摩天楼の星   作:サマエル

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SAKURA Wars~摩天楼のサムライ~:1/2

1928年12月28日、マンハッタン島上空およそ5000フィート。

無数の悪念機が群がる曇天の下を、唸りを上げて突き進む一機の飛行船があった。

紐育華撃団星組の誇る武装飛行船エイハブ。

全長150メートルもの細長い船体の横に構えた上下9門にもなる機銃と大砲が絶え間なく火を噴き、迫りくる魔の手先を次々と蹴散らす。

そしてそのエイハブを守護するかのごとく周囲を旋回する、七つの星があった。

 

「大河君、現在の高度5000フィート突破。あと7000フィート上昇するまで時間を稼いで!」

 

「了解ですっ!みんな、残り7000フィートの上昇まで耐えきるんだ!!」

 

「「イェッサーッ!!」」

 

紐育の命運をかけた最終決戦。

それはサニーサイドらが第六天の接近を妨害する間にエイハブで安土城に突入し、その頂にて待つであろう信長を撃破するという、言葉にすれば至極単純なものだ。

だが絶えず降下を続ける第六天より先に安土にたどり着けるかは時間勝負。

一分一秒を争う状況に、新次郎は悪念機の待ち構える安土の真ん前から正面突破を敢行。

無数の悪念機の妨害を掻い潜り、安土城への接近を試みたのである。

 

「ミフネ流剣法………!」

 

「いい構えだ!」

 

「リカも行くぞぉっ!!」

 

四方八方前後左右、全長150メートルの様々な場所から一斉に襲い掛かる悪念機達を、巧みなコンビネーションで瞬く間に葬り去る星組。

抜群のチームワークもそうだが、事前のこのような大規模な攻撃を想定して考えたフォーメーションも大きな勝因と言えるだろう。

エイハブの心臓とも言うべき上部の蒸気弁を新次郎が絶えず防衛し、右翼と左翼にそれぞれ3機のスターを待機。

状況を適宜分析し、現れた悪念機の種類や数、方角に対応し、適材適所に仲間を入れ替えているのだ。

故にエイハブは、この混沌に包まれた黒雲の中を大きなダメージもなく突き進んでいた。

 

「法の裁きを………!」

 

「受けてみやがれっ!!」

 

「ここが見せ場です!!」

 

だがしかし、これ程の念密な作戦と抜群のチームワークを以ってしても、圧倒的不利な戦況を打開するまでには至らなかった。

敵もこちらの位置に気付いたらしく、悪念機に混ざっていくつもの浮遊機雷を召喚。

下手に連携弾幕に巻き込もうものなら周囲を無差別に爆発に巻き込んでしまうのだ。

更に周囲を見渡す限り数えきれない数の悪念機が顔を揃え、次第にこちらの焦燥感を煽ってくる。

エイハブも強化した装甲版にいくつも凹みや煤が付き始め、確実に星組は追い込まれ始めていた。

 

「………こちらリトルシップシアター本部!現在地点より北西11時方向に巨大妖力反応を確認!!」

 

「まっすぐエイハブに向かってるわ!!タイガー、気を付けて!!」

 

それは高度8000フィートに到達し、僅かに安土の影が見え始めた直後の事だった。

絶え間ない爆撃とエイハブのプロペラ音が鳴り響く所に、本部の虹組から緊急連絡が入ってきたのだ。

こちらに向かってくる妖力を纏った何か。

警戒する星組の前に、それは雲を切り裂き現れた。

 

「あれは………、怪獣かっ!?」

 

それは遠目から見ても分かるほどに禍々しい、怪獣然とした生物だった。

燃え盛る炎を思わせる頭とその全体を取り囲む襟巻のような翼。

翼を広げる四本の脚と、ギラリと光る鋭い牙。

これこそモンスアーガーに続いて虚数空間より呼び出された生体兵器。

火炎飛龍、『ゲルカドン』である。

 

「グアアアアッ!!」

 

65メートルもの長身が繰り出す凄まじいまでの咆哮。

刹那、その波動に乗って灼熱のブレスが襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エイハブの出撃から僅かに15分。

作戦司令室は今までにない緊迫した空気に包まれていた。

悪念機の猛攻。

エイハブの破損状況。

それに拍車をかけるかのごとく現れた大怪獣。

全ては予想の範囲内であるが、流石にここまで追いつめられたのは初めてだ。

 

「怪獣の攻撃、始まりました!エイハブ右舷のエンジンが発火!!」

 

「マズイわ………、完全にエイハブの進路を妨害してる!」

 

絶えず虹組から伝えられる劣勢の報告。

脳内でいくつもの戦況と己の予想を照らし合わせ、サニーサイドは決断したように立ち上がった。

 

「………よし、プラム。ホワイトハウス宛にホットラインを頼む。」

 

「ホ、ホワイトハウス!? って事はアレを? マジで!?」

 

聞くや、プラムが驚愕に目を見開いた。

ホワイトハウスと言えば言わずもがな、アメリカ大統領の別荘地。

そこに紐育華撃団星組総司令が連絡を入れ意味を、虹組は知っていた。

 

「そういう事。そろそろあいつらも………。」

 

「サニーサイド司令!!」

 

言いかけた時、不意に扉が開き、一人の男がせきを切った様子で駆け込んでくる。

オールバックの茶髪に白スーツ。

諜報部隊月組隊長、加山雄一だ。

 

「やあ加山君。という事は、例の奴は完成したんだね?」

 

「ええ、既に準備は完了しています。直ちに現地へ移動を!」

 

「分かった。しかし今外は物騒だからね。ちょっとばかり護衛を頼むよ?」

 

何やら意味深な言葉を交わし、加山の先導で作戦司令室を後にするサニーサイド。

時間稼ぎの手段は揃った。

あとは、タイミングだけだ。

 

「(大河君、キツイかもしれないが………、後少しだけ耐えてくれよ………。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンハッタン上空、1万フィート。

安土城を目前にして現れた魔の刺客に、星組は早くも圧倒された。

何せ相手は全長65メートルを誇る反則級の怪物だ。

幾ら歴戦の星組と言えど、無傷での撃破は不可能に近い。

 

「こいつで吹き飛べっ!!」

 

「バッキューン!!」

 

火力に優れたサジータとリカリッタが左右から同時に霊力のミサイルを撃ち込む。

だが敵は黒煙の中から悠々と反撃を仕掛けてきた。

 

「グアアアアッ!!」

 

体を激しく回転させ、周囲に超高温のブレスをまき散らすゲルカドン。

辺りの悪念機も巻き込みながらこちらをあしらう様は、神話に名を残すドラゴン張りの迫力と威圧感さえ感じさせる。

力押しでは勝てない。

そう確信を抱かせるほどに。

 

「クソッ! このままじゃ突入どころか全滅だ………!!」

 

「何とかして怪獣の攻撃をこちらに向けさせましょう! これ以上エンジンをやられたら上昇も出来なくなるっ!!」

 

星組の取った奇策。

それは敢えて至近距離まで接近して敵の注意を引き、その隙にエイハブを突入可能高度まで上昇させるというものだった。

時間的制限がある以上、ここで怪獣の撃破を狙うのは厳しい。

ならば程々に相手をし、倒すにしても安土の地を踏んでからにするのがセオリーというものだ。

とはいえ、この作戦自体もそうたやすいものではない。

まず単体で凄まじい戦闘力を発揮するゲルカドンを至近距離で誘導する以上、最悪そのメンバーの撃墜も考えられる。

更にその間、エイハブの護衛は明らかに減る事になる。

未だ悪念機の猛攻も激しさを増す中、果たしてこのフォーメーションを崩して持ちこたえられるか。

不安は尽きない。

だが迷う時間はない。

新次郎の下に、一人の人物に通信を繋げた。

 

「大河………、僕が敵の注意を引く。その隙にエイハブを可能な限り上昇させろ。」

 

「昴さん!?」

 

かなりのリスクを背負う役を買って出たのは、昴だった。

昴の霊力はやや特殊で、陽炎のように障害物をすり抜け、相手をかく乱させるのに適した能力を持つ。

昴はこれを利用し、ゲルカドンの注意を引く時間稼ぎをしようと考えたのだろう。

 

「しかし危険すぎます!さっきの攻撃にスターの装甲だけではとても………。」

 

「だが他に方法はあるまい。安土についたとしても、信長は満身創痍で相手に出来る存在ではない。危険だが………やるしかない。」

 

「昴さん………。」

 

決意の眼差しでこちらを見るモニターに、一瞬躊躇う新次郎。

だが次の瞬間には、しっかりと見据えて言った。

 

「昴さん………、約束は、守ってもらいますよ?」

 

「昴は答える。お前もな。」

 

言うや、紫のスターが動いた。

天空を舞う風の如く、流れるような動きで怪獣の周囲を飛び回る。

獲物を頭ではなく本能で追うゲルカドンは、ものの見事に引っかかった。

 

「今ですラチェットさん!エイハブを!!」

 

「分かったわ。エイハブ、急速上昇します!!」

 

新次郎の言葉を受け、一人飛行船の操縦に当たるラチェットがエンジンのリミッターを外してレバーを倒す。

刹那、生き残った3機のエンジンが唸りを上げ、150メートルの巨大飛行船がゆっくりとだが上昇を開始した。

既に現時点で高度は1万フィート。

突入可能な1万3千フィートまでは少なく見積もっても3分はかかる。

ここが正念場だ。

絶え間ない猛攻の嵐に焦燥の汗を拭う事も忘れただひたすらに飛び続ける7つの星。

だがその時、恐れていた事態が起きた。

それまで昴のランダムスターに目の行っていたゲルカドンが、動き始めたエイハブに気付いて襲い掛かってきたのである。

 

「………、マズイ! くるぞっ!!」

 

最初に気付いたサジータが叫ぶ。

同時に下方から紫色の霊力を纏ったスターが神風の如く飛び込んできた。

 

「させるかっ! 走馬灯っ!!」

 

三つに分裂したランダムスターが、背後から一斉に大怪獣目がけて飛び込む。

一瞬の間を挟み、その襟巻の翼に三つの大きな風穴が出来た。

 

「グアアアアッ!!」

 

だが、ゲルカドンの戦闘本能はそんな事では収まらなかった。

それどころか明らかに闘争心を剥き出しにし、当たり構わず火炎弾を飛ばしまくる。

これでは攻撃や注意を引くどころか、近づく事さえままならない。

そしてそこへ、更に追い打ちをかける事態が発生した。

 

「な、何だあれは!?」

 

その瞬間、新次郎は顔面蒼白になった。

何と、安土城の周辺の槍という槍から高濃度の妖力が壁となってせり上がり、たちまちドーム状のバリアを形成してしまったではないか。

これでは安土内部の突入はおろか、ゲルカドンの攻撃を凌ぐ事さえままならない。

 

「グアアアアッ!!」

 

遥か下方より迫りくる大怪獣と、周囲を取り囲む無数の悪念機。

星組は早くも、絶体絶命の危機に追い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、マンハッタン島より南西に2キロの地点に浮かぶリバティ島。

混沌に包まれてなおそびえ立つ自由の女神の真下に、サニーサイドはいた。

 

「………月組隊長、加山だ。指揮官にお目通り願いたい。」

 

すかさず守衛の開けた道を、案内役の加山を先頭に小走りで進んでいく。

すると30秒もしない内に扉に突き当たり、それを開くと管制塔らしき広々と開けた部屋が見えた。

 

「やあキース。もう1年ぶりになるけど、元気そうだね。」

 

その管制塔の中心に立つ人物に、サニーサイドは親しげに声をかけた。

するとその人物も、こちらを振り向いて僅かに口角を上げて見せる。

 

「フッ、そう言うお前も、その薄笑いは変わってないな。」

 

葉巻がよく似合ういかつい印象の大柄な男。

その胸に付けた勲章から、海軍の中でもとりわけ上位に位置する人物と分かる。

彼の名はキース=ラディッツ中佐。

現アメリカ海軍の中枢を担う正規部隊のトップに位置する人物だ。

彼とサニーサイドは、かねてからの友人という間柄だった。

正規部隊を取りまとめるタカ派として有名なキースと、霊的組織の総司令という特異な立場に立つポーカーフェイスが有名なサニーサイド。

ともすれば差し当たって何も共通点の見いだせぬこの二人が何故友好関係を持っているのか、知る者はあまりに少ない。

 

「で、来て早速で悪いんだけど………。」

 

「分かっている。今起動準備に取りかかっている所だ。」

 

そう答え、キースは視線を友人から正面に移す。

七色の光がせわしなく動き回る超大型の特大電子パネル。

そしてその周囲を必死に走り回る部下の海軍士官たち。

このリバティ島の地下施設には、賢人機関でもトップシークレットとして扱われる重要機密が存在する。

それこそサニーサイドの切り札。

希望の星を戦場へと導く秘密兵器が、この自由の女神の真下に眠っているのである。

 

「中佐! 起動準備及び照準特定、完了いたしました!!」

 

「よし、総員配置! 我らアメリカの力、とくと見せてやれ!!」

 

目の前のマイクを通して海軍中佐が大声を響かせる。

刹那、眼下の仕官達が熱気を帯びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あそこか!!」

 

起動開始からおよそ2分弱。

自由の女神の真下へ続く通路を駆け抜けたサニーサイドが見たのは、今にも落ちそうな程に痛めつけられたエイハブの姿だった。

王やハワードを中心に最大限強化した装甲版は遠目からでも分かる程に大きく変形し、機体を支えるエンジンも4基中3基が沈黙し、残る1基も火の手が上がっている。

これでは飛行能力を失うまで1分もないだろう。

 

「………待たせたね、大河君。」

 

だが、サニーサイドは笑っていた。

標的がバリアを展開し、その前を大怪獣が構える鉄壁の布陣。

一見すれば打つ手のないように見えるこの状況こそ、星組総司令の狙っていた瞬間だった。

 

「見せてあげよう、このマイケル=サニーサイド、一大オンステージを!!」

 

いつになく高いテンションで叫ぶサニーサイド。

刹那、驚くべき事が起こった。

何と背後に構える自由の女神象の腕が、ゴリゴリと音を立てて動き始めたではないか。

鯉を呼ぶ要領で両手を叩くと、女神が同じように固く大きな手を叩く。

するとその目の前に、とんでもない大きさの鯉が、飛沫を立てながら海を割って現れた。

いや、ただの鯉ではない。

尾びれの横に取っ手と引き金を携え、大きき開かれた口には大砲の砲台が備え付けられている。

これこそサニーサイドとキースが共同で進めた都市防衛の切り札。

かつてフランスで生み出された退魔兵器を輸入し、独自の技術で極限まで進化させた究極の兵器。

 

対魔防衛兵器、『ネオマキシマ砲』である。

 

「さあ始めよう! イッツ・ショータイム!!」

 

サニーサイドが叫ぶや、砲台の左右に並ぶ鯉の目の部分にいくつもの赤い光がピコピコと動き始めた。

花の都パリにおいて絶大な力を振るったマキシマ砲。

サニーサイドはその威力はもちろん、内部構造にも大きな進化を生み出した。

それが対象を設定するだけで砲台のコンピューターが自動的に軌道修正を行う照準システムである。

これにより、実に1万フィートも離れた標的にも、寸分違わず攻撃を命中させる事が出来るのだ。

標的を怪獣とその奥に張り巡らされたバリアに定め、自由の女神がその引き金を手をかける。

刹那、圧縮された霊力の凄まじい一撃が、一条の閃光となって天空の大怪獣を狙い撃った。

 

「グアアアア………!!」

 

直径40メートルにもなる光の弾道が一瞬にしてその全身を包む。

轟く怪獣の断末魔。

閃光はそれすら掻き消し、背後のバリアを直撃。

数秒の拮抗を挟み、妖力のドームがガラスの如く砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぬかったわ。あのような物を隠していたとは………。」

 

砕け散る妖力の壁を前に、信長は一人呟いた。

五輪の戦士の他に真紅の巨人が現れた事は承知済みであるが、それ以外にこれ程の兵がいたとは些か計算外ではある。

おかげで安土に触れる事すらなく沈むと思っていた船はまんまと城前に上陸してしまった。

中に潜む件の戦士らがここを襲撃するのは時間の問題だろう。

 

「………仕方あるまい。」

 

やや不本意ではあるが、背に腹は代えられない。

信長は背後に広がる陣に向かい、精神を集中した。

すると目の前の四つの陣が浮かび、空間が歪む。

そして、悪夢のような光景が広がった。

 

「今一度、ワシの覇道のために剣を取れ。我が僕、『悪念五人衆』よ………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終作戦開始から30分。

バリアを抜けると同時に飛行能力を失ったエイハブは安土の砂利の上を豪快にバウンドして動きを止めた。

やがてその周囲に、同じくバリアを突破した7つのスターも無事に着陸する。

 

「みんな、無事か!?」

 

素早く一か所に集まって点呼する新次郎。

先ほどの援護攻撃の一瞬、通信にノイズが発生して音信が途絶えていた。

恐らくサニーサイドの援護攻撃なのだろうが、これで仲間にもしものことがあれば一大事だ。

 

「ああ、何とかな。」

 

「僕も無事だ。」

 

「リカもーっ!!」

 

周囲を一回りして仲間全員の無事を確かめ、新次郎はとりあえず胸を撫で下ろす。

ゲルカドンの攻撃や安土を包むバリアに阻まれた時はどうなるかと焦ったが、幸いにもサニーサイドのおかげで最初の難関は突破できたようだ。

 

「みんな、気を付けて!! 周囲に敵が集まり始めたわ!!」

 

一瞬の安堵に浸る星組に、エイハブからラチェットの通信が飛び込んできた。

見ると、四方八方から討ち漏らした悪念機の大群が群れを成してこの安土に集結しつつあった。

少なく見積もっても300以上。

まともに相手にしていたら日が暮れてしまうだろう。

そんな仲間たちを見かねてか、ラチェットは言った。

 

「大河君! 直ちに安土に急行しなさい! 建物の中なら、相手も簡単には侵入できないはずよ!!」

 

「しかし、それではラチェットさんが………!!」

 

突然の命令に、新次郎は戸惑った。

確かにラチェットの提案は正論だ。

古来から少数の兵で大多数の敵を相手にするときは室内に立てこもって戦うのが定石と言われている。

こうして開けた屋外よりも全体を壁に阻まれた室内の方が、壁が防壁替わりになって有利に戦えるためである。

特に今回は第六天接触を阻止するために一刻も早く信長の下へたどり着き、その首を上げなければならない。

だがしかし、エイハブは今飛行能力の全てを失った状態だ。

自分たちが安土に突入すれば、ラチェットはこの悪念機の大群の中に孤立してしまう。

只でさえ死地ともいうべきこの空間に、最早非戦闘員も同然のラチェットを残して良いのか。

だがかつて同じ立場で指揮を執った彼女は、それ以上の躊躇いを許さなかった。

 

「大河君、何を迷っているの!? 今は一刻を争う事態なの! 紐育を守るために私一人の安否を気遣っている暇はないわ!」

 

「それでも、見捨てるわけには………!」

 

「大丈夫。エイハブの脱出ポッドはまだ生きてるから、それで下へ降りるわ。大河君、心配いらないわよ。」

 

元気づけるようにモニターに笑顔を見せるラチェット。

それでも若干の不安はあるが、新次郎はそれ以上迷うのはやめた。

 

「………分かりました。ラチェットさん、どうかご無事で………!!」

 

「ええ。みんなも、生きてまた会いましょう!!」

 

既に悪念機の壁に安土の入り口は遮られつつある。

ようやく掴んだ勝機をこんな所で離してたまるものか。

新次郎は二刀を抜き、叫んだ。

 

「僕を先陣に強行突破します! 行きましょう!!」

 

「「イェッサーッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう目の前に見えると言うのに、安土までの壁は恐ろしく遠かった。

倒しても倒しても後から湧き出る悪念機。

序盤こそ勢いを武器に突き進んではいたものの、次第に数の多さに動きが鈍り始め、遂には入り口とおぼしい空洞まで100メートルもないと言うところで完全に膠着状態に陥った。

互いに背中合わせになって迫りくる悪念機を片っ端から仕留めていくも、これでは戦況も悪くなるばかりだ。

 

「くそっ! 一体何匹いるんだ!?」

 

「手を止めるな! 今隙を見せたら押し切られるぞ!!」

 

曇天での死闘から僅かに疲労の見え始める隊員達。

だがその中で、一人突破口を開く人物がいた。

紐育華撃団きっての切り込み隊長、ハワード=アンバースンである。

 

「だったらこっちが押し切ってやらぁ!! バーニング・ウェーブ!!」 

 

両手を叩きつけた地面から一気に溶岩の波が押し寄せ、前方の悪念機を瞬く間に押し流す。

その一瞬、入り口までの道が開いた。

 

「今だっ! 走れぇっ!!」

 

新次郎の怒号を皮切りに、一斉に入り口目がけて駆け出す星組。

だがその最後尾にいたハワードだけは入り口で踏みとどまり、入り口を守るように立ちはだかった。

 

「ハワード、どうしたの!?」

 

不可解な行動にでたハワードを訝しみ、ジェミニが尋ねる。

すると、通信モニターに驚きの返事が返ってきた。

 

「………俺が残って食い止める。お前らは先に行け。」

 

それは、ともすれば自殺宣告にも等しい言葉だった。

今なお数えきれないほどの悪念機の群れをたった一人で相手にするなど、無謀以外の何物でもない。

だがハワードは、背を向けたまま言った。

 

「安心しろ。何も全部片づけるたぁ言ってねぇ。そこそこ相手したら追っかけるさ。」

 

「ハワードさん………。」

 

「行けよ。………墜ちても死なねぇのは、俺の専売特許だろ?」

 

いいつつ拳をちらつかせ、ニヤリと笑って見せるハワード。

新次郎はその顔に頷き、指示を出した。

 

「行きましょう。ハワードさん、この場は頼みます! 絶対に無理しないでください!!」

 

「イェッサー!!」

 

信じよう。

ラチェットもハワードも、自分よりキャリアも経験も豊富なベテランだ。

非常時の対応ならいくらでも知っている。

この街と、人々の未来を切り開くためにも、今は信じよう。

少しでも揺らげば振り向きそうな心をぐっと押さえつけ、星組は走る。

 

「最も、そん時まだ動けたら、だがな。」

 

拳を構える切り込み隊長が、小声で呟くのにも気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新次郎の心配に反し、悪念機はエイハブの周囲を訝しげに歩き回りはしたものの、攻撃を加える様子はなかった。

恐らく動きを止めてしまったため、攻撃対象から外れてしまったのだろう。

どの悪念機も、専ら安土へ突き進む星組を阻止せんと追撃を始めている。

 

「………。」

 

窓からその様子を冷めた目で見送り、ラチェットは傾いた船体を慣れた手つきで移動を始めた。

幸いにもバウンドして叩きつけられる際に船体が右側に傾いてくれたおかげで、左側の脱出ポッドは使用可能となっている。

そこを使えば簡単に戦線離脱できるだろう。

 

「………。」

 

だが、その最後の扉を開こうとした刹那、ふと取っ手に掛けた手が止まる。

外から聞こえる激しい剣戟、爆発、蒸気の噴き出る音。

この船の内部にまで聞こえてくるのだから、その激しさは語るまでもないだろう。

 

「………みんな………。」

 

思わず安土のある方角を振り向き、死地へ赴いた部下たちを思う。

もし自分に霊力があれば………。

もし自分に戦う力があれば、今すぐにでも助けに行けるのに。

戦場を知る者として、まだ年若い彼らに全てを託してしまう事が、やむを得ない事だと分かっていても歯がゆくて仕方なかった。

力が、自分に力があれば………。

そう思うと、今こうして脱出しようと試みる自分が、とんでもない悪人のように思えてしまう。

まるで敵地にいる味方を見捨てて逃げる逃亡兵のように。

 

『お前の知らないところで、俺が………俺が別人みたいに変わったら………、お前はなんて思う?』

 

「………愚問だわ。だって貴方………。」

 

ふと先日、格納庫で聞かれた言葉を思い出す。

自分が別人のように変わっても、今までのように受け入れてくれるか。

愚問だと、ラチェットは思う。

何故なら………。

 

「ハワード………。」

 

今は敵地にて死闘を繰り広げているであろう戦友を思い出し、問いかける。

当人が見れば、驚くほどにか細い声で。

 

「私も………、もう一ど貴方と………。」

 

刹那、何かを決意したような視線が、格納庫を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔城、安土。

遂に突入を果たした魔の巣窟は、以前にも増して醜悪且つ強烈極まりない邪念の妖気に満ち溢れていた。

 

「安土………。この最上階に信長が………。」

 

今いる場所からでもヒシヒシと伝わってくる邪気に、両手に握る二刀にも無意識に力が入る。

だが彼らは知らなかった。

その身に感じる邪気の正体が、一人ではないという事に。

 

「………奥から妖力反応あり!何かいるぞ!!」

 

最初に気付いた昴が叫び、他のスターも臨戦態勢に入る。

何せこれまで激しい妨害を行ってきた悪念機の軍勢だ。

当然この建物の内部にも罠や伏兵を忍ばせているに違いない。

悪念機か。

それとも新手の兵器か。

徐々にこちらに近づきつつある妖力の正体を推理しつつ、一塊になって待ち構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、そこに現れた人物は、その予想の全てに反する者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………マズイ、散れっ!!」

 

昴の言葉に、6機のスターが一斉に散開する。

刹那、それまで彼らのいた地点に漆黒の稲妻が飛来、大爆発を引き起こした。

もし直撃していれば、決して無傷では済まなかっただろう。

だがそれ以前に、昴とサジータ、そして新次郎は今の攻撃に言い知れぬ懐かしさとゾクリとした悪寒を感じた。

得体の知れない怪物を想起しての恐怖ではない。

その正体を過去に知り、その正体に対して抱いた恐怖だ。

そして、恐怖は現実となった。

 

「………久しいのう、紐育華撃団。」

 

「お、お前は!!」

 

その姿を目の当たりにして、最初に叫んだのはサジータだった。

 

「な、何!? 新次郎、知ってるの!?」

 

「うぅ………、何という邪気………。まるで全てを力で押さえつけようと言う程に………!!」

 

新次郎たちとは対照的に、面識のないジェミニらは戸惑いの表情を以って相手を見る。

だが、新次郎達は答えない。

否、答える事さえできないのだ。

そんなバカな。

奴が生きているはずがない。

だが目の前のその姿は、記憶のそれと明らかに一致していた。

女性らしからぬ長身を包む不格好な漆黒の鎧。

身の丈はあろうかという巨大な剣。

そして猛り狂った猛獣の如き眼光。

その姿、決して見間違いなどではない。

 

「悪念五人衆、『黒龍姫』。信長様の命により、今一度現世に蘇りたり。」

 

「黒龍姫………、生きていたのか!!」

 

以前と何ら変わらぬ尊大な態度で剣を持ち上げ、その切っ先をこちらへと向ける。

 

「紐育華撃団、今こそその首、このわらわが斬りおとして進ぜよう!!」

 

刹那、啖呵に呼応するかの如く稲妻が襲い掛かった。

何とか紙一重でそれを避けるも、雷は絶え間なく飛んできて休む間もない。

 

「(くそっ! こんなところで時間を食う訳にはいかないのに………!!)」

 

依然として好転しない戦況に、新次郎は焦りを感じ始めていた。

ただでさえ入り口でハワードが無数の悪念機の大軍を相手に孤軍奮闘しているこの状況。

一刻も早く最上階にたどり着き、信長を仕留めなければならない。

だが以前この手で倒したはずの黒龍姫が待ち構えているとは、とても予測しうる事態ではなかった。

下手に隙を見せれば瞬殺されるほどの相手。

しかし時間をかけられない状況。

それらは確実の心の中に焦燥を生み、判断を誤らせる。

 

「隙ありっ!!」

 

「なっ、ぐああっ!!」

 

その心に出来た一瞬の隙を、黒龍姫は見逃さなかった。

たちまち漆黒の稲妻が唸りを上げて包み、激しいスパークを起こす。

 

「新次郎っ!!」

 

ジェミニが思わず飛び出すが、それより先に2撃目の稲妻が襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させるかぁぁぁっ!!」

 

怒号と共に横から飛び出した鎖が剣を巻き取り、黒龍姫の動きを封じ込めた。

雷はフジヤマスターから僅かにずれた地点を直撃し、煙を上げただけに終わる。

 

「サジータさん!!」

 

モニターの映像に何が起こったのかを察し、新次郎は叫んだ。

先の一瞬、新次郎を救ったのはサジータだった。

横から鎖を放って剣の軌道をずらし、雷の着弾点をずらしたのである。

 

「ええい小癪な真似を!!」

 

折角の機会を潰された怒りを露に、鎖を伝えに電撃を浴びせる黒龍姫。

たちまち漆黒の源流が漆黒のスターを駆け抜ける。

 

「サジータさん!!」

 

「皆さん、援護を………!!」

 

断続的に電撃を浴びせられるサジータに、慌てて二刀を構える新次郎。

だが、それは他ならぬサジータによって阻まれた。

 

「来るな、新次郎!!」

 

「えっ………!?」

 

「コイツ一人のために全員でやるのはフェアじゃねぇ。アンタは信長をぶちのめせ!曼荼羅を使わねぇんなら構わないだろ!?」

 

「し、しかし………!!」

 

「いいから行け!! 奴をぶちのめしたらすぐに追いかけるっ!!」

 

絶え間ない電撃の嵐を物ともせずに、もう一方の鎖を相手に巻き付けて完全に動きを封じ込めるサジータ。

有無を言わせぬ彼女の言葉に胸を詰まらせ、新次郎は決断した。

 

「行きましょう! サジータさん、無事でいてください!!」

 

信頼の言葉を残し、奥へと続く階段へ疾駆する星組。

その最後の背中を見届けた後、サジータは黒龍姫を解放した。

 

「ハァ………、ハァ………!!」

 

内部から全身を焼く痛みに耐えながら、憤怒の形相で睨む黒龍姫を含み笑いで見返す。

どうもコイツとは縁があるらしい。

生来の暴走族としての血が俄かに沸き立つのを。サジータは実感した。

 

「フッ、つまらぬ友情ごっこという訳か。まあ良い、貴様から最初に始末してくれるわ。」

 

少なからずのダメージを受けたこちらを見下し、不敵に笑う黒龍姫。

だがサジータもまた、笑みを以って返した。

 

「いい気になんなよ、クソババァ。テメェなんざアタシ一人で十分だ。」

 

「言うてくれる。わらわをコケにした罪、今ここで裁いてやろう!」

 

再び剣の切っ先をこちらに向けて笑う黒龍姫。

痺れの取れない手で操縦桿を握りしめ、サジータは静かに呟いた。

 

「………さぁ、開廷の時間だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に何匹倒したかなど、分からなくなっていた。

音もなく、雄叫びもなく襲ってくる悪念機を片っ端から殴り、蹴飛ばし、叩き潰す。

漆黒の渦の中で赤く輝くそれは、まるで光のない宇宙に熱く燃えたぎる星の様だ。

 

「チッ、しつけぇ野郎どもだっ!!」

 

無駄口を叩きつつも、拳に込める霊力に抜かりはない。

灼熱の霊力を帯びた拳の一撃は、悪念機の装甲に容易く風穴をこじ開け、そこから粉々に爆砕する。

だが一匹潰す間に別の方角から不意打ちを食らい、灼熱の星は次第に追い詰められつつあった。

 

「ぐあっ!?」

 

何体目かの悪念機を鉄くずに変えた時、背中に重い一撃が見舞われた。

総重量4800㎏を誇る巨体が一瞬宙を舞い、轟音を上げて地面に叩きつけられる。

 

「ぐっ………!!」

 

痛みと振動で一瞬麻痺する体に鞭を打って立ち上がり、入り口のある場所を睨む。

刹那、我先にと入り口に急ぐ悪念機の集団が見えた。

 

「ナメんな、こなくそぉっ!!」

 

その一瞬、痛みも忘れてバーニングスターが雄叫びを上げ飛び掛かった。

洞穴に入りかけた悪念機を纏めて吹き飛ばし、その場に仁王立ちになる。

 

「なめんじゃねぇぞ………!! アイツらだって信じてんだ………!! 俺だけ情けねぇ醜態晒せるかぁっ!!」

 

汗の噴き出る両肩を激しく上下させ、ハワードが叫ぶ。

メカニックチーフとして、これ以上の戦闘継続は極めて危険だ。

既に霊力も半分以上消費している上に、全身の装甲にひびが入りつつあるこの状況。

これが通常の戦闘であったなら、即座にエイハブに撤退を提案していただろう。

だが今は、今だけは諦める訳にはいかない。

彼らに約束したのだ。

彼らの背中を守って見せると。

この血も涙もない悪魔の軍勢を、一匹たりとも先にはいかせないと。

スターの限界が来ようと知ったことか。

役立たずのまま終わろうが構うものか。

ここで彼らの約束に応えて見せる。

絶対に生きて、後から追いついて見せる。

もう既に限界を迎えつつある己を、ハワードは精神力だけで支えていた。

 

「俺は倒れねぇ………!! テメェら全員鉄くずに変えてやるまで、絶対倒れねぇっ!!かかってきやがれぇっ!!」

 

疲労でよろけそうな体に鞭を打ち、再び拳を握って構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

こちらに向かって来た悪念機数体が、突然爆発して動かなくなったのだ。

自分は何もしていないのに、一体どうした事か。

よく見ると、どの悪念機にもギラリと光る何かが刺さっているのが見える。

 

「………怪我はない、ハワード?」

 

「なっ………!!」

 

空を切って突然割り込んできた影に、ハワードは驚きの余り声を失った。

何故ならそれは、自分の記憶が正しければもう動く事のなかったはずの機体だったからだ。

素材のシリウネス鋼のそのままの配色を施した銀色の装甲。

左右に備えられた十本の投擲用ナイフ。

見間違いなどでは決してない。

それは7か月前、リバティ島の戦いを最後に封印されたはずのシルバースター。

そしてその中から通信を繋げてきたのは、そのかつてのパイロット。

紐育華撃団星組副指令、ラチェット=アルタイルだったのだ。

 

「良かった。何とか間に合ったみたいね。」

 

「ラチェット、お前どうして………?」

 

自らを庇うように立つシルバースターとそのパイロットに、ハワードは今まで沸騰していた頭が一気に冷めていくのを自覚した。

無理もない。

パイロットの霊力低下で起動不能だったはずのスターが、こうして自分を助けに来るなど誰が予想できただろうか。

それに先ほど戦線離脱するはずだった彼女が何故………。

 

「詳しい話は後よ。立てないなら下がって。」

 

だが向こうは、それ以上考える事を許してはくれなかった。

ナイフを手にこちらを庇うように悪念機の軍勢と対峙するラチェット。

ハワードは僅かに笑うと立ち上がり、シルバースターの隣に立った。

 

「馬鹿言え。最前線は俺の専売特許だろうが。」

 

「なら良かった。」

 

強がってみせるハワードに一瞬笑顔を見せ、ラチェットは表情を鋭いものへ変えた。

 

「それではこれより、敵悪念機を撃退します。ハワード、パターンZ!」

 

「イェッサー!!」

 

久しぶりに聞く命令に何処か懐かしさを感じつつ、拳を握りしめるハワード。

かつて欧州大戦にてその名ありと謳われた欧州星組。

その華麗にして勇猛な雄姿が、混沌の城にて蘇った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サジータに黒龍姫を託し、上へと続く階段をひたすらに走る。

悪念将機がないとはいえ、黒龍姫の戦闘力はかなりのものがあった。

入り口で今も尚戦っているであろうハワードの安否も気になる。

 

「………止まれ、大河!!」

 

傷心の思いで階段を登り終えた時、真後ろの昴が叫んだ。

刹那、誰もが反射的に足を止め、奥を睨む。

やはりいた。

日の指さぬ暗い室内の中央に佇む、異形の存在。

 

「………来たか、紐育華撃団星組。」

 

「お前は、髑髏坊!?」

 

その姿に、星組はまたも驚愕した。

何故ならそこにいたのは、悪念五人衆の一人にしてリカリッタの父を殺害した憎き仇、髑髏坊だったからである。

黒龍姫とタメを張る巨体と、常識はずれの金棒は以前のままだ。

 

「ここで会ったが百年目! 今こそこの髑髏坊の名誉、返上してくれる!! 覚悟は良いな!?」

 

昔と同様に豪快に金棒を振り回して啖呵を切る髑髏坊。

が、やはり頭は足りていないのか、奇妙な言い回しが引っ掛かった。

 

「名誉は挽回するものだ。返上してどうする。………やはり貴様は学が無さすぎるな。」

 

「………。」

 

以前にも聞いたような酷評に一瞬、その場の空気が凍りつく。

そして、髑髏坊のおつむは大噴火した。

 

「ムガー!! 復活早々恥を掻かされたのである!! 紐育華撃団、覚悟ぉっ!!」

 

案の定逆ギレを起こして突進して来た髑髏坊をあっさりと避ける。

すると勢い余った髑髏坊はそのまま壁に身体が激突。

その衝撃で一部の壁が崩落し、2メートルの巨体が瓦礫に埋まる。

それから向こうはうんともすんとも言ってこない。

 

「………先に進みましょうか。」

 

何とも間抜けな髑髏坊に呆れてため息しか出てこないが、とりあえずこの場をほぼ無傷で脱する事が出来たのは大きい収穫だろう。

何せこの髑髏坊、頭は弱いくせに力だけはデタラメに強く、生身でスターと互角以上に渡り合って見せたほどの強敵なのだ。

それだけの相手にこのような形で苦戦なく勝利できたのは、ある意味奇跡と言うほかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………だが、相手は馬鹿でも甘くはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!! 危ない、新次郎!!」

 

奥に続く階段を上り始めた時、最後尾にいたリカリッタが叫んだ。

同時に後方から飛来する何かに気付き、反射的に二丁の銃で即座に撃ち落とす。

新次郎たちの背中を狙ったそれはリカリッタの銃弾によって上に軌道を逸らされて通路の上に着弾。

瓦礫の山を生み出し、リカリッタを残して奥の通路を完全に封鎖してしまった。

 

「リカッ!?」

 

突然の出来事に驚き、瓦礫の奥から叫ぶ新次郎。

だがリカリッタが返事を返す前に、その背後から凶悪な笑い声が轟いた。

 

「ガハハハハ!! まんまと罠にかかったな、紐育華撃団!!」

 

それは、先ほど自爆して瓦礫の中に埋もれたはずの髑髏坊だった。

全身を覆い隠さんばかりの骸骨の仮面を体に張り付け、目の部分から砲身を覗かせる二本の大砲でこちらを睨む。

これこそ以前ウォール街の戦いで日の目を見る事が出来なかった髑髏坊の自称悪念将機『岩融』である。

間違っても『髑髏坊が仮面をつけただけ』などと言ってはいけない。

 

「瓦礫に挟まれてはどうしようも出来まい。その量の瓦礫をどかすのは俺様でも恐らく不可能! 故にお前たちはそこで仲間がやられる所を見ているしかないのだ! 流石は俺様、天才的閃きである!!」

 

勝ち誇ったように笑う髑髏坊。

確かに完全に道を塞いだ瓦礫をどかすのは簡単ではないし、それを仲間が襲われている間に行うなど不可能に近い。

が、この作戦にはたった一つ、大きな落とし穴があった。

 

 

 

 

 

 

「し、しかし………、それでは向こう側からもこちらへ通って来られないのでは?」

 

 

 

 

 

 

それを口にしたのはダイアナだった。

確かにそうだ。

こちらが通り抜けできないのは仕方ないとして、髑髏坊でも瓦礫をどかせないのでは向こうもこちらに攻撃できない事になる。

しかもこの通路は上に続く階段だ。

つまり………、

 

「ギャボーッ!! 大誤算である!! これでは俺様も通れないのである!! 閉じ込められたのである!!」

 

「………お前、もうちっと勉強しろ………。」

 

敵でありながら情けなささえ感じてしまう程に惨めな髑髏坊に、リカリッタもそう慰めるのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて戦乱の渦中を、風の如く優雅に、そして苛烈に駆け抜けた者達がいた。

世界初の霊的組織、欧州星組。

平均年齢僅か9歳と言う余りにも幼い5人の隊員で構成された彼らは、鋼鉄のドレスを身に纏って数多の戦場を縦横無尽に駆けたという。

その中でもとりわけ作戦の中核を担う、二人の人物がいた。

 

「そこっ!!」

 

ラチェット=アルタイル。

当時11歳にして星組の隊長を務めた秀才であり、とりわけナイフの投擲術においては他の追随を許さない。

 

「どけえぇっ!!」

 

ハワード=アンバースン。

当時10歳にして星組5人目の隊員に抜擢された元整備班助手であるが、その星組一を誇る霊力を以って繰り出す拳の一撃は、如何に厚い装甲さえも容易く打ち破って見せたという。

その戦火の歴史にすら名を残す二人の最も得意とする戦法が、パターンZで呼ばれるこの戦術だった。

接近戦において無類の強さを発揮するハワードが前衛に立って敵をせき止めた所を、後ろからラチェットがナイフで急所を突き、致命傷を負わせる。

そうして瀕死になり動きが鈍った所を、すかさずハワードがトドメを刺す。

霊子甲冑の防御力を飛躍的に上昇させるハワードの霊力と、敵の動きと特徴から確実に弱点を見抜いてそこを突くラチェットの技量。

その双方が揃って初めて成せる、星組の真骨頂である。

かくしてその一騎当千を誇る無敵のフォーメーションの前に、数に物を言わせて進撃をつづけていた悪念機を嘘のように容易く屠られ続けていた。

 

「………懐かしいな。」

 

その何体目かの敵を吹き飛ばした時、ハワードが不意に笑う。

 

「こうしてると、昔を思い出すぜ。お前と二人で、いつ死ぬかも分からねぇ戦場を駆けてたあの頃をな。」

 

「ええ、そうね。絶えず私をあなたが守り、私がその背中を守り続けてきた。あの戦火の中、それだけが支えだったわ。」

 

激しい戦闘の手を止めぬまま、互いに笑いあい、言葉を交わす。

戦場には似遣わぬ笑顔。

だがそれも、互いに信頼し合えるからこその物。

共にいればこの戦場から必ず生還できる。

根拠など何処にもない。

ただこれまでの事実と信頼の情が生んだ慣習の様な物だ。

だが二人とも、この絶対的不利状況すら打開できると、心のどこかでその確信を抱いていた。

 

「私達の理想を継いでくれたあの子達のために、勝つわよ、ハワード!!」

 

「ああ、俺たちは負けねぇ! 俺たちを受け入れてくれたこの街を守るためにも、こんな所で負けてられるか!!」

 

僅かに勢いの衰え始めた悪念機の軍勢を前に、白銀のナイフが光り、真紅の拳が唸りを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

髑髏坊をリカリッタに任せ、星組本隊は一抹の不安を感じつつもようやく安土城中層に当たる三階に足を踏み入れた。

 

「………何だ、この異様な邪気は………?」

 

部屋全体から漂う背筋が凍るほどの悍ましい殺気に、誰もが警戒する。

これに留まらず、この部屋は先の階層とは似て非なる相違点がいくつも見受けられた。

陽の差し込む窓がないとはいえ、部屋の置くどころか一寸先も見えない程の闇に閉ざされた部屋。

スターのカメラをズームにしても、モニターにはただ薄気味悪い漆黒が映し出されるばかり。

それに先ほどから嫌に耳に入り込んでくる、虫が地面を這うようなグチャグチャという気持ち悪い不協和音。

まさかこれは………。

脳裏に過去のワンシーンが過ったその時、不協和音を奏でていた漆黒の楽団が牙を剥いた。

 

「なっ………!?」

 

身構える間もなかった。

たちまちスターの全身を無数の黒くて小さな何かが張り付き、ブンブンとうるさい羽音がけたたましく響く。

同時に星組は、急激な体のだるさに襲われ始めた。

 

「ホッホッホッ………!! 生きながらにして食い尽くされる苦しみはいか程じゃ、紐育華撃団!!」

 

「くっ………、夢殿………!! やはり、お前の仕業か………!!」

 

予想していた最悪の展開が的中し、新次郎は悔しげに歯を噛んだ。

黒龍姫、髑髏坊とかつての五人衆が待ち構えていた時点で、ある程度の予想は出来ていた。

彼らとの戦いで傷ついた自分達を徹底的に痛めつけるべく、信長は夢殿をこの場所に置いたのだろう。

ただでさえこれまでの戦闘で疲弊しつつある自分達にとって、霊力を食らう彼女の蟲はあまりにも脅威だ。

 

「ホッホッホッ!! あな嬉しや!! まろの顔に泥を塗った貴様らが、まろの手の上でもがき、苦しんでおるわ!!」

 

全身をまとわりつかれ、霊力の全てを根こそぎ奪い取られる星組の姿に、夢殿は癇に障る笑い声を上げた。

可能なら今すぐにでも一太刀の下に斬り捨ててやりたい所だが、全身を包む倦怠感が邪魔をして思うように動けない。

 

「………紐育華撃団。まろは地獄の底でも一寸たりとも忘れた事はなかった。貴様らに踏みにじられた、まろの喜劇の舞台を!!」

 

狂ったように笑い続けていた夢殿が表情を一変させ、憤怒の形相でこちらを睨みつけた。

それに合わせ、耳元で絶え間なく鳴り響く羽音が勢いを増す。

何とか振り払おうと刀を振るうも、一瞬で霧散する蟲が相手では有効な攻撃にはなりえない。

 

「さあ悶えろ! 苦しめ! 泣き叫べ!! そうして醜くまろに命乞いをしろ!! これぞ最高の喜劇ではないか!!」

 

「くっ、このままじゃ………!!」

 

片膝を着き、新次郎が夢殿を睨む。

本当はこんな所で立ち止まっている場合ではない。

入り口で下層で今も懸命に戦う仲間達のため、一刻も早く最上階に到達しなくてはならないのだ。

だが霊力の蝕まれた今の戦力でこの蟲の雲を突破するのは、ハッキリ言ってほぼ不可能。

気合いと根性だけで乗り切って来たツケが、思いもよらない形で現実になってしまった。

 

 

 

 

 

だが、この危機的状況に立ち上がる人物がいた。

 

 

 

 

 

「大河さん………、諦めては、いけません………!!」

 

「………、ダイアナさん!?」

 

絶えず周囲を忙しなく飛び回る蟲をかき分け、一つのスターが前に進み出る。

星組の回復担当、ダイアナの操るサイレントスターである。

 

「大河さん、貴方は私に教えて下さいました。その命の輝きがある限り人は、生きる事を諦めてはならないと。」

 

「ダイアナさん………。」

 

「今度は私が貴方を支える番! 貴方を必ず、行くべき戦場へ導いて見せます!!」

 

自身もまた蟲の渦に霊力を蝕まれつつある身でありながら、自らを盾にするかのように正面に立つ。

刹那、命の輝きが慈愛の星を包んだ。

 

「命の奇跡を今こそ!フォト=リメディエーション!!」

 

サイレントスターがその身に纏った霊力を、一声を以て一気に解放した。

万物を癒し、汚れを浄化する神秘の波動が部屋全体を覆い尽くし、たちまち蟲の黒雲を掻き消す。

それだけではない。

黒雲の元凶たる夢殿の身体を波動が包み、妖力の拡散を妨害して見せたのだ。

 

「ぐうっ!? おのれ………、いつぞやの小娘かっ!!」

 

「………霊力が、戻ってくる………!!」

 

これこそ正に、奇跡と言う他なかった。

先程まで敗北すら思わせた現実は、変えられた。

目の前に立つ、命の輝きによって。

 

「大河さん、ここは私が抑えます! 早く信長の下へ!!」

 

「そ、そんな、ダイアナさんまで無茶です!!」

 

夢殿を押さえ込んだまま叫ぶダイアナに、新次郎は思わず叫び返した。

冗談ではない。

先のサジータらはともかく、ダイアナは本来前線で敵と戦うタイプのスターではないのだ。

いくら先を急ぐとはいえ、お世辞にも防御力が高いとは言えない彼女を一人残して行けるのか。

だが、ダイアナの意志は固かった。

 

「かつてある方に教えられました。人が死ぬのは、何かを諦めたその時だと。」

 

「ダイアナさん、それは………。」

 

「私は諦めません!必ず生きて、貴方の下へ辿り着きます!」

 

その言葉が、新次郎に何かを決断させた。

無言で頷き、奥に見えた階段目指して駆け出す。

後ろは、振り向かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安土城4階。

この建物が史実のそれと同義であるなら、残り一つの階層を挟んで天守閣の最上階が見えてくる。

以前はその5階を直接襲撃したため、恐らく間違いはないだろう。

最も、ただで通れるなどという考えはもう持てないが。

 

「………やはり来たな、紐育華撃団。」

 

「………東日流火………!!」

 

その4階で待ち構えていたのは、やはりかつて一戦を交えた人物だった。

悪念五人衆、『東日流火』。

豪華客船を利用してこちらを周到な罠に嵌めた策略家だ。

 

「どうやら獲物は………三、か。いや、結構結構。そうでなくては殺し甲斐がないというものだ。」

 

かつて船上で相対した時と何ら変わらない悪どい笑みで、こちらを品定めする。

やはり彼も夢殿同様、以前の負け戦を相当根に持っているようだ。

 

「だがそれもここまで。この東日流火が、一人残らず灰にしてくれよう。」

 

「出来るのかな?策を弄さずして冷静な思考すら保てない策略家に。」

 

その内部に潜む激情を刺激しようと、昴が挑発的な言葉を返す。

こうした知略に優れた人間程、得てして予想外の事態に陥った時の動揺は激しい。

かくいう東日流火も例に漏れず、2か月前のアッパー湾での戦いでは自滅という何とも惨めな醜態を晒している。

だが流石に同じ轍は踏まないという事なのか、知将の返答は意外にも冷静だった。

 

「ククク………、今の貴様ら程度に何の策を用意する必要がある。それに、油断はするなとお前から教わったはずだがな、九条昴。」

 

端正に整った口元が俄かに角を上げる。

刹那、背後で突如として爆発が起こり、またしても下層へ続く階段が埋められてしまった。

 

「み、道が………!!」

 

「何の真似だ、東日流火!?」

 

思いも寄らない事態に戸惑いながらも、その仕掛け人であろう敵を睨む。

何か企みに成功したような、うすら寒い含み笑いが返ってきた。

 

「見ての通りさ。貴様らのお仲間が見なくて済む用意だ。」

 

「用意?何の………!?」

 

言いかけたその時、部屋の奥で何かが渦を巻くように歪んだ。

刹那、歪みの中央が一瞬灯がともったかのように光る。

その時だった。

 

「これから始まる………、地獄の事さ。」

 

「!! 来るぞっ!!」

 

東日流火が言い終わらぬ内に、歪みの中から地獄の業火が唸りを上げて襲ってきた。

幸いにも咄嗟の散開で回避には成功したものの、星組に走る動揺は大きい。

何故なら………、

 

「虚数空間の召喚に必要な条件はない。この閉鎖された空間の中、どれだけ生き延びられるかな?」

 

言うや、明後日の方角から今度は弾丸が刃の一撃が襲い掛かった。

もし直撃すれば、軽く真っ二つになっていただろう。

だが避けたかと思えば、直後に背中に弾丸が浴びせられた。

 

「立ち止まるな大河! この空間では逃げ場もない。動きを止めれば狙われるぞ!!」

 

「しかし、ここまで隙がないと………!」

 

「で、でも………、急がないとみんなが………。」

 

叱咤を飛ばす昴に、ジェミニが戸惑いの声を上げる。

ただでさえ仲間が自分達を信じ、自らを犠牲に戦っているのだ。

焦って気ばかりがはやる。

それは冷静な思考能力を奪い、判断に一瞬の迷いを生む。

そうなればそれこそ、奴の二の舞だ。

 

「(くそっ、どうする!? どうすれば………!!)」

 

無論そんなことは新次郎とて百も承知だ。

だがしかし、それで有効な解決策が思いついたかと言われれば話は別である。

四方八方どの箇所から誰を狙い、どのような方法で襲って来るか分からない攻撃。

しかも攻撃の瞬間まで虚数空間は姿を見せないのだ。

とてもではないがそれを予測して避ける事は不可能に近い。

 

「大河。」

 

攻めあぐねていたその時、昴がふと通信を繋げてきた。

 

「僕に考えがある。今だけ僕の指示を聞いてくれるか?」

 

「考え、ですか?」

 

「そうだ。話している時間はない。頼む、大河。」

 

果たして星組一の天才の閃きとはいかなるものなのだろうか。

成功のためにも詳細は知りたいところだが、流石にこの猛攻の中で事細かに話せと言う方が無茶と言うものだろう。

それに下手に怪しい動きを見せれば、東日流火にも気づかれるかもしれない。

新次郎は一瞬の思案を挟み、天才に全てを託した。

 

「分かりました。昴さん、指示を!」

 

「よし、奴の真ん前を掠めろ。出来る限りギリギリだ。」

 

言い終わらぬうちに、フジヤマスターのエンジンが唸りを上げた。

二刀を抜いたまま、超高速で東日流火に迫る。

 

「フッ、飛んで火にいる夏の虫という訳か。」

 

だが相手は何ら動じる事もなく、ニヤリと怪しく笑う。

もしやこちらの考えが読まれたか。

それともこれも昴の作戦のうちなのか。

いずれにせよ新次郎が今できる事は、昴を信じて突っ切る事だけだった。

 

「よかろう! まずは貴様から消してくれる!!」

 

言うや、フジヤマスターの眼前の空間が歪む。

その時だった。

 

「今だ、大河っ!!」

 

その言葉に従った正にその瞬間、すぐ左の箇所で爆発が起こった。

如何に死角の無い虚数空間といえど、それを操る人物がいる以上、その標的は自ずと操る人物に委ねられる。

そしてその人物が倒されればこの虚数空間も必然的に沈黙せざるを得ない。

従って東日流火を標的に絞って動く者がいれば、向こうはそれを優先的にターゲットに選ぶ事になる。

つまり新次郎が東日流火に近づいたその瞬間、東日流火は否が応でも新次郎を標的に選び、攻撃しなければならない。

昴はその瞬間を突き、新次郎に紙一重での回避を指示。

それに合わせて自身の放った霊力の一撃をぶつけたのだ。

作戦は見事に成功し、ぶつかった霊力の波動で巻き上げられた砂塵が、砂煙となって立ち込め、視界を完全に遮る。

 

「ぬうっ、味な真似を………!!」

 

「今だ、大河、ジェミニ、走れっ!!」

 

案の定こちらを探して右往左往する東日流火を尻目に、一気に奥の通路を目指して駆け出す3機のスター。

こちらも視界そのものは遮られているが、幸いにして先に出口に到達した新次郎の霊力がレーダーに表示されているため、さしたる苦労もなく上へと続く通路にたどり着く。

 

 

 

 

だが次の瞬間、信じられない事態が発生した。

 

 

 

 

 

「え………?」

 

それは、レーダーを頼りにジェミニが通路にたどり着いた直後だった。

何と通路の頭上に何かが直撃し、最後尾にいた昴が4階に取り残されてしまったのだ。

攻撃を行ったのが誰か、考えるまでもない。

 

「フハハハハ!! 二度もこの私を嵌めるとは、やってくれるな紐育華撃団!!」

 

「マズイ、昴さんっ!!」

 

慌てて埋まった瓦礫の向こうに叫ぶ新次郎。

だが返ってきたのは、思いのほか冷静な声だった。

 

「落ち着け大河。こうなる事も計算のうちだ。というより、最初からこうするつもりだった。」

 

「え………?それじゃあ、まさか………。」

 

予想外の返答に、新次郎の表情が焦りから驚きへと変わった。

何と昴は最初から、先の作戦の後に自分だけこうして残るつもりだったというのだ。

こんな何処から攻撃されるかも分からないような危険な所に孤立する危うさは、先の4人の比ではない。

しかしだからこそ、昴はこうする事を選択していた。

 

「昴は信じる。大河、君の可能性を。不可能にさえ臆せず挑み、そして可能という奇跡へ変える君の可能性を、昴は信じる!」

 

「昴さん………。」

 

「だから行け! 昴は約束する。必ず………、必ず生きて合流する!! 僕を信じろ!!」

 

普段なら決して口にしない熱の籠った声が、瓦礫の奥から飛んでくる。

聞いているこちらが熱くなってしまいそうなほどの響きに、新次郎は昴の心の響きを感じた。

 

「………分かりました。どうか、どうかご無事で!!」

 

確証など何もない。

だからこそ信じよう。

先の言葉に乗せられた決意の響きを。

後ろに続くロデオスターと共に、新次郎は奥へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうか、どうかご無事で!!」

 

瓦礫の奥から帰ってきた最後の返答に、昴はふと笑う。

何て単純な奴だ。

この場を切り抜ける方法すら知らないで、どうやって相手を信じられるというのだろうか。

そんな事を言われては………、

 

「本当に………、生きて戻らなきゃいけないじゃないか。」

 

最初は新次郎とジェミニを行かせたのち、自分は生き残るつもりなどなかった。

今の戦力であの東日流火を仕留められる保証はおろか、自分も生きて帰れる自信もない。

先ほど瓦礫を落として新次郎を道を断ったのは、万一の時に少しでも相手の足止めをするためだったからだ。

天才であるがゆえに見えてしまう、あまりにも低い生存確率。

昔の自分なら、表情一つ変えずに作戦立案時に突っぱねていただろう。

だからこそ昴は今、絶望的な状況の中で笑っていた。

もしかしたら、本当にもしかしたら程度の確率だが………。

勝てるかもしれない。

本当に、生きて合流できるかもしれない。

 

「昴は感謝している………。大河、僕は変われた。昔以上に、昴は変われた。だからこそ………!!」

 

両手に鉄扇を広げ、相手を見る。

砂煙は既に晴れ、部屋の中央には僅かに殺気を強めた東日流火がこちらを一点に睨んでいる。

 

「………貴様、最初から狙っていたな?」

 

「まあね。僕らの決着をつける、いい機会だと思わないか?」

 

「フッ………、面白い。」

 

何食わぬ顔で返すと、東日流火は笑った。

どうやら向こうにはこちらの考えは読めていたようだ。

最もこの状況で、そんな事は最早どうでも良いが。

 

「この東日流火、以前の様にはいかんぞ!!」

 

そう叫ぶや、周囲に一際大きな歪みがこちらを捉える。

昴は僅かに姿勢を屈め、告げた。

 

「紐育華撃団星組………九条昴、参る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下方で聞こえた一際大きい爆発を不安に感じながらも突き進んだ先は、見覚えのある空間が広がっていた。

安土城本丸に位置する5階。

その中央に、予期していた人物がいた。

悪念五人衆最後の一人にして信長の一の腹心、森蘭丸。

 

「やっと来たね、紐育華撃団。随分人が減ってるみたいだけど。」

 

身の丈をも超える大鎌を軽々と振るうその血のように赤い双眸が、今や二つにまで減った星を見る。

 

「蘭丸………、道を開けてもらおう。僕たちは第六天を………、信長を止めに来たんだ。」

 

それを真っ向から見返す黒い瞳が、凛とした声を飛ばす。

返ってきたのは、耳に障る甲高い嘲笑の声だった。

 

「キャハハハ!! 知ってるさ。だからボク達は蘇った。我らが偉大な覇王に代わり、お前たちを仕留めるためにね。」

 

猛禽の如く鋭さで、赤目が光った。

刹那、部屋の中央に先ほどの虚数空間が出現し、見覚えのある巨大な影が現れた。

以前シアター前で撃墜した悪念将機、伽藍だ。

 

「くっ………!!」

 

三度相対する強敵を前に、僅かに表情を歪ませる新次郎。

その顔色の変化を、蘭丸は見逃さなかった。

 

「ククク………、その様子じゃ、残りの四人も倒せずじまいなんだろう?下からまだうるさい音が聞こえるしね。」

 

遠回しに仲間を置き去りにした事実を逆手にとってなじる蘭丸。

それは言葉の棘となって、仲間を見捨てた罪悪感を心に植え付ける。

たとえそれを彼女たち自身が望んでいたとしても、仲間思いの新次郎にとってそれは、重い枷となって残っていた。

蘭丸はそこを巧妙につき、罪悪感を利用して先ほどと同じ選択肢を潰そうと考えたのだ。

 

「で、どうする?また仲間を置き去りにしてすすむかい?」

 

その枷を見据え、言葉巧みに新次郎を追いつめる蘭丸。

だがそこに、割って入る人物がいた。

新次郎の後ろに控えていた無双の星、ジェミニ=サンライズである。

 

「ボク達星組の固い絆を舐めるな! みんなは絶対に負けない! そう約束したんだ! だから新次郎はみんなを信じてここまで来たんだ!!」

 

「ジェミニ………。」

 

自身を庇うように叫ぶ最後の仲間に、それまで心に巣食っていた罪悪感が僅かに軽くなる。

 

「新次郎、アイツはボクが引き受ける。だから………信長を止めて!!」

 

愛刀を抜き、ロデオスターが叫ぶ。

もう宿敵は目の前だ。

こんな所で足踏みしている暇などない。

それに新次郎自身も、途中でこうなる事は薄々感じてはいた。

これだけ厳重な防衛網を、ただで渡れる筈がない。

たとえ突破できたとしても、多大なダメージと時間を費やし、その間に第六天に迫られて一巻の終わりだ。

だからこそ入り口のハワードを始め、仲間たちは自分を先に行かせたのだ。

限りなくダメージもタイムロスも少ない状態の自分を、信長にぶつけるために。

今の自分なら信長に勝てる。

みんながそう、自分を信じてくれたから。

 

「ジェミニ………、頼むっ!!」

 

一言だけ言葉を届け、フジヤマスターが駆けた。

すれ違いざまに蘭丸が何か叫んだ気がしたが、そんなものは関係ない。

一刻も早く、自分は信長の息の根を止め、この街を救わなくてはならないのだ。

自分を信じてくれた仲間たち。

それに答える精一杯の手段は、自分もまた信じる事だけだ。

自分たちの決意と、星組の可能性を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何故追わない?」

 

最上階へ続く通路の奥にフジヤマスターが見えなくなった後、ジェミニが尋ねた。

こうしてわざわざ待ち構えていた以上、向こうとしては星組の最上階到達を何としても阻止するつもりだったはず。

にも関わらず、蘭丸は事もなげにあっさりと新次郎を通してしまった。

何の真似だ。

もしや何か、こちらも想像し得ない目的でもあるというのか。

 

「別に。たかが虫けら1匹で、信長様が敗れる筈もない。お前がこうして残る事は、目に見えていたしね。」

 

多くの血を吸って来た鎌で遊びつつ、酷薄な笑みで答える蘭丸。

その血に塗れたかのような瞳が、ロデオスターを見据える。

 

「それに、やっと決着がつけられるじゃないか。お前がしきりに叫んでた、ミフネの仇討ちって奴のさぁ。」

 

不意に出た師匠の名に、ジェミニの表情が俄かに厳しくなる。

忘れてはいない。

忘れられるはずがない。

奴は、森蘭丸はミフネの、親同然だった師匠の仇だ。

もうあの一件でその悲しみは乗り越えたつおりではあったが、向こうがそれを望むというなら、断る必要もない。

恨みと憎しみではない、正義の剣で切り伏せるまでだ。

 

「ジェミニ=サンライズ! お前が最後の獲物だっ!!」

 

言うや伽藍の肩に飛び乗り、鎌の切っ先をこちらに向ける。

ジェミニは愛刀を構え、キッと目の前にそびえ立つ魔の僕を睨んだ。

 

「森蘭丸………。正義に代わり貴様の天命、貰い受けるっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔城安土、最上階。

かつて破滅的大敗を喫したその場所に、大河新次郎は四日の月日を経て再び足を踏み入れた。

地上はもとより下層のそれとも比較にならないほどの強烈な妖気。

その禍々しい空間の奥に建てられた六つのろうそく。

その真ん前に、追い続けた魔王はいた。

 

「………来たか。」

 

僅かに一言。

だが脅威と畏怖から来るその威厳は、それだけでその場の空気を極限まで震わせる。

そう感じてしまう自分と言う存在が、限りなく小さく思えてしまう程に。

 

「よくぞ我が兵を退け、たどり着いた。………強くなったな、小童。」

 

こちらの顔を覚えていたのか、信長は満足げに笑みを浮かべる。

驚かない様子を見ると、どうやら自分がここまでたどり着く事を、予め悟っていたらしい。

 

「信長………、お前の望みは何だ?何故異国のこの街を襲う?」

 

油断なく身構え、新次郎が問う。

すると信長は、事もなげに答えた。

 

「知れたこと。前世において未だ果たせぬ天下布武の悲願、それを叶える地がここであっただけの事。」

 

「天下布武………。」

 

「そうだ。人の世は常に強者が支配し、導かねばならん。その強者にワシがなり、天下を収めるのだ。」

 

理解できない話ではなかった。

かつて信長が実際に生きた戦国時代。

それは国の覇権を握るために親兄弟であろうと構わず殺生が繰り返され、文字通り強者が弱者を支配していた時代である。

その世界を生きてきた信長にしてみれば、今の紐育こそ混沌そのものなのだろう。

全ての人々を束ねる強者のいない世に、戦国の平和をもたらさんとしているのだ。

強者が弱者を支配する、弱肉強食の時代を。

 

「小童、貴様は何故ワシに楯突く。貴様も武人であるならば、ワシの行いを理解できぬはずもなかろう。」

 

「………確かにお前の成そうとしていることは分かる。だがそれは、最早不要となった正義だ。今の人々は、他人を傷つけたその手を取り合って、共に未来を歩んでいける。お前の唱える平和が平和である時代は終わったんだ!」

 

だからこそ、新次郎は信長の言葉をはねつけた。

確かにかつては、信長の言葉が正義であった時代はあった。

強き者が弱きものを従え、治める事が平和と呼ばれていた。

だが今は違う。

世界は互いに蹴落としあうのをやめ、互いに助け合い、守り合いながら生きていこうとしているのだ。

誰かを傷つけてのし上がるばかりが平和ではない。

だからこそ、信長の言葉を受け入れる事も、その野望を成就させる事も許せなかった。

 

「………そうか、ならば致し方あるまい。ワシの覇道を阻む者は、何人たりとも生かしてはおかん。」

 

新次郎の言葉にそれ以上の言葉を抑え、信長は妖力を具現化させた剣を召喚する。

言葉の応酬が終われば、後は剣で全てを決める。

それが古来から変わらぬ、サムライの戦い方だ。

 

「最後に問う。小童、貴様の名は何だ?」

 

「………大河新次郎。紐育華撃団星組、大河新次郎だっ!!」

 

二刀を持つ手に力を込め、新次郎が勇ましく名乗る。

するとその姿に、信長は一瞬感心した様子で笑った。

 

「大河新次郎………。摩天楼にサムライとは風流な。」

 

刹那、笑いは一喝に変わった。

 

「我が覇道、天下布武のために、行くぞ、摩天楼のサムライよ!!」

 

天に最も近い魔の頂に、鋭い剣戟の音が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これで粗方片付いたか。」

 

最終作戦開始から実に1時間。

安土城前に集結したおよそ300体の悪念機は、赤と銀の星の前に完全に沈黙していた。

燃えたぎる剛腕に叩き潰されたもの。

急所に無数のナイフを突き立てられたもの。

果ては仲間の爆発に巻き込まれたもの。

様々な形で動かなくなった残骸の中央にて、二つの星は立っていた。

 

「ラチェット、平気か?」

 

「………え、ええ。私なら大丈夫よ。」

 

横に立つ相棒に問うと、僅かに遅れて返事が返ってきた。

だが、それが空元気である事は誰の目から見ても明らかであった。

霊力とはその者の持つ命の力。

ダイアナの言葉を借りるなら、『命の輝き』。

当然それは年齢や事象によっていくらでも変動し、またはさせる事も出来る。

やろうと思えば意図的に暴走させ、寿命を犠牲にその力を振るう事さえ出来るのだ。

一度はスターを操縦させるだけの霊力を失ったラチェットが何故今こうしてスターを動かし、今の今まで戦う事が出来たのか。

長年スターのメカニックチーフとして携わってきたハワードにとって、その問いはあまりに簡単すぎた。

 

「ハワード、私は自分で今を選んだの。貴方が気に病む事なんてないわ。」

 

その答えを悟ったハワードに、モニターの先の相棒は陰りのある笑顔を見せた。

昔見たそれと変わらぬ、だが何処か温もりを感じさせる微笑み。

今だけ儚く感じるのはきっと、気のせいではないのだろう。

 

「………私ね、嬉しかった。」

 

ふと、ラチェットが懐かしむように笑った。

 

「今まで貴方やみんなが戦って傷つく姿を、私はただ見ている事しか出来なかった。昔のように戦えたら、私にそれだけの力があれば、大河君にあんな重荷を背負わせる事もなかったはずなのに………。」

 

「そんな事………。」

 

「だから私、今はとても幸せなの。貴方の傍でこうして戦えた事………。貴方の力になれた事が、嬉しいのよ………。」

 

そう微笑みかける彼女の微笑みに、気づけば自分も優しい笑みを返す。

本当はもっと言わなければならない事があるだろう。

だが今は、この一瞬だけはこの余韻に浸っていたかった。

恐らくこれが、最期になるだろうから。

 

「さあ、行きなさい。約束したんでしょう?みんなに追いつくって。」

 

「ああ。お前こそ、いい加減脱出しろよ?ここもいつまで安全か分からねぇんだ。」

 

表情をいつものそれに戻し、僅かに言葉を交わす。

先の男女の微笑みあいはほんの一瞬。

それを過ぎた今、自分たちはもう副指令と一隊員でしかないのだ。

 

「ラチェット。」

 

背中を向けかけたその時、ふとハワードが呼び止める。

何事かと振り返るラチェットに、ハワードは告げた。

 

「ちゃんと待ってろよ。信じて待つのも、戦いなんだからな。」

 

そのまま返事を待たずに踵を返して走り出す。

そうしなければきっと自分からこの場を離れられないと、悟ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと待ってろよ。信じて待つのも、戦いなんだからな。」

 

そう言い残して駆け出す背中を見送り、ふと笑う自分に気付く。

以前同じことをいたのは自分だというのに、一体どの口がそんな事を言うのか。

そう思うと、彼もまた遠い昔のままではない事に気付く。

まだあどけなく頼りなかった、昔の彼。

それが今や自分に代わって若い後輩たちを導いているのだと感じ、感慨深さを感じずにはいられない。

今も昔も、彼は自分を本当に気にかけてくれている。

 

「………ごめんなさい………。なりたくないの………、貴方の足手まといにだけは………。」

 

だからこそ、それに応えられない自分が悲しかった。

いや、本来ならもっと早くにガタがきているはずだった。

彼を送り届けるこの瞬間まで持った事こそ、奇跡と呼ぶべきだろう。

 

「ハワード………、貴方が抱えているものを、私は知らない………。」

 

次第にぼやけ始める視界の中、うわ言のように呟く。

誰にも聞こえないか細い声だが、それでも良い。

ただ形として残したかった。

この意識が、闇に消え失せてしまう前に。

 

「でも、何があっても貴方は変わらない………。だってハワード………、貴方は………、優しい………貴方の………ままだ………から………。」

 

脳裏に一瞬過るハワードの背中、微笑み。

それに笑い返し、シルバースターは沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安土城1階の開けた大広間にて、激しい雷鳴が絶え間なく響いていた。

中央にて黒龍姫の振るう草薙の剣。

その一閃に合わせて生み出される雷の猛攻に、サジータは終始圧倒されていた。

何せ一発で全身を焼き尽くさんばかりの威力だ。

もしも生身で受けようものなら、文字通り黒焦げになってしまうだろう。

 

「ええい、先ほどからチョコマカと………!!」

 

だがしかし、圧倒しているはずの黒龍姫の表情も焦りが浮かんでいた。

それもそのはず。

周囲を旋回するように動き回るサジータに、得意の電撃が一発も当たっていないのだ。

移動スピードを見計らって時間差で攻撃してみても、サジータは更にそれを先読みしてスピーどを調節し、巧みに攻撃を回避する。

これでは以前のハーレム地区の二の舞である。

 

「すばしっこい奴め、これでも食らえ!!」

 

膠着状態に陥った現状に痺れを切らし、遂に雷ではなく自ら斬りかかる黒龍姫。

だが、その瞬間こそサジータの狙っていた瞬間だった。

 

「今だっ!!」

 

「なっ!? ヌアアアアッ!?」

 

すかさず両腕の鎖を勢いよく射出し、長身の体に巻き付け拘束する。

そして豪快に振り回し、地面に勢いよく叩きつけた。

その衝撃で土煙が舞い上がり、一瞬部屋を覆い隠す。

 

「立て! 大して効いてないはずだ!!」

 

充満する砂煙に向かい、サジータが容赦なく叫ぶ。

見ただけで重く頑丈に見える鎧に身を包んでいる相手だ。

人間ならまだしも、そうでない生命体相手に今の技が致命傷になるとは考えにくい。

だが次の瞬間、思いも寄らぬ反撃がサジータを襲った。

 

「グエエエエンッ!!」

 

「な………、ぐああっ!?」

 

何と砂煙から現れたのは黒龍姫ではなく、青いウロコに全身を覆った龍だった。

鋭い牙でスターに食らいつき、そのまま真下の地面に勢いよく叩きつける。

激しい衝撃が、スターの内部を襲った。

 

「アハハハハ!! 流石の貴様もわらわの伏兵には気付かなんだな?」

 

「ふ、伏兵だと!?」

 

笑い声に驚いて視線を向けると、先ほどの龍が黒龍姫の周囲を守るように旋回していた。

まるで彼女に従い、忠誠を誓うかのように。

 

「これぞ我が僕、『草陰』のもう一つの姿。今の貴様如き、骨と変えるも容易いと知れ。」

 

「グゥゥゥゥ………!!」

 

黒龍姫の言葉を肯定するかのように、低いうなり声を上げる草陰。

予想外の援軍に、さしものサジータも焦りを覚える。

 

「行け草陰!! あの愚か者の喉笛を、噛み千切るのじゃ!!」

 

再び刃の切っ先を突き付け、黒龍姫が怒号を上げる。

すると青き龍は天高く嘶き、鋭く光る牙を開けて殺到した。

反射的に横に避けるも、今度は先ほどと同じ雷が襲って来る。

これでは反撃はおろか、回避そのものもままならない。

 

「逃げても無駄だ! 草陰の牙から逃れられる者など、この世にはおらぬわ!!」

 

早くも勝利宣言を下す黒龍姫を尻目に、サジータは再度空間を旋回するように走り出す。

もう少し………、

あともう少しで完成する。

 

「ぐああああっ!!」

 

だが僅かに気を抜いた一瞬、不意を突いた一撃がハイウェイスターを駆け抜けた。

全身を内部から焦がす激痛に苦悶の叫びを上げるサジータ。

その背中に容赦なく草陰が食らいつき、疾風の星を苦しめる。

 

「アハハハハ!! もっと苦しめ!! わらわに楯突いた己を悔いながら、惨めに死んで行くがいい!!」

 

半ば狂ったような黒龍姫の笑い声も、今のサジータには聞こえていない。

それよりも今の激痛に耐えるだけで精いっぱいだ。

 

「フフフ………哀れな。わらわに逆らう貴様には、そうして地面に這いつくばる姿がお似合いじゃ。」

 

動きを止めたハイウェイスターに勝利を確信したらしく、余裕の笑みを浮かべて近寄る黒龍姫。

背後には逃げられないように、草陰が待ち構えている。

 

「断罪の時じゃ。」

 

その刀の切っ先を突き付け、いつかの裁判官のような口調で言い放った。

 

「罪人、サジータ=ワインバーグ。虫けらが如き存在でありながら幾度となくわらわに楯突いたその罪、万死に値する。」

 

「フッ………、裁判官のつもりかい?」

 

抵抗の様子すら見せず、サジータが問う。

すると観念したと思ったのか、黒龍姫は満面の笑みを以って返した。

 

「法なるものにしがみついていた貴様には相応しい最後であろう。………言い残す事はあるか?」

 

ハイウェイスターの首筋に刀を据え、黒龍姫が問う。

するとサジータは、僅かな間を置いて答えた。

 

「ああ。この裁判………、アタシの勝ちだっ!!」

 

「なっ!?」

 

それまでピクリとも動かなかったハイウェイスターが、唸りを上げて飛び掛かった。

草陰はもちろん黒龍姫も反応できず、数十メートル後ろへ吹き飛ばされる。

 

「おのれ………、この死にぞこないがぁっ!!」

 

憤怒の形相を浮かべ、草薙の剣から凄まじい光量の稲光が飛ぶ。

 

 

 

 

………だが、

 

 

 

 

「な………!?」

 

その瞬間、黒龍姫は目を疑った。

何故なら忌々しい黒の星目がけて放った雷が、事もあろうかその奥にいた草陰に直撃したからである。

サジータはあの一瞬、黒龍姫の怒りの反撃を予期して右に回避。

彼女の攻撃を後ろに迫る龍に向けさせたのである。

 

「ば、馬鹿な………、こんなはずでは………!!」

 

目の前に骸となって横たわる草陰に、信じられないという面持ちで首を振る黒龍姫。

そこへ、本当の死刑宣告が突き付けられた。

 

「感傷に浸ってるとこ悪いが………、審判の時だ。」

 

視線を向けると、最終弁論を終えた弁護人が、鎖を手に構えていた。

見ればその周囲から自分を囲むように、地面に亀裂が走っている。

それは言わずもがな、草薙の雷によって生まれた亀裂。

サジータは初めからこれを狙って、黒龍姫の周囲を旋回するように回避し続けていたのである。

 

「黒龍姫、この街は信長にも、そしてアンタにも屈したりしない。法の下に、アンタはアウト………有罪だ。」

 

完全に立場は逆転した。

残りの霊力を両手に集中し、裁きは下された。

 

「You are guilty!罪を償え!!バーディクト・チェイン!!」

 

両手から射出された鎖が大地を引き裂き、最後のつなぎ目を破壊する。

円を描くように破壊された中央部は、たちまち奈落となって崩壊し、かの罪人を飲み込んでいった。

 

「サジータッ!!」

 

向かい側の入り口から自分を呼ぶ声が聞こえたのは、罪人の断末魔が奈落に消えた直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お世辞にも広いとは言えない空間の中、緑の星が絶えず動き回る。

その軌道に沿って次々と起こる爆撃と土煙。

それらは全て、この空間の中央に陣取る巨大な髑髏の仕業だった。

 

「ガッハッハッ!! この圧倒的火力、この無敵の髑髏坊様だからこそである!!」

 

肝心の相手に当たっているのかはさておき、一方的に攻撃しまくってすっかり上機嫌の髑髏坊。

が、しばらく打ちたい放題だった砲台が不意に動きを止めた。

理由は簡単、打つべき目標をも失ったからである。

 

「ムムッ!? 何処へ隠れた!? 煙幕に紛れるとは、中々のやり手である!」

 

周囲をすっかり土煙に遮られたこの状況を仕組まれたととるか自業自得ととるかはさておき、髑髏の仮面がキョロキョロと視線を右往左往させる。

だが、標的は影も形もない。

それもそのはず。

何故ならこの時、リカリッタは髑髏坊の背後に回り込んでいたからである。

 

「行っくぞぉー………、モア・モア・ショット!!」

 

シューティングスターの構える二丁の拳銃が、一斉に火を噴いた。

鉄壁の防御を誇る仮面と言えど、それの範囲外から攻撃されては無意味である。

従ってリカリッタの銃弾は見事に仮面の裏を貫き、蜂の巣にしてしまった。

 

「ギャボーッ!! オレ様の背後から攻撃するとは、見かけによらず卑怯な奴である!!」

 

「リカ、別に狙ってない。お前が背中向けてただけ! お前こそ人のせいにするな!!」

 

ボロボロになった仮面を脱ぎ捨てて騒ぎ立てる髑髏坊に、努めて正論を返すリカリッタ。

すると子供に論破された事が頭に来たのか、髑髏坊はその場で悔しげに地団駄を踏んだ。

 

「ムガーッ!! 大人に口答えするとは生意気な! そんな風に育てた覚えはないのである!!」

 

「お前いつからリカのママになったんだ!? リカこそ頭に変な刀ぶっ刺してる奴ママなんて言った覚えないぞ!!」

 

「これは古今東西に伝わる名もなき名刀である! おかげで頭が冴えるのである!!」

 

「名前がないのはなまくらだ!! お前そんなのも知らないなんてアホか!?」

 

11歳の子供を相手に、何とも幼稚極まりない言い争いを展開する髑髏坊。

しかもそれで言い負かされているのだから手に負えない。

蘭丸の言うとおり、『脳筋』とはよく言ったものである。

 

「ええいもどかしい! こうなればこの髑髏坊様自ら、貴様の首を上げてくれるわ!!」

 

先ほどから自分で砲台を構えて思いっきり戦っていた口が何を言うと思わせんばかりの啖呵を切り、自慢の金棒を豪快に振り回す髑髏坊。

それなら最初からそれを使えとツッコんでやりたい所だ。

 

「天魔招来………、岩融炭砕棒!!」

 

聞いただけでは何やら別の意味に感じさせる必殺技が、シューティングスター目がけて襲い掛かった。

ハッキリ言ってただ金棒で薙ぎ払うだけなのだが、その怪力が出鱈目な攻撃力を生み出すのだから冗談ではない。

スターの装甲と言えども、直撃しようものなら容易くひしゃげてしまうだろう。

 

「うわぁっ!?」

 

反射的にどうにか後ろに避けるも、今の衝撃で床の土が大量に舞いあがり、一瞬視界を遮る。

髑髏坊には、それで十分だった。

 

「本物の星にしてくれるわぁっ!!」

 

「にゃあああぁぁぁ………!?」

 

砂煙の中から飛び出してきた金棒が、唸りを上げて襲い掛かってきた。

不意を突いた一撃に躱す間もなく、シューティングスターは野球のボールの如く吹き飛ばされる。

その一撃、安土の壁を突き破って曇天の空へ放り出した程である。

 

「ガーハッハッハッ………!! この髑髏坊様にかかればこの程度、チョチョイのチョチョイである!!」

 

情けない悲鳴を残して消えた星に、得意げに笑う髑髏坊。

高が子供相手に何を勝ち誇っていると言いたい所だ。

 

 

 

 

 

だが、その笑いも長くは続かなかった。

何故なら、髑髏坊は忘れていたからである。

自らが相対していた敵の、もう一つの能力に。

 

 

 

 

 

「ギャボーッ!? い、一体何事であるか!?」

 

勝利の凱歌を上げる髑髏坊目がけ、無数のミサイルが撃ち込まれた。

幸い致命傷ではないものの、突然の事態に半ばパニックになる。

そんなバカな。

先ほど敵を外へ吹き飛ばし、この階層には自分しか残っていないはず。

ならば今の攻撃は誰が、一体どこから仕掛けてきたというのか。

その答えは、先ほど自身がこじ開けた壁の奥にあった。

 

「いしししし!! リカ、ふっかーつ!!」

 

「ギャボーッ!? き、貴様………、生きていたのかっ!?」

 

壁の外から見える光景に、髑髏坊は仰天した。何故なら吹き飛ばしたはずのリカリッタが、飛行携帯となって空中を漂っているではないか。

この時、髑髏坊はハッと表情を青ざめた。

そうだ。

奴らは皆、空を飛ぶ事が出来た。

しかもその状態で奴らは、先ほどのようなミサイルによる爆撃をやってのける。

対する自分は金棒のみ。

この状況が何を意味しているか、さしもの脳筋でも理解できる。

 

「リカ、約束した! 絶対に勝って新次郎に追いつくって! だからリカ、絶対負けない!!」

 

完全に打つ手のなくなった髑髏坊を前に叫ぶリカリッタ。

刹那、真下に転がるエイハブから巨大な銃が飛び出し、シューティングスターに合体する。

その瞬間を以って、髑髏坊の命運は決まった。

 

「食らえ、リカの必殺!! バッファロー・ゴー・ゴー!!」

 

大きさに見合った強烈かつ豪快な一撃が、安土城2階を閃光に包む。

微かに聞こえる断末魔すら飲み込み、轟音が全てを消し去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢殿は、その心に焦りという感情を覚えた。

勝てるか否かという問題ではない。

むしろその争いを問うなら、自分は既に負けているだろう。

何故なら相手は、自分にとって最も相性の悪い人物なのだから。

 

「はっ!!」

 

か弱さを残しながらも気迫の籠った霊力の一撃が、自らの生み出した蟲の塊をそれ毎浄化してしまう。

通常なら拡散する事でほとんどの攻撃を無効化できる程の蟲たちがこうも容易く無効化される様に、夢殿は焦りとも余裕とも取れぬ笑みを浮かべていた。

 

「………道を開けてください。今のあなたに、勝ち目はありません。」

 

両腕に装備したケミカルランチャーを突き付け、ダイアナが遠回しに降伏を勧告する。

確かに現状では圧倒的にこちらが不利だろう。

夢殿の攻撃も防御に、妖力の塊で生み出す蟲を媒体に行っている。

その蟲を召喚するその場で消されてしまっては、勝ち目もないのは当然だ。

だが、ここで退いてはならない。

何故ならそれは、主の命を成就させるうえで、一番の失策だからである。

それに夢殿には、ある秘策があった。

 

「フッ、敵に情けをかけるか。それも偏に強者の余裕という事じゃな?」

 

「人は一度しか死ぬことを許されません。貴女がどんな罪を重ねたとしても、私があなたの命を奪う義務にはなりえない。………最も、貴女がこちらに危害を加えない前提の下でですが。」

 

「全ての命は等しいと言うか? 愚かな。己より格下の者共と、何故同様に扱われなければならぬ。力もなく、ロクに知恵も持たぬ無能に、従わされる謂れはないわ!!」

 

全身に邪気を漂わせ、夢殿が叫ぶ。

穢れさえ知らない真っ白な女と、穢れに満ちて真っ黒に染まった女。

それを同義にする事は、とても認められる事ではない。

何故ならそれは、自らのアイデンティティすら跡形もなく消し去ってしまうものだからである。

 

「教えてやろう、女。何も知らぬ貴様に、如何な流水とて清める事の叶わぬ、呪いの歌を!!」

 

深く被った傘に隠れた赤い目が、ギラリと光る。

刹那、身の毛も弥立つほどに醜悪なる妖気が周囲から吹き出し、その全身を包んだ。

そして………、

 

 

 

 

 

 

「ギシャァァッ!!」

 

 

 

 

 

 

体中を駆け巡る燃え滾るほどに熱い邪気の奔流。

火炎より熱いそれに全身を焼かれる激痛の叫びが醜悪な咆哮へと変わり、眼下に立ち尽くす星を睨む。

やけに小さい。

いや、こちらが大きくなったのだろう。

何せ今、自分は最早悪念五人衆の夢殿ですらない。

かつて緑の地を踏み荒らした、虫たちの魔の狂宴が生み出した怪物なのだから。

 

「ギシャァァッ!!」

 

悪夢の咆哮が、安土を揺るがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔光虫カオスバグ。

夢殿の生んだ邪念の蟲たちを一つに集めた、醜悪なる大怪獣。

かつてシーラがその身を犠牲にして無に帰する事の出来た怪物が今、このタイミングで現れるなど、だれが予想できただろう。

 

「ギシャァァッ!!」

 

「くうっ!?」

 

蟲を払うかのような腕の一振りが立っていられないほどの突風を巻き起こし、サイレントスターを容易く転がす。

恐らく夢殿自身を内部に取り込んだためだろう。

目の前の怪物は、以前相対したそれを遥かに凌ぐ力を以って襲ってきた。

 

「ギシャァァッ!!」

 

「っ………、フォト・リメディエーションッ!!」

 

咆哮に合わせて襲いくる漆黒のブレス目がけて、反射的にありったけの霊力をぶつけ返す。

万物の瘴気を浄化せしめる慈愛の光は、万物の命を腐食せしめる漆黒の闇と数秒競り合い、霧のように互いに掻き消える。

 

「ハァ………、ハァ………!!」

 

思わず荒い息が漏れる。

無理もない。

先ほどのものと合わせると二度目の霊力放出だ。

ただでさえ体力の際立って低いダイアナに、霊力消耗による疲労は耐えがたいほどの苦痛だ。

いくら身体に巣くう氾濫した霊力を解放したとはいえその反面、内に秘めた霊力によって命を繋いで来たのもまた事実。

霊力の解放による枯渇は、ただでさえ短い寿命を更に縮める恐れさえ示唆していた。

 

「キャッ………!!」

 

不意に伸びた怪物の腕が、華奢なサイレントスターを鷲掴みに持ち上げる。

その疲労からか反応の遅れたダイアナは、抵抗もままならずに身動きを封じられた。

 

「くっ………、ううっ………!!」

 

僅かに身をよじり、苦悶の声を漏らす。

スターの中にいなければ、既に物言わぬ肉塊と化していただろう。

 

「痛いか?苦しくて息も叶わぬか?あの蟲に生きながら食われたあの地獄、お前にも存分に味あわせてくれようぞ!」

 

「くうっ………うっ、ああっ!!」

 

全身にかかる力が更に強くなった。

華奢な身体を必死に守らんと耐える装甲が、あちこちで悲鳴を上げる。

 

「ホッホッホッ! そうじゃ、もっとまろに見せてたもれ。生きながら握り潰される苦しみを、死を願う程に苦しむ顔を見せてたもれ!!」

 

狂ったように夢殿が笑う。

まるで手中に納めた蟲を弄ぶかのように。

 

「ほれ、先程までの威勢は何処へいった? 先を急ぐのであろう? まろを殺してな。」

 

完全に形成が逆転し、怪物は勝ち誇ったように笑う。

ケミカルランチャーの一発でも喰らわせて黙らせてやりたい所だが、相手に握られたこの状態では睨み返すのが精々だ。

最も向こうも、それを承知しているからこそ、こうした余裕をかませるのだが。

 

「さて、どう殺してくれようかの? 頭からかじるか? それとも股から引き裂くか? 何せ人というのは、一度しか死を許されぬそうじゃからなぁ?」

 

あからさまにこちらの揚げ足を取って笑う夢殿。

恐らく前世でもこうして抗えない者を幾人も惨たらしく殺して来たのだろう。

ざわつく蟲の歌の奥で光る血に飢えた狂気に、ダイアナは震えた。

自分はこのまま殺される。

そう、思わずにはいられない程に。

 

「(こんな所で、私は終わるの………?皆さんと、大河さんと、約束したのに………。)」

 

やはり自身の見た破滅は、変える事が出来ないのか。

未来は、変えられないのか。

瞳が力なく閉じようとする、正にその時だった。

 

「(………?)」

 

ふと、心の奥底に何かが響く。

錯覚だろうか。

いや、そうではない。

何故ならその何かは、次第に強く、大きく、心の奥底から沸き上がるように響き始めたからだ。

 

 

 

 

「ピィィィ………。」

 

 

 

 

「ピィィィ………、ピィィィ………!」

 

 

 

 

それは、鳥の優しく囀ずる声だった。

囀りは優しく心を包み、同時に強く心を鼓舞する。

まるで、自分に何かを呼び掛けているかのように。

 

「………、まさか………!!」

 

そこまで考えを巡らせた刹那、虚ろだった瞼が驚きに見開かれた。

気づいたからだ。

自分を包み、後押しする囀りに。

その追憶の囀りを奏でる正体に。

 

 

 

 

「ピィィィ………! ピィィィ………!!」

 

 

 

 

忘れるはずがない。

優しく、それでいて何処か力強い囀りを。

全てを諦め、やさぐれていた自分を救うために、その身を犠牲に戦った小さな勇者を。

 

「シーラ………。」

 

「ピィィィ………!!」

 

一度その名を呟けば、一際大きい囀りを返す。

そうだ。

自分はこの囀りに誓った。

生きて見せると。

どんなに辛く苦しい棘の道でも、突き進んで見せると。

 

「(そうよ………、私はまだ死ねない! シーラがくれたこの命を………、まだ………!!)」

 

ダイアナの瞳が、今度は決意に見開かれる。

刹那、奇跡が起こった。

 

「な………!?」

 

何と、底を尽きかけたはずのサイレントスターを淡い光が包み、その身体を締め付けていたカオスバグの右腕が、跡形もなく消え失せてしまったではないか。

まるで、何かに浄化されたかのように。

 

「何じゃ………、この底知れぬ力の胎動は………!? 貴様、何故これ程までの力を………!!」

 

今度は怪物が驚く番だった。

先ほどの2回発動した必殺技で、ダイアナの霊力はほぼ尽きたと思っていた。

通常の人間が保持するには有り余る量であったし、お世辞にも彼女に人並み外れた体力があるとは思えない。

だからこそ今、相手がほぼ全ての霊力を使い果たした所を見計らってカオスバグを召喚したのだ。

妖力の塊である蟲を幾ら召喚した所で、相手の霊力で浄化されては意味がないからだ。

しかしあれだけ膨大なまでの霊力放射を2度も行い、そこから更にカオスバグの右腕を消し飛ばせるだけの霊力を生み出せるとは、全くの計算外だ。

いや、それ以前に今までとケタ違いの濃度の妖気が絶えず充満しているこの場において、目の前のスターが毒されないとは、どうした事か。

 

「………それは、私に命の輝きがあるから。」

 

まるで後光のように輝くオーラを身に纏い、ダイアナは言い放った。

 

「石のかいも、鉄の鎖も、空気をも通さぬ土牢でさえも、毅然とした意志を阻む事は出来ない………。如何なる策であろうと、私の、この意志だけは、絶対に折れません!!」

 

刹那、怪物の中心を言い知れぬ悪寒が襲った。

気付かぬうちに全身が震え、それでいて眼だけは射抜かれたように目の前の星から離れない。

それは以前、今尚記憶の一辺を陣取って離れないあの瞬間とよく似ていた。

セントラルパークで、文字通り生きたまま食われた凄惨な記憶。

その最期の瞬間に抱いたそれと同じ感情が、夢殿の心を支配していた。

恐怖。

それも身が凍るかと言わんばかりに冷たい、己の死に対する恐怖。

馬鹿な、夢殿は思った。

そんなバカな。

つい先ほどまで、自分が相手を殺さんとしていたではないか。

その自分が今、逆に相手に殺されようとしている。

そんなバカな。

五人衆の中で誰より、あの蘭丸にさえ負けないほどに信長に尽くした自分が、満足に戦う術すら持たない娘に負ける筈が無い。

だがいくら頭の中で否定の言葉を繰り返しても、現実の一切は変わる事はなかった。

 

「っ………、ほざけ小娘ぇぇぇっ!!」

 

それが現実だと理解した瞬間、怒りと恐怖の入り混じった言いようのない感が爆発し、怪物は罵声を上げた。

だが、それは反撃どころかこけおどしにもならなかった。

せめてもの抵抗と言わんばかりに突き出された左腕も、まばゆいオーラに触れるやたちどころに雲散霧消する。

 

「………馬鹿な………、こんな筈では………!!」

 

目の前で起きる事実が受け入れられず、呆然と呟く夢殿。

その胸蔵目がけ、左右2発のケミカルランチャーが火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無数の虚数空間が絶えず現れては消える安土城4階。

縦横無尽に際限なく剣戟や爆発音の鳴り響く死地にも等しいその場所を、あまりに優雅な動きでいなし続ける影があった。

紐育華撃団星組の天才、九条昴の操る紫の星、ランダムスター。

左右の手に鉄扇を広げ、時折桜の花びらを纏いながら陽炎の如く疾駆する様は、まるで完成された舞踊を見ているかのようだ。

 

「(3時方向より射。その2拍後、6時方向より斬!)」

 

昴の操るランダムスターは元々、自身を陽炎のように半透明にして忍の如く障害物をすり抜けられる特性から、敵部隊のかく乱や死角からの奇襲に適した特殊なスターだ。

とりわけ現在は不可能だが、欧州星組時代のラチェット、ハワードとの連携からなるパターンZ’は、今尚破られた事のない伝説さえ持つ。

それに加え、星組一の天才はこの状況下において更なる秘策を投じていた。

 

「………当たり。」

 

一瞬口角を上げ、僅かに体を左前に動かす。

するとどうだろう。

右から襲ったミサイルが真後ろから振り下ろされた刃に遮られ、互いに爆破消滅してしまったではないか。

 

「………流石は九条昴。やはり一筋縄ではいかないか。」

 

「当然だ。如何に空間に身を隠した所で、攻撃の瞬間には僕を狙ってくるしかない。裏をかくというなら………、最悪の相手だよ? この昴機はね。」

 

ひとしきり続けていた攻撃を一旦止め、東日流火が呟く。

対する昴は、現状優勢を保っていながらその表情を厳しいものにしていた。

声が悔しがってはいるものの、その表情は不敵な笑みのまま変わらない。

その東日流火の態度が、何処となく気になったのだ。

かつて豪華客船では看破こそできたが、それでも自分をして巧妙と言わざるを得ないほどの策を弄してきた五人衆屈指の戦略家だ。

今回も二重三重の策でこちらを迎え撃っているに違いない。

そう勘繰る昴の焦燥を煽るかのように、戦略家は笑った。

 

「その顔、恐れをなしていると見える。この東日流火に。」

 

「………今のは聞き違いか? 何故貴様如きにに僕が恐れなければならない。 今だこの昴機に唯の一撃すら入れられない貴様に。」

 

一瞬遅れて言葉を返す昴。

だが内心、心を読まれたという認識は少なからずあった。

そしてそれすら、東日流火は読んでいた。

 

「強がりはよせ。 以前は寡黙とさえ言っていい程のお前が、今は嫌に饒舌じゃないか。」

 

「………。」

 

否定しようのない事実を突き付けられ、沈黙に転じる。

おかしい。

確かに自分をここへせき止め、直接勝負をつけようと言うのは東日流火の狙いだろう。

この4階に限定した虚数空間による奇襲攻撃も、自分を四方八方のどこからでも攻撃するための手段である事に疑う余地などない。

だがしかし、それだけ大がかりな仕掛けを施しておいて全く攻撃が通じていない事に、向こうは焦りを感じたりしないのだろうか。

弾丸、斬撃、ミサイル、火炎放射。

先ほどから執拗にこちらを狙ってきた攻撃全てを、昴は事もなげに蹴散らして見せた。

五人衆一の策士を自負する東日流火にしてみれば、これは計算外もいい所である。

アッパー湾ではそれで醜態の極みを晒したあの男が、劣勢であるにも関わらず笑っている。

余裕を崩した様子が見受けられない。

まるで自分の知りえない、大きな罠を用意していると言わんばかりに。

 

「………どうした、来ないのか?」

 

暗がりの中に一人佇む策士が、無防備に両手を広げてこちらを挑発する。

だが油断はならない。

どうせ接近した所を計算してミサイルや刃で襲うに決まっている。

罠と言うにはあまりに幼稚な、古典的な罠と言うほかない。

当然そんな事は向こうも百も承知らしく、やれやれと肩をすくめて見せた。

 

「やはり引っかからないか。いや、この場合は臆病風に吹かれたのかも知れないな。」

 

「戯言を。こうしている間にも貴様の大将の首が挙げられているかも知れないぞ?」

 

「それこそ戯言よ。我らが信長様が、あの小僧一人に後れを取るはずがない。」

 

予想していた最悪のパターンと合致し、昴は僅かに眉を寄せる。

これまで安土の1階からこちらを妨害せんと現れた悪念五人衆。

ここまでその4人が相次いで現れたのだとすれば、最上階にいるであろう信長の懐刀として間の5階にあの妖怪、森蘭丸を擁していると考えるのが自然だ。

そうなれば恐らく相対する事になるのはジェミニ。

結果新次郎は単独と言う形で、第六天魔王に挑む事を強いられる。

今更ながら、よくこんなバカげた挑戦をしたものだと思うと、笑みが零れた。

 

「………仕方あるまい。来ないならこちらから仕掛けさせてもらおう!!」

 

先に痺れを切らしたのは、東日流火だった。

足元から感じる殺気に反応し、鉄扇を広げつつ残像を残すスピードで前に跳躍する。

すると回転する視界に一瞬、床から噴き出る炎の壁が見えた。

 

「(………まだだっ!!)」

 

地に足を突くや、息着く暇なく左に飛ぶ。

その背を追うように刃がサメの背びれの如く地割り、それに申し合わせたかのように眼前の壁からも刃の背びれが姿を現す。

 

「チッ!!」

 

小さく舌打ちし、左右の鉄扇を振るって迎え撃つ。

弾幕の絶えぬ空間をかち割る金属音が二つ。

その間に滑り込むように、真ん前の空間がねじれた。

 

「!!」

 

零距離からのミサイルの爆発。

左右の刃が砕け、部屋の一部を爆炎が包む。

だが、灰色のカーテンの奥にその残骸はない。

跡形もなく消え失せたのか。

いや、そうではない。

昴は、紫の星はいた。

中心の妖を囲むように、3つの星となって。

 

「………これは驚いた。その業、まだ使えたのか。」

 

驚いたとは口先ばかりに笑う東日流火を見据え、三対のランダムスターが無言で扇を構える。

既に前後左右を囲まれた状態。

幾ら虚数空間を用いた奇襲が行えるとはいえ、自身は無防備な生身を晒している状態だ。

下手に攻撃を受けてしまえば、一撃で瞬殺できるし、向こうとてそれは承知のはず。

ならば何故、そのような状況下であの男はここまで余裕を持っていられるのか。

まだ何か伏兵を忍ばせているのか。

それとも………、

 

「………昴は告げる。そろそろ皆も決着がつく頃………、これで終わらせてもらう!」

 

「良かろう。来るがいい、九条昴!!」

 

言うや、三つの星が一斉に地を蹴った。

間の捻じ曲がった空間から飛び出す爆撃を舞うようにかわし、同時に東日流火へ殺到する。

だが、それは東日流火の罠だった。

 

「今こそその命、我が贄としてくれる! 天魔招来、青炎焦土!!」

 

刹那、わずかな隙間を遮るように、東日流火の周囲を火柱が覆う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、これこそ昴の狙っていた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沙羅双樹の花の色………雪、月、花!!」

 

分身時から一気に練りこんだ霊力を、両手の扇へ集中する。

そして、幕引きの一声が轟いた。

 

「いざ………、狂咲っ!!」

 

下から救い上げるように擦り合わされた二つの扇から、激しい竜巻が蜷局を巻いて襲った。

三方向から同時に生まれた竜巻は互いに引き合い、砂塵はおろか火柱すら飲み込んで中央に迫る。

 

「ククク………、ハーッハッハッハ………!!」

 

「!?」

 

だが、その灼熱の竜巻の中で、東日流火は笑っていた。

まるで、自らの策が成功したとでも言うように。

 

「そうだ………これでいい………!! 我が所業、これで果たされた………!!」

 

「所業………? どういう事だっ!?」

 

「今更無駄だ、九条昴………!! この勝負………私の勝ちだぁっ!! アーッハッハッハッハッ………!!」

 

不可解な勝利宣言の真意を慌てて問いただすも、時すでに遅し。

五人衆一の策士は、狂ったような笑い声と共に豪華の中に消えてしまった。

 

「………何の真似だ?」

 

汗の噴き出る肩を上下させつつ、昴は訝しげに呟く。

危ない所ではあった。

本来先ほど使用した分身による究極のかく乱戦法は、その分身を霊力によって生み出す事から、莫大な霊力を消費する事になる。

加えて三機同時に必殺技まで放つのだから、その負担は計り知れない。

ただでさえゲルカドンとの戦闘で霊力を消耗した現状で、よくそんな危険な真似が出来たものだと今でも思う。

だが、それでも昴は素直に勝利を喜ぶ事が出来なかった。

死に際の東日流火の残した言葉。

それは敗北でも命乞いでもこちらへの罵声ですらない、完全な勝利宣言だった。

負け惜しみのハッタリと言えばそれまでだ。

だが星組一の天才の脳は、その言葉をどうしてもハッタリとして片づける事が出来なかった。

 

「(まさか………、これ自体が罠だとでも言うつもりか………?)」

 

思いもしない大がかりな罠にはまるような、心のざわつき。

それに追い打ちをかけるように、天井から激しい衝撃が襲った。

 

「………これは………!?」

 

天井を突き破って見えた影に、昴も思わず驚く。

何故ならそれは………、

 

《後篇へ続く》

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