摩天楼の星   作:サマエル

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Apocalypse~五輪の黙示録~:2/2

紐育華撃団星組による安土城急襲作戦は、五輪曼荼羅の失敗によって破滅的な大敗に終わった。

隊長の大河新次郎は意識不明の重体。

ハワード=アンバースン以下残る隊員たちのスターも激しく損傷し、直ちに王をはじめとする救護班の手当てが行われた。

 

「………。」

 

安土を撤退して1時間。

ハワードの姿は、屋上したの格納庫にあった。

中に眠るのは己が相棒、バーニングスター。

そして前面の装甲をなくし、コックピットに生々しい血痕を残すフジヤマスター。

残るスターはここにはない。

あれからすぐにグラマシー地区に怪獣が現れたため、その迎撃に向かったのだ。

本来ならハワードも出撃すべきなのだろうが、それは不可能だった。

何故なら、バーニングスターの霊子水晶にヒビが入り、現在起動不可となっていたからだ。

故に彼だけは、この非常時の中シアターに待機することを命じられた。

 

「新次郎………。」

 

先刻のあの瞬間を思い出し、どうしようもない無力感が心を苛む。

仲間一人守れないで、何が星組だ。何が紐育華撃団だ。

それすら無意味と分かっていながら、行き場のない心は自らを傷つける事をやめない。

自分は人間として、ハワード=アンバースンとして何もできない。

そう決めつけてくる世界に、抗うかのように。

 

「俺は………。」

 

左袖に輝く星を掴みかけ、頭を振る。

迷うべき時ではない。

自分は星組として、この町を守らなければならない。

だが、ハワードはどうしても決断できなかった。

何故なら………。

 

「ここにいたのね。」

 

突然の声に驚いて振り向く。

そこにいたのは、ある意味最も会いたくなかった人物だった。

 

「………よく分かったな。」

 

「お言葉ね。何年一緒にいると思ってるの?スターを気にしないメカニックチーフがいて?」

 

彼女らしい返答に、乾いた声で笑い返す。

やはり経験は怖い。

特に意識しないことでも、相手は適格に見て、こちらの全てを見透かしてくる。

だが今の、この感情だけは知られるわけにはいかない。

それは、本当の意味で終わりだから。

 

「ジェミニ達から聞いたわ。蘭丸の妨害を防ぐために、単独で挑んだそうね?」

 

「………ああ。」

 

やや遅れて返事を返す。

あの思い出したくもない負け戦。

我ながら生き恥を晒したと思うほどの戦いだ。

副指令として、二三物申す事があるだろう。

 

「判断自体は悪いものではないわ。五輪曼荼羅をより完全にするために、五輪の戦士を可能な限り無傷で天守に移動させる必要はあった。」

 

「ハッキリ言えよ。弁護のために来たんじゃねぇんだろ?」

 

恐らくこちらの様子を気遣って柔らかく言うつもりのようだが、そんなものはかえって惨めになるだけだ。

言うならハッキリ罵られた方がまだマシである。

 

「………何故あんな無茶したの?」

 

予想通り、ラチェットの声色が変わった。

 

「スターの総合戦闘力、霊子水晶のキャパシティ、貴方自身の戦闘スタイル………。他ならぬ貴方が一番よく知ってるはず。」

 

「………。」

 

「そして貴方は、ふざけて周囲の気を引く事はあっても、自己犠牲的な行動を取るような人ではなかった。ただ一度を除いては。」

 

ただ一度という言葉に、ハワードが僅かに反応する。

ただ一度。

忘れもしない欧州星組時代の、『あの時』だ。

 

「………。」

 

「聞きたくないっていう顔ね。」

 

沈黙を守ったまま、背を向ける。

言葉が見つからない。

言葉を返せばすべて暴かれるような気がして、黙るしか思いつかなかった。

 

「ハワード………、何をそんなに恐れているの?」

 

ふと、ラチェットが正面に回り込んだ。

嫌でも視界に飛び込んでくる顔。

それは何故か怒っているというより………、

 

「………お前………。」

 

泣いているように見えた。

 

「ねえ、答えてハワード。何がそんなに恐ろしいの?星組の役に立てない事?それともみんなに忘れられる事?」

 

「ち、違う!俺は………俺は別に怖がってなんざ………!!」

 

「嘘よ!いつもの貴方なら、こんな時に口ごもったりしない。ぶっきらぼうでもつっけんどんでも、キチンとした言葉を返してきたわ。」

 

まるでどっちが怒っているのか分からない状況だった。

怒りより悲痛さを前面に出して何かを訴えるラチェットと、自身の不安を口に出せないハワード。

突っかかってるのは、向こうのほうなのに、何故だかこちらが泣かせているかのような罪悪感さえ感じてしまう。

 

「一体どうしたっていうの?私にも言えない事?」

 

「お前こそ、何で今に限ってそんなに食い下がるんだよ?いつもの余裕も金繰り捨てて、何で必死こいて俺に突っかかるんだよ!?」

 

苦し紛れに言葉を返す。

すると、返ってきたのは打って変わって弱弱しい声だった。

 

「………悔しいの。この紐育に危機に私は………、何もできなかったから………。」

 

「何もってそんな事………、お前は副司令だろ?」

 

「だから何?私だって半年前まではスターで前線に立ってたわ。最前線で戦いながら、みんなを言葉と戦いで守ることができた。でも………、」

 

そう呟き、格納庫の一番奥に視線を移す。

そこにはかつてのラチェットの相棒。

全てのスターの基となった試作機、シルバースターがあった。

シリネウス鋼の本来の色でもある銀一色に輝くそれは、今も現役そのままの姿で、もう来ないであろう出撃の時を待っている。

 

「今は違う。一緒に戦うことも、共に戦場に出る事さえ出来ない。貴方や大河君があれ程傷ついて戦っていたのに………。」

 

それは、力がないゆえに無力感だった。

これまで欧州星組で隊長として、華々しいまでの戦果を挙げてきたラチェット。

ついこの間までスターを駆り、最前線で戦う事が当たり前だったラチェット。

一度は道を踏み外し、この新天地で新たなスタートを切ったばかりだった彼女に、一体どれ程の仕打ちだっただろう。

そう思うと、不思議と自分の抱える不安など、下らない程に小さく思えてしまう。

 

「ラチェット………。」

 

だからだろう。

気づけば重く閉ざしていた口を、ハワードは自ら開き、言葉を紡いだ。

 

「もしも………もしも俺が変わったら、お前はなんて思う?」

 

「え?」

 

「お前の知らないところで、俺が………俺が別人みたいに変わったら………、お前はなんて思う?」

 

まるで試すような口ぶりに、戸惑いの表情を浮かべるラチェット。

無理もない。

何の脈拍もなくこんな話をはじめられれば、誰だって戸惑うのは当たり前だ。

だが、ハワードは知りたかった。

最早人ではなくなりつつある自分を、彼女は今迄通り受け入れてくれるのか。

得体のしれない存在と知って、拒絶するのではないか。

ハワードが一人抱えている不安とは、偏にそれだった。

自分は遥か西の都で宝珠を受け継ぎ、『光』となった。

望まずして得た光の力。

そのあまりに大きすぎる恩恵に、ハワードは戸惑った。

どうして光はほかの誰でもない自分を選んだのか。

本当に自分がこんな力を手に入れていいのか。

光となった今の自分は、本当に人間と呼べるのか。

そして………、そんな自分を、みんなは今迄のように受け入れてくれるのか。

ただ、それだけが怖かった。

 

「………ハワード。」

 

重く苦しい間を置いて、ラチェットが口を開いた。

 

「その言葉が何を意味するのか、私には分からない。明確な答えは出せないわ。」

 

自嘲に満ちた笑みが漏れる。

やはりそうだ。

今の自分をハッキリ認めてくれる人間など、いる訳がない。

こんな人ですらなく、光にもなりきれぬ中途半端な存在など………。

 

「………でも、」

 

ふと、ラチェットは言葉を続けた。

 

「これだけはハッキリ言えるわ。どんなに変わったとしても、貴方はハワード。紐育華撃団星組、私の昔馴染み、ハワード=アンバースンよ。」

 

その一言に、一瞬時が止まった。

自分を認める。

どんなに変わろうと、自分をハワードと認める。

それは、心の何処かで必死に求めていた一言だった。

 

「ガサツで、素直じゃなくて、変な所で熱い、みんなの大好きなハワード。………それじゃ、足りない?」

 

「………余っちまうぜ、十分すぎてよ。」

 

涙に耐えて答えたその時、心の中の何かが外れる。

気付けば右手が、星を掴んでいた。

紐育の未来を切り開く、夢と希望に輝く星、ミレニアムスターを。

 

「何処に行くの?待機のはずよ。」

 

踵を返すハワードの背中に、ラチェットの声が飛ぶ。

ハワードは胸元に突っ込んでいたシケモクを取りだし、答えた。

 

「心配すんな。久し振りに一服するだけだ。」

 

「あら、ダイアナが怒るわよ?」

 

「馬鹿野郎。………言い訳がいるんだよ。『煙が目に染みた』ってな。」

 

返事はなく、代わりに小さな笑い声が聞こえる。

それに少しの笑みを返し、灰色の空へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3番街の西に位置する閑静な住宅街、グラマシー。

突然の安土城の襲撃が逃れた人々の避難所が多く存在するこの場所を、狙い澄ましたかのように襲う影があった。

安土本丸にて星組を迎え撃った怪獣兵器、『モンスアーガー』である。

 

「グオオオオッ!!」

 

咆哮と共に突き出された両腕から赤い光弾が次々と発射され、周囲を無差別に焼き尽くす。

先ほどのバーニングスター捨身の一撃すらものともしない戦闘力に、迎撃に駆けつけた星組は窮地に立たされた。

 

「クソッ!固すぎて攻撃が通りゃしねぇ………!!」

 

「止めろー!これ以上街壊すな!リカ、本気で怒るぞ!!」

 

周囲を旋回して断続的に攻撃を浴びせ妨害するも、向こうはまるで意に帰さない。

それどころか、臨時の避難所である小学校目がけて進撃を始めたではないか。

5人の顔に、たちまち焦りが浮かぶ。

 

「まずい!あの状況では、避難も間に合わないぞ!」

 

「クソッ!止まれ!止まれぇっ!!」

 

最早ピークを通り過ぎた体に鞭を打ち、絶え間ない霊力を弾幕の如く叩き込む。

しかし、ただでさえ五輪曼荼羅の発動で霊力を疲弊した今の状態で、これ程の規模を持つ怪物を食い止めるなど無謀の極みと言わざるを得ない。

 

「グオオオオッ!!」

 

死力を尽くして戦う星組をあざ笑うかのごとく、怪獣は両腕の発射口を悲鳴と絶叫の響く避難所へと向ける。

 

 

 

 

 

 

 

そして………、

 

 

 

 

 

 

「グオォッ!?」

 

両腕が赤く光った、正にその時だった。

彼方から飛来した巨大な赤い光球が、勢いそのままに大怪獣に激突。

紙屑の如く吹き飛ばしたのである。

星組をはじめ、その場の誰もが一体何事かと呆気にとられる。

だが球体の中から現れた人物に、全ての疑問は氷解した。

 

「タロウ………、タロウだ!!」

 

歓喜に瞳を潤ませ、ジェミニが叫ぶ。

摩天楼の巨人、ウルトラマンタロウ。

混沌に包まれた戦場に今、光の巨人が立った。

 

「デヤァッ!!」

 

怪獣を見据えるや、タロウは真正面から掴みかかった。

対するモンスアーガーも、負けじと両腕でタロウを掴む。

そのまま取っ組み合いが続く事僅かに数秒。

競り勝ったのは後者だった。

 

「デェッ!?」

 

邪魔とばかりに真後ろに投げ飛ばされるタロウ。

が、そのままで終わらないのがタロウの凄い所だった。

 

「ハッ!!」

 

空中から強引に体を捻らせ、急角度からスワローキックを叩きこむ。

赤く光を帯びた右足が、怪獣の皿の様な頭を直撃した。

その時だ。

 

「グオオオオッ!!」

 

頭部にヒビが入るや、それまで星組の攻撃をものともしなかったモンスアーガーが狂ったように苦しみ始めた。

この怪獣兵器、本来は宇宙戦争用に量産予定の物を使用しており、頭部には命令通り動くコンピューターをつける必要性があった事から、実は頭だけ装甲が薄くなっていたのだ。

 

「よし、今の内に総攻撃だ!」

 

「「イェッサー!!」」

 

先程までのお返しとばかりに血気づく紐育華撃団。

これで戦況はこちらに大きく傾いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………と、思われたが………。

 

 

 

 

 

「グオオオオッ!!」

 

「………散れっ!」

 

突然の昴の言葉に、一直線に怪獣に迫っていたスターが一斉に散らばる。

刹那、怒りの咆哮と共に光弾の嵐が四方八方に襲い掛かった。

たちまち周囲のあちこちから次々と火の手が上がる。

 

「ど、どうしましょう………!これでは街が………!!」

 

「でも、これじゃ避けるので手一杯だよ!?」

 

最早暴走状態と言っても過言ではない暴れ振りに、完全に手詰まりに追い込まれた星組。

だがしかし、その弾幕の中を無謀にも突っ込む人物がいた。

紅の巨人、ウルトラマンタロウである。

 

「デヤァッ!!」

 

両腕を眼前で交差させて顔を庇いつつ、真正面から怪獣に体当たりを仕掛ける。

交差した腕が、ちょうど喉元に炸裂した。

 

「グオオッ!?」

 

実に5万トンにもなる超重量の一撃に耐えられず、そのまま仰向けに倒れるモンスアーガー。

タロウはすかさず片足を掴み、頭上で大きく振り回すと、ハンマー投げの要領で勢いよく投げ飛ばした。

7万トンの巨体が大地を揺るがし、周囲の建物をなぎ倒しながら沈む。

 

「ムンッ!!」

 

仰向けに倒れたままの怪獣を見据え、タロウは両手を頭上で重ね、エネルギーを集中する。

そして………、

 

「ストリウム光線!!」

 

全身を包む七色のオーラを合図に、T字に組んだ両手からまばゆい光線が音速の速さで怪獣兵器を包み込む。

グラマシー地区を急襲したモンスアーガーは、激しいスパークと共に爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………死んだか。使えぬ獣よ。」

 

本丸より出陣せし怪獣の最期を冷ややかに見下ろし、信長が一人呟く。

元より新参者。

大した期待はしていない。

 

「蘭………。お前はワシを、甘いと言うであろうな。」

 

先程の己の業を思い出し、今は亡き腹心に語りかける。

 

「だが、これでよい。昇華仕切れぬ未熟者を摘んだ所で、何故天に上る事が出来ようか。」

 

我ながら、出過ぎた真似だと思う。

まさか自分が、上杉候の真似事をするなどとは、思い付きもしなかったが。

 

「この異国の地において、死して尚このワシに楯突くとは………、光秀も食えぬ男よ。」

 

眼下に広がる異国の街を、改めて見下ろす。

世界の先頭に立ち、常に前に進む世界一の大都市、紐育。

その大都市が、今まさに混沌の闇に堕ちようとしていた。

 

「人は何処から来て、何処へ行くのであろうな。蘭よ………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けたたましく鳴り響く喧騒と剣劇の音に、瞼を開く。

刹那、視界に飛び込んで来た光景に驚愕を覚えた。

何故ならそこには、つい先程自分を腹心ごと射ぬいた男の姿があったからだ。

 

「ハーハッハッハッ!! 光秀の犬ごときが、人をも捨てたこの信長を止められると思うかぁっ!?」

 

燃え盛る寺を背後に高らかに笑う信長。

その真ん前に対峙する影があった。

 

「不覚………、既に術を完成させておったか!!」

 

塚原ト伝。

独自の兵法『序の太刀』を用いた、無双の軍師。

 

「ほざけ信長!!最早人ならざる貴様に、人の世を脅かさせはせん!!」

 

上泉伊勢守。

新陰流の祖にして、封魔の剣を震う剣豪。

 

「光秀候の文によれば、刻限は日の出………!時間がないでござる!!」

 

飛び加藤。

影に身を潜め渡り、魔を滅する異能の忍。

 

「案ずるな、加藤。光秀候の五輪曼陀羅で、一気に仕留めてくれる!」

 

果心居士。

霊力を用いてカラクリを自在に操る傀儡士。

 

「だが、柱はどうする!?それがなければ………!!」

 

ミシェル=ソレイユ。

南蛮の娘ながら、伊勢守に師事した無双の紅一点。

 

「(まさか、これが………!!)」

 

信長に相対する五人の古めかしい姿。

各々の言動。

新次郎は確信した。

彼らこそ、かつて覇者の剣に魔王を封印した、五輪の戦士であると。

だが次の瞬間、更なる驚愕が新次郎を襲った。

 

「………僕がなりましょう。」

 

「(………、あれは!!)」

 

最後尾にいた居士の後ろから、僧侶とおぼしい青年が進み出た。

高野聖。

大日如来の加護で魔を封じる力を授かりし、同名の僧侶を世に産んだ最初の人物。

 

「これまで信長の野望に喪われた魂を弔うためならこの聖………、仏に全てを捧げましょう。」

 

「しかし聖!そんな事をしてはお前は………!!」

 

「よいのです、ミシェル。いつか見たいと言った貴女の国………。遥か天より眺めるとしましょう。」

 

新次郎は驚きの余り、まじまじと僧侶を見た。

何故なら彼の顔は、新次郎を鏡に写したかのように瓜二つだったからである。

まさか………、

 

「いいのか、聖?」

 

伊勢守の問いに無言で頷く聖。

刹那、曇天に覆われた夜空に雷が迸り、歪み始めた。

 

「さあ来い、大いなる魔の魂よ!ワシと一つになり、この大地を喰らうがいい!!」

 

「時間がない!急げ、曼陀羅陣だ!!」

 

その様子にト伝が血相を変え、叫んだ。

五輪の戦士達は頷き合い、五角形の陣を描く。

その中央に六人目、高野聖を据えて。

 

 

 

「魔を縛るは………、風!」

 

「魔を焼くは………、火!」

 

「魔を封じるは………、土!」

 

「魔を清めるは………、水!」

 

「魔を滅するは………、空!」

 

それぞれの司る元素の呪文を唱え、中心部の一点に集める。

そして………、

 

 

 

 

 

 

 

 

「五輪の名のもとに、魔を封滅すべしっ!!」

 

 

 

「グオオッ!?………こ………これが、五輪………曼陀羅………!!」

 

五角形の中央が閃光を放った刹那、空の歪みが止まり、信長の身体がグズグズと溶け、吸い込まれ始める。

その時だった。

 

「………、ミシェルッ!?」

 

何と、曼陀羅陣の一角に立っていたミシェルが突然駆け出し、聖を突き飛ばして陣の中央に立ったではないか。

一体何をしようというのか。

そう疑問に思った直後、新次郎は彼女の意図を理解した。

 

「う………、うあ………、あ………!!」

 

新次郎は息を呑んだ。

水のように溶けて陣に吸い込まれる信長が、ミシェルの身体に集まっていくではないか。

 

「ミシェル!よせ、ミシェルッ!!」

 

瞼に涙を溜め、聖が叫ぶ。

すると、ミシェルはか細い声で告げた。

 

「………生きてくれ、聖………。この国を………お前の生まれた素敵な国の未来を………、見守ってくれ………。」

 

「ミシェル………!!」

 

「聖………いつか、教えてくれた………輪廻が、本当なら………もう………一度………。」

 

閃光が輝きを増し、視界の全てを覆った。

やがて曇天が晴れ、焼け落ちた寺の前に佇む五輪の戦士の姿が写る。

 

「ミシェル………、何故あんな真似を………。」

 

「聖を好いておったからな。愛するが故、かも知れぬ………。」

 

目の前に突き立つミシェルの愛刀を前に、悲痛な面持ちで呟く男達。

ふと、伊勢守が聖に声をかけた。

 

「………聖、聞いてくれ。」

 

「………。」

 

聖は無言で顔を上げる。

恐らくずっと泣いていたのだろう。

聖の目は、真っ赤に腫れていた。

まるで涙の代わりに、血を流したのかと疑う程に。

 

「ミシェルは周りと違う己の見てくれに怯えていてな。その雑念のために修業にも身が入らなんだ。」

 

「………。」

 

「ところがお前と会ってからか、雑念が消えた。こんな下らん形の剣を、微塵の隙なく使いこなして見せた。」

 

「伊勢守殿………。」

 

「だから聖、生きて欲しい。お前がミシェルを………あの馬鹿弟子を、本当に想うてくれるならば………!!」

 

それまで気丈に話していた伊勢守も、耐え兼ねた様子で目頭を押さえる。

聖は再び視線を剣に向けると、数珠を手に祈る。

自らを庇い命を落とした、一人の少女へ。

 

「(これが………、五輪の戦士の戦いなのか………?それじゃあ、五輪曼陀羅は………!!)」

 

目の前で起きた一部始終に、新次郎は胸を痛めた。

五輪の戦士は五人ではない。

曼陀羅陣を描く際に中央に立つ人物。

即ち六人目の戦士がいるのだ。

その中央に立つ人物は、人柱となって命を落とす。

五輪曼陀羅は、その命を以て魔を封じ込める禁断の奥義なのだ。

そしてその六人目の戦士は………。

 

「………新………次郎………。」

 

そこまで考えを巡らせたその時、誰かが自身の名前を呼んだ。

目を閉じ、耳に神経を集中させる。

聞き覚えのある声だった。

 

「早く起きて………。ボクを………一人にしないで………、新次郎………。」

 

「………ジェミニ?」

 

目を開くと、景色はそれまでと一変した。

焼け落ちた寺と周辺の森は消え、掃除の行き届いた清潔感のある部屋が写る。

見覚えがある。

確かシアターの内部にある医務室だ。

 

「………新次郎?」

 

ふと、誰かがこちらを覗き込む。

ぼやけてよく見えない。

だがその声に、新次郎は聞き覚えがあった。

 

「ジェミニ………?」

 

「新次郎!? 気がついたんだね! 良かったぁ………!!」

 

そう叫んで胸に飛び込んで来るジェミニ。

いきなりの事に慌てる新次郎だが、おかげで自身の身に起きた事をハッキリと思い出した。

 

「ジェミニ………、安土は………紐育はどうなったの?」

 

安土城強襲作戦は失敗したはず。

今となっては当然の成り行きだが、信長がそのまま沈黙を守っているとは考えにくい。

己の目的のためなら一切の手段と犠牲を選ばない男だ。

自分の意識がない間に何をしてもおかしくはない。

 

「………来たよ、たくさん。悪念機や怪獣が押し寄せて来て………。」

 

「な、何だって!?………うっ!」

 

驚いて身体を起こす。

刹那、焼けつくような痛みが左胸を襲った。

 

「新次郎、大丈夫!?しっかりして!」

 

「だ、大丈夫。傷が、痛んだだけだ………。」

 

先程の嬉しそうな顔から一転して悲痛な顔を見せるジェミニに、笑顔を作ってごまかす。

先程の夢が、脳裏を過った。

 

「………それで、ジェミニも戦ってたんだろ?」

 

「うん。………新次郎がやられてから、地獄みたいな3日間だった。」

 

「3日………!? そんなに意識がなかったのか………。」

 

今度は別の痛みが胸を襲った。

自分の意識がない間に、どれだけの命が踏みにじられた事か。

そう思うと、自身の無力さと不甲斐なさに怒りが込み上げてくる。

 

「でも、良かった。」

 

そんな新次郎に、ジェミニが柔らかい微笑みを返した。

いつか見た艶やかな微笑みだった。

 

「新次郎が目を覚まさなかったらって思うと、夜も眠れなくて………。だから………。」

 

「ジェミニ………。」

 

その微笑みに、一瞬胸の痛みも忘れて見とれる新次郎。

何故彼女が五輪の戦士なのだろう。

あの時の聖も、こんな事を思っただろうか。

そう思いを馳せ、新次郎は言った。

 

「………ジェミニ。サニーサイド司令を呼んで来てくれる?伝えたい話があるんだ。」

 

「司令に?………分かった、ちょっと待ってて。」

 

言うや、ジェミニは足取り軽く医務室を後にする。

出来る事ならもう少し、あの微笑みを間近で見ていたかった。

身も心もとろけてしまうような微笑みに、浸っていたかった。

だが今、先程見た五輪の戦士と曼陀羅の真実は、何に先おいてもサニーサイドに伝えなくてはならない。

ジェミニ推して地獄と言わせしめた今の紐育は、一刻の猶予もないのだから。

 

「大河君、意識が戻ったみたいだね。」

 

医務室の扉から、サニーサイドがひょっこりと顔を覗かせる。

いつもながらの薄笑いだが、心なしか安心しているように見えなくもない。

 

「それで、ボクに話があるって?」

 

「はい。五輪の戦士と五輪曼荼羅………、その真実についてです。」

 

「五輪の、真実………?」

 

新次郎の口から出た言葉に、サニーサイドも薄笑いを消す。

新次郎は続けた。

 

「五輪の戦士は五人じゃない。本当は、曼荼羅陣の中央に据える六人目が必要なんです。」

 

「六人目………。なるほど、だから五輪曼荼羅が発動しなかったんだね?」

 

「はい。そして五輪曼荼羅は、中央の人間を犠牲にして魔を封じ込める業。その後生き残った戦士の事を、『五輪の戦士』と呼んだんです。」

 

無言のまま頷くサニーサイド。

一連の話には驚いていたようだが、どことなし納得しているようにも見えた。

もしや聡明な紐育華撃団総司令の事、事前に感づいていたのかもしれない。

果たして、新次郎の予感は的中した。

 

「確かに、後に生まれた『六破星降魔陣』が六つの楔を必要とする。辻褄が合う話だな。」

 

五輪の戦士が六人存在するという可能性は、他ならぬ東方見聞録・外伝の中に記されていた。

当初、五人で発動するものとばかり思われていた五輪曼荼羅。

その後、他ならぬ光秀によって生み出された六破星降魔陣。

前者がそもそも六人だったとするならば、この二つの関連性を説明できる。

魔を封じ込めるか解き放つかの違いだけで、楔を六つ必要とする点に違いはないのだから。

 

「………それじゃあ大河君。君が………、」

 

「はい………。」

 

サニーサイドの視線からその先を察し、新次郎は未だ傷の癒えぬ包帯をずらす。

すると射抜かれた箇所に、驚くべきモノが見えた。

五角形の頂点を描いた、五つの丸い痣。

 

「五輪の戦士………、僕が最後の一人です。」

 

寸分の違いなく心臓を射抜かれた新次郎が何故こうして生きていられたのか。

その答えが、この痣にあった。

あの時、己が部下をも犠牲に放った一糸は、自分の命を摘み取るためのものではない。

邪念に満ちた力に感応し、自身の奥底に秘められた五輪の力を覚醒させるためのものだったのだろう。

遥か400年の時を超え、完全に五輪の戦士を闇に葬り去るために………。

 

「………サニーさん、お願いがあります。」

 

包帯を戻し、新次郎が言った。

 

「この事は、みんなには内緒にしてほしいんです。みんなはきっと………、誰よりも自分を犠牲にするだろうから………。」

 

五輪曼荼羅は、一つの命を食らう禁断の奥義。

遠い前世で、新次郎はその痛み、苦しさを身を以って知った。

あの夢は、前世からの警告なのだろう。

同じ過ちを繰り返し、大切なものを失ってしまわないための。

 

「………分かった。その事は任せてくれ。」

 

そう言って、サニーサイドは乱れかけた布団をかけ直し、言葉を返した。

 

「今はとにかく体を休める事だ。後で目が覚めたら、支配人室まで来てくれ。」

 

「はい………。」

 

了承の言葉に安堵したからか。

それとも傷ついた体の防衛本能か。

訪れた強烈な眠気に誘われるまま、新次郎の意識は再び闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(なるほど、やはり外伝に間違いはなかったか………。)」

 

目の前のベッドに横たわる青年が完全に眠りに落ちたのを確認し、サニーサイドは顎に手を当て考え始めた。

元から五輪の戦士の全ては、曼荼羅の意味と共に外伝に記されていた。

ただその伝説も4世紀もの昔の話。

直接見たわけではない以上、何処かで間違いがあったとしてもおかしくはない。

そう思って現状の星組を派遣し、今に至る。

幸か不幸か、外伝に記された内容に、間違いはなかった。

そしてそれは、サニーサイドにある確信を抱かせるに至った。

魔王信長を封印できる五輪曼荼羅。

それを使う事の出来る五輪の戦士。

その人数は五角形の陣に中央を含めた六人。

つまり………、

 

「………なるほど。人一人の命で、紐育が助かるのか………。」

 

扉を挟んで向こうの廊下から、複数の足音が聞こえる。

恐らく新次郎の無事を聞いて駆け付けた仲間たちだろう。

バタバタと激しい音から察するに、走ってきているのかもしれない。

 

「(紐育を守るためだ。悪く思うなよ、大河君………。)」

 

彼女達は知らない。

自分達五輪の戦士と、曼荼羅の孕む真実を。

そして、扉の奥の星組司令が、何かを企むように眼鏡に手をかけた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『紐育の皆さん………。この放送が、届いていますでしょうか?』

 

『紐育は現在、原因不明の災害により、都市機能を失いつつあります。』

 

『私達の放送局も大きな被害を受けました。この放送も、いつまでお届け出来るか………。』

 

『もしこの放送が聞こえている方は、すぐに避難して下さい!』

 

『きっと帰ってこれます………。だから今は、身の安全を確保して下さい!お願いします!!』

 

 

 

キャメラトロンからノイズ混じりに聞こえる悲痛な叫びに、新次郎は無意識に胸を押さえた。

サニーサイドから聞かされた紐育の現状。

それは、目を覆いたくなる程に大きく、悲惨なものだった。

妖力という人ならざる力の前に合衆国の軍隊は一日と持たず崩壊。

死者は1万人を裕に越え、今なお多くの人々が行方不明となっている。

一部の市民がマフィアと協力してレジスタンス活動を行っているというが、既に紐育全体の7割を占拠された現時点において、いつまで持つか甚だ疑問だ。

サニーサイドの見立てでは、あと一週間も持たないという。

 

「くそっ、あれが安土か………!!」

 

シアター屋上から望む紐育の惨状から視線を上に上げると、禍々しい魔の巣窟が見えた。

魔城、安土。

中世より蘇った魔王の、覇道を具現化した存在。

眼下の街に多大な爪痕を残した魔城は今、不気味な沈黙を以て地獄を見下ろしている。

 

「挫けてたまるか………!今度こそ………!!」

 

サニーサイドによれば、明日の正午、魔城に最終攻撃を仕掛けるとの事。

それに向けて新次郎には、隊員達のカウンセリングを命じられた。

無理もない。

あんな人智を越えた怪物を、スターに乗るとはいえ、ただの人間が相手なするのだ。

如何に度胸が座っていようと、本能的に現れる恐怖心を殺せるはずもない。

かくいう新次郎自身でさえ、不安を払拭しきれないのだから。

 

「………行こう。」

 

自らに言い聞かせ、新次郎は地獄と化した街へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらは紐育市警です。現在、市内全域に緊急避難勧告が発令されています。』

 

『市内に残っている方は、指定された区域へ速やかに避難して下さい。』

 

『それから紐育華撃団の皆さん、この放送が聞こえていますかっ!?』

 

『あなた達ならこの街を、紐育を救ってくれると信じています!』

 

『どうかこの街を、アメリカを救って下さい!お願いしますっ!!』

 

 

 

声色からしてまだ若い警官のスピーチに心を痛めつつ、新次郎は目の前に見える光景に息を呑んだ。

紐育一のビジネス拠点、ベイエリア。

そのウォール街も、瓦礫の山に埋もれていた。

安土から伸びた槍の一つが直撃した裁判所は全壊。

証券取引所や銀行も、まともに稼働出来る状態ではない。

最も稼働出来た所で、人がいなければ意味などないが。

 

「急げ、こっちにもいるぞ!!」

 

「頑張れ!もう少しの辛抱だ!!」

 

そんな中、行方不明者の救助に当たっている団体に目が移る。

黒人が多い。

もしやハーレムから助けに来た人たちだろうか。

 

「新次郎!アンタ、もう動いて大丈夫なのかい?」

 

するとその一角から、こちらを呼んで駆けてくる人物がいた。

サジータだ。

 

「はい、僕は大丈夫です。それより、これは………。」

 

心配させないよう言葉を返し、改めて周囲を見る。

するとサジータは、やりきれない様子で答えた。

 

「ああ、みんな壊されちまった。カルロス達が生存者の救助に当たってるけど………。」

 

「そうですか………。」

 

言葉の先を察し、新次郎は悔しさに歯を噛む。

安土が猛威を振るって3日。

今は瓦礫ばかりが目につくが、当日は道に死体が溢れ、足の踏み場もなかったらしい。

あの時信長を止められていたら。

そう思うと、悔恨の念が棘となって胸を刺す。

 

「………まるで裁判だね。」

 

ふと、サジータが悔しげに歪めていた顔を緩めた。

 

「力に訴える覇道が正しいという信長と、その覇道に屈しないと拒む紐育………。その紐育の弁護人が、アタシら紐育華撃団って訳だ。」

 

長く法律という世界に携わって来た、何ともサジータらしいと思う。

そうだ。

相手を捩じ伏せる事が正しいのか。

それとも相手の手を取り合う事が正しいのか。

世界が判断を下すための弁護人が、言わば自分達だという訳だ。

 

「………負けられませんね。」

 

「ああ、勝って見せるさ。紐育華撃団、サジータ=ワインバーグの名にかけて。」

 

間もなく訪れるであろう、自分達の最終弁論。

この街の、果ては世界の命運を懸けた裁判に、新次郎は勝利を誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『紐育の街に取材に出ているジェームズさんと、中継が繋がっています。』

 

『こちら、市内ミッドタウンです。建物の瓦礫が周囲な散乱し、足の踏み場もありません!』

 

『また、街角では依然として抵抗活動を続ける方達も見られます!』

 

『私達は、侵略者には絶対に屈しない!最後の灯が消えるその時まで、戦い続けます!!』

 

『ありがとうございます!私もこのまま可能な限り取材を続けます!以上、現場からジェームズがお伝えしました!!』

 

 

 

 

 

今や馴染みの記者となったジェームズの、いつになく必死さの伝わる声に流されるまま、新次郎の姿はミッドタウンのセントラルパークにあった。

安土の攻撃を命からがら逃れた人たちが、ここに集まっているという。

見ると、灰に覆われた緑の中に、幾つかのテントが見える。

 

「あ、大河さん………。気がつかれたんですね。」

 

「ダイアナさん!これは………?」

 

「ミッドタウンの病院が全壊したので、簡素ですが臨時の病院です。多くの方が怪我をされましたから。」

 

そのテントの一つに、怪我人の治療に当たるダイアナの姿があった。

ここは、臨時で用意した簡素な病院だった。

道具も人手も、雨風や飢えを凌ぐ設備さえないが、それでも数少ない医師らが霊力と医学知識を総動員して、治療を続けている。

人種も出身も関係ない。

誰もが誰かを気遣い、助け合い、一つになれる。

先程のサジータの言葉を踏まえ、新次郎は強く拳を握りしめた。

 

「ダイアナさん、僕も手伝います!病み上がりですが、構いません!」

 

力強く申し出る新次郎。

すると、ダイアナは薬を手に言った。

 

「それでは一つ、お願いできますか………?大河さんにしか、出来ない事を。」

 

「僕にしか、出来ない事?」

 

「紐育の平和を、取り戻す事………。この街に未来と、希望をもたらす事です。」

 

予想外の言葉に、新次郎はハッとダイアナを見る。

紐育に平和を取り戻す。

その言葉に、闘志が再び奮い立った。

そうだ。

自分はすべき事は、この場で人を癒す事ではない。

小手先の話ではなく、根底の病巣を挫く。

即ち紐育を侵す魔を、断ち切る事だ。

 

「頑張りましょう、大河さん。この緑達の運命を変えた私達なら、きっと出来る………。そうですよね?」

 

見ているだけで疲れも消えてしまいそうな微笑みに、力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『紐育の皆さん!私の声が………、届いていますか!?』

 

『放送が出来なくな………で、私た………を………』

 

『皆さん!このま………紐育は、まだ………、生きています!!』

 

『希望をす………いで、どうか………!!』

 

いよいよノイズが目立ち始めるラジオに不安を覚えつつ、新次郎は一路ハーレムに向かった。

ダイアナの話によれば、倒壊を免れたハーレム地区にも多くの市民が逃れているという。

避難所となっていたのはサジータの知り合い、ドッヂモの経営するジャズバーだった。

以前サジータに誘われ、梅酒を飲まされた記憶が脳裏を過る。

 

「………歌?」

 

その入り口に立つと、ピアノの旋律に合わせて美しい歌声が聞こえる。

女性とも男性とも取れないハスキーで透き通った歌声。

それは新次郎の脳裏に、ある人物を連想させた。

 

「まさか、昴さん………?」

 

扉を開けると、そのまさかだった。

倒壊の少ないバーの中、流れるような手つきでピアノを弾き、歌う日本人。

やがて演奏を終え、拍手に包まれながらこちらにやって来る。

 

「大河、意識が戻ったんだな。」

 

「はい、ご心配をおかけしました………。」

 

「気にするな。そうやって元気な顔が見られれば十分さ。」

 

周囲の和やかな雰囲気に合わせ、軽口の押収が続く。

まるで今の紐育の現状を一瞬、忘れてしまいそうだ。

 

「いくら命があったとはいえ、いつ襲われるか分からない現状では生き地獄だからな。音楽というのは、こういう時にこそ必要なのかも知れない。」

 

「はい。僕もさっきの歌で、少し心が安らぎました。」

 

人という生き物の特徴として挙げられるのは、とかく感性の豊かだという点が一つある。

音色一つに様々な情景を心に描き、その風景に自らを溶け込ませる程の深く、強い感性。

それはこの緊迫した状況でも変わる事はなかった。

現に新次郎も、今の紐育を一瞬だが本当に忘れそうになった程だ。

 

「昔の僕は、周囲に意識を向けた事もないに等しかった。近くで誰かが苦しむ音が聞こえても、無視するばかりだった。」

 

ふと、昴は過去の己を戒めるように呟いた。

 

「だから今、昴は変わったと実感している。誰かの苦しむ音を聞き、それを喜ぶ音に変え、それに自ら喜んでいる………。不謹慎だが、こんなに心が満たされるのは初めてだ。」

 

「取り戻しましょう、昴さん。紐育の希望と明日を、今の僕達ならきっと出来ます!」

 

「ああ………、そうだな。」

 

新次郎の言葉に、昴は笑顔を返す。

かつての感情のない薄笑いではなく、希望の意志を込めて。

 

「………さて、僕はもう少し弾いていくよ。こんな素敵な音は、もっと聞いていたいからね。」

 

そう言ってピアノに戻る昴を見送り、バーを後にする。

程なく後ろから、先程の歌声が風に乗って聞こえて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に新次郎が足を向けたのは、自身の家屋もあるビレッジ地区だった。

普段は百貨店や図書館に多くの人が賑わう町も、今では鉄の臭いが染みついた空気が立ち込め、人の影も見えない。

 

『ザザ………ザ………ザザ………』

 

ノイズだけになったラジオの電源を切り、度々瓦礫に足を取られながらも歩く。

自分のアパートはさほどの被害はなかった。

やはり今年建てられたばかりだけあって、それなりに丈夫であってくれたようだ。

 

「………。」

 

だが、新次郎の表情は晴れない。

何故ならすぐ近くに、同僚の住むアパートがあったからだ。

 

「こ、これは………!!」

 

一見無事にも見える扉を潜った刹那、驚愕の光景が飛び込んできた。

僅か2か月前に訪れたばかりだった部屋は、目を疑う程の変貌を遂げていた。

窓から飛んできたであろう瓦礫が床に散乱し、大破したテーブルやイスの破片と混ざって歩く踏み場もない。

 

「あ、新次郎………。」

 

振り向くと、家主が陰りのある苦笑いでこちらを見ていた。

驚かない様子を見ると、既にこの惨状を知っていたのだろうか。

 

「ジェミニ、これは………。」

 

「うん………。最初に見た時はもっと酷かった。ラリーが無事だったから良かったけど………。」

 

ジェミニの言葉に、新次郎は悲痛な面持ちで部屋を見る。

街同様に見る影もなく壊された部屋。

あの時信長の復活を止められていたら。

それ以前に復活を阻止できていたら。

そう思うと、己の無知と無力が悔やまれてならない。

 

「新次郎。」

 

そんな新次郎に、ジェミニは言った。

 

「お願い、そんなに思いつめないで。こんな事になったのは信長のせいだよ。新次郎のせいじゃない………。」

 

「ジェミニ、でも………。」

 

耐えられず悔恨を口にしかける新次郎を、ジェミニは止めた。

 

「新次郎、前の事を思っても仕方ないよ。前を見よう。無くしたものは、取り戻せばいいんだからさ………。」

 

「え………。」

 

「過去は絶対に変えられない。でも、未来ならいくらでも変えられる。だからみんな、前だけを見て進んでるんでしょ?」

 

その言葉に、新次郎はハッと顔を上げる。

脳裏に過ったのは三日前のクリスマス公演。

いつか見た虹の都、オーバー・ザ・レインボー・サンシャイン。

いつか見た夢にきっとたどり着けると信じ、前だけを見てがむしゃらに進み続けるアメリカを体現したミュージカル。

そうだ。

いつまでも過去の敗北にこだわっていてはいけない。

何故なら自分は、戦わなければならないからだ。

この街の未来を取り戻し、多くの人の夢を取り戻すために………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アパート前でジェミニと別れてすぐ、新次郎は鼻腔を通る香ばしい香りに気付いた。

見ると先ほどまで人っ子一人いなかった百貨店の一角から煙が上がり、人だかりができている。

 

「あ、新次郎!!」

 

ふと、人だかりの真ん中でトレイを手に走り回る少女が名前を呼ぶ。

リカリッタだ。

 

「新次郎、もう歩いて平気か?みんなも心配してたぞ?」

 

「僕は平気だよ。それより、リカは何してるの?」

 

「リカ、みんなにご飯配ってる!お腹すくと元気でないからな。」

 

そう言われて改めて周囲を見渡す。

なるほど、よく見ると誰も皆食器を手に一列に並び、食事を貰っていた。

カップ一杯のスープと数切れのパンという簡素で量もないが、飢えを凌げると言うだけでも、その安心感は計り知れない。

 

「ようリカ、あらかた配り終わったぜ。」

 

「ホントか!? 早かったなヘビー。」

 

そこへふと、ドスの利いた声がこちらに飛んできた。

リカの言葉から知り合いと思い振り返る新次郎。

直後、驚きの人物が視界に飛び込んできた。

 

「あぁっ!! 貴方は確か模擬裁判の………!!」

 

「あん? そう言うお前は弁護人の兄ちゃんじゃねぇか。」

 

目の前の人物を指差し、新次郎は半分パニックに陥った。

それもそのはず。

リカリッタに親しげに声をかけた彼こそ、紐育全体を取り仕切るマフィアのボス、ヘビーフェイスだったからだ。

眉一つ動かさず引き金を引いては命を屠るマフィアの、それもボスが、こんなボランティアを行うとはだれが想像できるだろう。

よく見るとスープを配膳したりパンを切っている人も、何処となし眼光に鋭いものを感じさせる。

 

「ボス、全員分の食事配膳、終わりました!」

 

「よし、こっちにも3人分用意しろ。余った分はお前らで足しにしとけ。」

 

「へいっ、直ちに!」

 

気合の籠った返事を合図に、瞬く間に新次郎の下にもパンとスープが振る舞われる。

何ともシュールな光景に、新次郎は呆気にとられた。

 

「信じられねぇって面してるな?」

 

そんな新次郎の心の声を読み取ったかのごとく言い放ち、ヘビーフェイスは葉巻に火をつけた。

 

「知ってるか、兄ちゃん? マフィアってなぁ元は権力を傘に着た害虫を始末するために生まれたんだ。」

 

「それじゃあ、自警団って事ですか?」

 

「まぁな。普段は危ねぇお尋ね者だし、国の犬に力貸してやるのは掟破りだが………。」

 

盛大に煙を吐き、ヘビーフェイスは続けた。

 

「縄張りが荒らされたんだ。俺らが立ち上がっちゃ、おかしいか?」

 

「………いえ、ありがとうございます。」

 

眼光こそ鋭いままだが、何処か優しげな笑みを浮かべるマフィアのボスに、いつしか緊張は消えていた。

紐育に来て最初、新次郎はマフィアを凶悪な犯罪者集団という目で見ていた。

無理のない話ではある。

違法に武器や麻薬その他の密売や、暴力を武器にした抗争を繰り返す彼らが、この街の治安を乱さないとは決して言えないだろう。

だがしかし、こうして街が第三者の手によって危機に陥った時。

警察や軍隊といった正規の治安部隊に代わって街を守ってくれる存在。

言うなれば彼らは、必要悪な自警団というのが正しい位置づけであった。

 

「まあ、実際のところはアリエスのお嬢が駆け込んで来たんだがな。みんな腹空かせてるから、ハジキより飯を集めろってよ。」

 

「えっ!? リカリッタが!?」

 

突然の予想外の言葉に、新次郎は思わずスープを吹き出しそうになった。

すっかり忘れていたが、リカリッタの本職はバウンティ・ハンター。

極悪非道な賞金首をひっ捕らえて警察から謝礼をもらう賞金稼ぎだ。

その賞金首の多くは欲に溺れてマフィアから外れたならず者。

命より掟を重視するマフィアにしてみれば、身内粛清に大きく貢献している事にもなる。

ただでさえシアターに居る時以外は何処で何をしているか分からないリカリッタ。

新次郎の知りえない所で驚くような人脈の広げ方をしていても、不思議ではない。

 

「その通り!リカ凄いだろ?エッヘン!!」

 

「お嬢に逆らったらその金銀のハジキが眩しいからな。こっちだって無駄な勝負はしねぇのさ。」

 

まだ年端もいかない少女の言葉でマフィアが動く。

ともすれば紐育を震撼させかねない事実に驚くと同時に、新次郎はそこに形容し難い不思議な温かさを見た。

もしサニーサイド達がこれを知ったら、どんな顔をするだろうか。

そう思うと、思わず笑みが漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンとスープのお礼もそこそこに、新次郎は一路シアターへと踵を返した。

とりあえず紐育全体を一周できたからという建前はあるが、実際はそろそろ胸の傷が痛みだして来たのが一番の理由である。

 

「新次郎、戻ったのか。」

 

辛うじて残る入り口の扉を潜った所で、声が飛んでくる。

見ると、いつもより険しい表情の月組隊長がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。

 

「傷はもういいのか?お前が担ぎ込まれた時は、流石に肝を冷やしたぞ。」

 

「ご心配をおかけしました。加山さんこそ、事態の収束に当たっていたそうで………。」

 

自分の知らない3日間の間、戦っていたのは星組の仲間たちだけではない。

同じ霊的組織である月組もまた、然りなのである。

だが新次郎は、そんな月組隊長にある種の違和感のようなものを感じていた。

 

「………ところで、何かあったんですか?思いつめた顔してますけど………。」

 

「ああ………、今回の敵、信長についてだ………。」

 

こぼれ出た仇敵の名に、新次郎の表情が無意識に険しくなる。

400年の時を経て蘇った人ならざる魔人。

恐らく諜報部隊である身の上から、何らかの情報を掴んだのかと勘繰る新次郎。

だが、加山の答えは違った。

 

「新次郎………。司令に全てを聞いているなら、あの事も………、五輪の戦士を遣わしたのが天海である事は知っているな?」

 

「はい。本能寺で信長を討った光秀が、出家して徳川に仕えたんですよね?」

 

加山の言葉に、補足を加えつつ頷く。

五輪の祖先がかつて帝都の敵であった者とは些か驚きだが、それがどうかしたのだろうか。

 

「新次郎………。俺は僅かながら後悔している。」

 

「え?」

 

「あの時………、大久保長安が反魂の術を得ていたと分かった時、俺たちはその先を確かめようとしていなかった。奴が反魂の術を、一体どうやって知り、わが物にしたのか。それが分かっていれば、もっと早く手が打てていた筈なんだ………。」

 

「加山さん………。」

 

それは、若き自分達を陰で支える加山だからこその悔恨だった。

今回の敵、織田信長は、反魂の術を最初に成功させ、後の大久保長安がその書物を何らかの形で手に入れ、史実を歩む事となった。

つまり反魂の術を足掛かりに辿って行けば、覇者の剣に封印された魔王の正体に先だってたどり着く事も可能だったという事が出来る。

それが出来なかった己を、加山は恥じているのだろう。

 

「………すまん。いらん愚痴を聞かせてしまったな。」

 

「いや、そんな………。」

 

そう苦笑いを浮かべる加山に何と言葉を返してよいか分からず、言葉を詰まらせる新次郎。

すると、加山はふと真顔に戻って告げた。

 

「愚痴を聞いてくれた礼だ。先輩から一つ、アドバイスをやろう。」

 

「アドバイス、ですか?」

 

「………大神曰く、『負けてはならない時がある』。部隊を纏める者は、時として非情な現実の中で決断を下さなければならない。アイツも一度、それを誤って大切な物を失った。」

 

「………一郎叔父が?」

 

思いがけない人物の名前に、新次郎は目を見開いた。

初耳だった。

自身の尊敬する大神一郎が、そのような過去を持っていたとは。

 

「新次郎。お前はこの街のように夢を追い、ひたすら前だけを見て歩き続けている。だが現実は必ず応えてくれるとは限らない。時として現実は、夢を壊してしまう事だってある。」

 

「現実が、夢を………?」

 

「そうだ、新次郎。酷かもしれないが、お前は星組の隊長である事を忘れるな。どんな時でもくじけず諦めない根性はお前の素晴らしい所だが、それでも守れないものがこの世にはある。その時、隊長として決断しなければならない時、お前は迷うな。」

 

「決断………、しなければならない時………。」

 

「そして決断を下し、納得のいかない最後を迎えたとしても、決して目を背けるな。自分のして来た事、許せない事も、真っ直ぐ背負って前に進むんだ。そうすれば、お前の目指すでっかい男の背中も、きっと見えてくるだろう。」

 

いつになく重みのある言葉に、新次郎は無言で重々しく頷く。

すると加山は、顔の緊張を緩めて優しい笑みを返した。

 

「今の俺にしてやれるのは、これくらいだ。後は頼むぞ、新次郎………。」

 

だが心なしか、その笑みすら新次郎には陰りが見えた。

月組隊長の犯した本当の過ち。

それを、新次郎はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スターは………、直ってるみたいだな。」

 

加山と別れ、新次郎は相棒の眠る格納庫へ足を運んだ。

先の戦いで引きはがされたコックピットの装甲は新しい物に張りなおされ、光沢を放つ装甲には搭乗者の顔が見える。

 

「よお、怪我はもういいのかよ?」

 

背後から声が飛ぶ。

振り返ると、星組最後の戦友がこちらを見ていた。

向こうも頭に包帯を巻いている手前、同じ言葉を返したい所だ。

最も、それは向こうも同じなのだろうが。

 

「ええ、どうにか。ハワードさんこそ、その体でよく………。」

 

「ほとんど爺さんのおかげさ。おかげでチーフの立場丸つぶれだぜ。」

 

そう笑い、こちらに並ぶように歩み寄るハワード。

装甲に映る顔が、二つに増える。

 

「けど………、次が最後なんだよな。」

 

「はい………。」

 

「………緊張してるのか?」

 

「………はい。」

 

真顔で返事を返す。

そう。

実に7か月に及ぶ戦いも、勝つにしろ負けるにしろ、恐らく次が最後。

紐育華撃団最後の戦いが、明日に控えているのだ。

 

「俺もだ。………だが、少しだけホッとしてる所もある。」

 

ふと、乾いた笑いが漏れる。

 

「だってよ。もうこいつらも休めるんだろ?悪者とドンパチやり合う事も、人殺しとか難癖つけられる事も………。」

 

「………スターが、人殺し………?」

 

不意に零れた言葉に、新次郎は敏感に反応した。

そんなバカな。

星組の花形、霊子甲冑スターは今やこの街の希望。

紐育の未来と夢を守る希望の星なのだ。

それが何故、称賛を受ける事ならあれど、人殺しなどと罵倒されなければならないのだろうか。

するとハワードは、目の前の星を一点に見つめたまま、遠い眼差しで語り始めた。

 

「ちょうどいい、聞かせてやるよ。………あの時の、昔話をな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親父は、俺なんかじゃ足元にもならねぇ程の発明家だった。

このスターの原型、『スタア』なんて言うんだけどな。

当時の技術じゃ目からウロコの理論で、改良案を出してまんまと通りやがった。

あの頃はまだ戦時中だったからな。

霊子甲冑、昔は『人型蒸気』なんて呼ばれ方してたが、専らよその国を潰す兵器になってた。

んなバケモンをアメリカが作っちまったんだ。

他の国ももっと出来のいいバケモンを作ろうと躍起になった。

フランスのエトワール。

イギリスのスピリット。

ドイツのアイゼンクライトって具合にな。

そんな中で開発こそ先だったが、改良に遅れたアメリカは、自分のばらまいた殺戮機械に、首を絞められる事になったのさ。

当然アメリカも負けてられるかと慌てたさ。

だがその中で、親父は頑として改良には携わらないと断言しやがった。

おかげで親父は実家とも縁を切られるわ、仕事もなくなるわ。

それでも親父は笑ってやがった。

今がダメでも明日が良けりゃそれでいい。

そんな呑気な事ばかり言ってな。

それから俺が12の頃、親父は国の命令で、俺とお袋を連れて欧州の戦場に整備士として支援に行った。

それが世にいう欧州星組って訳だ。

親父は言ってた。

もうこいつらが人殺しと言われないようにする。

そのために一日も早く、戦争を終わらせてやるんだって。

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………親父の夢は終わった。支えてくれたお袋も一緒にな。」

 

「ハワードさん、それって………。」

 

言いかけ、思わず口をつぐむ。

戦争で夢が終わる。

その言葉と表情から、新次郎は今更ながらハワードが昔話をしたがらない理由を悟った。

 

「それから俺は、ラチェットに連れられる形でこの街に来た。ここなら人殺しだろうが化けもんだろうが、構わず受け入れてくれる街だからな。」

 

そう呟き、ハワードは左腕に引っ掛けられたアクセサリーを掴んだ。

 

「こいつはその時、親父の爺さんから形見に貰ったもんだ。親父が生まれて初めて作った星、『ミレニアムスター』。」

 

「………亡くなったんですか?ハワードさんのお爺さん………。」

 

「ああ。親父が死んだって聞いて精神的に参ったらしくてな。あん時はもう廃人状態だった。」

 

聞いているこちらが涙を誘われるような過去の傷を、ドライに話すハワード。

だが形見という夢の星を見るその表情は、何処となく安らぎを感じさせる。

 

「不思議なもんだよな。自分で馬鹿息子だと罵倒して追っ払ったくせに、その馬鹿息子のガラクタは死ぬまで離さねぇ。まあ、それを持ってる俺の言えた事じゃねえが………。」

 

言いつつ、ハワードは笑う。

それが何を意図してのものかは伺い知れない。

だがその笑顔の奥に、新次郎は言い知れぬ悲しみを見た。

 

「………親父は本当に不思議な男だった。自分で兵器を考えたくせに、機械は人を苦しめるためにあるんじゃないっていつも力説してやがる。お袋も黙ってついてくばかり。結局俺も、親父のやる事成す事をただ見てるしかなかった。」

 

その言葉に、新次郎は複雑な面持ちでスターを見る。

確かに聞いたことはある話だ。

元々自分達の前身、『欧州星組』は欧州大戦で連合国側に切り札として戦場をかけた部隊。

当然相手は人間。

その国の人間にしてみれば、人殺しと呼ばれても仕方ないのかもしれない。

 

「いつか機械が人を幸せにする世界にしたい。それが親父の口癖だった。」

 

「機械が、人を幸せに………。」

 

「馬鹿な親父さ。夢なんざ、叶えられなきゃ意味なんてねぇだろうに。」

 

哀愁の籠った嘲笑で、ハワードは言う。

機械が兵器として使われない世界。

言うなれば、それは邪悪の脅威や戦争のない平和な世界。

まだ先の見えぬ途方もない夢に、新次郎は圧倒されるしかなかった。

 

「今でこそこいつらは、人間の敵と戦うヒーローみたいに言われてる。だがふたを開けて見りゃ、戦う相手が人間じゃなくなっただけの話だ。………笑っちまうだろ?親父の夢は叶わねぇまんまだ。親父の作ったこいつらがある限り………。」

 

皮肉たっぷりに、だがどこか無念さを思わせるハワードの言葉から、新次郎はハワードの父親の人間像を想起した。

戦時中の兵器である人型蒸気を生み出し、尚且つ機械を争いに使う事を好まない平和主義者。

確か叔父の婚約者も、似たような思想の持ち主だと聞いたことがある。

 

「………新次郎、お前は親父に似てる気がする。」

 

「お父上に?」

 

「ああ、過去にとらわれず、現実にもはねつけて、ただ理想を追い続ける。周りから無理だと笑われようが罵倒されようが、お構いなしに突き進む。………いつかの親父を見てるみたいだぜ。」

 

言われて新次郎は、今のハワードの父の話と自分の行いを比べて見た。

具体的な根拠も、可能性もないのに、ただそれが理想だからとがむしゃらに突き進む。

こうして改めて考えると、確かに似通っているような気がしないでもない。

 

「だからかも知れない。お前を見てると、どんなに有り得ねぇ事でもホントになるような気がしやがる。………不可能が可能になるような、そんな気がな。」

 

「ハワードさん………。」

 

設計技士として優れた手腕と頭脳を発揮したハワードの父。

故人であるにも関わらず今もそこにいるかのような絶大な存在感を、新次郎は目の前に光る星に見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

「じ、地震!?」

 

何の前触れもなく、激しい震動が格納庫を襲った。

刹那、身震いする程に強烈な邪気が、外から流れ込む空気に乗って浴びせられる。

 

「野郎………、また何か仕掛けやがったか!?」

 

「ハワードさん、急いで外へ!」

 

言うが早いか、新次郎は格納庫の扉目指して疾駆する。

そして、絶望を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………遂に五輪の戦士が揃ったと言う訳か。だがワシとて以前と同じではないぞ………。」

 

目の前で不気味に揺らめく六つの炎を前に、魔王が呟いた。

魔城の頂を包む妖気が、俄に高まる。

 

「来たれ、我が第六天よ!その憎しみを解き放て!この世の全てを、喰らい尽くすのだぁっ!!」

 

邪悪な焦気の満ちた空間に、魔王の怒号が響き渡った。

刹那、六つの炎が螺旋を描いて屋根を越え、混沌の虚空を突き破る。

そして虚空の一点から、この世のものとは思えぬ程に醜悪な、一つの隕石が現れた。

灰色の骨のような殻に包まれた、漆黒の星。

それこそ400年前、五輪の戦士がすんでの所で食い止めた絶望の星。

魔星、『第六天』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………みんな、集まってくれたみたいだね。」

 

突如として作戦司令室に集められた面々を見渡し、サニーサイドが欠員を確かめる。

表情こそ変わらないが、その身に纏う空気の動揺は見間違いではないだろう。

 

「サニーサイド司令、あの隕石のような物は一体………!?」

 

魔城安土に続いて紐育に現れた謎の隕石。

その根源が魔城の頂に巣食う信長である事は違いないが、あれは一体何だというのか。

サニーサイドは、厳かな口調で答えた。

 

「第六天………。魔王の力の源であり、この世の負の力を具現化した存在だ。」

 

「確かに………。あの星からは、安土以上の強い憎しみを感じます……。」

 

邪悪の妖気に人一倍強いダイアナの言葉に、その場の誰もが息を呑む。

ただでさえ恐ろしい力を持つ信長に、あれほどの妖気の塊が後ろに立っては手に負えない。

 

「プラム、杏里、第六天の解析は?」

 

底知れぬ魔王の恐ろしさに戦慄する面々を見かね、ラチェットが横に控える虹組に問う。

得体の知れない相手に対抗する一番の手段。

それは持ちうる限りの常識で科学的に相手を分析し、特徴を押さえる事だった。

だが、虹組から返って来た返答は予想の斜め上を行っていた。

 

「………解析、不能なのよ。紐育上空にあるはずなのに………。」

 

「質量………、妖力値………、共に虚数値を示しています………。」

 

「………つまり、例の怪獣を召喚したものと同じ。言わば『虚数空間』という事か。」

 

隊員の中で辛うじて冷静さを保持している昴が、眉間にシワを寄せて解説する。

確かにリバティ島のガイガレードに始まる怪獣達はいずれも、空間を割った先にある別世界のような次元から襲ってきた。

言うなれば第六天は、同様の手段で信長が召喚した惑星単位の巨大生命体なのだ。

この世界に存在しない、『魔』そのものを呼び込むための。

 

「で、でも前は信長をちゃんと封印出来たんでしょ?なら………。」

 

「悪いが保障は出来ない。外伝にはこう記されている。『五輪の戦士、第六天の降臨寸前にて、魔王の封印を成す』とね。」

 

「それじゃあ、前は第六天が出る前に………!」

 

「そういう事だ。………どうやら完全に後手に回ってしまったようだね。」

 

サジータが言い終わる前に、サニーサイドは肯定の言葉を口にする。

400年前の戦いにおいて、五輪の戦士は第六天の召喚前に信長を封印していた。

五輪曼陀羅は信長を邪念ごと人柱に封じる事で成功する。

故に第六天を媒体に無限に等しい妖力を信長が手に入れた今、中核を成す光秀がいない五輪曼陀羅が成功する確率は著しく低くなる事を意味していた。

 

「………が、白旗を上げるにはまだ早い。」

 

作戦司令室の誰もが絶望しかけた一瞬、一筋の光明を射す人物がいた。

星組総司令、サニーサイドである。

 

「前回の五輪曼陀羅が失敗した時点で、第六天の出現は予期していた。と言っても、大河君以外には周知済みだけど。」

 

「えっ、みんなは知ってるんですか?」

 

「まあね。戦う以上、勝てる作戦は組んでるのさ。」

 

予想外の言葉に、新次郎は目を丸くした。

周知済みという事は恐らく自分の意識がない間に話したのだろうが、それ以前に今の信長に対抗する術が本気であるだろうか。

犠牲を伴う五輪曼陀羅無しで、第六天によって無限の妖力を手中に収めつつある今の信長に。

 

「それで作戦なんだが、実はある人物がカギを握る。」

 

「ある人物?」

 

「そう。作戦上最も重要で、且つ最も危険なポジション。秘密兵器って訳だ。」

 

やけに勿体振る言い方のサニーサイドに若干の不信感を覚えつつ、言葉の先を待つ新次郎。

すると、サニーサイドの口からある人物の名前が出た。

 

「そして、全容を聞いた上でそのポジションを引き受ける者が一人だけいた。………そうだね、ジェミニ。」

 

「………。」

 

サニーサイドに名前を呼ばれ、無言で頷くジェミニ。

心なしか、その表情はいつになく沈んで見える。

 

「………サニーサイド司令、作戦内容を説明して下さい。僕には全然分かりません。」

 

痺れを切らした新次郎はサニーサイドに尋ねた。

先程から司令席に座る男はいやに回りくどい言い方で本質的な話に入ろうとしない。

今の話で分かった事と言えば、組まれた作戦には一つだけ重要で危険なポジションがあり、それをジェミニだけが引き受けるという事だけだ。

 

「やれやれ、仕方ない。ジェミニ、君の口から教えてあげてくれないか?」

 

わざとらしく頭を振り、沈んだ顔のジェミニに丸投げするサニーサイド。

いつにも増していい加減な事を。

そう心の中でため息をつく新次郎だがその直後、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

「………陣の中央。六人目の………、人柱だよ………。」

 

 

 

 

 

その一瞬、新次郎は耳を疑った。

陣の中央。

六人目。

人柱。

僅かに震えた声で伝えられた三つの単語に、新次郎の目は驚きに見開かれた。

何故なら………、

 

「五輪曼陀羅………、人柱になって、信長を封印する役目だよ………。」

 

「五輪、曼陀羅………!!」

 

理解出来なかった。

そんな馬鹿な。

自分が夢で見た五輪曼陀羅の真実を、何故ジェミニが知っている?

それを知るのは自分だけのはず。

誰にも知られないようサニーサイドに口止めまで依頼して………。

サニーサイドに………。

激しく動揺する脳みそがそこまで思考を働かせた時、新次郎の脳裏に一つの解答が浮かび上がった。

信じられない。

だがそうとしか考えられない。

 

「司令!まさかあの事を………!!」

 

「ああそうさ、信長は不死の力を得た存在。五輪曼陀羅無くして倒せる相手ではない。」

 

眉一つ動かさず、ぬけぬけと言い放つサニーサイド。

新次郎は思わず立ち上がり、サニーサイドを睨み付けた。

 

「何故ですっ!?あの時僕は確かに喋るなと………!!」

 

「君は、何を勘違いしてるのかな?」

 

怒りに震える新次郎に、サニーサイドの冷ややかな視線が突き刺さった。

 

「あの時、ボクは『任せてくれ』と言ったが、『黙っておく』とは言ってない。何の問題もないだろう?」

 

「ふざけないで下さいっ!紐育のために、彼女に死ねと言うんですかっ!?」

 

「ふざけてなんかないさ。五輪曼陀羅は紐育を救う最も確実な方法だ。ジェミニもそれを承知で引き受けてくれたんだよ?」

 

目の前の男の一言一句に、新次郎ははらわたの煮えくり返るような怒りを覚えた。

この男は自分が何を言っているのか分かっているのか。

犠牲を知って五輪曼陀羅を敢行する事が、何を意味するか。

 

「それにね、大河君。」

 

拳に爪を食い込ませる新次郎に、サニーサイドは決定的な言葉を叩きつけた。

 

「紐育の未来のために、命を犠牲に出来るんだ。二階級特進なんてもんじゃない。紐育華撃団星組として、最高の名誉というものだろう。」

 

「くっ………!!」

 

その言葉に、脳裏にあの言葉が浮かんだ。

 

『武人とは仕える者に身も心も捧げてこそ。』

 

「貴方は………、」

 

『主のために死ねる喜び、大義と呼ばずして何とする。』

 

「貴方は………!!」

 

『ワシのために、死ね。』

 

「指揮官として失格だぁっ!!」

 

言葉と言葉が重なった一瞬、目の前が真っ白になった。

 

「ハァ………ハァ………!!」

 

気がついた時、新次郎は激しい呼吸に肩を上下させていた。

今、自分は何をしたのか。

その答えは、目の前に倒れている男を見るやすぐに理解出来た。

 

「………指揮官失格?君こそ隊長失格だな、大河新次郎少尉。」

 

赤く腫れ上がった左頬を乱暴に手の甲で擦り、サニーサイドが新次郎を睨んだ。

 

「彼女も、他のみんなも納得済みだ。人一人の命と紐育の未来、天秤にかける間でもないだろう。」

 

「命の重さなんて関係ないっ!仲間の命を見捨てて、何が星組だ!何が紐育華撃団だっ!!そんなもの、正義でもなんでもないっ!!」

 

「個人的な物差しで計るのはやめたまえ。君は星組の隊長だぞ?隊長として、紐育を守りたくないのかっ!!」

 

初めてサニーサイドが語気を荒げた。

確かに今の自分は星組隊長としてあるまじきかも知れない。

だがしかし、仲間を犠牲に紐育を救う方法だけは、絶対に認める事が出来なかった。

 

「仲間に死ねというなら、信長と同じだっ!貴方はみんなの命を何だと思っているんだっ!!」

 

「じゃあ聞こう。誰の犠牲もなく、信長を倒し、紐育の未来を取り戻す方法があるのか?」

 

その言葉に、今の今まで沸き立っていた頭が氷水を浴びせられたように勢いを失い、言葉を詰まらせた。

確かにそうだ。

サニーサイドの作戦を認めないと言うなら簡単だが、それに代わる作戦があるのかというと、見当もつかないのが現状だ。

 

「言えないだろう?言えるはずがない。君はいつも理想の綺麗事ばかり考えている。現実に目を向けたまえ。」

 

「くっ………!!」

 

「分かったら、大人しくしてもらおうか。悪いがこの作戦は決定事項だ。君の綺麗事を聞く気も義務もないんだよ。」

 

突き付けられた非情な現実に、目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局サニーサイドに押しきられる形で、五輪曼陀羅による安土強襲作戦は予定通り明日の正午に決行が決まった。

作戦決行までに少しでも体力を温存すべく、隊員達はシアター内で僅かな休息をとっている。

 

「………。」

 

そんな中、人の気配のない舞台の上で、一人胸を押さえて立ち尽くしている人物がいた。

先の作戦にただ一人反対した男、大河新次郎である。

 

『星組の隊長である事を忘れるな。隊長として決断しなければならない時、お前は迷うな。』

 

「加山さん………。でも、僕は………!」

 

数刻前の加山の忠告が脳裏に蘇る。

そうだ、自分は星組の隊長だ。

紐育華撃団星組として、自分はこの街を守らなければならない。

だが、そこまで自身で分かっていながら、新次郎はどうしても決断出来ずにいた。

 

「(出来ない………。ジェミニを犠牲になんて、僕には………!!)」

 

何か手はないのか。

五輪曼陀羅に頼らず、不死の肉体を得た魔王を倒す方法。

だが幾ら考えを巡らせても、有効な作戦には行き着かない。

現実は、どこまでも非情だった。

 

「新次郎………。」

 

後ろから弱々しい声が聞こえたのは、力なく項垂れた時だった。

振り向けば、作戦司令室の時と変わらない表情のジェミニがいた。

 

「お願い、自分を責めないで。これは、ボクが決めた事だから………。」

 

「ジェミニ………、本気なのか?本気で君は………!?」

 

嘘だと言って欲しかった。

自分で死ぬ事を決めたなんて、信じたくなかった。

だが、ジェミニは首を振ってはくれなかった。

 

「新次郎………。新次郎は星組の隊長なんだよ?紐育を守るのは、ボク達星組の使命でしょ?」

 

「使命って、そのために死ぬつもりなのか!?」

 

「分かって新次郎。信長を封印するにはそれしかない………。他に方法なんてないんだ………。」

 

分かっている。

だが認めたくない。

こんな形で彼女がいなくなるなど、考えたくない。

 

「………聞いて、新次郎。」

 

ふと、ジェミニは新次郎を見つめ、微笑んだ。

思わず目を逸らしてしまう程に艶やかで美しい笑顔。

だがそれは、今の新次郎にはとても儚く見えた。

 

「さっき作戦司令室でボクを庇ってくれた時、ボク………泣きたい位嬉しかった。新次郎はこんなにボクの事、大切に思ってくれるんだって………。」

 

「ジェミニ………。」

 

「ボク、この街に来て本当に良かった………。星組になれて、仲間も出来て………。何よりも、新次郎に会えた。」

 

「だったら………何で笑ってられるんだよ!? そんな幸せが無くなるかも知れないのに、何で………!!」

 

胸に込み上げる熱い何かを感じながら、新次郎が叫ぶ。

何故ジェミニなんだ。

何故彼女がこんな目に遭わなければならないんだ。

師匠を失って、紐育の街で必死に生き続けて、やっと夢をその手で掴んだばかりなのに。

 

「夢を見ていたと思えばいいよ………。少しの間だけど、素敵な夢を………。」

 

そんな新次郎に、ジェミニは言った。

 

「目を覚ましたら、いつもの紐育と明日が待ってる。ただ………、それだけだよ。」

 

「ジェミニ………、ジェミニッ!!」

 

もう限界だった。

胸の中の熱い何かが爆発し、新次郎は目の前の少女を細い両腕で抱き締める。

 

「夢なんかじゃない!夢であってたまるか!!」

 

「新次郎………。」

 

「ジェミニ、聞いてくれ。あのクリスマスイブの夜、僕は会ったんだ。君の姉さんに、ジェミニンに!」

 

「………、お姉ちゃんに………!?」

 

突然出てきた姉の名前に、ジェミニの表情が驚きに変わる。

新次郎は続けた。

 

「ジェミニンは消えてなんかない。君が一人で歩いていけるように、今もこうして君を見守ってるんだ! そして自分の代わりに君を守って欲しいと、そう言った。」

 

「そんな………、お姉ちゃんがそんな事………。」

 

明らかに動揺し始めるジェミニ。

新次郎は僅かにジェミニの身体から離れると、しっかりと見つめ、言った。

 

「ジェミニ、僕は君の姉さんと約束したんだ。彼女に代わって、僕が君を守るって。」

 

「新次郎………。」

 

「だから死ぬ覚悟なんかするな!君だって、本当はそんな事望んでないんだろう!?」

 

そう叫んだ刹那、今度はジェミニが胸に飛び込んで来た。

微笑みを無くした顔に、涙を湛えて。

 

「新次郎………、ボクも………ボクも死にたくなんかない!! この街でずっと………みんなと、新次郎とずっと一緒にいたい!!」

 

肩を震わせながら、嗚咽混じりの本心が聞こえた。

 

「でも………、でもボクのために紐育やみんながいなくなるなんて嫌………。だから………、だからボク………。」

 

「ジェミニ………。」

 

背中に手を回し、優しく髪を撫でる。

 

「君が来るまで僕も、考えてた。司令の言う通り、君を犠牲にして、平和を取り戻した紐育を。」

 

「………。」

 

犠牲という言葉に、ジェミニの肩が一瞬強張る。

新次郎は続けた。

 

「でも、分からないんだ………。君のいない紐育で、僕がどうしているか。」

 

「え………?」

 

「考えられないよ………。ジェミニ、君のいない紐育は考えられない………!綺麗に笑ってる君が溢れて、何も………、何も考えられないんだ!!」

 

無意識に抱き締める腕に力が籠る。

目の前の笑顔を離したくない。

声にならない心の叫びが、涙となって溢れ出す。

 

「ジェミニ、僕は星組の隊長として紐育を守る。そして大河新次郎として、一人のでっかい男として君を………、大好きな君を守って見せる!!」

 

腕の中の少女の身体が、また強張った。

それを肌に感じ、新次郎は今更ながら己の感情の全てを理解した。

そうだ。

自分はジェミニが好きなんだ。

一緒にいられて嬉しいのも、艶やかな微笑みに照れるのも、こうして失う事を頑として許さないのも、好きだから。

 

「し、新次郎………、今………!?」

 

「好きだっ!君が好きだっ!こうして泣ける位に………君が好きで堪らないんだっ!!」

 

最早ジェミニに聞こえているかすら、どうでも良かった。

ただ思いの奔流を溢れさせ、楽になりたかった。

そうしてひとしきり愛を叫び、気付けば無言でただ抱き合うばかり。

 

「………新次郎。」

 

そんな新次郎に、ジェミニは耳元で囁きかけた。

 

「ありがとう………。ボク………、嬉しい………。」

 

「ジェミニ………。」

 

答えは聞かずとも分かっていた。

自分と同じように背中に手を回し、こちらに身を任せるジェミニ。

その身体をただ、離すまいと包み込む。

 

 

 

 

 

その時、誰もいないはずの客席から突然拍手が巻き起こった。

 

 

 

 

 

「え………?」

 

抱き合ったまま、何事かと視線を移す二人。

すると、一番前の客席に並んで座る、五人の観客の姿があった。

 

「新次郎、ジェミニ、アタシらも付き合うよ。」

 

「昴は思う。誰かを命を踏み台に得る勝ちは真の勝ちではない………。」

 

「リカもそう思う!みんなリカの家族、誰もいなくなって欲しくない!」

 

「命あるものは生きる事を諦めてはならない。そうですよね?」

 

「この街と一緒に夢だけを追い続ける。俺達なら………、やれるさ。」

 

「みんな………、ありがとう。」

 

サジータ、昴、リカリッタ、ダイアナ、ハワード………。

共に激励の言葉で答える仲間達に、新次郎はまた胸の温もりを実感し、そして確信する。

夢を描き、未来を信じる心がある限り、不可能などないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝、新次郎を先頭に、星組の面々は作戦司令室に顔を揃えていた。

その視線の先には、左頬の腫れがひかない総司令の姿がある。

 

「………それで、君達の結論は?」

 

薄笑いを浮かべたまま、サニーサイドが問う。

答えたのは、先頭の隊長見習いだった。

 

「僕は、自分の考えが間違っているとは思いません。みんなで生きて帰って来る。これが僕の正義です!」

 

「これは新次郎だけじゃない。アタシら全員の総意でもある。」

 

「勝てる可能性はある。例えそれがどんなに低かろうと、僕は勝てると信じる。」

 

「リカ、みんなと一緒がいい。一緒にいたいから戦う。」

 

「どんなに苦しくても、最後まで足掻き、戦い続ける………。それが生きる事だと、私は教えられました。」

 

「根拠なんざねぇ。………あるのは理想、信念。それで充分だ。」

 

「サニーサイドさん、ボクもやっぱりみんなと別れたくない。生きて、またこの街で生きていきたい!」

 

新次郎に続く形で、次々に意見を述べる隊員達。

勝算も可能性もない。

あるのは未来に夢見る理想と、それを掴み取る決意だけだ。

 

「どんなに小さな可能性でも、それを信じて戦い続ける………。それが僕達、紐育華撃団星組です。」

 

「信長を止めない限り第六天は止まらない………。勝算はあるのかい?」

 

「分かりません。分からないからこそ、その勝機に全てを賭けます!」

 

「この最終作戦に二度目はない。………ハラキリでは済まされないぞ?」

 

「ハラキリとは責任を逃れる言い訳じゃない。必ず成し遂げるという信念の事。僕達は絶対に勝つ!………そして、生きて帰って来ます!」

 

鋭い眼光の忠告をものともせず告げる新次郎。

僅かな沈黙を置いて返って来たのは、満面の笑みだった。

 

「………なるほど、それが君の強さ。理想を追うからこその可能性。不可能を可能にする強さという訳か。」

 

何かに納得するように呟くサニーサイド。

先程までの薄笑いとは明らかに違う笑みが、そこにはあった。

 

「………分かった。大河君、ボクも信じよう!君の覚悟と、星組の可能性に!!」

 

「………サニーさん!!」

 

その言葉に、新次郎の表情は瞬く間に明るく光る。

頑として五輪曼陀羅の作戦を曲げなかったサニーサイドが、遂に折れてくれた。

それで現実が好転したとは言えないが、それでも新次郎には奇跡の序章にすら感じていた。

 

「………だが、信長を倒す前に第六天が墜落すれば、どのみちアウトだ。まずはこれを抑えなければならないね………。」

 

「確かに………。」

 

混沌の空に現れた魔星『第六天』。

それは昨夜の出現から僅かずつだが、確実に紐育の大地に接近しつつあった。

つまりその接触を阻止又は妨害出来なければ、ようやく見えた勝利の灯火も消え失せてしまうのだ。

五輪曼陀羅の犠牲で頭が一杯になっていた新次郎を始め、誰もが苦悶の表情を浮かべる。

と、それを見かねたサニーサイドが言った。

 

「………だから、ボクが時間を稼ごう。その間に安土に突入し、信長を倒す。………出来るかい?」

 

「はい………、必ず、必ず成功させて見せますっ!!」

 

「分かった。………それじゃあ大河君、最後に一つだけいいかい?」

 

力強く答える新次郎に、サニーサイドが不意に人差し指を立てる。

刹那、予想だにしない言葉が飛んだ。

 

「大河新次郎少尉。貴官を現時点を以て、紐育華撃団星組隊長に任命する!」

 

「え………!?サニーサイド司令、それは………!!」

 

「そういう事。試験は無事合格さ。みんなで生きて帰って来る。最高の解答をくれたからね。」

 

余りに突然の言葉に、新次郎はまたも喜びより驚きを表情に出してしまった。

何の事はない。

自分が五輪曼陀羅を使うか使わずに戦う道を模索するか、試していたのだろう。

サニーサイド自身、最初からジェミニを犠牲にするつもりなどなかったのだ。

それを理解し、新次郎は震える程の喜びを実感した。

 

「さあ、紐育華撃団星組、ラストステージの幕を上げよう!大河隊長、出撃命令を頼む!!」

 

「みんな、僕達は絶対に生きて帰る!生きて未来を掴む!そのために、力を貸してくれ!!」

 

決戦の時は来た。

サニーサイドの言葉に背後の仲間達に振り向き告げる新次郎。

すると仲間達の口から、熱い魂の返事が返って来た。

 

「もちろんさ。アタシらは全員で星組だ。今までも、これからも………!!」

 

真実を見逃さぬ烈風の星、サジータ。

 

「滅亡が紐育の運命だとしても、私達なら変えられるはずです………!!」

 

命の全てを愛し守る慈愛の星、ダイアナ。

 

「昴は信じる。今の僕たちに、不可能はないと………!!」

 

無限の進化を続ける天才にして変革の星、昴。

 

「俺達で掴んでやろうじゃねぇか………。紐育の未来を、この手でよ!!」

 

燃えたぎる拳を豪快に振るう灼熱の星、ハワード。

 

「リカ、信じてる!みんなと一緒なら、絶対に勝てる!!」

 

二つの引き金で獲物を逃さぬ狩人の星、リカリッタ。

 

「行こう、新次郎!ボク達の、夢を切り開くために!!」

 

未来を生きる事を約した無双の星、ジェミニ。

 

「今の僕達は無敵だ!信長を倒し、紐育に平和を取り戻す!!」

 

そして無限の可能性を秘めた希望の星、新次郎。

紐育の存亡をかけた決戦の火蓋が、遂に切って落とされた。

 

「絶対に生きて帰る!紐育華撃団星組、出撃っ!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

<続く>




《次回予告》

紐育の命運を賭けた最後の戦い。

どんなに苦しくても、僕は絶対に諦めない!!

僕はでっかい男になるんだっ!!

次回、サクラ大戦5。

《SAKURA Wars》

紐育華撃団星組、レディ・ゴー!!

摩天楼に、バキューン!
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