アンドロイドのギフティアであるアイラの寿命が尽きて回収されるまで、後一カ月と期限が迫って来ていた。
つまり、二人が一緒にいられるのは、残り1000時間しかない…そんなある日の出来事だった。
二人の乗ったサービス車は、街を離れて郊外に向かって走っていた。
「ツカサ、行く先が違うよ?」マークスマンのアイラが尋ねた。
「いいんだ、アイラ。この道で…」スポッターのツカサはそう答えた。
「でも、何だか変…ツカサ、出掛ける時もおかしかったし…」
(いくら、よく道を間違える方向音痴のアイラでも、もうそろそろ気付くだろうな。それに…)
「後ろに積んでいる大きな荷物は何?」アイラは、バックミラーに目をやりながらツカサに聞いた。
(もう、言わなきゃ)ツカサは覚悟を決めて、アイラに車を止めさせた。
「なァ、アイラ」
「何?」アイラは思い詰めた表情のツカサを見た。
「このまま、一緒に逃げよう」
「エラ~…意味が分かりません」
「どこか遠くへ行って、二人で一緒に暮らそう」
「無理です。私は後1000時間の寿命…それを過ぎたらワンダラーになってしまう」
「いいよ、ワンダラーなっても君の面倒は僕がみる」
「でも、マーシャさんみたいになって、ツカサを傷付けてしまうのは絶対にイヤ!」
「その時は、一緒に死んでやるよ」ツカサはそう言いながらアイラの手を握った。
「意味不明…私帰ります」アイラは車のドアを開けた。
「待てよっ!アイラ」ツカサは車の外に出ようとするアイラの手を引いた。
「離してっ!ツカサ」
「いやだっ!離したくない…アイラのいない世界なんて考えられない」
ツカサは手を振りほどこうとするアイラを、強引に抱きしめようとした。
その時、急に横に止まったサービス車の中から下りて来たミチルが声を掛けた。
「あんたら、こんな所で何やってんの?」
「ツカサが…」振り向いたアイラは、そう言い掛けて黙ってしまった。
「…ったく、いつまで待っても現場に来ないから探しに来てみたら~…何かあったの?」ザックもそう尋ねて来た。
待てど暮らせど、待ち合わせ場所に現れないツカサとアイラを不思議に思ったミチルとザックが探しに来たのだった。
「いや、何も…」アイラは何とかごまかそうとした。
だが、ミチルは目ざとくアイラの服が乱れている事に気付いた。しかも、後部座席には大きな荷物が置かれている。
「ツカサッ!アイラに何かしたんでしょっ?後ろに積んでるのは何?」ミチルはツカサを問い詰めた。
「いや、べっ、別に何も…」ツカサはドギマギしながら答えた。
「はっは~…お前、アイラと駆け落ちしようとしてたな~?」
「そっ、そんな事全然考えてないし…」
「嘘つけっ!ちゃんと顔に書いてあるぞ」
「あァ~あ、バレちゃった。そんなにキョドってたら丸バレだよね~…ツカサ」
ザックも、意地悪そうにして横から突っ込んで来た。
「だっ、だって、そうするしか方法がなかったから…」ツカサは、とうとうあきらめて白状した。
「あんたね~…こんな事がバレたらカズキに殺されかねないわよっ!」ミチルが怒り出した。
「ミチル、ツカサを責めないでっ!ツカサは悪くないから…」アイラは、思わずツカサを庇おうとした。
「アイラは黙っててっ!…今、この馬鹿と話をしてるんだから…」
ミチルはどうしようもなくなって、突っ立ったままでいるツカサを責め続けた。
「あんた、私のお父さんの話を聞いてなかったの?マーシャさんの最期を見たんでしょっ!」
「うん…」
「寿命が尽きてワンダラーになってしまったギフティアがどうなるか…分かってやってるの?」
「でっ、でも、どうしてもアイラと別れるのに耐えられなくて…」
「はァッ?…あんたさえよけりゃそれでいいの?アイラの気持ちを考えてやった事がある?」
「それはっ…」
「アイラだって辛いんだよ。もうすぐ、あんたやみんなと別れなきゃならない事が…」
「アイラ…」ツカサは、アイラの悲しそうな顔を見て呟いた。
「まったく子供なんだから…危なっかしいったらありゃしない」
「アイラ、僕が悪かった。ごめん」ツカサはアイラにそうあやまった。
「いいよ、ツカサ…気にしてないので」アイラは素っ気なく答えた。
「さァ、仕事に戻るわよ。もう二度とこんな事するんじゃないわよっ!ツカサ」
「うん、分かった」
ミチルに諭されて、ツカサはしぶしぶ車に乗り込んだ。何だかとても気まずい気分だった。
車を運転しているアイラはいつもと変らない…でも、この可愛い少女の命は、後一カ月しかないのだ。
そんなアイラを見ていると涙が出そうになる…ツカサはアイラから目を背けずにはいられなかった。
それからのツカサとアイラには、嫌でも普通の日常生活が戻って来た。
どうやらミチルは、あの一件を上司に報告するのはさすがに控えたらしい。
いつものように「SAI社」の社員寮から、二人で「ターミナルサービス課」に出社する。
いつものように、二人で耐用年数の切れるギフィティアを持ち主から回収して回る仕事をする。
でも、アイラは自分が回収するギフィティアと同じように、やがて自分も回収される事をどう思っているんだろうか?
そんな事を考えると、ツカサは胸が痛くなって来て、いても立ってもいられない気持ちになるのだった。
そんなある日の休日、ツカサはアイラと二人で、いつもの遊園地のいつものベンチに腰掛けて、通り過ぎる人を眺めていた。
あれからアイラは、ツカサに気を使っているのか?よく彼に笑い顔を見せるようになった。
でも、ツカサには、死を間近に控えたそんな少女の笑顔が、却って痛々しく見えてしまうのだった。
ツカサは出来るだけアイラの顔を見ないようにして話し掛ける。アイラはいつものように素っ気ない返事を返す。
そんな味気のない会話を交わしていた二人の前に、少し背の高い人の良さそうな男が近寄って来た。
「あのぅ…すみませんが、カメラのシャッターを押してもらえないでしょうか?」
「あァ、いいですよ」ツカサは、男の差し出したカメラを笑顔で受け取った。
「ありがとうございます…じゃァ、お願いいたします。家族と一緒に撮って下さい」
そう言って男は、小走りに待っている家族の元に行って一緒に並んだ。
その男と、車椅子に乗った奥さんらしい女性と、二人の小さな男の子と女の子の家族写真を撮って欲しいのだろう。
「はい、チーズ」そう言ってツカサは、その家族の写真を何枚か撮ってあげた。
「ありがとうございました。お陰様で家族のいい思い出ができました」男は丁寧に礼を言った。
男が言った「思い出」と言う言葉に、はっ!とアイラが反応した。
「いえ、どういたしまして…失礼とは思いますが、奥様はご病気か何かですか?」ツカサは男に尋ねた。
「はい、そうです。もう家内は寿命が残り少なくて…それで、子供たちが母親を忘れないように、たくさん思い出を作ってやりたいと思いまして、無理して遊園地に連れて来たんですよ」
「そうでしたかァ~…すみません、辛い事をお聞きしました」
「いえいえ、いいんです。例え後わずかな命でも、家族と一緒に幸せにすごせれば…どうも、ありがとうございました」
そう言って男は、奥さんの車椅子を押しながら、小さな子供たちを一緒に連れて去って行った。
ツカサとアイラは、いつの間にかそんな家族の後ろ姿を目で追い掛けていたのだった。
アイラの寿命が尽きて回収されるまで、残り三週間と迫ったある日の事だった。
何を思ったのか、ツカサはもらった給料を全部はたいて、高級なカメラを買って来た。
そうして、そのカメラを首にぶら下げて出社して来た。
「おっ!なかなか高級なカメラじゃねぇか…いい動画も取れそうだな。給料はたいたんじゃねぇか?」
目ざとく品定めをしたらしいヤスタカが、ツカサにそう言った。
「えぇ、まァ…」
「でも、給料がなくなったんじゃァ、飲みにも行けねぇな~」
「だから僕は未成年てすっ…て~」
「そんな高いの買って何に使うつもり?」カズキが興味ありげに聞いて来た。
「えぇ…まァ、見てて下さいって…」ツカサはそう答えた。
それから、ツカサはそのカメラでアイラを撮り始めた。
プライベートでも、仕事でも、いつもカメラを首から提げてアイラの姿を追い続けた。
どんな小さな出来事でも、どんなにささいな仕草でも、アイラのする事を見逃さなかった。
時には、いつものようにドジを踏んで転ぶアイラを撮って、逆に怒られながら、それでも少女を撮り続けた。
そうしている内に、それまで暗く沈んでいたツカサの表情が、なぜだかだんだん明るくなって行った。
アイラの回収期限が三日後に迫ったある日の事だった。
山野辺課長に次のパートナーを探すように言われたツカサは、ギフティアのメンテナンスをするミキジロウの所へやって来た。
「鉄黒さん。ちょっとお尋ねしたい事があるんですが…」
「おぅ、何だ新入り…アイラの事か?回収は三日後だよな」
「えぇ…ギフティアって、期限が来て人格や記憶は消失しても、ボディは大丈夫なんですよね?」
「そうだが…アイラなら相当ガタが来てるから、一辺、大掛かりなオーバーホールしなきゃなんねぇぞ」
「どのくらい掛かるんでしょうか?」
「まァ、一月ってとこかな…でもよう、新しいOSを入れたら元のアイラじゃなくっちまうんだぞ」
「それで構いません。ぜひアイラの再生をお願いします」
「よし来たっ!だが、お前さんも物好きだなァ~…そんなにアイラがいいのか?」
「えぇ、あの子以外にパートナーは考えられないんです」
ミキジロウに回収後のアイラを頼んだツカサは、少し嬉しそうにターミナルサービスの事務所に帰って来て言った。
「課長、次のパートナーを決めて来ました」
「そうか、メンテの所にいい子がいたか?」
「いえ、ここにいました…アイラです」
「えぇ~っ!?」事務所にいた一同が驚いて一斉に声をあげた。
「えっ!私?…でも、私は記憶も人格もなくなっちゃうんだけど…」アイラは自分を指差して驚いていた。
「心配いらないよ、アイラ…また取り戻せばいい」ツカサはそう言って、にっこりと笑った。
いよいよ運命の日がやって来た。アイラが誕生して今日で9年と4カ月…まもなく81920時間になる。
この日で、アイラのすべての記憶と人格が失われてしまう…人間で言えば死を迎える事になるのだった。
ツカサとアイラはいつも通り、二人で揃ってターミナルサービス課に出社して来た。
「じゃ、私はお別れのあいさつ回りに行って来るので」アイラはツカサにそう告げた。
「あァ、行ってらっしゃい」なぜだかツカサはあっさりと彼女を送り出した。
アイラは、メンテナンスのミキジロウやエルに別れを言い、本社のお世話になった人たちへのあいさつ回りを済ませた。
ロッカーや台所を整理し、サービス課のスタッフ全員にあいさつを終えたアイラは、感慨深げに事務所の中を見渡した。
もうすぐ消えるたくさんの思い出を、胸の中にしっかりと焼き付けようとするかのように…愛しそうに机を撫でた。
とうとう回収車が、事務所の前にやって来て、車の中からミキジロウとエルが下りて来た。
「行こうか、アイラ」ツカサはやさしくアイラの肩に手を置いた。
「うん」アイラはこっくりとうなづいた。
ツカサは回収車の後部にあるギフティアのデータ消去モジュールにアイラを座らせた。
ミキジロウとエルが、手際よくうつむいたままのアイラの身体にケーブルを接続して行く。
アイラとの別れを惜しむターミナルサービスのスタッフ全員が、その作業をじ~っと見守っていた。
データを消去する準備を終えたミキジロウが、うつむいたままのアイラの肩をポンと叩いて言った。
「何か思い残しはないか?」
「え~っと…みんな長い間お世話になりました」
ようやく顔を上げてそう言ったアイラは、目に一杯の涙をためていた。
「私のドジのために、みんなに迷惑掛けてごめんなさい」
「いいよ、いいよ、アイラちゃん…誰も迷惑だなんて思ってる人はいないから…」
山野辺課長がそう言ってアイラを慰めると、アイラはカズキの方を向いて言った。
「私のせいで足を失くしちゃってごめんなさい。カズキ」
「何言ってんだい…足の一本や二本、どうって事ないさ」
そう答えたカズキも、もう泣き出しそうな顔になっていた。
「こんなドジな私でも、好きだって言ってくれる人がいて…私生まれて良かった」
アイラは目に涙を浮かべながらツカサの方を向いて、精一杯の笑顔を作って見せた。
「ありがとう。ツカサ…私ツカサと一緒で幸せだった」
とうとうアイラはこらえきれずに泣き出してしまった。スタッフ全員がもらい泣きし始めた。
「でも、無理してがんばりすぎて、いつもみたいに倒れちゃだめだよ」
「あァ、気を付けるよ…アイラ」ツカサは懸命に涙をこらえながら返事をした。
「シェリー、コンスタンス、ザック…私がいなくなっても、みんなで力を合わせてがんばってね」
「心配しなくていいわよ。後は任せといて…」シェリーもやっとの思いでそう言った。
「それじゃ、先に行くね…みんな」
やっと涙を振り払って席に座り直したアイラは、ふと思い出したようにポケットから何かを取り出した。
「あ、そうだ!これツカサに返さなきゃ…」そう言ってアイラは、手にした何かをツカサに差し出した。
それはツカサとの初めてのデートの日に、彼に買ってもらったオバケのキーホルダーだった。
「いいよ…また逢う日まであずけとく」ツカサは、キーホルダーをアイラの手に握らせてやった。
アイラは、ツカサにプレゼントしてもらったキーホルダーをしっかりと胸に抱きしめて目を閉じた。
その指に、ツカサはそっとデータ消去リングをはめてやった。
ギフティアのデータ消去プログラムが、ウィ~ン!と音を立てて動き始めた。
そうして、静かに眠るようにアイラは逝った。
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