摩天楼の星   作:サマエル

4 / 13
アメリカを代表する一大都市、紐育。
所せましと立ち並び、見る者全てを圧倒する高層ビル群のちょうど中心に、それはあった。

セントラルパーク。

タイムズスクエアから北に数キロ歩いた所に存在する巨大な自然公園。
豊かに生い茂った木々の間から差し込む木漏れ日と、静かな鳥達の心地よい歌声。
まるで自然の一部をそのまま切り取ったかのような、都会とはかけ離れた癒しの空間。
その一角に少女、ダイアナ=カプリスはいた。
長いブロンドを三つ編みにまとめ、白衣を羽織ったその姿は、儚さと共に神秘的な魅力を感じさせる。
それを指し示すように、彼女の周囲にはたくさんの鳥達が集まっていた。

「みんな、ありがとう。今日も来てくれたのね。」

いつものように集まった鳥達に、にこやかな微笑みで礼を述べる。
と、一羽だけ動きのぎこちない鳥の存在に、ダイアナは気付いた。

「あら、どうしたの?」

蒼い毛の、まだ若い鳥だ。
恐らく寿命ではないだろう。
そっと手を差し伸べると、鳥は何ら警戒なくその中におさまった。

「………羽をケガしたのね。それに………。」

刹那、ダイアナの表情は悲しいものに変わる。
気づいてはいけない何かに気づいてしまったような、そんな表情だ。

「ごめんなさい………。私には、こうする事しかできないから………。」

そう呟き、静かに目を閉じるダイアナ。
すると、鳥を包んだ両手に仄かな光が宿る。
そして、奇跡は起こった。
苦しそうに動いていた鳥が、元気そうな鳴き声と共に飛び立ったのである。
霊力による治癒能力。
それが、ダイアナという少女に与えられた奇跡だった。
だが、彼女はもう一つ、霊力による奇跡を手にしていた。

「私もあなたと同じ………。命の終わりにさいなむ者………。」

飛び立つ青い鳥に、ダイアナはなお悲しい表情で呟いた。











その日、リトルリップシアターの作戦司令室には、星組の面々が顔を揃えていた。

「話って何だい、サニーサイド。」

隊員達を代表して、サジータが尋ねる。
すると、いつもふざけた調子のサニーサイドも珍しく真剣な表情で答えた。

「例の赤い巨人の事だ。そろそろ君達も気になっているだろう。」

その言葉に、司令室の空気が俄かに鋭さを増した。
例の赤い巨人。
それは十中八九、怪獣との戦いに現れた巨人だろう。
リバティ島、ハーレム地区、ウォール街。
いずれの戦いにおいても、赤い巨人は何の前触れもなく現れ、華麗に怪獣を撃破している。
その事で自分達が大いに助けられてきた事も明白な事実だろう。

「僕達はこう推測している。例の赤い巨人………、あれは、ウルトラマンなんじゃないかってね。」

「ウルトラマン? じゃあ、やっぱり………。」

「昴は覚えている。かつて巴里で、同様の巨人を見た。確か………、ティガと言ったな。」

「ああ、アタシが入る前にあった事件だろ?確かハワードが沈没したっていう………。」

「おいコラ、人の武勇伝勝手にねつ造するな!」

「それだけじゃないわ。帝都にもゾフィー、ジャック兄弟が現在の大神司令と共に、魔を打ち破った記録が残されている。例の巨人も、それと同じ存在と見てよさそうね。」

無駄口を叩く二人を抑えつつ、ラチェットが話を元に戻す。
確かに資料の映像を見る限り、過去のウルトラマン達と例の赤い巨人の共通点は明白だ。
見た目の相違点に隠れがちだが、あの胸に光る空色のカラータイマーはかつてのウルトラマン達のそれと酷似している。

「そこでだ。この名前も知らないウルトラマンに素晴らしいネームを思い付いてね。今回は彼の言及に合わせて、それを報告したい。」

「名前………ですか?」

サニーサイドの言葉に意表を突かれる新次郎。
が、残るメンバーからは途端に冷たい白けた視線が向けられていた。
まともに聞いているのは新次郎を除けばリカリッタだけだろう。

「サニー、そんなに名前が大事なの?もう普通にウルトラマンでいいじゃない。」

「昴も同感だ。取り立ててメリットがあるとは思えない。」

「………まあまあ、そうつれない事言わないでさ。ほら、リカや大河君も聞きたいだろう?」

フレンドリーな口調と裏腹に、何やら鬼気迫る視線をこちらに向けてくるサニーサイド。
恐らくこの四面楚歌な状況を何とかしろという事なのだろうが、リカリッタは全く理解しているようには見えない。
何とも見苦しい司令の姿に心の中でため息を吐きつつ、新次郎は助け船を出す事にした。

「………ま、まあ別にいいんじゃないですか?一応、聞くだけでも………。」

「ほら見たまえ! 大河君は是が非でも天地をひっくり返してでも聞きたいと言ってるじゃないか。多数のためにこんな貴重な少数を切り捨てるのかい?」

途端に満面の笑みで高らかに宣言するサニーサイド。
が、その中身がベニヤ同然のペラペラである以上、見苦しい事この上ない。
高が名前一つに何をここまでこだわるというのか。
今さらながら、新次郎は助け船を出すべきでなかったと後悔した。

「心して聞きたまえ。我ら紐育華撃団と共に悪を打つ光の巨人、その名は………、ウルトラマンタロウ!!」

「………ハァ。」

「………は?」

「………。」

「………チッ。」

「………え?」

途端に飛び出す白けた反応。
無理もない。
半ば新次郎を強制してまで発表にこぎつけたウルトラマンの名前がタロウなどと言われた日には、何と反応を返せば良いやら。

「いしししっ。そっか~、あいつタロウって言うのかぁ~。リカ気に入った。タロウも友達!!」

そんな作戦司令室の空気の中、リカリッタだけは満足げに笑っていた。










「命の終わり………。それはいずれ訪れる、命の定め。」

夜空に浮かぶ月を見上げ、ふと呟く。
命あるもの全てに訪れる死の運命。
そんなものは当然だ。
この世に不老不死など存在しない。
だが、その命の時間は違う。
大樹のように果てしなく長く逞しい命もあれば、蜻蛉のように果てしなく短く儚い命もある。
その残された時間に、一体何が出来るのだろう。

「何故………、貴方の命は短いの?」

ふと、昼間の儚い命を思い出す。
自身の治癒能力を以てしても覆す事の出来ない死の運命。
その姿は、まるで同じ運命に置かれた自分自身を体現しているかのようにさえ思えた。

「運命なんて、知りたくなかった………。そんな力………、欲しくもなかった………。」

知った所で逃れる術などないというのに、何故こんな力が自分にはあるのだろう。
運命を人より先に知りながら、何も出来ない自分が、ただ歯痒かった。
いっそこんな力持たなければ、どんなに楽だったか。

「何も出来ないまま終わってしまうなら………、未来なんていらない………。」

死の運命に立たされた者に手を差し伸べられない自分にこれから先、一体何が出来るというのか。
そう思うと、とても未来に希望なんて持てそうになかった。








「………約束の時は近い。概ね事は予定通りかな?」

暗く閉ざされた木々の闇から、赤い二つの目が光る。
それに伴い、周りの木々が揺さぶられ、ざわついた。

「予定通りとはよく言えたものよ。既に我等が兵は半分にまで減ったというに。」

赤目の言葉に、向かい側から返事が帰って来た。
巨大な傘に目元を隠した魔性の女。
夢殿だ。

「そっちこそ、そんなに呑気でいいのかい?要はあまり集まっていないようだけど。」

悪びれもせずにはぐらかし、聞き返す妖怪。
すると、夢殿は俄かに口元を上げた。

「言うたであろう?この邪に満ちた街に、蟲共は余っておるとな。」

言うや、夢殿の周囲の闇がたちまち蠢き始める。
何やらグチャグチャと音を立てて周囲を這いずり回る様は、何とも不快極まりない。
そんなもののけに囲まれた状態で、夢殿は笑っていた。

「そなたも楽しみに待つが良い。このまろの子達が織り成す、殺戮の喜劇をのう………。ホッホッホッ………!」

得意げに笑う夢殿。
刹那、それに呼応するかのように周囲の蠢きが一斉に夜の街へ四散した。






Life time~シーラよ、永久に~

サニーサイドのつまらない報告にのせられた翌朝、新次郎の姿は紐育の自然公園セントラルパークにあった。

サニーサイドに呼び出しを食らったのが主な理由だが、その他にもここへ来る理由がある。

それは……、

 

「あ、大河さん。今日も来ていただけたんですか?」

 

屋敷の庭で一人佇む白衣の少女が、大河に気付いて声をかける。

その姿に、新次郎も笑顔を返した。

 

「おはようございます、ダイアナさん。お身体の具合は如何ですか?」

 

新次郎がここへ訪れたもう一つの理由。

それはこの少女、ダイアナ=カプリスに会うためだった。

最初に出会ったのはおよそ2ヶ月前。

ちょうどサジータとの擬似裁判が行われた日だ。

被害者の司法解剖に立ち会った研修医が他ならぬサニーサイドの別荘にいるという話に、新次郎は一も二もなく飛び付いた。

その研修医こそ目の前の少女、ダイアナであった。

 

「おかげさまで、悪くはなっていません。大河さん、よく来てくださいますし……。」

 

「え?い、いや、そんな……。」

 

「ちょうど紅茶を飲んでいた所なんです。よろしければご一緒に如何ですか?」

 

「あ、はい。それじゃお言葉に甘えて……。」

 

そういえば初めて会った時も、こんな感じだった。

木漏れ日の中で心地好く囀ずる小鳥達に囲まれた車椅子の少女。

その佇まいが神秘的で、儚げな少女。

当時の様子を思い浮かべつつ、新次郎は空いている椅子に腰掛ける。

 

「アップルパイですか?美味しそうですね。」

 

「はい、フランスの従姉妹がレシピを送ってくれたんです。『タルト・タタン』というそうです。」

 

そう言ってタルトを一口頬張るダイアナに微笑みつつ、新次郎もフォークを手に取る。

固い生地と一緒に煮詰めたリンゴを頬張ると、リンゴの甘酸っぱい味と生地の塩味が合わさって何とも形容し難い味に表情が緩む。

以前食べたマドレーヌもそうだが、ここでご馳走になったお菓子はどれも絶品で外れがない。

詳しくは知らないが、きっとダイアナの従姉妹は相当名の知れたパティシエなのだろうと新次郎は密かに思った。

 

「今日は叔父様がお呼びになったそうですが、お仕事で何かトラブルでも……?」

 

「いえ、そういった事ではないです。多分来週から公演になる舞台についてだと……。」

 

新次郎は、出来る限りダイアナの病状について深く触れないようにしていた。

勘と言うより、経験に即したものだ。

ダイアナとこうして会う事は数えるほどしかないが、彼女の抱える病気について深く尋ねようとすると、彼女は決まって表情を暗いものへと変えた。

まるで禁句を口にしたような罪悪感に苛まれて以来、新次郎はその二の舞にならないように意識していた。

 

「……それじゃ、そろそろサニーサイドさんの所へ向かいます。紅茶とアップルパイ、ありがとうございました。」

 

紅茶とお菓子を堪能し、席を立つ新次郎。

すると、ここでダイアナがいつもと違う反応を見せた。

 

「もう行かれてしまうのですか?……もう少しお話したかったんですけど……。」

 

「え?……そういえば、小鳥達は来てないんですね。」

 

いつもと違うダイアナの様子から、新次郎は異変に気づいた。

初めて来た時から、ダイアナの側にはたくさんの小鳥達が集まっていた。

が、今日はその小鳥が一羽も姿を見せないのだ。

愛くるしい姿もなければ、心地好く響く囀ずりもない。

ダイアナにあんなに懐いていた小鳥達が、一体どうしたというのだろうか。

 

「ええ……、二、三日程前から急に。でも……。」

 

そう答えかけた時、ふと木の影から小さい何かが顔を出した。

 

「……小鳥?」

 

「ああ……、また……!!」

 

それは、青い毛が特徴の小さめの小鳥だった。

飛び方がぎこちない様子を見ると、ケガでもしているのだろうか。

 

「ダイアナさん、その小鳥は……?」

 

慌てて両手で小鳥を包むダイアナに、新次郎が尋ねる。

またという事は、前にもケガをしたという事だろうか。

果たして新次郎の予想に、ダイアナは頷いた。

 

「はい……。あれからこの子だけは毎日私の所に……。でも、いつも苦しそうに飛んでいて……。」

 

「酷いケガではないみたいですね……。病院に連れて行きましょう。」

 

幸い致命的なケガではないらしく、小鳥はダイアナの手の上で落ち着いている。

専門の医療機関で治療すれば、完治するかも知れない。

しかし、ダイアナは新次郎の提案を拒んだ。

 

「……いいえ、それは無駄です。」

 

「え?」

 

「この子の命の輝きは、もう僅かしか残されていません。治療しても、無駄なんです………。」

 

「どうして分かるんです!? もしかしたら助かるかも知れないのに!」

 

新次郎は反射的に叫んだ。

小鳥は羽をケガしているとはいえ、それは致命的なものではない。

にも関わらず、何故助からないなどと断言出来るのか、新次郎は分からなかった。

ましてやこの小鳥は、長い間ダイアナの側にいた友達のはず。

ダイアナがその友達を簡単に見捨てられるような人間には思えない。

すると、ダイアナは苦しそうな表情のまま言葉を返した。

 

「………分かるんです。私には、この子の運命が………。上手く言えないんですが………。」

 

「そんな………。」

 

「………すみません。気分が優れないので、失礼します。」

 

そう言って、ダイアナは逃げるように屋敷へと戻る。

庭には、テーブルに置かれた小鳥と新次郎が残されていた。

 

「………大丈夫。お前は絶対に助けてやるからな。」

 

ダイアナを呼び戻そうと鳴く小鳥を両手で包み、新次郎は自身に言い聞かせるように呟いた。

 

「運命なんて、信じない。………きっと可能性はあるはずだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどな。命の輝きか。」

 

その日の夜、新次郎はシアターの楽屋で一同に朝の出来事を相談する事にした。

いざ助けると言っても、鳥の治療や飼育の知識すらない新次郎には、具体的な対処など雲を掴むような話だ。

それにダイアナの言う命の輝きという言葉も引っ掛かる。

 

「ふーん、確かにケガは酷くなさそうだけど……、どうする?」

 

「よし、食おう。」

 

「ダメ。大河、ちょっと見せてくれるかな?」

 

話を聞いていなかったのか、突拍子もない判断を口にするリカリッタを一蹴し、昴が進み出た。

確かに聡明な昴なら、何かしらプラスになるヒントをもらえるかも知れない。

 

「どうだい、昴?」

 

「……骨に異常はない。恐らく神経に傷がついて動きにくいんだろう。リハビリを続けるしかないな。」

 

僅か10秒という異例の速さで、昴は名医顔負けの見解を下した。

骨や筋肉に傷はなく、意志の伝達を司る神経に麻痺がある。

確かに放っておけば、死なないにしろ飛べなくなるのは確実だろう。

新次郎は少し考え、決断した。

 

「……やります。僕がこの子を助けてみせます!」

 

「助けるっつっても新次郎。お前リハビリの方法とか知ってんのか?」

 

ハワードに痛い所を突かれ、新次郎は思わず声を詰まらせた。

確かにそうだ。

自分は医者ではないし、そういった知識も学んだ経験もない。

そんなヤブ医者が手を加えた所で、患者の寿命がより縮んでしまうのは明白だ。

 

「ま、坊やの行き当たりばったりは今に始まった事じゃないけどさ。」

 

「新次郎、分かんないなら無理しない方がいいぞ。分かんない時は誰かに聞くって、パパも言ってた。」

 

「そんな事ないよ!リハビリの方法でしょ?だったら………ほら、図書館とかで調べれば……。」

 

「そんな俄か仕込みで上手くいくなら、研修医なんていらないだろう。小鳥を助けたいのか殺したいのか、どっちなんだ。」

 

フォローしてくれたジェミニ共々、完膚なきにまで論破される新次郎。

が、ここで思いもよらない声が返って来た。

 

「いや、その小鳥の面倒を見るのは大河君が適任だ。て言うか、彼じゃないと困るんだよ。」

 

「サニーサイドさん!」

 

突然の声に振り向くと、そこには済まし顔のサニーサイドがこちらを見ていた。

新次郎でなければならないとは、一体どういう事なのか。

尋ねられたサニーサイドは、さも当然のように言葉を返した。

 

「そのままの意味さ。その小鳥を大河君の手で助けて欲しいんだよ。……それが、ダイアナのためでもある。」

 

「ダイアナさんの?」

 

謎目いたサニーサイドの言葉に、思わず困惑する新次郎達。

だが、その中で昴だけは何かに勘づいたように鉄扇で顎をつついた。

 

「命の輝き……。なるほど、だから彼女を屋敷に住まわせているのか。」

 

「どういう事だい、昴?」

 

「命の輝き……、つまりこの小鳥の寿命が、ダイアナには分かる。そしてその正体が、霊力による予知能力と仮定すれば……。」

 

直後、楽屋は驚きの声に包まれた。

霊力を源とした超能力は幾つか解明されているが、予知能力などというのは聞いた事がない。

だがしかし、昴の言う通り霊力の力でダイアナが予知能力を得たとすれば、納得出来る。

小鳥を見るか触れるかした際にその寿命、即ち命の輝きが、ダイアナに感じられたとすれば、遠くない先にこの小鳥を待ち受ける運命を察知した事も頷けるからだ。

 

「だが、予知能力なんて強力な力を発動させるには、恐らく莫大な霊力が不可欠。肉体的負担も尋常ではないはずだ。」

 

「じゃあ、ダイアナさんが車椅子に座っていたのも……。」

 

「ああ、霊力の副作用だろう。膨大過ぎて、きっと制御しきれないんだ。」

 

そこまで見解が続いた所で、サニーサイドは降参とばかりに拍手を送った。

 

「流石だね、昴。君の言う通り、ダイアナにはスターを難なく操れる程の霊力がある。僕が彼女を屋敷に招いたのも、時期を見て星組に参入してもらうためだ。」

 

「ダイアナさんを!?」

 

「冗談言うな! ケガ人がスター動かせると思ってんのか!?」

 

サニーサイドの言葉に、すかさずハワードが反論した。

話にある通り、ダイアナは霊力の副作用で下半身が麻痺状態にあり、車椅子を余儀なくされている。

そんな彼女にスターを操れるとは、到底考えられない。

が、ここで又しても昴が口を開いた。

 

「どうかな?それは彼女自身の意志、心の問題だと思うが。」

 

「心の問題?」

 

「そう。霊力は肉体的な体力もそうだが、強靭な意志を以て初めて制御出来る。ダイアナには、それがないんだ。」

 

なるほど、と新次郎は思わず手を叩いた。

昴の言う通り、霊力を制御するには体力と精神力が必要だ。

ダイアナは体力は仕方ないとしても、精神力に何らかの弱さが垣間見得る。

それが霊力を制御出来ない直接的な原因と考えれば、一連の話に説明がつく。

 

「そうだ。ただでさえ強い霊力が全く制御出来ないダイアナは、自身の霊力に蝕まれている。王先生の診断では……、このままでは一年持たないそうだ。」

 

「い、一年!?」

 

サニーサイドのもたらした驚愕の真実。

新次郎は驚くと同時に、ダイアナの言葉の意味を完全に理解した。

望まずにして得た霊力に蝕まれ、僅かにまで削られた自身の寿命。

その耐え難い不条理を、ダイアナはそれを運命として受け入れた。

だからこそ、小鳥を助けるという考えには至らなかった。

寿命の短い小鳥に、自身の運命が見えたから。

 

「元からシェークスピアを読んでた事もあって、彼女は運命を知っても抗おうとしない。そうした所で自分の寿命は引き延ばせないと諦めているからだ。」

 

サニーサイドは一転して真剣な表情で新次郎を見た。

何か期待し、託すような視線だ。

 

「だが、彼女の運命は変えられる運命だ。大河君がこの小鳥を助けたと知れば、ダイアナもそれに気付くかも知れない。」

 

「それで、僕に小鳥を託したいんですね?」

 

「そういう事。頼めるかい?」

 

全てを理解した新次郎に、サニーサイドが改めて尋ねる。

考える間でもない。

新次郎は即答した。

 

「やってみせます。この子も、ダイアナさんも、助けてみせます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………とは言ったものの、どうしたものかなぁ………。」

 

自宅に戻り、新次郎は腕を組んだ。

鳥かごや餌といった必要最低限の道具は、近くの店で一通り買い揃えたが、果たして上手くいくかどうか、不安と言えば不安だ。

が、助けると宣言した以上、いつまでも弱気ではいられない。

 

「悩んでても仕方ないか。成せば成るっていうしな。」

 

「ピーッ、ピーッ。」

 

自身に言い聞かせるように呟いた時、新居を探検し終えた小鳥が何かを催促するように鳴き出した。

 

「どうした?お腹空いたのかい?」

 

試しに餌を与えて見ると、小鳥は大慌てで啄み始める。

恐らく新しい巣を探検してお腹を空かせたのだろう。

まるで子供のような姿に、新次郎は思わず微笑んだ。

 

「ハハハ、まるで僕がお父さんだな。………そうだ、名前つけなくちゃ。」

 

小鳥の様子に気を良くしたのか、新次郎はすっかり父親気分で小鳥の名前を考え始めた。

 

「どんなのがいいかな………。カッコいいっていう訳でもないし………。正宗………?紫電………?う~ん………。」

 

色々と頭に浮かんだ名前を口に出してみるが、イマイチ小鳥のイメージにそぐわない。

ハッキリ言ってカワイイ名前ならいいのかも知れないが、長年軍人として生きてきた新次郎にとってはかなりの難題だ。

別に名前がその小鳥の命運を左右する訳でもないのだから、深く考える事もないのだが、生来から生真面目な新次郎はいかんせん手を抜くという事を知らなかった。

 

「そもそも、お前が雄か雌かも知らないんだよな………。」

 

何気なくふと呟いたその時、新次郎の脳裏に電流のような閃きが走った。

 

「ん………。知らない………、しら………、シーラ?」

 

感覚的に語呂の良さげな単語を繰り返し、新次郎は一つの名前にたどり着いた。

 

「シーラ、シーラなんてどうだ?」

 

「ピッ。」

 

シーラ。

特に意味のない、いたって中性的な名前だ。

試しに呼び掛けてみると、小鳥も返事を返す。

どうやらシーラという言葉を、自分の名前として認識したようだ。

 

「ハハッ、お前も気に入ったのか?決まりだな。今日からお前はシーラだ。」

 

必死に考えた名前が気に入ってもらえて有頂天な新次郎に、シーラは同意するように鳴いてみせた。

 

「ピーッ!!」

 

「………いかがでしたか、ダイアナさん。」

 

「はい。やはり叔父様のシアターは素晴らしいです。始めから終わりまで見入ってしまいました。」

 

リトルリップシアター屋上のサロンにて、ダイアナが今尚冷め止まぬ感動にため息をもらした。

上演されたのは、昴が主演を務めるハムレット。

この日、ダイアナが大のシェークスピア好きとサニーサイドに聞いた新次郎は、たまたま今回の芝居が彼女の趣味に合うのをいい事に、ダイアナを招待したのである。

 

「もしよろしければ、お礼に今度、ご馳走致しますね。」

 

「本当ですか!? 是非行かせていただきます。」

 

慈愛と優しさに溢れた、生き生きとした笑顔。

残された時間が僅かという現実を、思わず忘れさせてしまうそれに、新次郎は思わず見惚れそうになった。

 

「お~い新次郎、ダイアナが来てるって?」

 

楽屋で後片付けを終えた星組が戻って来たのは、ちょうどその時だった。

見るとシアターに続くエレベーターから、サジータを先頭に星組の面々が顔を揃えている。

こちらから話した訳ではないが、恐らく客席から見えたのだろう。

 

「皆さん、紹介します。彼女がダイアナさんです。」

 

「ダイアナ=カプリスと申します。今日はご招待いただき、ありがとうございます。」

 

律儀に頭を下げ、自己紹介と共にお礼を述べるダイアナ。

その誠実な態度にサジータ達も好感を持ったらしく、笑顔を返した。

 

「いいって事さ。アタシはサジータ=ワインバーグ。弁護士もやってるから、何かあったら相談においで。」

 

「はい。その時はお願いしますね。」

 

「リカリッタ=アリエス! リカって呼んでいいぞ。よろしくな!」

 

「うふふ、よろしくねリカ。」

 

「僕は九条昴。それ以上でもそれ以下でもない存在だ。」

 

「………は、はあ………。」

 

一人やたらと困惑させてくる人物がいたが、概ね第一印象は友好的だ。

星組は誰もが生き生きとしていてエネルギッシュ。

そんな彼女達と仲良くすれば、もしかしたらダイアナも何かしら影響を受けるかもしれない。

ダイアナをシアターに招待した狙いは、そこにあった。

 

「なあなあダイアナ、リカ達の芝居楽しかったか?」

 

「ええ、とても。リカもいっぱい練習したのね。」

 

「いししっ、リカ誉められちゃった。」

 

頭を撫でてもらい、すっかり妹気分のリカリッタ。

が、ここで暖かい空気に水を差す人物がいた。

冷静でかつ傍若無人な昴である。

 

「そうかな?少なくとも僕の演じるシーンは、君は楽しそうな様子ではなかったが。」

 

「え………?」

 

「何だよ昴。リカに対抗心でも持ったか?」

 

不意を突くような一言に、ダイアナのみならずサジータも戸惑いの声を上げる。

すると、昴はダイアナを一点に見据え、その時の台詞を口にした。

 

「生きるべきか、死すべきか………。それが問題だ。」

 

「………。」

 

その言葉に、ダイアナはハッと気付いたように目を見開き、苦しげに顔を俯かせた。

昴は見ていたのだ。

残された時間の中で生にすがるか死を願うか迷う、客席のハムレットに。

 

「そ、そうだ。ダイアナさん、今度ご馳走して下さるんですよね?」

 

「え?………ええ、そうですね。近い内に叔父様がホームパーティーを開くと言うので………。」

 

流石に状況を見兼ねた新次郎が、何とか話題を変えようと口を挟む。

すると、我先にと乗っかる人物がいた。

三度の飯よりご飯が大好き、リカリッタである。

 

「ホントか!? ダイアナ、何ご馳走してくれるんだ!?」

 

ご飯と聞いて目の色を変えるリカリッタ。

その無邪気な様子が可愛らしかったのか、ダイアナは微笑みを見せた。

 

「夏野菜のサラダパスタに、冷たいパンプキンスープ。デザートにはフルーツカクテルも用意するそうよ。」

 

何ともヘルシーに過ぎるラインナップ。

恐らくダイアナはベジタリアンなのだろう。

いつも鳥達と一緒にいる彼女がフライドチキンにかぶりつく様は、流石に想像出来ない。

 

「………何だか野菜ばっかだな。肉食べないと体力つかないぞ?」

 

一方、野菜より肉大好きなリカリッタが、キョトンとした表情で心配する。

確かに普段からジェミニにステーキを作ってもらっているリカリッタからすれば、ダイアナの口から出た献立は異常だろう。

と、リカリッタは何か考えついたように手を叩いた。

 

「よし、あの鳥食え!!」

 

「ダメ。シーラはやっと具合が良くなったんだから。」

 

何故よりにもよってシーラを選ぶのか分からないと言った様子で、昴がため息をつく。

 

「あの、大河さん………。シーラというのは、まさか………。」

 

ダイアナが表情を変えたのは、その時だった。

 

「はい、この前庭で苦しそうにしてた鳥、みんなで手当てしたんです。」

 

そう言って、新次郎はキャメラトロンに納めたシーラの写真を見せた。

 

「あ………。」

 

「シーラって名前つけたんです。もう大分良くなって………。」

 

あれから一週間、シーラの容態は日に日に良い方向へ向かいつつあった。

育ち盛りなのか餌をモリモリ食べ、遊んでやれば盛んに鳴き、暇さえあれば羽をバタバタ動かしている。

恐らくシーラも、早く空を飛びたいのだろう。

端から見ても分かるくらい、シーラはひた向きだった。

そんなシーラに、死の運命がつきまとう筈がない。

そう思っていた新次郎だが、ダイアナの口から出てきたのは予想もしない言葉だった。

 

「大河さん………、貴方は、何て残酷な事をされるのですか………?」

 

「え………?」

 

それは、手当ての労いでもなければ、安心の声でもなかった。

残酷という、一方的な非難。

まるで大罪を犯した極悪犯を見るような目が、新次郎に突き刺さった。

 

「貴方はご存知だったはずです。この子には………、シーラにはもう命の輝きが失われている事を。」

 

「はい………、だからその輝きを取り戻そうと………。」

 

「シーラはあの時、既に死を覚悟し、受け入れようとしていました。それなのに、シーラはまた生きる事を願い、こんなに苦しんでいる………。それが、シーラを救う事と言えるんですか?」

 

「でも、シーラを見捨てるなんて………。」

 

「生きていて欲しい………、それは貴方の願いです。必ずしもシーラの望む事ではありません。」

 

非難の言葉に困惑の表情を浮かべる新次郎。

が、それを黙っていない者がいた。

星組一正義感の強い、サジータである。

 

「ダイアナ、今の発言は聞き捨てならないわ。自分の価値観で他の命を選別するのは、命に対する冒涜よ。」

 

「昴も同意する。シーラを死なせるべきという考えこそ、君の願望じゃないのか?余命僅かな自分を皮肉っての。」

 

「………!!」

 

昴の一言に、ダイアナの表情が一瞬険しいものになる。

正に一触即発。

先程まで笑いあっていたのが嘘のようだ。

 

「止めろ、喧嘩は良くないぞ!!」

 

流石に状況を見兼ねたリカリッタが三人の間に割って入る。

すると、ダイアナはその脇を通るように車椅子を動かした。

 

「ダイアナさん、送って行きましょうか?」

 

「………結構です。車を呼んでいただきますので。」

 

気遣う新次郎に背を向けたまま、ダイアナはエレベーターに向かう。

その口調は、いつもより冷たいように聞こえた。

 

「………。」

 

「気にするな新次郎。アンタは何も間違っちゃいないさ。」

 

無言の新次郎を励ますように、サジータが肩を叩く。

だが新次郎は、ダイアナの消えたエレベーターを困惑の眼差しで見つめるばかりであった。

 

「(ダイアナさん………。)」

 

シーラを救うべきだったのか。

それとも死なせるべきだったのか。

命あるものとして向かい合わなければならない命題に、新次郎は答えを見出だせなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………随分早いお帰りなんだな?」

 

シアターの入り口が見えた時、ふと背後から低い男の声が聞こえた。

振り返ると、鋭い目付きの金髪の青年が、くわえタバコで支柱に寄りかかり、こちらを見ていた。

 

「………あなたは?」

 

何やら威圧的なオーラを醸し出す視線に物怖じしつつ、尋ねる。

すると、青年は盛大に煙を吐き出した。

 

「ハワード=アンバースン。シアターの大道具担当だ。アンタだろ?新次郎の言ってたダイアナってのは。」

 

「はい、そうですが………。」

 

自分の名前を知っている辺り、とりあえず新次郎の知り合いではあるらしい。

そう胸を撫で下ろしつつ、ダイアナはハワードと名乗る青年を改めて見た。

 

「その様子だと、気に食わねぇみたいだな?」

 

「………シーラの事ですか?」

 

先程の屋上でのやり取りを思い出し、答える。

果たして、ハワードの口からは正解の言葉が出た。

 

「あのまま無理に治療を続けても、シーラは助かりません。苦しませるよりいっそ、安らかに眠らせてあげるべきです。」

 

「………そいつは、お偉いボストン大研修医の診断結果か?」

 

新次郎とは違い容赦のない言葉に、ダイアナは思わず口をつぐみ、眉を寄せた。

初対面の人間に対して喰ったような態度で挑発してくるハワード。

ダイアナは口にこそ出さなかったが、何故このような人間が新次郎の友人なのか不思議に思った。

 

「もしそうなら、今のボストン大学は最低極まりない学舎だな。」

 

「………何が仰りたいんですか?」

 

遠回しに自分を小馬鹿にするハワードに、ダイアナは僅かに語気を強くする。

すると、ハワードは悪びれもせずに答えた。

 

「アンタは命に携わる技術を学びながら、命を知らない。そう言ってんだよ。」

 

「どういう意味です?」

 

「そのままの意味だ。命の救う医者が、命を見捨ててどうすんだよ。」

 

「………。」

 

またそれか。

ダイアナは内心ため息をついた。

さっきも新次郎達から同じ事で糾弾された。

救える命を救うべき。

その考えには賛成だ。

実際に、命の輝きがあるものには手を差し伸べて来た。

だがシーラは違う。

たとえ治療しても、近い内に死ぬ事に違いないのだ。

ならば悪戯に命を引き延ばすより、その最後を優しく看取ってあげる。

それが真にあの鳥を救う事だ。

新次郎達はその輝きを知らないから、そんな事が言えるのだ。

 

「シーラには、もう命の輝きがない………。もうすぐ死ぬ、それが運命なんです。」

 

「言うだけ無駄だ。あいつは、新次郎はそれを知っても、あの小鳥を助ける。助けようとする。」

 

「何故………?」

 

ダイアナの問いに、ハワードは再び盛大に煙を吐き、答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが………、『生きる』って事だからだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え………?」

 

意味が分からなかった。

助からないと分かっていても助ける事が、何故生きる事とイコールで結べるというのだろうか。

無意味な治療などただの悪あがき。

悪戯に患者を苦しめるだけだ。

それが、生きる事だとでも言うつもりなのだろうか。

 

「運命だ何だって閉じ籠るアンタには分からねぇだろうが、人が死ぬのは、心臓が止まった時でも、寿命が来た時でもねぇ。」

 

「え………?」

 

「教えてやろうか。………『何かを諦めた』時だ。」

 

「………!!」

 

刹那、ダイアナはか細い自らの全身が衝撃を受けたような錯覚を覚えた。

言葉が伝わるや否や、耳を伝わって頭や手足が、何かに叩かれたのように震えた。

無理のない話だ。

何故なら今のハワードの言葉は、自らのアイデンティティを欠片も残さずぶち壊すものだったからである。

 

「ダイアナ殿、お車のご用意が出来ましたぞ。」

 

シアターの入り口から王が見えたのは、ちょうどその衝撃が収まった時だった。

慌てて我に還り、外へと向かう。

その時だった。

 

「アンタも医者の端くれなら考えて見な。運命云々を前に、アンタに何が出来るのか。」

 

車に乗り込む直前、ダイアナには確かにその言葉が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ハワード殿、初対面の女性に対してあのような物言いは感心致しかねますぞ。」

 

ダイアナを乗せた車が見えなくなった後、王が何食わぬ顔のハワードをたしなめた。

が、ハワードは全く反省の色を見せる事なく、新しいタバコに火をつける。

要するに、知ったことかという事だ。

 

「ハワード殿………。」

 

どこ吹く風という顔で煙を吐き出すハワードをたしなめようと、王の表情が俄に厳しいものへと変わる。

その時だった。

 

「構いませんよ、先生。むしろその方が助かります。」

 

やたら呑気な声に合わせ、サニーサイドがエレベーターから姿を見せた。

意外な人物の登場に、二人は目を丸くする。

 

「これはサニーサイド様、意外な事を申される。」

 

「ま、色々とありまして。ところでハワード。」

 

不意に名前を呼ばれ、反射的に振り向く。

すると、呑気な口調と正反対の真剣な顔が視界に写った。

 

「ちょっと支配人室まで来てもらえるかな?大河君達も待たせてある。」

 

 

 

 

 

 

 

サニーサイドの予告した通り、到着した支配人室もとい作戦司令室には、既に星組の面々が顔を揃えていた。

しかし今回は緊急出動という訳ではないため、戦闘服の着用はない。

従って私服のまま座る光景に、ハワードは内心新鮮な感じがした。

 

「………さて、今回集まってもらったのは外でもない。またもや紐育の平和が脅かされようとしているんだ。」

 

総司令席に腰を下ろしたサニーサイドの第一声に、新次郎とリカリッタ以外は沈黙を以て返した。

私服とはいえ、ここは紐育の平和を守るための作戦司令室だ。

ここに集まるという事は出動要請ではないにしろ、無関係な外部に聞かれては困る内容のはずである。

そうでなければ、普通に支配人室で話せばいいからだ。

 

「ここ数日、セントラルパークを中心に、鳥が人間を襲うという事件が頻発している。杏里、画面に出してくれ。」

 

サニーサイドの指示で、右手に控える杏里が手元のモニターを操作する。

するとセントラルパークの簡単な地図が表示され、その八割近い面積が赤く点滅を始めた。

恐らく、サニーサイドの言う鳥が暴れた場所だろう。

 

「今のところ、鳥が襲う対象は人間である以外は無差別。中には目を突かれて失明した被害者もいる。」

 

「そんな………、原因は分からないんですか?」

 

以前の黒龍姫や髑髏坊の事件より甚大な被害に、新次郎が悲痛な声を上げる。

すると、その後ろから別の声が上がった。

 

「落ち着け、大河。慌てなくても、答えは逃げない。」

 

「え?」

 

やや豌曲的な昴の言葉に、思わず固まる新次郎。

すると、昴に続いてサジータとハワードが捕捉を加えた。

 

「最初に鳥が人を襲ったのが5日前。何でその日じゃなくて今日呼んだのかって事さ。」

 

「つまり、5日の間に原因が判明した。だろ?」

 

二人の答えに、ようやく新次郎も納得した様子で手を叩いた。

確かに事件発生から報告まで5日も間が空くのは、紐育を守る組織として不自然である。

何故なら自分達は紐育の安全を守るために、紐育で起きた異変を速やかに把握しなくてはならないからである。

しかしこの致命的ともとれるタイムロスが、その原因を突き止めるためのものだとしたら納得出来る。

何故なら異変を知ったとしても、その原因が解らなければ手の打ちようがないからである。

 

「そういう事だよ、大河君。まあ、原因と言っても漠然としたものだけどね。」

 

古参メンバーの的確な洞察力を認めつつ、サニーサイドが続けた。

 

「実は捕獲した鳥達から、極僅かではあるが妖力が検出された。」

 

「妖力が!?」

 

予想された最悪のシナリオを指し示すキーワードに、作戦司令室の空気が鋭いものへ変わる。

妖力。

即ち今回の事件も、例の魔の存在達が少なからず関わっているという事だ。

 

「月組の加山君によれば、セントラルパークの複数の箇所でやはり妖力反応が確認されたらしい。」

 

「それじゃ、リカ達もお手伝いするのか?」

 

「いや、それはない。月組で分からないんだ。僕たちが参加した所で足手まといがオチだろう。」

 

リカリッタの提案を、昴はあっさり切り捨てた。

諜報部隊・月組は、数ある霊的組織の中でも群を抜く隠密活動のプロフェッショナルだ。

作戦遂行に必要な情報を最大限、正確に僅かな時間で伝えてくれる、言わば縁の下の力持ち。

その彼らでさえ真相にたどり着けないというのだから、素人同然の自分たちが遂行できるかなど考える余地もない。

 

「とはいえ、君たちは月組よりも霊力に優れている。もしかしたら、日常の意外な所で手がかりが見つかるかも知れない。」

 

「要は手がかりが転がって来次第、報告しろってこったな?」

 

「そういう事。物分りが良くて助かるよ。」

 

ハワードの結論にサニーサイドが満足げに笑う。

星組が月組に勝る点といえばただ一つ。

隊員達が霊力を有し、一般の人間よりも霊力の探知に長けているという点だ。

月組は残念ながら、妖力等を探知できるだけの霊力を保有する人物は少なく、いずれも弱い。

逆に言えば、月組が気づかないような微弱な妖力の軌跡も、星組なら突き止められる可能性があるという事だ。

 

「別に新しく行動を起こしてもらう必要はない。ただ、手がかりになりそうな情報が見つかったら、その都度報告してね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………と言われてもな………。」

 

部屋に戻るなり、新次郎はベッドに身を投げるように横になった。

既に時刻は12時を超え、眠気が酷い。

明日が休演日でなければ本当に辛いと思いつつ、新次郎は窓際の巣箱を見た。

 

「ピー、ピー!!」

 

空になった餌入れの前で、せわしなく騒ぐシーラ。

その姿に微笑みつつ、疲れた体に鞭打ち立ち上がる。

 

「なんだ、もう全部食べちゃったのか?育ち盛りなのかな?」

 

出勤前にはしっかり蓄えたはずの餌は、すっかり無くなっている。

これだけ食べてまだ足りないとは、小さいながら随分な大食漢だ。

まるで何処かの賞金稼ぎと一緒である。

 

「リカとそっくり………なんて言ったら怒られるかな?」

 

すかさず銃を抜いてきそうなリカリッタを思い浮かべ、思わず笑う新次郎。

その時だった。

 

 

 

 

 

「新次郎ーーーっ!!」

 

 

 

 

 

「わひゃあ!? リ、リカッ!?」

 

突然聞こえた話中の人物の声に、新次郎は情けない悲鳴を上げて飛び上がった。

リカリッタの家はベイエリア。

自分の家はビレッジにある。

まさかこんな時間にくるとは考えもしない事だ。

良い子は寝ている時間である。

もしや今の独り言も聞かれていたというのか。

思わず蜂の巣になる自分の最期を想像する新次郎。

が、その考えは一瞬で消えた。

何故なら今の声は、怒りの叫びではなく、助けを求める悲鳴だったからである。

 

「にぎゃーーーっ!! し、新次郎ーーー、助けてぇーーーっ!!」

 

「リカッ!? どうした!?」

 

それに気付き、急いで部屋を飛び出す新次郎。

すると、その目に驚くべき光景が飛び込んで来た。

 

「やめろーーーっ! リカ、何も悪い事してな………、にぎゃーーー!!」

 

何と、何羽もの鳥達がリカリッタを取り囲んで激しく嘴を叩きつけているではないか。

銃を抜く間もなかったのか、リカリッタはその場にしゃがみこんで震えている。

 

「リカ、大丈夫かっ!!」

 

新次郎は鳥達の中に飛び込むと、リカリッタを庇うように鳥達を振り払った。

しかし鳥達は怖じ気づくどころか、益々敵意を露に襲い掛かって来る。

これではキリがない。

そう判断した新次郎は、別の行動に出た。

 

「リカ、しっかり掴まってろ!」

 

「え?………ひゃっ!!」

 

突然抱えられたリカリッタが驚きの声を上げるが、今は詳しく説明する余裕はない。

新次郎は先程開け放したままのアパートの扉目掛けて、脱兎の如く駆け出した。

振り払ってもしつこく追ってくるなら、その追撃の届かない所へ逃げ込む。

新次郎は隔離されたアパートの中に逃げ込む事で、鳥達の攻撃を振り切ろうと考えたのだ。

 

「はぁ………はぁ………。」

 

荒い息を整え、じっと扉越しに聞き耳を立てる。

すると、微かだが騒がしい囀りと共に何かが飛び去るような羽音が聞こえた。

どうやら上手く撒けたようだ。

 

「………リカ、もう大丈夫だよ。」

 

胸を撫で下ろすように肩を下ろし、腕に抱えている少女に優しく語りかける。

すると、リカリッタはおずおずと目を開いた。

 

「………新次郎………。リカ、怖かった………。」

 

「リカ、何があったんだい?」

 

目尻に浮かんだ涙を拭きながら、出来るだけ優しく尋ねる。

すると、リカリッタは新次郎の首に手を回したままポツリポツリと話し始めた。

 

「リカ、シアターが閉まってから鳥探してた。」

 

「鳥? もしかして、事件の調査を?」

 

「でも、何も見つからなくって、リカ諦めて家に帰った。そしたらリカの家の前で、誰かが鳥に餌を上げてた。」

 

そう言って、リカリッタは懐からキャメラトロンを取り出した。

見ると、何やら古風な衣装を身につけた女が、鳥達に向かって何かをばら蒔いている。

 

「これは………。リカ、ちょっと貸して。」

 

キャメラトロンには写真撮影におまけする形で、便利な能力が追加されている。

撮影した画像をかなりの倍率までズームできる機能だ。

これにより、撮影時は豆粒程度の大きさしかない物体であっても、それが何かを拡大して突き止める事が可能なのである。

 

「これは………、虫か?」

 

写真の女がばら蒔いている黒い餌。

それは、蛾のような虻のような、毒々しい配色の虫だった。

 

「リカが写真撮ったら、向こうがリカに気づいた。そしたら、鳥達が飛んできた。」

 

「それで、ここまで逃げてきたんだね?」

 

頷くリカリッタに、新次郎は確信した。

怪しい虫を食べさせる女。

直後にリカリッタを襲った鳥。

この一連の事件に、写真の女と虫が関係しているという事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なるほど、怪しい女が虫をばら蒔いていたと………。」

 

新次郎とリカリッタの齎した情報に、サニーサイドは現像した写真を手に頷いた。

アメリカらしからぬ古風な衣装。

これまで現れた魔性の類と、明らかに近い何かが感じられる。

鳥達も恐らくは虫を食べてからリカリッタを攻撃したのだろう。

だとすれば、虫に何らかの細工が施してあり、それが鳥達が人間を襲う今回の事件の原因と説明出来る。

星組として、これほど有益な情報はない。

 

「大河君、リカリッタ、ご苦労だった。おかげで捜査もかなり楽になるよ。」

 

「でもリカ、もう危ない真似はしないでね。大河君がいたから良かったけど、命を狙われた可能性もあったのよ。」

 

「うぅ………、ごめんなさい。」

 

ラチェットにたしなめられ、小さく俯くリカリッタ。

一方、サニーサイドは相変わらずの呑気な笑顔で笑った。

 

「まあまあ、結果オーライと言うじゃないか。夜も遅いんだし、お説教はそこまで。」

 

「もう………。」

 

いつもなら反論するラチェットも、今度ばかりはそうもいかなかった。

時刻は既に1時を回っている。

いい加減休まないと、明日の業務に差し支えが出てしまうだろう。

要するに早く帰って寝たいというのが、この場にいる全員の意見であった。

 

 

 

 

 

 

が、彼らの願いは実にあっさり踏みにじられる事になる。

 

 

 

 

 

「サニーサイド様、紐育市長がお見えですぞ。」

 

「は? 何だってこんな時間に。………まあいいや、通してあげて下さい。」

 

突然の王の報告に、さしものサニーサイドも一瞬素っ頓狂の声を上げてしまった。

時刻は既に1時を回っている。

こんな誰もが寝ているような時間に、何の連絡もなしに現れるなど、社会常識的におかしい行為だ。

とは言えこの町のお偉いさんを眠いの一言で追い返す訳にはいかない。

とりあえず話だけは聞いてやる事にした。

 

「これはミスター・サニーサイド。夜分に申し訳ない。早急に耳にお入れしたい話がありまして。」

 

「全くですと返したい所ですが、わざわざ市長がおいでになるのは大事な話なんでしょう?」

 

やや非難染みた無駄口を含みつつ、笑顔を返すサニーサイド。

すると、市長は早くも本題に入った。

 

「つい先程、紐育市議会は協議の結果、セントラルパーク一帯の鳥を明日の内に残らず駆逐する事に決定しました。」

 

「なっ………!? 鳥達を………!!」

 

市長の口から飛び出した予想外の第一声に、思わず新次郎が驚きの声と共に反論を返そうとするが、それをラチェットが止めた。

市長が話をしているのはサニーサイドであり、新次郎に口を挟む権利はない。

下手に横槍を入れて市長の敵視を受けては、紐育華撃団そのものにも影響を及ぼしかねないのである。

新次郎もそれを理解し、飛び出しかけた言葉を飲み込んだ。

 

「ハイハイ、大河君は静かにね。………要はセントラルパークの鳥達を皆殺しにするって事ですよね。何故それをわざわざ僕に?」

 

「いえ、貴方はセントラルパーク内に大規模な別荘を所有ですから、礼儀としてお伝えしようと思ったまでです。」

 

「成る程、分かりました。市議会で決定したのなら、仕方ないですからね。」

 

「それでは、失礼します。………くれぐれも変な気は起こさないように。」

 

実にドライな態度のサニーサイドに、新次郎は唖然としてしまった。

たった今鳥達の暴走の原因が分かったばかりだというのに、何を二つ返事で了承しているのか。

市長も何やら拍子抜けした様子で部屋を後にする。

 

「やれやれ、もう少し揉めるかと思ったのに、下らない議題はさっさと通るんだよね………。」

 

「何呑気に構えてるんですか!? 鳥達は操られているだけかも知れないんですよ!?」

 

市長が部屋から消えたのをいい事に、新次郎がここぞとばかりに噛みついた。

確かに鳥達に襲われた人々の被害は甚大だが、鳥達に罪はない。

正義感の塊である新次郎にとって、目先の悪だけを潰すやり方は絶対に許せなかった。

が、その正義感だけで全てを解決に導く事は出来ない。

それを指摘したのは、他ならぬサニーサイドだった。

 

「そうは言っても、僕達じゃどうしようもないじゃないか。それとも、大河君には何かいい方法でもあるのかな?」

 

痛い所を突かれ、新次郎は押し黙った。

確かにそうだ。

いくら市議会の判断が正しくないと叫んだ所で、代替案が用意出来なければ根本的な解決には至らない。

事実市議会の決定通りに鳥達を抹殺すれば、人が鳥に襲われる事は無くなる。

ただ、生命倫理を覆して鳥達を殺すしかないのかという問いに、新次郎は頷けなかった。

何故ならそれは、人々と鳥達の双方を救う可能性を諦める事になるからである。

 

「………方法はありません。でも、僕は諦めない!」

 

素直に答えを明示し、新次郎は続けた。

 

「鳥達がこれから死ぬのは、運命なんかじゃない。運命だとしても、僕が変えて見せる!!」

 

そう叫び、新次郎はラチェットが止めるのも聞かずに支配人室を飛び出す。

ラチェットもリカリッタも唖然とするしかなかったが、サニーサイドだけは一人、満足そうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホッホッホッ………。面白い、実に面白いではないか………!!」

 

紐育の町の一角、闇に包まれたその場所で、夢殿は一人笑っていた。

 

「まろの蟲を食らう鳥は人を襲い、人は鳥を襲う。人も鳥も、みなまろの手の上で踊っておるわ。何と良き町か………。」

 

「随分と余裕だな。その人間に餌付けを見られたというのに。」

 

「………空蝉か。まろに何ぞ用か?」

 

突如後ろから返って来た声に、吊り上げた口元を下ろす。

そこには、かつてリバティ島でガイガレードを差し向けた黒装束の忍者が、刀のように鋭い視線を向けていた。

夢殿が『空蝉』と呼んだ所をみると、どうやらそういう名前らしい。

 

「言うておくが、助太刀など要らぬぞ?まろは先の奴らと違い、賢いでな。」

 

「安心しろ、こちらが直接手を貸す気はない。保険をかけに来ただけだ。」

 

そう言って、空蝉は一枚の札を夢殿に手渡す。

何やら召喚の文字が刻まれている所を見ると、何かを呼び出すためのものらしい。

 

「またあのような物の怪か?余計な事を………。」

 

「不要ならば使わなければいい。吉報を待っているぞ。」

 

あからさまに不快感を露わにする夢殿に不敵な笑みを返し、空蝉は夜の闇に消える。

その闇を、夢殿はしばしの間にらみ続けていた。

 

「おのれ新参者の分際で………。このまろの素晴らしき勝ち戦、とくと拝ませてやるわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

いつの間に寝てしまったのだろう。

気がつけば、窓から紐育を照らす朝日が昇っていた。

 

「………始まるのか、もうすぐ………。」

 

昨夜市長の口にした駆逐作戦は今日決行される。

何とか罪のない鳥達を助け、リカリッタが見たという黒幕を炙り出せないかと寝ずに考えていたが、結局は無駄に終わってしまった。

 

「ダイアナさんの言っていた運命って、この事だったのかな………。」

 

眠気と無力感に苛まれつつ、新次郎は鳥かごを見る。

中では昨夜の内に餌を食いつくしたシーラが、扉の前で新しい餌を待っていた。

 

「ピーッ、ピーッ!」

 

「………待ってろ。今餌をあげるから………。」

 

何時になく忙しく鳴くシーラに餌をあげようと、鳥かごの扉を開く。

 

その時だった。

 

「な、何だ!?」

 

何の前触れもなく、窓の外を何かの残像が過った。

何が起こったのかと、慌てて窓を開く新次郎。

刹那、驚くべき光景が飛び込んで来た。

 

「これは………、鳥達が………!!」

 

何と、猛禽特有の鋭い目をした鳥達が、凄い勢いで飛んでいくではないか。

それはまるで、一つの大きな雲の塊のようだ。

 

「ピーッ!!」

 

「………、シーラ!!」

 

その光景に呆然とした一瞬、新次郎の隣を一羽の青い鳥が飛び出した。

 

「よせっ! まだ羽根が完治してないんだぞっ!!」

 

咄嗟に叫ぶ新次郎だが、シーラはそれを無視してフラフラと紐育の町へ姿を消す。

もしやシーラも操られているのか。

そんな不安に追い討ちをかけるように、キャメラトロンに緊急通信が入った。

 

「大河君、すぐに作戦司令室に集まって!! セントラルパークに鳥達が次々と集まっているわ!!」

 

「セントラルパーク………!? じゃあシーラもそこか!!」

 

あの鳥達はみな例の蟲に操られたに違いない。

もしそれらがセントラルパークを目指しているのなら、シーラとて例外ではないはずだ。

新次郎は一瞬躊躇ったが、まだ僅かに見えるシーラを追ってアパートを飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊急通信から数分後、作戦司令室には戦闘服に着替えた星組の面々が顔を揃えていた。

しかし肝心の人物が一人来ていない。

隊長の新次郎である。

 

「くそっ、新次郎はまだ来ないのか!?」

 

しきりに貧乏揺すりを繰り返していたサジータが痺れを切らしたように呟く。

普段は遅刻など絶対しない新次郎が、どうしたというのか。

 

「昴は推測する。大河は鳥達の駆逐に反対していた。それを阻止するつもりだと………。」

 

「まさか、セントラルパークか?」

 

ハワードの口にした場所に、昴は重々しく頷いた。

昨夜紐育市長からセントラルパークの鳥達の駆逐が伝えられた事は、サニーサイドから聞いたばかりだ。

いち早く知った正義感の塊が、それに一人先走る可能性は否定出来ない。

 

「だとしたら、不味い事になるね………。向こうは数百人規模だ。彼一人でどうにかなる事じゃない。」

 

昴の提示した可能性に、サニーサイドは苦虫を噛み潰したように表情を曇らせた。

鳥達の暴動に近い事件に即発され、警官隊は予定より作戦決行を一時間も早めた。

それと同時に、セントラルパーク全域から高濃度の妖力反応が確認されたのだ。

まるで、鳥達と人間達がセントラルパークに集まるこの瞬間を、待ち構えていたかのように。

先程の緊急通信は、それに対する紐育華撃団の方針を決定するためのものだったのである。

 

「………、セントラルパークに、更に強い妖力反応を確認!!」

 

「映像受信、モニターに表示します!!」

 

それに追い討ちをかけるように、作戦司令室に月組から緊急通信が入った。

直ちに虹組の二人が情報をキャッチし、モニターに転送する。

刹那、作戦司令室は驚きの声に包まれた。

 

「か、怪獣………!?」

 

「まさか、これもあの蟲の影響か………!?」

 

何と、セントラルパークを覆う毒々しい焦気の中に、巨大な怪獣がいるではないか。

ボロボロの翼に青く光る目。

まるで鳥達の怨念か何かが実体化したかのようだ。

 

「………最早大河君の到着を待つ余裕はないわ。やむを得ません。副司令として、私が出撃命令を下します!」

 

怪獣まで出現した以上、一刻の猶予もない。

直ちに出撃し、怪獣から紐育を守らなくてはならないのだ。

 

「紐育華撃団・星組、出撃!! 大河君と合流し、怪獣の進撃を阻止しなさい!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

かくして、隊長不在という異例の状況の中、紐育の星は飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に広がる光景に、新次郎は目を疑った。

無理もない。

シーラを追ってたどり着いたセントラルパーク。

そこには紐育中の鳥達と、その全てを抹殺するために現れた警官隊が睨み合っていた。

反射的に止めようとする新次郎。

最初の異変は、その時だった。

銃に撃たれた訳ではないのに、突然鳥達がバタバタと地面に堕ちていく。

それだけではない。

見れば警官隊も、次々と苦しそうな呻き声と共に倒れていくではないか。

 

「くっ………、一体どうなってるんだ………!?」

 

最早シーラを探す余裕もなかった。

口元にハンカチを当て、姿勢を低くして辺りを見渡す。

すると、うっすらとではあるが紫色の霧のような何かがセントラルパーク一帯に漂っていた。

 

「(そうか………、毒で鳥達も警官隊も皆殺しにする気だな………!!)」

 

よく見ると、地面に横たわる鳥達からも同様の毒素が沸き出ている。

恐らく鳥達が食べさせられていた蟲の毒だ。

それで人々を襲って警官隊を誘きだし、大規模な殺戮で紐育全体の治安を乱そうとでもいうのだろう。

ただでさえ軽犯罪の絶えない紐育の事だ。

秩序を象徴する警官の数が減れば犯罪が助長され、自ずと都市は死滅する。

これはそのシナリオのプロローグという訳だ。

 

「くそっ、このままじゃ………!!」

 

既に新次郎の身体にも、僅かずつではあるが毒素が蓄積されつつあった。

次第に身体のだるさが増し、膝をつく。

どっと汗が吹き出し、視界も霞み始めた。

 

「ピーッ!!」

 

「シーラ!?」

 

今や聞き慣れた鳴き声が聞こえたのは、その時だった。

見れば片羽根を辛そうに動かす青い鳥が、こちらに向かって滑空しているではないか。

 

「シーラ………、お前だけでも逃げろ………!!」

 

こちらに飛んで来るシーラに、残された意識で呼び掛ける。

だが次の瞬間、新次郎は信じられない光景を目にする事となる。

 

「ピィィィーーーッ!!」

 

新次郎の真上に到達するや、曇天に満ちた虚空にシーラのさえずりが木霊する。

刹那、その小さな身体が僅かに光ったかと思うと、目が眩まんばかりの閃光が放たれた。

 

「うっ………!?」

 

突然の閃光に、思わず目を閉じる新次郎。

だが次の瞬間、その目は驚愕に見開かれた。

 

「………な………!!」

 

今度こそ新次郎は、己の目を疑った。

無理もない。

自分の掌程度の大きさだったシーラが、閃光と共に巨大な怪獣へ変身したのだから。

 

「ビグァァァ………!!」

 

僅かに面影を残した咆哮が、セントラルパークを揺るがした。

と、新次郎は急に身体が軽くなるのを感じた。

 

「………苦しくない?」

 

何と、つい先程まで死ぬかどうかの境目だった身体から、瞬く間に毒素が抜けたのである。

見れば自分の周囲だけ、毒霧が晴れている。

風が吹いた訳でもないのに、一体どうしたというのか。

 

「ビグァァァッ!!」

 

頭を悩ませる新次郎を余所に、シーラが大地を揺るがしつつ歩き始めた。

 

「………、待て!! そっちには司令の別荘が………、ダイアナさんがいるんだぞ!?」

 

毒霧の奥に見える一つの大きな建物に、新次郎は思わず静止の声を上げる。

しかしシーラは聞く耳持たず、別荘目指して一直線に歩き出した。

 

「!?」

 

新次郎が異変に気づいたのは、シーラを追いかけ始めてからだった。

おかしい。

つい先程まで漂っていた毒素が、自分やシーラの周囲だけなくなっている。

いや、違う。

周囲の毒素が、上の方に吸い込まれているのだ。

まさかと思い見上げると、そこには予想通りの光景が浮かんでいた。

 

「シーラ………、お前まさか………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢殿は心底面白くないという表情で眼下の舞台を睨んでいた。

紐育中の鳥を一斉にセントラルパークに集め、警官隊のほとんどを誘き出す事に成功し、自身の毒の餌食にした。

ここまでは概ね予定通りだ。

しかしあの鳥の怪獣の出現は、全くの想定外だった。

見れば大して暴れる様子もなく、ただ余計に毒を吸い込んでいるだけだ。

これでは紐育全体を毒霧で包む計画に支障が出てしまう。

 

「仕方あるまい………。あやつを呼び寄せるとしよう。」

 

本意ではないが、あの怪獣を早期に抹殺する必要がある以上、躊躇う時間はない。

夢殿は両手を仰ぐように広げ、周囲の蟲に自身の妖力を練り込み始めた。

すると、恐るべき事が起こった。

周囲の蟲達が集まりだしたかと思うと、妖力を媒体に次々と合体し、巨大な怪獣へと変身したのだ。

これこそ夢殿の妖力の塊とも言うべき蟲達の真の姿。

 

「ギシャァァッ!!」

 

魔光蟲・カオスバグだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だあれは!?」

 

またも目を疑う光景に、新次郎はやはり驚きを露にした。

無理もない。

毒霧の中から何の前触れもなく、蟲を巨大化させたような怪獣が現れたのだから。

 

「ギシャァァッ!!」

 

「ビグァァァッ!!」

 

怪獣・カオスバグは別荘に迫るシーラの姿を認めるや、一直線に襲いかかって来た。

それを見たシーラも、負けじとカオスバグに掴み掛かる。

目の前で突如展開される怪獣同士の戦い。

その尋常ならざるスケールに圧倒される新次郎のキャメラトロンに通信が入ったのは、その時だった。

 

「こちらサニーサイド。大河君、一体何をしているんだ!」

 

通信元は作戦司令室のサニーサイドだった。

その表情は今まで見た事がない位厳しい。

まあ怪獣がいきなり二匹も現れれば当然であるが。

 

「セントラルパークに怪獣が出現した! 早くシアターに戻って出撃したまえ! 事は一秒を争う!!」

 

「こちら大河新次郎! サニーサイド司令、現在自分はセントラルパークにいます! 怪獣達も目の前です!」

 

「何!? 具体的な地点は!?」

 

さすがに現地に先回りしているとは思ってなかったらしく、通信先のサニーサイドも鬼気迫る表情を驚きのそれに変えた。

 

「司令の別荘前です。それと二匹の内、鳥の怪獣への攻撃は控えて下さい!」

 

「………成る程、事情は分かった。」

 

キャメラトロンからは一転して、穏やかな声が返って来た。

普段から洞察力の鋭いサニーサイドの事だ。

恐らく怪獣出現のいきさつや、これから自分のやろうとしている事も推測したのだろう。

 

「それじゃあ、エイハブのスターを二つ整備させておく。………大河君、頼んだよ。」

 

「はいっ!!」

 

力強い返事と共に、新次郎は別荘内に突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毒霧に包まれたセントラルパークは、正に生命の最期を象徴するかのような光景に包まれていた。

一帯を包む死の霧と、倒れ伏す命。

その真ん中で激しくぶつかり合う二匹の怪獣と、その周囲を飛び交う四つの星。

その全てを遠目に見る影があった。

 

「紐育………、悪の絶えぬ町………。」

 

彼らは知っているだろう。

この地獄をもたらしたのが、あの妖である事に。

そして彼らは知らないだろう。

あの妖に利用されているこの邪を生み出した者こそ、他ならぬこの町である事を。

 

「その邪………、我が太刀のもとに切る。」

 

誰に言うとでもなく呟き、影は刀を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

迫り来る死の霧を、ダイアナは一人眺めていた。

何日も前から知れていた最期の日。

あの小鳥が命の輝きを失う最期の日。

 

「終わるのね………。セントラルパークも………、小鳥達も………。そして私も………。」

 

万物の命を根こそぎ奪い去る死の霧。

救われないハムレットの、悲しい幕。

せめてあの小鳥達と共に眠れる事だけが救いだろうか。

そう悟り、静かに目を閉じた時だった。

 

「ビグァァァッ!!」

 

「!?」

 

毒霧を吹き飛ばす咆哮が、空気と大地を揺るがした。

刹那、こちらに迫っていた毒霧が何かによって瞬く間に吸い込まれていく。

同時に周囲の毒霧が晴れ、ダイアナはその奥に一つの大きな影を見た。

 

「………鳥………!?」

 

小鳥の巨大化したような、一匹の怪獣だった。。

いや、あれだけではない。

鳥の怪獣は何かと戦っている。

まるで毒蟲を巨大化させたような、悍ましい怪獣と。

 

「ダイアナさん!!」

 

横から自分の名を呼ぶ声がしたのは、その時だった。

振り向くと、そこにはダイアナのよく知る青年が、駆け足でこちらに向かってくるではないか。

 

「た、大河さん………。どうして………?」

 

「決まってるじゃないですか! 貴女を助けに来たんです!」

 

戸惑いの声で尋ねるダイアナに、新次郎は開口一番に叫んだ。

 

「今セントラルパークで何が起こってるのか、貴女も分かるでしょう!? ここにいちゃ巻き込まれます!」

 

「………それが、どうしたと言うんです?」

 

大河の言葉に、ダイアナは心底失望の表情を露に答えた。

他の人間ならまだ分かる。

彼らにはまだ、命の輝きが残されているから。

だが自分は違う。

ここで助かったとしても、それが寿命を変えるには至らないのだ。

恐らくはこの霧の中で死んだ、一羽の小鳥のように。

 

「大河さん、貴方はご存知でしょう? 私に残された、ないも同然の未来を………。」

 

「でも、それでも未来があるんでしょう!?だったら、尚の事生きるべきです!!」

 

「生きる………?」

 

その言葉に、ダイアナは昨日のハワードの言葉を思い出した。

新次郎は、たとえ無駄と分かっていたとしてもシーラを助けようとすると。

今の自分の立場は、正にあの時のシーラそのものだ。

彼は、自分にまだ苦しめと言うのだ。

 

「ここで助かった所で、私の未来は開かない………。貴方に救われて、この霧の中で死んだシーラと同じように………。」

 

「それは違う!!」

 

新次郎の怒号にも似た叫びが、ダイアナの言葉を遮った。

今まで見た事のない怒りの表情に、思わずダイアナも言葉を失う。

 

「僕はそんな運命なんて信じない! そんなもの、いくらだって変えられるじゃないですか!!」

 

「貴方は死の苦しみを知らないから、そんな事が言えるんです………。シーラだって、悪戯に死を遠退かされただけじゃない!!」

 

自分は間違っていない。

悪いのはシーラに死の苦しみを余計に味あわせた新次郎だ。

シーラだって新次郎を恨んで死んだに違いない。

そう信じて疑わないダイアナだったからこそ、直後の新次郎の答えが信じられなかった。

 

「………生きてますよ、シーラは今も。」

 

「………え?」

 

ダイアナは耳を疑った。

こんな猛毒の霧に包まれたセントラルパーク内で、まだ生きているというのか。

一瞬の無言の後、新次郎はふと明後日の方角に視線を移す。

反射的にその視線を追って顔を上げ、ダイアナはその全てを理解した。

 

「………まさか、あの怪獣が………?」

 

新次郎は無言で頷いた。

シーラは、命の輝きを失った鳥は、目の前にいた。

死の霧を振り撒く怪獣と果敢に戦う、怪獣として。

 

「ビグァァァッ!!」

 

ふと、シーラの動きが鈍り始めた。

一方、それを好機と見たカオスバグは一気に大攻勢をかける。

 

「シーラ!!」

 

ダイアナが思わず叫んだ。

理解出来なかった。

折角助かりかけた命を、何故こんな形で失おうとしているのか。

それに答えを示す人物がいた。

 

「………シーラは怪獣になってから、しきりにセントラルパーク中の毒素を吸い込んでいます。もう数分もすれば、動けなくなる………。」

 

「どうして………?そんな事をすれば、死ぬに決まってるのに………。」

 

「………関係ないんですよ。シーラにとって、そんな事………。」

 

新次郎はダイアナに視線を戻し、続けた。

 

「ダイアナさん、シーラのあの姿を見て分かりませんか?」

 

「え………?」

 

「僕には分かる。シーラは、こうなる事を望んでいた。この瞬間まで命がもてば、それで良かったんです。」

 

「どうして………?」

 

理解出来なかった。

そのままでいれば安らかに死ねたのに、何故わざわざ苦しい最期を選んだのか。

その答えを、新次郎は知っていた。

 

「簡単ですよ………。シーラの願いは、『安らかに死ぬ事』なんかじゃない。………ダイアナさん、『貴女を救う事』なんです………!!」

 

「!!………私を………!?」

 

刹那、全身に衝撃が走った。

自分を助けるため。

そのためにシーラは、あんな苦しい戦いを挑んでいるというのか。

 

「確かに人は死んだら全てを失う。それはダイアナさんの言う通りです。でも、失わないものだってある!」

 

「失わない………もの………?」

 

「それまで生きた証………。死の瞬間まで守り抜いたものです。」

 

「!!」

 

「(運命だ何だって閉じ籠るアンタには分からねぇだろうが、人が死ぬのは、心臓が止まった時でも、寿命が来た時でもねぇ。教えてやろうか。………『何かを諦めた』時だ。)」

 

脳裏に再び、あの言葉が蘇る。

そうだ。

自分は死が近い運命を呪い、全てに無気力だった。

僅かながら残された未来すら捨て、安楽なる死を待ち続けていた。

自分は生きながらにして、死んでいたも同然だったのだ。

改めて目の前のシーラを見る。

毒素に蝕まれて尚、自分を守るために懸命に毒素を吸い込み、怪獣に立ち向かっている。

そうまでして自分に生きてほしいのかと思うと、胸の奥から何かが込み上げて来た。

 

「ダイアナさん………。貴女に生きてほしいというシーラの願いを、貴女は踏みにじれるんですか?」

 

新次郎の問いが、心に重く響いた。

死を望む事。

それは、他ならぬシーラの願いを無に還す事になる。

命賭けで戦うシーラの思いを、無駄にする事になるのだ。

出来ない。

そんな残酷な答えなど出せない。

 

「ビグァァァッ!!」

 

「………、シーラッ!!」

 

一際大きな叫びが空気を震わせたのは、その時だった。

地面に横たわるシーラに、思わず叫ぶダイアナ。

その時、胸に込み上げた熱い何かが瞼からこぼれ落ちた。

 

「シーラァァァ………!!」

 

心の奥底から込み上げた何かを、言霊に乗せて叫んだその瞬間、信じられない事が起こった。

 

「ギシャァァ………!?」

 

何と今正にシーラにトドメを射さんとしていたカオスバグが、セントラルパーク一帯を包んでいた毒素諸とも一瞬の内に消え去ってしまったではないか。

ダイアナの五体や寿命すら縮めていた程の膨大な霊力が、一斉に解き放たれた瞬間だった。

彼女に秘められた霊力は、セントラルパーク一帯の毒素を全て浄化させてしまう程だったのである。

が、更に驚くべき事を新次郎が口にした。

 

「ダイアナさん………、立ってる………!!」

 

「え………?あっ………!!」

 

その言葉に、ダイアナは初めて今の自分の状態を理解した。

立っている。

今まで車椅子がなければ動く事もなかった両足で、地面を踏み締め立っているのだ。

試しに足を出すと、バランスを保ったまま歩けてしまった。

恐らく今の霊力の放出で、身体への負担が減少したためだろう。

シーラの思いを無駄にしたくない。

ダイアナの強い思いが意志となり、霊力の制御に成功したのである。

この瞬間、彼女の未来は変わった。

 

「シーラ………。」

 

ダイアナは、目の前に横たわる巨鳥に歩みより、嘴に優しく触れた。

すると、毒に蝕まれ弱りきったシーラの身体が、淡い光に包まれていく。

 

「私のために、こんなにボロボロになるまで一生懸命に………。それが、貴方の願いなのね………。」

 

「ビグァ………。」

 

焦点の定まらない目で、シーラが必死にダイアナに何かを訴えかける。

鳥の言葉なんて分からないが、ダイアナには分かった。

シーラが自分に、何を託したいのか。

 

「ありがとう………。ゆっくりお休みなさい………。」

 

そう告げた時、シーラを包む霊力が輝きを増し、巨鳥を光のオーラが包んだ。

全身に光を纏ったその神々しいまでの姿に、誰もが驚く。

 

「シーラ………。」

 

そんな中、光の巨鳥はゆっくりと立ち上がり、美しい翼を広げた。

万物をも包み込んでしまいそうな程に大きな翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がる。

 

「「シーラ!!」」

 

「ピィィィ………!!」

 

新次郎とダイアナの声に、あの高く美しい囀りが返って来た。

その余韻を残したまま、光の巨鳥シーラは宙へと羽ばたき、見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その奇跡を喜ばない者がいた。

外でもない、夢殿である。

 

「貴様ら………、よもやここまでまろの舞台を汚そうとは思わなかったぞえ。」

 

「お前は!?」

 

突然空から聞こえた声に、反射的に振り返る。

そこには如何にも怪しいオーラを纏った女が空中に漂い、こちらを睨み付けていた。

高貴な着物に目元を隠した笠。

初めて魔の存在を直に見るダイアナは戸惑っているが、新次郎はその姿にピンと閃くものがあった。

 

「そうか………、鳥達を蟲で操っていたのはお前だな!!」

 

リカリッタが偶然にも撮影した黒幕とおぼしい女。

見た目にも特徴的なその姿は、明らかに同一人物だ。

 

「如何にも。まろの名は『夢殿』。この町に死の喜劇を生み出す者なり。」

 

「喜劇だと………?まさか、そんな事のために罪のない命を利用したのか!?」

 

悪びれもせずにぬけぬけといい放つ夢殿に、新次郎は怒りを露に睨み付けた。

自らのために他者の命を弄ぶ。

この世で最も許されない罪である。

 

「愚かな命がまろの手の上で踊る様は、この上ない喜劇じゃ。それに………。」

 

俄かに周囲の殺気が増した。

身に覚えのあるそれに、新次郎は咄嗟に身構える。

 

「舞台を邪魔され、まろは今酷く機嫌が悪い。貴様ら、纏めて黄泉の世界へ誘おうてくれようぞ!」

 

刹那、毒霧とはまた違う邪念の妖気がセントラルパークに降り注いだ。

妖気は地面に降り立つや、禍禍しい尖兵、悪念機へと姿を変える。

 

「行けい悪念機共よ! まろの楽しみを奪う者は、皆殺しじゃ!! 美しい断末魔を聞かせたもれ!!」

 

「待てっ!!」

 

素早く抜き放った刀で斬りかかるも、夢殿は遥か上空の曇天に姿を消す。

そこへ、キャメラトロンに通信が入った。

 

「大河君、別荘前にエイハブを着陸させるわ。すぐに合流して!!」

 

「はい!!」

 

ラチェットの言葉に頷き、新次郎はたった今目の前に降り立つエイハブに視線を移した。

毒霧や怪獣に引き続き、悪念機まで出現したのだ。

一刻も早く出撃し、セントラルパークを守る必要があった。

 

「大河さん!!」

 

後ろから呼び止める声がしたのは、その時だった。

振り向くと、そこにはこちらを一点に見つめるダイアナの姿がある。

心無しか、その瞳の輝きはいつになく力強い。

まるで別人が彼女に乗り移ったかのようだ。

 

「私も行きます! どうか、一緒に戦わせて下さい!!」

 

そんな新次郎に、ダイアナはハッキリと告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紐育華撃団星組の所有する新鋭戦艦、エイハブ。

スターの長距離輸送や上空からの砲撃による戦闘支援。

更には臨時の作戦室まで用意されているという、万能戦艦だ。

その中央に位置する作戦室には、サニーサイドを始めとした星組隊員達が顔を揃えていた。

 

「大河君、それにダイアナ。よく来てくれた。」

 

ようやく合流した二人に、サニーサイドは待ち兼ねた様子で笑顔を見せる。

各隊員も、意外な人物の登場に驚きを見せた。

 

「ダイアナさん………。」

 

新次郎に促され、ダイアナは一歩前に進み出る。

今まで見せなかった力強い視線と、凛々しい佇まい。

戦闘服だけではない。

目の前のハムレットは、何かが違った。

 

「………皆さん、改めてお願いします。私も星組の一員として、共に戦わせて下さい。」

 

今までとは別人のような力強い言葉で、ダイアナは訴えかけた。

 

「私は今まで運命を受け入れ、何もせず日々を過ごしていました。私は、生きながら死んでいたのです………。」

 

ハワード達が訴えた『生きる』という事。

その意味を、ダイアナは身を呈したシーラによって教えられた。

 

「そんな私にあの子は………、シーラは生きろと仰いました。ここでまた逃げれば、シーラの思いは無駄になる………。」

 

これまでの自分を省みて、ダイアナはシーラの思いに強く心を打たれていた。

一度は自身の運命の道連れにまでしようとした自分を、シーラは命を犠牲に救いだしてくれた。

シーラが残した生きる道。

シーラが残した生きる場所。

それを知った時、ダイアナは自らの心を理解した。

シーラの愛したこの場所を、守りたいと。

 

「傷ついても、涙を流しても構わない。それが生きるという事なら、私は苦しんでも生きて行きます!!」

 

「目の輝きが変わったね、ダイアナ。」

 

最初に答えたのは、サジータだった。

その目は優しく暖かい、仲間を見る目だ。

 

「その言葉を待ってたよ。ダイアナ、一緒に戦おう!」

 

その言葉が口火を切った。

残る三人の隊員も、口々に歓迎の言葉を口にする。

この瞬間、ダイアナの生きる道は確かに開かれた。

 

「リカも一緒! ダイアナ、よろしくな!!」

 

「昴は確信する。ダイアナ、今の君は命の輝きに満ちていると………。」

 

「守ってやろうじゃねぇか、シーラの願い。紐育華撃団の名にかけてな!!」

 

「皆さん………、ありがとうございます………!!」

 

リカリッタ、昴、更にはハワードにまで歓迎の言葉をもらい、思わず感激に震えるダイアナ。

すると、ここでようやくサニーサイドが口を開いた。

 

「さて、歓迎も済んだ所で、現状をおさらいしておこうか。」

 

確かに今回は様々な出来事が重なり、現場をパッと見ただけでは中々現状把握も難しい。

まず今回の事件を含め、鳥達を凶暴化させていたのは、リカリッタが撮影した夢殿という人物。

彼女の狙いは鳥達が人間に害をなす存在である事を植え付けた上でセントラルパークに誘いだし、蟲を媒体に産み出した毒の霧で大量殺戮を行い、紐育全体を混乱に陥れようというものだ。

そしてそれを怪獣化したシーラが阻止しようとし、カオスバグと交戦。

ダイアナの霊力放射によって、纏めて浄化消滅させられた。

それに業を煮やした夢殿が、だめ押しの悪念機を送り込んだという訳だ。

 

「警官隊や鳥達は?」

 

新次郎は内心募らせていた不安を口にした。

自分がセントラルパークに着いた時、警官隊や鳥達の多くは毒素にやられて地面に横たわっていた。

毒霧が如何に恐ろしいものかは、新次郎も身を持って知る所。

が、その不安は杞憂に終わった。

 

「安心して、大河君。警官隊に死者はないし、鳥達も無事よ。」

 

「そうですか、良かった………。」

 

恐らくダイアナの霊力によって毒素が浄化されたのだろう。

一番の不安要素が無くなり、新次郎はホッと胸を撫で下ろす。

 

「それじゃ、改めて出撃だ。大河君、出撃命令を頼む!」

 

「はい! 紐育華撃団・星組、出撃!! セントラルパークの敵を撃破します!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1928年、8月、セントラルパーク。

曇天の下に、醜悪の使者が蠢く地獄絵図。

生けるもの全てを奪わんと暴れる悪念機。

そこへ、川を流れる清き水の如き澄みきった、凛とした声が響いた。

 

「イッツ・ショータイム!!」

 

その舞台に花を添える、最後の役者が降り立った。

虹の如き残像で灰色の空を描き、悪の前に立ちはだかる6つの星。

 

「「紐育華撃団、レディ・ゴー!!」」

 

「………かなりの数だな………。何処から沸いて出てるんだ?」

 

左端のハイウェイスターが、周囲を確認しつつ呟く。

悪念機の数は、今確認出来るだけでざっと70強。

いくら歴戦の紐育華撃団と言えど、これだけの数を一捻りというのは難しい。

見れば、上空から降り注ぐ邪念から絶え間無くその数は増えている。

早急に数を減らし、上空の根源を断つ必要があった。

 

「厳しいですが、短時間で悪念機の数を可能な限り減らしましょう。一桁位まで減らせれば勝機はあります!」

 

「「イェッサー!!」」

 

新次郎の指示を合図に、星組は一斉に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始からおよそ10分。

セントラルパーク内には、依然として無数の悪念機が蔓延り、猛威を奮っていた。

木々を薙ぎ倒し、草花を踏み潰す鋼鉄の悪魔達。

星組の圧倒的火力を以てしても、その数は減るどころか益々増えているようにも見える。

 

「くそっ、これじゃあいくら潰してもキリがねぇ………!!」

 

また一体悪念機を叩き壊し、ハワードが苛ついた様子で吐き捨てた。

既に星組が撃退した悪念機の数は40を突破し、周囲にはその残骸が溢れている。

にも関わらず、悪念機は次から次へと沸き出てキリがない。

このままでは数に圧されて押し負けるのも時間の問題だった。

 

「ホッホッホ………!!善き見せ物よ! 我が下僕の波に押し流されるが良いわ!!」

 

「くそっ………、何とか奴らを一掃出来れば………!!」

 

上空で高らかに笑う夢殿を睨み、必死で目の前の悪念機を切り捨てる新次郎。

だが敵の出現するペースはそれより早く、悪念機は増える一方だ。

だからといって夢殿の方へ攻撃を仕掛ければ、たちまち星組が瓦解してしまうだろう。

どちらにせよ、このままでは遅かれ早かれ全滅である。

 

「ハイヤーッ!!」

 

状況を一変させる声が轟いたのは、次の悪念機に斬りかかろうと刀を構えた瞬間だった。

馬の蹄の音と共に、一つの影が疾風の如く悪念機の波を駆け抜ける。

直後、その軌跡に沿って次々と悪念機が切断され、爆砕していくではないか。

 

「な、何だ一体!?」

 

最初に声を上げたのはサジータだった。

無理もない。

自分達があれほど苦戦していた悪念機の軍勢が、今の一瞬で八割方全滅してしまったからである。

突然の出来事に動揺を隠せない一同。

そこに、声が響いた。

 

「フン、他愛のない奴らだ………。」

 

「な、何だアイツは………?」

 

見ると、そこには怪傑風の仮面を着けた少女が、同じく仮面を着けた馬に跨がり、先程倒した悪念機だったものを冷ややかに見下ろしていた。

チョッキにテンガロンハットと、それに似つかわしくない一振りの太刀。

まるで西部のガンマンと東洋の侍をくっつけたような異質な姿の少女がそこにいた。

 

「あれは………、まさか仮面の剣士!?」

 

唯一面識のある新次郎が叫んだ。

自分が紐育に来た初日に、目の前で軽く強盗を捻り潰した凄腕の剣士。

確かハーレムでの黒龍姫との戦闘でも、こちらがシアターに戻るまで時間稼ぎをしてくれた。

もしやまた助太刀に来てくれたのだろうか。

そう淡い期待を寄せる新次郎に、仮面の剣士は鋭い視線を向けた。

 

「………またお前達か。よくよく縁があるようだな。」

 

「お前こそ何なんだ?アイツらの仲間か!?」

 

面識のないリカリッタが、銃を構えて言い返す。

が、すぐに隣の昴がそれを抑えた。

 

「待て、彼女は敵じゃない。敵ならば悪念機ではなくこちらを攻撃したはずだ。」

 

「む………、それもそうか。」

 

昴の言葉であっさり銃を下ろすリカリッタ。

すると、仮面の剣士は大した反応もなく悪念機を見据えて刀を構えた。

 

「………奴らはオレが相手をする。さっさと上の親玉を始末しろ。」

 

「相手って………、やっぱり助太刀してくれるのか?」

 

「他人と馴れ合う気はない。オレはただ、オレの大事なものを守るためだ。」

 

友好的な態度の新次郎を突き放すように言い返すと、仮面の剣士はそのまま悪念機の群れに飛び込んだ。

事情はわからないが、どうやらこちらに味方してくれるのは間違いなさそうだ。

 

「今がチャンスです。全機、夢殿を追撃して下さい!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

星組以外の人間に地上の悪念機全てを任せるのは少々忍びない所だが、現状を見る限り助太刀は大歓迎だ。

星組は上空の夢殿を目指し、曇天の空へ飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………来たか。紐育華撃団とやら。」

 

セントラルパーク上空にて対峙した星組を前に、夢殿は殺気立った視線を向けた。

 

「あのまま奴らに食われれば楽に死ねたものを。この夢殿をコケにした狼藉、死して償わせてやろう。」

 

「許さないのは私です!! 貴女の私欲のために失われた命の重さ………、思い知りなさい!!」

 

これまで夢殿の蟲によって操られ、死んでいった鳥達。

その鳥に傷つけられた罪なき人々。

そして、悲劇を止めるために自らを犠牲にしたシーラ。

その全てを知らぬ顔で笑う夢殿だけは、絶対に許さない。

ダイアナを初め、星組の誰もが怒りの視線を以て夢殿を睨み返す。

 

「この夢殿の力に戦くがよいわ。出でよ、悪念将機、『浮雲』!!」

 

夢殿が全身の妖力を練り込んだ刹那、灰色の曇が歪み、紫色の毒々しい霧が周囲を包む。

そして数秒後、巨大な何かが真横に一閃し、霧が上下に四散した。

その奥に、星組は醜悪なる悪念将機の姿を見た。

天狗のような翼を左右に広げ、胸に大砲を構えた胴体。

一振りの巨大な大鎌を携えた右腕と、その全身を包む高濃度の妖力。

それこそ夢殿の操る悪念将機、『浮雲』であった。

 

「この曇天の塵と化してくれよう! 来るがよい、紐育華撃団!!」

 

「笑ってられるのもそれまでだ! 全機、悪念将機に総攻撃です!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

曇天の死神目掛け、スターが一斉に空を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢殿の操る悪念将機『浮雲』。

こちらに対する攻撃はあくまで右腕の大鎌のみであるが、特筆すべきはその防御力であった。

無数の蟲を纏ったかのような妖力の鎧は、こちらの攻撃の一切を受け付けず、全てを無に還してしまう。

自分達は勝てない。

そう運命の暗示をかけるかの如く。

 

「受けてみろ、リカの必殺!! バッファロー・ゴーゴー!!」

 

「裁きを見せてやる………、ギルティ・ストライク!!」

 

サジータとリカリッタが、左右から一斉に必殺技を叩き込む。

が、悪念機程度なら一瞬で消し飛ぶ威力の一撃を、浮雲の鎧はやはり無効化させてしまった。

 

「げっ!? コイツぴんぴんしてるぞ!!」

 

「駄目か、畜生………!!」

 

「下手な攻撃は禁物です。何とか弱点を探しましょう。」

 

焦る隊員達に、新次郎は必死に呼び掛ける。

だが、現状はそう簡単には行きそうにない。

何故ならこの間にも次々と悪念機は地上に放たれ、再び数を増やしつつあるからだ。

幸い一騎当千の仮面の剣士の活躍でほとんどは沈黙しているが、それもいつまで持つか分からない。

かと言って闇雲に攻撃した所で、今のように受け流されて霊力を無駄に消費するだけだ。

黒龍姫や髑髏坊とは格の違う強さに、新次郎は改めて戦慄した。

 

「ホッホッホ、この程度でまろを打ち負かそうなど、片腹痛いわ!!」

 

浮き足立つ星組を挑発するように夢殿が笑う。

刹那、周囲の妖気が俄かに殺気立った。

 

「思いあやめよ、常世の闇よ………。」

 

「………、マズイ! 皆さん、防御体勢を………!!」

 

「遅いわ! 天魔招来、恨蟲ノ舞!!」

 

新次郎が気づくより先に、夢殿が浮雲の全身から妖力を放出させる。

刹那、浮雲の全身を固めていた妖力が一斉に解き放たれ、群を成してスターに襲い掛かった。

津波のような怒涛の攻撃に逃げる術はなく、星組は完全に蟲の曇に飲み込まれる。

 

「くそっ、これじゃ反撃どころじゃ………!!」

 

現状は最早絶望的だった。

今の攻撃でスターはいずれもかなりのダメージを被り、飛行を続けていられるのがやっとという状態だ。

にも関わらず、浮雲の方は全くの無傷。

絶体絶命とは、正にこの事だった。

 

「大河さん。」

 

そんな新次郎の下に通信が入ったのは、その時だった。

 

「ここは私に任せて下さい。私の霊力で、もしかしたらあの妖力の鎧を浄化出来るかも知れません。」

 

「ダイアナさん! でも、あんな膨大な量を一気に放出すれば、貴女にも負担が………。」

 

新次郎は慌てて反論した。

確かにセントラルパーク内の毒霧を一瞬で浄化させたあの霊力放射なら、浮雲の鎧を消し飛ばす事は出来るかも知れない。

しかし先程の放射は、それまで蓄積された膨大な霊力が一気に放出されたためで、ダイアナの意思によるものではない。

本来一度にあれだけの霊力を解き放つ事は理論上不可能だし、仮にできたとしても、死の危険すらある。

しかし、ダイアナはその決意を曲げなかった。

 

「確証はありません。ありませんが、夢殿を倒すには、セントラルパークを守るためには、これしかありません。」

 

「ダイアナさん………。」

 

「大河さん………。私を信じて下さい!」

 

モニターに写るダイアナが、決意の眼差しで新次郎を見た。

何物にも揺るがない決意を秘めたその目に、新次郎はあの光の巨鳥を想起した。

 

「………分かりました。ダイアナさん、貴女を信じます!!」

 

「はい!!」

 

新次郎の言葉に力強く頷き、ダイアナのサイレントスターが動いた。

蟲の曇を突き抜け、悪念将機の真上に躍り出る。

 

「草よ………、花よ………、鳥達よ………。どうかもう一度、私に力を貸して!!」

 

シーラに救われたこの命ある限り、紐育と仲間達を守り抜く。

何故なら、それがシーラの示した自分の生きる道だから。

ダイアナの決意の瞳が眼下の死神を射抜き、空色のスターを霊力が包む。

 

「癒しの光を貴女に………、メジャー・オペレーション!!」

 

霊力に包まれたサイレントスターが、突き刺すように浮雲の眼前を突き抜ける。

刹那、驚くべき事が起こった。

サイレントスターの軌跡に沿って七色の光が出現し、浮雲の全身を纏っていた妖力の鎧が一瞬の閃光と共に消え失せたのだ。

まるでセントラルパークそのものが意志を持ち、かの少女の願いに応えたかのように。

 

「すっげー………。」

 

「ダイアナの霊力………?いや、それだけでもこの力………。」

 

「昴は匙を投げる。最早僕でも推測出来ない。」

 

目の前の奇跡に、星組もまた驚きに固まっていた。

いくら霊力が凄まじいとはいえ、悪念将機一体分の規模を誇る妖力を一瞬の内に消し去るなど、聞いた事がない。

これには流石の夢殿も、狼狽せざるを得なかった。

 

「そんな馬鹿な………!!まろの………まろの蟲が敗れたというか!?」

 

「大河さん、今がチャンスです!!」

 

自身の作戦を完全に打ち砕かれ狼狽する夢殿を余所に、ダイアナが叫んだ。

鎧がなくなった以上、最早こちらを遮るものは何もない。

我に還った新次郎は、丸裸になった目の前の悪念将機を睨んだ。

 

「これで決めます!!全機、悪念将機に総攻撃!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

ダイアナがもたらした最後のチャンス。

新次郎を先頭に、星組は一斉攻撃を仕掛けた。

 

「ハワードさん!!」

 

「しくじるなよ!?」

 

真正面から突っ込む新次郎といつの間にか浮雲の背後に回っているハワードが、前後から同時に至近距離からの爆撃を加える。

たちまち爆炎に包まれ、態勢が大きく崩れる浮雲。

そこへ、残る三機が殺到した。

 

「昴、きめろぉっ!!」

 

「狙いは………、外さない!!」

 

「仕上げといこうか!!」

 

三機に分裂して不意打ちを仕掛ける昴に続き、集中砲火で一気に傷口を広げるリカリッタ。

そこへ、ダメ押しとばかりにハイウェイスターが唸りを上げて突き抜ける。

直後、セントラルパーク上空にて、凄まじい爆音が轟いた。

 

 

 

 

 

目の前で起きた出来事が、ただただ信じられなかった。

つい先程、ほんの数分前まで自分のシナリオ通りに事は進んでいた。

にも関わらず、この状況はどうだろう。

自らを守っていた恨蟲の鎧は消えうせ、腹部に風穴を開けられた悪念将機が、全身に火花を散らし漂っている。

この瞬間、夢殿の完璧な計画は、完全に崩壊した。

そう自覚した時、目前に迫る死の恐怖と自身を裏切った現実への怒りが爆発した。

 

「認めぬ………、このような事、認めはせぬ!!」

 

「観念しろ、夢殿!! 僕たち紐育華撃団がある限り、お前の思い通りにはさせないぞっ!!」

 

「ええい黙れっ!! まろの切り札が浮雲だけと思うか!!」

 

やけっぱちになりつつも言い返す。

すると、僅かだが星組の勢いが弱まった。

恐らく悪念将機に続く切り札に驚いたのだろう。

最も夢殿自身他人のもらい物で勝ちを得るのは主義ではないが、切羽詰まったこの状況では背に腹は代えられない。

 

「さあ、その姿を見せてたもれ!! ダイオリウス!!」

 

黒の忍びから渡された一枚の札、高らかに天へ捧げる。

刹那、悍ましい咆哮と共に灰色の曇天が渦を巻き、その中心から稲妻を伴って何かが空を切り裂いた。

そこから空は真っ二つに割られ、中から咆哮の正体がその姿を現す。

想像を絶するその姿に星組は戦慄し、夢殿は歓喜に震えた。

 

「なんと………、何と素晴らしい………!!」

 

感動にも近い興奮を覚える浮雲の背後に、それは轟音を立てて降り立った。

全身を覆う体毛の中に見える、黄色と黒の体色。

左右に広げられた、スター三体分はある昆虫特有の羽。

そして何より、地に足をついていながらこちらを見下ろせる程の巨大な身長。

これこそ空蝉に託された夢殿の最期の切り札、

 

「ギィーーーッ!!」

 

宇宙大昆虫、ダイオリウスであった。

 

「おお素晴らしい………、これぞ、これぞまろの求める理想の蟲ではないか………!! 例を言うぞ空蝉よ!!」

 

その圧倒的なまでの存在感と、巨大な体から溢れ出る威圧感。

最早自分でもわからない程の底知れぬ力に、夢殿は勝利を確信する。

 

「さあ行け、我が最強の蟲よ!! その牙でかの者達を食らいつくすが良い!!」

 

「ギィーーーッ!!」

 

夢殿の叫びに応じ、大昆虫の咆哮がセントラルパークを震わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

不意に何かが自分を挟み込む感覚に、夢殿は違和感を覚えた。

星組が先手を打って攻撃してきたか。

違う。

彼らは目の前から動いていない。

何かに魅入られたかのように、固まっているばかりだ。

ならば一体何だというのか。

 

「………。」

 

まさかと思い、後ろを振り向く。

そこに、答えはあった。

 

「な………、何をしておる? 早くかの者達を………。」

 

突きつけられた殺気に別の意味で震えあがりながら、夢殿はかすれたような声で語りかける。

そんな馬鹿な。

この怪獣を呼び出したのは自分だ。

この怪獣の主人は自分だ。

自分に危害を加えるような真似はしないはず。

 

「ひっ………!!」

 

ダイオリウスは浮雲を掴んだまま、徐にその巨大な口を開いた。

昆虫らしからぬその口の周囲には、触れただけで八つ裂きになりそうな程に鋭く光る牙が所せましと並んでいる。

 

「よ、よせ………、まろはそなたの………。」

 

何とか説得を試みようと、何かを言いかける。

だがそれは、あの咆哮によってかき消された。

 

「ギィーーーッ!!」

 

刹那、鋭利な牙が眼前に迫り、そして………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで見た事もないような恐ろしい光景に、誰もが言葉を失った。

たった今空を切り裂き、地上に降り立った巨大昆虫。

それがあろうことか、自らを呼び出した浮雲をガッシリと捉え、頭からバリバリと音を立てて食らい始めたのだ。

悪念将機の破片がボロボロと崩れ、地面に落ちる。

 

「ぐ………ぐぎ………、や、やめ………、ぞな………まろの………ぐっ、ギャアアアアアァァァァァ………!!」

 

その中から漏れ出る途切れ途切れの声も、たちまち生々しい断末魔の絶叫に変わる。

生きたまま食われるという恐怖と激痛が視覚的にも感じられ、悪寒となって体を包んだ。

 

「な………、何て奴だ………。」

 

数秒の沈黙を以て、ようやく新次郎が絞り出すように言葉を発した。

それに伴い、隊員達も我に返る。

 

「頭から、モロ食っちまった………!!」

 

「恐らく闘争本能と食の本能だけで動いているのだろう。奴にとって主人も餌でしかないんだ………。」

 

「うげ………、リカ吐きそう………。」

 

「何て悍ましい………。この世のものとは思えません………。」

 

各々がその凄惨な光景の共通の感想を述べ終えた時だった。

あらかた浮雲を食らいつくしたダイオリウスの視線が、こちらに突き刺さったのだ。

それが何を意味するか、考える間でもない。

 

「………、マズイ! 来るぞっ!!」

 

サジータが叫ぶと同時に、巨大昆虫は動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙大昆虫、ダイオリウス。

100メートルを裕に超える巨大な体で、本能の赴くままに万物を食らう醜悪なる大怪獣。

この常識を著しく逸した化け物は、それまでの戦いで疲弊しきった星組にとって十分手に余る相手だった。

浮雲を食らったせいか鋼鉄以上の外骨格を持ち、こちらのミサイルをいくら撃ち込んでもろくなダメージを与えられない。

加えて本能で動く割には意外な程頭がよく、こちらの動きを的確に予想して長い前足で叩き落とそうとする。

これでは攻撃しようと下手に動いても返り討ちである。

 

「みんな、立ち止まっては危険です。一度に動いて攪乱しましょう!!」

 

新次郎の指示で、6つスターは一斉にダイオリウスの周囲を旋回し始める。

すると、ものの10秒もしないうちに、昆虫は

キョロキョロと混乱し始めた。

 

「今です!!全機、一斉攻撃!!」

 

完全にダイオリウスの視界から逃れた6つのスターが、全方位からミサイルを発射した。

たちまち着弾した巨大昆虫の顔面から、激しい火花が散る。

 

「ギギィーーーッ!!」

 

初めてダイオリウスが、苦悶の悲鳴を上げた。

やはり外骨格で身を守っていた分、それがない頭部は極端に脆いのだろう。

ようやく見つけた一つの勝機に、再度攻撃を試みる星組。

だが再び旋回を始めようとしたその時、思いも寄らない反撃が返ってきた。

 

「ギィーーーッ!!」

 

何と、ダイオリウスの頭に生えた二本の触覚から緑色の光線が発射されたのだ。

危ういところで回避に成功するが、光線はそのまま縦横無尽に辺りに飛散し、次々に爆発を引き起こす。

 

「クソッ、さっきまであんな事する素振り見せなかっただろうがっ!」

 

「きっと作戦の内だ。遅かれ早かれ自分の頭を狙った所を仕留めるつもりだったんだろう。」

 

「ああ、このままじゃセントラルパークが………!」

 

美しい緑の上に立ち上る炎に、ダイアナが悲痛な声を漏らす。

このまま手当たり次第に光線をぶちまけられては、この広大な自然が焼野原になるまで30分もかからないだろう。

 

「(くっ、どうする………!?)」

 

新次郎は迷った。

これ以上セントラルパークへの被害を増やす訳にはいかない。

しかしこの状況で下手に攻撃しようものなら、たちまち光線の乱射に巻き込まれてしまうだろう。

ただでさえ二本の前足が絶えずこちらを狙っているのだ。

その攻撃を警戒しながら光線をかわして接近し、尚且つ触覚を破壊しなければならない。

はたしてそんな不可能に近い戦法が通用するだろうか。

通用したとして、攻撃のチャンスは恐らく1回。

その一撃を以て、はたして触覚を破壊できるだろうか。

 

「ハワードさん!?」

 

真紅のスターがダイオリウス目掛けて突進したのは、ダメ元で攻撃を仕掛けようかと操縦桿を握りなおした時だった。

何を考えたか、ハワードは新次郎より先に特攻を仕掛けたのである。

 

「ハワードさん、無茶です!!」

 

「危ないぞ、ハワード!!」

 

口々に静止の声が上がる中、バーニングスターは華麗なまでの動きで光線の雨をかわし、ダイオリウスに迫る。

最早脱出には遅い。

少々危険だが、仲間を見捨てる訳にはいかない。

そう判断した新次郎は、素早く仲間に指示を出した。

 

「ハワードさんを援護します! 足を攻撃して注意を逸らして下さい!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

残るスターが一斉に飛び出し、バーニングスター同様に光線を掻い潜って次々とミサイルを二本の足に撃ち込む。

すると案の定怒ったダイオリウスが反撃とばかりに暴れだし、すかさず散開する。

そのやり取りを数回繰り返した時、ついにハワードが巨大昆虫の眼前に迫った。

 

「覚悟しやがれ、蟲野郎………!!」

 

今までのお返しとばかりにありったけの霊力を集中するハワード。

真紅のスターを、燃える陽炎のようなオーラが包む。

 

「幻の一閃………、ソニック・イリュージョン!!」

 

残像を残す音速の一撃が、触覚の一本を掠めた。

刹那、一瞬の静寂と共に触覚が音を立てて吹き飛ぶ。

 

「ギギィーーーッ!!」

 

「へっ、見たか!? これぞハワード大魔術!!」

 

深手を負って苦しむダイオリウスに、得意げに決めるハワード。

が、その直後、何かの閃光が一帯を包んだ。

 

「なっ………、ぐおっ!?」

 

「ハワードさん!?」

 

同時にバーニングスターに衝撃が走った。

エンジンに異常が生じたのか、制御不能となった真紅のスターは真っ逆さまに墜落する。

 

「マズイ! この高さで墜落すれば助からないぞっ!!」

 

「ハワードッ!!」

 

思わずモニターに向かって叫ぶ星組。

だが、ハワードには最後の切り札が残されていた。

大いなる奇跡をもたらす、名実共に最強の切り札が。

 

「………面白れぇ、だったら見せてやるぜ。俺のとっておきをな!!」

 

左腕の『ミレニアム・スター』を握りしめ、次の獲物を狙う巨大昆虫を睨む。

最早迷ってはいられない。

奴を倒すためにも、仲間を救うためにも。

そして、シーラの願いを守るためにも。

 

 

 

 

「タロオオオォォォゥッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、やはり何の前触れもなく現れた。

セントラルパークに出現した、巨大な光の柱。

神々しさを存分にたたえたそれは目の前の巨大昆虫を怯ませ、曇天を突き抜ける。

その数秒後、光の柱の中からそれは現れた。

灼熱の炎を体現したかのような真紅の体色と、光を体現したかのような銀のライン。

胸に空色のカラータイマーを輝かせ、その両手に燃え滾る星を抱えたその姿を、星組は知っていた。

 

「ウルトラマン………タロウ………!!」

 

紐育を守る光の巨人、ウルトラマンタロウを。

 

「ムンッ。」

 

完全にエンジンの停止したバーニングスターを地上に降ろし、改めてこちらを見下ろすダイオリウスと向かい合う。

その身長差はおよそ60メートル。

早い話、タロウ二人分でようやくタメを張れるという大きさである。

正直な所、戦いにくい事この上ない相手だ。

 

「ギィーーーッ!!」

 

こちらの姿を認めたダイオリウスが、残った触覚から光線を浴びせてきた。

 

「ムンッ!」

 

それを素早く察知したタロウは、横に飛んで回避する。

そして起き上がるや、残った触覚に狙いを定めてアロー光線を放った。

 

「デヤァッ!!」

 

左右の腕から鏃の形をした光の矢が飛び出した。

光の矢は寸分違わず触覚を直撃し、激しい爆発を引き起こす。

 

「ギギィーーーッ!!」

 

ダイオリウスが再び苦悶の叫びを上げた。

これで光線の被害はなくなったと言えるだろう。

 

「ギィーーーッ!!」

 

触覚のあった場所から煙を上げ、ダイオリウスが怒りを露に巨大な前足を振るった。

 

「ハッ!」

 

薙ぎ払うような一撃をジャンプでかわし、タロウはそのままダイオリウスの顔面に張り付いた。

全身が固い外骨格に覆われたこの巨大昆虫に顔面以外への攻撃がほぼ無効なのは先程の戦闘でいやという程味あわされた。

ただでさえ、相手は2倍の身長差を持つ戦いにくい相手なのだ。

苦戦を強いられる前に決着をつける必要があった。

 

 

 

 

 

 

だがその時、思いも寄らぬ反撃がタロウを襲った。

 

 

 

 

 

 

「ギィーーーッ!!」

 

「デェッ!?」

 

怒りの咆哮と共に、バーニングスターを撃墜した閃光が襲いかかった。

その一瞬、全身に激しい電流のような衝撃が走り、タロウの体が硬直する。

刹那、ダイオリウスはそれこそ虫を払うかのようにタロウを振り落した。

それだけではない。

地面に倒れたタロウを細長い足で踏みつけたのである。

 

「ムンッ………!!」

 

何とか足を掴んでどかそうとするが、先程の閃光のダメージのせいか体が痙攣し、力がでない。

その時、変化が訪れた。

 

「………、胸のタイマーが………!」

 

最初に気づいたのはサジータだった。

巨大昆虫の足元でもがくタロウの胸に光る空色のカラータイマーが、赤く点滅を始めたのだ。

タイマーの意義はよく分からないが、何やらマズイ状況を警告しているように見える。

 

「大河君、聞こえる!? 今すぐウルトラマンを援護して!!」

 

「ラチェットさん!? 一体どうしたんですか!?」

 

突然の通信に驚く新次郎。やや慌てている様子からして、タロウがピンチという事に違いないのか。

星組の予想は、果たして的中した。

 

「よく聞いて大河君。ウルトラマンの胸にあるカラータイマーは、彼らのエネルギーを蓄積するタンクのような物よ。タイマーの点滅は、彼らのエネルギーが残り少ない事を意味するわ。」

 

「それじゃあ、まさか………!!」

 

「帝都、巴里のデータでは、カラータイマーが点滅を始めてからのタイムリミットは1分弱………! もう時間がないわ!」

 

残り1分のタイムリミット。

それを過ぎれば、待ち受けるのはウルトラマンの死。

恐るべき現実を突き付けられた新次郎が下した決断は早かった。

 

「聞いての通りです、皆さん! ウルトラマンタロウを援護して下さい!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

力強い返事を合図に、5つの星が再度ダイオリウスに挑みかかった。

やはり前足の攻撃は厄介だが、タロウ、そしてハワードが触覚を破壊していた分接近は驚くほど容易だ。

 

「今です! 目標、怪獣頭部! 一斉攻撃です!!」

 

全方位からダイオリウスの頭部目掛けて、次々とミサイルが連射された。

およそ10発弱の爆撃を一転に食らい、さしものダイオリウスも苦しみだす。

その一瞬、タロウを踏みつける足の力が弱まった。

 

「ムンッ!!」

 

「ギギィッ!?」

 

その一瞬を見逃さず、タロウは懇親の力で大昆虫の足を押し返した。

ダイオリウスはそのままバランスを崩し、後ろへ大きく仰け反る。

刹那、タロウは再び反撃に出た。

 

「デヤァッ!!」

 

力強く地面を蹴って飛び上がり再度怪獣の顔面に張り付く。

 

「ギィーーーッ!!」

 

すかさず閃光がタロウを襲う。

が、二度も同じ手を食らうタロウではなかった。

 

「ハッ!!」

 

閃光が視界を奪うその一瞬。

タロウはダイオリウスの顔面を蹴って宙返りする。

その瞬間、閃光の正体が顔を見せた。

 

「な、何だ!? 腹から何か出てる!」

 

それに気づいたのは星組も同様だった。

タロウに深手を負わせた閃光の正体。

それは、腹部の外骨格から現れた白色の発行体だった。

ダイオリウスは電気を発生させる発行体を腹部に備えており、足や光線を掻い潜ってきた敵に対して、普段は外骨格で守っているそれをスパークさせ、敵を迎撃していたのである。

 

「そうか………、よしっ!!」

 

閃光の正体を目の当たりにした新次郎が、何かを閃き操縦桿を握りなおした。

そして、霊力を集中して発行体へ殺到する。

 

「狼虎滅却………、雲雷疾飛!!」

 

「ギギィーーーッ!!」

 

霊力を具現化させた刃の翼が、唸りを上げて発行体を切りつけた。

刹那、ダイオリウスは凄まじい悲鳴を上げて激しく苦しみだす。

普段外骨格で覆い、露出しない発行体。

それは逆に考えれば、外骨格で守る必要があると言える。

つまり発行体は強力な武器であると同時に、外骨格のない顔面以上の弱点でもあったのである。

 

「デヤァッ!!」

 

その激痛に悶えるダイオリウスの顔面に、急角度からスワローキックが炸裂した。

完全に不意を突かれた一撃に、巨大昆虫の体は仰向けに地面に倒れる。

 

「ムンッ!!」

 

タロウは起き上がる隙を与えずダイオリウスを高々と持ち上げ、遥か上空へ投げ飛ばす。

そして両手を頭上で重ね、膨大なエネルギーを集中させた。

 

「ストリウム光線!!」

 

T字に組んだ腕から発射された七色の眩い光線が、空中の発行体を寸分違わず打ち抜いた。

 

「ギギィーーーッ!!」

 

セントラルパーク全体を振るわせるかのような断末魔の直後、それすらもかき消す大爆発が曇天を突き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セントラルパークを舞台に繰り広げられた悪夢は、ダイオリウスの消滅を以てようやくその幕を下ろした。

 

「………終わりましたね。」

 

本来の静けさを取り戻した広大な自然の中心で、ダイアナは呟いた。

鳥と人間の衝突に始まる激しい争いは、このセントラルパークにも大きな爪痕を残した。

だが、今自分の目の前に広がる世界は、かつて予見したものとは全くの別物だった。

数多の悪に踏み荒らされ、半分近くの緑が失われた。

幾つもの戦火に見舞われ、大切な命も失った。

だがしかし、目の前には確かに自分の愛した命があった。

こんな激しい戦いの中でさえ逞しく生き残った、名もなき草花。

それをこうして守り抜けた事が、ダイアナ自身今でも信じられなかった。

 

「私は今まで、目の前の全てを運命と受け入れ続けて来ました。周囲の命と自分の命の同じように蔑み、目を背けて来ました。」

 

そんな命達に懺悔するように、ダイアナは目を閉じ、胸に手を当てる。

残り一年とまで言われた命。

だがその鼓動は、確かに今息づいている。

その鼓動がある限り、生きる事を諦めてはいけない。

何故なら、それが生きるという事だから。

 

「ありがとう、シーラ………。あなたの愛したこのセントラルパークは、確かに救われた………。運命は、変わったのよ………。」

 

空を見上げ、天上へ昇った光の巨鳥へ語りかける。

傷ついた身体で戦い続け、自分とこの町を救った小さな英雄。

その功績が生きた証というならば、死ぬまでそれを覚えていよう。

それが、シーラへの恩返しだから。

 

「そして、皆さんのおかげで、私は自分の運命を変える事が出来た。………皆さん、ありがとうございます。」

 

ダイアナはふと、後ろに並ぶ星組に振り返り、同様に礼を述べた。

救いようのない程にやさぐれ、生きる事を拒み続けた自分を、彼らは変えてくれた。

ダイアナにとって星組もまた、シーラと同じくらいの恩人だった。

 

「ダイアナさん………、人の生きる道は、その人自身で決められるんです。運命なんて、ないんですよ。」

 

「当然の事をしたまでさ。………アタシらはもう、仲間だからね。」

 

「昴は思う。君のその輝きがある限り、この自然が消える事はないだろうと………。」

 

「リカ、ダイアナ大好き!! これからもよろしくな!!」

 

「そういうお堅い言葉はむずかゆくて苦手なんだがな。まあ、ありがたく受け取るぜ。」

 

そんなダイアナに、星組もまた笑顔を返す。

たとえ傷ついても、苦しめられても、生きる事を諦めてはいけない。

何故ならその先に、新たな未来があるのだから。

 

「それじゃ、いつものやってシメようか。ダイアナ、頼んだよ。」

 

「は、はい………!それでは………。」

 

サジータに指命され、やや緊張しつつ星組の真ん中に入るダイアナ。

そして、やや赤い顔で音頭をとった。

 

「し、勝利のポーズ………。」

 

「「決めっ!!」」

 

紐育の中心に生きる無数の命を守った紐育華撃団。

そんな彼らに喝采を上げるように、周囲にはたくさんの鳥の囀りが響き合い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ダイオリウスもやられたか。」

 

セントラルパークにおける一部始終を見届け、空蝉は事もなげに呟いた。

目につく生き物を見境なしに食い荒らす、狂暴な肉食性の宇宙大昆虫。

それがこうもあっさりガイガレードの二の舞になる事は、流石に予想外と言えた。

 

「光の巨人………。いつかこの手で………。」

 

ダイオリウスを打ち破った真紅の巨人を思い起こし、空蝉は悔しげに吐き捨て、人知れずその場を去ろうとする。

その時、蹄の音に合わせて強烈な殺気が浴びせられた。

 

「………小娘か。」

 

振り返った先にいた殺気の主。

それは、地上で無数の悪念機を断ち切って見せた仮面の少女だった。

仮面越しにこちらを射抜く視線は、明らかに殺意に満ちている。

 

「貴様………、師匠の仇か?」

 

「………違う、と答えれば素直に帰してくれるか?」

 

抜き身刀のような殺気に、些か挑発を以て返す。

すると、目の前の殺気が俄かに強まった。

 

「ほざけ………、貴様もまた妖………。おめおめと逃がすと思うか!?」

 

言うや、仮面の剣士は手綱を引き、空蝉目掛けて猛スピードで切りかかった。

空蝉もまた、背中の太刀を抜いて構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬後、乾いた音と共に二つの影が交差した。

 

<続く>




《次回予告》

与えられた指令を完全にこなす。

不要な詮索は一切しない。

それが、欧州での僕の戦い方だった。

それを曲げるつもりはない。

僕は、僕以外にあり得ないのだから………。

次回、サクラ大戦5。

《Revolution》

僕は僕であり続ける。

摩天楼に、バキューン!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。