摩天楼の星   作:サマエル

6 / 13
その日、リカリッタは激しい物音に目を覚ました。
固い何かが互いにぶつかり、擦れ合う音。
断続的に聞こえてくるそれは、およそ日常で耳にするようなものではない。
となれば答えは一つ。
長年の賞金稼ぎとしての勘が、リカリッタにその正体を告げていた。

「………ノコ、ちょっと待ってろ。リカ、すぐ戻るからな。」

すぐ隣の寝床で眠ったままのフェレットに小声で告げると、スカーフに拳銃を忍ばせて外へ出る。

「………あそこか。」

すぐ近くの建築中のビル。
その一番上の鉄骨に、影が見えた。







午前3時。
紐育という町が眠りについてしばらく、その静寂をかき消す剣戟の音がベイエリアに響いた。
一つは身の丈はある大鎌を操る妖。
片や月光に映える一太刀を操る剣士。
薄明りでその表情をうかがい知る事は出来ないが、その絶え間ない剣戟の激しさから、両者が共にただならぬ因縁があると分かる。

「キャハハハ………!! 何をしようと無駄だよ! もうすぐこの町には、大いなる混沌が訪れるんだから!」

「そんな真似はさせん!! 仇の貴様から妹を守ると、オレは誓った!!」

「仇? そんなの殺しすぎて、誰かわかんないよ。」

「ならば教えてやる!! オレに五輪の書を託して死んだ、剣豪ミフネだっ!!」

「ミフネ………? ははぁ、テキサスの。じゃあお前が最後の一人っていう訳だ………。」

剣士の口から飛び出した『ミフネ』という名前に、赤目がギラリと光る。
恐らくは因縁の基を指し示す人物のようだ。

「!?」

再び殺気に満ちた剣の舞が始まろうとした時、それすら掻き消す引き金の音が割り込んだ。
丁度間に飛び込む鉛に反応し、二つの影が離れる。
刹那、下から幼くも鋭い声が飛んだ。

「こんなとこで何やってんだ!? 悪い事してるなら捕まえるぞっ!!」

鉄骨の先にいる相手への警戒を保ったまま、視線だけを僅かに下に向ける。
刹那、剣士は意外という表情を見せ、妖は露骨に嫌そうに顔を歪めた。
三編みの茶髪と、スカーフの中から忍ばせた金銀二丁の拳銃。
記憶が正しければ、その少女とは面識があった。
星組隊員の一人にして紐育きっての賞金稼ぎ、リカリッタ=アリエスである。

「邪魔が入ったな………。仮面の剣士、勝負は預けるよ!」

「………っ、待てっ!!」

突然の撤退勧告に、慌てて視線を戻す剣士。
しかしその振り向き様の一閃が当たる寸前で、妖は幻の様に掻き消えた。

「逃がしたか………。師匠、妹は必ず、必ず守り抜いて見せます………!!」

目の前に広がる虚空に吐き捨て、鉄骨から夜の闇へ飛び降りる仮面の剣士。
辺りは再び、夜の静寂に包まれた。

「………な、何だったんだ?リカ訳分かんねー………。」

その静寂に置いていかれたリカリッタの呟きが、虚しく木霊した。














「………ふーん、仮面の剣士がねぇ………。」

翌日、楽屋にて話を聞いた星組の中で、最初に相槌を返したのはサジータだった。

「最近になってよく事件に絡んでくるんだけど、証人に呼べないのがなぁ………。」

「いいじゃねぇか、そんな奴ぁ。どうせ寝ぼけて幻でも見たんだろ?」

「ムッ、嘘じゃないもん!!」

「おわぁっ!!」

真面目に聞かないハワードに、リカリッタの怒りの叫びが弾丸となって襲い掛かった。
普段なら昴なりダイアナなりが止めに入るのだが、生憎二人は舞台で公演中。
サジータも素知らぬ顔で眺めてばかり。
そのため今楽屋の空気を戻せるのは、我らが星組見習い隊長だけであった。

「リカ、楽屋で撃っちゃマズイって。ハワードさんも真剣に聞いてあげて下さい。」

いつものごとく打ちまくろうと構えるリカリッタを抑えつつ、ハワードをたしなめる新次郎。
その一方で、新次郎は件の剣士を思い返した。
仮面の剣士。
顔を仮面で隠して馬を操り、一振りの太刀を手に紐育に蔓延る悪を倒して回る謎多き剣士。
しかしハーレム地区やセントラルパークでは自分たちに代わって悪念機達と対峙した事実上、自分たち星組に敵対するとは考えにくい。
風のようにふらりと現れ、また風のように去っていく。
自分たちとはまた違った形で紐育を守る仮面の剣士に、新次郎は憧れにも似た感情を人知れず抱いていた。

「随分と賑やかだね?何か面白い話題でもあったのかい?」

楽屋の扉が開いたのは、リカリッタがようやく銃を下ろした時だった。
見ると今の今まで観客の歓声に包まれていたダブルキャストが、顔を揃えていた。

「よ、お疲れさん。今日はいつにも増して遅かったね?」

「ああ、カーテンコールが止まなくてね。演じた側としては、応えてやりたいものだから。」

「つくづく律儀だよな?適当に済ませてもバチはあたんねぇだろ?」

労いの声をかけるサジータに続き、ハワードがタバコに火をつける。
と、そのタバコを横から掻っ攫う手があった。
ダイアナだ。

「タバコは体に毒って、いつも言ってるじゃないですか。………それに、適当になんてできません。私たちの舞台に、それだけお喜びになった訳ですから。」

そう言って煙草を始末するや、昴と共に楽屋の奥に入るダイアナ。
流石に着替え中に取り返す訳にもいかず、ハワードは面白くないといった表情でソファーに座り直す。
数秒の気まずい沈黙。
それを破ったのは、意外にも昴だった。

「………で、何の話をしてたんだ?実に興味深い。」

「ああ、仮面の剣士だよ。リカが昨日の夜中に見つけたって言ってさ。」

「仮面の剣士………。ああ、セントラルパークの。」

「私も覚えてます。私達の代わりに、悪念機から緑を守ってくれましたよね。」

リカリッタの身に起きた出来事に、カーテンに仕切られた奥からも似たようなニュアンスが返って来た。
正体は分からないが、これまでの状況を鑑みるに悪者というイメージはないのだろう。
寧ろ昴が興味を抱いたのは、仮面の剣士とは別の事だった。

「昴は問う………。ならば仮面の剣士が相対したのは誰なのか………。」

「確か………、でっかい鎌を持ってたんだよな?」

「うん! それで耳がウサギ。目もウサギ。長くて白くて目が真っ赤。」

「赤目に鎌………。なるほど、怪しさぷんぷんだな。」

昴の言う通り、よくよく考えてみると赤目の人物も怪しかった。
身の丈はある鎌。
長い耳と白い肌。
そして血のような赤目。
仮面の剣士が紐育の悪者を退治するという共通項を合わせれば、如何にも悪者と言わんばかりである。
その赤目が紐育に害を成す存在、引いては例の悪念機との関連すら疑える。
昴は、そう睨んだのだ。

「………そう言えば、ジェミニはまだ来ないんですか?」

ふと、新次郎が楽屋の扉に視線を写した。
既に今日の舞台が終了して10分。
シアターの閉館時間を考えても、そろそろ取りかからないとまずい時間帯だ。
いつも明るく仕事熱心な彼女が、一体どうしたというのか。
すると、意外な答えが返って来た。

「何だ、知らねぇのか?アイツ今日早退してんだぜ?」

「そ、早退? ジェミニがですか?」

ハワードの口から出た意外過ぎる言葉に、新次郎は目を丸くした。
無理もない。
今までジェミニは早退はおろか、無遅刻無欠勤を貫いて来た勤労家だ。
そんな彼女が早退とは、本当にどうしたというのか。

「アタシらも実際に見た訳じゃないけどさ。何か元気もなかったらしいよ?」

「昴も聞いている。五番街に衣装を取りに行った後、急に体調を崩したと。」

「そうですか………。ジェミニ、大丈夫かな………。」

普段から明るく笑顔の絶えないだけに、何か深刻な問題があるのかも知れない。
普段から仲がいい事もあり、新次郎はいつになく不安を覚えるのだった。










五番街。
紐育でも一際華やかな繁華街の通称だ。
上質のドレスやタキシード。
宝石をふんだんにあしらった煌びやかなアクセサリー。
見る者全てを虜にする魅力溢れた場所だ。
しかし豚に真珠という訳ではないが、その魅力が万人を受け入れるかというと、そうではない。
希少な素材や宝石を惜しげもなく使用された宝物にも等しいそれらの値段は凄まじく、およそ一般の市民では遠く手の届かない代物である。
すなわちそれを身に着ける事が許されるのは、一般市民とは違う上流階級の人間だけという事になる。
魅力が人を選ぶ場所。
それが五番街だった。

「ここか。」

その一角にある婦人服専門店に、新次郎の姿はあった。
ショーケースに並べられたドレスやショール。
そのどれもが目玉の飛び出る値打ちばかりだ。
そのギャップに新次郎もまた、自分がこの場所に場違いな人間である事を自覚した。

「(ジェミニもこういうのに憧れてたのかな………?)」

キレイでありたいというのは、女性なら誰しも抱く強い願望である。
もしかしたらジェミニも、ラチェットやサニーサイドのような自分にない魅力を求めていたのかもしれない。

「ジェミニ………、そのままでも可愛いのに………。」

そう呟き、家路につく新次郎。






その時だった。






「キャアアアッ!!」



「な、なんだ!?」

突如裏通りから聞こえた悲鳴に、新次郎は反射的に駆け出した。
見れば店と店の間にある暗がりの中で、二つの影がもみ合っている。

「………いいから寄こせってんだよ!!」

「や、やめてください………!! これは………、店の大事な売り上げ………!!」

何かを奪い取ろうとする男の声と、それに必死で抵抗する女の声。
恐らくひったくりか強盗だ。

「止めろっ!!」

大柄な方の影目がけて、新次郎が飛び掛かった。
小柄とはいえ不意を突かれてはたまったものではない。
たちまち男は新次郎に巻き込まれて転がり、女が新次郎の後ろに跳び退った。

「コイツは僕が抑えます! は、早く警察に連絡を………!!」

「は、はいっ!!」

返事の直後に走り去る足音が聞こえた。
とりあえず先ほどの女性が襲われる危険はないだろう。
僅かに安堵する新次郎。
が、それが更なる危機を呼んだ。

「くっ、このガキッ!!」

「なっ、うわっ!?」

男は体格のみならず、腕力も強かった。
一瞬の油断を突いて新次郎の体を跳ね飛ばし、反対に馬乗りになる。

「邪魔しやがって………!! テメェから殺してやる!!」

言うや、強盗がナイフを振り上げた。
馬乗りにされたこの状態では、恐らくかわせない。
が、それでやられる新次郎ではなかった。

「させるかっ!!」

ナイフが振り下ろされる一瞬、新次郎は懐のキャメラトロンのフラッシュを焚いた。
暗がりの路地裏が一瞬、閃光に包まれる。

「ぐああっ………!! 目、目が………!!」

狙い通り目の眩んだ強盗にパンチを食らわせ、何とか脱出する新次郎。
しかし強盗もしつこかった。

「ヤロウ………!! 逃がしてたまるかっ!!」

どうやら意地でもこちらを殺すつもりらしい。
強盗は目を押さえたまま、闇雲にナイフを振り回しながら突進してきた。
だがこちらとて殺されてやる気も義務もない。
反撃の隙を伺おうと身構える新次郎。
だがその時、思いもよらぬ人物が姿を現した。

「なっ………、ぐああっ!?」

「!?」

それは正に一瞬だった。
背後から微かに馬の嘶きのような声を聞いた直後、リズムのよい蹄の音と共に一匹の馬が現れたのだ。
馬は新次郎の頭上を跳躍し、強盗の顔面に強烈な前足蹴りを食らわせつつ着地する。
その背に跨がる人物に、新次郎は息を呑んだ。

「(か、仮面の剣士………!!)」

それは紛れもなく、自分達と並んで紐育の平和を守る、謎多き件の人物だった。
後ろから見ると、ウェスタンハットから無造作に縛った赤い髪が見える。
やや高めの声色も含めると、もしかして女の子なのだろうか。

「ま、またテメェか!? いつもいつも邪魔しやがって!」

「こちらの台詞だ。誘拐、強盗、更には人殺し………。オイリー、どうやら貴様には更正の余地などないようだな?」

「ヒッ………!?」

言うや仮面の剣士は、腰に差した刀を抜き放ち、その白銀に光る切っ先を突き付けた。
オイリーと呼ばれた目の前の強盗は、その並みならぬ殺気に完全に怯みきったらしく、情けなくへたりこんだ。
どうやらこれで一件落着だろう。





だが直後、新次郎の安心をひっくり返す衝撃の言葉が飛び出した。





「救いなき悪党………、刀のサビにしてくれるっ!!」

「なっ………!?」

一瞬安堵に緩んだ新次郎の顔が、驚愕に震えた。
見てわかる通り、もう向こうは腰を抜かして降参している。
にも関わらず仮面の剣士は目の前の強盗を、斬ると言ったのだ。

「ヒィィッ!! お、俺が悪かった! も、もう盗みは止める! だから待ってくれ………!! 命だけは………!!」

「泣き言は………、あの世で言えっ!!」





「止めろっ!!」





無情に降り下ろされた冷たい刃を、金属音が遮る。
それは、新次郎の持つ鉄パイプだった。

「もういいだろう!? たとえ悪人でも、殺していい命なんてない!!」

「くっ、貴様………!!」

鉄パイプに中程まで刀をめり込ませ、仮面の剣士が歯を噛む。
すると背後で、情けない悲鳴と共に何かが走り去る足音が聞こえた。
恐らくはオイリーと呼ばれた強盗のものだろう。

「しまった、逃げられた………。」

顔を後ろに向け、新次郎は悔しげに呟いた。
今まで腰を抜かして命乞いをしていたというのに、逃げ足だけは早い奴だ。
そう思った直後、ふと鉄パイプが軽くなった。

「!」

見ると、こちらと距離を置いて対峙する仮面の剣士の姿が見えた。
その仮面の奥から放たれる殺気は、明らかに強盗ではなくこちらに向いている。

「その太刀筋………。貴様、まさかサムライかっ!?」

「だったらどうしたって言うんだ!?」

突然の問いに戸惑いつつも、肯定に近い返事を返す新次郎。
すると、相手は俄かに目付きを変えた。

「そうか………、ならば貴様が仇かっ!?」

「仇!? 一体何の事だ!?」

「問答無用っ! 覚悟っ!!」

一方的に言い放つや否や、仮面の剣士が斬りかかった。
新次郎も仕方なく鉄パイプを握りしめ、応戦する。
たちまち路地裏に、クラクションすら掻き消す激しい剣戟の音が木霊した。

「一体何の真似だ!? 僕は君と戦うつもりなんてない!!」

「貴様は無くともオレにはある!! 一年前、テキサスで貴様に師匠を奪われたオレにはなあっ!!」

「その頃はまだ日本にいた! アメリカに来たのはつい半年前だぞ!?」

以前セントラルパークで助けられた事を覚えていないのか、新次郎への敵意を剥き出しに遅い来る仮面の剣士。
テキサスだの師匠だの並べ立ててくるが、新次郎には当然ながら全て初耳だ。

「君こそ何故そうやって人を簡単に殺めようとする!? 以前の君は、悪者を戒めても殺しはしなかっただろう!?」

「戒める………? 馬鹿な、心を改められんような奴らに、そんな価値はない!!」

「やってみなければ分からないだろう!? さっきだってあのまま斬れば、君だって人殺しだぞ!?」

「笑止!! 人殺しの二つ名を恐れた心で、仇討ちなど誓うものか!!」

新次郎の説得も空しく、まるで聞く耳を持たない仮面の剣士。
そうした剣と言葉の応酬が幾度か交わされた後、仮面の剣士は大きく後ろへ跳躍する。
刹那、ただならぬ殺気が新次郎に浴びせられた。

お前を殺す。

目の前の光景全てが、そう告げるかのように。

「ここまでオレの太刀に抗えるとはな。だがこれで終わりだ!! ターニング・スワロー!!」

言うや、音速の殺気が牙を剥いた。
突きの姿勢で飛び込む一撃。
逃げ場のない路地裏という地形条件に、これ程有効な戦法はない。
ましてや、固さと軽さだけが取り柄の鉄パイプでそれを受け流すなど、不可能以外の何物でもない。
故に受け止める、あるいは横に受け流そうと構えられた鉄パイプは、乾いた金属音を伴いながら弧を描くようにネオンの空を舞った。

「うわぁっ!?」

「もらった!!」

獲物を奪われた新次郎の心臓目がけ、突きの姿勢で迫る仮面の剣士。
逃げ場もなければ防ぐ手立てもない。
一か八か、新次郎は勝負にでた。

「させるかっ!!」

両手を下から救い上げるように突き出す。
刹那、額の前で刃が止まった。
素手で刀を捕える日本古来の術。
真剣白刃取りである。

「そんな憎しみの込もった剣で、僕は斬れないぞっ!!」

「くっ………、まさか白刃取りの使い手とは………!!」

眼前まで迫った勝利を紙一重で覆され、仮面の奥の顔が悔しげに歪む。
その時、通りからサイレンの音が聞こえてきた。

「お巡りさん、こっちです!!」

「よし! ただちに確保せよ!!」

先ほどの女性に続き、ソルト警部が部下を連れてなだれ込んできた。
仮面の剣士は舌打ちを残し、馬に跨って路地裏の奥に消える。

「逃げられたか………。ボーイ、無事かね?」

「あ、はい。僕は平気です。」

珍しく心配するソルトに返事を返し、新次郎は闇に包まれた路地裏に視線を戻す。

「(仮面の剣士………、君は、人殺しのために剣を振るうつもりなのか………?)」

かつて見た輝かしい勇姿とかけ離れた背中に、新次郎は同じ剣に生きる者として、言い知れぬ虚しさを感じた。












五番街ビル屋上。
夏を過ぎ、夜はやや肌寒い風の吹くこの場所から、真下を眺める影があった。
闇に溶け込む黒装束。
まるで、忍者のような。

「………目覚めは近いか、『ビシュメル』………。」

つい先程まで喧騒に包まれた路地裏の一つに目を細め、静かに消え失せる。
それを知る者は、誰もいない。










「………なるほど、仮面の剣士ね。」

翌朝、新次郎から事の一部始終を聞いたサニーサイドは、呑気な返事を返した。
目線は自分ではなく池の鯉に向いていて聞き流していないか不安になる。

「ちょうど良かった。実はボクも、仮面の剣士に興味が沸いてたんだよね。」

「え?サニーさんもですか?」

意外な返答に素直に反応を返す新次郎。
すると、サニーサイドはさも当たり前のように答えた。

「おかしいかい?彼女は生身で悪念機と渡り合える霊力の持ち主。戦力的にもうってつけじゃないか。」

「戦力………って、まさか仮面の剣士を隊員にするんですか!?」

更に突拍子もない言葉に、新次郎は仰天した。
確かに今の所星組の選考基準は『霊力の高さ』だけしか共通点がないが、何処にいるかも分からない仮面の剣士を加入させるなど異例中の異例である。
すると、サニーサイドの口から意外な言葉が飛び出した。

「ああ、そういえば教えてなかったね。星組の四人には霊力だけじゃない。ある共通点があるんだ。」

「共通点?」

まるで今の新次郎の思考を読み取ったかのような言葉に、思わず目を丸くする新次郎。
すると、その横から王が姿を見せた。

「サニーサイド様に代わって、御説明致しましょう。我々星組の隊員に属する者はみな、身体の一ヶ所にこのような痣があります。」

「これは………、五輪ですか?」

黒い丸が五角形の点のような並んだ写真に、新次郎はふと閃くものがあった。
確か五大元素を輪で表した仏教の教えと、士官学校で習った記憶がある。

「ボクの持ってるある本に、こう書かれているんだ。『聖地に魔が現れし時、五輪の戦士聖地に集いて、魔を封じ込めん』とね。」

「その五輪の戦士の証が、痣って事ですか?」

「左様。魔が世に降臨する度、その地に居る者に痣は現れると言われております。」

「ボクも最初は半信半疑だったけどね。設立時からいた昴には実際に痣があった。疑う余地はないって事さ。」

王の補足を含め、新次郎はようやく星組の真に見据える先を理解した。
自分達紐育華撃団の敵はその魔と呼ばれる存在であり、それを封じ込められる五輪の戦士を隊員として加えている訳だ。

「………あれ、でも頭数は揃ってるんじゃ………。」

「頭数はね。しかし現在痣がある隊員は4人だけ。ラチェットやハワードはなかったし、大河君もないだろう?」

要するに現在確定した五輪の戦士はサジータ、ダイアナ、昴、リカリッタの4人。
五輪という名前からして、あと一人いると考えるのが自然だ。
サニーサイドはその五人目として、仮面の剣士をマークしていたのである。

「悪念機を圧倒する霊力と、仏教と縁の深い日本刀の使い手………。如何にもって感じじゃない?」

「確かに………、仮面の剣士なら納得出来ます。」

サニーサイドの意見に賛同する新次郎。
確かにこんな大都会で刀を振り回すのは自分と加山位だろうし、痣を抜きにしても度々窮地を救ってくれた仮面の剣士が加わってくれるのは心強い。
それに新次郎もまた、仮面の剣士にある思いを抱いていた。

「と言う訳で大河君。仮面の剣士、接触してみてくれるかい?」

だからだろう。
サニーサイドの提案を、新次郎は快く引き受けた。










「なるほど、五輪の戦士と仮面の剣士か………。」

その日の休憩時間。
新次郎は屋上に顔を揃えていた面々にサニーサイドとの話を伝えた。
やはりサニーサイドは誰にも話していなかったらしく、皆一様に驚きと共に納得の表情を見せた。

「その痣なら知ってるよ。身体検査の時から気になってたからね。」

「リカも、リカも!! みんなお揃いだな!!」

「私達に高い霊力がある事も、もしかすると痣の因果なのかもしれませんね。」

「確かに、可能性は高い。恐らく悪念機を束ねる黒幕も、五輪に纏わる敵と考えていいだろう。」

これまで自分たちにすら知らされていなかった五輪の伝説。
何故このタイミングでサニーサイドが新次郎を通じて告知したのかは分からないが、少なくとも敵の正体に対して大きく踏み込めた事は間違いない。
と、ここでハワードがある疑問を呈した。

「けどよ、その仮面の剣士が最後の一人だったとして、俺たちと組んでやれると思うか?」

それは、近いうちに起こるかもしれない事態への危惧だった。
日本伝来の五輪の伝説と、西部の恰好に似合わない日本刀を操る仮面の剣士。
『日本』という共通項から、彼女が仮に5人目の五輪の戦士だと言われても、何ら疑問は沸いて来ない。
が、問題は彼女が五輪の戦士か否かではない。
彼女が五輪の戦士だったとして、共に戦えるのか否かなのだ。

「あいつは誰とも馴れ合わない一匹狼だ。たとえ五輪の戦士だろうが、チームに順応できないような奴をスターに乗せてやる気はねぇぞ。」

「で、でも………。」

反論しかけ、新次郎は思い出したように口をつぐんだ。
昨夜の、五番街での衝突が、脳裏を過ったのである。
ハワードの言葉は正論だろう。
星組の売りは各々の高いポテンシャルもそうだが、偏に新次郎を中心とした高いチームワークにある。
その形成されたチームの和は、維持されている間こそ強固な力を発揮するが、一たびそれが乱される事があれば、途端にチームは崩壊してしまう。
仮面の剣士が悪者だとは思わない。
だがハワードの言うとおり仮面の剣士がこちらのチームワークを乱すような真似をすれば、たちどころに星組は全滅の一途を辿ってしまう事になるだろう。
彼女がもし、昨夜のような凶行に及んだのならば。

「何か分かるな。あいつ自分のためにしか動かないスタンスだし………。」

「そうですね。仲間になって頂くのは、簡単ではなさそうですね。」

そんな新次郎を尻目に、仮面の剣士に対する厳しい評価を並べる隊員達。
確かに生身で悪念機と戦える戦闘力頼もしい限りだが、チームワークの面でマイナスを及ぼされるのは見習い隊長としても遠慮したい。

「コラ、みんな揃って何サボってるの!?」

鬼、もとい副司令の雷が落ちたのは、ちょうどその時だった。
それまで盛り上がっていた面々が、そろってラチェットに視線を向ける。
驚いたというより戸惑いの表情だ。

「は?あたしら、何か仕事聞いてたか?」

「リカも知らないぞ?」

「昴は答える。屋上に洗濯物が干されていない。」

一同が戸惑う中、昴は一人感づいたように屋上隅の手すりに目を向けた。
いつもならこの時間、真っ白な洗濯物の山が一面に風に揺れているはず。
記憶が正しければ、それはシアターの掃除係の仕事だった。

「もしかして………、ジェミニ欠勤してるんですか?」

まさかと思い尋ねる。
答えたのはラチェットだった。

「あらやだ、聞いてなかったの?私もプラムから聞かされて本人とは会ってないんだけど、元気の欠片もなかったらしいわ。」

おかしい。
新次郎は友人の変調に、いつになく不安を覚えた。
いつも明るくジョークで周りを和ませ、いつか星組の舞台に立つ事を夢見ていたジェミニ。
この輝かしい町で一際輝いていた彼女に、一体何があったというのだろうか。

「ジェミニ、今日も休みなのか?リカ、寂しいぞ………。」

「私も心配です。何か悩み事があるのかも知れないですけど、お会いしない事には伺えませんし………。」

新次郎の不安そのままを口にするダイアナ。
すると、サジータが思いついたように手を叩いた。

「そうだ、今日の公演が終わったらみんなで見舞いに行かないか?」

「それ、いいな!! リカの顔見れば、ジェミニ元気になるかもな!!」

なんとなくみんなで騒ぎたいだけのような印象も受けるが、悪い考えではなかった。
悩み事というものは一人であれこれ考えるより、気心のしれた他人に聞いてもらう方がよくなる事が多い。
特に星組の面々はジェミニにとって憧れの存在。
カウンセリングのメンターとして、これ程心強い者はないだろう。
と、ここで徐に立ち上がる影があった。
ハワードである。

「見舞いだなんだはどうでもいいけどよ。」

呆れた態度を隠しもせず、ハワードはけだるげに屋上隅を指差した。

「いい加減干さねぇとヤバいんじゃねぇのか?」




Dreaming~夢追いの双子~

ニューヨークビレッジ。

ミッドタウンに次ぐ人口密度を誇る住宅街。

その建物の多くは華やかな大都会においてやや簡素な雰囲気を漂わせているが、セレブの下を唸らせる名コックのレストランや、マンハッタン随一の規模を誇る図書館があるなど、文化的な魅力を十分に揃えた地区だ。

その片隅にあるやや小さめのアパートに、ジェミニ=サンライズの住居はあった。

 

「………ハァ………。」

 

何度目か分からないため息をつき、ふと目線を足元から壁に向ける。

ごみ置き場の木材をかき集めて作った自前のクローゼット。

だが、そこには一着の服も掛けられていない。

何もない真っ暗な空間だけが、ただ無意味に広がっていた。

 

「ねぇ、ラリー………。」

 

長い間苦楽を共にしてきたパートナーに、無気力な声で語りかける。

気遣うような返事が返ってきて、少しだけ心が安らぐ。

 

「ボク………、やっぱり都会には向いてないのかなぁ………?」

 

返事はない。

当たり前だ。ラリーが答えられれば苦労なんかしない。

 

「………ん?」

 

玄関の来客を知らせる呼び鈴が鳴ったのは、その時だった。

今はあまり人に会いたい気分ではないが、このまま居留守を使うのも悪い。

 

「はい、どちら様で………、!?」

 

元気のない声のまま扉を開ける。

刹那、驚きの光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の訪問にも関わらず、ジェミニは快く新次郎たちを迎え入れてくれた。

昨日の相対に続く形での欠勤に心配していた面々も、ひとまず胸を撫で下ろす。

どうやら思ったほど重症ではないらしい。

それどころか、憧れの星組が揃って来てくれたことが嬉しいのか、ジェミニは豪勢なハムステーキを振る舞ってくれた。

 

「いつもながら最高の焼き加減だね。どうやるんだい?」

 

「最初だけ強火で両面を焼いて、後は弱火にするんです。そしたら、中まで火が通ってるのに固くならないんですよ。」

 

「なるほど。適度な温度でアミノ酸を分解させ、固く焼いた表面でそれを押しとどめるのか。」

 

「何だそりゃ? リカ、訳分かんねー………。」

 

「アハハ、まあ難しい事考えないで。お替わりまだまだありますから。」

 

いつものシアターでの朝食会をそのまま持ってきた和やかな様子に、思わず微笑みを浮かべる新次郎。

だが当初の目的を忘れた訳ではない。

星組のみんなと談笑を楽しむジェミニの様子は至って普段通り。

何も変わった様子はない。

しかし一度その下の皿を見て、新次郎は眉を寄せた。

 

「(………やっぱりジェミニだけ食べてない。)」

 

自分を含め、既に各々の皿は空になっている。

にも関わらず、ジェミニの皿には湯気のおさまりつつあるハムステーキが乗っていた。

ナイフとフォークが定位置に置かれたままである事から、どうやら一口も手をつけていないようだ。

 

「………あ、そろそろお代わり持って来ますね。」

 

周りの皿が空だと気付くや、ジェミニは自分の皿を余所にキッチンへ立つ。

新次郎は手伝うと言い残し、後を追った。

 

「あ、新次郎。別に手伝いなんてよかったのに。」

 

今日の欠勤が嘘ではないかと思わせる程の明るい笑顔。

だがそれがただの強がりである事を、新次郎は知っていた。

 

「………ジェミニ、僕達友達だよね?」

 

「え?………も、もちろん。どうしたのさ急に?」

 

一瞬だが目の前の笑顔が消え、何かに気づいたような表情が見えた。

悩みを抱えている相手からその中身を聞き出す際、ぶしつけに問い質すのは良くない。

顔を知る人間、取り分け仲の良い人間にも簡単に話そうとしないのだ。

その事から、言いたくても言えない、または言いづらい悩みと考えられる。

そうでなければジェミニの事だ。

こうして出向かずとも自分から話してくれるに違いない。

逆にこうして話そうとしないのは、余程他人には聞かれたくない内容なのだろう。

新次郎はまず他に聞く人間がいない状況で、可能な限り柔らかく尋ねるよう心がけた。

リビングから離れたこの場所で、しかも星組の中では恐らく一番顔馴染みの自分になら、流石にジェミニも打ち明けてくれるかも知れない。

そう思ったからである。

 

「それならさ、僕の前では正直に話して欲しいな。昨日の午後から、君に何があったのか。」

 

「え………?」

 

「ジェミニ、君が何に悩んでるのかは分からない。けど、これだけは言える。僕は………、君の味方だよ。」

 

また、笑顔が消えた。

一瞬かそれ以上、ジェミニが真っ直ぐ新次郎を見る。

今度は何か意外な事に驚いた表情だ。

僅かな沈黙。

それを破ったのは、ジェミニだった。

 

「………、ごめん。」

 

返ってきた答えは、悩みの正体ではなかった。

再び重苦しい沈黙が、薄暗いキッチンを包む。

 

「ジェミニ………。」

 

耐えきれず何かを語りかけようとする新次郎。

だがジェミニはそれから逃げるように、キッチンを後にした。

 

「済まないジェミニ、手洗い場を借りたいんだけど………。」

 

「あ、はい。こっちです。」

 

まるで何事もないかのように振る舞うジェミニ。

その姿を、新次郎は何も言わず見守る。

ただ、先程までの微笑みは、もう浮かべられそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当は、嬉しかった。

 

「僕は………、君の味方だよ。」

 

その言葉に、心の底から救われた気がした。

その優しい眼差しに、すがりたかった。

 

だが………、何かがそれを止めた。

 

本当は悩みを打ち明けたい。

力になって欲しい。

一言、たった一言で済む事だ。

が、それが出来なかった。

言葉では言い表す事の出来ない何かが、それを止めたのだ。

そして目の前まで迫った救いの手を、自分から振り払ってしまった。

まるで自分の身体が、別の何かに操られているかのように。

 

「いや~、すっかりご馳走になっちまったな。」

 

「リカも腹一杯。ありがとな、ジェミニ。」

 

身の毛がよだつような恐ろしさに、ジェミニは心の奥で震えた。

自分の身体が言うことを聞かない。

いや、別の何かに操られているかも知れない。

そう思うと、一人になる事がとてつもなく恐ろしかった。

 

「し、新次郎!」

 

だからだろう。

帰り際の彼を、ジェミニは思わず呼び止めた。

 

「良かったら………、その………、か、片付け………、手伝って、………くれない、かな………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外はすっかり日が沈み、空には無数の星が輝いていた。

いくら残暑が厳しくないとはいえ、やはり夏の間はまだ明るさの残っていた時間帯で周囲が闇に閉ざされれば、季節の変わりを嫌でも感じざるを得ない。

 

「………妙だ。」

 

面々がぼちぼち帰り始めようとする中、不意に口を開く者がいた。

振り向けば、星組の参謀とも呼ぶべき人物が、何とも難しい表情で顎を押さえている。

 

「妙って………、何がだい?」

 

ぶしつけな一言に意図が見出だせず、サジータが尋ねる。

一方、ダイアナは何か思い当たる節があったのか、やや不安げな顔で答えた。

 

「ジェミニさん………、ですよね?」

 

「ああ。今日初めて彼女の家を訪れた訳だが、些か気になる点があった。」

 

「何だ?アミノ何とかか?」

 

「これは僕の推測に過ぎないが………、ジェミニと仮面の剣士。この二人は少なからず関係がある。」

 

無駄口を叩くリカリッタをバッサリ切り捨て、突拍子のない昴の言葉に三人は驚きを見せた。

最近様子のおかしいシアターの掃除係と、紐育を騒がせる仮面の剣士に、一体何の関係があるというのか。

 

「まさか、あの馬の事言ってんじゃねぇだろうな?」

 

ふと、ハワードが口を挟んだ。

ジェミニと仮面の剣士。

この二人を強引に結び付けるとしたら、馬を所有しているという一点のみ。

しかしジェミニの部屋にいた馬、ラリーは時折騒ぐ事こそあるが、基本的に大人しい馬だ。

昴も同じ事を考えていたのか、表情はそのままに小さく頷いた。

 

「それもあるが、もう一つ重要な共通点がある。」

 

「共通点、ですか?」

 

今度ばかりは分からないと、ダイアナも首を傾げる。

無理もない。

これは他人づてに聞いたのであり、自分達が実際に見た訳ではないのだから。

 

「ジェミニが調子を崩したというのが昨日の昼頃………。そして、大河が仮面の剣士に襲われたのが昨日の夜中………。」

 

目を閉じて謎かけのように答える昴。

すると、その言葉に閃く人物がいた。

裁判という業務上、人物関係の推論に秀でた敏腕弁護士、サジータである。

 

「なるほど………、どちらも変化が現れたのは昨日の間って事だな。」

 

「それだけじゃない。大河が襲われたのは五番街の路地裏。そしてジェミニが調子を崩す直前に向かった場所は………?」

 

「………、五番街………!!」

 

変化の訪れた時間と場所が重なっている。

昴が推測した疑問は、ズバリそこだった。

ジェミニと仮面の剣士。

紐育内でテキサスでもないのに馬を所有しているという珍しい点を含めれば、共通点は意外な程多い事が分かる。

これら全てを只の偶然と笑ってしまえばそれまでだろう。

だが、昴は元よりその場の誰もが笑い飛ばせる気にはならなかった。

昴自身が口にした通り、今の一部始終は全て推測に過ぎない。

だがもし、その推測が事実であり、両者に何らかの関係があるとしたら。

いや、それより寧ろ………。

 

「まさか………、な………。」

 

五人の視線がつい先ほどまで賑やかだった部屋の窓に向けられる。

そんな筈はない。

今のもきっと思い過ごしだ。

そうである事を誰もが願いながら、それを口にできる者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっ!?か、仮面の剣士が………!?」

 

外で良からぬ推理がなされている頃、新次郎もまた驚きの事実に表情を強張らせていた。

その理由は言わずもがな、目の前の少女の口から出たある一言に尽きた。

 

「うん、ぼくのお姉ちゃんなんだ………。『ジェミニン』って言うんだけど………。」

 

目の前でそう答えるジェミニの表情は、明らかにいつもの明るさを失っていた。

名目上片づけの手伝いで部屋に残った新次郎だが、実際にやった事といえば適当に皿を洗っただけで、それも数分もしない内にお茶共にリビングに待たされることとなった。

恐らくジェミニ自身、片づけよりも他に用事があったのだろう。

そして半分ほど湯呑を啜った時点でキッチンから戻ってきた第一声が、仮面の剣士が実の姉であるという事実だった。

 

「それじゃあ………、ここでお姉さんと二人で暮らしてるって事?」

 

「うん………。でも、お姉ちゃんいつも出かけてるみたいで………。ご飯作り置きしてたら、食べてくれるんだけど………。」

 

不可解ではあるが、納得できる話だった。

普段ジェミニの前に現れないのは、日常の大部分を仮面の剣士として活動しているため。

ジェミニの言葉通りなら、仮面の剣士ことジェミニンはジェミニの出勤後に帰宅し、ジェミニの帰宅前に家を後にするという事になる。

何ともよそよそしい姉だと、新次郎は思った。

 

「………ご両親は?」

 

これまでの会話からある程度の予想はついていたが、新次郎はあえて尋ねた。

すると、予想通りの答えが返ってきた。

 

「………分かんない。物心ついた頃には、お姉ちゃんが親代わりだったから………。」

 

「そうか………、じゃあ今まで二人で生きてきたんだね………。」

 

「ううん。育ての親ならいたよ?」

 

「育ての親?」

 

初めて出てきた予想と反する言葉に、新次郎が感傷から引き戻された。

が、意外にもこのミフネこそ、仮面の剣士のルーツにかかわる人物だった。

 

「ミフネっていってね、ボク達に剣を教えてくれた師匠なんだ。すっごく強くって、そのくせ駄洒落と甘いものが大好きで、綺麗な女の人にはすぐデレデレして………。」

 

恐らくそのミフネという人物を思い浮かべたのだろう。

まだ陰りが残っているが、ジェミニも僅かに笑顔を見せる。

何せ物心ついた頃から親がいないというのだ。

幸いにも両親共に健在の新次郎にはその気持ちは推し量る事しかできない。

だが数か月前のリカリッタの件からも明らかなように、親がいないという意味がいかに苦しく、それを埋めてくれる育ての親という存在かどれだけ暖かいものであるかは、新次郎でも容易に想像できた。

 

「でも………、師匠、殺されちゃった………。」

 

「………こ、殺された………!?」

 

思いがけず耳に飛び込んだ物騒な言葉に、新次郎は思わず繰り返してしまった。

早くに実親を亡くしたジェミニにとって親同然だったであろう育ての親が何者かに殺された。

それが彼女の心にどれだけ深い傷を残したか、想像に難くない。

が、それと同時に新次郎の脳裏にある人物がよぎった。

 

「………待てよ?じゃあまさかジェミニンが仮面の剣士になったっていうのも………!?」

 

「うん………、師匠の仇を取るためだよ。そのために、紐育に来たんだ。………少なくともお姉ちゃんは。」

 

やはりそうか。

自身の予想と一致したジェミニの答えに、新次郎はこれまで謎に包まれていた仮面の剣士の真相に大きく踏み込んだ事を確信した。

仮面の剣士ことジェミニの姉ジェミニンは、育ての親であり且つ剣の師匠でもあるミフネの命を奪った仇を討つべく、仮面の剣士として紐育を暗躍しているのだろう。

悪念機を圧倒し、自分とも対等に渡り合うだけの剣の実力も、ミフネに教えられたものと考えれば納得できる。

 

「ボク、昔はもっと気弱で、いつもお姉ちゃんに守ってもらってたんだ。だからお姉ちゃん、師匠の仇討ちって言うより、ボクを仇から守ろうとしてるのかも………。」

 

「そうか………。」

 

考えられる話だった。

育ての親を失って悲しいのはジェミニだけではない。

同様に寂しさに耐え、一人妹を守ってきたジェミニンもまた然りなのである。

育ての親を奪われ、自分たちもまた仇に命を狙われるやも知れない。

文字通り必死に会得した剣術で妹を凶刃から守ろうと考えるのは、姉という立場上極めて自然だ。

が、ここで新次郎はある不可解な点に気付いた。

 

「でも………、その仇がいるかも知れない街に君が住む事は反対しなかったの?」

 

先ほどジェミニは『師匠の仇討ちのために紐育に来た』と話した。

という事は、どんな情報源に頼ったにしてもこの街にその仇が潜んでいる事は間違いない。

それも仮面の剣士の師匠を屠ったのであるから、恐ろしい程の手練れのはずだ。

妹を守るという立場のジェミニンからして、そんな宿敵の潜む町に妹を日常的に住まわせる事に反対しなかっただろうか。

 

「それはないよ。お姉ちゃん、いつも言ってるんだ。『お前はオレが守ってやるから、オレの側を離れるんじゃないぞ』って。」

 

新次郎の呈した疑問に即答するジェミニ。

その時、新次郎は口にこそ出さなかったが、彼女の答えは新たにある疑念を生じさせた。

 

「(………おかしい。ジェミニンの行動と辻褄が合わない。)」

 

ジェミニの言葉を基に考えられるジェミニンの人物像は、妹を気遣う優しい姉という印象が強い。

確かに妹を守るという信念の下に仇を探しているのなら、仮面の剣士となるいきさつも説明できる。

が、それが今この状況に当てはまるかというと、話は別だった。

まず、『オレの側を離れるな』と言って置きながら、自分だけ一緒にいないというのはどうした事だろうか。

単独で仇を探すにしても、入れ違いでジェミニが襲われる可能性も否定できない。

もし本当にジェミニンが仇討ちよりも妹の身の安全を重視するのであれば、可能な限り妹の近くに居ようとするはずだ。

にも関わらず、こちらから見ても余所余所しいとしか言いようのない行動をとるジェミニン。

それを微塵も疑う様子を見せないジェミニも含めて、新次郎は僅かばかりの違和感を覚えた。

 

「………ところで、どうして君の師匠は襲われたの?闇試合を挑まれたとか?」

 

その違和感の原因を探るべく、新次郎は不本意ながらも重ねて尋ねた。

着目したのは師匠を殺めたという仇。

一体何が目的で、何故ミフネを殺害する事になったのか。

ジェミニは不意に立ち上がると、机の引き出しから一つの巻物を取り出した。

紙が黄ばんでいる事から、かなりの年代物と分かる。

だが、新次郎はそれよりも驚く事があった。

 

「(こ、これは………!!)」

 

巻物の文字は劣化と達筆である事もあって読めない。

だがその末尾にある五つの星座のような黒い点模様に、新次郎は見覚えがあった。

サニーサイドの言っていた間を封じる戦士の紋章、『五輪』である。

 

「これ、師匠が死ぬ間際にボクに渡したんだ。アイツも、これを狙って………!!」

 

悔しげに呟かれたアイツとはズバリ、仇の事だろう。 

その人物は目の前の巻物を狙って現れ、抵抗したミフネを殺害した。

となれば、今その巻物を所持しているジェミニは常に危険に曝されている事になる。

そうなるとジェミニンがジェミニと距離を置く理由がますます分からなくなるが、逆に何故彼女が悪念機と戦う自分達に加勢してくれたかは納得出来た。

何故なら仇の狙っていたミフネの巻物に記されたのは紛れもなく五輪の戦士に関係するもの。

つまり仇は、自分達の相対する悪念機の黒幕か、それに少なからず関係する人物に限定される。

ジェミニンの追う敵と自分達星組の敵は、共通しているという事だ。

 

「それで………、紐育に来たんだね?」

 

「うん。巻物と一緒に師匠が言ったんだ。『紐育に向かえ』って………。」

 

「それで、シアターに?」

 

「巻物の中に手紙が入ってたんだ。もしワシにもしもの事があったら、紐育のサニーサイドを頼れって………。」

 

「サ、サニーさんを!?」

 

またも思いもよらぬ人物の名前に、新次郎は目を見開いた。

ミフネの残した人物の名前はサニーサイド。

それは言わずもがな紐育華撃団星組総司令、マイケル=サニーサイドに他ならない。

紐育を騒がせる謎の仮面の剣士ジェミニンと、紐育華撃団。

この二つが、遂に繋がったのである。

 

「………でもね、ホントはボク、迷ってるんだ。」

 

「うん、お姉さんの事だろ?」

 

ふと、ジェミニが不安げに呟いた。

無理もない。

実親に続いて育ての親まで失ったジェミニにとって、ジェミニンは最早唯一無二の肉親なのだ。

その姉が四六時中危険の渦中に身を置いているのだから、その孤独からくる不安は察するに余りある。

 

「ねえ新次郎。ニッポンじゃ、師匠が殺されたら弟子が仇を取るのって当たり前なのかな?」

 

だからこそだろう。

ジェミニンはともかく、ジェミニは仇討ちに少なからずの疑問を抱いているようだった。

確かに日本にも仇討ちの風習は昔から存在する。

江戸時代にあった忠臣蔵など、有名な話も多い。

 

「………当たり前かどうかは人それぞれだけど、君の師匠がそれを望むとは思えない。」

 

「師匠が?どうして?」

 

「だって明確に仇を取れと言ったわけじゃないんだろ?弟子をそんな危険に遭わせようとする人には聞こえなかったんだ。」

 

だが、新次郎自身は仇討ちが良いものなどとは考えていなかった。

仇を討ち、恩師の無念晴らすと言えば聞こえはいいが、それ自体はれっきとした殺人である。

忠臣蔵の赤穂浪士たちでさえ、それ自体は罪として揃って罪人となった自分たちは切腹している。

ミフネがどんな人物かは分からないが、少なくともジェミニの話を聞く限り、愛弟子をそんな危険に晒す目的で紐育に向かわせたりするような人物には見えない。

それより寧ろ、経済的に余裕のあるサニーサイドの下で安全に暮らせと言ったと考える方がまだ納得出来る。

最も五輪の戦士に関係する書物を当事者に託す目的もあるのだろうが。

 

「………そっか。そうだよね。師匠が………、あんなに優しい師匠が、仇討ちなんて望むはず、ないよね………。」

 

新次郎の答えに、ジェミニはホッと胸を撫で下ろした。

やはりジェミニも仇討ちに疑問を抱いていたのだろう。

もう姉が危険な目に自分から遭う必要はない。

それがジェミニにとってどれだけ嬉しい事か。

 

「………ホント、新次郎は凄いよね。ボクがずっと悩んでた事、簡単に解決しちゃうんだもん………。」

 

ふと、ジェミニが呟いた。

昔から褒められる事に慣れない新次郎は、思わず赤い顔で謙遜した。

 

「いや、そんな事………。」

 

「ホントだよ?新次郎は輝いてる。ボクなんかより、ずっと………。」

 

「え………。」

 

その謙遜に帰ってきたのは、自嘲の混じった返事だった。

新次郎はハッと思い出す。

ジェミニもまた、自分自身に何等かの悩みを抱えていたという事を。

 

「ボクは駄目だ………。街中でラリーに乗るのも我慢して、都会の女の子みたいにオシャレも勉強したのに………。この街は、ボクを認めてくれない………。」

 

「ジェミニ………。もしかして五番街で………。」

 

「うん。ラチェットさんみたいに綺麗な服買おうと思って………。貯金、無駄になっちゃった。」

 

ジェミニの悩み。

それは紐育という全く新しい環境に馴染めないことへのジレンマだった。

確かにジェミニのスタイルは、悪い言い方をすれば田舎っぽい。

最もスチームレボリューションの果てに世界屈指の大都市に発展し、今なお進化を続ける紐育に匹敵するような街があれば見てみたいものだが。

 

「もう、テキサスに帰りたい………。あそこにはみんなあるんだもん。太陽も、土も、馬も、温もりもみんな………。この街は、眩しすぎるよ………。」

 

いつかラチェットは言っていた。

この街はいつも、夢に溢れていると。

この街の誰もに、チャンスが与えられていると。

最初はその言葉が最高の幸せを約束しているようにも聞こえた。

だが実際は違う。

中にはチャンスを掴めず、ただもがき苦しむ者もいるのだ。

例えば、目の前の少女のように。

 

「ジェミニ………。」

 

何か元気づけようと口を開きかけ、思わず噤む。

今の自分に、何か力になれるような事が言えるだろうか。

未だ夢の掴めない少女に、来て早々夢を掴み、叶えてしまった自分が。

もし逆の立場でそんな励ましをもらえば、自分は皮肉と受け取っただろう。

だが、何も言えずにいる訳にもいかない。

新次郎は咄嗟にジェミニの口から出てきた町の名前に縋った。

 

「もしテキサスに帰るなら………、ボクも連れて行ってほしいな。」

 

「え………?」

 

「ジェミニの故郷なんだろ?僕も見てみたいんだ。君が生まれ育った町を。」

 

暗い表情から一転して、ジェミニは驚いたような顔で新次郎を見た。

そして、僅かに頬を赤く染めて微笑んだ。

 

「………うん。ボクも、新次郎に来て欲しい。見せてあげたい。ボクの町、テキサスを………。」

 

「ジェミニ………。」

 

それから少しの間、会話が途切れた。

賑やかな紐育らしくない、静かな沈黙。

だが、先程までの暗い空気は消えていた。

 

「………ねぇ、新次郎?」

 

こちらに視線を向けたまま、ジェミニが不意に口を開いた。

 

「もし、良かったら………さ。」

 

「?」

 

「その………と、泊まってかない?」

 

「ブッ!?」

 

新次郎は思わず口に含んだ日本茶を吹き出してしまった。

今耳に飛び込んで来たのは幻聴だろうか。

だが目の前の少女の頬を赤らめてこちらを眺める様は明らかにそれを否定していた。

まさか………。

いや、ジェミニはそんな軽々しい女性ではない。

 

「ダメ………かな?」

 

「い、いや、その、ダメというか………、日本男児たるものとして、軽々しくそんな………。」

 

人知れず葛藤する新次郎に更なる追い打ちがかけられた。

何とか冷静にその場を静めようとするが、いかんせん動揺して回らない呂律では何を喋っても無意味である。

その何とも可愛らしく情けない様がツボに嵌まったか、今度はジェミニが吹き出した。

 

「アハハハハ、何慌ててんのさ! ボクの事そんな目で見てたの?もう新次郎ったら………。」

 

「へ?………か、勘弁してよ………。」

 

腹を抱えて笑いを堪えるジェミニにようやく自身の早合点に気づき、新次郎はテーブルに突っ伏した。

ハッキリ言って赤っ恥もいい所である。

 

「………でもね、新次郎にいて欲しいのはホントだよ?」

 

ひとしきり笑った後、ふとジェミニが真顔に戻った。

 

「新次郎が一緒だと、こんなに辛い時でも、さっきみたいに笑えるんだ。そしたら………夜中に、泣かずに済むと思うから………。」

 

「………ジェミニ………。」

 

恥ずかしそうに視線を逸らすジェミニに、新次郎は思わず表情を変えた。

そうだ。

今の彼女の前には自分がいる。

先程の様に他愛もない話で笑いあったりできる。

しかし自分が今ここからいなくなれば、ジェミニは恐らく一人きりだ。

誰かといる間が賑やかであればある程、一人になった瞬間の孤独が重苦しいまでの沈黙となって押し寄せてくる。

いくつもの不安に悩み、心の弱った彼女がそれに耐えきれる保証はない。

本人は表情にこそ出さないが、それが本当は悲痛なまでに助けを求める行為であると、新次郎は察した。

そして察した瞬間、新次郎は優しく包み込むような声でハッキリと告げた。

 

「分かった。今夜はずっとここにいる。約束するよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りは紐育らしからぬ、不気味なまでの沈黙に包まれていた。

午後11時半過ぎ。

キャメラトロンの時間を確認し、ハワードは周囲への警戒を緩めないまま、ある場所へと向かっていた。

 

ビレッジ中央図書館。

 

その名の通りビレッジ地区の中心に位置する、紐育全体で見ても屈指の面積と書籍在庫を誇る知の宝庫である。

既に閉館時間から1時間以上が経過した現在、この内部に人間はいない。

いるとすれば、巡回の警備員位だろう。

 

「さて………。」

 

無駄に広い建物の回りを一周し、ハワードは改めて図書館の入り口に立つ。

如何にも頑丈そうな大理石の扉の取っ手には、これまた頑丈そうな錠前。

素手で壊すのは物理的にまず不可能。

自前の工具を駆使すれば壊せない事もないが、出来れば侵入の痕跡は残したくない。

 

そう、何を隠そうこの男、ある事を調べるためにこの建物に忍び込もうとしているのだ。

 

「今の所、ここ以外に侵入経路はなし。………やっぱこそ泥には向いてねぇのか、俺?」

 

図書館は設置面積と在庫量の関係から、二階建ての構造になっている。

そのため外部の明かりを取り込む窓は防犯の関係上二階にのみ設置されている。

したがって梯子も何ももたないハワードの場合、この入り口から堂々と入るしかないのである。

せめて錠前の鍵をかけ忘れた、等という都合の良い話があれば大分違うのだが。

 

「………ある訳、ねぇよな。」

 

やはり諦めるしかないか。

錠前を力無く握り、ため息をつく。

 

その時だった。

 

「ん………?」

 

ハワードは目の前の光景に、思わず間抜けな声を上げてしまった。

無理もない。

何故なら宝庫の入り口を守る頑丈な錠前が、あっさりすっぽ抜けてしまったからである。

もしや本当に鍵をかけ忘れていたのだろうか。

 

「………何かの罠じゃねぇだろうな………?」

 

誰がそんな罠を仕掛けるのかと一人虚しく否定しつつ、ハワードは錠前の指紋を拭き取って中に入り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的の書物は、さして苦労する事なく見つかった。

入り口からすぐ右側に並べられたスクラップ記事と、一冊の医学関係の論文。

月明かりを頼りに、ハワードはまずスクラップ記事のファイルを開き、一気にページを巻き戻す。

そして、一つの記事にたどり着いた。

 

「………、あった。」

 

日付は1928年3月。

新次郎が星組にやってくるおよそ2ヶ月前、巴里で光を手にした自分が帰還してすぐのものである。

その記事の内容はハワードも朧気ながら覚えがあった。

 

『謎の剣士、通り魔を一刀両断』

 

まだ星組にサジータが加入して間もない頃、マンハッタン・ニュースを大いに騒がせた事件だ。

そして何を隠そう、仮面の剣士が世に現れた瞬間でもある。

それからは週に一回のペースで仮面の剣士の活躍が掲載され、今日まで続いている。

一見すれば何の変哲もない記事内容。

だがハワードの脳内では、それがある時期と申し合わせたかの様に一致していた。

 

「………確証は出た。後は………。」

 

ファイルを畳み、ハワードは横に置いていた論文を掴む。

出展は『アメリカ精神医学会』。

昨年に法人化して大きな話題を呼んだ、アメリカの誇る精神科のスペシャリスト達である。

これはその記念として、これまで名を連ねる名医達が発見した病気について症例や特長を原文のまま収録した、荒削りな医学辞典なのだ。

その中のある一つの病気に、ハワードは注目した。

 

『多重人格障害』。

 

19世紀の終わり頃にフランスで提唱され始めた、精神病の一種である。

論文曰く、

 

『本来その人の持つ人格が何らかの心因的ストレスによって分裂し、その複数に分裂した人格がそれぞれ自立した結果、あたかも一人の人間に複数の人格が宿ったかのように見える病である。』

 

『その分裂した人格は、本来持つ喜怒哀楽のいずれかの感情が独り歩きしている場合が多く、逆に本来の人格からはそれが抜け落ちている可能性が高い。』

 

『症状が慢性化、或いは恒常化した場合、本来の人格同様に分裂した人格も記憶や経験をストック出来るようになり、本来の人格からはそれが忘れられる。』

 

『特に心因的ストレスを原因とする症状の場合、分裂した人格が発現する際に何らかの共通点が存在する事がほとんどであり、それはストレスを引き起こした経験と少なからずリンクしている。』

 

『そして心因的ストレスを原因として分裂した人格が発現した場合、自己防衛本能の働きから発現の原因となる事象から逃走、或いは事象の抹消を計る。』

 

『とりわけ発現が人的なものによる場合、分裂した人格はその原因となる人物に対し、異常なまでの攻撃性を見せる。それは自己防衛よりその人物の殺害を目的にすり替えており、場合によっては周囲の人間をも見境なく殺傷する恐れもある。』

 

ハワードの耳にふと声が飛び込んできたのは、ちょうど論文の内容をある人物に当てはめていた時だった。

 

「おわあっ!?」

 

素っ頓狂な情けない声と共にひっくり返るハワード。

声の正体は、その様子がおかしかったのか吹き出した。

 

「あらあら、いい大人がみっともないわよ?」

 

「アホか!?こんな所でいきなり声かけられたら誰だって驚くわ!!」

 

「それじゃあ貴方はこんな所で、こんな夜中に何をやってたのかしら?」

 

痛い所を突かれ、ハワードは思わず押し黙る。

お前こそと切り返しても、どうせ自分を追いかけて来たと答えるのが相場だ。

何せ向こうは星組副司令。

その気になれば自分に謹慎を言い渡す事位造作もない事だ。

こういう時程階級の差が恨めしい事はないと、ハワードは思った。

 

「………ふ~ん、仮面の剣士について調べてたの。」

 

一人焦るハワードを尻目に、ラチェットは未だ机に置かれたままのスクラップを手に取った。

どうやら此処で自分が何をしていたか、お見通しのようだ。

 

「勉強熱心なのは嬉しいけど………、強引なのは感心しないわね。」

 

「チッ、入って来た時点でお前も同罪だろ………。」

 

「そうね。でも私は部下を監視するために中に入った。貴方は?」

 

苦し紛れの反論もあっさり潰され、言葉を失うハワード。

確かにラチェットの方が明らかに正しい。

自分の部下が怪しげな行動をしていれば、阻止する意味でも追いかけるのが正解だ。

 

「………なんてね。」

 

ふと、ラチェットが小さく笑った。

 

「冗談よ。元々貴方を突き出すつもりなんてないわ。」

 

「………何でだよ。それこそ謹慎もんだぞ?」

 

「分かってるくせに。それとも………、女の口から言わせる気?」

 

気づけば焦りは消えていた。

彼女の口から出た言葉もあるが、それよりもこちらを見つめる深緑の瞳によるものだろう。

目は口ほどに物を言うとは、よく言ったものだ。

僅かに紅く染められた頬と、明らかに熱のこもった視線。

僅かに差し込む月明かりに照らされたそれはとても儚げで、幻想的な魅力をたたえてさえいた。

自分達の今置かれている状況すら、一瞬忘れてしまう程に。

 

「変わったな。昔なら問答無用だったのによ。」

 

「………そうね。誰のせいかしら?」

 

意味深な言葉のやり取りを交えつつ、視線だけはしっかりと互いを捉える。

こうする度に自覚する、互いの変わる物と変わらぬ物。

それが時折恋しくすら感じるのは、目まぐるしく変わり続けるこの街に身を置くからだろうか。

 

「………。」

 

「………。」

 

言葉の応酬はやがて無くなり、心地好い沈黙の中で目と目だけが交わりあう。

その時だった。

 

「あの………、もう閉館時間過ぎてるんですけど………。」

 

不意に沈黙を破る声がして、二人はハッと我に還る。

見ると自分達より少し年上位の警備員が、こちらにライトを向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身も凍るような冷たい空気が、風になって全身を包んだ。

 

ここは何処だ。

 

周囲を見渡しても映るのは黒い闇ばかり。

日の差さない密室、ではないだろう。

それこそ真冬のように寒い風が吹き抜けるのだ。

建物の中であるはずがない。

 

「………ジェミニ………。」

 

暗闇の中、誰かが名前を呼んだ。

ハッと振り向くが、誰もいない。

 

「………ジェミニ………。」

 

「だ、誰!?」

 

姿のない恐怖からか、辺りを見渡しつつ返す声が上擦ったものに変わる。

 

誰だ。

一体誰だ。

 

すると今度は、不安に駆られる少女を嘲笑うような不気味な笑い声が聞こえて来た。

 

「フフフ………、いけない子だな、ジェミニ………。オレの声を忘れたのか………?」

 

「え………?」

 

「今までずっと守ってあげたのに………、悪い妹だ………。」

 

守ってあげた。

妹。

その二つの言葉から、ジェミニの脳裏にある人物が浮かぶ。

幼い頃から自分を守ってくれた唯一の家族。

 

「お………、お姉………ちゃん………?」

 

恐る恐る口にするや、笑い声が強さを増した。

まるで何かに狂ったような笑い声に、寒さとはまた違う震えが全身を巡る。

 

「可愛いジェミニ………。お前を傷つける奴らはみんなオレが消してやる………!オレの手でみんな………!!」

 

「け、消すって………、師匠の………かた、仇………?」

 

「ククク………、迷う事なんかないんだ。そうさ、オレから仕掛ければ済む話だ!」

 

「ちょ………お姉ちゃん………?何言って………?」

 

「アハハハハ………、怖がらなくてもいいさジェミニ。お前はただじっとしていればいいんだ。オレが………、お前を守ってやるからな………。」

 

笑い声に合わせて聞こえて来る声と、まるで会話が成り立たない。

こちらの声が聞こえないのか。

だが、それでもジェミニはこの状況で、ある真実に辿り着いた。

暗闇の中から聞こえる笑い声。

それこそ自分の姉であると。

 

「お姉ちゃん、もう止めよう!? これ以上仇を追っかけてたら、お姉ちゃんが危ないよ! 師匠だってきっと………。」

 

つい先程の新次郎とのやり取りを思い出し、沸き上がる恐怖を押し殺して説得を試みる。

そうだ。

あの優しい弟子思いの師匠が、仇討ちなど望むものか。

新次郎は、遥か東の地からやって来たサムライは、それを教えてくれた。

 

「………奴か。」

 

「え………?」

 

「出鱈目を吹き込むとは………、やはり先に始末するべきだった………。」

 

だが、やはり暗闇から返ってきた言葉は返答ではなかった。

それどころか今聞こえた言葉。

まさか………。

 

「ジェミニ………、言っただろ?お前はオレが、………ずっと守ってやるってな。」

 

脳裏に過った恐ろしい答え。

それを示唆するかのような笑い声が、暗闇に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の物音に、新次郎は目を覚ました。

外はまだ暗い。

どうやら真夜中のようだ。

そこまで認識して、ふとある事に気付く。

布団の感触がいつもと違う。

決して良い素材ではないがこんなにザラザラした肌触りではなかったし、明らかに狭い。

不審に思い上半身を起こすと、何の事はない。

自分は今までソファーに寝ていたのだ。

そこまで来て、新次郎はようやく自分の置かれている状況を理解するに至った。

そうだ。

確か昨夜はジェミニの見舞いがてら一泊する事になったのだ。

そして布団代わりにソファーで横になって………。

 

「………ん?」

 

また物音がした。

もしかするとジェミニか。

もぬけの殻になったベットを見てそう思い立ち上がり、声をかける。

 

「………ジェミニ?」

 

暗闇の奥で何かが動いた。

明かりもつけずに一体何をしているのだろうか。

不思議に思いつつ壁のスイッチに手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、暗闇の奥から何かが空気を切り裂き襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁっ!?」

 

咄嗟に後ろにひっくり返る新次郎。

何かは左の頬を掠め、後ろの窓を割った。

 

「な………、な………!?」

 

一瞬何があったのか分からず、その場にへたり込む新次郎。

恐る恐る左の頬に手を当て、顔の前にもって来る。

 

「!?」

 

月明かりに僅かに照らされた左手は、一筋の赤い線がくっきりと映っていた。

それを目にした刹那、新次郎の全身を言い様のない恐怖が襲う。

 

「(まさか………、今飛んできたのは………!?)」

 

恐ろしい予測に震えた直後、何かの軋む音が規則的に聞こえたかと思うと、真上から凄まじいまでの殺気が叩きつけられた。

その恐ろしさに、さしもの新次郎さえ恐怖という感情を認識せざるをえない。

 

「………ジ………、ジェミニ………?」

 

全身を包む恐怖を必死に押し殺し、顔を上に向けていく。

月明かりに照らされた、自分を見下ろす人影。

右手に持った何かを振り上げた瞬間、月明かりが反射し顔を写し出す。

 

その瞬間、新次郎は見てしまった。

 

 

 

「ククク………。」

 

 

 

怪しく光る出刃包丁を握り締め………、

 

 

 

「ハハハハハハ………」

 

 

 

カッと見開かれた瞳でこちらを見下ろし………、

 

 

 

「アハハハハハハ………!」

 

 

 

狂ったような笑い声を上げる………、

 

 

 

「アーッハッハッハッハッ!!」

 

 

 

別人のように変わり果てた少女、ジェミニ=サンライズを………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勘弁してくださいよ。こっちだって暇で回ってるんじゃないんですから………。」

 

警備員の愚痴混じりの非難を後ろに聞き流し、ハワードとラチェットはビレッジの外に姿を見せた。

吹き抜ける風は肌寒く、思わず全身が震える。

 

「………ラチェット。」

 

上着のポケットにだるそうに手を突っ込み、ハワードが口を開いた。

 

「何?」

 

「この後、時間空いてるか?」

 

刹那、隣の女性は驚いたような表情でこちらに顔を向けた。

赤い頬と見開かれた瞳から、何を考えたのかは聞く間でもないだろう。

 

「………ど、どうしたのよ急に?」

 

「何だよ。俺が言っちゃおかしいのか?」

 

「そうじゃないけど………、普段こんな事………。」

 

明らかに動揺を隠しきれていないラチェット。

聡明な割に意外とこういった手の物に弱い彼女の事だ。

恐らく頭の中で理解できていても、それを受け入れる事が出来ずにいるのだろう。

ハッキリ言って自分は違う意味で言ったのだが、ここまで極端な反応を見せられると、こちらとしても種明かしするのを思わず躊躇ってしまう。

普段理知的な魅力を振りまいている才女が自分の言葉に顔を赤く染める様は、普段の彼女と違って何とも可愛らしい。

いつもこの顔を見たいがために日頃からアイツもからかっているのだろうかと、ハワードは思った。

 

「………真面目な方の話だ。」

 

とはいえあんまり黙っていてはいつまで経っても本題に入れない。

やや呆れ顔で一言そう言うと、何を思ったかますます顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

一人勘違いした事への恥じらいだろう。

だとするとそういった期待をこちらに向けているのかと思い、思わず口端が上がる。

 

「な、何よ………!?」

 

それに気づいたラチェットが、別の意味で紅潮した顔でこちらを睨む。

本当に表情がよく変わる奴だ。

昔では見られなかった懐かしくも新鮮な姿に何とも言えない充実感を感じつつ、ハワードは余裕の笑みを以って答えた。

 

「いや、そっちがその気なら乗っかってやってもいいが………、ってな。」

 

「………もう、あの人みたいな事言わないで! 貴方らしくないわ!」

 

やはりアイツにも同じような事を言われているのだろう。

つまりこちらには今までの自分である事を望んているのか。

 

「で、答えを聞いてねぇけどな………?」

 

そう返し、逆に見つめ返す。

熟れきったリンゴのような顔でこちらを見上げる様は、彼女がブロードウェイに名を轟かせた所以を十二分に物語っている。

気を抜けば、こちらの顔が熟れてしまう。

そう思わせるほどに。

 

「お、おい!?」

 

そう思った数秒後、不意にポケットに突っ込んだ左腕が絡めとられた。

突然の事に、ハワードも思わず戸惑う。

 

「何だよ、怒ってんのか?」

 

「貴方のせいでしょ!ホラ、行くわよ!?」

 

熟れたリンゴを隠すように答えると、絡めた腕もそのままに歩き出す。

その時だった。

 

「あ、ちょっと!まだ話は終わってませんよ!?」

 

ふと背後から厳しい声が飛んだ。

振り返ると先程の警備員が、何かを握った状態でこちらを睨んでいた。

 

「これ、もしかしてあなた方の仕業ですか?」

 

そう言って握ったいた何かを指先に挟んでぶら下げる。

金色のメッキが塗られた金属、入り口を閉ざしていた錠前だ。

 

「さあ、私が入って来た時は開いてたけど………。ハワード、貴方は?」

 

「あぁ、何か知らんが開いてたぜ。大体不用心もいいとこだろ。」

 

ラチェットに尋ねられ、気だるげに返事を返す。

開けるも何も元から鍵のかかっていなかった錠前だ。

そんな事まで責任転嫁される筋合いはない。

 

 

 

………が、返ってきた言葉はハワードの予想もしないものだった。

 

 

 

「不用心なもんですか。力任せに引っこ抜かれてるんですよ!?」

 

「………何だと?」

 

思わず耳を疑った。

錠前は開いていたのではなく仕掛けごと引き抜かれた。

目の前の警備員は、そう言ったのだ。

老朽化や金属疲労、ではないだろう。

錠前のメッキはまだピカピカ、どう見ても新品の状態だ。

よって錠前の破壊は自然的なものではなく、何者かによって破壊された事になる。

 

「(まさか………。)」

 

そこまで考えた一瞬、ハワードの脳裏にある瞬間がフラッシュバックした。

あの時。

鍵が掛かっていないのではと馬鹿な期待と共に錠前に手を掛けた一瞬。

もしあれが開いていたのでなく、自分が引き抜いていたとしたら。

 

「………。」

 

思わず自身の右手に視線を向ける。

そんな馬鹿な。

自分は握力も腕力もずば抜けたものは持っていない。

心の中で必死に繰り返すハワードだが、ある事実が過った。

本来金属の塊を壊す等、生身の人間に出来る業ではない。

だが………、だがしかし………。

もしもあの時、自分の握力が人並み外れのものだったら、あり得ない話ではない。

そう………、自らの意志一つで人成らざる超存在、ウルトラマンに成れる自分なら。

 

「ご冗談を。そんな離れ業、物理的に考えて人間には不可能では?」

 

思考の海に溺れかけた自分を現実に引き戻したのは、隣から聞こえた否定の言葉だった。

 

「それに彼はこう見えてエンジニア。百歩譲って侵入するとしても、こんな分かりやすい痕跡を残すでしょうか?」

 

「た、確かに………。失礼いたしました………。」

 

こちらが口を挟む間もなく、あっさりラチェットに言いくるめられた警備員は、まだ訝しげな表情を残しつつも再び図書館内へと姿を消す。

 

「………どうしたの?いつもなら貴方が言い返してたのに。」

 

「い、いや………。」

 

ハワードは返事に困り、口をつぐんだ。

もしかしたら………、いや、恐らく犯人は自分だろう。

だがそれを別の言葉でごまかす自信はなかった。

何せ欧州時代は昴と並ぶ秀才と称され、非の打ち所のない戦友。

そんな才女を前に、自分の嘘などガラスのように容易く見透かされてしまうだろう。

もしかすれば、今の思考すら読まれているかもしれない。

だとすれば、終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その心配は予想もしない形で覆される事となった。

 

 

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

最初に聞こえたのは、すぐ近くで何かが割れる大きな音だった。

直後に今まで聞こえなかった悲鳴だか怒声だか分からない叫び声が飛び交い始める。

少なくとも、普段耳にする喧騒ではない。

かつて戦火に遭った欧州時代。

その時の記憶を過らせる危機感や恐怖、狂気が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び出した場所が2階だった事が幸いした。

一回転して可能な限り衝撃を殺し、破片に刻まれぬよう素早く飛び退る。

直後、ガラス片より恐ろしい凶器が真上から飛来し、アスファルトを深々と突き刺した。

 

「止めろジェミニ! 一体どうしたんだ!?」

 

再び目の前に降り立った殺気の正体に、新次郎は必死の形相で呼びかけた。

だが返事はない。

街灯に照らされた彼女の顔は、殺意を剥き出しにした狂気に満ち溢れている。

 

「(正気じゃない………! 何かに操られているのか………!?)」

 

これまでの生活の中、彼女が僅かでもこんな側面を出した瞬間は存在しない。

洗脳され、何者かの支配下にあるのではないだろうか。

 

「くっ!!」

 

だが当の本人は、それ以上の余裕を与えなかった。

逆手に握りしめた包丁を構え、血に飢えた猛獣の如く襲い掛かる。

 

その時だった。

 

「くっ!?」

 

眼前にせまるジェミニの腕を、別の鋭い何かが掠めた。

二の腕が僅かな切り傷を残し、一瞬ジェミニに隙が生まれる。

刹那、そこに飛び込んでくる影があった。

 

「オラァッ!!」

 

不意を突いた豪快なタックルが直撃した。

華奢なジェミニの体がアスファルトを転がり、はずみで包丁は離れた所に音を立ててスピンする。

新次郎は驚いた。

何故ならそれは、自分のよく知る人物たちだったからである。

 

「ハワードさん! ラチェットさんも!!」

 

「やっぱりな………、引き返して正解だったぜ。」

 

「間に合って良かったわ。大河君、けがはない?」

 

さすがにこうした非常事態に場慣れしているだけあって、普段の態度を崩さない二人。

一方のジェミニも、先ほどの二の腕を掴みつつこちらを睨んだ。

対するラチェットもすかさずナイフを構える。

 

「止まりなさい! 次は、急所に当てるわよ?」

 

普段よち低い声色と鋭い目つき。

脅しではなく本気だ。

だが次の瞬間、思いも寄らぬ事態が彼らを襲った。

それに最初に気付いたのはハワードだった。

 

「………、ラチェットッ!!」

 

「え………? キャアッ!!」

 

真上から飛び出してきた影。

その真下にいるラチェットを庇うように飛び込み、間一髪で踏みつけを躱す。

 

「あれは、ラリーか!?」

 

ラチェットを襲ったのは、何とジェミニの愛馬ラリーだった。

恐らく主人を助けようとしたのだろう。

ビレッジ一帯に嘶くや、ラリーは手負いのジェミニを乗せて夜の紐育へと消える。

 

「追え、新次郎!!」

 

背後から聞こえたハワードの言葉に頷き、新次郎は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起こったのか、自分でもよく分からなかった。

意識がハッキリせず、気付けば愛馬の背中の上で、夜の摩天楼を疾駆していた。

 

「くそっ………!!」

 

すぐ後ろから煩いサイレンの音が鳴り響く。

どうやらかなりの数のパトカーに追われているようだ。

本当はこんな事をしている場合ではない。

一刻も早く仇を見つけ出し、妹を守らなくてはならないというのに………。

 

「ぐっ!?」

 

真後ろで銃声がしたかと思った瞬間、左肩に火箸を突き刺したかのような激しい痛みが襲い掛かった。

一瞬飛びかけた意識が激痛に覚醒するも、程なく異変が現れた。

左腕に上手く力が入らない。

どうやら肩を撃たれたようだ。

 

「ラリー、こっちだ!!」

 

このまま大通りを逃げ切れる事は難しい。

小さく舌打ちを残し、真横のビルの隙間へ滑り込むように飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そうか、分かった。」

 

通信先の報告に胸を撫で下ろし、ハワードはタバコを取り出した。

現在彼がいるのは自身のマンション。

先ほどのラリーの不意打ちを避けた時にラチェットが足を捻ってしまい、手当てのために今に至る。

 

「ハワード………。」

 

後ろの声に、咥えたばこのまま振り向く。

そこには、ソファーに腰かけた患者が不安げにこちらを見ていた。

 

「ジェミニ、見つかったの………?」

 

「ああ。路地裏に倒れてたってよ。サニーが手を回して、シアターにかっ込むらしい。」

 

「そう………。」

 

自分の心配はいいのかという言葉は、あえて飲み込む。

今は、他に聞きたい事があったからだ。

 

「………ラチェット。」

 

未だ不安に俯く顔が、こちらを向く。

ハワードは肺に溜まった煙を一気に吐き出すと、僅かな間を挟んで切り込んだ。

 

「お前………、何処まで知ってんだ?」

 

「………何のことかしら。」

 

白を切る直前に一瞬の間があった。

普段の彼女なら絶対に見せない一瞬。

それが何を意味するか、長年の相棒は知っている。

 

「昔はもっと嘘が上手かったのにな。………やっぱりお前も変わったって事か。」

 

「ハッキリ言ってもらえる?回りくどいのは好きじゃないの。」

 

やや挑発的とも取れる態度に、ラチェットの語気が強まる。

開け放たれた窓から、冷たい風が吹き抜けた。

 

「それじゃあハッキリ言ってやる。………仮面の剣士、ジェミニンの事だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨夜の事件から一夜明け、紐育華撃団の面々はそろって作戦司令室に顔を揃えていた。

その表情はいずれも厳しい。

理由はただ一つ、視線の先にいる総司令の口にした驚愕の事実だった。

 

「ジェミニが………、二重人格………?」

 

数日前から様子のおかしかったシアターの掃除係。

双子の姉が仮面の剣士だと言った彼女こそが仮面の剣士、ジェミニンその人だと、目の前の司令は言ったのだ。

 

「そうさ。ジェミニとジェミニンは同一人物。一つの体を、二つの人格が代わる代わる支配している。」

 

「そんな………、でもジェミニンはお姉さんってハッキリ………。」

 

俄かには信じられない話に困惑する新次郎。

しかし意外なことに、残るメンバーはサニーサイドの話に対して驚いた様子を見せなかった。

 

「人格障害を本人が自覚する事は稀だ。恐らく目には見えない頼れる存在を、姉と定義したんだろう。」

 

「確かに、ジェミニさんがお姉さんと一緒にいらっしゃる所は見ていませんし………。」

 

「リカ覚えてる。シアターにいるのはいつものジェミニ。でも悪い奴がいるとジェミニンが出てきた。」

 

ジェミニの姉にして、謎多き仮面の剣士として紐育を暗躍していたジェミニン。

今やその認識が虚像のものである事は、疑いようのない事実へと変わりつつあった。

まず仮面の剣士が初めて紐育に現れた1928年3月。

改めて思い返せば、この日はジェミニがこのリトルリップシアターに現れた前日の出来事である。

更にその後続いたシアターの休演日に限定された仮面の剣士の活躍。

これも突き詰めて考えれば、ジェミニ自身が行ったと考える事が出来る。

 

「おかしいと思ったぜ。五輪の戦士とやらを集めてるってんなら、全員揃うまで悠長に構えてるはずがねぇもんな。」

 

やや挑発を含めた口調で、ハワードが当てこする。

一方、サニーサイドも何食わぬ顔で応じた。

 

「まあ確かに、ジェミニの素性はマスターミフネから文書で伝えられていたからね。彼女が最後の五輪の戦士であることも承知済みさ。」

 

「それなら何で教えてくれなかったんですか!」

 

「そうは言ってもさ、二重人格なんていきなり言われて、信じられるかい?」

 

相変わらずの鋭い返しに、新次郎も黙り込んだ。

確かにそうだ。

精神障害や人格障害といった心の病というものは、外観的症状の乏しさかや客観では非常に判別し辛い。

故に何も知らない人の前で声高に精神異常者などと叫んだところで、まともに話を聞く人間はまずいないだろう。

現に新次郎も、昨晩の出来事がなければすぐに信用できる自信がなかった。

 

「しかしサニーサイド。今回の件は僕らも容認しかねる。」

 

押し黙った新次郎に代わるかのように、昴が口を開いた。

 

「ジェミニに人格障害があると分かった段階から今まで、何故何の対策も取らなかった?昨夜の件も大河だから助かったものの、一般人なら間に合わなかったぞ?」

 

「まあね。だから隊員じゃなくシアターの掃除係を任せたのさ。少なくとも現実の日常において、ジェミニンは現れないからね。」

 

ハワードの見解を基にジェミニの人格障害の症状を当てはめると、ジェミニンの人格が表に現れるためにはある共通点が存在した。

それは日常では起こりえない状況、もっと言えば、ジェミニ自身に生命の危機が訪れた非日常の状態だろう。

育ての親たるミフネが命を落とした悲しい記憶。

その瞬間がフラッシュバックし、結果としてジェミニンの人格が現れるのだ。

紐育華撃団の任務は言わずもがな、この街を狙う妖から街を防衛する事。

そんな非日常に放り込まれれば、戦闘中ジェミニンが人格を支配することは火を見るより明らかだ。

仇を討つ、或いは妹を守る事だけに固執し、周りには目もくれないジェミニン。

そんな協調性のかけらもない人物に、紐育の平和など託せない。

そこでサニーサイドは、ジェミニを一旦掃除係という名目でシアターに雇い入れた。

そうする事で可能な限りジェミニの人格が主導権を作る状態を維持し、ジェミニンの人格を少しでも弱めようと考えたのである。

 

「だが………もうそんな悠長な方法では時間の無駄らしい。既に残りの五輪が揃った今、こっちも流石に何年も待ってるわけには行かないからね。」

 

その言葉に、ハッと目を見開く人物がいた。

昨夜ハワードに一部始終を見抜かれ、今日の招集の切欠となった副指令である。

 

「サニー、貴方まさか!!」

 

「仕方ないだろう。ジェミニンが自然消滅しないと分かった今、これしか方法は残ってないんだから。」

 

「何だ?まだ何か企んでるのか?」

 

血相を変えるラチェットの表情から何かを察し、サジータが訝しげに問う。

すると、サニーサイドは初めて表情を真剣な物に変えた。

 

「………君たちは、『ヴァックストゥーム計画』というのを知ってるかい?」

 

聞きなれない言葉に、知らないのか互いに顔を見合わせる星組。

だがしかし、その中で二人だけ、ラチェットと同じ反応を返す者がいた。

元欧州星組、昴とハワードである。

 

「まさか………!!」

 

「てめぇ、正気かよ!?」

 

明らかにただ事ではない形相の二人。

何か曰くでもあるのか。

そんな新次郎の心中を察してか、ラチェットが重い口を開いた。

 

「『ヴァックストゥーム計画』………、かつて欧州大戦でドイツが用いた、霊力兵士を生み出す計画よ………。」

 

「欧州………?そういえば一郎叔父から聞いたことが………。」

 

『ヴァックストゥーム計画』。

それは去る欧州大戦において参戦国であるドイツが採用した、人工的霊力兵士の実験である。

当時より軍事色の強いドイツが目指した兵士の理想は、死をも恐れぬ鋼の意思を持つ者。

同時期に開発された霊子甲冑「アイゼンクライト」の存在から、その理想は霊力に優れる幼い少年少女たちへと向けられた。

ただ霊力が高いというだけで、まだ肉体的にも精神的にも理想とは程遠い子供たち。

そんな彼らを理想に近づけるため、国家は心を悪魔に売った。

身体強化の投薬と、教育とは名ばかりの洗脳による精神破壊。

ドーピングによる激しい副作用と、痛みさえ感じない程に破壊し尽された感情のまま戦場を暴れる彼らを、いつしか人々は称賛と恐怖を込めて『人形』と呼ぶようになった。

 

「そしてその唯一の生き残りがレニ=ミルヒシュトラーセ。かつての欧州星組の一人であり、現在の帝国華撃団花組隊員よ。」

 

「そんな………、軍事目的のために感情を壊してしまうなんて………。」

 

耳を疑うような凄惨な歴史に、悲痛な思いを隠しきれないダイアナ。

一方で新次郎は、かつて大神に聞かされたレニの事を思い出していた。

今でこそ普通に笑顔も見せる女性だが、当初はラチェットの言葉通り人形のように無感情で、必要最低限しか口を開かず、ただ黙々と任務をこなすだけの性格だったと聞いている。

同じ人間のする事とは思えない恐ろしい計画。

それを件の少女に当てはめるならと考えた時、脳裏にある結論が浮かんできた。

 

「サニーさん………、まさかジェミニを………。」

 

「………計画で使用された洗脳プログラム。それでジェミニンの人格を強制的に破壊、抹消する。」

 

決定的な一言に、一部は思わず立ち上がった。

無理もない。

たった今聞いた恐ろしい洗脳処置を、これからジェミニに施すというのだから。

二重人格障害を患っているとしても、彼女が星組にとって、増して新次郎にとって気心の知れた友人なのだ。

仲間思いの星組にとって、今の言葉は到底受け入れられるものではない。

 

「そんなの………、そんなの横暴ですよ!?ジェミニンだって、ただジェミニを守ろうとしてるだけじゃないですか!!」

 

最初に叫んだのは新次郎だった。

ジェミニもジェミニンも悪くない。

彼女もかつては悪を憎んでも、それを殺意に変えるような事はしなかった。

きっとジェミニの不調に合わせてナーバスになっているだけだ。

 

「駄目!ジェミニ何も悪い事してないぞ!?」

 

「私も反対です。もし悪い副作用があったらどうなさるんですか!?」

 

リカリッタやダイアナも新次郎に続いて非難を浴びせる。

が、意外な所から待ったの声が上がった。

昴である。

 

「………昴は答える。反対はできない。」

 

「昴さん!?」

 

思わぬ反対の声に、一瞬怒りを忘れる新次郎。

それに続いて、サジータとハワードが口を開いた。

 

「あたしらだって気にいらねぇ! だが………、このままじゃアイツは星組にはなれない。それは事実だ………。」

 

「昨日のあんな状態見ちまったんだ………。説得に応じるとは思えねぇ………、クソッ!!」

 

確かにサニーサイドの言葉自体は正論だった。

ジェミニンの人格は行動目的こそ共感しうるが、周囲の対する配慮や協調性が微塵にも感じられない。

時として昨夜のような凶行に及ぶのであれば尚の事だ。

 

「(ジェミニン………、君と分かり合う事は、できないのか………!?)」

 

吐き出したい思いを必死に喉元に抑えつつ、奥歯を噛み締める。

どうしようも出来ない無力に、胸が締め付けられた。

 

「強制精神治療措置は、今日の夜に行う。これは決定事項だ。いいね?」

 

絶望に追い落とす宣告が、頭に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リトルリップシアター地下に存在する緊急治療室。

その一番奥の寝台に、ジェミニは横たわっていた。

 

「ジェミニ………。」

 

まるでお伽噺の眠り姫のように寝息を立て続ける少女に、新次郎は優しく語りかけた。

 

「君は………、何て思うかなぁ………。」

 

何もしてやれない自分が、ただ歯痒かった。

昨日あんなに苦しんでいたのに。

今まで辛い事に一人耐え忍んでいたのに。

もっと自分が早くから彼女を気にかけていれば。

そんな不安が堂々巡りになり、表情は自然と暗く歪む。

 

「ないよな………、こんなのって………。」

 

意識のない今、返ってくるのは沈黙だけ。

しかし一度その瞼を開いた時、彼女は何を思うだろう。

そう考えると罪悪感が込み上げ、まともに顔を直視出来なかった。

 

「ないよ………、こんなの………!!」

 

熱く込み上げる涙をこらえ、シーツからはみ出た手をそっと両の手で包む。

こんな仕打ちがあるだろうか。

両親を失い、育ての師匠を失い、夢を失い、今また最愛の姉すら奪われようとしている。

姿のない虚像の姉と、たった二人で孤独に耐えて来た彼女が。

そんな未来に、夢などあるのだろうか。

新次郎に出来るのは、そんな自責の念でズタズタになった心の傷を、涙にして流す事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の光景が、ただ信じられなかった。

荒れ狂う川を挟み対峙する妖と、迎え撃たんと太刀を握る師匠ミフネ。

だが、目の前の彼に最早勝機などない。

何故なら………、

 

「フン!利き腕なしで、よくそこまで剣が振れるね。」

 

憎々しげに妖が吐き捨てる。

最初は不意打ちだった。

恐らく自分を狙って襲った鎌から自分を庇い、ミフネは右腕を失っていた。

如何に名高い剣豪といえど、老いや深手に勝る事は出来ない。

気高いサムライに、最期の瞬間が訪れようとしていた。

 

「でも、この出血だ。そろそろ意識も霞んで来たんじゃない?」

 

「言うてくれる………!ジェミニッ!!」

 

気丈な言葉を返しつつも、ミフネもまた死期を悟ったに違いない。

だからだろう。

彼は岩肌に太刀を突き立て、懐の何かを自分に投げ渡した。

 

「師匠!?」

 

「ジェミニ!お前一人でも紐育を目指せ!そいつをくれてやるな!!」

 

「五輪の書!?チッ、小癪な真似を………!!」

 

「させるか!貴様にはワシの命をくれてやるわい!!」

 

投げ渡された巻物に気づき、妖が慌てて奪い返さんと跳躍する。

だがそれを、ミフネは許さなかった。

 

「ジェミニ………、達者でな!」

 

「師匠………!?ダメッ、師匠っ!!」

 

再び岩肌から太刀を引き抜き、妖目掛け突きの構えで跳躍する。

そして………、

 

「ミフネ流剣法奥義………、秘剣・燕返し!!」

 

「師匠ぉぉぉ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ハッ!?」

 

悲痛の叫びと共に、世界が一転した。

激しい川の音も、あの勘に障る笑い声も、師匠の声もない。

ただ一つ言えるのは、目の前に広がっていたのは自分の部屋ではないという事だ。

 

「あれ………?ボク、どうして………?」

 

この部屋は見覚えがある。

確か以前プラムに案内された、シアター地下の救護室だ。

だが掃除係という事もあり、それ以降は一度も出入りした事などなかったが。

その救護室に、何故自分がいるのだろうか。

 

「………、新次郎………。」

 

自分の左手を包む存在に気づいたのは、その時だった。

シーツに突っ伏す形で眠る新次郎。

何か悲しい事でもあったのか、閉じた瞼には涙の後がある。

指先で触れると、じんわりと温かい涙の感触が伝わって来た。

その時、ジェミニは自身の二の腕にあるものを見た。

 

「………これ………!?」

 

見覚えがあった。

ミフネが託した五輪の書。

その末尾に記された五輪の痣。

それが破れた作業着の二の腕に、くっきりと浮かび上がっていたのだ。

 

「………それが、君が五輪の戦士である証だよ。」

 

聞き慣れた声が扉を開いた。

 

「目が覚めたみたいだね。気分は、どうかな?」

 

「サニーサイドさん………。ボク、一体………。」

 

困惑の表情でジェミニが尋ねる。

自分が眠っている間に、一体何があったのだろうか。

そんな不安を払うように、サニーサイドは答えた。

 

「悪いけど、今から支配人室まで来てくれるかい?………とても重要な話があるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ………、ハァ………!!」

 

焦る心を止めようともせず、新次郎は冷たい地下施設の廊下をひた走っていた。

無理もない。

目が覚めた時、救護室には自分しかいなかったのだ。

それが何を意味するか、考える間でもない。

 

「ジェミニ………、ジェミニ………くそっ!」

 

無力に過ぎる自分をただ呪う。

冗談ではない。

こんな身勝手で強引な解決があってたまるか。

 

「ジェミニッ!!」

 

屋上に続く扉を開け放ち、少女の名を叫ぶ。

 

「………新次郎?」

 

ジェミニはいた。

屋上のサロンに、いつもの姿で。

 

「どうしたの、そんなに慌てて。凄い汗だよ?」

 

「い、いや………目が覚めたらジェミニがいなかったから心配で………。」

 

思いの外呆気なく見つかったジェミニに、安堵の息を吐く新次郎。

どうやらまだ措置は施されていないようだ。

 

「………そっか。ありがと、心配してくれたんだね。」

 

そっとジェミニが微笑んだ。

いつもの明るい笑顔とは違う、少し微睡むような優しい表情に、新次郎は思わず目を奪われる。

 

「あのさ、ジェミニ。昨日の事だけど………。」

 

それでも数秒で我に還り、これまでの経緯を伝えようと口を開く。

が、それは他ならぬジェミニによって止められた。

 

「ごめんね………。」

 

「え………?」

 

「さっき………、サニーさんから聞いたんだ。昨日………、ボクが何をしたのか………。」

 

「!!」

 

その一瞬、新次郎の身が強張った。

遅かった。

ジェミニは、彼女は昨夜の凶行を知らされていた。

そして恐らく………。

 

「まさかジェミニ………、お姉さんや五輪の戦士の事も………。」

 

「うん………。お姉ちゃんが側にいないのも、当たり前だったんだよね………。」

 

目を逸らし、最早形だけの微笑みを浮かべる。

何かに諦めたような、そんな表情だ。

 

「ジェミニ………、まさか精神治療を………。」

 

「うん………、受けるつもり。だってそうしなきゃみんなも………、新次郎も危ないでしょ?」

 

予想は的中した。

どうせ自分を傷つけた事実を突きつけられたのだろう。

あの口の上手い支配人ならやりそうな事だ。

 

「ジェミニ………、早まるなよ。たった一人のお姉さんなんだろう?」

 

「いいんだよ………。お姉ちゃんなんて、最初からいなかった………。みんな………、みんなボクがでっち上げた幻なんだ。」

 

新次郎の言葉に、ジェミニは力なく首を振った。

幼い頃から常に頼り続けていたジェミニン。

その最後の心の拠り所を失う現実からか、ジェミニの姿が新次郎には堪らなく儚げに写った。

まるで夢に破れ、誰に看取られる事もなく消え行くように。

 

「ねぇ新次郎………。」

 

ふと、ジェミニが顔を上げた。

 

「師匠が紐育に行けって言ったのは………、こういう事なの………?」

 

「ジェミニ………!!」

 

その一瞬、新次郎は答える事が出来なかった。

答えが分からなかったからではない。

見てしまったからだ。

顔を小刻みに震わせ、今にも溢れだしそうな涙を必死にこらえる少女を。

 

「ボクには分からない………。師匠がボクに何を託したかったのか、どうすればいいのか、分からない………。分からないよ………。」

 

「ジェミニ………、ジェミニッ!」

 

どうすればいいのか、自分でも分からなかった。

ただ目の前で心を痛める少女をそのままに出来ず、気づけばその涙を頭ごと掻き抱いていた。

 

「ジェミニ………、君の師匠が何を思ったのかは僕にも分からない。」

 

「新次郎………。」

 

「でも、これだけは言える。僕は、僕はジェミニンを幻だなんて思わない!」

 

胸の中で一瞬、震えが止まった。

 

「僕は覚えてる。紐育の平和を守って、僕達に加勢もしてくれた仮面の剣士………。彼女は確かにいた!幻なんかじゃなく現実に!」

 

「新次郎………、でも………。」

 

「信じるんだジェミニ!君が信じなくちゃ誰が………、誰がお姉さんを認めてあげるんだ!?君の中にいるお姉さんを!」

 

「でも………でもお姉ちゃん、新次郎を………。」

 

「ジェミニンもきっと苦しんでるんだ。悩む君を守れない自分を許せなくて、君に冷たいこの街を憎んでしまったんだ。」

 

根拠など何処にもない。

だが新次郎は仮面の剣士を、紐育のもう一人の英雄を幻などと呼びたくはなかった。

 

「たった一人のお姉さんなんだろう?今まで守ってくれたお姉さんなんだろう?だったら信じろよ!ミフネさんも、きっと同じ事を言ったはずだ!」

 

「!!」

 

胸の中のジェミニが、涙に濡れた瞳をカッと見開く。

新次郎は続けた。

 

「苦しんでるのは君だけじゃない………ジェミニンもそうなんだ。ジェミニ、今度は君がお姉さんの力になる番なんだ。」

 

「新次郎………。」

 

驚いたような顔でこちらを見上げるジェミニ。

当たり前だ。

自分ですら幻と認めざるを得ない虚像の姉を、信じると言われたのだから。

 

「………ありがとう。お姉ちゃんをそこまで守ってくれたの、新次郎だけだよ………。」

 

だからだろう。

ジェミニは新次郎に、礼を述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フン………、何処までも甘い奴らよ。」

 

「なっ!?お、お前は………!!」

 

突如真上から聞こえた不気味な声に、新次郎はハッと立ち上がった。

見上げればまだ日の指さない夜天の上から、こちらを見下ろす黒装束の姿があった。

 

「空蝉!?そんな、何故ここが………!?」

 

「な、何アレ!?空に浮かんで………!」

 

反射的にジェミニを庇いつつ身構える新次郎に対し、初めて相対する妖の手先に驚きを露にするジェミニ。

空蝉はジェミニの姿を認めるや、得物を見つけた猛禽のように目を細めた。

 

「ククク………、やはり宿主は知らぬか。同じ身体でありながら、ここまで違うとはな。」

 

「空蝉!ここに何しに来た!?」

 

相手の意識を自分に向けるべく、新次郎が刀を抜き放ち叫んだ。

これまで数多の怪獣を差し向け、甚大な被害を与えて来た知略の持ち主だ。

こうしてわざわざ現れるなど、何らかの罠があるに違いない。

だが敵は、新次郎の考える以上の策を既に弄していた。

 

「緊急事態発生!緊急事態発生!タイムズスクエア周辺に悪念機が出現!破壊活動を開始!」

 

「リトルリップシアター、包囲されました!!衝撃にそな………!!」

 

ワンペアからのアナウンスが終わらぬ内に、激しい振動が爆発音を伴って襲い掛かって来た。

立っていられず、その場に膝をつく。

 

「そこの娘と以前剣を交えた時に、少しばかり細工をさせて貰った。最も、こうも上手くいくとは思わなかったが。」

 

「くっ………、攻撃を止めさせろっ!!」

 

既にシアター周辺の建物からは火の手が上がり、タイムズスクエアはパニックになっている。

一刻も早く出撃し、被害を抑えなければならない。

だが空蝉に一太刀を浴びせようとしたその時、驚くべき事が起こった。

 

「なっ………!?」

 

何と、後ろから飛び出した影が新次郎から刀をひったくり、空蝉目掛けて斬りかかったのである。

 

「はああああっ!!」

 

「フン、やっと現れたか。」

 

空蝉は薄笑いと共に背中の刃を抜き、容易く押し返す。

 

「待ちくたびれたぞ、仮面の剣士。いや………偽りの人格、ジェミニンと呼ぶべきか?」

 

「貴様………、やはりあの時追うべきだったか!」

 

つい先程までとは違う、明らかに殺意を孕んだ口調。

この瞬間、新次郎は改めて確信せざるを得なかった。

ジェミニのもう一つの人格、ジェミニンを。

 

「空蝉………、師匠の仇、今一度取らせてもらうぞっ!!」

 

新次郎から奪った刀を突きつけ、ジェミニンが叫ぶ。

が、空蝉はその殺気を煽るかのように答えた。

 

「愚か者め。今の貴様ごとき、表の悪念機共で充分。」

 

「何っ!?」

 

「ククク………、悔しければ足掻くがいい。」

 

言うや、煙を纏って姿を消す空蝉。

ジェミニンは悔しげに刀を投げ捨てるや、地下施設に向かって飛び出した。

 

「待て、ジェミニンッ!?」

 

慌てて声をかけるが、ジェミニンの姿は扉の奥へと消え失せる。

入れ違いに星組のメンバーが駆けつけたのは、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………さて、状況としてはかなりマズイ事になってるね。」

 

これまでより緊迫した空気が流れる作戦司令室にて、サニーサイドは厳しい顔でため息をついた。

出現した無数の悪念機はタイムズスクエア周辺を完全に包囲。

敵の狙いがこのリトルリップシアター、紐育華撃団本部の襲撃である事は、火を見るより明らかだ。

それは即ち、自分達の居場所が何らかの形で敵に突き止められている事を意味していた。

だが悪念機の軍勢が大挙して襲撃して来た事はどうでも良い。

それより更に急を要する問題があった。

 

「現在タイムズスクエア周辺に出現した悪念機はおよそ60体。全域に展開しています!!」

 

「ロデオスター、確認!悪念機と交戦を開始しました!!」

 

報告と共にモニターに写し出された映像。

そこにはシリネウス鋼製の刀を振るい、猛然と悪念機の真ん中に突っ込む橙の星、ロデオスターの姿があった。

 

「何て戦い方だ………。強引にも程がある。」

 

怒りと憎しみに身を任せたジェミニンの戦い方に、昴が思わず呟いた。

周囲の車や建物には目もくれず、ただひたすらに目先の敵に斬りかかる。

その戦い方は優れた師に恵まれた分の実力を頷かせるが、街を守るという自分達とはおよそかけ離れたものだ。

 

「ともかく、まずは周辺の悪念機を可能な限り排除する。ロデオスターの回収はそれからだ。」

 

「分かりました。紐育華撃団・星組、出撃!シアターを………ジェミニを助けましょう!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に何匹切り捨てたのか、自分でも分からなくなっていた。

殺気を感じれば、反射的にそれを斬る。

その正体が悪念機だろうが何だろうが、斬った残骸が何処に飛んでいこうが、知ったことではない。

 

「来い、ゴロツキ共!!ジェミニを………、妹を苦しめる奴らは皆殺しだっ!!」

 

およそ希望の星たるスターを操る者とは思えない啖呵。

事実、今のジェミニンに正義など、紐育を守る使命感など微塵も存在しなかった。

ただひたすらに悪を裁き、敵を斬る。

それが、この街に生きる最愛の妹の幸せになるのなら。

 

「うおおおおっ!!」

 

血に飢えた修羅の如き雄叫びに、悪念機がまた鉄屑へと変わる。

だがその一方で、ロデオスターもまた無傷という訳にはいかなかった。

常に最大出力で動き続けたブースターは動作不良を起こし始め、数多の悪念機を切り刻んだ刀は既に刃こぼれが見受けられる。

ジェミニン自身の身体にも、大量の霊力消費による疲労感が襲い掛かっていた。

 

「くっ………、この雑魚共が………!!」

 

時間と共に動きが鈍り始めるロデオスター。

悪念機達は数に物を言わせて四方八方から襲い掛かる。

その時だった。

 

「………し、しまっ………!!」

 

疲労と共に頭を襲った鋭い痛みが、殺気への反応を一瞬遅らせた。

振り向く間もなく激しい衝撃が襲い、ロデオスターが宙を舞う。

 

「ぐはっ………、ぐ………!!」

 

受け身を取る事すらままならず、アスファルトに容赦なく叩きつけられるロデオスター。

痛みに耐えて目を開けば、ノイズだらけのカメラの隅に、地面に突き立った得物が見えた。

 

「くそっ………!!オレは………、オレはぁ………っ!!」

 

全身を苦しめる激痛に顔を歪め、ジェミニンは目の前の悪を睨む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

誰かの問いかける声が聞こえた来たのは、その時だった。

慌てて周囲を見渡すが、悪念機以外に誰の姿もない。

 

「どうして、そこまでして戦うの?」

 

「だ、誰だ!?」

 

「やだなぁ、ボクだよ。忘れちゃったの?………お姉ちゃん。」

 

その言葉にジェミニンはハッと目を見開いた。

お姉ちゃん。

自分をそう呼ぶのは、この世に一人しかいない。

 

「まさか………、ジェミニ?ジェミニなのか!?」

 

狭いコックピットの中をぐるぐると見渡しながら、ジェミニンが叫ぶ。

すると、否定とも肯定とも取れない薄気味悪い笑い声が返ってきた。

 

「カッコ悪いなぁ。師匠が見たら呆れちゃうよ?」

 

「くっ………!?」

 

「早くやっつけちゃってよ?ボクの体、貸してやってるんだからさぁ。」

 

「な!?」

 

衝撃的な言葉に、ジェミニンは困惑した。

何故だ。

今までジェミニを守り続けてきたのは他でもない自分だというのに、何故こんな辛辣な言葉が浴びせられるのだ。

 

「ねぇお姉ちゃん。何でそんなにムキになってるの?」

 

「ジェミニ………!お前を、お前を守るためだ!お前はオレの妹だ。お前を守ることがオレの………!!」

 

全てだ。

そう言いかけた姉を遮り、声が聞こえた。

 

「違うよね?」

 

「!!」

 

一瞬、思考が止まった。

 

「ボクは守ってなんて一言も頼んでない。お姉ちゃんが勝手にやってるだけだ。………ボクの体を乗っ取って………。」

 

「ち、違う………。」

 

「本当はボクを守るためなんかじゃない。そうする事で自分の存在を確かめたかったんだ。だってお姉ちゃん………体がないんだもんね?」

 

「違うっ!!」

 

最早かつての仮面の剣士の面影など、塵ほども残っていなかった。

両手を耳に押し当て、己を否定されまいと必死に抵抗する、危ういまがい物の人格。

誰かが肯定して初めて存在し、誰もが否定すればたちどころに消えてしまう陽炎のように儚い人格。

その事実を認めまいと震える姉に、さらに追い打ちがかけられた。

 

「違わないよ?だってボク達、元々一つだったんだもん。」

 

「違うっ!オレはジェミニンだ!ジェミニの、お前の姉だっ!!」

 

「喚いたって一緒だよ。お姉ちゃんは長い夢を見てただけさ。仮面の剣士になって、大事な妹を守る夢をね。」

 

「夢なんかじゃない!!オレは、オレは幻なんかじゃない!!オレはここにいる………、生きてここにいるんだっ!!」

 

必死に否定の声を上げ、肩で大きく息をする。

恐ろしかった。

まるで世界の全てが自分を、自分の存在を否定しているかのようで。

 

「………惨めだね、お姉ちゃん。」

 

「………やめろ………。」

 

「いい加減受け入れなよ?もうおしまいなんだ。夢も、お姉ちゃんも………。」

 

「やめろ………!」

 

「ボクはもう一人でも平気なんだ。だからもう………。」

 

「やめろ!!やめろ!!」

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんなんて、いらない。」

 

 

 

 

 

「やめろおおおぉぉぉ………!!」

 

目の前が、真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、今正に出撃せんと格納庫から直接飛び出した直後だった。

 

「な、何だあれは!?」

 

最初に気付いたのは先陣を切ってシアター前に降り立った新次郎だった。

周囲に転がる悪念機の残骸と、その奥に立ち込める暗黒の瘴気。

まるで見る者全てを呪うかのような醜悪さに、思わず体が震える。

 

「うわー、何だあれ!?火事か!?」

 

「何だありゃ?報告にはあんなのなかったぜ!?」

 

「それにジェミニさんのスターも、一体どちらへ………?」

 

シアターを強襲した悪念機の軍勢に、ジェミニンの操るロデオスターか突っ込んだ。

作戦司令室ではそう聞いている。

しかし肝心の橙の星の姿はなく、代わりに見たことのない黒煙が妖しい存在感を伴いながら立ち上っていた。

まさか………。

一同の脳裏に微かな不安が過る。

 

「大河君、聞こえる!?」

 

「ラチェットさん!」

 

指令室からスター各機へ通信が繋げられたのは、その時だった。

 

「みんなもよく聞いて。前方約120メートルの地点に黒い煙は上がってない?」

 

「ああ、大層ご立派に上がってやがるぜ。一体なんだってんだ?」

 

「こちらの調査によれば、その中からロデオスターの反応が確認されたわ。」

 

「じ、じゃあやっぱりジェミニはあの中に………。」

 

「それが………。」

 

通信先のラチェットが更に何かを言いかけた時だった。

タイムズスクエア一帯を黒雲が覆ったかと思うと、空から巨大な雷の一撃が迸り、黒煙を直撃した。

刹那、激しい突風が吹き荒れ、一瞬視界が完全に遮られる。

 

「くっ………、一体何が………!?」

 

そう言いかけ、新次郎は思わず絶句した。

黒煙の奥。

漆黒だけが広がるそこに、殺気を孕む何かが見えた。

そして………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グオオオオオ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猛り狂う猛牛の如く、身の毛もよだつような咆哮が轟いた。

刹那、黒煙がその勢いで消え失せ、その咆哮の正体が姿を見せた。

牛の様な巨大な二本の角と、耳の辺りまで開いた鋭利な牙の並ぶ口。

黒と赤で構成された毒々しい体色と、人の生血のように赤くギラリと光る眼。

まるで神話の悪魔を思わせるような、見たこともない醜悪な怪物が、こちらを見下ろしていた。

 

「な、何だこりゃ………!?」

 

「憎悪………、恐怖………、絶望………。すべての負の感情が全身を渦巻いている。恐らくあの怪物の源だろう。そして恐らく………!」

 

「まさか………、ジェミニは………あの中に………!?」

 

若干の戸惑いを残した新次郎の言葉が、この場で起きた全てを物語っていた。

ジェミニンはいた。

紐育を脅かす、悪魔の使者として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紐育華撃団出撃と同時刻。

未だ火の手が広がり続けるタイムズスクエアの一角にて、ビルの屋上から事の全てを冷ややかに見下ろす影があった。

巨大な鎌と黒装束。

今また使者を差し向けた、紐育を狙う悪魔である。

 

「ビシュメルめ………、ようやく目覚めたか。」

 

黒煙から現れた怪物に、空蝉は満足げに笑う。

一方その横に立つ妖怪もまた、皮肉混じりの笑みを浮かべていた。

 

「醜い怪物だね。あれが仮面の剣士のなれの果てか。」

 

「我らとしては感謝してもらいたい位だがな。何せ、これで己を幻などと罵られる事もないのだ。」

 

ビシュメル。

それは空蝉がジェミニンの精神に寄生させた、言わば精神寄生体だった。

二重人格障害を発症し、精神的に不安定だったジェミニの内面を、精神寄生体は徐々に浸食。

遂には先に精神崩壊を起こしたジェミニンの意識と霊力を完全に乗っ取り、実体化したのである。

最も、これで紐育華撃団の本拠地が割り出せるおまけがついて来るとは思っていなかったが。

 

「人の心は弱い。特に、夢などというものに縋り、現実から逃げる愚か者はな………。」

 

眼下の醜い悪魔に、空蝉は冷ややかに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェミニンの霊力を媒体に出現した邪念魔獣ビシュメル。

最早悪魔という表現がふさわしいのではないかと思わせる大怪獣に、星組は圧倒された。

周囲の建物の片っ端から破壊していく大怪獣目がけ、四方八方からミサイルを撃ち込む。

しかし着弾箇所から激しい火花を散らしながら、魔獣はさらに暴れ始める。

効いていないというより、目もくれないという表現が近いかもしれない。

 

「クソッ!中にジェミニがいるってのに………!!」

 

「ジェミニンの霊力を媒体にしているんだ。霊力を用いたこちらの攻撃にも適応している可能性が高い。」

 

まるで効果のない威嚇攻撃に毒づくサジータと、この状況で尚冷静に敵を分析する昴。

確かにあの怪獣を構成しているのはジェミニンの霊力。

言わば霊力の塊が意思を持った存在であるという事が出来る。

それならば、霊力の塊であるスターのミサイルを撃ち込んだ所で大した効果がない事は否めない。

いや、それ以前に新次郎は目の前の怪獣に対し、攻撃そのものが正しいのか迷いつつあった。

無論ビシュメルが紐育に害を成す存在であるなら、星組隊長としてそれを食い止める必要があるだろう。

だが、目の前の怪獣から恐ろしさを感じても、紐育を破壊しようといった悪意は感じられなかった。

むしろ破壊している事すら分かっていないようにも見える。

まるで、何かに苦しんでいるかのように。

 

「にゃうっ!?怪獣内部のロデオスターから高い霊力反応!!」

 

「気を付けて!何か来るわよ!?」

 

杏里とプラムからの緊急通信の直後、驚くべき事が起こった。

 

「な!?」

 

「野郎………、ミサイルを!?」

 

何とビシュメルが両手を翳した直後、全方位から撃ち込んだミサイルが一斉に空中で停止したのだ。

まるで、見えない壁に阻まれたかのように。

まさか、いや、そうとしか考えようがない。

目の前の悪魔は、霊力は媒体に念力を操り、ミサイルを止めて見せたのである。

 

「グオオオオオッ!!」

 

咆哮と共に、ミサイルが一斉に大爆発した。

これでは戦いようがない。

 

「やるしかねぇのか………。」

 

攻めあぐむ星組の中、ハワードは左腕のミレニアムスターを掴む。

正直、あまり使いたくはない。

だがこれ以上変な技を使われれば手におえない。

人の力で勝てないなら、頼るしかないのだ。

人ならざる、光に………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タロオオオォォォッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デヤァッ!!」

 

一筋の光が黒雲を切り裂き、光は現れた。

華麗に宙を舞い、強烈な蹴撃が怪獣の顔面に炸裂した。

 

「グオオオオッ!!」

 

「ムンッ!」

 

アスファルトに転がった怪獣に馬乗りし、豪快にパンチの雨を降らせる。

すると、怪獣は反撃とばかりに両目をギラリと光らせた。

 

「グオオオオッ!!」

 

「デェッ!?」

 

直後、何もされていないはずのタロウの体が何かに吹き飛ばされた。

まさか先ほどの念力か。

 

「ムンッ!?」

 

そう悟らせる間もなく、立ち上がったビシュメルは更に強い念力でタロウを襲った。

実に5万5千トンの巨体が、突風もないのに後ろへ押しやられていく。

が、ここでタロウが反撃に出た。

 

「ハッ!!」

 

頭のウルトラホーンに意識を集中するタロウ。

すると、ホーンの先から青白いレーザーが発射され、ビシュメルの両手を狙い撃った。

 

ブルーレーザー………両手が何らかの理由で使えない時にアロー光線の代わりに使用する、ホーンの先から圧縮したエネルギーを発射する牽制技だ。

 

事実ビシュメルに高いダメージを与える事は叶わなかったが、それでも念力攻撃を遮断する事に成功しただけでも、十分突破口を開いたと言える。

 

「グオオオオッ!!」

 

ビシュメルは続いて、周囲の街灯を念力で引き抜き反撃とばかりに発射してきた。

 

「ムンッ!!」

 

タロウも負けじとバリアを張って食い止め、残りを叩き落とす。

そして両手を頭上で重ね、一気にエネルギーを集中した。

 

「ストリウム光線!!」

 

T字に組まれた両腕から、七色の光線が発射される。

するとビシュメルは右手から電撃を放射し、ストリウム光線と相打って見せた。

 

「な、何て戦いだ………!!」

 

「霊力と超能力………。常識がまるで通用しない。」

 

互いのエネルギーを利用した壮絶極まりない能力合戦に、思わず圧倒される星組。

しかしこの拮抗した戦況で優位に立ったのは、やはりビシュメルだった。

 

「ハッ!!」

 

地を蹴って回転し、再びスワローキックを繰り出すタロウ。

だがその右足が当たる寸前、その巨体が念力で押しとめられた。

 

「グオオオオッ!!」

 

「デェッ!?」

 

叫び声に吹き飛ばされ、赤の巨体がビルの一角を押しつぶす。

続けざまに電撃が迸り、周囲がたちまち炎に包まれた。

 

「マズイ!このままじゃタロウまで………!」

 

「しかし僕らの攻撃では効果がない。せめて突破口が見いだせれば………。」

 

助けようにも、スターの攻撃に効果がないのは先ほどの戦闘で立証済みだ。

だがこのままではタロウも返り討ちにされてしまう可能性が高い。

せめて昴の言うとおり、有効な戦法がないものだろうか。

 

「………返せ………。」

 

「「!?」」

 

一帯に謎の声が響き渡ったのは、その時だった。

タロウも含め、その場にいる誰もが思わず周囲をキョロキョロと見渡す。

 

「返せ………。オレの………、オレの体………、オレの居場所………!!」

 

「………、まさか………!?」

 

最初に閃くものを感じたのは新次郎だった。

先程から違和感だけは感じていた。

目の前の怪獣から伝わってくるのは、葛藤、恐怖………。

まるで宿主の心の苦しみを体言しているかのようだ。

あの身体を構成する霊力は紛れもなくジェミニン。

ならばきっと………。

 

「ジェミニンッ!!」

 

それに気付いた新次郎の行動は早かった。

 

「もう止めろ!!これ以上街を破壊したって、何も解決なんてしないんだ!!」

 

絶えず暴れるビシュメルの周囲を旋回し、必死に言葉をぶつける。

すると、言葉が返ってきた。

 

「ジェミニは渡さない………!ジェミニは………、妹はオレだけのものだっ!!」

 

「もういいんだジェミニン!君一人で何もかも背負い込むな!ジェミニは一人で立っていけるんだ!!」

 

「ジェミニとオレは今までずっと一緒だった………!親も師匠もいない今、オレを認めてくれるのは妹だけだ!!だから………、だからオレは………!!」

 

悲痛とも取れる言葉に、新次郎の閃きは確信へと変わった。

ジェミニンの行動理念は妹を守るためだけではない。

それに付随して、形のない自身の存在を客観的に立証するためでもあったのだ。

ただでさえ非日常の渦中でなければ主導権を得る事の出来ない人格。

見聞きだけでは決して他人には分からない自らの存在を、ジェミニンは妹を守るという一点に求め、彼女を苦しませるもの全てを憎んだのである。

ジェミニを守る事の出来る唯一無二の存在。

それが自分の存在価値だと信じて。

 

「ジェミニさえ………、妹さえいれば何もいらない………!!オレは、アイツの側に居てやりたいだけなんだぁっ!!」

 

「グオオオオッ!!」

 

やはりこちらの声は聞こえないのか。

悲壮な叫びが再び咆哮に変わり、タイムズスクエア一帯に電撃の嵐が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ねぇ、いい加減出ないの?もう待ちくたびれたんだけど。」

 

未だ戦火の止まないビルの一角。

口を開いたのは妖怪だった。

血のように赤い二つの目が、ギラリと戦場を睨みつける。

目の前に今正に死にゆかんとする命。

その全てを、己の手を以って潰したい。

狂気とも取れる殺意に、冷ややかな声が返ってきた。

 

「やはり人であった血は疼くか。熟すまで待てば良いものを………。」

 

「ただ感情もなく任をこなすお前とは違ってね。手柄は多い方がいいんだよ。特に、あの方はそんな者を好む。」

 

答えはない。

いや、答えを待つ気もない。

妖怪は背中に下げた鎌を握りしめ黒雲漂う空へと放り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

状況は完全に劣勢の一言に尽きた。

悪念機など既に全滅し、暴れているのは哀しみの叫びを上げる魔獣だけだ。

だが宿主の意識を隠れ蓑に文字通り全身全霊の霊力を利用した非常識極まりない暴れ振りに、星組はおろかタロウも手が出せない。

そこに、最も恐れた自体が発生した。

 

「………、緊急警戒!!タイムズスクエア上空に、高濃度の妖力反応確認!」

 

「出現位置特定完了!モニターに表示します!!」

 

凶報に相次ぐ凶報に、作戦司令室の空気が強張る。

そこへ、彼らをあざ笑うかのような光景がモニターに映し出された。

 

「これは………!!」

 

「さしずめ、リベンジって所かな?」

 

驚きを隠せないラチェットの横で、マイペースながらも表情を厳しいものに変えるサニーサイド。

タイムズスクエア上空に突如出現した妖力反応。

その正体たる悪念将機に、彼らは見覚えがあった。

忘れもしない5か月前、リバティ島でラチェットを敗走させた最初の悪念将機。

『伽藍』の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャハハハ………!!久しぶりだね、紐育華撃団!!」

 

「お、お前は………!!」

 

「くっ………、この状況で悪念将機だと!?」

 

次から次へと現れる敵を前に、星組にも焦燥の色がうかがえ始めた。

何せ自分たちが束になってかかっても敵わない怪獣に加え、空から巨大な悪の使者が襲い掛かるのだ。

ただでさえ苦戦を強いられているこの状況、上空にたたずむ妖怪から見れば、今の自分たちは恰好の標的だ。

 

「何かもう面倒くさいからさ、纏めて皆殺しにしてやるよ。」

 

「マズイ!皆さん、防御態勢を………!!」

 

「遅いんだよ!!」

 

新次郎の指示を遮り、襟に構えた十五門の速射砲が一斉に火を噴いた。

たちまちその場の全てを包み込み、そこらかしこで爆炎が飛び交う。

 

「くっ………、皆さん、無事ですか!?」

 

地面に叩きつけられた衝撃に耐え、通信機に向かって叫ぶ新次郎。

幸いにも程なくして返事は返ってきたものが、今の攻撃によるダメージは決して軽微なものではなかった。

まるで雨霰のような無差別射撃にスター各機が被弾。

ビシュメルから受けたダメージもあり、損傷率は自身のフジヤマスターも含め50%を超えている。

見れば自分たちのみならず、タロウも、そしてビシュメルも僅かではあるがダメージを負っていた。

これまでの記憶からしても、奴は仲間意識などを持っているようには見えない。

恐らく手下の怪獣もまとめて始末してしまうつもりなのだろう。

 

「キャハハハハハハッ!!もう終わりだね、紐育華撃団。せいぜい苦しまないように殺してやるよ!」

 

「くっ………!!」

 

その様子を相変わらず癇に障る嘲笑を上げ、伽藍の頭から巨大な砲台が顔を見せた。

 

「天魔招来………、亡魂観音!!」

 

砲台から殺意の閃光が迸る。

そして………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もかもが、消えていた。

今まで積み上げてきた思い出も、思い描いた未来も、何もかもが消えていた。

 

「………。」

 

見たことのない世界が広がっていた。

暗い色のオーロラに囲まれた異質な空間。

見るたびに色を変えていくその様子は美しく、されど不気味さをたたえている。

が、不思議と恐怖は感じなかった。

まるで昔から知っていたかのような懐かしさ。

そう、故郷のテキサスに抱くそれと同じ感情が自覚出来た。

 

「………、泣き声?」

 

ふと、誰かの啜り泣く声が耳に届いた。

女の子の声だ。

聞き覚えがある声だ。

振り向いて少し歩くと、膝を抱えて踞る、少女の姿が見えた。

シアターの清掃服。

頭巾に隠れたクセのある赤い髪。

まるで自分を鏡に写したような少女が、そこにいた。

 

「………お姉ちゃん?」

 

その声にピクリと反応し、少女が怖ず怖ずとこちらに顔を向ける。

自分と同じ、顔があった。

 

「ジ………、ジェミニ………?」

 

涙に濡れた真っ赤な瞳がジェミニを写した。

理由など聞かずとも分かる。

共に生き、身体さえ共有しているのだ。

姉が何に苦しんでいるか、ジェミニは理解していた。

 

「お姉ちゃん………、悪いのはお姉ちゃんじゃないよ………。」

 

優しく微笑み、語りかける。

だが心の全てを蝕まれたジェミニンの傷は、深かった。

 

「それなら………、それならどうしてオレを捨てた?」

 

「お姉ちゃん………。」

 

「お前は、お前はオレの全てだった。身体さえ持たないオレが、お前の未来を守ってやれるなら、それだけで幸せだった………、なのに………。」

 

ジェミニは言葉を返せなかった。

自らの凶行に恐怖し、姉の存在を一度だけ否定した。

それが姉を傷つけたのなら、何も言えない。

それは、他ならぬジェミニの罪だから。

 

「………聞いて、お姉ちゃん。」

 

しかしこのままではいけない。

意を決し、ジェミニは口を開いた。

 

「ボクは今まで、お姉ちゃんに守られてばかりだった。本当はいつも助けてくれてたのに、気付きもしなかった。」

 

「………。」

 

「でも、いつまでもお姉ちゃんに頼ってちゃいけない………。ボクも、自分の足で立たなきゃいけないんだ。」

 

今回の事件で、ジェミニは半生を共にした姉の全てを知った。

本来なら双子の姉として産まれるはずだったジェミニン。

自らの形を持たず、自分の他人格としてしか存在を知らしめる事の出来ないジェミニン。

ともすれば自分の中で誰にも理解されないまま生涯を終えてしまうかもしれない。

そんな悲しく恐ろしい苦境に置かれて尚、自分を守ろうとしてくれた姉。

これまで人生の苦しみ全てを代わりに背負ってくれた姉に、ジェミニは心の底から感謝していた。

だから、今度は自分の番。

一人哀しみに耐えてきた姉を、今度は自分が助ける番だ。

ジェミニは姉の肩に手を置くと優しく、ハッキリ告げた。

 

「だからお姉ちゃん、今度はボクが助ける番だよ。もう、一人で抱え込まないで。」

 

「ジェミニ………、だがオレは………。」

 

首を振って遮り、ジェミニは答えた。

 

「大丈夫。ボクが絶対何とかして見せる。ボクが、守ってあげるから………。」

 

言い終わらぬ内に、ジェミニンは顔を胸に埋めて来た。

小刻みに震える頭を優しく抱き締め、ジェミニは繰り返す。

 

「ボクが、守ってあげるから………。」

 

オーロラが突然の閃光に包まれたのは、その時だった。

 

それは何の前触れもなく現れた。

死神の頭から撃ち出された破滅の閃光。

それが遥か上空に光った時、かの魔獣から一つの光が飛び出し、破滅の閃光と激突。

空の塵と変えたのである。

 

「な、何だ今のは!?」

 

「光?………、まさか………!!」

 

新次郎が何かに閃いたその瞬間、光は目の前に降り立った。

紐育華撃団最後の星、ロデオスターが。

 

「………テキサスのサムライ、ジェミニ=サンライズ!参上つかまつりっ!!」

 

「ジェミニ………、ジェミニなのか!?」

 

傷ついた自分を庇うように天空の死神を見据えるロデオスター。

伝説に名を残す五輪の戦士が、集結した瞬間だった。

 

「新次郎………、みんな………、ただいま。」

 

「ああ………、お帰り、ジェミニ!」

 

モニターに現れたジェミニに、新次郎も痛みを忘れて笑いかけた。

ジェミニが戻って来た。

その事実が、ただただ嬉しかった。

 

「わーい!!ジェミニだジェミニだ、ジェミニが帰って来た~!!」

 

「完全な自我を取り戻したか。輝いた目を見れば分かる。」

 

「紐育華撃団、これで勢揃いですね。」

 

「さぁて、これからたっぷりお返しといこうじゃないか、新次郎?」

 

傷ついていた筈の仲間達もまた、同様に復活を遂げた戦友に激励の言葉を贈る。

そんな仲間達を従え、新次郎は真上の死神を睨んだ。

 

「行きましょう、皆さん! 紐育華撃団、レディー・ゴー!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

遥か天空の死神目掛け、六つの星が飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

「デヤァッ!!」

 

何度目か分からない空中からの飛び蹴りが、魔獣の顔面に炸裂した。

更に仰向けに倒れた所に馬乗りになり、激しいパンチの連打を加える。

宿主であるジェミニと切り離されたためだろう。

先程までこちらを大いに苦しめた念力は襲って来ない。

スタミナも随分と下がったようだ。

最早形勢は、明らかにこちらへ傾いていた。

 

「ストリウム光線!!」

 

七色の光線が、再びビシュメルを狙い撃つ。

向こうも気付いて雷を呼ぼうと左手を掲げるが、遅かった。

 

「グオオオォォォ………!!」

 

七色の光線は唸りを上げて魔獣の胸を貫いた。

無念の咆哮を上げ、人の心を蝕む魔獣は砂塵に帰す事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどまで絶望視されていた形勢は、既に逆転されつつあった。

一帯を蹂躙していた大怪獣はウルトラマンの前に敗北し、その真上では巨大悪念将機を6つの星が旋回している。

地面で咆哮が轟けば、空では爆音が絶え間なく鳴り響く。

 

「クソッ………、こんな事ってあるか………!?」

 

その中心で、妖怪は焦燥の混じった怒りを吐き捨てた。

何の苦戦もないはずだった。

紐育華撃団は身内を取り込んだ怪獣に追いつめられ、タロウも同様に劣勢を強いられる。

最後のダメだしに自分が怪獣毎始末すれば、邪魔者を纏めて消せるはずだった。

しかし実際はどうだろう。

怪獣はタロウに抹殺され、自身も完全に包囲、明らかに追いつめられた状況だ。

その最たる原因はただ一つ。

何の前触れもなく復活したビシュメルの宿主、ジェミニ=サンライズである。

 

「どいつもこいつも………、纏めて死んじまえ!!」

 

襟の散射砲が、罵声と共に火を噴く。

だが目標を見定めもしない乱雑な攻撃程避けやすいものはなく、新たにいくつもの火柱を生み出したこの攻撃すら、肝心の星組には一発も掠めてすらいない。

 

「諦めろ!五輪の戦士が揃った今、お前に勝ち目はない!!」

 

「黙れっ!!お前らなんか、今すぐ皆殺しだっ!!」

 

狂ったように喚きたて、再び散射砲を乱発する。

だが、皮肉にもこれが敗因となった。

 

「行っくぞ~!!バッファロー・ゴーゴー!!」

 

相変わらずどこから出したか分からない巨大銃から、無数の弾丸が襲い掛かった。

全弾直撃した襟の速射砲がたちまち爆発を起こし、その機能を喪失する。

それを皮切りに、激しい追い打ちがかけられた。

 

「ここが見せ場です!!」

 

「仕上げと行こうか!!」

 

「援護するっ!!」

 

頭上、背後、足元に控えていた3つのスターが、一斉に牙を剥いた。

鎌を握る右腕と妖力を貯蔵したタンク、さらには飛行に不可欠なプロペラから次々と火の手が上がる。

 

「クソッ!こんな………、こんな馬鹿な………!!」

 

「もう諦めろ、妖怪。今のお前に勝ち目はない!」

 

悔恨の念を隠しきれない妖怪の前に一機のスターが現れた。

ジェミニだ。

今回の星組急襲の核であり、その全てを覆した存在。

目の前で降伏を迫る橙の星を、妖怪は憤怒の形相で睨んだ。

 

「武器を捨て、二度とこの街を襲わないと誓え。そうすれば命までは取らない。」

 

「馬鹿にするなっ!!我が主の復活無くして、この命に意味はないっ!!」

 

残された唯一の左手を高々と振り上げ、力任せに叩きつける。

さして攻撃用に作られたわけではないが、落下のスピードや質量を合わせれば、直撃でスターを叩き潰すだけの威力は見込める。

 

「なっ………!?」

 

だがその一瞬、妖怪は己の目を疑った。

それもそのはず。

何故なら今正にスターを押しつぶさんと振り下ろされた左腕が、袖の当たりで真っ二つに両断されていたのだから。

 

「これぞ、ミフネ流剣法極意………。」

 

刹那、目の前に燃え盛る炎を身に纏ったロデオスターが現れた。

霊力を具現化した炎は一匹の馬を形作り、甲高い嘶きを轟かせる。

 

「イッツ免許皆伝、ターニング・スワローッ!!」

 

灼熱の咆哮が、一閃となって夜の摩天楼を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイムズスクエアの戦闘は、他ならぬロデオスターの一撃によって、幕を下ろした。

腹部に大きな風穴を開けられた伽藍はその場で爆砕。

シアター上空を覆う程の大爆発からして、例の妖怪も生きてはいないだろう。

 

「終わったか………。」

 

シアター前に着陸し、新次郎が大きく息を吐く。

と、不意に背中を誰かが叩いた。

振り向くと、そこには功労者をはじめ、仲間たちが顔を揃えていた。

 

「ねぇねぇ新次郎!ボクの初舞台どうだった?カッコ良かった!?」

 

普段シアターで顔を合わせる時と、服装以外何一つ変わらないジェミニ。

先ほどまでの豹変振りが、それこそ夢だったかのようだ。

見ると残る5人も、同じような表情で一人はしゃぐジェミニを見ていた。

 

「………ま、いっか。それじゃいつもの奴、やりましょう!」

 

ジェミニンの事。

ミフネの事。

五輪の痣の事。

積もる話は多々あるが、今は勝利の余韻に浸ってもバチは当たらないだろう。

そんな新次郎に同情してか、仲間たちも苦笑いで顔を見合わせる。

そんな面々を余所に、ジェミニは一人ハイテンションで音頭を取った。

 

「よ~し行くよ!!勝利のポーズ………、」

 

「「決めっ!!」」

 

<続く>




《次回予告》

きゃふ~ん! 今年もこの季節がやって来たのね!!

今年はリトルリップシアター、最高の舞台をお届けします!!

さあ、今宵は一番大切な人と共に!!

次回、サクラ大戦5。

《Apocalypse》

夢の舞台で会いましょう!

摩天楼に、バキューン!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。