くりっく?
くらっく!
side––––レイ
「まったく……なんでわたしたちが使いっ走りみたいなことしなきゃならないのよ」
アスナの不満たらたらな文句を苦笑しながら、わたしたちは二層から三層へと続く螺旋階段を上っていた。
先頭からアスナ、キリト。わたしとセン、そしてミトとロアだ。
先程、ブレイブスの面々が強化詐欺を行ったとして名乗り出た。
ネズハの命の危険があったが、それはもう心配ない。なにせ、主力たるレイドメンバーが一気に五人も下手人となったのだ。貴重な戦力である彼らに、罪を命を持って償わせようとするプレイヤーはいなかったのだから。
そうしてひと段落した後。わたしやアスナ、キリトはリンドからちょっとした頼みごとを受けた。三層のアクティベートをして、二層で待っているプレイヤーたちに攻略達成の報告をしてくれというものだ。それを聞いていたミトたちが、せっかくだから一緒にと同行してくれた。
先頭のアスナとキリトは、最早恒例といっても過言ではないキリトの説明口調での、SAOにおける三層からが本番。という話を繰り広げている。
《ソードアート・オンライン》を開発した茅場晶彦がSAOを特集したインタビューでこう言ったらしい。『《ソードアート》とは、ソードスキルとソードスキルが織りなす光と音、生と死の協奏曲』だ、と。
これに対してアスナは、協奏曲とは管弦楽器をバックにして、単独または少数の独奏楽器が主役として演奏する形式……なのだとか。
だとすると引っかかるものがある。茅場晶彦の言葉通りだとするなら、まるで主役がボスで、伴奏が攻略レイドということになる。いや、考えすぎだろう。
「んごっ……」
突如情けないキリトの悲鳴が聞こえた。顔を上げて見れば、進行方向の扉に背中を打つ形で転んだキリト。その衝撃で三層へと続く扉がゆっくりと開いていく。
アインクラッド第三層。
そのデザインのテーマは森らしい。しかも、これまであったような、一層のホルンカ村にあったような森とは規模も迫力も桁違いだった。見渡す限りの巨大樹林、その折り重なる枝葉の隙間から覗く金色の光の筋が降り注ぐ光景は、幻想的のひとことだ。
キリトは手早くアルゴに、あと一時間ほどで第三層の転移門が開通するだろうという旨のメッセージを送った。
その後、キリトから提案があった。
今わたしたちがいる森を右に行くと主街区。左に行くとクエストが一つあるのだという。効率的な面から、クエストの方に回りたいと提案したキリト。最初にそのことをおそるおそるアスナに告げたのだが…………。
やけに言葉の最後の方がかしこまり、あまつさえ言い間違えている様は面白かった。ミトとロアなんて吹き出していたほどだ。かく言うわたしとセンも苦い顔を隠せなかったが。
結局効率重視なアスナが承諾。わたしたち四人もそれに同意した。
「なあ、キリト。ここで別れないか?」
道中で湧くmobを倒しつつ進んでいると、ミトがそう提案した。
問われたキリトも何のことかと一瞬ぽかんとしたが、すぐに了承の意を示した。。
「いいけど、どうしてだ?」
「野暮用があってな、そっちにも手を出してると、なかなかクエストに混ざれなさそうなくてな」
「……わかった」
多少疑問を抱えながらも、キリトは頷いた。
そうしてわたしたちは、そのままクエストを進めに行くメンバーとミトについて行くパーティに別れることになった。
結果としてわたしとアスナ、キリトのいつもの組み合わせにセンが加わった四人パーティとが出来上がった。
ミトとロアに手を振って別れ、わたしたちはクエストのランダムポップを探して森の奥へと進んでいった。
わたしたちはその後、〈トレント・サプリング〉という枯れ木のようなモンスターを倒し、キリトの言う剣と剣がキンキンぶつかる音を探した。
そして、音を捉えてその場へと向かうと、木々の幹に反射するライトエフェクトを散らしながら戦うNPC二人を発見した。わたしたちはゆっくりと近づき、大きな木の幹からそっと覗き込んだ。
一方は、きらびやかな金色と緑色の軽装鎧に身を固めた男。右手のロングソードや左手のバックラーも一見してハイレベル品だと理解できた。後頭部で結わえられた髪は見事なプラチナブロンド、北欧系の整った顔だと言えるだろう。
もう一人は、対照的に黒と紫の鎧をまとっていた。ゆるく弧を描くサーベルと、小型のカイトシールドもダークカラーで、装備のランクは男の方と同じで高いようだ。スモークパープルの髪は短めで、やや浅黒い肌の横顔は同性のわたしでさえどきりとするほどだ。そう、金髪の男と戦っているのは女性なのだ。艶やかに赤い唇と、わずかに隆起したブレストプレートが、黒い剣士が女性であることを示している。
「ハアッ!」
「シャッ!」
猛々しい気合とともにお互いの武器を打ち合う。キイィィン! と澄んだ金属音が響、辺りを一瞬だけ照らし出す。
まるで本物のプレイヤーのようだが、彼らがNPCだという証拠は明白だった。二人とも耳が尖っている。厳密に言えば、男の方が《森エルフ》。女の方が《黒エルフ》なのだとか。
彼らの頭上には金色の【!】マークが表示されている。つまりこの二人はクエスト開始NPCだということだ。
しかし問題があるらしい。
何とこのクエスト、片方しか受けられないのだという。つまりわたしたちはこの場で、森エルフか黒エルフのどちらかに味方することを決意しなければならないのだ。しかも、九層まで続くロングクエスト仕様。思わずアスナが驚きの声をあげそうになったのも仕方のないことだろう。ついでにルート変更は不可なのだとか。
決断を迫られたわたしたちの答えは一致していた。女性に襲いかかる男に加勢するなど論外、故に悪漢を倒すべくしてわたしたちは黒エルフの女性に加勢を決めた。
その後、エルフの二人は相打ちになると言っていたキリトの言をひっくり返す事態となった。アスナを筆頭に猛攻を仕掛けていると、あっという間に森エルフが倒れたのだ。
「ば……馬鹿な…………」
そんな言葉を残してどうっと倒れる森エルフの男を見たキリトも同じく呟いていた。
「ば……バカな…………」
ふんすとドヤ顔で剣を収めるアスナ。森エルフの攻撃を短剣で防いでいたセンは武器の損傷具合を確かめてから、腰のポーチに仕舞う。かく言うわたしも、晴々とした気持ちで構えを解いた。
こうしてわたしたちの《翡翠の秘鍵》クエストがスタートした。
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side––––ロノミア
レイちゃんたちから別れて四十分が経過する頃、ミトにセンからのメッセージが届いたようです。
内容は予想を斜め上に行くものでした。クエストNPCを見つけ、黒エルフ側に付いたところまではよかったのですが、なんと相打ちで終わるはずの戦いを黒エルフを生かして終わったそうなのです。ベータテスト時にはありえなかったこと、しかしサービスが開始された今は違うのでしょうか。それとも限定イベント、もしくは別の何かがあるのでしょうか。そこらへん、この隣を歩く彼は何か知っているのかもしれませんね。
「案外、子どもっぽいとこありますよね」
ロノミアの呟きにぴくりと反応した男––––ミトは、ため息を吐いた後、頭をぽりぽりとかく。
「……いいじゃねぇか、こんな歳だが」
「あはは、まだそんなに歳食ってないですよ? 戸籍上は二十……」
そこまで言いかけて、二人とも歩みを止めた。
進む森のどこからか、金属同士をぶつけ合う甲高い音が聞こえてきた、彼らにとってはそれなりに馴染みがあり、その音が何であるかはすぐに理解した。
二人はお互いを見て頷くと、気配を消して音の発信源を探した。
無数に生える木々を鬱陶しく思いつつ、目的の場所にたどり着いた。太い幹と幹の合間から覗く、割と広めな空間。その中で、剣をぶつけ合う二人のNPCがいた。
方や黒い鎧に身を包んだ、整った顔立ちの男性の黒エルフ。得物であるサーベルを振るうその姿は、まるでプレイヤーのそれに見えるほどだ。
対する森エルフはと言えば、金髪の美少女だった。透き通るような白い肌にエメラルドを思わせる瞳。あどけなさが残る彼女は、金色と緑の軽鎧を身にまとい、ロングソードを必死に振るっている。
前もっての情報では、黒エルフは女性で、森エルフの方は男性だったはず。実際に目の前で戦闘を行う二人に、唖然としていた。
両陣営のNPCの性別がランダムになったのか、はたまた初期の限定的な仕様なのかと考えられる要素はいくつかあるが、先ずはやるべきことがある。ロノミアがちらりとミトを見れば、鷹揚に頷いてくれた。どうやら、好きにしていいらしい。それならば、味方する方は決まっている。
「行きます!」
小さく、しかしはっきりと言い、ロノミアは戦場へ駆け出した。ちょうど鍔迫り合っていた両者の間に位置取る。唖然としている二人に構うことなく、両手斧を黒エルフの男へ向けて振るう。
「くっ……おおっ!!??」
咄嗟に鍔迫り合いを中断し、仰け反りながらもすんでのところで後方に飛び退る黒エルフ。体制を立て直し、忌々しげに乱入者を睨みつける。
「おのれ! わたしの邪魔をした挙句、そこな森エルフの助勢をするか‼︎」
「おぉ、怖い怖い」
「……あの、あなたは?」
驚いていた様子の森エルフの少女が、おそるおそるそう尋ねる。さてなんて言おう…………。そう考えあぐねているロノミアを尻目に、ミトがゆっくりとした歩調で二人のもとに歩いてきた。
「通りすがりの人族だよ。劣勢のようだったから手を出すことにしたが、いらなかったか?」
「い、いえ……ご助力、感謝します」
うわぁ、取られた。悔しさが二倍ですね。
なんて、馬鹿なこと言ってる場合じゃなさそうです。対峙する側が決まったのはいいんですけど、黒エルフの頭上に浮かぶアイコンがみるみる赤黒く染まって行きます。つまり、そこらへんのmobなんかよりも断然強いということですね。
それでも…………。
「負ける気は無いですけどね」
「ふはっ。えらくやる気じゃないか」
「か弱い女の子に襲いかかる暴漢ですよ? 負けるわけにはいきません」
二人はお互いの武器を構え、黒エルフとの戦闘に入った。
振るわれるサーベルを躱し、撃ち払いながらも確実にダメージを与えていく。そしてついに、森エルフの少女にダメージを負わせることなく勝利してみせたのだ。この間およそ十五分強。
ロノミアがハイタッチを要求すると、ミトは渋々といった形ではあるものの、ちゃんと手を上げてぱしんと叩く。
肝心の森エルフの少女といえば、どうしたものかというようにぽかんとしていた。
その少女の対面に横たわる、黒エルフの死体がささやかな破砕音とともに消滅した。かなりの経験値とコルが加算され、幾つかのレアアイテムがドロップしたようだ。しかし二人はすぐに確認しようとはしなかった。
二人の視線は、黒エルフが消えた後に残った葉っぱ製の巾着袋に注がれていた。手に取るべきか悩んでいる間に、森エルフの少女はゆっくりと腰を屈め、薄緑の革手袋に包まれた両手で大切そうにそれを拾った。
「……これで、一つ目……」
囁くように呟くと、袋を腰のポーチにしまい、騎士は姿勢を正して二人を見た。
先ほどのぽかんとした顔とは打って変わって、透き通るような綺麗な瞳を浮かべるこの少女を、とてもロノミアはとてもNPCだとは思えなかった。
「助けていただき、ありがとうございます。わたしたちの司令官から褒賞も出るでしょう、野営地までご案内します」
その言葉とともに、彼女の頭上に【?】マークが点灯した。どうやらここで同行の意思を示せば、森エルフの野営地に招かれてさらにクエストが進んでいくのだろう。
「いいですよね?」
「あぁ、構わない」
二人の中で主街区に行くという案もあったのだが、ここで同行しないでおくと、目の前の少女がいなくなるという可能性がなくもない。そうでないとしても、二人が戻ってくるまでここで待たせるというのは論外だろう。
ミトに確認してみれば、あっさりと了承とばかりに頷いた。
森エルフの少女はわたしたちのやりとりを見て同意したと判断したらしく、軽く頷いて身を翻した。
「行きましょう、野営地は森を北に抜けた場所にあります」
はてさて、経験的にこのまま順調には進まない気がするのはなぜでしょう。このクエストに関与できるのは、一緒に受けたメンバーだけのはずですから、大丈夫でしょうけど……。
心に一抹の不安を抱きながらも、わたしたちのエルフクエストが始まったのでした。
はつかねずみがやってきた
はなしは、おしまい