回収されたアイラがいなくなって、一月が経ったある日の事…
ターミナルサービス課のドアを開けて入って来た山野辺課長は、スタッフ全員にこう言った。
「今日から、みんなと一緒に働いてもらう事になった新人を紹介しよう…こっちへおいで」
ドアの陰から、一人の少女がおずおずと出て来て、お辞儀をしながら言った。
「こんにちは、みなさん…今日からこちらの部署でお世話になりますアイラです」
「えぇ~っ!」スタッフは全員その少女を見て驚いた。それは何から何まで在りし日のアイラそのままだった。
手を軽く上げてツカサが立ち上がったのを見て、山野辺課長はアイラに彼を紹介した。
「あそこにいるのが君のパートナーのツカサ君ね。君よりちょっと前に入った同じ新人さんだ」
「やァ、お帰りアイラ」ツカサはアイラに近寄って行って、そう声を掛けた。
「お帰り…って?初めましてじゃァ…私はあなたと会った事はないので」
「いいや、会ってるよ。アイラ…ほら、これが何よりの証拠だ。君も持ってるだろ」
そう言ってツカサは、ポケットからオバケのキーホルダーを取り出してアイラに見せた。
「あっ!私のと同じ…私おんなじキーホルダーを持って産まれて来ました」
そう言いながら、キーホルダーを取り出して来たアイラの手をツカサは取った。
「さァ、席に案内するよ。こっちへおいで」
「はっ…はい」
アイラの手を引いて、自分の正面の席に座らせると、ツカサは早速持って来たアルバムを開いた。
それは三週間分のあのアイラの思い出が、ぎっしりと詰まったアルバムだった。
それからツカサは、いつもアイラにあのアイラとの思い出を語り、思い出の写真を見せ、撮り溜めた動画を見せ続けた。
ツカサが作ったマニュアル通り、アイラは、あのアイラと同じようにハーブを育て、ハーブティをたてるようになった。
ガッチャ~ン!
と、ティカップの割れた音にみんなが振り返ると、そこには慌てふためいているアイラがいた。
「ごめんなさい。また割っちゃった」ドジな所まですっかりあのアイラに似て来た。
「あ~ぁ…これじゃ、あのアイラと瓜二つだなァ」ヤスタカがそれを見て、皮肉混じりに言った。
「ツカサァ~、何もそんなとこまで同じように教えなくていいのに~」ザックもそう言って笑った
「いや、これでいいんだよ…アイラはアイラだから」ツカサは平然として言った。
「怪我するわよ。アイラ」ミチルは席を立って、アイラの後片付けを手伝い始めた。
「さァ、シャッターチャンス!今度は九年分だ…一杯撮るぞ~」
早速ツカサは、お尻を突き出して割れたティカップの後片付けをしているアイラを撮り始めた。
「何で、こんな格好悪い姿を撮るのよ~…ツカサ」アイラはそう言って、不満そうにツカサに言った。
「思い出を作るためだよ…いつまでも君と一緒にいるためにね」ツカサは、そう言ってむくれているアイラに微笑んだ。
それから20年が過ぎた。
中年になったツカサは、ターミナルサービス課の課長になっていた。
三度目のアイラは、顔やボディを整形して、今は20代後半の女性に見える。
けれども、せっかく大人になったのに、相変わらずお茶を運びながら、見事につまづいてすっ転ぶ。
「お~っとっ…とっ、とっ」ツカサはアイラが転んだ途端に、書類を抱えて被害を避ける。手慣れたものだ。
「ごめんなさい。大丈夫?」アイラはハンカチを取り出して、濡れたツカサのワイシャツを拭く。
「うん、何ともないよ…君こそ怪我はないか?」反対に、ツカサはアイラの心配をしている。
「それにしても、上手く避けるわよねぇ…課長」新人社員の此花ツグミが、感心したように言った。
「あァ、いつもの事だからな…あれって、一種のノロケなんじゃネ」中堅社員の棚餅マツオが小声で言った
「ふ~ん、それにしてもよく呼吸が合うものよねぇ…よっぽど仲がいいんだ」
「あんたら何をそこでゴチャゴチャ言ってんの…あァ、課長。常務から呼び出し掛かってるわよ~」
そう言ったミチルは、すっかりキャリアウーマンが板に着いてしまったようだ。
「あァ、伍堂常務か。俺あの人苦手なんだけどな~…仕方ない、すぐ行きます…って伝えといて」
ちなみに、当時のスタッフは、あれからそれぞれの道を行く事になり、ターミナルサービス課の顔ぶれも変った。
山野辺課長は退職し、カズキは研究所に転出して、今は耐用期限の切れたギフティアの事故を防ぐ研究をしている。
元からサラリーマンが性に合わなかったヤスタカは、会社を辞めてシェリーと一緒にバーを開いた。
ツカサもアイラを連れて二人が開いたバーに行き、旧交を温めた事があった…その時の話だ。
ガッシャ~ン!いきなりシェリーがグラスを落として割ってしまった。
「ごめんなさ~い」シェリーは笑いながらそうあやまった。
「オイ、オイ、またかよ~…怪我してないか?」マスターのヤスタカが心配して言った。
「大丈夫よ~、マスター」シェリーはケロッとして言った。
「えっ?シェリーさんって、アイラとは違ってしっかりしてたと思ってたけど…」ツカサは、ヤスタカに尋ねた。
「いや何ね…彼女四回目のOSなんだけど、型が古いもんでもうボディのパーツがなくてね。少々不具合も出るのさ」
「へぇ~…そんな事もあるんですね~」
「まァ、些細なミスぐらい大目に見てやらなきゃな…シェリーの姉もまだ生きてるって聞くし」
「シェリーさんってお姉さんがいたんですか?知らなかったなァ」
「うん、シェリーは双子の姉妹として作られたんだ…多分、姉の方はミキヤの所にいるんじゃないかな?」
そんな話を聞いた事をツカサもすっかり忘れていた。その矢先、鬼の部長だった伍堂ミキヤからの呼び出しを受けた。
SAI社の本社ビルにあるミキヤのオフィスに入ったツカサは、彼に深々と頭を下げてから言った。
「ターミナルサービス課の水柿です。お呼び出しを受けてまいりました」
「あァ、水柿君か…まァ、掛けたまえ」もう60近くになった常務のミキヤは、ツカサを椅子に腰掛けさせた。
「はい…ところで常務、ご用件は何でしょうか?」
「いや、他でもないんだがね…君の課は他の課と比べて、抜群の業績を挙げている。特にここ三年は、ギフィティアの回収事故が一件もない」
「はい、お褒めいただきありがとうございます」
「それで、どんな方法で回収事故を防いでいるのかを聞きたくてね」
「はい、私の課はギフティアの耐用期限が切れる一カ月前から、顧客とギフティアの思い出作りサービスを行なっております」
「ほう、どんなやり方で?」
「サービスマンが耐用期限の一カ月前に持ち主の所へ出向き、ギフティアと持ち主とのアルバム作りをしているんです」
「記憶を失くしたギフティアが再び思い出を取り戻せるようにか?なるほど…それでギフティアのリサイクルが増えている訳だ」
「はい、回収されて戻って来たギフティアに写真や動画を見せて、再び元の記憶や人格を取り戻していただいてるんです」
「う~ん…道理で苦情が一件もない訳だな。だがな…困った事に新品のギフティアの売れ行きが落ち込んでるんだよ」
「はァ…それは困りましたね~」
「顧客に喜んでもらってるならやめろという訳にもいかんしな~…と言って常務になった今の私は、ギフティアの回収だけでなく、販売も含めた営業全般を統括している身だからね~」
「済みません。私の独断でご迷惑をお掛けしまして…」
「いや、何も君のせいばかりじゃないがね…ところでどうかね、休日にでも私の家に来ないか?その件について、君に会わせたい人もいるし…そこで詳しく話をしよう」
「はい、かしこまりました。今度の休みにでもお伺いさせていただきます」
あの鬼の部長だったミキヤに、家に招待されるとは…さすがに驚いたが、断る訳にもいかずツカサは承諾した。
「ごめん下さ~い。水柿です」
ツカサがインターホンを押して来訪を告げると、すぐに丹前姿のミキヤが出て来た。
会社で見るのとは打って変わったミキヤの一面…眼鏡を掛けたその姿は、どこかの哲学者のようにさえ見えた。
「あァ、よく来てくれた。まァ、入りたまえ」
そう言って、ミキヤはツカサとアイラを二階の書斎に案内した。勉強家らしく蔵書がぎっしり並んだ書斎だった。
ミキヤに薦められてツカサとアイラがテーブルに腰を下ろすと、襖が開いて、和服を着た40絡みの美しい女性が現れた。
「あァ、済まんがお客さんにお茶を入れてくれんか」ミキヤは振り向いてその女性に言った。
「はい、かしこまりました」和服の女性は、ツカサとアイラに軽く会釈をしてからそう答えた。
「えっ!シェリーさん?」その女性は、ツカサには見覚えのある顔をしていた。
「いや、違うよ…シェリーの姉に当るギフティアのアンナだ」
ヤスタカがシェリーには姉がいると言っていた事を、やっとツカサは思い出した。
「SAI社が、展示会のコンパニオンとして作った美形の双子姉妹の一体でね。姉のアンナは僕が引き取ったんだが、妹のシェリーの方は女好きのヤスタカが目ざとく見つけてパートナーにしたと言う訳だ」
「あァ…それで瓜二つなんですね」
その時、何やら階段の下の方から少年と女性の声が聞こえて来た。
「お母さ~ん、無理しなくていいよ~…またつまづいて転んだら危ないから、階段は僕が運ぶよ」
「ありがとうカズヤ…大丈夫よ、これくらいなら持って行けそうだから…」
そのやり取りを聞いていたミキヤが、ツカサとアイラに言った。
「アンナは、もう四回目のOSになるんだ。困った事に型が古いもんで、パーツが揃わなくてね。余り無理をさせられないんだよ」
「そうでしたか~…確かヤスタカさんもシェリーさんについて同じような事を言ってました」
「ヤスタカもか~…アンナは以前僕の秘書をしてたんだがね。里子を引き取ってから家族として一緒に住む事にしたんだ」
「あァ、それで今こちらに…」
「これで分かったかね…実は僕もずっと前から君と同じ事をしてたんだよ。思い出を記録に残してまた植えつける。辛抱強くね…まァ、二年くらいは掛かるかな」
「常務もでしたか~…よく分かります。アイラも元の記憶を取り戻すのに随分掛かりましたから…」
「まァ、そのせいかカズヤは、自分の母親が無理できない事を知って、随分気遣いのできる優しい子に育ってくれた…それもこれもギフティアのアンナのお陰だ」
「そうだったんですか~」
「人は、よくアンドロイドの愛情は人間にプログラムされた偽物だと言うけれど、その人間の愛情も、DNAにプロブラムされたものじゃないかと思うんだよね」
「えぇ、常務のおっしゃる通りだと思います」
「それなら、あれは偽物、これは本物とは決め付けられないんじゃないかな?そんな事を考えるより、愛情を素直に受け入れた方が幸せなんじゃないかと思うんだよね」
かって、ギフティアを機械としか見ていないと言われていた鬼の部長、伍堂ミキヤ…
その人の口からこんな言葉が出るとは…正直、ツカサはいささか驚いていた。
「思い出を大切にするのはいい事だ。ただね…お客さんが皆ギフティアのリサイクルをすると、新品が売れなくなるのが困るんだ」
「それならこうしてはどうでしょう?二台目以降のギフティアは、割引で買えるようにしては…」
「う~ん…割引販売ねぇ~」
「子供のギフティアは、兄弟がいた方がいいだろうし、アンドロイドチルドレンも、両親がそろった方がよいと思います」
「なるほど…一台より二台、二台より三台。ギフティアで家族を作るんだね」
「そうです…家族の思い出って、人生で何よりも大切だし、お客さんも満足してくれると思いますよ」
「そうか…よしっ!検討してみよう。もしそうなったら、回収と同時に販売セールスも頼めるかな」
「はいっ!喜んで…」
こうして、ミキヤとの話を終えたツカサとアイラは、幸せそうな家族の住む家を後にした。
以前からツカサは、伍堂ミキヤはアンドロイドを機械としてしか見ていない冷たい人間だと思っていた。
けれど、今日彼と話をしてみて、今は何となく伍堂ミキヤと言う男を好きになれそうな気がしていた。
「それじゃァ、行こうか…アイラ」
「どこへ?」
「家族を作りに…もう、君もお母さんになってもいい頃じゃないかな?」
「そうね…子供を育てるのもいいわね」
二人の行く先は決まった。
家族がいる事は幸せだ。家族との思い出は大切だ。きっと、アイラはいい母親になる事だろう。
僕は、アンドロイドのアイラと一緒に人生を過ごす事を、まったく後悔していない。
きっと、アイラのボディの耐用年数が切れる頃には、僕の肉体の耐用年数も切れる事だろう。
アンドロイドのアイラは、自分に幸せな人生をくれた…それでいいじゃないか。
ツカサはそう思った。
もうひとつのプラスティック・メモリーズ (終り)