くりっく?
くらっく!
side––––キリト
今までの第一層から第八層までのボス攻略。その中でミトが参加しないものはなかった。二層で援軍で駆けつけてくれたことを入れれば、という注釈は付くが。
多少の不安を抱えたまま、俺たちは攻略を進め、誰一人欠けることなく九層ボスモンスターを倒すことに成功した。
常にミトとともに参加していたロノミアは攻略に集中できていない時があったので、ミトについて何か知っているのかもしれない。
今になって思えば、謎の多い男だ。
分かっていることといえば容姿と武器くらいなのだから。
疑問に思った俺は、この世界最高と言っても過言ではない鼠のアルゴにミトについての調査依頼を依頼していた。
そして今、その調査結果を聞くために、俺とアルゴは第八層のフリーベンで落ち合っていた。
「それで、何かわかったか?」
俺は目の前でフードを被ったままフルーツジュースを飲むアルゴに尋ねた。
ずここっ、と言う音を立ててストローからジュースを飲み終えたアルゴがことりとコップをテーブルに置いた。
「……アァ、ミーくんが七層にいたことは分かっているんだがナ……」
そこでアルゴは言い淀んだ。掌の指を絡ませ、親指をすり合わせる。その様子から何か気まずくなることでもあったのだろうか。情報屋は数度口を開いては閉じを繰り返すと、ようやっと言葉を発した。
「ミーくんのこととは別ナンだが、ボス攻略の一日前に、……プレイヤーが一人襲われていたらしい」
「え?それは、モンスターにじゃなく……」
「アァ、プレイヤーがプレイヤーに襲われていたそうだ」
俺は驚愕した。まさか、エルフクエストの時に妨害してきたコイフの奴らが一般プレイヤーにも手を出すようになったのか?
しかし、その考えは即座に否定された。
「目撃情報が少ないから確証は取れなかったケド、下手人の方は下層のNPCショップで買える装備だったらしいヨ」
「そんな、動機は分かってるのか?」
「推測でしかないケド、ヤケを起こしたか、モンスターを狩り続ける勇気がなかったが、金や装備を欲しがった……なんて、考えればいくらでも出て来ちまうヨ」
「…………」
思わず押し黙ってしまう。
俺たち先頭集団が攻略を進める一方、下層プレイヤーはどうしていたのか。ロクに考えもしなかった。きっと彼らも緩くではあるが戦っているのだろう、そう考えていた。
しかし、安全な圏内から一歩外に出ればそこは死の危険が伴うバトルフィールドだ。
プレイヤー全員が武器を取って戦うことなどできはしなかったのだ。
つまり、事の顛末としてはだ。仮定として食い扶持に困った下層プレイヤーがいたとする。彼彼女ら二人はモンスターと戦うよりは、同じ人であるプレイヤーの方が倒しやすいと判断したのか、始まりの街で買える装備を身につけ、七層まで上がって強くなさそうなプレイヤーを探した。
そして、ダメージを与えられる圏外に出て人目がなくなったところで襲いかかった。ということだろうか。
圏外に出られる勇気があるならモンスターを狩ればいいのに、というのは暴論だろうか。
「なあ、アルゴ。その襲われていたプレイヤーっていうのは?」
「それが……襲われていたと聞いただけで、オイラはそれ以外分からないンダ」
「お、おい。それじゃあもしかしてミトがやられてたりなんてことは……」
それは最悪の可能性だ。ミトが下層に素材を集めに出かけたところを、血迷ったプレイヤーに襲われて……。
さっと顔から血の気が引くのが分かったが、それもすぐさま治る。
「いや、念のため確認したケド。ミーくんの名前を生命の碑で確認してアル。生きてるヨ」
「そ、そうか」
ほっとひと息吐き出すが、分からないことだらけだ。
あいつは一体どこをほっつき歩いてるんだ。現実で知り合いであろうレイも心配をしていたし。早々に戻って来てくれると願うばかりだ。
それから八日が過ぎ、ミトが消息不明のまま、迷宮区の攻略は進んでいき、とうとうリンドの《ドラゴンナイツ・ブリゲード》がボス部屋を発見。早速その翌日、十層主街区の広場にて攻略会議が開かれた。
そこで一人、注目を集めている男がいた。
黒混じりの銀髪という特徴的な容姿に軽装のプレイヤーは、このアインクラッド中で探せば彼しかいないであろう。
九層ボス攻略に不参加であったミトが、素知らぬ顔で会議の広場に参上していた。
「よう、キリト。しばらく」
「あ、あぁ。どうしたんだ、ここ最近見かけなかったけど」
「ちょっと野暮用でな、悪かった」
そう言ってその場を離れると、ミトはキバオウとリンドに挨拶をし、ちょうどやって来たレイたちに謝りに行っていた。
「…………」
「ロアさん、どうしました?」
そして今現在、俺とアスナの側にはロノミアが黙したまま立っていた。
いつも笑顔で場を和ませてくれていた彼女を気にかけて、何人かのプレイヤーが顔色をうかがったが、彼女は笑顔で手を振ってみせた。それを見て安心したのか、そのプレイヤーたちは自身のパーティやギルドに戻っていく。
俺も遠目から見ていただけでは気づかなかっただろう。俺は視線をちらりと下に向けた。
柳葉色のフード付きコートから覗く彼女の手は固く握り締められており。ほんの僅かに震えている。それに気づいているアスナも心配そうに見つめている。
間も無く会議が始まろうとする、その時だった。
《アインクラッド解放隊》の一人が広場に駆け込んで来た。ヤツだ。
三層から悉く俺たちの邪魔をして来たコイフのプレイヤー、モルテ。
彼は特徴的な鉄を引っ掻くようなきぃきぃ声で叫んだ。
「ひっ……人殺しだ!人殺しが出たんだ!!」
男が発した言葉に、喧騒に包まれていた広場がしんと静まりかえる。
誰が考えただろう。
HPがゼロになれば現実での死を意味するこのデスゲームの中で、殺人に手を染める者が出るなど。
考えなかったはずだ。これはゲームであってゲームではないのだから。
「……わたしの、せいです」
不意にか細い声が聞こえた。発生源は俺とアスナのすぐ側。ロノミアだ。
「……どういう、ことだ?」
問いかけたのリンド、問われたのは息を切らすモルテ、いや、今はジョーという名か。
その彼は息を整え、深呼吸をすると会場を見渡した。
そしてある一点を見つめると、ゆっくりと腕を上げ、指差した。
「……あ、あいつだ。人殺しは……あいつなんだぁ!!」
誰もが指差す先を見て驚愕した。ロノミアは顔を上げず、依然として拳を握ったままだ。それ以外のメンバー、俺やアスナも含めた全員が驚愕の表情でそいつを見ていた。
唯一、そいつだけは無表情だった。
全員の視線が交差する先にいるのは男。
––––悠然と構えるミトだった。
「……え?」
静寂の中、最初に声をあげたのはレイだった。信じられないといった顔で、掠れるくらいの声を出すのでやっとだった。
今まで攻略を続けてきた中で、気さくなミトの態度から、彼を快く思っている者は多い。それ故に信じ難かったのだ、ミトが殺人を犯したなどと。
「きっと何かの間違いだよ!」
その言葉を皮切りに、広場ではミトが本当に殺人を行なったのか否かの議論がそこかしこで始まった。
そんな中、俺は思考していた。
もし、アルゴの話にあった襲われたプレイヤーがミトだとして、襲ってきたプレイヤーを返り討ちにしたということか?
そう、返り討ちにしただけなら納得できる。しかしモルテは殺したと言っている。
この場でモルテがスパイだと告発したところで、ミトをかばっているだけだと判断されるに決まっている。
本当にミトは殺したのか?仮に殺したとして、それに至った理由は?
疑問が浮かんでは消えてゆく。
議論はなおも続く。
殺したと言う者。殺さないと言う者。それらをミトは黙したまま、身動きすら取らずに見つめている。
「……それで、どうなんだミトさん。あんたはその、PKをしたのか?」
おそるおそるといった様子でリンドが尋ねる。議論で騒がしくなっていた広場が再度静まりかえる。
渦中の人物は動かず、ゆっくりと視線をリンドに移す。
「……っ!?」
直接視線を交わしたリンドは思わず後ずさる。遠目から見えるミトの瞳は、何も写していないかのように暗かった。
その瞳が、ほんの数瞬こちらを向いた。
俺を見たミトは申し訳なさそうに瞼を伏せるとついでロノミアを見、微かに微笑んでみせた。見られた本人は顔を伏せていて気づいてはいないが。
そしてゆっくりと、ミトは口を開いた。
「確かに、俺はプレイヤーを……殺した」
一拍間を置いたことによって、最後の一言は妙に耳に残った。いや、忌避していたからこそ、その言葉は俺たちの中に焼きついた。
––––殺人。
現実での許されざる行為。それを行なったと公言したことで、広場は恐怖と驚愕に包まれた。
「……な、んで」
振り絞るような声が聞こえた。
見れば、胸に手を当て、縋るような視線をミトに向けるレイがいた。
そうだ、彼女は出会ったときにミトを探していた。現実世界で何らかの関係があったのは明白だ。
その彼女に何の説明もないままというのは酷だろう。しかしミトは、言い淀むことなく、その言葉を口にした。
「悪いが、事情を誰かに説明するつもりはない」
事件の顛末を明かさない。
そのことに皆驚いただろう。彼に罪の意識があるのなら、いや、罪から逃れたいのなら何らかの言い訳をするだろう。
仕方がなかった、正当防衛だ。そう言えば、ミトを信じて支えようとする者も出たかもしれない。
「おまえぇ!!!」
額に青筋を浮かべた筋肉質なプレイヤーがミトに歩み寄る。
罪の意識を感じられなかったミトに怒りを覚えたのだろう彼は、ミトの胸ぐらを両手で掴む。
それでも尚、ミトな動じることはなく、自身に掴みかかる男を冷たい瞳で見据えている。
「この件に関して、事情を説明する気は無いが、思っていることはあるんだ」
ぎり、と。ミトは胸ぐらに伸ばされている腕を掴み返した。そしてあっさりと事は起こる。その場にいた誰もが目を見開いた。
ミトの胸ぐらを掴んでいた男が、一瞬で捻られ、地に膝をついていた。
「っぐ、ぉぉおおっ!!??」
興味なさげに手を離すと、ミトは静かに口を開く。
「過程はどうあれ、殺した二人に関してはすまなかったと思っている」
「……なら––––」
「自害、もしくは牢獄に入れとでも? お断りだ」
男の言葉を遮る形で、ミトは言葉をかぶせる。この場で罪を償うとしたら、牢獄に入るか死、以外には無いだろう。装備を全て譲渡などということでは済まされないだろうしな。
そこに、あのきぃきぃ声が響く。
「お、オレ知ってる! こいつ本当は悪いなんて思ってないんだ!だから償う気なんて無いんだよ!!」
こいつは俺たち攻略集団の不和を誘発し、内部衝突を起こそうと行動してくる。今この場から叩き出せないことが悔やまれる。
しかし、ミトの行動のせいもあり場は険悪になりつつある。あいつはこの場をどう切り抜けるつもりなんだ。
「逃げるな、罪を償えよ!」
「そうだ、牢獄に入れ!」
さすがに死ねとは言えないのか、皆口々に牢獄に入れと叫ぶ。
それを見渡してミトはため息を吐く。
「それはお門違いってもんだろうが」
「なんだと?」
ミトの目の前にいる男がぎらりと睨みつける。それをどこ吹く風と流すようにミトは語る。
「まず、この世界で最も恐れられていることはHPがゼロになること。すなわち死だ」
その語りに誰もが言葉を止めて聞き入ってしまう。
「そして、このソードアート・オンラインから脱出するための最優先事項とは?」
ミトは目の前にいる男に問いかける。男はどもりながらも、回答を答える。
「ぼ、ボスの攻略。百層まで攻略すること、だろう?」
「そう、その通りだ」
まるで教師のように、生徒に正しい答えを教えるかのようにミトは語っていく。オレがミトに感じていたもの、それは高いカリスマ性だ。普段は自分から指示を出すことはないが、いざという時に彼が出す指示は攻略集団を救ってきた実績がある。
「それらを合わせると、オレが償う方法は……最前線に立つことだ」
誰もが固唾を飲んで聞き入っていた。その様子を冷静に見ながらミトは言葉を続ける。
「死の危険が伴うボス攻略に参加し続けること、それが俺の考える償いだ」
そこでもう一度、あのきぃきぃ声が響く。
「お前程度の実力なら、同じやつは何人もいるだろうがよ! お前の替えはきくんだよ!」
そう、俺やアスナをはじめとした数人のプレイヤーと、ミトの実力は同程度といったところだろう。現に、九層攻略の時、ミトがいなくともボス攻略は成った。
「なら、俺の実力を見せてやるよ」
「……は?」
予想外の答えだったのだろう、間抜けな声が漏れてしまう。
「今度の第十層ボス攻略で、俺の実力を見せてやる。それを見て、俺を黒鉄宮に送るかどうか決めたらいい」
果たしてミトの提案は通ることとなった。攻略集団の中で信頼のあったミトを信じようとする者たちは沈黙で肯定をした。
その反応を満足そうに眺めると、ミトは広場の端、俺たちのいる方へと歩み寄ってくる。
「それじゃあ、ボス攻略の会議を始めよう。だいぶ遅れちまったからな」
そのままミトはロノミアの前まで来ると、ゆっくりとその頭に手を置いた。
「––––っ!?」
びくりと肩を震わせたかと思うと、おそるおそるその手を握り、微かな嗚咽が聞こえてきた。
それを見て、俺は半ば確信にも似たものを感じた。
ロノミアのこの反応。それに「わたしのせい」と言ったあのセリフ。それらを考え合わせると、ミトはロノミアを庇って何らかのアクションを起こしたのだろう。
ロノミアが不測の事態に陥ったか、あるいはロノミアが––––。いや、無駄な邪推はするべきじゃないな。
「……ミト」
不安げに呼びかけたのはレイだ。彼女は心配そうにミトとロノミアを見ている。
レイをゆっくりと視線だけ動かして見ると、すぐさま目線を前に持っていった。
「会議が始まる、よく聞いておけ」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、ミトは黙ってしまった。
気まずい空気の中で第十層ボス攻略会議が始まった。
ボスの名は《カガチ・ザ・サムライロード》。
この層からmobが使用してくるカタナスキルは、現在プレイヤーにも使用できるか不明だ。それをボスも使ってくるとして、対策は慎重に行われた。
トカゲ型モンスターとボスの違いは、ボスの姿が人型であることだ。偵察に出たメンバーの報告では、本当に人間のように動くこと、鎧武者のような装備をしており、この鎧部分に攻撃を仕掛けるとダメージの通りが悪いが、それ以外の部分は普通に通るとのことだ。
会議はあっという間に終わっていた。
皆ぎこちなく会話をしながらも、ちらりと視界の端にミトを捉えていた。
ミトはその様子をつまらなさそうに眺めると短く息を吐いた。
「影響を与え過ぎるのも考えもの、か」
ミトはそう言って立ち上がると、ロノミアに呼びかけた。
「行くぞ、ロア」
「は、はい!」
短くやりとりを交わすと、彼らは脇目も振らず広場を後にする。
俺たちは黙ってそれを見送ると、やがてゆっくりと解散していった。
===================
「ミト!」
俺とアスナ、レイにセンはミトとロノミアを追いかけて十層の主街区の端にまで来ていた。
夕陽が指す大通りをたった二人で歩く彼らはすぐに見つかった。
俺の呼びかけに振り向いたその顔は、先ほどと同じように無表情のままだ。
「お前たちか、さっきも言ったが、PKに関して俺が話すことはない」
拒絶。このメンバーだけとなっても、俺たちの間には壁が存在していた。
「……それは、二人の問題なの?」
そう言ったレイの声音には、僅かだが確信のようなものが感じられた。彼女は現実世界の二人とも知り合いのようなので、何か理由が推測できるのだろう。
その問いにミトは答えるべきか悩むような素振りを見せる。そんな彼の姿を初めて見る俺たちは、珍しいものを見たと少し意外に思っていた。
「……そう、だな。 これは俺とロノミアの現実世界での問題、ということになるな」
その言葉を聞いては、俺たちは黙って食い下がるしかないだろう。現実世界でのあれこれを詮索するのはタブーだし、何より雰囲気からして繊細な話のようだ。
話せないことを語ったミトの目には、申し訳なさが窺えたように思えたがそれも一瞬、ミトはロノミアの肩に手を置いた。
まるで叱られる子供のように、いや、もっと言えば捨てられるかのような表情を浮かべてミトを見るロノミアに、彼は優しく声をかけた。
「悪いと思うなら、結果で示してみせろ。俺たちは、いつだってそうしてきただろ?」
「––––っ!? ……はい!!」
溢れ出る涙を両手で拭い、大きく頷くロノミア。それを満足そうに見ていたミトは、俺たちに軽く頭を下げるとロノミアと連れ立って歩き去っていく。途中振り返ったロノミアが、まだ赤くなったままの目元をふにゃりと曲げ、笑み浮かべて手を振ってきた。それにつられて俺たちも手を振って返す。
そうして俺たちは二人が見えなくなるまで見送っていた。
「レイ、どうかしたか?」
センが不安げに声をかける。
俺とアスナが見れば、彼女は俯き、両の手を固く握っている。しかしすぐさま両手を平らに開いて顔近くに持っていくと、ばちん!と大きな音がなるほど力強く叩いた。
いきなりの行為に全員が目を丸くする中、彼女は一言「よし」と呟くと、勢いよく顔を上げた。
「くよくよ悩んでても仕方ない。明日はボス戦、わたしたちはミトを見守りつつ全力を出す!」
驚いていた俺たちだが、レイの喝を入れる声を聞いて顔にやる気が浮き出てくる。
俺たちは互いに頷き合うと、こつんと拳を触れ合わせた。
「ボス攻略、やり遂げるよ!!」
「「おおーー!!」」
あーあーあー、やっちゃった!
後悔はしていません、私が望んだ結末です。
モルテについては、本家様をご覧下さい。
俺の
評価誤字報告等お待ちしてます。
はつかねずみがやってきた
はなしは、おしまい