摩天楼の星   作:サマエル

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Apocalypse~五輪の黙示録~:1/2

1928年、12月。

涼しげな秋風が雪を運ぶ北風に変わり、身を切る寒さが鈴の音と温もりを恋しくさせる季節。

それはこの紐育も例外ではなく、夜でも尚ネオンの明るい街に、冬の訪れを告げる白い妖精が舞い降りた。

 

「………ええっ!ぼ、僕が、ですか!?」

 

そんな白雪が舞う紐育の真ん中で、新次郎は驚愕の余りあんぐりと大口を開けた。

理由は言わずもがな、目の前の男の放った、予想外の一言である。

 

「うん。いい加減『見習い』なんてレッテルも飽きて来たしね。それに大河君、中々の成果を上げてるから、ちょうどいいよ。」

 

さも当然のように言葉を返すのは、このシアターの支配人。

いつもながら適当を形にしたような彼の口から、何の前ふりもなしにとんでもない言葉が出てきた。

 

『大河君を、改めて正式な星組隊長に任命したい』

 

自分自身もすっかり忘れていた、隊長『見習い』のレッテル。

それが無くなるという事はつまり、帝国海軍少尉大河新次郎は、この紐育で遂に一人前の、文字通り『でっかい男』になる事を意味するものだった。

ある意味待ちに待っていたはずの瞬間なのだが、いかんせん突然過ぎて喜びより驚きがついつい先に出てしまう。

最も、適当極まりない支配人から突拍子もない発言が来るのは珍しい事ではないため、驚くなというのが無理な話ではあるのだが。

 

「それにね大河君。これは隊員みんなからの要望なのよ。『いつまでも半人前みたいに扱うな』ってね。」

 

付け加えるようにラチェットに言われ、先の言葉もようやく現実味を帯びる。

自分が一人前の隊長になる。

それも今まで苦楽を共にした仲間たちの提言で。

その事実は、一人の若者の心を大いに高ぶらせた。

 

「と言うわけで、近い内に昇進試験も行う。頼まれてくれるね?」

 

「は、はいっ!!帝国海軍少尉大河新次郎、慎んでお受け致しますっ!!」

 

そのためか、いつにも増して堅苦しくぎこちない敬礼に、支配人室は笑い声に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね大河君。実はもう一つ提案があるんだけど………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………しっかしまあ、よく派手な事だけは考え付くよな。」

 

呆れ顔でウイスキーをあおるハワードに微笑みつつ、自身も合わせるようにリキュールを口に含む。

 

12月22日。

 

無数の星が輝く夜空を舞台に彩られたバーは、いつもより少しだけ冷たい空気に包まれていた。

無理もないと、ラチェットは思う。

何故なら今自分達の飲んでいるバーは、目の前に大がかりなペンタゴンのステージを構えたセントラルパークのど真ん中なのだから。

 

「それ、ここを指定した貴方の言うセリフかしら?」

 

草の上に敷かれた雨避けのシートの皺で遊びつつ、隣の男に嫌味交じりの言葉を返す。

と、返事はすぐに返ってきた。

 

「んだよ、たまにはいいだろ?どうせそこらのバーじゃアベックがうようよしてらぁ。」

 

「あら、私達だって似たようなものじゃない?」

 

「鏡見て言え。ブロードウェイの大女優様に、街中の男が一体何人振り返ったと思ってんだ?」

 

なるほど、要するに嫉妬だ。

そう感づいて含み笑いを漏らすラチェットに、ハワードは罰が悪そうな表情で顔を背けた。

1年でアメリカが最も心躍らせる日、クリスマス。

今年もやって来た年に一度のビッグイベントに、リトルリップシアターの支配人はそれ以上と言っていい程の特大イベントを提案した。

 

『オーバー・ザ・レインボー・サンシャイン』。

 

今も尚発展を続けて止まない自由の国アメリカの独立と建国を讃えた、一夜限りのライブショーだ。

別荘ならまだしもセントラルパーク一帯を完全に借り切って360度を観客席に囲んだというのだから、そのスケールは最早演劇の常識を超えている。

確か客席だけで2000人を動員できるとか言っていた気がするが、大して覚えていない。

当然のことながら、それだけビッグなイベントを企画したとなっては舞い込む仕事の量も冗談ではなく、星組のスタッフは足を車にした。

何せ創作ライブのために台本を一から書き上げなければならないし、衣装やステージの用意、更には紐育中にビラを配って回るなど、そのスケジュールは過密を極めた。

特に1週間を切った辺りからは夜通しどころか徹夜さえ普通になり、今日の昼間にようやくリハーサルを終えた所である。

実に20日に及ぶハードワークは思い出したくもないが、メンバーは誰一人疲れを顔に出すことなく、それどころか心から楽しんで準備に明け暮れていた。

中でもとりわけ笑顔を振りまいていたのは、一人前の確定したモギリであろう。

 

「アイツもとうとう隊長か。見習いなんてみんな忘れてんだから、大して違いはねぇだろうけどよ。」

 

「そうね………。」

 

タンブラーの水面に映る顔から一瞬、笑顔が消えた。

紐育華撃団、星組隊長。

かつて自分のいたポジションに、彼が立つ日がついに来た。

本来なら両手を上げて喜びの言葉を贈るべき出来事。

しかしラチェットは、隊長という言葉の持つ全ての意味をその身に刻んだ副指令は、その吉報を手放しで喜ぶ事は出来なかった。

 

「………何だよ。アイツじゃ役不足ってか?」

 

「そんな事………。」

 

思わず否定しかけ、言葉の出てこない自分に気付く。

別に新次郎を低く評価している訳ではない。

これまでの戦績やチームワークの屈強さを見るに、彼は寧ろ隊員を纏める隊長の地位が相応しいだろう。

だが、そう理論づけて尚、ラチェットの脳裏には言い知れぬ不安が離れなかった。

いや、考えずともラチェットは、その不安の正体を知っていた。

かつて所属した欧州星組。

今とは違う武骨な鋼鉄のドレスに身を包み、鋼や火薬、血の匂いに塗れた戦場を駆けた忌まわしい戦いの記憶。

酷い時は、今飲んでいるカシスの赤い色を見るだけで、気分が悪くなる時もあった。

こうして全てを受け入れてくれる街で生まれ変わって尚頭の片隅を蝕み続ける記憶。

その奥底は、何処までも暗く、深い。

 

「………平気さ。昔みたいになるかよ。」

 

その言葉に振り向くと、ハワードは空になったタンブラーを置き、夜空を見上げていた。

心なしかその表情は、何かを思い出す様に優しい。

今よりも、記憶の中の彼に似ていた。

 

「ここはあそことは違う。スターは、本当の意味で希望の星になった。………血と涙しか産めなかったあの時とは違う。」

 

「ハワード………。」

 

「………辛気臭い話は、肴には向かねぇな。」

 

そう呟いてタバコを咥え掛け、何かに気付いたようにポケットに戻す。

恐らくダイアナに注意された禁煙勧告を思い出したのだろう。

何処となく間抜けな今の姿と先ほどのギャップから、ラチェットは思わず吹き出した。

 

「な、何だよ!? 思いつめた顔してたから心配してやりゃ………、!?」

 

それは果たして酒の起こした悪戯か。

それとも冬の寒さが呼んだ人恋しさか。

ラチェット自身も分からなかった。

何故隣の男の肩に、頭をもたれさせているのか。

 

「お、お前………寒いなら戻っても………。」

 

「こうしてたいの。………駄目?」

 

「………好きにしろ。」

 

口で言わずとも、さりげなく肩に添えられた手の温もりで分かる。

そんな自分がちょっとした小悪魔のようで、気づけばまた笑みが漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは言うなれば、異質と呼ぶべき空間だった。

四方八方を包む、まだら色に濁った混沌の焦気。

まるで死して尚世を呪い続ける、怨霊が如く。

 

「な、何だここは………?」

 

その混沌とした空間に、大河新次郎は当てもなく漂っていた。

地を踏み締める感覚がない。

もしや自分は今、この空間で浮いているとでも言うのだろうか。

 

「人生五十年………。」

 

「………、誰だっ!?」

 

不意に聞こえた声に、鋭い表情で振り返る。

刹那、混沌の世界に漆黒の影が見えた。

 

「下天のうちを、くらぶれば………。」

 

感情の見えない低くくぐもった声が空間を震わせる。

闇より深い漆黒の影。

その赤い目が、ギラリと光った。

そして………、

 

 

 

 

 

 

 

「起っきろー!!」

 

 

 

 

 

「わひゃあっ!?」

 

突然ひっくり返った世界に、新次郎は情けない悲鳴と共に転がり落ちた。

混沌の世界は、見慣れたアパルトメントの一室へと姿を変えている。

 

「おはよ、新次郎。あんまり寝てるからひっぺがしちゃった。」

 

「あ、おはよう………。」

 

頭が目覚めきってないまま挨拶を返し、身体を起こす。

すると、シーツを手にニンマリと笑顔を浮かべるジェミニが視界に映った。

 

「随分よく寝てたね? 徹夜のダメージ?」

 

「ま、まあね………。流石にひっぺがされるとは思わなかったけど………。」

 

「だって早くしないと冷めちゃうじゃん。ハムステーキって熱い内が美味しいんだよ?」

 

そう言って風呂敷包を二つ取り出すジェミニ。

そうだ、確か今日は………。

 

「さ、早く朝ごはん済ませよ! 最っ高のデート日和なんだから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐつぐつと音の止まない鍋から漂う香ばしいコンソメの香りに一人舌鼓を打ち、お玉で一口啜る。

いまいちパンチの効いていない薄味だ。

自分としては迷わずブラックペッパーを加えたい所なのだが、そういう訳にはいかない。

何故ならこのスープを食べるのは自分ではない。

扉一つ隔てた寝室で唸っている病人が食べるものだからだ。

 

「よう、起きてるか?」

 

スープを乗せた盆をトレイを片手に、いつもより小さめの声量で呼びかける。

すると幸い寝てはいなかったらしく、ベッドから返事が返ってきた。

 

「ええ、美味しそうな匂いがしたものだから………。」

 

「結構なこった。」

 

態度にこそ出さないが、思ったよりしっかりした返答に内心胸を撫で下ろす。

食欲もあるという事は、症状は軽いらしい。

 

「………美味しい。」

 

一口啜っての感想に、また胸を撫で下ろす。

これでまずいなどと吐かれてはたまったものではない。

 

「(やっぱり、昨日のアレか………?)」

 

手製のスープを味わってもらえる事に喜ぶ半面、ハワードは内心彼女が体調を崩した原因を危惧していた。

自分の知るラチェット=アルタイルは、天才という二つ名こそ同僚に譲っているものの、頭脳や判断力、人間性といったすべての分野において秀で、非の打ち所のない人間だ。

流石にプライベートまでは分かりかねるが、生真面目な彼女の事、仕事以外の理由で不規則な生活を送るとは考えにくい。

だからこそ、ハワードは星組きっての才女が風邪を引いたという一報に驚くと同時に、脳裏にある記憶がフラッシュバックした。

昨日のステージ前での晩酌。

自分は大して気にしていなかったが、冬だけあって外はかなり冷たい風が吹いていた。

確か帰りがけは雪も降っていたはずだ。

もしそれが原因なら自分がどこも具合を悪くしてるはずなのだが、ハワードにはその理論を覆す根拠があった。

 

「(風邪もひけねぇのか、ウルトラマンってのは………)」

 

もしそうなら、こうなった理由は納得できる。

ただ、納得はしたくないが。

 

「………ハワード?」

 

ふと、目の前でチキンスープを飲み終えた病人が怪訝な視線を投げかけた。

どうやら顔に出ていたようだ。

部下に気を配る職業柄、彼女はこういった他人の様子の変化に鋭かった。

 

「………悪かったな。」

 

「え?」

 

「その………、昨日は。」

 

「………、そんな事………。」

 

返ってきた反応は、意外と言えば意外だった。

言わば目の前の男が原因で風邪をひかされたようなもの、憎まれ口一つなく微笑んでみせる。

顔が僅かに紅潮しているのはどう見ても微熱のせいだが、それでもこうした表情は、ハワードの目にも異性として映ってしまった。

 

「それに、謝るのはこっちだわ。折角の休み、潰しちゃって………、ごめんなさいね。」

 

「それこそ逆だろ。同僚が具合悪い時にのんびりしてられっか。」

 

「でも………。」

 

やはり生来の生真面目さからか。

引き下がらないラチェットを、ハワードは強引の寝かせて言った。

 

「病人が他人の心配なんかすんな。いいから今は大人しく寝てろ。」

 

「………、はい。」

 

本当は、耐えられなかった。

赤い顔でこちらに謝罪を述べてくる彼女を見る事が。

それが恥じらいからくるのか、それとも罪の意識からくるのかは分からない。

ただ今のハワードに出来るのは、熱を帯びた自身の顔を見られぬようそっぽを向く事だけだった。

 

「(慣れない事は、するもんじゃねぇな………。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に何時間こうしているか、自分でも分かっていなかった。

気付けば満天の星が輝いていたはずの窓からは、いつの間にやら眩しい日差しが差し込んでいる。

 

「失礼します、サニーサイド司令。」

 

そういって誰かが指令室の扉を開けたのは、ちょうど書類の散乱する机に突っ伏そうかという時だった。

 

「やあ、ミスター加山。相も変わらず、仕事が速いね。」

 

「………司令。心なしか少々、やつれているようにお見受けしますが………?」

 

ぼやけかかった視界に映った白スーツが、ゆらゆら揺れながら心配そうな顔でこちらを見る。

流石は隠密のプロフェッショナル。

ポーカーフェイスの下がどうなっているか、お見通しという訳だ。

それが月組隊長だと知りつつも、こうもあっさり見抜かれては少なからずプライドが刺激される。

ハッキリ言って今すぐ暗転させたい所だが、そういう訳にもいかない。

彼がここに来たという事は、ただでさえ立て込んでいる仕事が無情にも追加されたという事なのだから。

 

「何、夕べは遅くまで社交パーティーで忙しかったからね。まさか華撃団の仕事があるからって休めないでしょ?」

 

「………なるほど。心中、お察しします。」

 

別に察してもらわなくてもいいと密かに反論しつつ、机に置かれた新しい書類に目を通す。

 

「………もうちょっと大きい活字に出来なかったのかい?」

 

「これ以上大きくしては、枚数が4倍になりますが。」

 

いい加減ピークに達しつつある眼精疲労を当てこするも、即座に斬り返されだんまりを決め込む。

いや、言い返す事をも忘れたというべきだろう。

何故ならその報告書の内容は、紐育華撃団総司令が最も切望していた事実が記されていたからだ。

 

「………やはり、外伝の反証はないみたいだね。」

 

途端に覚醒した頭脳が一気に情報から更なる推論を導き出し、ある答えに結実する。

おかげでピークを通り過ぎたのか、眼をつんざく痛みはすっかり消え失せていた。

 

「よろしいのですか、司令?」

 

「何が?」

 

「もし本当にこれが真実だとすると、現状は………。」

 

勘の鋭い男だ。

相変わらずの有能振りに感心の笑みを贈りつつ、サニーサイドは眼鏡に手をかけた。

 

「まだ分かんないよ。少なくとも、その時が来るまではね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒンヤリと冷たい緑の中に、優しい木漏れ日が微かな温もりを運ぶ。

その光が昨夜の雪の名残に反射して辺りを照らす様は、さながら自然のイルミネーションだ。

そんな日常に紛れた幻想的な空間を、初々しさの際立つカップルが歩いていた。

 

「はぁ~、美味しかった。やっぱり職人のホットドックは違うね。」

 

「ハハハ、そりゃサジータさんの一押しだからね。」

 

周りの景色には目もくれず、ひたすらランチの感想を並べてくるジェミニに苦笑いを浮かべながらも、新次郎が返事を返す。

仮にもデートという名目で来ているのだから、少しはそれらしいセリフのひとつでも欲しい所だ。

だが、新次郎に至ってはさほどそれを気にしているようではなかった。

何故ならこのデートには、ジェミニも知らないある目的があったからである。

 

「(やっぱり、いつものジェミニだ………。)」

 

シアターを強襲したビシュメルとの死闘と、その戦いを最後に姿を消したジェミニン。

それから今日まで実に2か月間、ジェミニを影で守り続けていた人格は、未だ沈黙を守ったままだ。

果たして彼女は消えたのか。

それとも最愛の妹の中に眠っただけなのか。

恐らく真相は、隣を歩く少女も知らないだろう。

 

「今思うと、星組ってすごいよね。平和を守るだけじゃなくて、芝居にもあんなに力入れてるんだもん。」

 

「ジェミニだって頑張ってるじゃないか。僕もプチミントでステージに立ったから分かるけど、本当にスタミナのいる仕事だから。」

 

掃除係から女優に転身したことで、ジェミニ=サンライズの日常は大きく激変した。

週に2日は休暇が確定していたタイムスケジュールも2週間に休みが1日あるかないかまで切り詰められ、非番であっても華撃団としての招集がかけられたりと、とにかく毎日が多忙だった。

特に今回のクリスマス公演は、前作『ロデオとジュリエット』に続く主演。

常にセンターポジションに立って誰よりも長く役を演じる彼女の負担は、経験者としても察するに余りある。

それでもこれまで弱音も文句も一切なかったのは、彼女自身が今の日常に喜んでいるからだろう。

なにせ紐育華撃団星組は、ジェミニが紐育でずっと追い求め続けてきた、夢の舞台なのだから。

 

「でも、本当に良かったの?新次郎も、色々計画してたんでしょ?」

 

ふと、ジェミニが尋ねた。

今日のデートは朝食からずっと、ジェミニの予定に沿って進んでいた。

小川を貸しボートで渡り、普段より少しだけリッチな店でランチを楽しみ、最後は夜景の綺麗な場所で別れを惜しむ。

如何にもロマンスを気取った活動写真のシナリオのようである。

このプランに、新次郎は2つ返事で了承した。

もちろん彼なりのデートプランもないわけではないが、ジェミニの好みに合うかどうかは些か自信がない。

というのも、大河新次郎19歳。

これまで国を守る軍人としてひたすら勉学と剣術に打ち込んできた彼にとってプライベートの、とりわけ異性とのデートになると、どう考えればいいか全く分からなかったのだ。

最初に頭に浮かんだのがジェミニと一緒に剣の素振りなどとは、とても恥ずかしくて本人には言えない。

故に新次郎は、ジェミニのデートプランに助かったとすら思っていた。

 

「構わないさ。ジェミニが楽しければ、それで僕も幸せなんだ。」

 

「………ありがとう。新次郎って、本当にボクの事、思ってくれるんだね………。」

 

思いがけない反応に、思わず顔を背ける。

別に意図して言ったわけではないが、最近になってジェミニはこんな顔をする事が多くなった気がする。

女優になる前のジェミニの笑顔は何処か眩しい、子供のように幼げで純粋なものだった。

それが最近では、今のようにほんのり頬を赤らめ、見ているこちらが照れくさくなるような艶のある微笑みを見せるようになった。

女優という役柄ゆえだろうか。

それとも他に理由があるのだろうか。

これまで軍人として異性と関わる機会が無縁に等しかった新次郎にとって、それは大きな疑問であった。

 

「お姉ちゃんも、こんなデートしたかったのかな………。」

 

ふと、ジェミニの口から件の姉の名が零れた。

 

「ジェミニンとは………、まだ会えてないの?」

 

正直デート中では聞きにくい事ではあるが、恐らく聞けるチャンスは今しかない。

躊躇いがちに尋ねると、ジェミニは無言で頷いた。

 

「ダメ………。あれから何度も心の中で呼びかけてるんだけど、ずっと答えてくれない。」

 

もしかしたらと抱いた淡い希望が、音もなく消えた。

可能性はあった。

元々ジェミニンはジェミニの体内に眠る小さな心臓と霊力を媒体に存在する、言わば精神体。

ジェミニの成長に伴い、自らの存在を不要と断じて消滅したと考えても、おかしくはない。

 

「ジェミニ………。」

 

何と声をかけていいか分からず、口ごもる新次郎。

いくら自分の足で立つことを決めたとはいえ、人は短い時間で変わりきれる程器用な生き物ではない。

特にジェミニはほんの2か月前までの間、姿の見えぬ姉と常に一緒に過ごしてきたのだ。

影でいつも守ってくれた姉に対する依存が大きい分、それを失う事への不安、失った際の悲しみは底も見えぬに違いない。

 

「………エヘヘ。ごめん、何か辛気臭くなっちゃったね。」

 

だが新次郎の予想に反し、ジェミニは気丈にも苦笑いを見せた。

確かに暗い話はデートには向かない。

辛くないはずはないのだが、ジェミニ自身、今はこの休暇とデートを楽しみたいのだろう。

そう考え、新次郎は詮索をやめた。

 

「それじゃあ、次は何処に行こうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大都市ニューヨークの中心部に位置する癒しの空間、セントラルパーク。

その東を占拠するかのようにそびえ立つ、巨大な建築物があった。

 

メトロポリタン美術館。

 

世界各国からおよそ330万点にも及ぶ展示数を誇る、あの有名な巴里のルーブル美術館にも匹敵する程の世界的美術館である。

その一角に帝国華撃団月組隊長、加山雄一の姿はあった。

 

「………。」

 

厳しい表情で一点の絵画を見る加山。

だがその脳は、視界に映る絵画を認識してはいなかった。

 

「………違うな。」

 

周りの雑踏に消える程の小声で呟き、足を動かす。

絵画の出来が悪いという評価ではない。

元々彼の絵画に対する知識をそう広いものではないからだ。

加山はここに、隊員からのある報告を受けて調査に赴いていた。

その手がかりが、今の絵画からは感じられなかったのだ。

 

『美術館付近で、黒装束の怪しい人影を見た。』

 

ある諜報隊員からの短い報告。

昨晩の帰りに微弱な妖気を察知し近づいた所、茂みに見えた黒い装束が煙の如く雪に消えたというのだ。

黒装束をいう出で立ちは、例の空蝉なる人物の容姿と少なからず一致する。

煙のように姿を消す能力も考慮すると、見間違いとは考えにくい。

そしてその報告は、何よりも加山にある確信を抱かせていた。

 

「(やはり司令の予期していた通りなら………、あそこにあるはずだ。)」

 

先ほどダウン寸前の星組司令に届けた報告書は3枚。

一つは巴里から届いた整備班からの速達の手紙。

一つはルルイエから出土したという遺跡破片の調査結果。

そして最後の一つが………、

 

「あった………。」

 

加山の目が、ある一点の展示品に向けられた。

今年一杯で終了する日本美術の特設展示場。

その中央に、加山の睨んだ通りの美術品が飾られていた。

それは………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、加山さんじゃないですか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと視界に映った白いスーツに気付き、新次郎が声をかける。

振り返った先に見えたのは、予想通りの顔だった。

 

「新次郎か。ジェミニも一緒とは、さしずめデートって所か?」

 

「ええ、明日の本番の前に休暇って事で。加山さんは?」

 

そう聞きつつも、彼が鑑賞に来たのではないだろうと、新次郎は思った。

加山は普段、ミッドタウンに『ROMANDO』という日本雑貨屋を開いている。

紐育内でも比較的人の密集しやすい場所で、怪しまれずに情報を集められるからだ。

その彼が営業時間にも関わらず外にいるという事は、月組として何等かの任務に従事している事になる。

 

「俺か?俺はちょっと、人生という名の道に迷ってな。」

 

「アハハ、何ですかそれ!!」

 

如何にも彼らしい気取り文句に、ジェミニと揃って苦笑いを返す。

だが新次郎は、それとなく加山が肯定したと考えていた。

諜報部隊の活動にとって、情報ほど重要かつ重いものはない。

時には味方を欺いて、場合によっては己の命を犠牲にしてでも死守、奪取しなければならないものなのだ。

それをいくら味方とはいえ、このような不特定多数の人間が自由に行き来するような場所で口にする事は出来ない。

故にこの謎かけとも取れる加山の言葉は、自身の素性と目的を悟られない為のカモフラージュなのである。

 

「しかし新次郎はともかく、ジェミニは初めてじゃないだろう?そんなに日本が好きか?」

 

「ええ。ここは全部見た事あるんですけど、何度も見たくなっちゃって………。」

 

日本好きなジェミニらしい台詞に、新次郎は微笑んだ。

育ての親の影響からか、昔からジェミニは日本に強い興味を抱いていた。

とりわけ所謂『サムライ』への憧れは凄まじく、初めて会った時に自分を見てサムライだと感激した事もあった。

そんなジェミニがこうした身近な日本の文化に慣れ親しんでいる事は、極めて自然と言えるだろう。

 

「あ、でも今は堂々と腰に刀挿してちゃいけないんですよね。ボク、最近新次郎に聞くまでてっきり………。」

 

「ハハハ、日本はまだ世界によく知られていないからな。何せ世の中には未だに日本人が丁髷だと信じてやまない人もいるんだぞ?」

 

「ち、丁髷!? ホントにそんな人がいるんですか!?」

 

突拍子のない加山の発言に、新次郎は驚愕の余り目を見開いた。

確かに明治時代の初めまでは刀を携える者も多かったが、流石に丁髷は50年前の文明開化と共に終焉を迎えている。

いくら日本が知られていないとはいえ、半世紀もイメージのずれた人間がいるのだろうか。

もしそうなら、一度見てみたいものである。

 

「エリカくんという大神の知り合いでな、俺も何で丁髷してないんだと突っ込まれて大変だったんだ。」

 

「へぇ~、ボクやサニーさんの他にもそんな日本好きがいたんですね。一度会ってみたいなぁ………。」

 

「そうだな、意外と近い内に会えるかも知れないぞ?」

 

「近い内………ですか?」

 

何やら意味深な加山の言葉に、新次郎は首を傾げた。

エリカという名前からして、恐らくその日本好きは女性だろう。

そして加山や大神との知り合いという事は………、

 

「………ところで、加山さんは何を見てたんですか?」

 

脳裏のある結論を導きだし、新次郎は敢えて違う話題を投げかけた。

もし今の結論が事実なら、これ以上話を膨らませるのは望ましくない。

加山を同様の判断を下したらしく、新次郎の話題に乗っかった。

 

「ああ、ここにある剣なんだが………。」

 

「『覇王の剣』、ですか………。」

 

それは、一言で言うなれば『異質』という言葉の似あう展示品だった。

 

『覇王の剣』。

 

加山が指差した先には、そう銘打たれたガラス張りのショーケースに保管された一振りの剣がある。

だがそれは、日本の刀の常識ではおよそ考え難い代物だった。

持ちにくささえ感じさせる程、無駄に煌びやかな装飾のなされた柄。

太くて短い、斬るにも突くにも適さない両刃の刃。

よく見ると刃の腹の辺りに、何か文字のような窪みが彫られている。

昔の骨董品か何かだろうか。

 

「傷の具合からして、およそだが戦国末期の代物だそうだ。」

 

「でも、とても斬るための物には見えませんね………。」

 

「確かにな。恐らく何か、祭りか儀式に用いる小道具の一種だろう。」

 

非常時の職務において刀を使う経験上、新次郎は加山の分析に重々しく頷いた。

もしそうなら、不要な程にちりばめられた宝石も、刃の腹に刻まれた文字も納得できる。

 

「ジェミニはこれ、どう思う?」

 

「………。」

 

「………ジェミニ?」

 

不意に訪れた沈黙を不審に思い、顔を向ける。

するとその先には、先程までの笑顔と打って変わった厳しい表情が、ガラス越しに件の剣を睨んでいた。

 

「………嫌いだ。」

 

「え?」

 

「この剣は………、嫌いだ………。」

 

その一瞬、新次郎はハッと目を見開いた。

普段のジェミニより僅かに厳しい、男勝りな言葉遣い。

たった一つのパーツが脳裏のある人物に、申し合わせたように一致した。

 

「ジェミニン!? ジェミニンなのか!?」

 

周囲に目もくれず、両肩を掴んで揺さぶる。

が、返って来たのは戸惑いの声だった。

 

「ちょ、ちょっと、新次郎、ストップ!!」

 

「え、あ、ジェミニ………?」

 

普段の反応に、慌てて肩に置いた手を放す。

途端に四方八方から突き刺さる、冷たく痛い視線。

そこで初めて、新次郎は偉く場違いな行動に出たと気づいた。

 

「も~、いきなりどうしたのさ?いくらデートだからって大胆過ぎるよ………。」

 

「あ………、ご、ごめん。」

 

何やら都合良く誤解しているようなので、とりあえず話を合わせて平謝りを返す。

先程ジェミニンの面影が見えたのはほんの一瞬。

たった一言二言を口にした程度である。

いくら記憶の中の彼女と合致するとはいえ、それが間違いなくジェミニンであるという確証は存在しない。

故にジェミニを安易にぬか喜びさせる訳にもいかず、新次郎は自分自身を戒める意味でも冤罪を被る事にした。

 

「さて、俺はそろそろ行くが、二人はどうする?」

 

「そうですね、僕達も行こうか。」

 

気を利かせた加山の言葉に乗っかると、ジェミニも頷いた。

公衆の面前で異性に抱き付く破廉恥をやらかしたのだ。

流石にこれ以上何食わぬ顔でこの場にいる事は難しい。

 

「(さっきのあれは、ただの気のせいなのか?それとも………。)」

 

ふと、隣の少女の顔を盗み見る。

しかしジェミニンの様子は感じられない。

紛れもなく、ジェミニだ。

だが先の一瞬。

あの瞬間隣にいたのは、確かにジェミニンだったはずなのだ。

そしてもしそうなら、口にした一言が気になった。

 

「(どういう事だ?ジェミニン………、君はあの剣について知っているのか?)」

 

残された疑問に釈然としないまま、新次郎はジェミニと共に加山の背中を追う。

その後ろ姿を写した刀身が一瞬、ギラリと光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1928年、12月24日。

 

その日、紐育の中心部セントラルパークは、冬の寒さを容易く吹き飛ばす程の熱気と歓声に包まれていた。

何せ広大な特設屋外ステージにて、この聖なる夜に一度だけのスペシャルミュージカルを見せるというのだ。

今や紐育のエンターテイメントを一手に担うリトルリップシアターの一大イベントは、紐育に留まらずアメリカ全土から数えきれない程のファンを呼び寄せるに至った。

その数、のべ4000人。

 

「凄い………。まだ開演20分前なのに………!!」

 

既に超満員となったドーム状の客席を舞台裏から盗み見て、新次郎は小声で感嘆を漏らした。

用意されたおよそ2000人分の客席はギッシリと埋め尽くされ、その前後左右には立ち見上等と言わんばかりに、ポップコーンやシシカバブを頬張る人々の姿がある。

 

「見えない未来は自ら照らせ。その為に人は、夢を見る………。」

 

ふと、背後で呟く声があった。

振り向くとそこには、自分と同様に仕事を終え、客席を見つめる裏方チーフの姿が見える。

 

「ハワードさん、今のは?」

 

「親父の口癖さ。ガキの頃に耳タコになるぐらい聞かされて、覚えちまった。」

 

自嘲気味に笑いつつ、新次郎の隣に歩み寄る。

心なしか、いつもより哀愁が漂っているのは気のせいだろうか。

 

「いい歳こいて、清々しい位に夢だけを追いかけてた。………馬鹿な親父さ。」

 

「それって………。」

 

言いかけたその時、ステージ全体の照明が落ちる。

その合図を、二人は知っていた。

 

「………さて、俺達も見ようじゃねぇか。たった一夜の、聖なる夢って奴をよ………。」

 

刹那、暗闇のステージに二つのスポットライトが灯る。

夢の舞台が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『虹の彼方にあるという、とても、とても素敵な夢都………。希望の虹が、生まれる夢都………。』

 

 

 

 

 

『子供の頃に見た夢は、いつでも思い出せるように、戸棚の奥にしまってあるよね?』

 

 

 

 

 

『夢に続く空はいつだって、ただひたすらに誘うのさ。青く、青く、青く渡って………!』

 

 

 

 

 

『君を待つ澄みきった空は、何処までも思い出せるように、羽根を広げて飛び立てるよね!?』

 

 

 

 

 

『いつかきっと行ける場所。いつか見た夢の叶う場所。虹の、虹の、虹の夢都さ………!』

 

 

 

 

 

『シャイニング・ザ・レインボー! シンギング・ザ・レインボー! さあ、輝こう!!』

 

 

 

 

 

『オーバー・ザ・レインボー・サンシャイン!!』

 

 

 

 

 

 

 

星空に彩られたステージを泳ぐ5人の妖精。

彼女たちが捧げる、希望と夢に溢れた幻想の世界。

その世界はセントラルパーク一帯を包み、一つになる。

まるで紐育そのものを包み込んでしまうかのように、それは眩しく、美しかった。

 

「………不思議だよな。」

 

その幻想に浸る新次郎の耳にふと、語りかける声があった。

 

「歳も、国も、生き方も違う奴らが、こうして同じものを抱いて集まってきやがる。」

 

「同じもの………、ですか?」

 

「ああ………、この紐育に、荷物はいらねぇ。明日への希望と夢さえあれば、この街は受け入れてくれる。たとえそいつが、今までどんな風に生きて来ようと。」

 

その言葉に、新次郎は無言のまま客席を見た。

移民の国と言われるアメリカを象徴する、多種多様のアメリカ人。

姿や生い立ちは違えど、彼らには皆たった一つ、共通する物がある。

輝ける明日を夢見て、絶えず前に突き進む熱い魂。

まだ見ぬ可能性を模索し続ける、『アメリカン・スピリット』。

これ程にまで夢と希望に満ち溢れた場所が、未だかつて他に存在しただろうか。

新次郎には、まるで紐育そのものが、そこに住まう人々の心を介し、文字通り輝いているように思えた。

 

「この街は決して振り向かない。前だけを、未来だけを見て進んでる。………だから、不思議なんだ。」

 

「………似てますね。」

 

「ん?」

 

「さっきの言葉です。お父さんの。」

 

先ほどハワードが口にした、父親の言葉。

それとこの街は、申し合わせたように同じ意味に帰結していた。

未来は暗く、僅かな先も見えない。

だから夢を信じ、明日を目指す。

希望に満ちたその輝く旅路に、道は残るのだから。

 

「良かったら、教えてもらえませんか?ハワードさんのお父上の事。僕、今のですごく興味沸いちゃって………。」

 

この街をそのまま写したかのような思想を持つ人物に強い関心を抱き、嬉々とした顔で尋ねる新次郎。

だがその返答は、先ほどより強い哀愁を伴って返ってきた。

 

「それはできねぇ相談だな。昔話なんざ、いつでも出来る。」

 

「え?でも少しくらい………、」

 

「今はまだ、夢に浸っていたいんだよ。この街と一緒にな。」

 

大歓声に包まれるステージを眺め、ハワードが咥え掛けたタバコを慌てて握りつぶした。

恐らくダイアナに注意された禁煙勧告を思い出したのだろう。

何処となく間抜けな今の姿と先ほどのギャップから、新次郎は思わず微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、楽しかった。こんなに騒いだのは久しぶりだなぁ。」

 

時刻が午前1時を回った辺り、新次郎はようやく住み慣れたアパートの扉を開けた。

何せ公演が終わるや、そのまま別荘で打ち上げのクリスマスパーティーと洒落込んだのだ。

豪華なディナーに舌鼓を打ちながら、プレゼント交換や公演の談笑で乾杯に華を添えた今回のパーティーは、これまでの人生の中でも一番の思い出になったかもしれない。

 

「さて、明日も早いし、さっさと寝るか。」

 

言うが早いか、新次郎はさっさとベットに潜り込んだ。

何せ明日は8時から特設ステージの撤去作業が待ち構えているのだ。

今の内に寝ておかないと、明日の作業が滞る事になるのはほぼ間違いない。

楽しむ時は思いっきり楽しむが、働く時はしっかり働く。

そのメリハリもまた、紐育の特徴の一つと言われれば、そうなのかもしれない。

 

 

 

 

………が、夢はまだ終わる事を拒んだ。

 

 

 

 

「………ん?」

 

ふと扉を叩く音に、落ちようとしていた意識が再度覚醒した。

時刻は1時10分。

ハッキリ言ってこんな時間に訪ねてくるとは、非常識もいい所である。

 

「………はい、どちら様ですか?」

 

若干眠気の残った声色を隠そうともせず、欠伸混じりで応対する。

だが次の瞬間、そのなけなしの眠気は一瞬にして消え去る事となる。

 

 

 

 

 

 

「………大河新次郎。オレだ、ジェミニンだ………。」

 

 

 

 

 

「ジェ、ジェミニンッ!?」

 

予想だにしない来客に、新次郎は思わず叫んだ。

無理もない。

この2か月の間全く音沙汰の無かった人物が、こうして自分から訪ねてきたのだから。

 

「こんな時間に済まない。だがどうしても今、お前と話がしたいんだ。」

 

「僕と、話………?」

 

「いい、だろうか………?」

 

その言葉を認識する前に、新次郎は扉を開け、もげんばかりに頷いて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年に一度だけ訪れる、聖なる夜。

夢見る子供の下へ、町中をサンタクロースが忙しなく駆け回っている。

その中で、人気のない臨海公園を並んで歩く、二つの影があった。

 

「………少し眠った間に、随分風が冷たくなったな。」

 

「冬だからね。明日からは年越しの準備で大忙しさ。」

 

他愛もない会話の応酬を繰返し、ふと目についたベンチに腰を下ろす。

身も凍る冷たさに思わず震えるも、どこと無し優しい木の感触が少しだけぬくもりに近い何かを感じさせた。

 

「………で、話っていうのは?」

 

隣に座る少女に、新次郎が尋ねた。

今の季節は、夜中に出歩いて談笑するには向かない。

だが部屋に招き入れようとした新次郎の申し出を拒否し、ジェミニンは何処か言いにくそうな表情で外に出たいと答えた。

何を意図してかは知らない。

だが今は、彼女の意志を尊重したかった。

 

「ああ。………そうだな、何から話そうか………。考えて来てはいたんだが………。」

 

やはり言いにくそうに口ごもるジェミニン。

無理のない話ではあった。

彼女がこれまで心を許してきた相手は二人。

師匠のミフネと、妹のジェミニだけだ。

その他の人間に相対するような事は、およそジェミニの中に眠る日常では皆無であり、あったとして、それは妹を脅かす敵と見なし襲い掛かっていた。

故にこうした非日常以外の状況で主導権を持ち、且つ他人と会話をしようというのは、彼女にしてみれば未開の地に踏み込むようなものに違いない。

そんな右も左も分からない状況でスムーズに会話が出来る方が不思議である。

 

「それじゃあ思い出すまで、僕の話に付き合ってくれる?」

 

中々言い出せない彼女を気遣い、新次郎が優しく言葉を投げ掛けた。

話が出来ない時、相手が主導して所謂『話し手』になってくれると、出来ない側としては助かる。

何故なら相手が話し手になるという事は、必然的に自分は『聞き手』に回り、相手に合わせる事さえ出来れば会話が成立するからだ。

最も新次郎の場合は、是非とも聞きたい話があったからなのだが。

 

「………、………頼む。」

 

僅かに躊躇った後、ジェミニンは観念した様子で頷いた。

新次郎は微笑んだまま、口を開く。

 

「何で今夜、僕に話をしたいと思ったの?」

 

最初に出てきた疑問はそれだった。

ジェミニ曰く、目の前にいる姉は2ヶ月の間、音信不通だったという。

そのジェミニンが何故このタイミングで、ジェミニではなく自分に話をしたいと思ったのか。

返事は、ワンテンポ遅れて返って来た。

 

「そう………だな。何となく、話し辛かったんだ、ジェミニとは。」

 

「それは、どうして?」

 

「今まで16年間、オレ達は互いに依存していた。まあ、ジェミニはオレ程ではないだろうが………。それでもアイツはオレに頼らず、一人で立って繋がりも持ち始めた。だから………。」

 

「それが完全な繋がりになるまで、自分は話さない方がいい………、っていう事だね?」

 

言葉を詰まらせた所に、すかさずフォローに入る。

会話は一度ぶつ切りになると続けにくい。

言葉の尻を食うのは礼儀としてあまりよろしくはないが、それでも折角の会話が立ち消えになるよりはマシだ。

 

「でもジェミニ、寂しがってたよ?呼び掛けても答えてくれないって。」

 

「それは、分かってる。だから、今の事をお前から伝えて欲しいんだ。オレはちゃんとジェミニの中にいるって………。」

 

「………歯痒かったんだね。」

 

彼女の心情を慮る新次郎に、ジェミニンは素直に頷いて見せる。

新次郎ですら心配した程に不安げだったジェミニだ。

その時彼女に意識があったかは定かではないが、だとすればジェミニンの葛藤は大きいものだったに違いない。

しかし、だからと言ってジェミニンの行動が間違っていたとは思わない。

その不安に応えてしまい、またジェミニが元の鞘に納まっては、元の木阿弥だ。

自分にはよく分からないが、彼女が一人で立てる為の、姉としての優しさなのだろうか。

 

「分かった、ジェミニには僕から伝えるよ。安心して。」

 

「………済まない。新次郎、お前には本当に頭が下がる。いくら礼を述べても足りない。」

 

「そんな、大袈裟だよ………。」

 

僅かに俯き礼を述べるジェミニンに、新次郎はやや慌てて視線を逸らした。

似ていたのだ、あの表情と。

近頃妹が見せるようになった、大人びた艶のある微笑みと。

 

「………なあ、新次郎。」

 

そんな新次郎にふと、ジェミニンが語りかけた。

見るとその視線は、自分ではなく正面を向いていた。

何処か遠い、思い出を見るように。

 

「オレは今まで、ジェミニの姉としてアイツを守って来た。何故自分が生まれたのか、考えた事もなかった。」

 

「………うん。」

 

「だがジェミニは今、自分の足で立ち、生きようとしている。オレと二人でいた時と、別人のようだ。だがオレは………、」

 

「………ジェミニン………。」

 

悲しげに目線を下げる横顔を憂う新次郎。

それは2ヶ月前、彼女自身が露呈した思いだった。

同じ身体を持つもう一つの人格。

そんな曖昧に過ぎる存在だったジェミニンがこうして今まで認知され続けたのは、偏にジェミニの姉に対する強い依存にあった。

その依存が無くなる事は喜ばしい事だが、それは同時にジェミニンという人格の存在意義の一切を奪う事でもあった。

ジェミニ自身も、その事を何処かで危惧していたのだろう。

だから彼女は会話の途絶えた姉の身を案じたのだ。

自身のために姉が消えたのではないかという、不安に駆られて。

 

「間違いとは思わない。だが、分からない………。ジェミニの中で、こうして僅かに表に人格を出せるだけのオレという存在が、アイツを守る他に何をしてやれるのか………。」

 

それは生きる意味を無くした彼女の、静かな叫びだった。

ジェミニにとって不要であるなら、他にどんな理由で生きれば良いのか。

新次郎は確信した。

彼女は言葉や表情に出さずとも、まだ見ぬ未来に怯えているのだと。

 

「人というのは何処から来て、何処へ行くのだろうな………。」

 

「………。」

 

その言葉に、新次郎は答えを見つけられなかった。

人は誰しも何処かで生まれ、何処かで死んでいく。

それが命あるものの掟であり、だからこそ人は命を何よりも重んじる。

時に自らの全てを、投げ売ったとしても。

 

「………新次郎。お前が生きる意味は何だ?」

 

風が吹き抜ける冷たい沈黙を、ジェミニンが破った。

 

「初めて見た時から、お前の目には吸い込まれるような輝きがあった。何かを信じ、ただひたむきに追いかけるものを感じさせた。………それは、何だ?」

 

「それは………。」

 

答えようと口を開きかけ、新次郎は言葉を詰まらせた。

何故だろうか。

星組としてこの街を守る事。

母や叔父の誇れるでっかい男になる事。

星組の仲間と共に、笑い合う事。

言葉にすればいくらでも出てくる筈なのに、その全てに違和感を覚えた。

何処か言葉で着飾ったようで、この場の彼女に対する答えとして相応しくない。

もっと原始的な、飾らない答えが自分の中にある。

そう考えを巡らせて刹那、脳裏にあの言葉が浮かんだ。

 

「………明日を夢見るため………、かな………。」

 

「………明日を?」

 

予想と違う答えだったのか、ジェミニンは目を見開いた。

当たり前だ。

かくいう自分も、よく分かっていないのだから。

 

「でっかい男になるとか、星組の隊長としてみんなを守るとか、言葉は色々思い浮かんだ。でも、きっと生きる意味じゃない。」

 

「違う………のか?」

 

「ううん。正しいけど、それだけじゃないんだ。」

 

新次郎も今、初めて考えた。

自分は何故『でっかい男』になりたいのか。

何故紐育を守りたいのか。

何故こうして、生きているのか。

これが正解かは分からないがただ一つ共通する言葉を、新次郎は見つけた。

 

「明日また生きるため………。明日また笑って生きるため………。みんな、明日に希望と夢を持って生きているんだ。」

 

将来の夢は千差万別。

誰もが様々に未来を描き、夢見て生きていく。

その全てに共通するもの。

それが、『明日を生きる事』だった。

 

「君だけじゃない。僕も、きっとこの街の誰も、何で生きてるのかなんて分からない。だから、夢を見るんだ。明日は、未来は今より素敵になってるって。」

 

「夢………?でも、オレに夢なんて………。」

 

「それなら、見つけよう………。どうして自分は生きてるのか、何が出来るのか、明日の自分は見つけてるって………そう、信じよう。」

 

「信じる………?明日を………?」

 

自分の言葉に呆然としつつも繰り返すジェミニン。

夢がないなら、見つければいい。

見つからないなら、探せばいい。

そのために生きたっていいじゃないか。

 

「………なんて、僕だって本当はよく分かっていないけど………。」

 

「そうだな。」

 

詭弁家の仮面を外して苦笑いを浮かべると、それに合わせて小さな笑顔がこぼれた。

やはり自分に相談役は務まらないか。

一瞬不安の過る新次郎だったが、それは他ならぬジェミニンによって否定された。

 

「オレがこれからどうすべきか、結局分からないままだ。………だが、」

 

「?」

 

「明日のオレは、何かが変わってる。………そんな気がする。」

 

真顔では直視できない、熱を帯びた微笑みが、また飛び込んできた。

いや、先ほどとはまた違う、別人のような輝きを瞳に宿して………。

 

「………さて、明日は早いんだろう?こんな時間に済まなかった。」

 

ふと、ジェミニンが立ち上がってこちらを見下ろした。

途端に夢うつつの温かい意識が、冬風の冷たい現実に引き戻される。

 

「オレはよく知らないが、こういうのをデートと言うのかな?」

 

「え!? あ、いや、まあ………。」

 

「フフッ、生真面目な奴だ。ちょっとしたジョークだよ。いつもジェミニもやってるだろう?」

 

不意に飛んできたデートという単語に思わず驚き、新次郎は胸を撫で下ろしつつも、意外という視線をジェミニンに向けた。

先ほどまでこちらが主導権を持たなければ会話も難し程だった彼女が、この少しの間で冗談まで口にできるものだろうか。

少なくとも今目の前で笑う彼女は、先ほどまでとは別人のように変わっていた。

 

「今日はありがとう。何だか心が軽くなった気分だ。それじゃ、メリークリスマス。」

 

そういってベイエリアを歩き去る背中に、気づけば同じ微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あっ!! 覇王の剣の事忘れてた!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖なる夜を彩る月明かり、窓から優しい光となって差し込む。

深夜3時。

良い子はもちろん、多くの人間は明日に備えて夢の世界に旅立っている時間だ。

が、そのカテゴリーに属さない希少とも言うべき人間が、この建物の中にはいた。

 

帝国華撃団月組隊長、加山雄一である。

 

「(時刻としてはもうそろそろだが………。)」

 

手元の時計を一瞬見やり、再び視線を件の展示物、『覇王の剣』へと戻す。

ここ連日相次いで目撃された黒装束。

その正体と目的が自身の予想と的中しているとするならば、間もなくここに現れるはずである。

そして、もしそうなれば………。

 

「(これは、何の因果だろうな。大神………。)」

 

かつての戦友を思い出し、一瞬感慨にふける加山。

その時、背後から声がした。

 

「隊長。」

 

部下の隊員だった。

無言のまま渡される四つ折りの紙が一枚。

開くとそこには、緊急を要する報告が記されていた。

 

『美術館入り口付近にて、例の黒装束を発見。現在捜索中』

 

「分かった。ここを頼む。」

 

小さく言うと、素早く入り口目指して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ、磯際で船を破ったか………。」

 

闇の中の影が僅かに歪み、形を変えた。

顔全体を覆い隠し、背中に一本刀を背負ったそれは、正に黒装束。

先ほどまで月組隊長が今か今かと待ち構えていた侵入者、空蝉だった。

 

「さて、これなら軽く済みそうだが………。」

 

唯一露出した鋭い眼光が、一番奥で怪しく輝く剣を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………生憎、向こう岸へ戻るつもりもないんでね。」

 

言うや背中に強烈な殺気を纏った白刃が襲い掛かった。

背中の鞘を立て代わりに防いで僅かに軌道を逸らし、素早く距離を取って相対する。

 

「貴様………!!」

 

初めて表情が驚きに変わった。

何故なら今目の前で刀を構えるのは、つい先ほど払ったはずの男だったからだ。

 

「わざわざ文書で報告する所まで真似た手腕は見事だが………、うちでの緊急報告は『三つ折り』だ。先に沈んだのはお前のようだな、空蝉!?」

 

月組では普段、敵に気付かれる事のないように連絡は全て形に残る文書を使用している。

そして内容の重要度、緊急性に合わせ、紙を折る回数を分けているのだ。

 

「なるほど。諜報部隊とはいえ、些か甘く見ていたようだな………。」

 

「分かったなら、お前たちの企みについて話してもらおうか?」

 

言うや、再度刀を突きの姿勢で構えて僅かに加山がにじり寄る。

部屋全体はやや狭く、周囲に避けるだけのスペースはほぼない。

幸い入念な下調べで館内全域の構造は把握しているが、それは向こうも同じだろう。

 

「余計な抵抗は考えない方がいいぞ?この距離なら、俺は天井さえ貫ける。」

 

身に纏う殺気が俄かに強まる。

幾度となく死線を潜り抜けてきた剣気が冴え渡り、目の前の忍を一点に睨む。

その僅かな動作一つさえ、見逃さぬと言わんばかりに。

 

「忍と蜘蛛を同義とするな。これで追いつめたつもりか?」

 

だがそんな殺気などお構いなしとばかりに、空蝉はひび割れた鞘から鈍色の刃を抜き、構える。

刹那、暗闇に二つの太刀が光った。

 

「………。」

 

「………。」

 

「………フッ。」

 

交わって数秒、加山のスーツの肩口に僅かな切込みが入る。

が、笑ったのは加山だった。

何故なら彼の太刀は、狙っていた獲物を見事に貫いていたからである。

 

「勝負あったな。」

 

振り向いた先に映った光景に、鋭い目が見開かれた。

先ほど自身が背にしていたガラスケース。

その中に保管された展示品が、突きだされた白銀によって根本から刺し貫かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何!?」

 

今度こそ加山の驚く番だった。

ガラスケースの奥に眠っていた真の獲物が砕けた瞬間、美術館全体が怪しい紫色の光に覆われたのだ。

その得体の知れぬ光に、加山は声を失った。

いや、この怪しい光の正体を、月組隊長は知っていた。

これが、この光が、何を意味するのかという事を………。

 

「馬鹿な………!陣を描く暇はなかったはず………!!」

 

「左様。これは蘭の描いた陣。」

 

当たり前のように返す空蝉。

その言葉に、加山は今のカラクリの全てを悟った。

 

「まさか………!!」

 

「やはり、先に沈んだのは貴様のようだな。………目覚めの時は来た。精々足掻くがいい………。」

 

そう言い残し、黒装束が闇に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、何の前触れもなく現れた。

舞い散る白雪を満月が優しく照らす紐育。

その一角、メトロポリタン美術館から、突如として金色に輝く無数の粒子が溢れだした。

粒子は奔流となって道路を瞬く間に埋めつくし、紐育全体を包み込む。

やがて粒子は、ある一つの建物に吸い寄せられるように集まり始めた。

未だ建築中の、名もないビル。

その鉄骨が剥き出しになった屋上を覆い尽くした後、無数の棘を生やした巨大なウニのような姿へ形を変える。

やがてその全体にヒビが入り、中から殻を破るかのように何かが現れた。

古き日本を知る者なら、驚きの声を上げた事だろう。

遥か天を睨む金色の角と、眼下を睨むように展開する無数の棘。

その奥に、名残程度にしか残らぬ城が見えた。

日本の歴史で最も恐れられた男の居城。

名を、『安土』という。

 

「………。」

 

紐育の最も天に近いその屋根に、二つの影が揺らめいた。

一つは大鎌を手に控える、陣を描いた妖怪、『蘭』。

そしてその前に立つ男こそ、この城の主にして、紐育を襲った魔の元凶。

 

「………頭が………。」

 

威厳に満ちた低い声で、沈黙を破る。

刹那、周囲の空気が一瞬時を止めた。

 

「高ぁぁぁぁぁぁいっ!!」

 

天地を揺るがす覇者の一喝が、紐育の街を震わせた。

刹那、居城の周囲から次々に棘が飛び出し、突き刺さる。

たちまち砂塵と火の粉に包まれる紐育。

この瞬間、白雪の舞う聖なる夜は、地獄の炎に包まれた悪夢の一夜に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前3時過ぎ。

紐育華撃団作戦司令室は、今までにない程に緊迫した空気に包まれていた。

無理もない。

何の前触れもなしに現れた巨大な城が、無差別に紐育の街を襲っているのだから。

 

「サニーサイド司令!!あれは、一体………!?」

 

驚きをそのままに尋ねる新次郎。

サニーサイドは厳しい表情でモニターの先を睨み、低い声で呟いた。

 

「間違いない………。あの屋根の形は、魔城『安土』。………やはり、信長だった訳か。」

 

「信長って、まさか………!!」

 

「そう、日本三英傑の一人、『織田信長』さ。」

 

予想もしない返答に、新次郎は更なる驚愕を覚えた。

安土とは安土城。

信長とはその主、『織田信長』。

自身の知る一人の歴史的偉人が今、紐育の脅威として現れたというのである。

驚かないはずがない。

 

「でも、何でその織田信長って武将が、この紐育に?」

 

「それは、君の師匠のおかげだよ。」

 

言うや、サニーサイドはミフネの遺した書物、『五輪の書』を取り出して見せた。

 

「書物にはこう記されていた。『五輪の戦士、主の命を受け、本能寺にて魔を統べし不死の王を封じ込めたり』。」

 

「魔を統べし不死の王………。それが、信長という事か?」

 

昴の問いに、サニーサイドは満足げに頷く。

かつて五輪の戦士が封印したとされる魔王。

それこそかつて天下布部を掲げ、天下に最も近かった侍、織田信長だったのだ。

 

「ち、ちょっと待って下さい!でも史実によれば、信長は確かに本能寺で討たれたはずじゃ………。」

 

「史実ではね。しかし現実に信長は生きてこの紐育に復活した。そしてそれが、本能寺の変が起きた本当の理由さ。」

 

意味深なサニーサイドの言葉に、新次郎は思わず言葉を詰まらせた。

本能寺の変。

それは天下統一を目前に控えた信長が、家臣の明智光秀のクーデターによって殺された事件だ。

信長の忠実な部下であったはずの光秀が何故反旗を翻したのかは諸説あるが、未だに真相は解明されていない。

サニーサイドは、それについて更なる推論を用意していた。

 

「それについてのカギがこの本、『東方見聞録・外伝』。」

 

五輪の書に続いて出てきたのは、相当な年月を感じさせる書物だった。

マルコ=ポーロが著したとされる『東方見聞録』。

その案内をした日本人が記した歴史の証明書だ。

サニーサイドはかつてラチェットが研修のため来日した際、加山の協力によってこれを密輸したのである。

 

「こっちにはこう記されている。『延暦寺にて焼け出された能術書、本能寺へ持参されたし』。」

 

「能術書………?不死………、まさか………!!」

 

ふと、昴が何かに気づいたように表情を強張らせる。

するとその答えを予測していたのか、サニーサイドが口を開いた。

 

「そう。能を用いた不死の術………、即ち『反魂の術』さ。」

 

「は、反魂の術!?」

 

再び驚愕が新次郎を襲った。

反魂の術。

それは言わずもがな、昨年帝都を震撼させた江戸の能楽師、『大久保長安』の用いた死者を操る術だからだ。

 

「史実で信長は焼け落ちる本能寺の中で能を舞っている。それがもし、不死の身体を手に入れるためのものだったとしたら、辻褄が合うよね?」

 

確かに納得のいく話だった。

大久保長安は死した他人に使う事によって、駒のように操る術を手に入れた。

それを自身に使えば、消え行く魂を押し止める事も可能という事になる。

 

「つまり信長は、焼き討ちで手に入れた延暦寺の術書を、本能寺で試すつもりだったんだな。」

 

「そうさ。そしてそれを阻止するよう五輪の戦士を向かわせたのが明智光秀なんだけど………、」

 

確認するよう呟くサジータに答えつつ、サニーサイドは続けた。

 

「この場では、こう呼ぶべきだろう。………後の徳川の僧、『南光坊天海』。」

 

「て、天海だって!?」

 

新次郎は驚愕の余り立ち上がって叫んだ。

南光坊天海こと天海大僧正と言えば、5年前に帝国華撃団と戦った『黒之巣会』首領の名前ではないか。

明智光秀と天海。

信じがたい話だが、二人は同一人物だったというのだ。

だがサニーサイドは、そう結論付ける証拠をも揃えていた。

 

「確かに最初はボクも驚いたけどね、納得は出来た。後の天海大僧正であるなら、信長を封印出来た事も、長安を謀殺した事も説明がつく。」

 

サニーサイドの推理はこうだった。

信長の延暦寺焼き討ちの目的が反魂の術による不死身化であると判断した光秀は五輪の戦士を召集。

本能寺にて信長は不死の身体を手に入れるも、封魔の陣『五輪曼陀羅』によって信長の封印に成功する。

その後の徳川幕府に南光坊天海として仕えた際、信長と同じ反魂の術を得た能楽師、『大久保長安』が現れた。

死者を使役出来る能力に加えて、政界にも多大な影響力を持つ彼が第二の信長となる事を危惧した光秀は、長安を謀略にかけて暗殺したという訳だ。

 

「そして、信長を封印する媒体となった宝物こそ『覇者の剣』。言わば紐育は、魔の脅威を自ら取り込んでしまったって訳さ。」

 

「そうか。だから加山さん………。」

 

抜け目ない司令の推理に、ジェミニがふと思い出したように呟く。

昨日、美術館で件の剣を睨むように眺めていた加山。

彼は恐らくサニーサイドの話を聞いた上で、信長の魂が封印された剣が敵の手に渡らぬよう見張る算段を立てていたのだろう。

最もこの状況を見るに、裏目に出てしまったようだが。

 

「プラム、杏里、安土城の解析は?」

 

「完了してるわ。モニターに写すわね。」

 

普段とは別人のように厳しい態度で答え、プラムが手元のパネルを操作する、

と、モニターの魔城の周囲にグラフと数字の羅列が次々と飛び出した。

 

「敵、安土城。出現地、マンハッタン島中心部上空。現在は破壊活動を停止してるわ。」

 

「妖力値、計測不能………。空間構成元素構造、解析不可………。異常次元歪曲と、時空震を観測。これは1924年の聖魔城、1927年のオーク巨樹で観測されたデータと酷似しています!!」

 

「帝都、巴里、紐育………。どうして都市部ばかり狙いたがるんだろうな、コイツらは。」

 

虹組の解析結果に、ハワードが誰に言うとでもなく呟いた。

だが返事はない。

言わずとも、誰もが理解しているからだ。

聖魔城の降魔に代表される魔の存在。

彼らは皆人の負の感情を糧とし、血肉とする。

故に人の多い都市部程、狙いが集中する事になる。

特にこの紐育は軽犯罪が日常化する程に争いの絶えない街。

向こうにすれば、力を蓄えるにこれ程適した場所はないだろう。

 

「だが、信長の出現はこちらも予測の範囲内。五輪曼陀羅を使えば、星組の敵じゃないさ。」

 

「まんだら………?何だそれ?リカ、よく分かんねー………。」

 

初めて耳にする単語に困惑するリカリッタ。

すると、サニーサイドの横に控える王が進み出た。

 

「サニーサイド様に代わって、説明致しましょう。『五輪曼陀羅』とは文字通り五輪の戦士が特殊な陣を描き発動する封印術。かつて帝都を襲った魔術、『六破星降魔陣』の原型とも呼ばれております。」

 

「では、伯父様はこの時の為に、私達五輪の戦士を集めたのですね………?」

 

ダイアナの言葉が、全てを示していた。

サニーサイドは星組結成より以前、恐らく昴の持つ五輪の痣を知った段階から、信長の出現を予期。

不死身の魔王を再び封印するべく、五輪の戦士を星組として集めていたのだ。

 

「そこでだ。大河君、君には五輪の戦士を安全に、安土の天守まで連れていってもらいたい。」

 

サニーサイドがそれまでの笑みを消し、厳しい視線を隊長見習いに向けた。

信長打倒に不可欠な五輪曼陀羅。

その発動は、五名の隊員が陣を描く事。

よって信長の至近距離まで、五輪の戦士全員が揃っている事が絶対条件となる。

即ち如何なる妨害があったとしても、五輪の戦士が一人として欠けてはならないのだ。

 

「………出来るかい?」

 

今までにない重圧が双肩にのし掛かる。

作戦失敗は即ち紐育の壊滅を意味するのだ。

しかし念押しの言葉に、新次郎は即答した。

 

「もちろん、やって見せます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔城、安土。

遥か天を睨む悪の巣窟。

その最も頂に、主はいた。

 

「蘭………、残る者達はどうした?」

 

生前と何ら変わらぬ、万物をもひれ伏す程の威厳に満ちた声で尋ねる。

答えたのは背後に控える腹心の赤目、『森蘭丸』だった。

 

「はい。信長様の偉大なる復活を成し遂げるため………。」

 

「………そうか。」

 

僅かに悲哀を込めた声で、されど顔を歪める事なく答える。

 

「ですが天下をお治めになれば、彼奴らの魂も………。」

 

「下らん………。力無き者など、天下を見るに値せん。」

 

寸分の容赦なく、かつての腹心達を切り捨てる言葉。

背後の蘭丸も否定せず、ただ沈黙を守る。

 

「だがその命をワシに捧げたと言うならこの信長、今こそ覇業を成し遂げて見せよう。」

 

「邪魔な光秀の消えた今、信長様を阻む者など何処にございましょう。」

 

その言葉に、初めて信長が口の端を上げた。

 

「………蘭丸、戦の仕度をせよ。無法者共が近づいておる。」

 

「はっ、直ちに。」

 

だがそれは一瞬で、すぐに表情を戻して腹心に命じる。

臣下の礼を以て姿を消す蘭丸。

と、信長は誰に言うとでもなく呟いた。

 

「黒龍………、髑髏………、夢………、東日流火………。暗き地の底にて貴様らも見るが良かろう。このワシ、織田信長が天下を手にする姿を………。」

 

かつて日本を包まんとした大いなる覇道。

それが今、この異国の地において始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出撃から僅かに15分。

紐育華撃団星組の姿は、魔城安土の本丸にあった。

 

「………ここまで、抵抗らしい抵抗はなしか。」

 

暗闇に閉ざされた周囲に警戒しつつ、サジータが呟いた。

乗り込むまでに凄まじい死闘が予想された今回の作戦だが、予想に反して侵入は驚く程容易かった。

魔城は未だ不気味に沈黙を守ったまま、悪念機の一つも繰り出して来ない。

 

「ここまで来ると、拍子抜けどころか逆に怪しいな。」

 

「きっとボク達五輪の戦士に恐れをなしたんだよ!」

 

警戒心を解こうとしないハワードの横で、楽観的に笑うジェミニ。

一方、昴は鋭い目で意見を返した。

 

「だといいが………、逆もあり得るんじゃないかな?」

 

「私達は相手にもされていない………、という事ですか………?」

 

天才の見解に表情を歪めるダイアナ。

確かにここまで無抵抗を貫いて易々と侵入を許すのは、あまりに都合が良すぎる。

復活したばかりとはいえ、戦国最強とまで謳われた信長が、そんな間抜けな醜態を晒すだろうか。

ハワードの言った通り、新次郎も何かの罠だと勘繰りつつ先へ進む。

 

 

 

 

 

そして、不安は現実になった。

 

 

 

 

 

「………、何かいる!こっち!!」

 

最初に異変に気づいたのは、先頭を歩いていたリカリッタだった。

やはり罠かと警戒する星組。

すると、それまで暗闇に包まれていた本丸全体に、次々と赤い光弾が飛来して来た。

 

「グオオオオッ!!」

 

それに合わせて轟く激しい咆哮。

やがて周囲の壁や床を燃やした光弾が、部屋全体をうっすらと照らす。

その暗闇の奥にギラリと光る二つの赤目が見えた。

 

「あれは………、怪獣か!?」

 

思わず新次郎が叫んだ。

岩肌を思わせる程に太く頑丈身体が全身を覆う大怪獣。

とある星で産み出された怪獣兵器、『モンスアーガー』。

 

「やはり来たね、紐育華撃団。いや………、五輪の戦士と呼ぶべきかな?」

 

「お前は………!?」

 

「我らが覇王、織田信長様の腹心、『森蘭丸』。」

 

その姿に、星組の誰もが驚きを露にした。

無理もない。

あのシアター前の決戦で、伽藍と共に爆死を遂げたはずの赤目の妖怪が、今また大怪獣を従え、遥か天上からこちらを見下ろしているのだから。

 

「信長様の覇道を阻む愚か者共。今この場で皆殺しにしてくれよう!!」

 

言うや、怪獣兵器がその牙を向いた。

 

「グオオオオッ!!」

 

こちらを睨み、両手を前に突き出す。

刹那、掌に開いた穴が赤く光り始めた。

 

「………、散って下さいっ!!」

 

新次郎の声に素早く八方に飛び退る星組。

同時にそれまで待機していた場所に、先程の光弾が直撃した。

途端に着弾箇所の床が大きく抉り取られる。

もしスターに直撃すればどうなるか、考える間でもない。

 

「キャハハハハハッ!!泣け、叫べ!醜い姿を晒すがいい!!」

 

勘に障る笑い声に合わせ、次々を光弾を発射するモンスアーガー。

このままでは信長を封印するどころか、纏めて全滅だ。

早くもピンチに陥った紐育華撃団星組。

だがその時、一人の隊員がモニター越しに叫んだ。

星組一の切り込み役、ハワード=アンバースンだ。

 

「新次郎、俺が囮になる!残りの奴等を連れて天守に急げ!!」

 

「ハワードさん!しかし、それじゃハワードさんが………!!」

 

「任務を忘れたのか?こんなデカブツを正面からやる必要はねぇ。最初から大将の首を上げりゃ済む話だ!!」

 

新次郎は迷った。

確かにハワードの言う通り、自分達の任務は信長の再封印だ。

こんな所で足止めを食っている場合ではない。

しかしいくら一流の腕を持つハワードと言えど、あの強大な力を持つ大怪獣が彼の手に余る相手なのは火を見るより明らかだ。

下手をすれば命を失う事態にもなりかねない。

 

「勇気と無謀を履き違えるな! いくら君でも単機で勝ち目はない!」

 

「そうだよ!ボク達みんなで戦えば勝てるかも知れないしさ………!!」

 

「リカも残る!ハワードも仲間だ!リカも一緒に戦う!!」

 

口々に静止の声を上げ、参戦を申し出る星組。

だがその全てをハワードは拒んだ。

 

「考えても見ろ!奴等がこうして待ち構えてるって事は時間稼ぎ………、今信長に挑まれちゃ困るって事だ!それに五輪曼陀羅はお前らが揃ってねぇと使えねぇ。………だったら、囮は俺しかいねぇだろうが。」

 

「ハワードさん………。」

 

「………いっつも途中で墜とされてんだ。こんな時位、役立たずにもいい格好させろよ。」

 

そう笑うモニターに誰も、何も言えなかった。

この男はやる気だ。

自分達がどんなに言っても、囮になって戦うつもりだ。

 

「………行きましょう。」

 

「新次郎!?」

 

僅かな沈黙を破ったのは、新次郎だった。

途端に誰もが隊長を見る。

 

「でも一つだけ約束して下さい。」

 

「約束?」

 

「必ず………、必ず生きて帰ってくると。」

 

モニターの先に見える顔を一点に見つめ、問う。

返ってきたのは、突き上げた親指だった。

 

「ああ、約束だ。」

 

ハッキリと返された言葉に頷き、新次郎は命令を下した。

 

「ハワードさん、この場を頼みます!!みんなは僕と一緒に天守へ、信長を封印します!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

その言葉が口火を切った 。

フジヤマスターを先頭に、星組が次々と奥の通路目指して突っ切って行く。

 

「チッ、させるものか!!」

 

それを阻止せんとばかりに、怪獣が光弾を浴びせかけた。

だが、それを止める者がいた。

ハワード=アンバースンである。

 

「させるかってんだよ!!」

 

星組を庇うように光弾の前に立ちはだかり、両腕に霊力を集中する。

刹那、燃えたぎる闘志を具現化したかの如く、バーニングスターの両腕が深紅の炎に包まれた。

 

「イッツ・マジック!!バーニング・ウェーブ!!」

 

燃えたぎる両腕を地面に叩きつけた直後、驚くべき光景が広がった。

 

「な、何だと!?」

 

何とバーニングスターを守るかのように火柱が次々と立ち上り、津波の如く光弾を飲み込んだのである。

これには流石の蘭丸も驚きを隠せなかったらしく、目を見開き唖然としていた。

 

「そういう事だ、ウサギ野郎。こっからは俺が相手してやるぜ。」

 

「くっ、高が雑魚の分際で生意気な………!!」

 

挑発的な言葉に、怒りに震える蘭丸。

一方、仲間を無事に本丸を抜けた事を確認し、ハワードは左手のレバーを掴んだ。

 

「行くぜ、チェンジ・フライトフォーム!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、安土の天守………。」

 

未だ響く真下の激しい戦闘の音を背に、新次郎が呟く。

魔城安土。

その最も天に近いその場所は、一昨日夢に見た混沌の世界と酷似していた。

地上より遥か天に座しながら、まるで深き地の底を思わせる禍々しい空間。

間違いない。

奴はここにいる。

誰もがそう確信した。

 

 

 

 

 

「………来たか。」

 

 

 

 

 

「誰だっ!?」

 

不意に聞こえた声に、反射的に叫び、振り向く。

するとその先に、一つの影が見えた。

煌びやかな装飾の施された鎧とマントを身に纏い、こちらを含み笑いで眺める男。

強大な妖力のせいか、その佇まいには威厳すら感じさせる。

星組の誰もが一瞬、言葉を失った。

 

「お前が………信長か………。」

 

見るだけで震えが来そうな心を落ち着かせ、我に還った新次郎が問う。

すると、威厳に満ちた声が返ってきた。

 

「いかにも。ワシが第六天魔王、織田信長だ。」

 

さも当然のように返す信長。

だがその一言に天守の空気が、こちらの精神が激しく揺さぶられる。

奴が人智を越えた不死の魔王と知るが故か。

それとも………、

 

「貴様ら愚物が、このワシに何用か?」

 

「愚物とは、言ってくれる………!!」

 

五輪の戦士を前にしてこの余裕に満ちた佇まい。

本当にこんな奴に自分達は勝てるのか。

そう自問を強いられる程に。

 

「この街を守るために、信長! アタシら紐育華撃団星組、五輪の戦士がテメェを倒す!!」

 

「………五輪の戦士だと?」

 

負けじと啖呵を切るサジータの言葉に、初めて魔王の顔から笑みが消えた。

やはりそうだ。

この男は自分達が、遥か昔己を封印した五輪の戦士である事を知らない。

ただの烏合の衆と高をくくっているのだ。

 

「ボク達五輪の戦士が来たからには、お前の命運尽きたと思え!!」

 

「そーだそーだ!リカ達がお前を封印してやる!!」

 

「五輪曼陀羅………。復活したばかりの貴様に、抗えはしまい!」

 

「貴方の生きるべき時は終わりました………。今こそ断罪の時です!!」

 

口々に叫ぶ隊員達。

そうだ。

こちらには切り札、五輪曼陀羅がある。

いかに不死身の覇王と言えど、抗える術などない。

 

「フッ………、下らぬ………。」

 

「笑っていられるのも今のうちだ!皆さん、五輪曼陀羅の陣を!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

新次郎の命令で、五つのスターが向かい合い五角を作る。

五輪曼陀羅。

それは五輪の戦士達が向かい合って五角形を描き、その中心部に霊力を送り込む事で霊力の渦潮を生み出し、対象を飲み込む封印術である。

かつて帝都に猛威を振るった魔術『六破星降魔陣』。

それを生み出した天海こと明智光秀と、その配下たる五輪の戦士だからこそ出来る、正に東洋の神秘なのだ。

 

「魔を縛るは………、風!」

 

「魔を焼くは………、火!」

 

「魔を封じるは………、土!」

 

「魔を清めるは………、水!」

 

「魔を滅するは………、空!」

 

それぞれの司る元素の呪文を唱え、中心部の一点に集める。

そして………、

 

 

 

 

 

 

 

 

「今こそ、魔を封滅すべしっ!!」

 

 

 

全てを飲み込む渦潮が大口を開け、閃光が天守を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一言で言ってしまえば、それはエゴというものだった。

 

「オラアアアァァァッ!!」

 

まるで獣のような怒声を上げ、暗く狭い空間を縦横無尽に飛び回る。

作戦も勝算もない。

あるとすれば、それは彼らが信長を封印するまでに稼げる時間。

勝つつもりなどない。

ただ、負けたくなかった。

 

「食らえぇぇぇっ!!」

 

もう何発目かも分からないミサイルの発射。

しかし向こうに目立った傷は何処にもない。

あまりの不甲斐なさに、思わず渇いた笑みが漏れた。

 

「グオオオオッ!!」

 

咆哮に乗って、赤の光弾が再び飛来した。

素早く操縦捍を握り直し、紙一重でかわす。

だが………、

 

「キャハハハ、頭ががら空きだよっ!!」

 

「なっ………、ぐあっ!?」

 

突如として頭上、それもコックピットの真上から凄まじい一撃が加えられた。

一瞬意識が飛び、自律性を失った星が地面に落ちる。

 

「フン、高が雑魚一匹で挑むからそうなるんだよ。」

 

「ぐっ、くそ………!!」

 

遥か頭上からこちらを見下す声に、ひどく痛む頭を押さえて見上げる。

手袋越しに生暖かい感触がする。

どうやら今ので頭を出血したようだ。

 

「(やっぱり、俺はダメなのか………?ウルトラマンにならないと、仲間も守れやしねぇってのか………!?)」

 

無意識に視線が左袖の星にいく。

ミレニアムスター。

その身を人ならざる光へと変える、神秘の星。

本能が警告している。

星を掴めと、光にすがれと叫んでいる。

だが今は、今だけは、その光を受け入れたくはなかった。

そうすれば自分の、紐育華撃団星組ハワード=アンバースンの何かが消えてしまいそうな、そんな気がしてならなかったからだ。

 

「………畜生………!!」

 

予想していたとはいえ、我ながら何て様だ。

滲み出る悔しさに歯を噛み、拳を握る。

 

「雑魚は雑魚らしく、醜く死ねぇっ!!」

 

スター諸とも踏み潰さんと、大怪獣が図太い足を持ち上げた。

 

 

 

 

 

死ぬ。

 

 

 

 

 

このままでは死ぬ。

 

 

 

 

 

星を掴め。

 

 

 

 

 

嫌だ。

 

 

 

 

 

光にすがれ。

 

 

 

 

 

嫌だ。

 

 

 

 

 

『ウルトラマン』になれ………。

 

 

 

 

 

俺は人間だ。

 

 

 

 

 

ウルトラマンなんかじゃない。

 

 

 

 

 

俺は人間だ。

 

 

 

 

 

紐育華撃団星組、ハワード=アンバースンだ。

 

 

 

 

 

俺は………、

 

 

 

 

 

俺は………、

 

 

 

 

 

「ウオオオォォォ………!!」

 

 

 

 

 

 

積もり積もった感情が、絶叫と共に爆発した。

刹那、全身を取り巻く膨大な霊力が、7万トンもの大怪獣をいとも容易く吹き飛ばす。

 

「うわぁっ!? な、何だこれは!?」

 

流石の蘭丸もこれには驚きを隠せなかったのか、仰向けに倒れた怪獣の後ろで鎌を構える。

その視線の奥には、燃え尽きたバーニングスターが茫然自失という様子で立ち尽くしていた。

 

「ハァ………、ハァ………。」

 

その一瞬、何が起きたのか自分でもよく分からなかった。

頭の中が一杯になり、直後に真っ白になった。

気付けば全身から汗が吹き出て、疲労感が重くのしかかる。

 

「(何だ………?一体、どうなって………?)」

 

自身を踏み潰さんと足を上げた大怪獣は、目の前で仰向けに倒れたまま動く気配を見せない。

一体何故?

まさか自分が………?

 

「「!?」」

 

だがその時、更なる異変が襲った。

 

「あ、あれは!?」

 

先程の霊力爆破で空いた穴から、それは一瞬見えた。

遥か虚空を突き抜ける一条の閃光。

虹色に輝きながら、おぞましいまでの妖力を孕んだ一撃。

この空間でこれほどの力を持つ者といえば………、

 

「信長様っ!!」

 

閃光に目を奪われる事数秒。

先に動いたのは蘭丸だった。

依然として倒れたままのモンスアーガーを放置し、穴から外へと飛び出す。

 

「………、待ちやがれっ!!」

 

一瞬遅れて、バーニングスターも雪の舞う外界へと飛び出した。

先程の閃光。

方角からして発射されたのは安土の天守。

そして今、血相を変えて外へと飛び出した蘭丸。

天守で何が起きたのか。

長年星組としてやってきたベテランが知るには十分過ぎた。

 

「頼む………、間に合えっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、何が起きたのが誰一人として理解出来なかった。

五角形の陣を描き、五輪曼陀羅は確かに発動した。

だが………、

 

「封印………、出来ないだって!!」

 

閃光の果てに見えたのは、驚愕の光景だった。

五輪の戦士最強の切り札を使用したにも関わらず、目の前には不死の魔王が何事もなかったかのように平然と立っているではないか。

五輪曼陀羅は失敗したのか?

いや、そんなはずはない。

陣の組み方も、霊力の練り込み方も間違ってはいないはずだ。

ならば何故………。

 

「フッ、光秀亡き世において、五輪の戦士だと………?」

 

先程と変わらぬ余裕の笑みを浮かべ、こちらを蔑む信長。

その直後だった。

 

「この大うつけ共があああぁぁぁっ!!」

 

耳が割れんばかりの覇王の一喝。

刹那、突き出された右手から凄まじい閃光が迸り、天守の壁を突き抜けた。

その威力、余波だけでスターが紙屑のように吹き飛ばされた程である。

直撃していればどうなるか、考える間でもない。

 

「五輪曼陀羅が、効かないなんて………。新次郎………。」

 

「分かった、一時撤退します!しんがりを努めるので先に脱出を!」

 

状況を分析し、新次郎は素早く指示を出した。

先程の妖力の一撃をまともに浴びれば即死は必至。

再度五輪曼陀羅を組んだ所で成功する見込みはないし、仮にあったとして信長がそれを許すとは思えない。

ただでさえ霊力を使い疲弊したこの状況。

下手に足掻いて一人でも戦闘不能になれば、再戦を挑む事も出来なくなる。

残された手段。

それが戦略的撤退だった。

だがそれを易々と許す程、信長も甘くはなかった。

 

「蘭丸っ、奴等を逃がすな!!」

 

それは最後のジェミニが飛び出し、新次郎が飛行形態に変形しようとした矢先だった。

突如真下の虚空から飛び込んで来た蘭丸が、鎌を手に背後から躍りかかったのである。

 

「な………!?」

 

細身の容姿からは考えられない怪力が、フジヤマスターを襲った。

前面の装甲が剥がされ露になるコックピット。

刹那、蘭丸は新次郎に組み付いた。

 

「くっ!何の真似だ!?」

 

「お前だけは………、お前だけは逃がさない………!!死ね、信長様のためにっ!!」

 

そう叫んだ時、新次郎は見てしまった。

こちらに狙いを定め放たれる、邪悪な妖力の一矢を。

 

「な………、ぐ………!!」

 

巨大な鉄板に押し潰されるような衝撃に、一瞬声が出なかった。

信長が放った妖力の矢。

それは自身の腹部を深々と射抜いていた。

自身を組み伏せる、己が腹心諸とも。

 

「蘭………丸ごと………、だ………と………!?」

 

「大義であった、蘭丸。」

 

信じられない表情の新次郎と対照的に、平然と言う信長。

理解出来ない。

この男は、自身を慕い忠誠を誓った部下を、平気で手にかけるというのか。

 

「貴………様、それでも………!!」

 

「己の物差しだけで計るな。」

 

途切れ途切れの抗弁を、信長は眉ひとつ動かさず切り捨てた。

 

「武人とは仕える者に身も心も捧げてこそ。主のために死ねる喜び、大義と呼ばずして何とする。………のう、蘭丸。」

 

「………はい………。」

 

目の前で、弱々しい声が答えた。

蘭丸だった。

己の心の臓を射抜かれて尚、こちらを掴む力を緩めない妖怪だった。

 

「蘭丸は………嬉しゅう………ございます。前世………、お守り………出来ませぬ………でした故………。」

 

「な………!?」

 

「蘭丸、ワシのために死ね。」

 

「信長様の………、ため………あら………ば………。」

 

朦朧となる意識の中、新次郎は耳を疑った。

蘭丸は泣いていた。

歓喜と恍惚の表情を浮かべて。

蘭丸は喜んでいた。

主のために死ねる事を。

敬愛する信長のために、命を捧げられる事を。

 

「ぐ………、信………長………!!」

 

尚も何かを口にしかける。

が、口からは血の泡が絶え間なく吹き出て、最早言葉にすらならない。

 

「………目障りだ。」

 

腹心の死すら微動だにせず、信長は更なる矢をつがえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして………、

 

 

 

 

「消えよ。」

 

 

 

 

 

 

無情に放たれた二本目の矢が、寸分違わず心の臓を貫いた。

その衝撃に耐えられず、白の星が後退り、虚空に舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新次郎ぉぉぉ………!!」

 

 

 

 

意識が消える寸前。

慟哭にも似た誰かも分からない絶叫が、聞こえた気がした。

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