かつ強烈な殺気が貫く。

が、妖怪は怖がるどころか、不敵な含み笑いで返した。

 

「フン、殺れるもんならね。」

 

影の反応を面白がるように、逆なでしてくる妖怪。

しかし影は、半ば妖怪を無視して呟いた。

 

「人の値打ちを決めるのは力。力を持たぬ弱者は、ただ強者の前に消え去るのみ。この黒龍姫が、それを教えてやろう。」

 

刹那、紐育の夜空に雷鳴が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

一週間後、新次郎の姿はハーレム地区に設置された特別法廷の入口にいた。

周りにはジェミニやハワード、ラチェットに昴といった顔ぶれが揃っている。

あれから新次郎の話を聞いた四人は、月組の加山を巻き込んで事件の証拠集めに奔走してくれたのだ。

そのおかげで、いくつか強力な証拠が手に入った。

 

「証拠は集められるだけかき集めたわ。ここからは大河君、貴方の出番よ。」

 

「新次郎、ボクも応援する。きっと勝ってね!」

 

「昴は忠告する。サジータの実力は本物、証拠があっても話術で負ける恐れはあると。」

 

「あの女の鼻っ柱、叩き折ってくれよな!!」

 

「は、はい………!!」

 

四人から激励の言葉を受け、法廷に臨む新次郎。

すると、一足先に来ていたカルロスが話し掛けて来た。

 

「シンジロウ、少しいいか?」

 

「え?は、はい。構いませんけど………。」

 

幸いまだ開廷には若干時間がある。

カルロスは、新次郎にある写真を見せた。

 

「先週壊された建物………。あれには俺達、『ケンタウロス』のシンボルがあったんだ。」

 

「ケンタウロスって、まさか………!?」

 

聞き覚えのある名前に、新次郎は驚きの表情を見せた。

ケンタウロス。

それは、外ならぬサジータが率いていたという、暴走族チームの名前だったからだ。

 

「『一人はみんなのために、みんなは一人のために、ただハーレムを愛する』………。俺達は誰ひとり諦めてねぇ。サジータと昔みたいに、ツーリング出来る日をな。」

 

昔を懐かしむように、カルロスが呟く。

新次郎は直感した。

彼は信じているのだ。

サジータが、今自分達を追い出さんとしている彼女が、また自分達の仲間として戻って来てくれると。

 

「頼むぜシンジロウ。法の鎖に囚われたアイツの目を、覚まさせてやってくれ。」

 

「はい………!!」

 

法も何も関係ない。

そこには過酷な環境を生きる人々の、強く硬い絆がある。

それを法の鎖で縛ってはいけない。

両肩にかかる重みに、新次郎はそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別法廷の傍聴席は、既に満員になっていた。

その殆どはハーレム地区の難民達。

自分達の未来が決まるこの場所に、彼らは一縷の望みを託して集まったのだ。

 

「それではこれより、ハーレム地区における二つの事件について、模擬裁判を行います。」

 

裁判官の椅子に座るオニキスが、木づちを降る。

ざわついていた傍聴席は、途端に静寂に包まれた。

 

「この裁判で問うものは、二つの事件におけるハーレム難民達の関与。準備はよろしいですか?」

 

「もちろんさ。」

 

「こっちも、万全です。」

 

オニキスの言葉に、両側に立つ二人の弁護人が答える。

それに頷くと、オニキスはいよいよ裁判を弁論に進めた。

 

「それでは最初に、事件のあらましを警察関係者の方に説明していただきます。証人、前へ。」

 

その言葉に、警察関係者と思われる一人の人物が証言台に立つ。

その人物に、新次郎は見覚えがあった。

 

「あ、あなたはウォール街の!?」

 

「………何だ君かね。」

 

何と、証言台に立ったのは以前新次郎を誤認逮捕しかけたニューヨーク市警のソルト警部だった。

確かに警察関係者とは聞いていたが、よりによって彼がここに立つとは。

弁論開始前から、新次郎は冷や汗をかく羽目になった。

 

「それでは証人、事件の経緯について説明をお願いします。」

 

それに構わず、オニキスが証言を促す。

ソルト警部も大して気にする様子もなく、証言を始めた。

 

「被害者の名はフランク=マルフォイ。ハーレム地区を巡回していた所、何かを壊すような音を聞き付けて駆け付け、犯人と思わしい人物に遭遇。スタンガンで威嚇したが、犯人はそれに逆上。被害者からスタンガンを奪い、犯行に及んだものである。」

 

ハーレム地区で発生した殺人事件。

新次郎は事前に渡された資料や証拠に目を通しつつ、証言を可能な限り的確に聞き取るよう努めた。

カルロス達はこの事件について、一切知らないと言っていた。

となれば、今の警部の証言には何らかの間違いがあるはずだからだ。

僅かな可能性に縋るように、証拠一覧を一気に流し読みする新次郎。

すると、ある一つの証拠に目が止まった。

 

「それでは弁護人大河さん、証人への尋問をお願いします。」

 

「はい。」

 

オニキスからの指示に従い、新次郎はすぐさま揺さぶりにかかった。

 

「ソルト警部。凶器に使用されたスタンガンには、誰の指紋が付着していましたか?」

 

「決まっているじゃないか。被害者と犯人の二人分だよ。」

 

さも当然のように答えるソルト警部。

確かに凶器に指紋がついていなければつじつまが合うはずもない。

しかし新次郎は、してやったりと笑みを浮かべて証拠を突き付けた。

 

「それはおかしな話ですね。凶器として提出されたスタンガンには、『被害者の指紋しか検出されなかった』とあります。スタンガンに触れもしないで、どうやって人を殺害すると言うんですか!?」

 

「なっ………!?」

 

「それに被害者は、『暴走族を一人で抑えた事のある人物』。わざわざスタンガンを使用する利便性が見受けられません!!」

 

反論出来ないソルト警部に、新次郎は一気にまくし立てた。

恐らく指紋等の調査は鑑識にでも任せていたのだろう。

ニューヨークはただでさえ事件の絶えない街だ。

一つの事件が解決する前に別の事件が発生し、嫌でも事件を梯子して請け負わなければ手に負えない。

それを考えれば、証拠の見解に一つ二つの矛盾が存在してもおかしくはない。

が、新次郎の主張に待ったの声がかかった。

サジータである。

 

「異議あり! 指紋がない事は必ずしもスタンガンを使用していない事に結び付くものではないわ。」

 

「どういう事です?」

 

「手袋を付けておけば、スタンガンを使っても指紋は残らない。被害者が敢えてスタンガンを使用した事も、威嚇で平和的に解決するため。何もおかしくはないわ。」

 

「くっ………。」

 

ようやく掴みかけた流れをあっさり白紙に戻され、新次郎は悔しげに歯を噛む。

流石に敏腕弁護士の二つ名を持つだけの事はあるだろう。

ただ証拠を突き付けるだけではなく、相手を論破しなくてはならない。

新次郎は改めて、自分が絶対的に不利な状況に立たされている事を自覚した。

だがこんな序盤から屈してはいられない。

新次郎は素早く、次の一手を突き付けた。

 

「しかし、それもおかしい話です! 検死によれば被害者は黒焦げ。スタンガンに、そんな雷みたいな威力があるというんですか!?」

 

被害者フランクの検死結果。

そこには、まるで炭の塊のような写真と共に、彼を死にいたらしめた経緯が事細かに記されていた。

死ぬ間際に被害者が浴びた電圧は、明らかに10万ボルトを越えている。

そんな威力の電圧を、果たしてスタンガンで生み出す事が出来るというのか。

仮に出来たとして、そんな殺人兵器が一般に普及する事にも大きな問題があるだろう。

最もこれは、実際に検死結果を提供してくれた、とある研修医の意見なのだが。

何でもサニーサイドの親戚であるとかないとかいう噂だが、今は関係のない話だ。

が、とある研修医の的確な見解すら、敏腕弁護士の前にはベニヤ同然に脆い建前にしかならなかった。

 

「………確かに。でもね新次郎、それがスタンガンによる犯行を否定する証拠にはならないわ。」

 

新次郎の主張をまたも鼻で笑い、サジータは続けた。

 

「私はこう主張するわ。そのスタンガンには、正規では有り得ない形による改造、則ち不正改造が行われていると。」

 

「ふ、不正改造!?」

 

突拍子のない主張に、新次郎は度胆を抜かれた。

確かに改造を加えて電圧を上げたという説明なら納得出来なくはないが、ならばその改造を誰がやったというのか。

その答えを、サジータは用意していた。

 

「いるのさ。とあるマフィアにスタンガン改造を脅迫された証人がね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………マズイ状況だな。」

 

傍聴席の隅で裁判の様子を見守りつつ、昴が小声で呟く。

話術、こと法理論に関して、サジータは無敵だ。

新次郎には、こちらが可能な限り最大限の証拠と情報を渡した。

しかしサジータにその全てを論破される可能性も、大いに有り得た。

今の現状が正にそれだろう。

間違いなくこれから現れる証人は、新次郎側にとって不利な証言をしてくるに違いない。

それは、傍聴席の誰もが理解しうる事だった。

 

「新次郎………。」

 

決して有利とは言えない状況の新次郎に、ジェミニも不安げな視線を送る。

すると、その隣に座るラチェットが安心させるように応えた。

 

「心配ないわ。立証云々はともかく、真実は間違いなく大河君にある。」

 

「………そっか、そうだよね! ボク達も見たんだし………。」

 

サジータがスチームフロンティア社と共にハーレム地区を攻撃していた事は、自分達も知る事。

たとえ話術に劣るとしても、真実を味方につけた新次郎に敗北はない。

そう信じるジェミニに安心しつつ、ラチェットはふと反対側の席に目をやった。

本来なら自分のよく知る友人の座っているはずの席。

しかしそこは今、空席となって影を落としている。

 

「(ハワード………。)」

 

散々嫌がりながらも、共に証拠集めを手伝ってくれたハワード。

その彼の姿は今、この擬似法廷にはない。

何故なら彼は今、証言が始まろうとしているマフィアの取引について調査していたからだ。

間に合うかは時間勝負。

周りに気取られないよう意識しつつも、ラチェットは空席を見つめ、祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハーレム地区開発を担当している、ビル=クロフォードと申します。真実のみを話す事を誓います。」

 

サジータの証人として現れた男に、新次郎は声にこそ出さなかったが驚きを露にした。

それもそのはず。

何故なら今現れたビルと名乗る男は、先日サジータと共にハーレム地区を蒸気重機で攻撃した張本人だったからである。

一方、ビルはそんな新次郎の様子を気にする事もなく済まし顔で証言を始めた。

 

「我々スチームフロンティア社は、前年の日本のような蒸気機関による街作りを進めております。しかしながら我々の開発計画は彼らに尽く妨害され、計画は大きく遅れております。更に我が社のスタンガンを凶器に使うなど、マフィアに脅されたからとはいえ許される事ではありません。結局我が社は先日も、ハーレム地区に入る事すら叶わず12時に終業しました。」

 

事実を目撃した自分達を前に、ぬけぬけと都合の良い御託を並べるビル。

すると、サジータが呼応するように声を上げた。

 

「如何ですか裁判官。スチームフロンティア社のハーレム地区に対する真摯な姿勢と、それに伴う妨害について。」

 

「………確かに、証言の限りでは御社は誠実さが垣間見えますね。」

 

やはり事実を知らないためか、オニキスもサジータの言葉に頷く。

確かに今の証言や世間の風評だけを聞けば、誰でも向こうを正当化して見てしまうだろう。

それ故にこの証言は、何としても覆さなければならなかった。

 

「ところで、マフィアの取引というのは?」

 

続けてオニキスが尋ねた。

確かにスタンガンが凶器であると主張する以上、そのマフィアの関連は頭に入れておきたい情報だ。

ビルは眼鏡を直し、答えた。

 

「はい。数日前の夜中、勤務先から帰宅中にベイエリア地区で突然路地裏に連れ込まれまして。我が社が開発したばかりのスタンガンの電圧を上げるよう言われたんです。」

 

途端に傍聴席はガヤガヤとざわつき始めた。

何せ不正改造で殺人兵器を作り出す事は、それ自体が犯罪だ。

流石にオニキスも、やや驚いた表情を見せた。

 

「静粛に!………しかし本当に不正改造取引があったとは、些か私も驚きました。」

 

「も、申し訳ない………。」

 

やはり罪の意識からか、証言台で深々と頭を下げるビル。

その様子に少しいたたまれない気持ちになるが、新次郎は的確に尋問を始めた。

 

「ビルさん、終業した後の重機はきちんと清掃しているそうですが?」

 

「ええ、もちろん。それが何か?」

 

さも当然のように答えるビル。

新次郎は一瞬笑みを浮かべ、ここぞとばかりに切り込んだ。

 

「だったらおかしいですね?貴方の会社の蒸気重機の一台から、コンクリートの破片が見つかってます。」

 

「ああ、清掃員が見逃したんでしょうね。………それが何か?」

 

大した事のない揺さぶりと思ったか、ビルはしたり顔で答える。

が、これこそ新次郎の予想した答えだった。

 

「こちらの方でその破片を採取させていただいた所、あるものと一致しました。」

 

そう言って、新次郎は『あるもの』を突き付ける。

刹那、サジータの表情が一変した。

 

「そ、それは!?」

 

「証人はともかく、サジータさんはご存知ですよね?カルロスさん達と刻んだ、『ケンタウロス』のマークを!!」

 

新次郎が突き付けた『あるもの』。

それは、カルロス達ハーレム難民達の集団『ケンタウロス』のシンボルを描いたコンクリートの写真だった。

蒸気重機が建物ごとそれを破壊した際、破片の一部が吸気口に吸い込まれていたのである。

 

「答えて下さいビルさん。ハーレム地区に入れもしなかった貴方の蒸気重機に、何故ハーレム地区のケンタウロスのマークがあるんですか!?」

 

「くっ………、それは………。」

 

完全な矛盾を突かれ、ビルは思わず言葉を詰まらせる。

新次郎は一気に畳み掛けた。

 

「答えは簡単です! ビルさん!貴方が一昨日の夜、蒸気重機でハーレム地区を襲撃したからだ!!」

 

再び傍聴席はざわつき始めた。

無理もない。

誠実を謡っていたスチームフロンティア社の悪事が、この法廷で明るみにされたのだ。

既に傍聴席からは、ビルに対して非難の声すら飛んでいる。

 

「静粛にっ!!静粛にっ!!」

 

慌てて木づちを叩き、オニキスがビルを見た。

 

「証人、確かに弁護人の言う通り、貴方の証言には矛盾があります。詳細な説明を。」

 

「そ、それは………。」

 

真実を口に出来ず、思わず目を逸らすビル。

しかしそこへ待ったの声がかかった。

サジータである。

 

「裁判官、弁護人の主張はあくまで状況証拠。本当に一昨日ハーレム地区開発を行った証拠にはならないのでは?」

 

「ふむ………。」

 

サジータの一声で、また法廷の空気が変わった。

スチームフロンティア社の蒸気重機からハーレム地区の瓦礫が見つかった事は有力な証拠だ。

だがしかし、サジータの言う通り瓦礫が指し示す事の出来る事実は蒸気重機がハーレム地区に入った事のみ。

それがいつの段階なのか、確定には至らない。

が、新次郎には更なる一手が眠っていた。

 

「ありますよ。一昨日スチームフロンティア社が、開発という名目でハーレムを襲った証拠が!!」

 

言うや、新次郎は一枚の紙を突き付けた。

それは、一昨日ケガをしたジンジンの処方箋だった。

 

「ケガの内容はコンクリートの圧迫による捻挫。担当医に確認済みです。状況からケガをしたのは、一昨日の夜中であると!!」

 

「くっ………!!」

 

連続した証拠を前に、遂にサジータも押し黙る。

新次郎は、ここで切り札を突き付けた。

 

「それだけじゃない!!貴方達の悪事を目撃した証人は、傍聴席にいるんです!!」

 

「な、何だと!?」

 

証人がいると宣言する新次郎に、あからさまに驚きを露にするビル。

すると、傍聴席から一人の人物が証言台に立った。

 

「証人のラチェット=アルタイルです。真実のみをお話する事を誓います。」

 

手短かに宣誓を済ませ、一瞬だけ新次郎に微笑みかけると、ラチェットは証言を始めた。

 

「一昨日の夜中、私は彼と別の仕事でハーレム地区にいました。そこで何かを壊すような音を聞いて駆け付けて見ると、大型の蒸気重機が抵抗する人々を押し退けて建物を破壊していました。」

 

「な、何を………!!」

 

「証人とあちらの弁護士のやり取りも確かに確認しました。『外野がうるさいとやりにくいですね。』だったかしら?」

 

「くっ………!?」

 

的確極まりない証言に、サジータすらも反論を潰された。

無理もない。

ラチェットの記憶していた今の言葉は、明らかにハーレム地区を襲撃し、尚且つ彼らにケガを負わせる事を知っていて行った事を証明している。

たちまち傍聴席からは激しいブーイングの嵐が飛んだ。

 

「分かりますか、皆さん!! スチームフロンティア社は健全な会社なんかじゃない。自分達の利益のために、ハーレムの人達を食い物にしているんです!!」

 

完全に法廷の空気を掴み、新次郎が丹舌を切った。

するとそれに反応し、傍聴席の騒ぎは一気に熱を帯びる。

 

「静粛にっ!!」

 

そのあまりの喧騒に木づちを打ち、オニキスは再度ビルに問い詰めた。

 

「証人、今の証言の内容は事実ですか?」

 

「くっ………、そ、それは………!!」

 

事実を露見され、完全にうろたえるビル。

新次郎はこの瞬間を見逃さなかった。

 

「その慌て様、余程ばらされるとまずいみたいですね!!」

 

「く、くそっ! サジータ、何とかしたまえ!!」

 

最早自分では対処しきれないらしく、みっともなくサジータに縋るビル。

サジータは数秒考えるそぶりを見せた後、カッと目を見開いた。

 

「一昨日ハーレム地区に行った事は、事実のようね………。」

 

「サ、サジータ!?」

 

思いも寄らぬサジータの言葉に、更にうろたえるビル。

が、これで引き下がるようなサジータではなかった。

 

「しかし、それはマフィアとの契約にあったから。そうよね、証人?」

 

「え?………あ、ああそうだ。スタンガン改造と共にマフィアに脅迫されたんだ!! 決してわざとではない!!」

 

恐らくサジータのでっちあげた嘘に乗っかるビル。

あくまでマフィアに脅迫された事による自分達の正当性を保持しようというのだろう。

 

「つまり、スチームフロンティア社はハーレム地区開発における強制処置には消極的だったんです。傷害罪の適用には当たりません。」

 

「そんな主張はおかしいです! 先程の言葉はどう説明するんですか!?」

 

「異議あり!! そちらこそ、こちらの主張を覆す決定的証拠があるの!?」

 

「くっ………!!」

 

サジータに痛い所を突かれ、今度は新次郎は言葉に詰まった。

彼らが行った一昨日の暴挙が事実と認められたとしても、それがマフィアの脅迫によるものと言われれば反論しようがない。

サジータは、そうした逃げ道をあらかじめ用意していたのである。

 

「マフィアの脅迫により、証人はスタンガン改造及び蒸気重機によるハーレム地区襲撃を脅迫された。そして改造したスタンガンをハーレム難民の誰かに渡し、犯行に及んだんです。」

 

「だったらスタンガンはどう説明するんです!?指紋なんてなかったし、改造の形跡もないじゃないですか!?」

 

「馬鹿ね坊や。致死量の電流を流すなら、誰だってゴム手袋くらいの装備はするわ。」

 

苦し紛れの反論も、サジータには掠りもしなかった。

確かに改造したスタンガンに安全性はない以上、素手で掴むような考えは起こさない。

それこそサジータの言うゴム手袋のような絶縁体で防衛している方が自然だ。

そうなれば、最早指紋がない事は何の証拠にもならない。

 

「そして、改造した痕跡を消すために犯人はスタンガンのバッテリーを持ち去っているわ。凶器のスタンガンは、被害者から奪ったと思わせるためにね。」

 

先程の劣勢から一転、サジータは勝ち誇った様子で主張を述べた。

確かに彼女の主張には全くと言って良い程矛盾がない。

反論の糸口を見いだせない新次郎に、サジータは一気に反撃に転じた。

 

「そう、全てはマフィアと手を組んだ不法占拠者達による組織ぐるみの犯行です。裁判官、直ちに判決を!!」

 

「ふむ………。」

 

まくし立てるサジータに気圧され、オニキスが顔をしかめる。

最早これまでか。

 

「異議あり!!」

 

新次郎が無念に拳を握る法廷に待ったの声が飛んだのは、その時だった。

 

「よう新次郎、遅くなったな。」

 

「ハワードさん!!」

 

声がした法廷の入口から、愛用の自転車に跨がったハワードの姿が見える。

そしてその後ろの車に座る一人の男に、法廷は驚きに包まれた。

 

「なっ………!?」

 

「お、お前は………!!」

 

白いスーツに身を包み、同じ白いハットを深く被って顔を隠した30前半の長身の男。

その人物を見るや、ビルが驚愕に体を震わせ、ソルト警部も目を見開いて言葉を失う。

それもそのはず。

何故ならハワードが連れて来たのは、常識的に有り得ない人物だったからである。

 

「そちらの方は証人………という事でよろしいですか?」

 

「ああ。この事件の最高の証人だぜ。」

 

オニキスの問いにハワードが返す。

すると証言台に立った男は、葉巻を吹かしつつハットを僅かに上げた。

 

「………ヘビーフェイス。 ニューヨークのマフィアの首領だ。」

 

刹那、法廷はざわつきを増した。

ニューヨークのマフィア、それも首領が直々に出向いたというのだから、当たり前である。

 

「マフィアって、まさか………!?」

 

「そう、アイツらと取引した、マフィアのボスをお呼びしたのさ。」

 

新次郎の問いに、ハワードはキマったとばかりに笑みを浮かべて見せた。

ハワードが傍聴席を抜け出して探していた証人。

それは、この事件の核心を握るであろうマフィアのボス、ヘビーフェイスだったのである。

 

「それでは証人、先日そちらにいるビル=クロフォード氏と会ったそうですが、間違いありませんか?」

 

「………ああ。よく覚えてるぜ、あのいけ好かねぇ面はな。」

 

冷たく張り詰めた空気を纏いながら、一瞬だけビルを睨んで答えるヘビーフェイス。

それだけで、ニューヨークのマフィアを束ねる立場は伊達ではないと分かる。

 

「では、その時の内容を話していただけますか?」

 

オニキスの問いに頷くと、ヘビーフェイスは証言を始めた。

 

「場所はメトロポリタン美術館のエジプト展だ。多分防犯カメラに残ってるだろうが、俺はそこで奴と待ち合わせをしていた。」

 

「奴とは、クロフォード氏の事ですね?」

 

「ああ、そうだ。俺は奴にある依頼を受けた。『バッテリーを外したスタンガン』を、ハーレム地区のサツに渡せってな。」

 

「な、何だって!?」

 

「馬鹿な!? スタンガンは不正改造を………!!」

 

ヘビーフェイスの口から出た驚きの証言に、またしても法廷は喧騒に包まれた。

無理もない。

何せ今までサジータが積み上げて来た理論が根底から覆されたからである。

不正改造も何もない。

最初からバッテリーは抜かれた状態で、しかもヘビーフェイスはそれをハーレム難民の誰かではなく、被害者フランクに渡したというのである。

この証言が何を意味するのか。

それを指し示したのはハワードだった。

 

「そう。スタンガンには最初から、改造なんてされてなかった。ただバッテリーが抜き取られてただけさ。」

 

そう言って、ハワードはポケットから袋に入ったバッテリーを取り出して見せた。

それを見るや、ビルの顔が瞬く間に青ざめる。

 

「そしてそのスタンガンを、あたかも改造したと偽って警官に渡した。………だよな?」

 

「ああ、随分喜んでたぜ。『ハーレムのゴミ共を叩き潰せる』ってな。」

 

「そ、それじゃあまさか………!!」

 

今日何度目かも分からない驚愕の事実に、新次郎は衝撃を受けた。

ヘビーフェイスはバッテリーのないスタンガンを、不正改造品と偽って被害者に渡していたのである。

しかも被害者の口にしたとされる言葉。

そこから新次郎は、ある見解を導き出した。

 

「まさか、被害者はそのスタンガンでハーレムの人達を………!!」

 

「ああ、見せしめに殺すつもりだったんだ。顔見知りの同僚からも、良くない噂が立ってたみたいだしな。」

 

新次郎の見解に、ハワードが頷く。

これで取引の全貌は明らかになった。

スチームフロンティア社は開発計画を拒むハーレム難民に業を煮やし、黒人への差別意識を持っていたフランク巡査を利用した事件を画策。

マフィアを通じて不正改造品と見せ掛けた使用不可のスタンガンを使わせ、逆にハーレム難民に反撃させて傷害罪に問おうと企んだのである。

 

「こんな………、こんな馬鹿な………!!」

 

「証拠は全て揃った………!! 最早言い逃れは出来ませんよ、ビルさん!!」

 

完全に冷静さを失ったビルに、新次郎が再び丹舌を切る。

法廷全員の視線が、一斉にビルに向けられた。

 

「く、くそっ………!!」

 

真実を完全に明るみに出され、その場に膝を着くビル。

その様子を見て、オニキスが木づちを叩いた。

 

「それでは、判決を言い渡します。二つの事件に関するハーレム地区の方々の関与はない物と認め、無罪。並びに不起訴処分とします!!」

 

法廷は、たちまち歓声に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「異議あり!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、ここで思いも寄らぬ人物から異議の声が上がった。

新次郎の隣に立つハワード=アンバースンである。

 

「悪いが、まだ閉廷してもらっちゃ困る。たった一つ、大事な謎が残されてるからな。」

 

法廷の歓声が、一瞬にして静寂と戸惑いに変わる。

新次郎もまた、訝しげにハワードを見た。

 

「謎って一体………?」

 

「考えても見ろよ新次郎。スタンガンでないなら、一体どうやって10万ボルトの電流を生み出すってんだ?」

 

「………そ、そういえば………!!」

 

新次郎はハッと目を見開いた。

確かにそうだ。

スタンガンが凶器でないとするならば、一体どうやって被害者は殺害されたというのだろうか。

すると、ハワードは驚くべき答えを提示して見せた。

 

「簡単さ。本人に聞いて見ればいいんだ。」

 

言うや、ハワードはある人物を指差した。

 

「そうだろ?………オニキス裁判官!!」

 

「なっ!?」

 

「オ、オニキスさんが………!?」

 

何と、ハワードが指差した人物は、事もあろうか判決台に座るオニキス裁判官だった。

信じられない展開に、誰もが驚きの表情を浮かべる。

 

「何を言い出すかと思えば………。私が犯人であるはずがないでしょう?何せハーレム地区には一歩も入っていないのですから。」

 

オニキスも若干の戸惑いを感じさせつつも否定する。

が、ハワードは追求を止めなかった。

 

「ここへ来る途中、ヘビーフェイスからもうひとつ面白い話を聞いたんだよ。ハーレム地区襲撃の時、一度だけ重機とは別の大きな音が聞こえたってな。」

 

「アハハハハ、まさか被害者が雷に打たれたとでも?とんだお笑い話ですわ。」

 

あまりにぶっ飛んだハワードの主張に、オニキスは声を上げて笑う。

だが直後、その顔は憤怒の形相へと変わった。

 

「ふざけるな!犯行現場を見た事もないくせに犯人扱いとは、言い掛かりも甚だしい!!」

 

「どうかな?そうやって騒ぎ立てる所を見ると、ますます怪しいぜ。」

 

「いい加減にしろ!!そもそもそいつの証言など出鱈目だ!!」

 

「へぇ?何処が出鱈目だって?」

 

何かを企むように、ニヤリと不敵に笑うハワード。

完全に頭に血が昇ったオニキスはそれに気づく事なく、まんまと罠に嵌まった。

 

「雷が落ちたのは一度ではない!!奴は『三回ぶつけても死ななかった』んだからな!!」

 

刹那、法廷の空気が一瞬時間を止めた。

誰もが気付いたからだ。

目の前の裁判官が口にした、有り得ない言葉を。

 

「………なるほど。三発もぶつけりゃ黒焦げだよな。」

 

その沈黙を破ったのは、外ならぬハワードだった。

ふてぶてしい口調でタバコの煙を吐き出しつつ、鋭い視線でオニキスを見る。

 

「じゃあ質問だ。アンタは何で『被害者の雷に打たれた回数』を知ってるんだ?当日ハーレムにいなかったアンタが。」

 

「な………、そ、それは!!」

 

ここに至り、オニキスはようやく現状を知る事となった。

黒焦げの被害者の検死は難航し、感電死とは分かってもどれだけの電圧を何回受けたかなど具体的な事は分からない。

故に今オニキスが言った内容は、実際に犯行を目撃していなければ分からないはずだ。

つまり………。

 

「オニキス裁判官………。この事件の犯人は、アンタだ。」

 

全ての真実は、遂に白日の下に曝された。

判決台に座る真犯人は、ハワードを憎々しげに睨みつけている。

 

「それじゃあ最後の尋問だぜ、真犯人。」

 

「くっ………!!」

 

法廷全員の視線に貫かれたオニキスを前に、ハワードは決定的な言葉を突き付けた。

 

「おかしいと思ったんだ。放っておけばいいものを、何でわざわざ擬似裁判なんて提案したのか。」

 

「黙れ………。」

 

「ハーレム難民がこの一件で立ち退くと困るんだよな?………せっかくの隠れ蓑が無くなると、自分の悪事がバレちまう。」

 

「黙れ………!!」

 

「裁判所にもアンタの名前はなかった。アンタ、一体何者だ?」

 

「黙れぇぇぇっ!!」

 

稲妻の如き怒号に合わせて、黒い雷が周囲に飛んだ。

煙に包まれた法廷は、たちまちパニックに陥る。

 

「ゲホッ、ゲホッ………!! こ、これは………!?」

 

煙に咳込みつつ、状況を確認しようとする新次郎。

すると、判決台に人影が見えた。

オニキス裁判官か。

一瞬そう考える新次郎だが、数秒もしない内にその考えは消えた。

何故ならそこにいたのは、およそアメリカでは考えられない格好をした長身の女だったからである。

 

「下衆な愚民共が………、このわらわに盾突く事、貴様ら全員無礼と心得い!!」

 

そこにいたのは確かにオニキスだが、姿形は別人同然だった。

漆黒の鎧に身を固め、身の丈はある剣を手に仁王立ちになる姿は、古風な物言いも相まって日本古来の戦国武将を想起させる。

 

「貴様………、一体何者だ!?」

 

それに立ちはだかるように、新次郎が問い質す。

すると、女は凄絶な笑みを返した。

 

「わらわの名は黒龍姫。この地に真の秩序を齎す者じゃ。」

 

「黒龍姫………!?」

 

「なるほど。被害者を殺害したのは、今の黒い雷か。」

 

「皆さん!」

 

横から聞こえた声に振り向くと、昴にラチェット、ハワードにサジータと、紐育華撃団のメンバーが勢揃いしていた。

黒龍姫は品定めするような視線で五人を見渡し、ふてぶてしい態度で口を開く。

 

「よく分かった。貴様ら愚民の生み出す法に秩序は護れぬ。力の強き者が弱き者を従える。それが真の秩序、法であろう。」

 

「ふざけるなっ!そんなのは法じゃない。ただの暴力だ!!」

 

一番端にいたサジータが怒りを露に言い返す。

見ているこちらが竦み上がる位怖い表情だが、黒龍姫はそれすら鼻で笑った。

 

「愚かな。貴様とて同様に法なる物で弱者を食い物にしたではないか。それも文書に書かれた借り物で。」

 

「くっ………!!」

 

最もな事実を突き付けられ、言葉に詰まるサジータ。

すると、そこへ思いも寄らない人物が助っ人に現れた。

 

「待て! そこの悪党!!」

 

「何奴!?」

 

反応する黒龍姫目掛けて、白銀の太刀が風を切って襲い掛かって来た。

巨大な蛮刀を盾代わりに防ぐも、相手は続けざまに切り付けて来る。

その太刀筋は、明らかに俄か仕込みの腕ではない。

 

「仮面の剣士!? 何故こんな所に………。」

 

そんな中、唯一助っ人に見覚えのある新次郎が驚きの声を上げた。

先月ウォール街で銀行強盗をぶちのめした、仮面の剣士。

その目を見張る程の太刀筋は鈍る事なく、黒龍姫相手に善戦している。

 

「何なんだアイツは………? あんな化け物みたいな奴と対等にやり合うなんて………。」

 

「だが、これはチャンスかも知れない。」

 

昴の言葉に、残る四人が頷いた。

仮面の剣士の素性など気になる所は多々あるが、今はそんな事を気にする余裕はない。

何故なら自分達は一刻も早く、ここから南にあるタイムズスクエアの星組本部に急行しなければならないからである。

 

「急ぎましょうサジータさん! ハーレムを守るんです!!」

 

「分かった。 カルロス、バーバラ、ジンジン、すぐ戻るから、安全な場所に避難するんだ。分かったな!?」

 

「あ、姐御!?」

 

「サジータ、お前はどうすんだ!?」

 

突然の言葉に、サジータが星組隊員である事を知らないカルロス達は思わず困惑の表情を浮かべる。

サジータは振り返ると、一言だけ告げた。

 

「援軍を呼んで来るのさ。ハーレムを、みんなを守る最高の援軍をね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スターの整備は出来てるかい!? ハーレムに敵が出現した。すぐに出撃する!!」

 

作戦司令室に到着するや否や、サジータは焦りを隠そうともせず叫んだ。

一分一秒を争わんばかりの勢いの凄まじさ。

さながら摩天楼を爆走するバイクのようである。

 

「まあ、落ち着きたまえ。普段の知的な魅力が欠片もないじゃないか。」

 

「悪いけど今はジョークに付き合う暇はない。ふざけてると痛い目見るよ!?」

 

仮にも司令であるサニーサイドの軽口にまで噛みつく始末。

長い間鎖に縛られていた激情が一気に解放されたようだが、それを味方に向けられてはたまったものではない。

 

「大丈夫ですよサジータさん、仮面の剣士がいる以上、相手も大きな行動は取れないはずです。」

 

「昴も同意する。相手は一筋縄ではいかない存在。激情に身を任せた戦い方で勝てるとは思えない。」

 

「喧しく怒鳴った所で敗訴まっしぐらだろうが。頭使え、頭を。」

 

「う、そりゃまあ、確かに………。」

 

何となく四面楚歌に近い状況に、サジータはようやく勢いを緩める。

直後、虹組のプラムと杏里から報告が入った。

 

「安心してサジータ。既にハーレム地区の住民避難は完了してるわ。」

 

「現在ハーレム地区周辺に悪念機が出現! 黒龍姫と仮面の剣士が中央で交戦しています。」

 

その報告に、サジータは僅かだが安堵の表情を浮かべた。

とりあえず仲間が無事であるという事実は、緊張の二文字を取り除くに十分なものだからだ。

 

「紐育華撃団星組は直ちに出撃。仮面の剣士に加勢して悪念機を全滅後、黒龍姫を撃破しなさい。」

 

「ようし、出撃だ! 大河君、出撃命令を頼む!!」

 

ラチェットが任務内容を簡潔に纏め、サニーサイドが出撃を促す。

新次郎はしっかり頷くと、気合いに満ちた声で叫んだ。

 

「紐育華撃団星組、出撃!! ハーレム地区を守りましょう!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつは一体何者だ。

目の前の少女に黒龍姫の感じた第一印象はそれだった。

己の剣の腕には自信がある。

そこらのなまくら刀など、容易く真っ二つに出来るだろう。

しかし目の前の仮面の剣士と呼ばれた少女は違う。

自分のより明らかに細い刀を操り、手慣れた様子で馬を動かしてこちらに切り掛かってくる。

その一撃は直線的なもので防御は容易だが、反撃しようとする頃には既に剣の届かない距離に逃げられている。

 

「ええい、ちょこまかと素早いネズミめ! これでも喰らえ!!」

 

痺れを切らした黒龍姫は、剣の先から黒い雷を放って攻撃を仕掛ける。

たちまち雷は周囲の至る所を直撃し、大爆発を起こした。

だが次の瞬間、黒龍姫は信じられない光景を目にする事となる。

 

「いない!? くそっ、何処じゃ!!」

 

何と煙の先にいたはずの仮面の剣士が、忽然と姿を消していたのである。

慌てて左右をキョロキョロと見渡すが、その姿はない。

それもそのはず。

何故ならこの時、仮面の剣士は黒龍姫の遥か頭上を跳躍していたからだ。

 

「イッツ免許皆伝………!!」

 

「な、何っ!?」

 

不意に上から聞こえた声に、ようやく黒龍姫が気づく。

しかし、反応するにはあまりにも遅すぎた。

 

「ターニング・スワロー!!」

 

「ぐはあっ!!」

 

馬と一体になった仮面の剣士の一撃が、黒龍姫の身体を軽々と吹き飛ばした。

何とか空中で回転して着地に成功するが、鎧越しに受けた衝撃はかなりのものがある。

ここに至り、黒龍姫はようやく自分が劣勢に立たされている事を自覚した。

 

「………む? 何故剣をしまう!?」

 

が、仮面の剣士の行動はまたしても黒龍姫の予想を裏切った。

このまま流れに任せて追撃してくると思いきや、仮面の剣士は無言のまま刀を納めてしまったのだ。

 

「その直線的な太刀筋………、貴様は仇ではあるまい。」

 

「仇? 何の事じゃ!?」

 

「戦う理由なき相手を殺めるのは、オレの流儀ではない。さらばだ。」

 

仮面の剣士は一方的にそう言い放つと、手綱を引いて瞬く間を姿をくらます。

騒音の鳴り響くハーレム地区には、黒龍姫と配下の悪念機だけが残されていた。

 

「………まあよい。邪魔者が消えたなら好都合じゃ。早々にこの街を叩き潰してくれようぞ。」

 

いずれにせよ、仮面の剣士がいなくなった以上自分を妨害する者はない。

黒龍姫はそう判断し、周囲の悪念機に命令を出した。

 

「よいか者共! 建物、命、目に映る物全てを破壊せい! わらわに逆らう醜き土地、燃やし尽くすのじゃ!!」

 

気を取り直して再びハーレム地区破壊を再開する黒龍姫。

だが、彼女は知らなかった。

仮面の剣士とは違う、自らの敵がこのハーレムに急行している事を。

 

「イッツ・ショータイム!!」

 

始まりは空から聞こえた叫び声だった。

何者かと警戒し、悪念機達も作業を中断する。

そこへ、四色の流れ星がハーレム地区のど真ん中に参上した。

 

「「紐育華撃団、レディー・ゴー!!」」

 

それぞれ違う獲物を手に対峙するスター。

新手を前に、黒龍姫はあからさまに不快な表情を示した。

 

「ええい、次から次へと現れおって………。わらわに逆う者共は、皆生きては帰さんぞ!!」

 

蛮刀を突き付け、脅しをかける。

すると、一番前にいる白いスターが逆に刀を突き付けて来た。

 

「黒龍姫、仮面の剣士はどうした!?」

 

「知らぬ!早々に去りおったわ!!こうなれば貴様らから先に殺してくれる!!」

 

言うや、黒い雷がその怒りを体言するかの如く唸りを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハーレム地区に到着して間もなく、黒龍姫率いる悪念機の軍勢と激突した星組。

その様子を、副司令のラチェットは上空のエイハブから見下ろしていた。

既にハーレム地区一帯は雨雲に覆われ、雨が降り始めている。

敵が致死量の電撃を使えると判明している以上、あまり好ましい状況とは言い難い。

可能な限り早い段階で決着をつける必要があるだろう。

 

「戦闘状況は?」

 

僅かに焦る心を隠し、冷静に尋ねる。

すると、前でモニターを操作する虹組の杏里が答えた。

 

「現在星組各スターの被害は軽微。悪念機の数も早いスピードで減少して行きます。」

 

「このままなら、戦闘終了まで5分もかからないわ。」

 

杏里の報告に、プラムがやや安心した様子で付け加える。

確かに星組が自分がいない程度でやられるような組織ではない事は、先月のリバティ島の一件からも承知している。

しかしラチェットは、どうしても安心する事が出来ないでいた。

リバティ島で現れた怪獣。

あのような怪獣が、また現れないとどうして断言出来ようか。

そんな不安が、ラチェットの心の奥底にしこりのように残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上空にいるラチェットの不安とは裏腹に、星組の戦いは終始安定して進んだ。

どうやら仮面の剣士にも遅れをとったらしく、黒龍姫は憂さ晴らしとばかりに次々と雷を放って来る。

新次郎はそれを逆手に取って、悪念機を挟む形で黒龍姫を扇上に囲み、攻撃をかわす作戦に出た。

するとどうだろう。

こちらを狙って放たれた雷が次々と悪念機に被弾していくではないか。

被弾した悪念機は瞬く間に爆発し、火柱へとその姿を変える。

結果として新次郎達は、大して戦う間もなく悪念機を全滅させる事に成功した。

 

「………お、おのれ………!!」

 

黒龍姫がそれに気付いたのは、周囲の悪念機があらかた全滅した頃だった。

辺りには黒い雷にやられた悪念機の破片が煙を上げて散らばっている。

今や黒龍姫は、完全に星組に包囲されていた。

 

「観念しな、黒龍姫。法の下に、お前はアウト。………有罪だ。」

 

獲物の鎖を構え、サジータが更なる挑発をかける。

元から仮面の剣士に出し抜かれて頭に血が昇っていた黒龍姫は、あっさり引っ掛かった。

 

「ええい黙れぇっ!! 貴様ら如き、わらわだけで十分じゃっ!!」

 

完全に表情を崩し、あらん限りの声で怒鳴り散らす黒龍姫。

恐ろしい表情も、ここまで来ると何となく情けない印象を受ける。

 

「来い、我が悪念将機!! わらわに逆らう愚民の地に、裁きの雷を降らせるのじゃっ!!」

 

巨大な蛮刀を天に掲げて叫ぶ。

刹那、刃の先から電撃が放たれ、雨雲の雷と激しいスパークを起こす。

一瞬のまばゆい閃光。

その光に視界を奪われた次の瞬間、驚くべき光景が飛び込んで来た。

 

「………、これは………!?」

 

何と、つい先程まで黒龍姫のいた場所に、巨大な龍を模した機械がこちらを見下ろしているではないか。

右手に巨大な蛮刀、左手に鋼鉄の盾を備え、全身に電流を纏う姿に、今度は新次郎達が言葉を失った。

これこそ黒龍姫の切り札とも言うべき悪念将機。

その名、『草陰』という。

 

「草陰よ! この汚らわしい街に断罪の雷を落とし、全てを浄化せよ!!」

 

先程までの劣勢から一転、草陰と一体となった黒龍姫が高らかに笑う。

すると雷の龍はそれに合わせて咆哮を上げ、雷鳴轟く雲海に飛び込んだ。

 

「昴は確認する。あの雷雲に、奴の妖力が充満していると。」

 

「なるほど、街中を無差別にぶっ壊そうって訳か。」

 

「逃がすかっ! 新次郎、昴、ハワード、追うよっ!!」

 

「行きましょう!! チェンジ、フライトフォーム!!」

 

新次郎の命令で、四機のスターは一斉に空へと飛び立つ。

すると、程なくしてエイハブから通信が入った。

 

「こちらエイハブ! 大河君、聞こえる!?」

 

「ラチェットさん!? どうかしたんですか?」

 

突然の通信と、やや厳しい表情のラチェットに何事かと尋ねる新次郎。

するとラチェットの口から、驚きの言葉が出て来た。

 

「よく聞いて大河君。ハーレム上空の雲を解析した結果、北西10時方向に僅かだけど解析不能な空間が出現したわ。」

 

「解析不能!? それって一体………。」

 

「昴は答える。恐らく虚数空間………、リバティ島のあの現象だと。」

 

「じゃあまさか、あの時みたいな怪物がまた現れるって事か!?」

 

昴の導き出した結論にサジータが反応したその時、一際激しい雷鳴が雲海に響き渡った。

刹那、猛獣のように剥き出しの殺気が浴びせられる。

その正体にいち早く気付いたのは、昴だった。

 

「右だっ!!」

 

短い一言の直後、凄まじい雷撃の一閃が唸りを上げて襲い掛かって来た。

幸い四機共避ける事に成功したが、安心は出来ない。

何故なら今の雷は横に向かって、明らかにこちらを狙っていた。

つまり今の攻撃は人為的であり、かつ敵にはこちらの居場所が知られている事になる。

敵の居場所が把握出来ていないこちらにとって、それは不利な状況である事を示していた。

 

「くそっ、何処に隠れやがった!?」

 

灰一色の視界にいらつくサジータ。

そこへ、再び雷撃が迫った。

 

「散れっ!」

 

昴の合図で再度雷撃をかわす星組。

すると、ここで思わぬ人物か反撃に出た。

 

「そこだっ!!」

 

今雷が飛んで来た方角目掛けて、ハワードが大量のミサイルを発射した。

ハワードは先の一瞬で雷撃の発射地点を計算し、遠距離からの反撃を仕掛けたのである。

ミサイルは一定の距離を突き抜けた後、一斉に爆発。

辺りの雲を吹き飛ばし、雷撃の正体を露見せしめた。

 

「ようやく見つけたぜ、黒龍姫………。」

 

雲の奥に見えた雷の龍に、サジータが凄絶に笑う。

だが直後、三度昴が叫んだ。

 

「サジータ、避けろっ!!」

 

「なっ………!?」

 

何と、草陰とは正反対の方角から雷撃が飛んで来た。

完全に草陰に意識が集中していたサジータは反応に遅れ、雷撃がスターを掠める。

幸い直撃は免れたものの、僅かに飛行能力が奪われた事に変わりはない。

 

「サジータさん!」

 

「まずい………、この状態では格好の的になる………!」

 

思わぬ敵の出現に、新次郎のみならず昴も焦りを見せた。

何せ今の雷撃は明らかに草陰とは別で、かつ的確にサジータの位置を掴んでいる。

もし次の一撃をまともに喰らえば、良くて撃墜は確実だ。

黒龍姫もこの好機を逃さず、獲物を見つけた肉食獣のような目でサジータを捉えた。

 

「断罪の刃………、わらわに従え………!!」

 

草陰が右手の蛮刀を構え、高々と振り上げる。

刹那、周囲の雲から電流がほとばしり、鏡のような刃を青白く染め上げる。

 

「天魔招来………、雷刃天昇!!」

 

超高圧電流を纏った斬撃が、唸りを上げて襲い掛かった。

が、それは標的に当たる事はなかった。

何故なら疾風の如く現れた深紅のスターが、半ば特攻する形で飛び込んで来たからである。

 

「幻の一閃………、ソニック・イリュージョン!!」

 

残像を残す程の超高速で飛び込んで来たバーニングスターが、一撃の下に雷の一閃を誘爆消滅させる。

それこそ幻だったかのように、雷の刃は跡形もなく消え失せてしまった。

 

「おのれ………、小賢しい真似を………!!」

 

「ヘッ、これぞハワード大魔術ってな。」

 

草陰の攻撃阻止を見事に成功させ、ハワードは余裕の笑みを見せる。

それが彼の失敗だった。

 

「げふっ!?」

 

得意ぶった直後、今度は別の雷撃がバーニングスターを襲った。

完全に不意を突かれたバーニングスターは、操縦者の間抜けな悲鳴と共に煙を上げる。

 

「わひゃあっ!! ハワードさん、大丈夫ですか!?」

 

「………昴は言った。やれやれと………。」

 

仲間のピンチに慌てる新次郎とは対称的に、昴はおおっぴらにため息をついた。

表情も完全に呆れ顔で、どう見ても心配しているようには見えない。

事実、昴は心配などしてはいない。

それを口にしたのはサジータだった。

 

「心配ないさ、坊や。あれはいつもの事だからね。」

 

「い、いつもの事?」

 

「ハワードはスターの事なら誰よりも詳しい。この程度の事でやられる人間じゃないという事さ。」

 

「は、はあ………。」

 

信頼しているのか軽く見ているのかよく分からない答えに、とりあえず生返事を返す新次郎。

すると、今まで半分茅の外に置かれていた黒龍姫が痺れを切らした様子で怒鳴り込んで来た。

 

「ええい、わらわを無視するな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ………、通信までイカれてやがる。」

 

火花を散らすコックピットの中、ハワードが悔しげにレンチを投げ捨てた。

先程の攻撃でミサイル発射口が完全に破損したらしく、飛行は出来ても攻撃手段を失ってしまった。

更に通信モニターまで破壊されたため、星組本体への連絡はおろかエイハブへの緊急連絡も出来ない。

八方塞がりとは、正にこの事だった。

 

「やあハワード君。随分困ってるみたいだね。」

 

コックピットに聞き覚えのある声が響いたのは、半分やけくそで操縦桿を握り直したその時だった。

モニターを見ると、そこには意外過ぎる人物が呑気な表情でこちらを見ている。

 

「サニー!? お前、通信もなしにどうやって………!?」

 

その顔を見るや、ハワードは即座に驚きの声を上げた。

ラチェットや虹組のいるエイハブはともかく、サニーサイドのいる作戦司令室には通信出来る設備がない。

にも関わらず、一体どうやって自分に連絡しているというのか。

が、モニターの相手はそれには答えなかった。

 

「まあまあ、サニー大魔術って事で。それよりハワード、君に一つサプライズがあるんだ。」

 

「サプライズって………、お前状況が分かってんのか!?」

 

今の通信がサプライズではないのかと呆れつつ、マイペースなサニーサイドにハワードは頭痛を堪えて怒鳴った。

サプライズも何も今は戦闘中だ。

流石にこんな時までおふざけに付き合う余裕はない。

どうせいい加減を形にしたこの男の事、サプライズも大してろくなものではないのだろう。

これまでの経験からそう考えるハワードだったが、サニーサイドの答えはおよそ正反対のものだった。

 

「ハワード、操縦桿の下にある、三つのスイッチが分かるかい?」

 

「ああ、これがどうした?」

 

「それはね、君のバーニングスターを『自動操縦機能』に切り換えるための代物だ。」

 

その言葉に、ハワードはハッとモニターを見た。

自動操縦機能。

スター設計に際し、自分はそんな機能を自身の相棒に取り付けた記憶はない。

そもそも搭乗者がいて初めて起動するスターに、そんな無人用の設備など必要だろうか。

そんなハワードの思考を読み取ったか、サニーサイドは先に返事を返した。

 

「言ってなかったっけ?スターには光武だけじゃない。もう一つの兵器、『流星』のデータもベースにしている。それが、ただ空を飛ぶだけだと思うかい?」

 

こちらの反応を伺う様に、思わせぶりな口調で説明するサニーサイド。

そしてその内容から、ハワードはある仮説を導き出した。

 

「………まさか………。」

 

ふと、ハワードは自身の左袖に目をやる。

すると、サニーサイドは満足げに笑った。

 

「やっと分かってくれたみたいだね、ハワード。流石に雲の中にスターをほったらかす訳にはいかないもんね。」

 

その言葉に、ハワードは確信した。

サニーサイドは、いい加減に見せて聡明な星組総司令は、自分の正体に気付いていると。

 

「この見返りは、僕の名前を採用するって事で。後はよろしくね、タロウ。」

 

「なっ、おい………!!」

 

驚きと困惑でいっぱいいっぱいのハワードを差し置き、さっさと通信を切るサニーサイド。

相変わらず自分勝手な司令に舌を打ち、ハワードは左袖に眠る光を掴んだ。

ミレニアムスター。

深紅のオーブを宿す、新たなる光の証。

その星を象ったオブジェの中央に埋め込まれた深紅の宝珠は、それを示すかのように輝きを放つ。

まるで、自分にその輝きを解放する事を促すかのように。

 

「………面白ぇ………。」

 

小さく呟き、星を握る手に力を込める。

受けて立ってやる。

それが運命なら、紐育を守る自分に課せられた使命なら、断る理由が何処にあるというのか。

 

「タロオオオォォォゥッ!!」

 

雷鳴轟く雲海を睨み、ハワードは光の証を翳し、その名を叫ぶ。

刹那、深紅の星をまばゆい閃光が包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の強い霊力反応に、ハーレム上空に待機していたエイハブは驚きに包まれた。

虚数空間に続いて、一体何が現れたというのだろうか。

もしや黒龍姫と共に星組を襲撃した雷の正体かと勘ぐる三人だったが、それは映し出された映像によって見事に裏切られた。

 

「こ、これは………、まさかリバティ島の………!!」

 

「きゃっふ~ん!? ウルトラマンじゃない!!」

 

完全に予想外の人物の登場に、杏里もプラムも度胆を抜かれる。

そんな中、ラチェットだけは冷静にモニターに映る巨人を見定めた。

以前のリバティ島の一件から、自分も彼が例の光の巨人の一人ではないかと疑ってはいた。

しかし過去に現れた三人のウルトラマンと比較して、目の前の巨人にあるのは相違点ばかりだった。

海を真っ二つに寸断しての登場。

頭に生えた鬼のような角。

豪快極まりない戦い方。

わざわざ名前を叫ぶ割に構えが中途半端な、ストリウム光線なる必殺技。

そして何となく見覚えのある鋭い目。

これまでの巨人達とは、明らかに違うウルトラマン。

サニーサイドのつけた『タロウ』という名前も相まって、その浮き具合は計り知れない。

 

「(ウルトラマンタロウ………。貴方は、一体何者なの………?)」

 

横殴りの雨が降り注ぐ街に立つ深紅の巨人に、ラチェットは心の声を投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムンッ!」

 

雲の中から無事に地面に着地したタロウは、上空に広がる雲海を睨んだ。

灰色のカーテンの奥に潜む虚数空間。

その一点を狙い定めるや、タロウは両手を角に宛がい、一直線に伸ばした。

すると両手の先から、鏃のような光弾が勢い良く発射される。

アロー光線………、遠距離から敵を正確に狙い撃つ、狙撃用の必殺技だ。

その狙いは正に正確無比。

鏃が雷雲に飛び込んで数秒も経たない内に、雷雲から巨大な何かが落下して来た。

 

「グオオオオッ!!」

 

それは、まるで様々な動物を無理矢理くっつけたような怪獣だった。

ライオンのような顔に熊のような二足歩行の体。

水牛を模した角には、バチバチと電流が走っている。

リバティ島のガイガレードに続く怪獣兵器。

その名、パスズという。

 

「グオオオオッ!!」

 

ガイガレード以上に凶暴なのか、地面を踏み締めたパスズが凄まじい咆哮を上げた。

そしてタロウの姿を認めるや、一直線に向かってくる。

 

「ハッ!」

 

タロウも負けじと掴みかかり、数秒の膠着状態が続く。

そして、タロウが動いた。

 

「デヤァッ!!」

 

大木の様なごん太い足を引っ掻け、 大内刈りの要領で豪快にパスズを投げ飛ばす。

周囲の建物の残骸を吹き飛ばしながら、その巨体が大地を揺るがす。

タロウは追い撃ちをかけるべく、パスズの角を掴んで引き上げた。

その時だった。

 

「デェッ!?」

 

角が光ったと思った一瞬、激しい電撃が全身を駆け抜けた。

ショックで力が緩んだ隙に、今度はタロウがパスズに突き飛ばされる。

 

「グオオオオッ!!」

 

「ムンッ!」

 

角を突き出して突進してくるパスズの肩を掴み、巴投げの要領で後方に投げ飛ばして距離を取る。

が、パスズの追撃は止まなかった。

 

「グオオオオッ!!」

 

「デェッ!?」

 

何と、パスズは角から電撃を直接放射して来た。

雨に濡れたハーレム地区のあちこちが、タロウを巻き込んで爆発を起こす。

 

「(くそっ、やりたい放題やりやがって………!!)」

 

地面に片膝を突き、怪獣を睨むタロウ。

この雨に濡れた環境では、相手が絶対的に有利だ。

このままではじり貧に追い込まれてやられるだけ。

そう予測し、タロウはある作戦に出た。

 

「ムンッ!!」

 

何と、無謀にもパスズ目掛けて突進を開始したのである。

迫り来る標的に、すかさず雷撃を放つパスズ。

が、それがタロウに牙を剥く事は叶わなかった。

 

「ハッ!」

 

何故なら雷撃が当たる寸前、タロウは地面を跳躍してパスズの頭上に跳んでいたからだ。

そして、タロウが反撃に出た。

 

「デヤァッ!!」

 

空中で何度も乱回転し、パスズの角目掛けて強烈なキックが炸裂した。

スワローキック………、空中で乱回転して勢いをつけ、相手の死角から蹴り込む豪快かつ強烈な必殺技だ。

5万トンを越える質量の一撃は計り知れず、怪獣の角は跡形もなく粉砕された。

 

「グオオオオッ!!」

 

角が破壊され、電撃を失うパスズ。

こうなればもうこちらのもの。

タロウはお返しとばかりに激しい反撃のラッシュをかけた。

 

「デヤァッ!!」

 

頭突きで怯んだ土手っ腹に、激しいパンチを浴びせる。

その衝撃でパスズは仰向けに倒れるが、タロウは馬乗りになって更に怪獣の身体という身体を殴りつけた。

 

「ムンッ!!」

 

ひとしきり殴り終えた後、タロウはパスズを高々と持ち上げ、再度地面に叩き付ける。

もう何発喰らったかも分からない攻撃の嵐に、完全にまいった様子のパスズ。

タロウは一気に勝負を決めるべく、両手を頭上で重ねてエネルギーを集中した。

 

「ストリウム光線!!」

 

前回のリバティ島よろしく、ラチェット曰く中途半端なT字に組んだ腕から必殺の光線が発射された。

激しいラッシュでグロッキーされたパスズは避ける間もなく、光線が胸部を直撃する。

 

「グオオオオォォォ………!!」

 

断末魔の咆哮と共に、怪獣の全身が激しくスパークする。

そして咆哮が止んだ次の瞬間、雷鳴すら掻き消す爆音を残し、パスズは文字通り粉みじんに大爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

タロウがパスズを撃破したのと同じ頃、雲海の死闘も大詰めを迎えようとしていた。

ハワード機を撃墜した勢いそのままに激しい攻撃を加わる雷の龍。

端から見れば星組が圧倒されているようにしか見えないが、実際は違った。

 

「ええい、ちょこまかと………!!」

 

攻撃の手を緩めないまま、黒龍姫が悔しげに吐き捨てる。

今のところ攻勢に立っているのは黒龍姫だが、実際の所優勢なのは星組だった。

敵の攻撃力を危険視した新次郎は、昴とサジータに敵の周囲を旋回するよう指示。

チームワークで敵を翻弄し、黒龍姫から冷静さを奪う作戦に出た。

攻撃が当たらなければ誰だって焦り、焦ると注意力が散漫になる。

元から気性の荒い黒龍姫は、それが新次郎の作戦とも知らずまんまと罠に嵌まっていた。

 

「消え去れ、虫けら共っ!!」

 

激情に身を任せ、出鱈目に蛮刀を振り回して四方八方に雷を飛ばす。

その一瞬、がら空きになった草陰の頭上を新次郎は見逃さなかった。

 

「サジータさん!!」

 

「ああ、任せな!!」

 

素早い指示に素早く反応し、サジータがスターの出力を一気に上昇させる。

そして遥か上空に飛び出したかと思うと、眼下の龍目掛けてドリルのように回転しながら急降下した。

 

「天罰を見せてやる………! ギルティ・ストライク!!」

 

遥か天空より舞い降りた裁きの一撃が、雲を切り裂き草陰に激突する。

次の瞬間、草陰の腹部には巨大な風穴が広がっていた。

 

「馬鹿な………、わらわが………、負けるというのか………!?」

 

「言ったろう?お前はアウトってな。これがこの世のルールさ。」

 

「み、認めぬ………! 力こそ正義………! わらわこそが………、わらわこそが正しいはずじゃあああぁぁぁ………!!」

 

無念の叫びを残し、ルールを乱した雷の龍は雷雲と共に爆発四散し、この世から完全に消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒龍姫の死と共に、ハーレムを覆っていた巨大な雷雲とその中の虚数空間は幻のように消え失せた。

降り続いた雨も止み、日差しがハーレムを照り付ける。

その中心の擬似法廷に、サジータとかつての仲間達、そして星組の姿があった。

 

「アタシは今まで、逃げていたのかも知れない。法律に逆らえないなら、従うしかない。きっとそう考えていた。」

 

「サジータさん………。」

 

弁護人の机に手をやるサジータに、新次郎は複雑な表情を見せる。

サジータは続けた。

 

「でも、違うんだ。法律は人を縛る鎖じゃない。弱い者を掬い上げる命綱なんだ。」

 

かつて裁判で救えなかったゴードン。

その悔恨から目を背けるため、サジータは自身の心さえ縛り続けた。

だが、もうそれは必要ない。

何故なら、本当にあるべき法の姿に気付かされたからだ。

 

「新次郎………、アタシの負けだ。法の下に世の中があるんじゃない。法は社会の秩序の手助けでしかないんだ。それが分かったよ。」

 

「サジータさん、分かってくれたんですね。」

 

法律は確かにルールだ。

だが人間が作る以上、必ず何処かに不備が生じる。

時代が変われば、その都度変わり続けなければならない。

故に法に絶対普遍の正義は存在しない。

この一件でサジータはそれを心に刻み、新次郎達に感謝していた。

 

「………カルロス、バーバラ、ジンジン………。」

 

サジータはふと、かつての三人の仲間に振り返った。

三人共戦闘服姿の自分に驚いているが、サジータは構わず続けた。

 

「許してくれとは言えない。アタシは弁護士として、みんなを守れていなかった。それは謝るだけじゃ解決しないから………。」

 

「サジータ、お前………。」

 

「だから………、アタシはもう一度やり直す。ここから、アタシの愛するハーレムからもう一度。………それでいいかい?」

 

許してもらおうとは思わない。

それはハーレムを立て直し、獄中の仲間を救った時だ。

サジータの心の叫びに、仲間達は応えた。

 

「当たり前だろ。お前は今も、俺達の仲間なんだからよ。」

 

「その言葉を待ってたよ、サジータ。」

 

「姐御、お帰り。」

 

一人はみんなのために、みんなは一人のために、ただハーレムを愛する。

その誓いを胸に、サジータは再スタートを切った。

 

「じゃ、いつものやつやるか。ホラ、アンタ達もおいで。」

 

「「勝利のポーズ………、決め!!」」

 

<続く>




《次回予告》

金の銃で撃つのは人を傷つける奴!

銀の銃で撃つのは嘘ついて騙す奴!

悪い奴は撃つ!

これ、パパから教わったリカの掟。

次回、サクラ大戦5!

《Family》

リカ、みんなとずっと一緒!!

摩天楼にバキューン!!
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