摩天楼の星   作:サマエル

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Revolution~欧州より愛を込めて~

それは、一言で言えば『異質』と言える存在だった。

ニューヨーク。

開発されたばかりの蒸気をふんだんに使い、進化を遂げた町。

未だ衰えぬ勢いで都市開発を進めながら、その中心に広大な自然を残す町。

都市と自然、機械と生命、更には人種すら分け隔てなく取り込み、まるで一つの巨大な生命体のような町。

まだ見ぬ明日を目指して、アメリカン・ドリームを掲げ常に進化を続ける町。

それが、ニューヨーク。

 

「………この町は明るすぎる。星すらも見えない。」

 

その全てを象徴するかのようにそびえ立つ鉄骨の上に、昴はいた。

そしてその後ろに、大河新次郎の姿があった。

昴を一点に見据えるその手には、抜き放たれた刀が握られている。

 

「大河、あの星が見えるかい?」

 

「星?」

 

ふと、昴が愛用の鉄扇を空に掲げた。

その先に、一つの星が見える。

太陽が沈んで尚明るいニューヨークすら照らす、それは北極星。

古来より人々の指針となり、道しるべとなった星、『Polar Star』と呼ばれる星だ。

 

「北極星………。万物を取り込んで進化を続けるこの町すら、あの星を指針にしている。」

 

「………。」

 

「そして中国では、道しるべでありながら死を司る星と言われている。………決闘にはこれ程相応しいものはないだろう?」

 

決闘。

昴の口から出た物騒な言葉に、まだ残暑の厳しい空気が俄かに冷たく、張り詰めたものに変わる。

それを全身で感じながら、新次郎は太刀を構えた。

幾度目かの風がその間を吹き抜け、突き刺さるような沈黙が続く事僅かに数秒。

先に動いたのは、新次郎だった。

 

「うおおおお………!!」

 

猛り狂う虎の如く、一直線に昴に殺到する。

昴もまた微動だにしないまま、鉄扇を広げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北極星の見下ろす鉄骨の上、乾いた金属音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大河新次郎と九条昴。

共に紐育華撃団に身をおく二人が、何故刃を交える事になったのか。

その経緯を説明するには、一週間前まで遡る必要がある。

その日、次なる演目『ビバ、ハーレム』の初日を8日後に控えた星組は、最後の追い込みにかかっていた。

何せ舞台の始まりから終わりまでタップダンスが続くアクティブな芝居だ。

見ている分には軽快で楽しいタップも、踊る側からすれば耐えずリズムを崩さず足をつかなければならない重労働である。

その練習に、昴は自分は完璧だから必要ないと言い出したのだ。

それだけならまだ納得も出来るだろう。

だがその後が不味かった。

昴は自分は完璧と豪語した上で、リカリッタのダンスを頭から否定し、更には新次郎にもプロでもないくせに口を出すなと言い出したのだ。

これにリカリッタが号泣し、サジータがキレたからたまったものではない。

ダイアナも新次郎もオロオロと混乱し、ラチェットの雷が落ちるまで舞台はサジータの怒号とリカリッタの泣き声に包まれる事になった。

昴は謝る事もせず、星組の溝は依然として埋められてはいない。

 

「………で、結局負けた訳か。」

 

「ええ………、仕方ないわ。昴は、戦うなら誰にも容赦しない性格だし。」

 

やはりといった様子でウイスキーを煽るハワードに続き、ラチェットもリキュールを流し込んだ。

閉館し、人のいなくなったシアターの屋上。

二人はシアターが閉館した後で、こうして二人だけで過ごす事がよくあった。

きらびやかな夜景を眺めつつ、手元の酒を楽しむ。

その普段はあまり感じられないアダルチックな雰囲気も手伝って、心が許しあえる者同士の会話はよく弾んでいた。

今夜の話題は言わずもがな、新次郎と昴の決闘である。

 

「流石にあいつには荷が重すぎたろうな。大体けしかけたのはサジータだろ?」

 

「そうね………、でも仕方ないわよ。この一週間、サジータ達も完全に手玉に取られてたもの。」

 

決闘が決まるまでの一週間。

昴の言動に腹をたてたサジータは、リカリッタを誘って昴への仕返しを企てた。

仮にも法と秩序を守る弁護士がそんな事でいいのかとツッコミたくなるが、本人は大して気にしていないようなので、指摘した所で無駄だろう。

それから今日にかけて、サジータとリカリッタはありとあらゆる手段で星組一の天才に挑んだ。

それも弱点を掴もうとストーキングしたり、そこら中に罠を仕掛けたりとアンフェア極まりないやり方で。

仮にも紐育の平和を守る星組の隊員がそんな事でいいのかとツッコミたくなる所だ。

最もサジータはすぐさま警察に通報されてあわや逮捕の危機に見舞われ、リカリッタも逆に罠に嵌まるという形で、どちらも全て自爆に終わっている。

そのため昨日、最終兵器として新次郎に白羽の矢が立ってしまったのだ。

更には決闘に負ければ新次郎が代わりに舞台に立つと勝手に条件をつけられる始末。

新次郎にとっては滅茶苦茶迷惑なだけの決闘である。

そして新次郎はハワードの予想通り決闘に敗北。

おかげで本当に舞台に立たされる事になり、今も下の舞台で稽古に励んでいるのだ。

苦労人な新次郎に、流石にハワードも同情せざるを得ない。

 

「本当に不思議よね。大河君が何か行動を起こす度に、私達は強い影響を受ける。」

 

「ああ。端から見りゃ、理想しか見ていないバカにしか見えねぇってのに。気がつきゃ俺達がその背中を押している。」

 

大河新次郎。

初めてその姿を見た時に二人が抱いた印象は、一言で言えば『頼りない』ものだった。

顔立ちも言動も幼く、自分達と違って社会の裏を知らない純粋な青年。

口から出る言葉は理想で、具体的にどうするのかと言われると、途端に押し黙ってしまう。

その姿に、自分達はついつい助け舟を出してしまうのだ。

それこそラチェットが指摘した、完全な隊長の器である大神一郎には存在しない、大河新次郎にあるサムシングエルスだった。

 

「………何笑ってんだ?」

 

不意にこちらを見て笑みをこぼすラチェットに、ハワードが鋭い目を細める。

すると、ラチェットはおどけた様子で答えた。

 

「別に。ただ昔の貴方を思い出しただけよ。」

 

「………昔話はよせ。いい思い出なんてねぇだろ?」

 

ウイスキーを一気に飲み干し、煙草に火を点ける。

和気あいあいとしていた空気が、僅かに暗く感じられた。

 

「そうね。………でもハワード。」

 

視線をリキュールに戻し、ラチェットは続けた。

 

「それでも私は期待しているの。大河君なら、私達に出来ない事を成し遂げられるって。」

 

「………。」

 

「だから貴方も、彼を受け入れたんでしょ? 昔の自分と重なって見えたから。」

 

その言葉に、ハワードは思わず煙草を吹き出した。

明らかに予想外の事実を突きつけられた時の反応である。

 

「お、お前エスパーか?」

 

「あらお言葉ね? 何年一緒に過ごして来たと思ってるの?」

 

完全に勝ち誇った様子で余裕の笑みを浮かべるラチェット。

その昔と変わらない様子に、ハワードは何とも面白くないという表情で次の煙草を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1、2、3、4、1、2、3、4………。」

 

手拍子のリズムに合わせ、ぎこちない動作でタップを踏む。

既に練習時間は6時間。

激しい動きに身体中からは汗が湧き出て、もうダウン寸前だ。

リカリッタもさぞや練習したのだろうと、リズムが狂わないよう必死に意識を集中させながら新次郎は思った。

 

「………よし、大分様になってきたね。」

 

手拍子の手を止め、サジータが評価を下した。

この日、シアターが休演という事で、新次郎は仲間に入れ替わり立ち替わり指導してもらい、壮絶な一夜漬けならぬ一日漬けに励んでいた。

何せ約束通り、本当に昴の代役で舞台に立たなければならないのだ。

ただでさえ演技に関して素人な人間が、一つの役を一日で演じきるにはとてつもない練習が必要である。

現時点で合格点にはまだまだ程遠いが、最初に比べたら別人のように滑らかな動きになった。

最も、こんな調子では本番までとても間に合いそうにないが。

 

「頑張ったな、新次郎。リカもびっくりだぞ。」

 

「あまり根詰めないで下さいね。本番で体力が保たなければ、本末転倒ですから。」

 

袖から様子を見ていたリカリッタやダイアナも、文字通り必死の新次郎に労いの言葉をかける。

新次郎は顎を伝う汗を拭い、元気な顔を見せた。

 

「いえ、まだまだこれからです。やるからには、少しでも良い舞台にしないと。」

 

本来なら今回の一件について、新次郎は一番の被害者と言って良い。

何も落ち度がないにも関わらずいがみ合いに巻き込まれ、その一番の苦労を負っているのだから。

にも関わらず、新次郎は決してそれを悲観したり、サジータ達を責める事はしなかった。

武士に二言はない。

新次郎の祖国、日本の何とも不器用な座右の銘だ。

負けたら舞台に立つと約束した以上、新次郎はそれを曲げる事はしなかった。

それこそが自分の思い描くサムライだと、信じているからだ。

 

「もう一度最初から通します。手拍子、お願い出来ますか?」

 

「そう来なきゃね。行くよ!」

 

筋肉痛に軋む身体に鞭を入れ、両足がタップを踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台から離れた客席。

その一番後ろに、昴はいた。

 

「………。」

 

時折鉄扇を開いたり閉じたりを繰り返し、何をする訳でもなく舞台を眺める。

いや、そもそも何故この場所へ来たのか、昴も分からなかった。

 

「………。」

 

舞台ではぎこちないタップを踏むピエロと、その周りに立つ仲間達。

別に気になった訳でもないし、指導するつもりも横槍を入れるつもりもない。

なのに何故か、気づけば自分はこうして舞台に足を運び、練習風景を目に焼き付けていた。

以前の自分なら、こんな事はあり得なかったのに。

 

「大河新次郎………。」

 

恐らくはその原因であろうピエロの名前を、誰にも聞こえないように呟く。

大神一郎の代理として紐育華撃団に訪れた、隊長見習いの青年。

幼い見てくれに相応しく、半人前で頼りない青年。

『でっかい男になる』などという、漠然としていて馬鹿げた夢を、それこそ馬鹿のように追い続ける青年。

そして、周囲の人間すら巻き込み、変えてしまう不思議な魔力を持った青年。

その姿は、無意識の内にかつての戦友をダブらせた。

 

「彼が現れ、星組は変わった………。そして僕さえも………。」

 

思い出のピエロは、ただ不完全なだけの欠陥品に終わった。

自分を含めた誰もが彼を見捨て、無いものとして扱った。

それが当然と昴は思っていた。

何故なら自分は既に完成された存在。

これ以上変わり続ける必要などなく、変わる事が即ち劣化を意味する存在と認識していたから。

だが目の前にいるピエロは違う。

彼の透明な程透き通った純粋な心は、周囲の人間を別人のように変えた。

そして計らずも自分すら変わり始めている事を、昴は自覚していた。

 

「………。」

 

だからこそ、面白くなかった。

計算出来ない、自分にとってイレギュラーな存在。

決して自分の思った通りの反応をしない存在。

それは嬉しくもあり、喜ばしくもなかった。

 

「何故、僕は変わろうとしている………?変わる必要などないと、分かっているはずなのに………。」

 

天才と呼ばれた頭脳を以てしても解答の出せない問いに、昴は虚しくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢殿め………。あれだけ大見得切っといてこのザマは何だ………!?」

 

紐育を包む夜の闇の中、妖怪は悔しげに吐き捨てた。

本来ならば毒素に覆われ、今頃は死の町と化していた紐育。

しかし高層ビルから見下ろす町は、そんな未来など嘘のように今も発展を続けている。

それは妖怪にとって、非常によろしくない状況だった。

 

「空蝉の奴もあれから連絡がつかないし、どいつもこいつも役たたずめ………!!」

 

「フッ、ならば私が救いの手でも差しのべてやろうか?」

 

背後から妖怪に応える声が帰って来たのは、その時だった。

顔見知りなのか、妖怪も大した警戒なく振り返る。

 

「遅かったね、東日流火。ちゃんと準備出来たのかい?」

 

「無論だ。高名に目の眩む馬鹿と違って、私は確実な計算の下に結果を出す。」

 

東日流火と呼ばれた人物が、余裕の笑みを浮かべて顔を出した。

これまでの者達と同様に和を思わせる衣装を纏い、目を布のような物で覆い隠している。

そしてその周囲を、人魂のような炎が取り巻くように浮かんでいた。

 

「まあ、僕達の中で一番頭が良いのはお前だしね。いい加減僕を失望させないでくれよ?」

 

「任せておけ。この東日流火の華麗なる作戦に、腰を抜かすが良い。」

 

やや高圧的な態度の妖怪に不敵な笑みを返す東日流火。

周囲の人魂に青白く彩られたその顔は、妖艶であり憎悪に満ちていた。

 

「底知れぬ欲望に満ちた町、紐育。我が炎で、紅に染めてくれよう………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランス、巴里。

帝国華撃団に続く二番目の霊的組織、巴里華撃団が本部を置く町。

その本部である『テアトル・シャノワール』にて、オーナーにして総司令のグラン・マはある人物と通信を行っていた。

その人物の名は加山雄一。

諜報部隊『月組』の隊長として、現在紐育を住み込みで手助けしている人物だ。

 

「………恐らく、明日には紐育に到着すると思われます。」

 

「そうかい、ご苦労さん。」

 

通信先の報告に頷き、労いの言葉をかける。

すると、加山は挨拶もそこそこに通信を切った。

どうやら向こうでも色々と忙しいらしい。

 

「オーナー、迫水支部長より連絡がありました。予定通り明日の内に紐育に到着すると思われんます。」

 

「よし………、ここまでは予定通りだね。」

 

メルからの報告に満足げに、しかし厳しい視線を残して相槌を打つグラン・マ。

すると、その理由を察したシーが口を開いた。

 

「オーナー、ホントに良かったんですかぁ? 班長もずっと反対したままだったのにぃ………。」

 

「構やしないさ。何たって、向こうのトップ直々の依頼だからね。」

 

「ムッシュ・サニーサイドからですか?」

 

不安げな様子のシーにドライな口調で答えると、今度はメルが反応した。

マイケル=サニーサイド。

言わずと知れた、紐育華撃団星組の総司令。

その飄々とした態度からは想像もつかないような深い洞察力と鋭い勘で、確実に物事を進めるパーフェクトで且つ食えない人物。

かつて巴里におけるガタノゾーアとの最終決戦においても、いち早く情報を察知して援護に駆けつけ、更にティガが敗北したと知るや当時の星組一のエースパイロットであろうハワード=アンバースンを救援に向かわせるなど、少なからぬ功績を残している事は記憶に新しい。

今回の仕事は、他ならぬ恩人からの依頼だった。

 

「きっと何か考えがあるんだろ。ムッシュなんかは嫌うタイプだけどね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、壁にかけた時計に目をやる。

現在午後6時半。

そろそろ出発しないと、開演時間に間に合わないだろう。

 

「………。」

 

そこまで考え、昴はふと気づいた。

自分は無意識の内に、あの舞台を見に行こうとしていると。

 

「何故だ………?」

 

思わず声に出し、昴は心底不思議な表情を浮かべた。

高々一日付漬けのど素人を本当に舞台に立たせるなど、正気の沙汰とは思えない。

観客の失望、さらに言えばシアターの経営悪化にも繋がりかねないのだ。

そんな究極の時間の無駄としか言いようのない舞台の開演時間を、何故自分はこうも気にしているというのだろうか。

 

「馬鹿馬鹿しい………。」

 

実際に口に出して、頭の中から消し去ろうとする。

冗談ではない。

舞台を降りた自分にとって、もうあんな猿芝居などに興味もクソもないはずだ。

なのに、心の何処かがそれを否定していた。

誰かに命令された事による義務感でもなければ、仲間の姿を見届けるべきという仲間意識でもない。

ただ純粋に、あの舞台を自分は見ようとしているのだ。

芝居の完成度やタップダンスの出来栄え。

それを見た観客達の反応。

見らずとも、結果は見えているというのに。

 

「やはり、僕も大河に影響されつつあるという事か。」

 

それは即ち、サジータ達のように自分自身もまた変わろうとしているという事だった。

既に完成された存在である事を自他共に認められた自分が。

この現状は、昴の中にあるアイデンティティーを粉砕するのには十分な威力があった。

自分が変わる。

それは即ち、自分が劣化したか、それまでの自分が不完全であった事を意味していた。

そう認識して一瞬笑う昴だが、次の瞬間には厳しい表情を戻して机に視線を戻した。

 

『プリンセス・サミット』。

 

煌びやかな装飾惜しげもなく着飾った封筒には、そう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、リトルリップシアターは久しぶりの超満員となった。

何せ今夜は新舞台『ビバ! ハーレム!』の公演初日だ。

これ位の大盛況でなければ、経営側としてはむしろ困る。

だが、今回の大盛況にはもう一つ理由があった。

それは………、

 

「キャーーーッ! 何あの娘、可愛いーーーっ!!」

 

一度舞台に顔を出した途端、客席から次々と黄色い歓声が飛び出した。

本来ならば昴の役として登場するはずだった女の子。

サジータやリカリッタと比べるとダンスはややぎこちないが、あどけない幼さと『新人』という肩書きのおかげで観客には好印象を与えている。

一体あの子は誰なのか。

初々しいダンスを微笑ましげに観つつ、観客の誰もが共通の疑問を抱く。

読者諸君はもうお気づきであろう。

この女の子こそ、我らが紐育華撃団星組見習い隊長、大河新次郎その人である。

本人は女装など日本男児の名折れと激しく抵抗したのだが、プラムやサジータ、更にはジェミニにまで押さえつけられ、泣く泣く『プチミント』という偽名で舞台に立つ事になったのだ。

だが新次郎の背丈がやや低い事や、何より中性的な顔立ちのおかげからか、本人の予想に反してプチミントは大好評を受けた。

因みに余談であるが、この新人を見た白いスーツの男が「どうか彼女に会わせてくれ!! 俺は月組隊長かや………!!」と騒ぎだし、金髪のスタッフの金槌を食らって廃棄されたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

鳴り止まない拍手。

止まらない歓声。

そして、この場にいる自分。

その全てが、理解できなかった。

 

「(何故だ………?)」

 

舞台の出来は、予想をそのまま映したかのようだった。

やはりプチミント、新次郎のダンスが目を覆いたくなる程酷い。

そもそもタップダンスのリズムを体に覚えさせるには相当な時間がかかる。

ただでさえダンスとは無縁だった新次郎が丸一日やりこんだ所で、それはにわか仕込みに過ぎない。

アメリカは結果が全ての国だ。

新人だから、ダンスは初めてだったから。

そんな子供じみた言い訳など通用しない。

本当ならカーテンコールの前から、観客席からはブーイングの嵐が飛んでいたはずである。

だが、それだけが予想と違った。

新次郎の演技を含め、今回の芝居はどう考えても褒められたものではない。

長い間舞台に慣れ親しんできたニューヨーカー達も、それは見抜いているはずだ。

なのに、何故彼らは拍手を送っているのだろう。

金まで払ってとんだ猿芝居を見せられた彼らは、むしろ被害者だというのに。

 

「………これは、九条殿ですかな?」

 

そんな考えに浸っていた昴の意識が現実に引き戻されたのは、その時だった。

振り向くと、そこには見知った顔があった。

 

「これは、アレックス社長。京都の舞踊以来ですね。」

 

フレンドリーな言葉を返すと、アレックス社長と呼ばれた老人は皺の寄った顔を綻ばせた。

白髪でありながらまったく剥げていない髪と立派な口髭。

高級感の漂う腕時計やネクタイピン等のブランド物。

その身なりは、一目で現代社会の貴族ともいうべき地位にいる事が容易に推測できる。

事実この老人『エーモンド=アレックス』は、アメリカにおける一大企業『アレックス=カンパニー』の取締役である。

対する昴は、星組も大して知らないが、京都では有名な公家の出身だ。

日本の歌舞伎や舞踊を見るのが好きという何処かのおちゃらけた支配人と似たような趣味を持つアレックスは、昔京都で舞踊を披露していた昴に興味を持ち、昴もまたアメリカの一大企業の社長という事で、互いに覚えていたという訳だ。

 

「あれから何度か京都に足を運んだのですが、まさかこちらにおられたとは………。これも何かの縁かも知れませんな。」

 

「全くです。社長もお変わりないようで、安心しました。」

 

表情は変えず、最低限の労いを口にする。

すると、そこへ一人の女の子が駆け込んできた。

 

「おじいちゃ~ん!!」

 

それはリカリッタより幼い、まだ7歳程度の女の子だった。

肩まで伸びたややクセのある金髪を揺らし、アレックスの元へ一直線に駆け込んでくる。

おじいちゃんと呼んでいる所から、十中八九アレックスの孫だろう。

 

「これサラ、走り回るとまた発作が起こるぞ。」

 

「へ~きだもん!お姉ちゃんが帰ってきたら、もっと一杯遊ぶんだもん!!」

 

「それでも少し我慢しなさい。劇場の人に迷惑だ。」

 

おじいちゃんらしく注意するアレックスだが、サラと呼ばれた女の子はそんな事お構いなしにはしゃいでいる。

如何にも年相応な子供の様子に、昴は優しい眼差しを向ける。

そんな昴に、アレックスは小声で告げた。

 

「申し訳ない。サラは先月ようやく持病が完治しましてな。明日フランスから帰る息子一家が待ちきれないのですよ。」

 

「いえ、今は帰り時でざわついてますし、お構いなく。」

 

何やら訳ありらしいサラの境遇もあり、アレックスに苦笑いを返す昴。

だが二人を見送るその表情は、何処か陰りがあった事を、昴は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………、緊張したなぁ………。」

 

挨拶が終わって楽屋に戻るや、プチミントこと新次郎はソファーに腰かけてどっと脱力した。

何せ今まで19年生きてきて初めての大舞台だ。

そこでたった一日で詰め込んだにわか仕込みのダンスを披露するのだ。

緊張しない訳がない。

 

「坊や、よく頑張ったじゃないか! 久々にすごいアンコールだったよ!!」

 

「リカもビックリだぞ、新次郎! タップダンス上手だった。」

 

「リトルリップシアターに、新しいスターの誕生ですね。」

 

「いやぁそんな………、褒めても何も出ませんよ?」

 

サジータ達からも大絶賛を受け、すっかり舞い上がった様子の新次郎。

開演前まで必死に女装を嫌がっていた日本男児かと疑いたくなる光景だ。

 

「………昴さんは、やっぱり来てないんですね。」

 

ふと思い出したように、新次郎は楽屋を見渡した。

舞台で演じていた時、一瞬だけ見えた昴。

その時の自分の目が錯覚でないならと期待していたのだが、やはり昴の姿はない。

 

「別にいいじゃねえか。ほっとけよ、あんな奴。」

 

「リカも。昴が誤るまでは許してやんない!」

 

昴の名前が出るや、表情をしかめるサジータとリカリッタ。

やはり一週間たっても、あの一件を許す気にはなれないらしい。

 

「あの………、よろしければこれから一緒に晩御飯なんでいかがですか?大河さんの初舞台記念という事で。」

 

「お、いいね。ご馳走になるとするか。」

 

何とか話題を変えようとするダイアナの話に笑顔に戻って乗っかるサジータ。

以前の法律に凝り固まっていた頃の彼女とは、いい意味で別人のようだ。

が、この直後、楽屋の微笑ましい空気は完全に凍りつく事となる。

 

「リカも行く!! さすがダイアナ、太っ腹だな!!」

 

「………。」

 

「………。」

 

「………。」

 

その瞬間、楽屋の気温が一気に5℃下がる。

その後何が起こったのかは分からないが、彼らが向かった先のレストランの店長はこう証言を残している。

 

「そうだなぁ………。男と黒人の二人は何か疲れた様子で、スカーフ巻いた女の子が男にしがみついて震えてたな。あと、金髪の御嬢さんだけは何か清々しいって顔してたな。何があったんだろうね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜1時。

ニューヨーク、リバティ島より70キロメートル南のアッパ-湾海上。

内陸部の海岸でありながら豆粒程の大きさしか陸地が見えないそこに、一隻の大きな船があった。

豪華客船『プリンセス・マンハッタンⅡ』。

普段は通常の客船と変わりないが、毎年開催される祭典『プリンセス・サミット』の会場としても使用されている。

その巨大とも言うべき豪華客船に、一隻の船が近づいてきた。

アメリカからの祭典用の物資を届けに来た貨物船である。

 

「急げ。」

 

甲板で構えていた船員達のリーダーと思しい男が、小さな声で合図を送る。

貨物船が接続されるや、作業服を着た一団は一斉に行動を開始した。

周りに見られては困るのか、黒いカバーで隠した大きな何かを運びだし、同時に木箱に包んだ何かを客船内に運び込む。

 

「規定数200箱、完了しました。」

 

「よし、それでは直ちに貨物船に移動せよ。」

 

部下と思しい男の報告に頷き、リーダーが指示を出す。

音を立てないように素早く貨物船に乗り込む作業員達。

だがその内の一人が、リーダーと思しい男の前に立った。

 

「中佐、宜しければ監視のために残っても宜しいでしょうか?」

 

「ふむ………、帰還は出来るだろうな?」

 

「ホワイトホール港で荷物に紛れて合流します。ご安心を。」

 

念を押すように答える部下。

中佐と呼ばれた事から、リーダーと思しい男は何らかの軍隊組織に所属していると考えられる。

だとすれば、この暗闇の中でもテキパキと行動出来る一団にも納得できる。

 

「………許可する。合流次第報告せよ。」

 

「了解。」

 

言うや船内に入る部下を見届け、リーダーは貨物船に戻る。

徐々に客船から離れてゆく貨物船。

その様子を物陰から確認しつつ、静かにつぶやく。

 

「昴は言った。軽いものだと。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………昴さんがいない?」

 

フロントから返ってきた答えに、新次郎は眉を寄せた。

ミッドタウンの五番街に位置する高級マンション。

サニーサイドの情報が確かなら、そこに昴の部屋があった。

が、肝心の昴がいないというのだ。

折角部屋を訪れた所で、本人がいなくては本末転倒である。

 

「それでは九条様が戻られた時のためにお名前を控えて置きましょう。」

 

困り顔の新次郎に、フロントの男性は気を利かせて紙を差し出す。

残念だがいない以上は仕方がない。

名前を記入してマンションを後にしようとする新次郎だったが、その名前にフロントが反応した。

 

「大河新次郎………。もしや、リトルリップシアターの方ですか?」

 

「え?あ、はい。そうですが………。」

 

先程までの穏やかな表情を一変させるフロントに驚きつつ、肯定する新次郎。

すると、フロントは机から一通の封筒を取り出した。

煌びやかな装飾が施された豪華な前面には、流暢な文字が書かれている。

 

「プリンセス・サミット………?」

 

「9日前の早朝、九条様がお受け取りになった物です。もし本日、リトルリップシアターの大河新次郎という方がお見えになられた際に渡すよう言われたものです。お持ち下さい。」

 

フロントに言われ、高級感漂う封筒の中身を広げる。

刹那、新次郎の表情は驚愕のあまり固まった。

何故ならその内容は………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豪華客船『プリンセス・マンハッタンⅡ』。

その船内に用意されたパーティー会場は、華やかな談笑の声に包まれていた。

そこに集まるのはヨーロッパ各界の著名人ばかり。

プリンセスなどと銘打ってはいるが、実際に見ると男性も少なからずいる。

最もプリンセス・サミットというのも、女性を対称にした単なる社交パーティーに過ぎない。

最近は男性も気兼ねなく参加出来るように制限を緩めたのかも知れない。

それならばわざわざドレスを用意する必要もなかったと、昴は今更ながら後悔した。

 

「すみませ~ん………。」

 

後ろから声がかかったのは、その時だった。

振り向くと、社交パーティーではあまり見ない小さな女の子が、こちらを見上げていた。

 

「ウサギ見ませんでした?ちょうど両手位の子ウサギなんですけど………。」

 

「さあ、僕は見ていないが………。」

 

そう答えつつ、昴は少女をよく見た。

赤いリボンが特徴的なカチューシャを付けた、まだ10歳もないような金髪の幼い少女。

その顔には、見覚えがあった。

確か………、

 

「カレン、まだ見つからないの?」

 

「あ、お母さん。」

 

そんな事を考えていた時、少女の母親と思われる女性が少女に声をかけて来た。

 

「全く、だからアクセサリーにしなさいって言ったろう?すみません、お騒がせして………。」

 

「だってウサギさんの方が可愛かったんだもん!サラだってウサギの方がいいもん!」

 

続いて現れた父親らしい男性に、カレンと呼ばれた少女が頬を膨らませる。

その少女が口にした名前に、昴はピンと閃いた。

 

「サラ………?もしや、サラ=アレックスの事かい?」

 

「うん。お姉さん、サラの事知ってるの?」

 

サラのフルネームを口にした昴に両親が驚く中、カレンは呑気に頷いた。

それに続き、父親が昴に尋ねた。

 

「何故娘の名前を?貴女は一体………?」

 

「申し遅れました。九条昴と申します。初めまして、ケビン=アレックス。」

 

父親の反応を楽しむように、昴が名乗る。

すると、戸惑う父親の横で母親が手を合わせた。

 

「まあ、もしかしてお義父様のおっしゃっていた九条様?京都の公家の方とお聞きしておりますわ。」

 

「如何にも。存じ上げていただき光栄です、マリー=アレックス。」

 

「成る程、父に聞いた事はありましたが、まさかこんな所にいらっしゃるとは………。」

 

妻の言葉でようやく昴の素性を理解したらしく、父親もにこやかな笑みを浮かべる。

その表情はどことなし、アレックス氏に似ていた。

 

「サラには、お会いになられたのですか?」

 

「ええ、元気そうでしたよ。昨晩もシアターの舞台を楽しんでいましたから。」

 

「そうですか………。」

 

やはり置いてきた娘が心配だったのか、昴の言葉にケビンは安堵の表情を見せる。

と、カレンが叫んだ。

 

「あ、見つけた!!」

 

「こら、カレン!」

 

ケビンが止めるのも聞かず、扉から甲板へ飛び出していくカレン。

すると、横のマリーが付け加えるように口を開いた。

 

「すみません。きっとカレンも、サラが元気になって嬉しいんですね。」

 

「そんなに重い病気を?」

 

「はい。生まれつき心臓が弱くて、ずっと入院生活を続けていたんです。」

 

「そうですか。皆さんに会うのを、待ちきれない様子でしたよ?」

 

元気づけるように言葉を返す。

が、マリーの表情には陰りがさした。

 

「そう………でしょうね。私達がアメリカを発ったのは、サラが生まれてすぐでしたから………。」

 

「あの子は私達も………、カレンの顔も知らないんです。」

 

途中で言葉を詰まらせたマリーに代わり、ケビンが言う。

昴はようやく、アレックス一家の事情を知るに至った。

確かに何年か前、アレックスカンパニーがフランスに進出した事が大きく報じられていた記憶がある。

それから今まで家族の顔すら知らずに育ったのだ。

間もなく家族に会えるサラの喜びは、計り知れないだろう。

 

「………ちょっと、失礼。」

 

一言残し、昴は会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場を後にした昴が向かった場所。

そこは、この船の最下層に位置する倉庫だった。

華やかな会場とは違い、暗闇に閉ざされた空間。

そこは通路も含めて、無数の木箱で埋め尽くされていた。

いや、無限ではない。

この場所にある木箱の数を、昴は知っていた。

記憶が正しければ、200。

 

「成る程………。」

 

その内の一つを確認し、昴は何かを確信したように一人呟く。

そして、凜とした声を放った。

 

「昴は言った。………いい加減出てきたらどうだ?」

 

「………ご名答。よくここにいると分かったな。」

 

昴しかいないはずの暗闇から、昴に返事が返って来た。

刹那、暗闇の中から紫色の炎が現れ、何かを照らし出す。

それは、目を布で覆い和服を羽織った魔の存在。

手紙の差出人、東日流火であった。

 

「簡単な事だ。僕をこの船に誘い出す以上、お前は常に僕の船内の行動を把握する必要がある。ならば、お前は必ず船内に身を潜めなければならない。そしてその中で人の出入りが一番少ないのは、人払いがされた倉庫だ。」

 

昴がこの客船に来たのは、他ならぬ東日流火の挑戦を受けたから。

その前提がある以上、東日流火は昴より先に客船にいる必要がある。

何故なら自分のいない間に、昴が船内に何らかの仕掛けや脱出手段を用意する可能性があるからだ。

そして身を潜めるには、人気のない場所が鉄則。

となれば、適任なのはこの倉庫だ。

他人に無闇に見られては困る何かが、昨夜ここに運び込まれた。

つまり一般客のみならず作業員も必要最低限しか通らない事になる。

身を隠すには、これ程適当な場所はないだろう。

 

「ククク………、流石は星組一の天才。見事な名推理だ。」

 

昴の推理に満足げに笑う東日流火。

その直後、その笑みを照らしていた炎が突如として牙を向いた。

灼熱の炎が、その身を焦がさんと昴に迫る。

が、そんな直線的な攻撃が昴に通じるはずもなかった。

 

「遅いっ!!」

 

目にも止まらぬ速さで鉄扇を振るい、炎を掻き消す。

刹那、再び周囲が闇に閉ざされた。

 

「まさかこれで終わりじゃないだろうな?」

 

東日流火の存在を確かめるべく、挑発をかける昴。

すると、暗闇から笑い声が聞こえて来た。

 

「当然の事だ。折角来てもらったのだから、丁重にもてなさなければな。」

 

「戯れ言を………。だったら正々堂々と姿を見せたらどうだい?」

 

「その必要はない。何故なら、もうゲームは詰んでいるからさ!!」

 

そう宣告した瞬間だった。

昴の背後にある木箱が瞬く間に崩れ、閉じ込めてしまったのである。

 

「ハハハハハ………!! 君が此所へ来た時点で、既に私の勝ちだったという事だな。」

 

木箱の奥から聞こえる勝利宣言に、昴は悔しげに歯噛みする。

その直後、船全体を震動が揺らした。

 

「くっ………!!」

 

立っていられず、その場に手をつく。

本来の客船ではあり得ない速さだ。

 

「この速度でニューヨークに激突すればどうなるか、答えは言う間もなかろう。精々悪足掻きをするんだな!!」

 

高らかに勝ち誇り、その場を去る東日流火。

彼は知らない。

倉庫に閉じ込められた昴が、不敵に笑った事を………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『リトルリップシアターの女優にして武芸者、九条昴。

 

いや、紐育華撃団星組・九条昴隊員と呼んだ方が宜しいかな?

 

文武両道、全てにおいて天才と呼ばれた君に挑戦を申し渡したい。

 

封筒に書かれたプリンセス・サミット、有名な公家出身の君もよくご存知だろう。

 

今年はめでたくニューヨークで開催される事となった。

 

既に欧米の中心とした著名人達が豪華客船の中でこの町に向かっている。

 

私はある方法でこの客船をニューヨークの港に体当たりさせる。

 

船の中の著名人達は勿論、ニューヨークは火の海だろうな。

 

そこでだ。私とちょっとしたゲームをしようではないか。

 

ルールは簡単だ。

 

私のやる事を、君が阻止すれば良い。

 

ないとは思うが、他人にこの事を漏らすようなアンフェアはやめたまえ。

 

船内の著名人達を、見殺しにしたくなかったらの話だが。

 

サミットを楽しみにしているよ。

 

悪念将五人衆、東日流火』

 

「何て事だ………、昴さんっ!!」

 

憎々しい文面を握り締めたこの瞬間、新次郎は全てを確信した。

昴がこの一週間わざと冷たくあたっていたのは、仲違いしたからではない。

東日流火なる人物の挑発をこちらに気付かれないためのカモフラージュだったのだ。

反射的にマンションの時計を睨む。

現在時刻は午後5時半。

サミットの開催が夜だとしても、時間はそれほど多く残されていない。

 

「大変だ! 早くみんなにも知らせないと………!!」

 

文面で自らニューヨークを襲う存在と豪語する人物と、それにたった一人で立ち向かおうとしている昴を放っておく訳にはいかない。

だが緊急通信を入れようとした時、キャメラトロンが緊急通信を受信した。

 

「………、緊急通信!?」

 

マンションの外に飛び出してキャメラトロンを掴む。

発信元はシアターだった。

 

「大河君、緊急事態よ!!今すぐ作戦司令室に来てちょうだい!!」

 

「イェッサー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦司令室は、何時になく張りつめた空気に包まれていた。

無理もない。

紐育華撃団星組に、大胆にも挑戦状が送り付けられてきたからである。

 

『リトルリップシアターの皆様。

 

いや、紐育華撃団とお呼びしたほうがよろしいかな?

 

今宵、あなた方に最高の舞台をお見せしよう。

 

今夜プリンセス・サミットの開かれる豪華客船『プリンセス・マンハッタンⅡ』。

 

恐らく今頃、超スピードで紐育目掛けて突進している頃だ。

 

全長200メートルの豪華客船がベイエリアに激突したら、果たしてどうなるかな?

 

止められるものなら止めてみるがいい。

 

悪念将五人衆 東日流火』

 

「プリンセス・サミットと言えば、ヨーロッパ中の著名人が集まる一大イベントじゃないか!!」

 

「恐らく西欧中の各界主要人物を纏めて始末し、混乱を誘発するつもりね。」

 

ラチェットの推測に、隊員達の表情が僅かに強張る。

そこへ追い打ちをかけるように、サニーサイドが口を開いた。

 

「それだけじゃない。恐らくこの東日流火とやらは知っているんだ。この豪華客船に、何が積まれているのかを。」

 

「サニー、あなた何か知ってるの!?」

 

意味深なサニーサイドの発言に、今度はラチェットも含めた全員が驚く。

すると、サニーサイドはすまし顔で答えた。

 

「ああ、僕が仲介役をしたんだよ。アメリカ軍にフランスは巴里から、対魔防衛兵器を輸送してくれとね。」

 

「対魔防衛兵器って………、まさか!!」

 

「そ、『マキシマ砲』さ。」

 

ハワードの言葉を先読みし、サニーサイドは答えた。

マキシマ砲。

巴里華撃団ジャン=レオ班長の開発した、怪獣抹殺兵器である。

高濃度かつ超威力に圧縮された霊力弾の一撃は、巴里防衛の際に遺憾なくその力を発揮した。

アメリカは度重なる悪念機事件を危惧し、サニーサイド仲介の上で巴里からこの防衛兵器を譲り受けたのである。

 

「だけどマズイのはここからでね。マキシマ砲自体は昨日の内に運び出せたからいいんだ。だけどその代わりの詰め物に、目をつけられた。」

 

「代わり………ですか?」

 

「そうさ。あの船はマキシマ砲を積み込んでもバランスが取れるようにしてある。逆に言えば、10トン近くもある鉄の塊を外しちゃうと、不安定になるんだよ。」

 

「なるほど。それで軍部が代替品で重量を調節したって訳か………。」

 

「そうさ。………それがよりにもよって、10トンの火薬だったりするんだけどね。」

 

刹那、作戦司令室の空気は完全に凍りついた。

10トンの火薬が満載された船。

そんなものがニューヨークに突っ込めばどうなるか、考える間でもない。

 

「急いで船止める。リカのおうち吹っ飛んじゃう!!」

 

「くそっ、昴の奴一体何してやがるんだ!?」

 

いきり立ったようにサジータが足を鳴らす。

その時、不意に新次郎が口を開いた。

 

「その事ですが、昴さんのマンションであるものを見つけました。」

 

「あるもの?」

 

聞き返すラチェットに、新次郎は無言で例の挑戦状を手渡す。

すると、数秒もしない内に一同の表情は驚愕に変わった。

 

「どういう事だ? まさか昴の奴………!?」

 

「嘘だろ!? 昴、あの船に乗ってんのか!?」

 

「可能性は高いわ。文面から察するに、相手は半ば客船の人々を人質にとっている。乗り込むしかなかったのね。」

 

「昴さん………。」

 

ここに至り、星組の全員が昴の真意に気づいた。

昴は東日流火の要求通り、単独で客船に乗り込んだ。

それもこちらに気づかれぬよう、敢えて仲違いまでして。

そして万一自分が東日流火に敗北した時の保険として、新次郎に後を託したのだ。

不確実極まりない彼の可能性に、一縷の望みをかけて………。

 

「リカ、昴の事誤解してた………。謝らなきゃ………。」

 

「こうしちゃいられねぇ。早く船を止めないと!!」

 

居ても立ってもいられず、サジータもリカリッタも不安を口にする。

だが、最悪の報告はここからだった。

 

「止めるにせよ、先に君たちに知らせておく事がある。賢人機関の命令だ。」

 

「賢人機関?」

 

ありえない話ではなかった。

防衛組織である軍隊も、霊的組織である紐育華撃団も、都市の賢人機関の命令に従い、任務を拝命する。

特に今回の事件はマキシマ砲という巨大兵器の関わった国家とってにも重大な事件だ。

それ故賢人機関内部でも議論が纏まらず、今しがたサニーサイドに結果が報告されたばかりである。

 

「賢人機関の採択結果はこうだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アメリカ海軍はアッパー湾東のグリーン=ウッド基地にて軍を展開。 リバティ島より3キロメートルに到達した時点で、『プリンセス・マンハッタンⅡ』を爆撃、沈没させる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、誰もが言葉を失った。

無理もない。

賢人機関は、プリンセス・マンハッタンⅡの乗客を見殺しにするというのだ。

星組にとって、それは到底受け入れられる命令ではなかった。

 

「ふざけやがって………!! 乗客は見殺しかよ!?」

 

「仕方ないだろ?操舵室前は悪念機だらけで侵入不可。進行方向もスピードも変えられない。」

 

サニーサイドの正論に、ハワードも言葉を詰まらせる。

が、サニーサイド自身も客船を見捨てたかというと、そうではなかった。

 

「しかしだ………。船は助けられなくても、乗客を助け出す事は不可能じゃないよね?」

 

暗く沈んだ空気に、一瞬光がさす。

サニーサイドは続けた。

 

「悪念機をほどほどに蹴散らし、客船の乗客を救出。爆撃前に船から離脱する………。」

 

「けどサニー、現実的にそんな事………。」

 

「出来る出来ないは問題じゃない。そうだよね、大河君。」

 

「………はい、やります! やって見せます!!」

 

ラチェットの言葉を遮り、サニーサイドの方針に同意を示す新次郎。

昴も乗客達も、全員助けてみせる。

その決意の前に、可能性など問題ではない。

 

「紐育華撃団・星組、出撃!! 昴さん達を救助します!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

決意に漲る新次郎に、力強い返事を返す隊員達。

紐育華撃団、大救出劇の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1928年9月、アッパー湾海上。

周囲をアメリカ大陸に囲まれた港の玄関口を、尋常ならざる速さで暴走する一隻の船があった。

豪華客船『プリンセス・マンハッタンⅡ』。

全長200メートルにも及ぶ巨大な身体で海を掻き分け、60ノットもの異常なスピードで紐育に迫るその甲板には、無数の悪念機が我が物顔で伸し歩いている。

その中心に、東日流火の姿はあった。

 

「フハハハハ! 愚かなるかな人間共よ!!」

 

会場に閉じ込めた乗客を嘲笑うように、蔑みの笑いを挙げる。

窓からは異常に気付いて脱出を試みようとしている乗客達の姿が見えるが、悪念機の押さえつけた扉はびくともしない。

 

「所詮貴様らなど使い捨ての餌に過ぎん。奴らを皆殺しにした後、灼熱に包んでくれる。」

 

既に先におびき寄せた九条昴は先手を打って始末した。

後はこれから現れる奴らを仕留めれば全ては完璧だ。

 

「喜ぶがいい愚かなる人間共よ! 貴様ら皆、偉大なる主のために命を捧げるのだ!!」

 

 

 

 

 

 

「イッツ・ショータイム!!」

 

 

 

 

 

「………来たか。」

 

それが聞こえたのは、自らの完璧なシナリオに酔いしれていた、正にその時だった。

客船の甲板に巨大なコンテナが降ろされ、その前に五つの霊子甲冑が降り立つ。

この紐育を守る希望の星。

その名………、

 

「「紐育華撃団、レディ・ゴー!!」」

 

「ククク、待ち兼ねたぞ、紐育華撃団。」

 

「テメェが東日流火か。俺達に挑戦状たぁ、舐めた真似してくれるじゃねぇか。」

 

星組を前に余裕を崩さない東日流火に、ハワードがにらみ返す。

その余裕が悪念機を従わせている現状か、更に策を弄しているかは知らないが、明らかに勝ちを確信している表情だ。

 

「昴達を人質にするとは、フェア精神って奴を知らねぇみたいだな!」

 

「昴達に酷い事して見ろ! リカ、許さないぞっ!!」

 

「今すぐ皆さんを解放して下さい! 彼らに何の罪があると言うんです!?」

 

それに気付いているのかいないのか、ハワードに続いて隊員達も次々と非難の声を浴びせる。

が、当の東日流火本人は嘲笑を以て返した。

 

「フン、隠すから見つかる。やるからには派手な方が良い。その方がお前達もやる気になるだろう?」

 

「くっ、ぬけぬけと………!!」

 

非道極まりない言葉に、怒りで拳を震わせる新次郎。

そこへ、上空に控えるエイハブから通信が飛び込んで来た。

 

「みんな、そのままで聞いて! たった今客船全体の解析が終了したわ!!」

 

「『プリンセス・マンハッタンⅡ』の現在の速度、約60ノット! 更に上昇を続けています!!」

 

「リバティ島までの距離、計測完了! 現在の速度から計算すると、20分後に3キロメートル地点に到達するわ!!」

 

やや焦りを含めたその報告に、星組の緊張が一気に膨れ上がった。

乗客救出のために星組が立てた作戦はこうだ。

幸か不幸か乗客は見たところ全員が会場に閉じ込められている状態だ。

そこでエイハブにあるスター収納用のコンテナを甲板に輸送し、悪念機を蹴散らしつつ乗客全員をコンテナに誘導。

それを4ヶ所の角からワイヤーを伸ばしてスターに括り付け、アメリカ軍による爆撃の前に客船を離脱するというものだ。

そのために残された時間は20分。

離脱用意や爆発の規模を含めれば、とても客船全体をくまなく捜索する時間はない。

最早作戦とすら呼び難い、無謀同然のミッションであった。

 

「急ぎましょう! 甲板の悪念機を全滅させ、乗客達を………、昴さんを救助します!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

『プリンセス・マンハッタンⅡ』爆撃地点到達まで、残り20分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から既に5分。

迫り来るタイムリミットに湧き上がる焦りを必死に抑えつつ、星組は甲板の上で文字どうり死闘を展開していた。

目の前に立ちはだかる悪念機の数はおよそ15弱。

これまでの戦闘に比較すれば、大した数ではない。

最初から一気に大攻勢を仕掛ければ、ものの数十秒で全滅出来るだろう。

だが予想に反し、タイムリミットの4分の1を消費して尚、星組は悪念機に思わぬ苦戦を強いられていた。

 

「は、速い!?」

 

「くっそ~、リカの弾当たんないぞ!?」

 

「野郎………、ギリギリまで時間稼ぎってハラか………!」

 

スターはその重装備故、一つが2000キロを超える重量級の霊子甲冑だ。

いくら固い材質とはいえ、そんな重量の鉄の塊を厚さ5センチにもならない板で支えるなど、常識的に考えても不可能だ。

このため、僅かでも甲板から意識を逸らせばたちまち足が踏み抜いてしまう。

更に悪念機達もこちらを攻撃するというより、チョコマカと動いてこちらを翻弄してくる。

恐らく東日流火は、この悪念機で自分たちを始末しようとは考えていないのだろう。

この船が爆撃地点に到達する瞬間までの時間が稼げれば、それで良いのである。

時間がない。

焦りは冷静な思考を奪い、攻撃は散漫する。

散漫になった攻撃は軽装の悪念機にかわされ、更なる焦燥を呼び起こす。

ただでさえ制限時間という不安要素が付きまとうこの状況の悪循環は、まさに最悪だ。

これまでの敵とは明らかに格が違う刺客の策士振りに、新次郎は改めて危機感を募らせる。

だがいつまでも悪念機共とじゃれあっている時間はないのも事実。

刻一刻と迫るタイムリミット。

こちらを挑発するように動き回る悪念機を必死に追いかけまわしつつも、同時にこの状況を打開できる策を練る。

 

「くそっ、こいつめ~!!」

 

先程から全く攻撃が当たらない事にイラついたリカリッタが、遂に両手の銃を乱射させる。

たちまち無数の銃弾が辺りに炸裂し、3体の悪念機を巻き込んだ甲板の一部が瞬く間に蜂の巣と化した。

 

「………待てリカッ!! 下手に床を撃てば甲板が崩れる!!」

 

「うう………!」

 

新次郎の言葉に、リカリッタも思わず銃の腕を止める。

たしかにリカリッタの乱射は効果的な戦術ではあるだろう。

前方に味方のスターさえなければ、無差別射撃で複数の敵を纏めて潰せるからだ。

事実全くと言っていい程攻撃の当たらなかった悪念機達も、僅かではあるが蜂の巣になった。

だがこの戦法も甲板がネックとなった。

甲板はいくら丈夫といえども木材である事には変わりない。

すなわち攻撃を受け続ければ、いずれはバラバラになって崩落してしまう。

ただでさえスターで踏み抜かねない程ギリギリの強度なのだ。

このまま甲板が崩落すれば、乗客をコンテナまで避難させる足場もなくなってしまう。

そうなれば乗客の救助は絶望的だ。

だがこのまま悪戯に時間を消費しても、状況は悪くなるばかり。

どうする。

どうすればいい。

必死に考えを巡らせる新次郎だが、ここまで八方塞がりではまともな策も思いつかない。

やはり多少の崩落を覚悟して一斉攻撃に持ち込むべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、万策尽きた星組に、思いも寄らない救いの手が差し伸べられた。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁっ!? な、何だ!?」

 

何と、何の前触れもなく船尾を激しい振動が

襲った。

咄嗟に甲板に両足をめり込ませ、振動に耐える星組。

直後、驚くべき事が起こった。

 

「………見ろ! 悪念機共が!!」

 

最初に気づいたサジータが叫んだ。

何と、今の振動で甲板を軽快に駆け回っていた悪念機達が、次々と海に投げ出されていくではないか。

 

「ば、馬鹿な!? 確かに閉じ込めたはず………!?」

 

これには流石の東日流火も驚きを隠せなかった。

先程まで会場までの道のりを壁のように遮っていた悪念機達は、完全になくなってしまった。

一体何が起こったというのか。

それは、乗客とともに閉じ込められたとばかり思っていた、星組一の天才によるものだった。

 

 

 

 

 

 

「………昴は答える。船の底にある積荷を使わせてもらった。」

 

 

 

 

 

「昴さんっ!!」

 

気配もなく甲板に現れたその姿に、星組の誰もが驚きを露に固まった。

無理もない。

東日流火が人質に取ったと豪語していた昴が、自分たちの窮地を救ってくれたのだから。

 

「昴さん、ご無事だったんですね!?」

 

「ホントに昴か!? 偽物じゃないよな!?」

 

「この野郎、心配させやがって………!!」

 

仲間の無事に、驚きは歓喜に変わる。

だが一人だけ、歓喜ではなく怒りに震える者がいた。

誰あろう、東日流火である。

 

「おのれ九条昴………!! この私を出し抜いたというのか!?」

 

「当然だ。作戦は精巧であればある程、重大な欠点が生まれる。『油断』という欠点がな。」

 

作戦を完璧に構築したが故に起こる油断。

その生き物全てに共通する心理的弱点を、星組一の天才は巧妙に突いた。

 

「扉を埋めるという発想は中々だった。下手な小細工なんて無意味だからね。………が、あれは土ではなく爆薬だ。吹き飛ばすには簡単、………爆発させればいい。」

 

「なっ………!? あの量の爆発だぞ!? 生き残れる訳が………!!」

 

東日流火は、耳を疑った。

確かに船底で火薬を爆発させたというのなら先程の振動は納得出来るが、昴を閉じ込めた部屋には、少なく見積もっても40箱の火薬が敷き詰められていた。

部屋の広さを考えても、爆発があれば生き残れるとは考えられない。

が、当の本人は事もなげに答えた。

 

「昴はこう答える。船底に用意された火薬………。その全てにある仕掛けをしておいた。」

 

「仕掛け………?」

 

「簡単な事さ。布を被せておいたんだよ。………海水をたっぷり含んだずぶ濡れの布を、一晩かけてね。」

 

軍部が今回用意した火薬は、導火線などに用いられる黒色火薬。

爆発の威力は折り紙つきだが、反面ある弱点が存在する。

それこそ昴の指摘した、『水に弱い』事である。

昨晩船に忍び込んだ昴は、軍隊が引き揚げるや否や用意していた布で火薬のほとんどを包み、湿気にさらしていたのである。

 

「黒色火薬は特に熱には敏感だが、水濡れになっていてはほとんど沸点にはたどり着かない。船ごとぶつければ流石に燃えるだろうが、マッチ1本じゃ部屋の扉を吹っ飛ばすくらいしかできなかったよ。」

 

「くっ………!!」

 

完全に昴にしてやられ、悔しげに歯を噛む東日流火。

刹那、五人衆最後の一人は逃げるようにその場から消えうせた。

 

「………、待てっ! 東日流火!!」

 

「追うな大河。それよりもやるべき事があるだろう?」

 

反射的に叫ぶ新次郎に、昴が釘を刺す。

そうだ。

自分達が成さねばならない一番の任務は、乗客達の救助である。

新次郎はすぐさま指示を出した。

 

「今の内に乗客達を避難させます!! 急いでください!!」

 

爆撃地点到達まで、あと12分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニューヨークより南東、グリーン=ウッド基地。

アッパー湾を一望できる海岸線に、巨大な一門の大砲が構えていた。

 

マキシマ砲。

 

かつてフランスは巴里において、超古代の闇との決戦に用いられた実戦兵器。

その砲台が狙うものはただ一つ。

もうまもなく現れるであろう、一隻の豪華客船だった。

 

「プリンセス・マンハッタンⅡからの返信、未だありません。」

 

「中佐、よろしいのですか? もし砲撃となれば、各国の衝撃は………。」

 

報告に合わせ、部下の士官が横に立つ人物に尋ねる。

キース=ラディッツ中佐。

アメリカ海軍では中々名前の知れた人物で、海軍きってのタカ派として有名だ。

キース中佐は大して動じる様子もなく、葉巻をくわえた。

 

「守るべき目的を見損なうな。我らが守るのはアメリカの名誉ではない。アメリカの土地と国民が守れるなら、他国に人殺しと呼ばれようが構わん。」

 

感情に乏しい答えが帰ってきた。

だが若い士官は、その答えに何か感銘を受けたように無言で敬礼を返し、持ち場に戻る。

その後ろ姿を眺めつつ、キース中佐は感傷的に呟いた。

 

「人は、神ではない………。」

 

プリンセス・マンハッタンⅡ爆撃地点到達まで、あと8分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉が開け放たれるや否や、乗客達は我先にとコンテナ目指して駆け出し始めた。

無理もない。

突然船が暴走を始めたかと思えば、甲板を見た事もないような機械の化け物が練り歩いているのだ。

星組の案内も大して聞かず、ほぼパニックに近い様子でコンテナに飛び込んで行く。

 

「カレン!? カレン、何処にいるの!?」

 

会場から一際大きな声が聞こえたのは、乗客のほとんどがコンテナに乗り終えてすぐの事だった。

見れば人が無くなった会場内で、一組の夫婦と思しい男女が必死の様相で何かを探し回っている。

カレンという名前を連呼している様子を見ると、もしや娘か誰かとはぐれたのだろうか。

 

「おい、何やってんだ!? 早くコンテナに入れ!!」

 

最初に気づいたサジータが叫ぶ。

すると、男女の内の男の方慌てた様子で叫んだ。

 

「娘が………、娘がいないんです!!」

 

「カレン、何処にいるの!? 返事をして!!」

 

その名前に、弾かれたように駆け出す人物がいた。

彼らの素性を知る、昴である。

 

「昴さん!?」

 

驚く新次郎を余所に、昴は会場内に飛び込んだ。

そると男女、アレックス夫妻もその姿に気づく。

 

「昴さん!! 娘を見ませんでしたか!?」

 

「会場にはいないみたいなんです!! もしかしたら、まだ船の何処かにいるのかも………!!」

 

会場以外の何処かに人が紛れ込んでいる。

それはこの状況において、星組の最も恐れる出来事だった。

何せ全長は200メートルもある大型客船だ。

残された時間内に隅々まで捜索するなど、最早不可能に近い。

幸い女の子一人くらいなら、窮屈だがスターのコックピットに乗せられる。

些か危険だが先にコンテナを輸送し、誰かが残ってギリギリまで捜索を続けるか。

 

「な、何だ!? 」

 

そんな事を考えていた新次郎に、更なる追い打ちがかけられた。

船の速度が、更に上がったのだ。

 

「プリンセス・マンハッタンⅡ、加速! 現在の速度………、およそ90ノット!!」

 

最早常識ではあり得ない猛スピードで、豪華客船がアッパー湾を突き進む。

そのあまりの速さにバランスは崩れがちになり、たちまち左右に船体が傾き始めた。

 

「時間がありません! お嬢さんの事は任せて、先にコンテナに向かって下さい!」

 

これ以上不安定な船にいては危険だ。

一瞬躊躇いを見せるアレックス夫妻だったが、「娘を頼む」という言葉を残し甲板を駆け出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、再び悪夢が襲った。

 

 

 

 

 

 

「………危ないっ!!」

 

そのただならぬ気配に最初に気づいたハワードが、風のように飛び込んだ。

刹那、乾いた金属音が冷たく張りつめた空気を切り裂き、巨大な黒い影が甲板に次々と現れた。

魔の力で乱を齎す悪夢の使者。

悪念機だ。

 

「あの野郎………、意地でも離脱させねぇつもりか!?」

 

「くっ………!!」

 

行方をくらました少女カレンと、それに呼応するかのように再び現れた悪念機。

刻一刻と絶望的になりつつある現状にいら立ちつつ、新次郎も二刀を構える。

残された時間はもう僅か。

最悪の場合、このままカレンを見捨てて離脱しなければならない。

助けたい。

だが助けられないかもしれない。

心に重くのしかかるジレンマに苦しむ星組。

そこに立ち上がったのは、昴だった。

 

「………大河、カレンの捜索は僕が引き受ける。」

 

「昴さん!? しかし、生身で悪念機に遭遇したら………!!」

 

「この中で船内構造を一番理解しているのは誰だ? それに戻ってきたとしても、コンテナまでの道が確保されていない事には避難のしようがない。」

 

確かに危険ではあるが、昴の言うとおりだった。

つい先程スターで乗り込んだ自分達と違い、昴は昨夜から丸一日この船で色々と行動を起こしている。

結果この船の何処が如何なっているかという脳内地図の構成はほぼ完璧に近い。

それに何より船内の通路は暗く狭い。

やたら大きいスターに乗った自分達より、生身で動きやすい昴が単独で動いた方が、一番効率的だ。

最早迷う時間もない。

新次郎は、昴の言葉に賭けた。

 

「………分かりました。コンテナまでの道のりは確保します。昴さん、どうか無事で………!!」

 

「昴は答える。………お前もな、と………。」

 

言うや、昴の姿は船内に消える。

その背中から悪念機に視線を移し、新次郎は二刀を構えた。

 

プリンセス・マンハッタンⅡ爆撃地点到達まで、あと5分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とっとと、くたばりやがれっ!!」

 

灼熱の闘志を込めた渾身の一撃が、漆黒に塗りかためられた悪念機の装甲を粉砕し、中枢機関をも叩き壊す。

だがいくらその拳を振るえども、勝利の兆しは見えない。

そんなのは当たり前だ。

何故ならこの戦いは、昴の合流を以て船から離脱するための時間稼ぎに他ならないのだから。

自身にそう言い聞かせただがむしゃらに戦うハワードだが、同時に沸き上がる言い知れぬ危機感を振り払えずにいた。

先程から悪念機はしつこく湧き出てくるし、何より昴を置いていける訳がない。

状況は決して良いとは言えないだろう。

 

「(くそっ………! これじゃいくら潰してもキリがねぇ………!!)」

 

既に海原の先に見えるグリーン=ウッド基地には、送られたばかりのマキシマ砲が終焉をもたらすべく待ち構えている。

最早時間がない。

刻一刻と迫るタイムリミットと、それに比例して膨らむ不安と絶望感。

それをどんなに痛感した所で、自分たちに出来る事は限られている。

昴の到着を信じて、湧き出る悪念機をひたすら潰すしかないのだ。

 

「(………待てよ………?)」

 

また一匹悪念機を海に放り出した時、ふと脳裏に電流が走った。

もしかしたら………、もしかしたらだが、この状況を打開出来るやも知れない。

確証はないが、可能性ならある。

星組の誇るメカニックチーフの自分なら。

 

「………。」

 

ふと、視線がコックピットの右下を捉えた。

プリンセス・マンハッタンⅡ爆撃地点到達まで、あと4分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故こんな行動を取ったのか。

それは自分自身、よく分からなかった。

特に何かを思った訳ではない。

身体が半ば勝手に、無意識の内に動いていた。

 

「お姉ちゃんが帰ってきたら、もっと一杯遊ぶんだもん!!」

 

「だってウサギさんの方が可愛かったんだもん!サラだってウサギの方がいいもん!」

 

脳裏にふと、昨今出会った姉妹の顔が浮かぶ。

まるで鏡に映したようにそっくりな姉妹。

国さえも隔てられ、その再会を互いに心待ちにしている姉妹。

そんな姉妹を自分は救おうとしているのだと、昴は自覚した。

今までの自分なら無関係と切り捨てていたはずなのに。

 

「(やはりそうだ………。昴は変わろうとしている………。)」

 

今までの自分、少なくとも欧州星組時代の自分ではあり得なかった感情に、昴は驚き戸惑いつつも、言い知れぬ充足感を感じていた。

既に完成していたはずの自分。

もう変わる必要はないと考えていた自分。

だがそのアイデンティティは、既に欠片も残ってはいなかった。

自分は変わる。

今正に変わろうとしている。

これまでの九条昴から、まだ見ぬ先の何かへと。

生まれてからずっと発展を止めない、この不思議な町のように。

 

「カレンッ!!」

 

船内にある扉の一つを、勢いそのままに開け放つ。

そこは、暗闇に閉ざされた厨房だった。

これまでの騒ぎで電線が切れたのだろう。

辺りに散らばった食材や食器。

そのまん中にあるテーブルの下に、カレンはいた。

 

「………だ、誰………?」

 

幼い震えた声が聞こえた。

思わず喜びに震えそうになるが、それを押し止めて優しく答える。

 

「大丈夫。僕だよ、昴だ。カレン、君を助けに来た。」

 

「………昴………お姉ちゃん………?」

 

どうやら聞き覚えのある声を思い出したらしく、カレンはおずおずと顔を上げる。

目が合って数秒、カレンは両目に涙を溜めて昴の胸に飛び込んだ。

 

「うわぁぁぁぁん、怖かったよ~!!」

 

「もう大丈夫だよ。さあ、早くパパ達の所へ急ごう。」

 

「グスッ………、うん!!」

 

優しく涙を拭うと、カレンは僅かに微笑み、頷く。

すると、その横からカレンの探していたウサギが顔を出した。

恐らく厨房に逃げ込み、そのまま隠れていたのだろう。

昴はカレンにウサギを抱えさせると、カレンを抱えて急いで厨房を飛び出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

それは甲板に蔓延る悪念機を全滅させた、正にその時だった。

相次ぐ戦闘に耐えられなくなった船尾一帯の甲板が、轟音を立てて崩落したのだ。

 

「畜生、やっぱり壊れちまったか………!」

 

「昴、まだか!? もう時間ないぞ!?」

 

遂に視界に現れた終焉の砲台に、リカリッタが焦りの声を上げる。

今の崩落で、船尾の甲板の八割が消えた。

コンテナに続く道のりはかろうじて残されてはいるが、左右に揺れる不安定なこの状況で迅速にコンテナに乗り込むのは難しい。

何より今の崩落で、負傷してはいないだろうか。

言い知れぬ不安に、星組の誰もが息を飲む。

 

 

 

 

 

 

「………こちら、昴………。星組………、各機応答せよ………。」

 

 

 

 

 

 

「昴さん!!」

 

やけにノイズの酷い通信が飛び込んだのは、その時だった。

 

「良かった………、ご無事だったんですね。」

 

「急げ昴。もう時間がない。」

 

幸い今の崩落には巻き込まれなかったらしい。

仲間の無事に安堵する星組。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが次の瞬間、その安堵は他ならぬ仲間の一言によって、消える事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………いや、それは無理だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え………?」

 

その一瞬、誰もが言葉を返せなかった。

合流出来ない。

それが何を意味するか、昴は分かっているのか。

だが直後、昴の口から信じられない言葉が返って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の崩落で完全に閉じ込められた。………身動き一つ取れない。」

 

 

 

 

 

 

 

「「!!」」

 

その一言で、星組の誰もが理解した。

甲板が崩落したその瞬間、昴とカレンはその真下にいたという事を。

 

「昴さんっ!!」

 

慌ててスターから飛び出し、崩落した穴に飛び降りる新次郎。

一帯は大量の瓦礫に埋まり、何処に何があるのかさっぱり分からない。

 

「くそっ、何処だ!? 何処にいるんだ、昴さん!!」

 

瓦礫に手を突っ込み、力任せにどかそうと引っ張る。

しかし人間の身体ほどある巨大な鉄の塊だ。

人間一人の力でどうにかなる重さではない。

更にそこへ、追い打ちをかけるようにエイハブから通信が入った。

 

「こちらエイハブ! 爆撃地点到達まで3分を切ったわ!! 大河君、急いで離脱して!!」

 

この状況におけるそれは、正に死刑宣告だった。

残された時間は僅か3分。

たったそれだけの間に山のような瓦礫をどかし、何処にいるかも分からない昴を見つけ出す等、不可能に等しい。

そう認識した新次郎の判断は素早かった。

 

「皆さん!! 先にコンテナをエイハブに輸送して下さい!! 昴さん達は僕のスターに搭乗させます!!」

 

「な、何を言ってるの!? これ以上時間を失えば間に合う訳が………。」

 

「出来る出来ないは関係ありませんっ!! 必ず助けるんです!!」

 

ラチェットの忠告を打ち払い、新次郎は改めて仲間達に叫んだ。

 

「皆さん、こっちは僕に任せて! コンテナをお願いします!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

命令を受け、4機のスターが直ちにコンテナを閉め、輸送用のワイヤーを固定する。

刹那、暗闇の中で何かが動いた。

まさか昴か。

そう思い近づくと、新次郎の視界にその正体が現れた。

 

「ウサギ………?」

 

それは、茶色い毛の子ウサギだった。

瓦礫の隙間にしきりに顔を突っ込み、落ち着かない様子で辺りをキョロキョロしている。

 

「まさか………、昴さん!?」

 

一縷の望みをかけ、ウサギの覗く穴に向かって叫ぶ。

すると、声が返って来た。

 

「………大河………?」

 

「昴さんっ!!」

 

暗闇の底から、確かに自分の名を呼ぶ声が返って来た。

しっかり目を凝らすと、そこには白のドレスと赤いリボンが見える。

その姿に、新次郎は確信した。

昴はそこにいると。

 

「昴さん、今助けます!!」

 

見つかったならば話は早い。

何としてでも瓦礫をどかし、昴と少女を救い出す。

文字どおり、新次郎は必死に瓦礫を掴む。

 

 

 

 

 

 

 

 

………だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マズイ、新次郎!! コンテナが上がらねぇ!!」

 

「な、何だって!?」

 

突如サジータからもたらされた報告に、新次郎は今度こそ顔面蒼白になった。

そんな馬鹿な。

出撃した時は4機で充分輸送出来る重量だったのに。

予想と反する出来事に一瞬混乱する新次郎。

そこに、再び暗闇の底から声がした。

 

「行け、大河………。このサミットには………200人規模の人間がいた。………恐らくスター5機なら………予備のワイヤーで動けるはずだ………。」

 

「昴さん! でも………、でもそれでは間に合いません!!」

 

必死に瓦礫を引き摺りながら、新次郎が叫んだ。

ここからエイハブまで、少なく見積もっても500メートルの距離がある。

スターの最高速度で突っ切ったとしても、3分で往復など不可能だ。

だが昴にとって、そんな事実など意味を為さなかった。

何故なら………、

 

「昴はこう言い換える。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………大河、僕達を置いて帰還しろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

その一瞬、新次郎は耳を疑った。

昴を置いて帰還する。

それは同時に、昴とカレンを見捨てる事を意味する。

昴は、自分を見捨てろと言ったのだ。

 

「聞こえなかったか? 大河、今すぐコンテナ輸送に向かえ。………僕達の事は良い。」

 

「な、何言ってるんですか!! 昴さんを見捨てては行けません!!」

 

今にも泣き出しそうな表情で新次郎が叫ぶ。

冗談ではない。

ようやく目に見える所まで、目の前の所まで辿り着けたのだ。

昴も、カレンという少女も、このまま見捨ててたまるものか。

だが、現実は何処までも残酷だった。

 

「お前がいなければコンテナは動かない。………もう時間がないんだ。」

 

「まだ爆撃まで2分あります!! それまでに間に合えば………!!」

 

「その2分の間に可能な限り船から離れろ。たとえ離脱したとしても、近距離では爆発に巻き込まれる。」

 

決死の思いで導きだした2分間の可能性すら、昴は受け入れなかった。

一部を湿気に晒したとはいえ、まだ160箱もの火薬の山が溢れているのだ。

紐育を一瞬にして火の海に変えるその爆発の威力は計り知れない。

だからこそ、新次郎は見捨てられなかった。

それは曲がりなりにも昴とカレンを、まだ10歳にも満たない少女さえも殺すという事なのだから。

 

「何をしているんだ大河君!! 早くコンテナに向かいたまえ!!」

 

追い打ちをかけるように、キャメラトロンからサニーサイドの怒号が飛んだ。

 

「君がいなければコンテナは動かない! そこに200人の命がある事を忘れたのかっ!?」

 

「出来ません………、昴さんを見捨てるなんて、出来ません………!!」

 

「大河っ!!」

 

暗闇の底が叫んだ。

 

「君がここへ来た目的は何だ? この船の乗客を救う事だろう。ならば一人でも多くを救え。高が二人のために、全てを犠牲にするな。」

 

「昴さん………、!!」

 

言葉を失ったその瞬間、新次郎は見てしまった。

昴の隣に横たわる、赤いリボンの女の子。

その唇が、新次郎に向かって語りかけて来た。

声は小さくて聞こえない。

だが、その動きで新次郎は分かってしまった。

 

『行って』

 

助けてではない。

行ってと言ったのだ。

カレンという名の、まだ幼い少女さえ、新次郎にコンテナへ向かえと、自分を見捨てろと言ったのである。

 

「くっ………、昴さん………、許して下さいっ!!」

 

心の中で何かが爆発し、新次郎はウサギを抱えてコンテナへと駆け出す。

心の中で、取り残した仲間にしきりに謝りながら………。

 

プリンセス・マンハッタンⅡ爆撃地点到達まで、あと1分………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スター5機がワイヤーを引っ張ると、コンテナは嘘のようにあっさりと浮かび上がった。

コンテナを揺らさないよう慎重に、且つ可能な限り速い速度でみるみる内に船から離れていく。

だが、スターに乗る仲間達の表情は、いずれも暗く沈んでいた。

無理もない。

今まで苦楽を共にして来た仲間を、死地へ見捨てたのだから。

 

「………こちら昴。星組、聞こえるか?」

 

その仲間から通信があったのは、もう船が豆粒くらいにしか見えなくなった頃だった。

誰もがハッと顔を上げ、苦しい面持ちでモニターを見る。

画面の昴は、いつものように微笑んでいた。

 

「………はい、聞こえます。」

 

答えたのは、新次郎だった。

やはり残して来た負い目からか、視線を下に逸らす。

そんな新次郎に、昴は笑いかけた。

 

「胸を張れ、大河。君は星組隊長として、最大限の功績を残した。君は、充分頑張った。」

 

労いの言葉に首を振る。

何が最大限の功績だ。

あんな幼い少女も、自分の部下も助けられない役立たずの何処が隊長だ。

ひたすらに自分を責める新次郎。

その胸中を察してか、昴は続けた。

 

「大河………、昴は感謝している。君は、僕を変えてくれた。」

 

「え………?」

 

ふと、新次郎が顔を上げる。

昴は続けた。

 

「僕は今まで、自分から他人に関わろうとする事などなかった。僕は、九条昴は既に完成され、その先の変化は劣化と決めつけていた。」

 

「昴さん………。」

 

「だが、それは間違いだった。気付けば僕は、他人のために身体が自然に動いていた。今までなら平然と切り捨てていたはずの他者を、この子を救いたいと思った。」

 

この子………、恐らくカレンの事だろう。

コンテナから聞こえる両親の叫び声から、大まかな境遇は知っている。

父親の事業のために、生後間もない妹を残してフランスにいたと。

そして妹の待つアメリカへ、感動の再会を夢見て帰ろうとしていたと。

どんなに可能性が低くても、0でない限り見捨てない。

即ち、『諦めない』。

今まで変わる事を諦め続けていた昴にとって、それは言い様のない衝撃だった。

先月のダイアナの一件を借りるなら、それまでの昴は生きながら死んでいたも同然だった。

 

「大河………、この子も君に伝えたい事があるそうだ。」

 

ふと、モニターから昴が消え、代わりに一人の少女が現れた。

ただ一人救えなかった少女、カレン=アレックスだ。

 

「………紐育、聞こえますか?」

 

「うん………、聞こえる。聞こえるよ………。」

 

か細く震えた声が、心に突き刺さった。

その傷みに耐え、答える。

 

「ウサギさん………、私の代わりに届けて下さい。そして………、」

 

「………。」

 

「サラに………、妹に伝えて下さい………。『お姉ちゃんは、お星さまになった』って………。」

 

もう返事も返せなかった。

溢れ出た涙でモニターは霞み、言葉も出てこない。

何て強い子だろう。

何て健気な子だろう。

耐え続けた涙が溢れ出し、固く握った拳が震える。

 

「人は皆、生き続ける限り変わり続けるのだろう。そしてそれは、僕も例外じゃなかった。」

 

ふと、昴がモニターに戻った。

 

「昴はもっと変わる事が出来た。まだ見ぬ更に高みへと………。そう理解出来た。昴は………、満足だ。」

 

「昴さんっ………!!」

 

もう言葉など出てこなかった。

モニターに見えるのは、今まで以上に屈託ない昴の笑顔。

それが目の前で失われる事が、悲しく、悔しかった。

 

「畜生………、何とかならねぇのかよっ!?」

 

「やだっ!! 昴、死んじゃいやだっ!!」

 

「昴さん………。」

 

たまりかねた仲間たちも、文字通り涙を堪えて叫ぶ。

すると、昴は優しく答えた。

 

「昴は言った………。………ありがとう………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リバティ島より3キロメートル地点の海上に、一条の閃光が轟音を伴い、突き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対魔防衛兵器『マキシマ砲』の一撃は、紐育においてもまざまざとその力を見せつけた。

人力では生み出せないであろう高濃度かつ強大な霊力の塊は、広大な紐育の玄関を真っ二つに切り裂いて見せた。

 

 

だからこそ、信じられなかった。

 

 

「え………。」

 

 

切り裂かれた海が、文字通り唸りを上げて元に戻る。

その手前に、一隻の巨大な船はあった。

一体何が起こったのかと困惑する星組。

そのモニターに通信が入ったのは、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうよ? これぞハワード大魔術ってな。」

 

 

 

「ハワードさんっ!?」

 

通信先の相手に、新次郎は驚愕のあまり叫んだ。

それもそのはず。

何せ通信先の相手はスターのコックピットではなく、あの豪華客船の甲板に立っているではないか。

これは一体どうした事か。

その答えは、バーニングスターに備え付けられた『自動操縦機能』にあった。

ハワードは悪念機との戦闘中にスターを自動操縦に切り替えて脱出。

悪念機のいない操舵室に乗り込み、暴走する客船のスピードを一気に停止に追い込んだのである。

最もそんな機能など知らない新次郎達に分かるはずもないが。

 

「………命拾いしたな、昴。」

 

「ハワード………。」

 

ふと、世紀の大魔術師は九死に一生を得た戦友に通信を繋げた。

 

「驚いたよ………。これは僕にも予想できなかった。………何故?」

 

心底不思議な面持ちで、昴は尋ねた。

星組一のメカニックの事、自身のスターに何か細工でもしていたのだろう。

しかし、何故そうまでして自分を助けようとしたのか。

その答えは、素っ気ないの一言に尽きた。

 

「命に数も大きさもねぇ。目の前で苦しむ命があるなら助ける。………他に理由なんていらねぇよ。」

 

「………昴は思う。………君らしい。」

 

かつての彼の面影を思い出し、昴は僅かに笑う。

昔は別の意味で笑ったピエロの言葉も、今なら認められる。

そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ば………、馬鹿な………!?」

 

目の前で起きた奇跡とも言うべき光景に、東日流火はそう呟くだけで精一杯だった。

完璧な作戦のはずだった。

確かに乗客のほとんどをコンテナに入れられた時点で計画は狂いつつあった。

だがそうだとしても、度重なる戦闘に甲板が耐えられるはずがないし、事実甲板は崩壊した。

そのまま残された昴はマキシマ砲の餌食となり、残る星組の戦意も削がれる。

そう打算し、大量の悪念機を差し向けたし、万が一に備えて操舵室の扉は炎で溶接しておいた。

だが現実はどうだろう。

誰も入れないはずの操舵室を何者かが操作し、マキシマ砲の照準スレスレで停止させられたではないか。

 

「(あり得ない………!! 溶接したあの扉を、生身の人間がこじ開けたとでもいうのか!?)」

 

マキシマ砲が発射される寸前、スターはいずれもコンテナを運び出すために船を離脱した。

更に船内に残っていたのは、生き埋めになった昴とカレンの二人だけ。

本来なら扉はおろか、操舵室に近づく事すら出来ないはず。

仮に出来たとして、たった二人であの鉄の板を引き剥がしたとでも言うのか。

この瞬間、東日流火は自身の作戦が音を立てて崩れる様に愕然とした。

 

「………ククク………。フハハハハ………、アーッハッハッハッハ!!」

 

やがて失意は嘲笑に変わり、狂ったように笑い出す。

そして、怒りに燃えた憤怒の形相が船を睨んだ。

 

「いいだろう………!! ならば九死に得たその一生、この手で潰してくれる!!」

 

怒号が空気を震わせ、その全身を灼熱の紫炎が包む。

紫炎は瞬く間に肥大化し、巨大な火柱へとその姿を変える。

刹那、巨大な火柱の中から巨大な一つの目が覗いた。

羽織物の衣服を思わせる両の袖に刃と銃口を備え、万物の射抜かんばかりの鋭い一つ目。

そしてその周囲を螺旋状に漂う炎。

これこそ東日流火の最終兵器。

 

悪念将機、『炎天』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野郎………、意地でも沈没させようってか?」

 

夕焼けに染まったアッパー湾に浮かぶ悪念将機を睨み、ハワードはミレニアムスターを掴む。

奇跡から一転して再び絶体絶命に追い込まれたこの状況を打ち払うべく、真紅のオーブが夕日に輝く。

紐育を守る真紅の巨人。

その奇跡を齎す瞬間が、来たのである。

 

 

 

 

 

 

「タロオオオォォォゥッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはやはり、何の前触れもなしに現れた。

暴走の収まった豪華客船を庇うように出現し、炎天の口から噴射された紫炎の火球を事もなげに打ち払う真紅の巨人。

 

「ウルトラマン………、タロウ………!?」

 

瓦礫の隙間から見えたその姿に、昴は驚きの視線を送った。

これまで紐育の危機を4度救った光の巨人。

その強大な力でこの町を守る以外のすべてが謎に包まれた巨人。

その巨人、ウルトラマンタロウは、やはり現れた。

恐らく、他ならぬ自分たちを守るために。

 

「………、お姉ちゃん、あれ!!」

 

ふと、カレンが別の隙間を指さす。

見るとそこには、こちらに一目散に飛んでくる5つのスターがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アッパー湾会場に何の前触れもなく出現した悪念将機『炎天』。

万物を燃やし尽くす灼熱の紫炎を螺旋状に巻き付けた妖との戦いは、苛烈の一言に尽きた。

 

「蜂の巣にしてくれるっ!!」

 

人間でいう十指にあたる部位をタロウに突き付け、無数の鉛の玉を一気に吐き出す。

対するタロウは、両手を左右に広げて半透明のバリアを出現させた。

どんなに強力な攻撃も、当たらなければ意味がない。

たちどころに当たったもの全てを粉砕しかねない鉄の雨も、バリアに遮られて悉く海中へと消えていく。

 

「デヤァッ!!」

 

あらかた弾幕が止んだのを確認し、タロウは反撃とばかりに炎天目がけて駆け出した。

助走をつけながら右の拳を握りしめ、大きく振りかぶる。

が、相手も中々の策士だった。

 

「デェッ!?」

 

唸りを上げた鉄拳が見舞われる寸前、沈黙していたはずの十指が火を噴いた。

ほぼ零距離からの一斉射撃の威力は絶大極まりなく、タロウの巨体が易々と吹き飛ばされる。

 

「思った通り、単純な奴だ。 こうもあっさり引っかかるとは。」

 

「ムンッ………!」

 

素早く起き上がって構えなおすタロウ目がけ、再び十指から鉛が飛び出す。

 

 

 

 

………だが、

 

 

 

 

「させるかっ!!」

 

遥か上空から飛来した一発のミサイルが、鉛の雨の中心で大爆発を起こした。

その衝撃で鉛の雨は四散し、水煙を上げただけに終わる。

それは、巨人の下へ駆けつけた5つの星によるものだった。

 

「アタシらを差し置いて、好き勝手やってんじゃねぇよ!!」

 

「ここからは、私たちが相手です!」

 

「覚悟しろ! リカ、許さないからな!!」

 

「東日流火、お前の企みもここまでだっ!!」

 

今まで散々やられた事もあってか、普段より2割増しに闘志を漲らせる星組。

一方、肝心の東日流火はそれを煽るかのように不敵な笑みを返した。

 

「フッ………、熱いのは結構だが、勢いだけでこの炎天を沈められるとは思わぬ事だ。」

 

「フン、散々罠を張らなきゃやれないような腰抜けに言われたくはないね!」

 

「私は勝てる勝負しかしない主義でね。………この状況もまた、計算づくという事さ。」

 

言うや、東日流火は懐から一枚の札を取り出す。

刹那、夕焼けに染められた空が俄かにゆがみ始めた。

 

「さあ目覚めよ我が下僕! 怪獣を超えし超獣、バキシムよ!!」

 

天を仰ぐ高らかな叫びを引き金に、驚くべき事が起こった。

夕焼けの空の歪みに亀裂が入ったかと思った次の瞬間、夕焼けが音を立てて粉粉に割れたのだ。

目の前の空間が、紐育の一部分が、まるでガラスが割れたかのように砕けてしまったのである。

 

「なっ………!?」

 

通常ではありえない現象に困惑を隠せない星組とタロウ。

その様子を、破壊された空間の奥からこちらを睨む視線があった。

炎天同様、指先に銃口を備えた両腕。

機械のレーダーのような照準が浮き彫りになった青い目。

先日のダイオリウス程ではないが、その体は明らかにタロウの上を行く。

 

「本当は貴様らを始末した後で使うつもりだったのだが、致し方あるまい。さあ行けバキシム! この薄汚れた町に、大いなる混沌を呼び起こすがいい!!」

 

「ガァーーーーッ!!」

 

主の言葉に答えてか、それとも破壊への本能が疼くのか。

バキシムと呼ばれた一角超獣の咆哮が、海を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一角超獣バキシム。

全身を鋼鉄の如き皮膚で覆い尽くし、顔と腕からミサイルや火炎を際限なく吐き出す強敵に、星組は大苦戦を強いられた。

何せこのバキシム、自身は超火力の火炎とミサイルをこれでもかとばかりに打ちまくっておきながら、こちらのミサイル攻撃をものともしていない。

更にバキシムにばかり気を取られれば、ここぞとばかりに炎天の火炎放射と十指の弾丸が襲い掛かってくる。

ただでさえ相次ぐ悪念機との戦闘でダメージが蓄積しているこの状況、このままでは勝機は薄い。

それは、かの光の巨人にも同じ事が言えた。

 

「ガァーーーッ!」

 

一直線にこちらを狙い打って来る無数の弾丸。

タロウはジャンプでそれをかわすと、そのままスワローキックを炸裂させた。

流石に頭上からの不意を突いた攻撃には対処出来なかったらしく、顔面を蹴飛ばされたバキシムの巨体が海面に沈む。

 

「デヤァッ!!」

 

そのまま勢いに乗ったタロウは一気にマウントポジションを奪い取り、激しいパンチの雨を降らせる。

が、反撃は唐突に訪れた。

 

「デェッ!?」

 

幾度目かのパンチを腹に浴びせようと振りかぶった時、バキシムの吐き出したミサイルがタロウの顔面に直撃した。

その激しい爆発に、タロウの身体は再び海へと投げ出される。

その隙に何事もなかったように立ち上がるバキシム。

これで勝負は振り出しに戻ってしまった。

いや、徐々にだがこちらが劣勢になっていると言うべきだろう。

何故ならバキシムはタロウと違い、まるでダメージを負った様子が見受けられないからだ。

その耐久力、先日のダイオリウスにも匹敵するだろう。

 

「ムンッ!!」

 

このままではジリ貧になり、追い込まれる。

そう判断したタロウは、一か八か勝負に出た。

両手を頭上で重ね、全身のエネルギーを一気に集中させる。

 

「ストリウム光線!!」

 

戦慄の空気を吹き飛ばす叫び声と共に、T字に組まれた両腕から虹色の光線が発射された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

「………き、効いてない!?」

 

「そんな馬鹿な………!! 確かに当たったのに………!!」

 

目の前に飛び込んできた光景に、星組は目を疑った。

それもそのはず。

何故ならタロウ必殺のストリウム光線を直撃されたはずのバキシムが、何事もなかったかのように平然と立っているのだ。

虹色の破壊光線は、確かに腹部に命中したはずなのに。

 

「ククク………、言ったはずだ。バキシムは怪獣すら越えた『超獣』であるとな。」

 

そんな星組を満足そうに眺め渡し、東日流火は悦に入った。

 

「さあバキシムよ、かの巨人を殺せ! その無惨な屍を、愚かなる民共に見せつけてやるのだ!!」

 

「ガァーーーッ!!」

 

主の命に咆哮を返した直後、一角超獣の両手が火を吹いた。

 

「ムンッ!!」

 

素早くバリアを展開し、迫り来る無数の弾丸をいなすタロウ。

流石に大技を使用した直後で動きが鈍ったとはいえ、そう易々と攻撃を食らうような真似はしない。

が、直後にその主張はあっさり覆される事となった。

 

「ガァーーーッ!!」

 

「ムンッ!?」

 

何と両手の弾丸を発射したまま、頭の角をこちらに向けて突進してきたではないか。

およそ8万トンの重量を誇る大怪獣の突撃である。

バリア程度で防げる代物ではない。

 

「デェッ!?」

 

結果バリアは2秒ともたずに粉砕し、タロウの身体は再び宙を舞って海面に叩きつけられる。

刹那、度重なるダメージにカラータイマーが赤く点滅を始めた。

 

「マズイ、カラータイマーが………!!」

 

それに気づいた新次郎の表情に焦りが浮かぶ。

カラータイマーの点滅。

それがウルトラマンにとってこの上ないピンチであるという事は、以前の戦いで知った通りだ。

自分達が相手にしている悪念将機も含め、一刻も早く決着を着けなくてはならないだろう。

だが現状を見る限り、それはほぼ不可能に近いと言えた。

スターもまた悪念機との激しい戦いでダメージが重なり、今までのようなチームワークを活かしたスピーディーな戦いが出来ないためである。

普段屈強なチームワークを売りにしているだけあり、星組は今までにないピンチを迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決して芳しいとは言えない戦況に、昴は気づかぬ内に顔をしかめていた。

昔の自分ならポーカーフェイスを貫けた程度の状況だ。

だが今の昴に、そんな芸当は出来なかった。

理由は簡単。

昴は、変わったからだ。

 

「カレンッ!!」

 

「パパ、ママ~!!」

 

ふと後ろから、聞き覚えのある男女の声が聞こえた。

振り向くと、そこには再び船に接続したエイハブからこちらに向かってくる、アレックス夫妻とサニーサイドの姿が見えた。

 

「カレン、良かった! 本当に良かった………!!」

 

「心配したのよ、カレン………!!」

 

「パパ、ママ、痛いよ~………。」

 

歓喜の涙に震えながら抱き合う家族。

ほんの数分前まで絶望視されていたとは思えない光景だ。

その光景にまた、昴は目を奪われていた。

 

「ケガはないかい、昴?」

 

「サニーサイド? ………ああ、昴は平気だ。」

 

そんな昴に、サニーサイドが声をかけた。

相も変わらぬポーカーフェイスも、今だけは何処となし安堵の表情に見える。

 

「その様子ならまだ大丈夫そうだね。………悪いけど、もう一仕事頼めるかな?」

 

安堵から緊張に顔を変え、小声で囁く。

昴は即答した。

 

「昴は答える。寧ろ行かせてくれ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フハハハハ………、光の巨人も何と無様な事か。」

 

自身の僕に圧倒されるタロウの様子に、東日流火は高笑いを上げた。

戦闘開始から既に2分が経過。

けたたましく鳴り響く胸のカラータイマーに加え、全身から滲み出る疲労を隠せないタロウ。

それに対し、自身の差し向けた一角超獣は手傷はおろかまるでダメージを負ったようには見えない。

一角超獣バキシム。

その戦闘能力は、明らかにこれまでの4体の怪獣を凌駕していた。

そしてそれは、自身の誇る悪念将機にも同じことが言えた。

全身を螺旋状に取り巻く炎で敵の接近を防ぎ、攻めあぐねた所を十指で狙い撃つ。

突破口を見いだせない星組は、最早烏合の衆に過ぎないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼は忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

唯一存在する、自らの計算違いに………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………昴は繰り返す。作戦が完璧であればあるほど生まれる弱点………、それが『油断』だと。」

 

「な………、ぐわっ!?」

 

緊迫した状況でいやに冷静な声が聞こえたかと思えば、明後日の方向から無数のミサイルが炎天を狙い撃った。

刹那、一筋の流れ星がその眼前を優雅に舞う。

 

「昴さんっ!!」

 

それは、紐育華撃団きっての天才、九条昴の操るランダムスターだった。

カレンをエイハブへ送り届けた直後、昴は星組を加勢するべく、未だ沈黙したままのランダムスターで出撃したのである。

 

「待たせたな、みんな。 ここからは僕も加勢しよう。」

 

「ったく、いいとこ持ってきやがって。」

 

「昴、無事だったんだな!」

 

「来てくださると、信じてました………。」

 

半分忘れかけていた援軍の登場に、驚きと喜びを素直に表現する仲間たち。

その三者三様の反応に一瞬微笑みつつ、新次郎は昴に通信を繋いだ。

 

「昴さん………、一緒に戦ってくれますか?」

 

「昴は答える。………愚問だ。」

 

言うや、紫のスターが唸りを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九条昴の参入により、劣勢だった星組は再び逆転のチャンスを掴みつつあった。

何せつい先程まで生還すら絶望視されていた仲間が華麗に空を舞い、かの敵に挑みかかっているではないか。

固い絆に結ばれた星組の士気高揚に、これ以上の起爆剤はない。

 

「虫けら一匹増えた位で、のぼせ上がるなっ!!」

 

周囲を旋回するスター目掛け、十指から無数の鉛が吐き出される。

まともに食らえばたちまちに蜂の巣になる事だろう。

が、鉛は全て海面に飛沫を上げるに留まり、肝心の星組には全くと言っていい程命中しない。

 

「フフフ………、どうした?虫けら一匹も殺せないのか、貴様は?」

 

「くっ………、九条昴、やはり貴様か!!」

 

「当然だ。この僕が何の策もなしに挑むと思ったか?」

 

余裕の表情から一転して焦り始める東日流火を挑発するように、昴が不敵に笑う。

この嘘のような逆転劇のタネは、彼女にあった。

昴はあの船内で、炎天と星組の戦いを直に見ていた。

その装備、戦法、戦闘力の全てを計算し、十指の軌道を見切ったのである。

 

「小賢しい! 纏めて叩き潰してくれる!!」

 

しびれを切らした炎天が、遂に十指の片腕を上げた。

刃を備えた振り袖を振り上げ、力任せに降り下ろす。

それが、かの天才の真の狙いとも気づかずに。

 

「昴は宣告する。………東日流火、貴様の負けだ。」

 

「なっ………!!」

 

その声を聞いた瞬間、東日流火は全てを悟った。

刃は文字どおり目の前の全てを切り裂いて見せた。

刹那、東日流火は見てしまった。

自身を守る炎が消え失せ、その奥から迫る一筋の流れ星の姿を。

 

「霊力制御、解除!!」

 

最高速度のランダムスターが風を切り、悪念将機目掛け殺到した。

安全制御装置のリミッターを解除したスターから、ダイアナには及ばないまでも凄まじい霊力が溢れ出す。

 

「はああああっ!!」

 

断ち切られた炎の螺旋。

その奥に見える悪念将機を睨んだその時、信じられない事が起こった。

何と、紫の流れ星が三つに分裂したのである。

まるで舞踊のように妖艶な星の舞いに見いられる一瞬。

その直後、閃光が視界を遮った。

 

「見えたかい?………走馬灯!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬何が起こったのか、東日流火は理解出来なかった。

視界を遮った閃光。

その直後に襲った轟音と激しい衝撃。

そして全身から煙を上げる炎天と、それを正面から睨む紫の星。

残像を伴う昴の舞いに見せられた一瞬、昴は自身の身に纏っていた霊力を圧縮して発射。

淡い紫色の霊力の塊を、文字通り炎天にぶつけたのである。

 

「ぐうっ………、お、おのれ………!!」

 

最早戦況は完全に逆転した。

それまで自身の計算通り進んでいた戦闘は、嘘のように崩れ去った。

殺し損ねた、たった一人の天才によって。

 

「私の完璧な計画が………、こうも簡単に敗れるだと………!?」

 

「諦めろ東日流火!! 僕たち紐育華撃団は、そんな小手先の罠にやられたりはしない!!」

 

「黙れ黙れぇっ!! こうなれば、貴様らを道連れに死んでくれるっ!!」

 

それは生涯一の屈辱に対する怒りか。

それとも追いつめられて差し迫った死への恐怖か。

少なくともそこにいるのは、もう紐育に仇なす策士ではない。

作戦という名の鎧を全て剥がされた、愚かなピエロだった。

 

「無垢なる魂よ、我が贄となれ………!!」

 

身を焦がさんばかりに燃え上がる怒りの業火。

その火柱が全身を包んだ時、炎天の目がギラリと光った。

 

「天魔招来………、青炎焦土!!」

 

炎天の口が左右に開き、発射口が姿を現す。

刹那、全身を纏う火柱が顔面に結集し、唸りを上げて真正面に襲いかかった。

たちまち視界全体を紫炎が覆い、けたたましい爆音を伴って大爆発する。

 

 

 

 

 

 

………だが、

 

 

 

 

 

 

「なっ………!?」

 

紫炎が消え失せた瞬間、東日流火は今度こそ目を疑った。

無理もない。

何故ならたった今紫炎に包まれたのは………、

 

「ガァァァァ………!!」

 

全身を炎に包まれたバキシムが、苦しみの咆哮を上げる。

そこに追い打ちをかけるように、声が聞こえた。

 

「昴は言った。感情に押し流された攻撃程避けやすく、誘導しやすいものはない。」

 

「くっ………、こんな………、こんな馬鹿な………!!」

 

全ては一人の天才が仕組んだ、もう一つの完璧な作戦だった。

理屈を立てて計算高く動く人間は賢い。

だがそういった人間ほど、計算が狂えばそれだけで理性的でいられなくなる。

その生き物特有の心理を逆手に取り、昴は敢えて東日流火を挑発。

冷静さを奪って直線的な攻撃を誘い、バキシムと同士討ちさせたのである。

 

「ムンッ!!」

 

未だ身体を燃やし続ける炎に悶えるバキシムを、タロウはすかさず抱えあげ、かの悪念将機目掛けて投げつけた。

炎天はたちまちバキシムに押し潰されるように海面に沈む。

どちらも既に満身創痍。

最早戦いの趨勢は、完全に決していた。

 

「昴は繰り返す。………貴様の負けだ。」

 

「ストリウム光線!!」

 

昴の口から下された死刑宣言に応えるかの如く、七色の光線が燃え盛るバキシムの背中を狙い打った。

全身を兵器に覆われた一角超獣の身体が、たちまちスパークを起こす。

 

「ぐっ………、私を破った所で………、主の復活は止められん………!!この町は………、この町はいずれ………、 混沌に呑まれるのだあああぁぁぁっ!!」

 

 

 

苦し紛れの負け惜しみも、アッパー湾に轟いた爆音の中に掻き消された。

その火が海面から消えて数秒後、茜色に染まった紐育の海を、穏やかな沈黙が包む。

戦いは、終わったのだ。

 

「ハッ。」

 

それを確かめるように頷き、タロウは夕焼けの空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………終わったか。」

 

元の静けさを取り戻したアッパー湾海上にて、昴は感慨深げに呟いた。

地平線に沈みゆく夕日と、赤く染められて波打つ海。

つい先ほどまでここで命のやり取りがあったなど、まるで嘘のようだ。

 

「昴さん、やりましたね!」

 

そんな昴機のモニターに若々しい隊長見習いの声が聞こえたのは、その時だった。

それに続き、仲間たちの労いの声が届く。

 

「昴、カッコ良かった! リカ、ほれぼれしたぞ!」

 

「あの東日流火をやりこめるとは、やっぱりアンタは天才だね。」

 

「………昴は白状する。さっきの理論の一部始終。あれはハッタリだ。」

 

内心ほくそ笑みつつ放った衝撃の一言。

モニターの先は途端に驚きに包まれた。

無理もない。

敵の攻撃を見切ったと宣言し、かつ宣言通りに炎天とバキシムを翻弄して見せたのだから。

 

「ハ、ハッタリ!?」

 

「それじゃあ、悪念将機の攻撃を見切ったというのは………。」

 

「ああ。正直なところ自信はなかったが、案外いけるものだな。」

 

それはかつての天才、九条昴からは考えられない行動だった。

他者の意見には必要以上に耳を貸す事なく、常に最低限のリスクでしか動かない昴が、上手くいくいくかどうかも怪しい手段に出たりするだろうか。

そんな自分たちに、昴をおどけたような笑顔を見せる。

少なくともそこにいるのは、今までの昴ではなかった。

 

「昴は思う………。これが変わるという事。これが………、僕のレボリューションだと。」

 

「昴さん………。」

 

いつもと違う、心からの笑顔。

新次郎には、それが昴の変わった証のようにも見えた。

 

「さて大河、足をつける場所がないが………、やっておくべきじゃないか?」

 

「………、はいっ!!」

 

そんな新次郎に、昴が声をかけた。

 

「それじゃあ、行くよ? 勝利のポース………、」

 

「「決めっ!!」」

 

流石に狭いコックピットの中では派手に動けないためか、モニター一杯にサムズアップを交わす隊員達。

そんな5つの星たちを見守るように、紐育の一番星が優しく輝いた。

M87星雲、ウルトラの星。

この町を導くもう一つのPolar Starの名前を、彼らはまだ知らない。

 

<続く>




《次回予告》

紐育に行け………。

それが、師匠が最後に託した言葉。

でも、この町はボクには眩しすぎて………

ねぇ、お姉ちゃん………

ボク、紐育になんて来なかった方が………

次回、サクラ大戦5。

《Dreaming》

ジェミニは………、妹はオレが守る!

摩天楼に、バキューン!
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