誰が為に征く   作:駆華野 志想之介

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くりっく?
くらっく!


儚き剣の輪舞曲

side––––キリト

 

このソードアート・オンラインというゲームに魔法というものは存在しない。しかしながら魔術的要素が皆無なわけではない。装備するだけでステータスに補正を掛けてくれるアイテムは無数にあるし、食べるだけで発動するものもある。

しかしそういった超常の力は、むしろ障害となる場面の方が多い。多くのモンスターが駆使してくる特殊攻撃スキルだ。毒、炎、氷、そして雷のブレスはその代表格だ。

炎ブレスはその中でも一番攻撃力が高い。だが、雷ブレスも侮れない点がある。一つ目はその速さだ。発射を確認した直後には、最大射程まで届く異様な速さを誇る。そして二つ目、喰らうとかなりの確率でスタンする。そして、場合によっては、いっそう危険なデバフも––––。

アステリオス王の雷ブレスに下半身を直撃された俺とアスナのHPががくっと二割近くも減った。直後、HPバーの周囲に緑色の枠が点滅し、同色のデバフアイコンが表示された。

全身の体感覚が遠ざかり、着地姿勢を取ることもできず、俺はアスナと絡み合ったまま背中から床に叩きつけられた。あれほど気をつけろと自分で言っていた《麻痺》だ。

反応の鈍くなった左手を懸命に動かして、ベルトポーチから麻痺治療用の緑色のポーションを引っ張り出し、栓を抜き、口に運ぶ。

ミント風味の液体を飲み干してから、恐る恐る視線を動かすと、アステリオス王の巨体はわずか十メートル先にまで迫っていた。

雷ブレスに巻き込まれずに済んだプレイヤーは三十人数人もいたが、ゆっくりと移動するボスに対し、どう動くべきか判断できないようだ。何たることか、レイドリーダーのリンドと、サブリーダーのキバオウの両名が麻痺し、しかも王から最も近い場所に倒れていた。二人とも指示を出したいのだろうが、麻痺中は囁き程度の声しか出せない。この状況、せめてレイなら指示を出せるはず。そう思って視線を反対に向けるが、彼女も麻痺にかかり力なく倒れ伏していた。力なく唇を噛むその姿からは悔しさがひしひしと伝わってきた。

不意に、左耳のそばで、か細くも美しい声が響いた。

 

「……なんで、来たの」

 

引き戻した視線の先には、はしばみ色の大きな瞳がすぐ目の前にあった。空になったポーションの小瓶を右手に握り締めたまま、もう一度繰り返した。

 

「……なんで」

 

俺がアステリオス王のブレスに気付きながらも回避せず、アスナのところに走った理由だろう。なんでだろう、と自分に問いかけてみるが、答えは見つからなかった。だから俺は、ただ一言だけ口にした。

 

「わからない」

 

すると、こちらの理由も不明ながら、細剣使いは灰色のフードの奥で、柔らかい微笑みを浮かべた。眼を閉じ、頭を俺の左肩に預ける。

もう一度視線をアステリオス王を見ると、右手に握った大金槌を高々と振り上げたところだった。バラン将軍のそれよりも一回り大きなハンマーが狙うのは、足元に倒れるリンドとキバオウだ。

––––––––ここまでか。

俺は胸中でそう呟いた。

その時、視界の端を何かが走り過ぎた。それはボスの前に躍り出ると、鈍く光る曲刀を構えた。刃が赤く閃き、単発技の《リーパー》が発動され、ボスの振り下ろすハンマーと衝突。

がぎぃいいん!

甲高い音を響かせてハンマーが押し戻され、アステリオス王は体勢を崩す。一方押し返した本人は身につけていたコートのフードを取る。コートを身につけた人物が誰かはすぐにわかった。この世界において特徴的な黒混じりの銀髪を靡かせるのは、一層のボス攻略を共にしたミトだった。いかなる理由で駆けつけたのかはわからないが、援軍だとしたらこれほど頼もしいやつはいない。

短いディレイから回復したアステリオス王は、怒りの声を漏らしながら、その矛先をミトへと向けた。

すると、不意に後方から逞しい腕が伸び、俺を床から引っ張り上げた。俺とともに倒れていたアスナは別の細い腕によって軽々と持ち上げられた。俺を抱え上げた豪腕の持ち主は、深みのあるバリトンで叫んだ。

 

「すまねぇ!オレとしたことが竦んじまった!」

 

そのまま壁際へと俺を運んでくれるのは、もちろん両手斧使いのエギルだ。後ろにいるはずのアスナを見れば、にこやかに「おおっ、軽いですねぇ、ちゃんと食べてますか?」なんて言いながらひょいと彼女を持ち上げるロノミアに唖然としてしまった。さすが斧使い、とでも言えばいいのだろうか。

巨漢の小脇に抱えられた状態で、必死に首を起こした。

出口から十メートルほどのところに、右手に奇妙な武器を握ったそいつはいた。

 

「……あいつは!?」

 

 

===================

 

 

side––––レイ

 

「…………ミト……」

 

また、助けられる結果になってしまった。

ミトが来なければ、リンドとキバオウの二人がどうなっていたのかは想像に難しく無い。自分の注意力の至らなさに歯噛みしていると、うつ伏せになっていた体の背中にそっと手が添えられた。

ゆっくりと首をを動かし、手を置いた人物を見た。

 

「……え、…………セン!?」

 

囁き程度の声しか出せないが、こちらの動揺が伝わった彼女はにやっと笑った。

そのままわたしの体を両手で起こすと、荷物を担ぐようにして抱き上げた。

 

「よっと、このくらいならオレでもいけるな」

 

呑気にそう言ってのける彼女は、ボスを一瞥すると素早くその場を離れて東の壁際へと運んでくれる。その時ミトを見ると、一人でボスの攻撃を捌いていた。ときに躱し、受け流して一人で時間を稼いでいる。早くあそこに加勢しなくては、そう思っても、うまく動いてはくれない体がもどかしい。

壁際にはすぐに着き、すでに到着していたアスナとキリトと合流した。アスナを運んでいたロアは、アスナを下ろすとすぐさまミトのもとへと駆け出した。

顔を合わせるなり、キリトはわたしの背後を麻痺で動かしづらいながらもゆっくりと指差した。

 

「……あ!?」

 

出口から少し離れた場所にいるのは、つい数日前までタランの村でカンカン鉄床を叩いていた生産職プレイヤーだ。すなわち、鍛冶屋ネズハ。もちろん、しっかり防具をつけてだが。

彼はわたしたちが提案した案に従い、たった三日で修行を終え、さらにはミトとセンを連れて来たのだ。

そして、この場にはわたしたちとは違う驚愕を感じているであろう者たちがいるはずだ。

そう考えたとき、本隊からばらばらと走り出た集団があった。ネズハを見て、凍ったように立ち止まるのは、G隊……レジェンド・ブレイブスの五人だ。

 

「ネ…………」

 

リーダーのオルランドが、数日間行方不明になっていた仲間の名前を呼ぼうとしたが、声はすぐに途切れた。此の期に及んで、ネズハがギルドメンバーだってことを隠すつもりなのか。自分たちの窮地に駆けつけてくれたというのに。

ネズハは何も言おうとしない旧友たちを見て

、一瞬だけ沈痛な表情を浮かべたが、すぐに毅然と叫んだ。

 

「僕たちでぎりぎりまでボスを引きつけます! その間に、体勢を立て直してください!」

 

アステリオスの移動速度は今のところ遅いけど、それもゲージが一本目の間だけだろう。

ミトとロア、そしてわたしを運び終わるや合流しに行ったセンと、今まさに声高に叫んだネズハの四人でタゲを取り続けることは可能かもしれない。

いや、だめだ。いくら移動速度が遅いといっても、それを度返しする雷ブレスがある。あれは初見で回避できるようなものじゃなかった。四人は、登場のタイミングからして、ぎりぎり一発目のブレスを見ていない。

 

「だめ………みんなに、ブレスのことを……」

 

動きたくても、麻痺の解除まであと数秒かかる。その間にボスがブレス攻撃を繰り出さないなんて保証はない。そしてその瞬間が来てしまった。アステリオスは再び上体を反らせつつ空気をいっぱいに吸い込んだ。胸が膨れ、漏れ出る息とともに細いスパークが迸る。

 

「避けて…………っ!!」

 

掠れた声ではミトたちに届くことはなかった。そのとき、私の視界の端をきらきらと光る輝線が通り過ぎた。その光は、今まさにブレスを吐こうとしているアステリオスの王冠へと吸い込まれるように伸びていく。

甲高い音が響き、その攻撃がヒットしたことを知らせる。ボスの口内でブレスが爆ぜ、大幅なディレイを生んだ。

––––今の攻撃、ブレスのタイミングが分かっているの!?

わたしたちが目を見開いた、その時。すぐ近くで、この場所で聞こえるはずのない声が響いた。

 

「ブレスを吐く直前、ボスの目が光るンダ」

 

壁にもたれかかったまま、声のした方を見ると、すぐ隣の空間がぐにゃりと歪み、小柄な姿が、虚空から湧き出るが如く出現した。そこには、両頬に三本ヒゲをペイントしたプレイヤー、《鼠のアルゴ》がいた。

 

ボス戦が終わった後に聞いたことだけど、二層迷宮区の近くにある密林にイベントが設置されているらしい。系統としてはお使いクエストで、めんどくさがらずにしっかりクリアすれば、ボスの攻撃パターンのみならず、弱点が額の王冠だということが明かされるとか。

そのクエストを発見、クリアしたアルゴさんだったけと、攻略部隊はすでに迷宮区に入った後のことだったみたい。一人で入るには、ソロでAGI全振りのアルゴさん単独では踏破は難しいのだ。センがいればまだなんとかなったのだけど、二人は契約を終えて別行動となっているので間に合わないと考えたらしい。

迷宮区の入り口で逡巡している時、やはりソロで、しかも不安そうにタワーに入ろうとするネズハを発見し、声を掛けた。その後二人でタワーに入り、二階に到達した時、鉄と鉄がぶつかる音を聞いたらしい。Mobと戦っているのなら連続的に武器同士をぶつけるのは妙だ。しかし急いでいたアルゴさんたちは細かいことは考えず、声を掛けて戦力を増やそうと思い音のする場所へと向かった。するとそこにいたのは––––。

Mobが普通に湧く場所でも全く気にせずにデュエルを行うバカ二人だった。

方や黒混じりの銀髪を靡かせ、得物の曲刀を高速で薙ぐ前回の攻略における実力者のミト。方や数日前まで自分のボディーガードとして行動していた少女––––センは、振るわれる曲刀を体勢を低くして躱し、そのまま相手の胴体に向けて短刀を突く。

突然目にした彼らに呆然とし、ネズハとともに開いた口が塞がらなかったが、意地で意識を戻すと、二人に事情を説明し行軍に加わってもらったというのが事の顛末のようだ。

呆れ二割、羨ましさが八割だ。ずるい、わたしだって稽古をつけてほしい。ぐっと握りこぶしを作り、動きがスムーズになっていることから麻痺が回復していることに気づいたわたしは勢いよく立ち上がった。

体の調子を確かめる為に槍での舞を舞ってみる。よし、問題なく動ける。

 

「先に行くよ!」

 

突然の行動に面食らっていたキリトだがその言葉にバネのように跳ね起き、ブレスを食らった位置に置いて来てしまったアニールブレードのもとまでダッシュ、ついでに一緒に落ちていたアスナのウインドフルーレも回収してきた。

 

「ネズハ!」

 

キリトが呼びかけ、右手握り締めた剣を掲げる。それを見たネズハはやや遅れて自身が持つ武器、チャクラムを掲げて返した。

一般に投剣スキルで投げたものは拾わないといけないが、チャクラムは例外である。投剣スキルと体術スキルを習得したものが使えるそれは、投げても手元に戻って来るのだ。これなら残数を気にせず投擲できる。

それを見届けて駆け出したわたしたちを追い越して、再びネズハのチャクラムがボスの王冠にヒット。今まさにハンマーを振り下ろそうとしていたアステリオスはその巨体を大きく仰け反らせた。

 

「ナイスアシスト!」

 

額を捉えた一撃にそう応えたのは、ボスの眼前でソードスキルを発動させようとしていたミトだ。見れば、ロアとセンもソードスキル発動モーションに入っており、三色のライトエフェクトがボスを中心に閃いた。

アステリオスがディレイから回復し、三人が距離を取ったタイミングでわたしたちは合流した。

 

「ごめん、遅れた!」

「気にするな、行けるか?」

「もちろん!」

 

短いやり取りの間に、体勢を立て直したリンドとキバオウのパーティが追いついてきた。

アルゴからアステリオスについての情報を無料で受け取り、継戦を決意したようだ。

レイド全員が麻痺から回復し、HPも回復も完了している。そして何よりボスの攻撃パターンの情報がある。

 

「よし……攻撃、始めるぞ! A隊D隊、前進!」

 

リンドの指示に従い、重装甲の壁部隊がアステリオス王に突っ込んでいく。

体当たりじみた近距離攻撃によって、タゲがミトたちから外れ、わたしたちはボスから距離を取った。

キリトとアスナは緊張でフラついたネズハに駆け寄って行った。

 

「さてと、流れはいい感じに傾いたが、どうしたい?」

「それはもちろん––––」

 

ミトの問いかけにわたしたちはボスの足元を見た。取り巻きの大佐や将軍が使用した《ナミング・デトネーション》は、当然ながらアステリオス王も使ってくる。喰らえばスタンになるその攻撃を、歯牙にもかけず猛攻を仕掛けるG隊が目に映る。他のパーティが退避を余儀なくされる中、彼らだけはボスに張り付きっぱなしだ。その正体は、ネズハに強化詐欺で稼がせた莫大なコルであることを、四人は知っていた。ブレイブスとして戦っている彼らはともかく、ネズハは危険を冒してまで駆けつけてくれたことで、詐欺についての糾弾はできなくなった。

しかし、G隊の面々にこのまま好きなようにされるのは気にくわない。

だから––––––––。

 

「邪魔しようよ」

「邪魔しましょう」

「邪魔してやろう」

 

問いに対してのわたしたちの答えは決まっていた。人から騙し取って、あまつさえ自分たちのリスクはほとんど無いような状態で得たコルで装備を整えていた彼らに、いいようにされるのは癪なのだ。

 

「…………上等!!」

 

にやりと不敵に笑ったミトは曲刀を構え、それに続くようにわたしたちもそれぞれの得物を構える。

その直後、主戦場で大きな歓声が起こる。見ればアステリオスのHPバーのラスト一本が赤く染まっている。

 

「E隊、交代準備! H隊、前進準備!」

 

リンドの指示が響く。

ミトは曲刀を掲げて顔だけこちらを向いた。

 

「行くぞ……掻っ攫え!」

 

そしてわたしたちは駆け出した。ちらりと振り返れば、すぐ後ろにはキリトたちが迫っている。恐らく彼らもブレイブスに抵抗する腹づもりなのだろう。

ボスの足元右側に取り付き、巨木のような脚にソードスキルを放つ。それに少し遅れてキリトとアスナが左側に到着。すぐさまライトエフェクトを散らしてソードスキルを叩き込む。ボスは怒りの咆哮を上げ、一瞬どちらに攻撃するべきか悩んでから、わたしたちの方へとなぎ払いを繰り出し、スイッチで前に出たロノミアが一人で弾いてみせる。ほんと、現実だったらすごい怪力だよね。

そして再びのソードスキルで、ボスはライトエフェクトに飲み込まれる。黒い肌のあちこちを赤く燃やして暴走状態となったアステリオス王のHPバーは残り僅か。恐らく後一度のソードスキルの集中攻撃で削れるかどうかといったところだろう。

 

「ヴォロロルルヴァラアアア––––––––ッ!!」

 

ひときわ恐ろしげな雄叫びを振り撒き、王が大量の空気を吸い込み始めた。口元に弾けるスパークを見るまでもなく、それがブレスだとわかる。しかし、すかさず飛来したチャクラムが王冠を撃ち、仰け反った王の鼻面で雷が爆ぜる。

 

「ふはっ、いい気味だ。……さぁ、ラストスパートだ!!」

 

ミトの声と同時に、僅かなディレイの隙を逃すことなく、ソードスキルを発動する。

色とりどりのエフェクトがアステリオスを包み込む。

猛攻とも言えるソードスキルの連発に、がくんとHPバーを削られるアステリオス。しかし全て削り取ることは叶わず、ほんの僅か残ってしまった。けど、まだだっ––––ッ!!

 

「いっ……けぇーー!!」

 

力強く叫ぶ。

わたしの頭上を飛びこえて、アスナとキリトがボスの眼前に躍り出る。

 

「セイ……リャアアアアッ!」

 

まず、アスナの苛烈な気勢とともに細剣突進技《シューティングスター》が空中で炸裂。

 

「おおお……らあああああッ!」

 

続けてキリトが片手剣突進技《ソニックリープ》を発動。水色と緑色の鮮やかな軌跡を描いて飛んで行く。

二人のソードスキルは、ボスの額を巨大な王冠ごと貫いた。

硬質なサウンドを響かせて、まず王冠が粉々に砕け––––。

次いで、アステリオス王の巨体が爆散し、フィールド全体を青白いポリゴン片が覆い、消えていった。

 

 

===================

 

 

side––––キリト

 

ボスが消滅した後のフィールドでは、異様な光景が広がっていた。

たった一人のプレイヤーを取り囲むレイド。リーダーであるリンドはもちろん、キバオウもこの状況を収める手立てはないようだった。

 

––––––––鍛冶屋ネズハが、自身が行った強化詐欺について、この場で告白したのだ。

 

当然フィールド内は荒れた。

一層で俺のことを元ベータテスターだと言ったのと同じ声が、引き金となった。

緑隊のダガー使いのそいつは鉄板を引っ掻くような、きぃきぃというノイズの混じる声で、ネズハの強化詐欺被害にあったプレイヤーが殺されたと発言した。

 

「そうだ‼︎ こいつは、人殺しだ! PKなんだ‼︎」

 

PK…………プレイヤーキルの略称を、デスゲームと化したこの世界で聞くことになるとは、予想していなかった。ベータ期間中なら、一種の役割演技に過ぎなかった。しかし今は違う。この世界でHPがゼロになれば、間違いなく現実でも死ぬ。現実の殺人行為に他ならないそれを、実際に行う奴がいるなんて思いもしなかった。それがまさか、こんな形で、忌まわしい略語を聞くことになろうとは。

 

「命で償えよ、詐欺師!」

「死んでケジメつけろよPK野郎!」

「殺せ! クソ詐欺師野郎を殺せ‼︎」

 

口々にそう叫ぶプレイヤーたちの顔に浮かぶのは、詐欺行為への怒りだけではなかった。恐らくは、ソードアート・オンラインというデスゲームそのものへの怒りであり、憎しみだろう。そんな負の感情が、ぶつけるに足る対象が出現したことで爆発したのだ。

誰もこの状況で否定の言葉を口にしないでいた。ふと、視界の端にブレイブスの五人を捉える。さすがに他のプレイヤーのように叫んではいないものの、全員が深く俯き、ネズハから目を背けている。

––––オルランド。いずれこうなることを……あんたは予想していなかったのか?

内心での問いかけに、もちろん返答はない。いや、それを言うなら、彼らに武器すり替えのトリックを教えたと言う黒ポンチョの男は––––……

––––––––まさか、

もしかしたら。

この状況が……攻略集団の面々が、ネズハの処刑を口々に求めるこの光景こそが、黒ポンチョの欲した報酬なのではないか?

だとすればそれは、ブレイブスの援助など目的ではなく。詐欺を行ったネズハを、前線プレイヤーの相違に基づいて殺させること。それによって《プレイヤーによるプレイヤー殺し》の既成事実を作り、アインクラッドでの殺人における心理的ハードルを下げさせること。

この予想が正しければ……問題の黒ポンチョの男こそが真のPKだ。しかも、自分のみが手を汚すのではなく、他のプレイヤーをも同じ道に誘い込もうとしている。

一向に収まる気配のない罵声の中、ついに––––オルランドたち《レジェンド・ブレイブス》が動いた。

がしゃっ、がしゃっ、という重い足音を立てて、彼らはネズハの前で止まった。地面に拳を突き、ひたすら頭を垂れ続けているネズハは顔を上げない。オルランドはゆっくりと右手を、左越しへと動かし始めた。すぐ側でアスナとレイが小さく息を漏らす。

無骨なガントレットが、じゃっ、と剣を抜き放った。

俺の愛刀と同じアニールブレードだ。強化度合いを考慮すれば、無防備なネズハのHPを削り取るのに、三度の振り下ろしで事足りるだろう。

最悪の結果を防ぐために、俺は右足にゆっくりと体重を乗せた。アスナも同じように、いつでも飛び出せる姿勢をとっていた。

 

「アスナ、君は動くな」

 

すると、即座にきっぱりとした一言が帰ってきた。

 

「嫌」

「わかってるのか、ここで割り込んだらもう攻略集団にはいられないぞ」

「それでも嫌よ。……わたしは、わたしでいるために始まりの街を出たの」

「………………」

 

そう言われれば、もう説得の時間も残っていない。小さく溜息を吐き、苦笑した瞬間。

ちり、とレイから怒気のようなものが感じ取った。目つきを鋭くした彼女はアイアンスピアを強く握りしめ、それを投擲する構えをとった。俺としてはオルランドがネズハを襲うつもりなら止めに入るつもりだったが、どうやらこの槍使いは先手必勝の魂胆らしい。もし、オルランドに襲うつもりがないのなら、ここで手を出すのはまずい。そう思い、レイを止めに入ろうとしたそのとき。

がしゃん、という音を立てて、オルランドがアニールブレードを床に置いた。

その光景にレイは手を止め、俺とアスナも唖然としていた。

オルランドはそのまま頭に着けていたバシネットも外し、ネズハと同じように床に膝を突き、両手と頭を床に押し当てる。

続いてベオウルフ、クフーリン、ギルガメシュ、エンキドゥの四人もそれぞれの武器と兜を置くと、ネズハを真ん中に位置する形で横一列になり、床に跪いた。

しんと静まり返ったコロシアムの中に、オルランドの、わななきながらも毅然とした声が響く。

 

「ネズオ……ネズハは、オレたちの仲間です。ネズハに強化詐欺をやらせていたのは、オレたちです」

 

 

 




八千文字……いい感じ、でしょうか。


「いっ……けぇーー!!」
↑早く牛男倒して三層に行って欲しいという、わたしの意思も込めた叫びでした。

ではまた次回。

はつかねずみがやってきた
はなしは、おしまい
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