東京湾北部、
周囲を巨大な石壁に覆われ、そのサイズに見合った門が唯一の入り口となっていて、敷地の中央には学校からも望むことの出来る巨大な時計塔がそびえ立っていた。
校舎や学生寮など内部の建造物は馴染みのない
「…………」
すれ違う生徒たちは私を見ると、密かに何かを話していた。
「……あの子が」
「そうそう、焔牙を出しただけで、皆気絶したそうだよ。合格者を含めて……」
「なにそれ……もう、化け物じゃないか」
私の焔牙は普通の人の焔牙とは違う。
焔牙はその人の《魂》を具現化した物……つまり、私の《魂》は異常だと言うこと。
だから、私はこの焔牙に《聖約・運命の神槍》と名付けた。
程なくして、私は教室に入る。
中に入ると、室内に並んだ机は小中学校で使っていたような個人用ではなく、二人で使用する横幅が広い形の物だった。
私は外が見える窓側の席に座り、この後に行われるHRを待つことにした。
室内にいる新入生はまだ全員揃ってない。入試の際、一部の生徒が直接的な打撃で怪我をしたらしく治療中みたいなので、開始まではまだ時間がある。
少しして、私の前の席に座って来た男子に声を掛けられた。
「あの……」
「はい?」
私はこの男子生徒に見覚えがあった。入試の際にペアの変更を言った生徒だということを思い出す。
「俺は、
「私は、氷室愛花です。
透流は《異能》という言葉を聞くと、恥ずかしそうに頬をかく。
《
本来、焔牙は武器にしかならない。しかし、彼……九重透流は防具型の焔牙を具現化させた。
私と同じでは? と思ったがやっぱり違う。私のは一部を除けば普通の焔牙と変わりない。
お互いに軽い自己紹介を済ませる。だが、一人の人物が教室へと姿を見せたことにより、ざわめきが起こり、次いで、誰もが言葉を失った。
「なんだ?」
まるで入学式が始まる直前のような状況に、私たちも入り口に立つ人物に目を向ける。
「あの子……」
私たちはすぐに納得する。
クラスメイトの注目を浴びて佇むのはあの銀髪の少女だったからだ。
「知っているのか?」
「知り合いではないけど、あれだけの注目を浴びていれば、忘れる訳がないよ」
透流も「ああ……」と納得する。
私の戦いは秒殺で終わってしまった為、他の生徒の戦いを見ていた。
そんな中で一人注目していた人物がいた。それが彼女だ。
私は彼女の身のこなし、剣捌き共にかなりの腕前だと一瞬にして分かった。
そんな事を思いつつ、銀髪の少女へと再び視線を戻した。
講堂の時とはまるで同じように周囲の視線を意に介した様子もなく、彼女はゆっくりと室内を見回し……その
私で。
っと思ったが、僅かに横を向いていた。私ではなく彼だった。
「トール」
彼の名前を銀髪の少女は呟く。
どうやら、透流は銀色の少女が何故、自分の名前を知っているのかが気になっていたようだが、銀髪の少女は注視のなかで歩き出す。
腰近くまである銀髪を揺らし、表情を変えず、チリン、という鈴の音とともに。
まさに講堂の再現だが、最後だけが違った。
「…………」
銀髪の少女は私の近くまで来ると、僅かな時間だが再び透流を見つめ、ぺこりと頭を下げて椅子に座る。
透流の隣の席へ。
空いている席は多いのに、わざわざ透流の隣へ、と。
しかも―――
ちらっ……ちらっ……。
何故か横目で透流を見てる。
本人はこっそり見ているつもりだろうがバレバレだ。
「……逆に聞くけど、知り合い?」
「いや……」
◇
ある日、これまで会ったことも見たこともなく、当然名前も知らない外国人の女の子が突然自分の名前を呼んだかと思えば隣の席へ座り、あまつさえ横目でこちらを意識している。そんな状況に突然
とはいえ、このまま何が何だかわからない状況のまま、横目で見られているのも居心地が悪い。
「……な、なあ、ちょっといいか?」
「―――っ!」
チリンッ。意を決して話しかけた瞬間、銀髪の少女は物凄い速さでそっぽを向く。
「…………」
そのまま沈黙。どうやら、俺の呼び掛けが聞こえないフリを通すつもりのようだ。
(仕方ない。また後で話を掛けるタイミングを見計らおう)
小さくため息をつき、俺は愛花とたわいもない話を興じることにした。
◇
「…………」
ちらっ……ちらっ……。
私と透流がたわいいない話を興じるも、銀色の少女は再び視線をこちらに向けるのだった。
(本当になんだろう?)
そんなこんなで時間が経ち、少しずつ怪我の治療を終えた生徒が教室へ入って来る。
やがて、新入生がほぼ全員揃ったんじゃないかと思った時―――
「ハロハロー♪ あーんど試験お疲れさまー☆ あーんど入学おっめでとー!」
突然、ガラガラッと大きな音を立てて
しーんと室内が静まりかえる中、女の人は教壇に立ち、ポーズを取る。
「はっじめましてぇ、
クラスの全員反応無し。とういうかどう反応しろと言うんだ。
「……ありゃりゃん、どうしたの?」
きょとんとした表情を浮かべ、自称担任と口にする女の人が教室を見回す。
銀髪の少女とはまったく別の意味でクラス中の視線を一身に集めた彼女は、教師とは思えないくらい若く。そう、俺たちと同年代と言われても信じてしまうだろう。
何より教師と言われて信じられないのは服装だ。どこらかどう見てもメイド服を着込んでおり、あまつさえウサギ耳のヘアバンドまで着けているのだから。
そんな彼女へクラス内は、相変わらず無表情の銀髪の少女を覗き、誰もが
「はっ!? もしかしてアタシの可愛さに見惚れちゃってたりする? いやー、そういうのは結構慣れているつもりだったけど、さすがに新入生全員がってのは嬉し恥ずかし照れまくりだよ~♪」
頬に手を当て、いやいやと照れ臭そうに頭を振る自称担任だったが―――
「いえ、ただ引いているだけです……」
「なーんだ、引かれてただけなのね―――って、えええっっ!! 見惚れてたんじゃなかったのぉ!?」
私の呟きを耳にし、驚きの声を上げるのだった。
「どこをどう見たら、そこまで都合のいい受け取り方が出来るのですか……」
「みんなが黙って見つめてたから♪」
(本当にこの人が担任で大丈夫なんだろうか……)
この瞬間、クラスの全員がそう思ったに違いない。
「月見先生、あんまり新入生を不安にさせないで下さい」
私たちの気持ちを代弁したのは、普通に扉から教室へ入ってきた二十代後半の男性―――入学式で進行役を務めていた三國という名の男性だった。背が高く、整った顔立ちに室内のあちらこちらから「ほぅ……」というため息にも似た声(幸い男子のものは無し)が洩れる。
「あっれー? 三國センセってば、どーうしてこかにいるんですか?」
「新人教師の監督です。あまりふざけているようですと、別の方に代わって頂きますよ」
「だーいじょうぶですって。泥船に乗ったつもりで任せて下さいな♪」
「沈みます」
「さーて、それじゃ改めて自己紹介いっちゃうよー☆」
「…………」
三國先生のツッコミを完全にスルーし、月見先生が喋り出す。
「というわけでどもども月見の瑠兎ちゃんでーすっ。この春、
(十八歳なんだ。どうりで若い訳だけど……教員資格は?)
と思ったが、そもそも常識外の学校へ常識的なことを求めること自体が無駄か。
「月見先生は昨年の卒業生の中でも特に優秀な成績を修め、本年度の特別教員として抜擢されました。人格はともかく、技術や能力に関しては申し分ありませんのでご安心を」
三國先生によるフォローを聞き、
「何かすごくトゲのある言い方だったけど、みんな気にしないでサクサク進行しようねー。……と言っても今日は初日だから、自己紹介と今年度のスケジュールをさくっと説明するくらいだけど☆」
「その前に、まず《
「あ、そーだったそーだった♪ えーっと《
三國先生のおかげで、無事に初日の
それとは別の問題というより、気になることと言うべきでしょう。
それは、銀髪の少女。
透流の隣に座ってから、彼女からは相変わらず透流への謎の視線が向けられていた。
じ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ。
視線で人が殺せるなら、軽く百回は殺されているだろう。
周囲が教壇へ視線を向ける中、彼女だけは透流を見る。じっと見つめる。見続ける。
多分、本人は気付かれていないと思っているのだろうが、視線といのは自分で思っている以上に相手は察するものだ。
なんにしても、なんでここまで意識しているのだろうかがまったくわからなかった。
(人違い……?)
「―――ミ」
(だけど何故? 透流くんの名前を知っていたのだろうか?)
「―――してるキミ」
(情報が足りない……)
「そこで考え事をしている前から四番目のキミッ!」
「あっ! はい!」
大声で怒鳴られ、私が呼ばれていたことに気付く。
教壇を見れば、月見先生が頬を膨らませて私を見つめていた。
「んもー、やっと気付いた? キミで二人目だよっ」
「すみません」
くすくすと教室内のそこかしこから聞こえてくる笑い声。
それらを聞きながら、私は頬が熱くなるのを感じつつ立ち上がる。
「
「……氷室? ああっ、キミが噂のっ!」
「噂?」
「職員室で噂になっているよ。今年の一年には《
《
クラス内がざわめき、私はまたしても注目の的になってしまう。
そのざわめきが収まらない中、今度はもう一人の注目の的が自己紹介の番となる。
「そんじゃあ次。超目立つ銀髪ちゃん」
「……
銀髪の少女は
「ユリエ=シグトゥーナです。みなさんよろしくお願いします」
再び、教室内がざわめきに包まれる。……ただし、私の時とは意味合いが違う。
当然、私も珍獣に近い扱い。対して銀髪の少女、ユリエの場合は見るからに異国の少女という外見に似合わず、
しかしながら、ユリエは相も変らず周囲の反応を気にする様は無く着席。
そしてまたしても横目でこちらを見ようとして―――
「―――っ!」
透流と視線が重なった、と思った瞬間にそっぽを向いてしまう。
けれどある程度時が過ぎると、再び横目で透流の顔をちらちらと覗き始めるのだった……。
やがて自己紹介が終了すると生徒手帳と学生証、寮生活のしおりが配られた。
「全員に行き渡ったかなかな? 校則、寮則については後ほど空いた時間で各自目を通しておかないと、めっだからね♪ あと、学生証はクレジットカードとして使えるから無くさないように注意するんだよー」
「へぇ、そうなんだ……」
どうやらこれが生活費支給ということらしい。
「はいはーい。気持ちはわかるけど静かにー。最後にうちのガッコの
パンパンと手を叩きつつ、月見先生は特別な制度とやらについて話し出す。
「うちのガッコには《
(……《
と記憶を遡っている途中、別の生徒から「どうしてですか?」といった質問がされ、それに対して月見先生が答え始めたことで思考が中断されてしまう。「うちを卒業すると、
「……卒業後にいきなりチームで行動しろと言われても無理だろうから、学生のうちに慣らせておく、ということですね?」
「その通りっ。わかってるね、橘さん♪」
凛とした声で月見先生へ確認をしたのは、橘と呼ばれる女子だった。
「さてさて、《
(パートナー制度―――《
パートナーを選ぶ以上、ちゃんと選びたい。そう考えている為、結構難しいかった。
「……で、本題はここからなんだよねー。実はうちのガッコって《
確かに長い時間を共に過ごせば信頼は深まるだろう。
性格の不一致が浮き出てくる可能性も十分あるにせよ、ここまで常識外ばかりだったこの学園にしては理に適っている。
(ん、まてよ……?)
今の説明に一つ疑問が浮かぶ。
「あの、すみません。質問があるんですけど」
「はいはーい、《
……その呼び方はやめて欲しいです。
「
「ふふっ、ナイス質問。そこに気付くなんてうさセンセちょー嬉しい~♡ いい子いい子してあげよっか?」
「お断りします」
「ぶぅ~、残念。……さてさて気を取り直して、氷室ちゃんの質問への答えも含めて、寮の部屋割りの話をするよ~♪」
ぞくり。月見先生の笑顔を見た瞬間、背筋に震えが走る。
厄介なことになりそうな予感に。
その予感は果たして―――正しかった。
「週末までは、
「……へ?」
「つまり仮の《
胸の前で手を交差してバツを作る月見先生へ、ため息をつきつつ無言で頷く三國先生。
「それだと……」
「よかったね、九重くん♪」
私の前に座る九重透流に向かって親指を立てる月見先生。
最初の言葉の意味が理解出来なかった透流も、その一言で察する。
「イエスッ♪ 九重くんの同居人は銀髪美少女のユリエちゃんです。男子三十七人、女子十六人の新入生どころか全学年で唯一女子と同居だよ。きゃー、らっきー♡ ……あ、そうそう。不純異性交遊をすると退学になっちゃうから気を付けるよーに。分かりやすく言えば~~■■■で■■■を■■■して三人目の同居人がデキ―――……」
「するかぁあああっっっ!!」
透流は目の上の敬意を忘れて怒鳴って立ち上がる。
直後、透流の絶叫で我に返ったクラスメイトが大騒ぎとなった。
「マジかよ!?」
「あの子とか、いいなぁ……」
「きゃーっ、
「ま、待ってくれ! いくら校則だからって常識的に考えて色々マズイだろ!」
言いたい放題騒ぎ立てられる中で慌てて講義するも―――
「―――ふん。常識ね……。入学式の最中に試験、しかもリアルファイトを行なう学校がマトモだと思う?」
「…………」
「でも……ユリエちゃんは後ろに座っている氷室ちゃんと同居になる権利はあるんだよね♪ これを了承してしまうと九重くんは留年率が高くなってしまうけどいいかな?」
返って来た言葉に目の前がくらくらする。
机に手をつき、
先程とは違い、目を逸らされることなく、ユリエは透流に向かって小さく頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「よ、よろしく……」
これが、透流と
ついでに言えば、私の一人暮らしの始まりでもあった。
「では、特例として認めましょう」
敷地内にある寮へ移動し、寮則(門限や、食事等)について聞かされ、そのまま食堂に案内されて早めの夕食を終えた後―――
私は理事長室にいる九十九朔夜の元に訪れていた。
理由は単純且つ明快、《
「案外、あっさりと許可するのですね」
「ちょうど、この学園に転校してくる生徒が一人おります。彼女が来るまでの間でしたら
「ふ~ん。そうならいいけど……。取り敢えず、許可してくれてありがとう」
「…………」
そう言って、私は理事長室をあとにする。
理事長の許可を取った私は早速、目的の部屋へと向かう。
その部屋は―――
「失礼するよ」
「あれ? 氷室さん」
ちょうど、透流が寝てしまったユリエをベットに運びこんだところだった。
「ユリエちゃんは寝ちゃったか……まいっか」
「え? ユリエに用があったんじゃないのですか?」
「どうせなら、一回で済ませたかったんだけどね」
「といいますと」
「今週末まで私たち三人で仮絆双刃をすることになったのよ」
「はい!?」
突然の事に透流は驚くが、少ししてその意味を理解する。
今年の新入生は五十三人、一人余ってしまうのだ。
そこで、私は理事長直筆の
流石に部屋のことは無理があったので、転校生が来るまでの間はこの三人で絆双刃を組むことにたのだ。
「最終的には平和的解決策があるから安心していいよ」
「はあ……」
「そう言うことだから、明日からよろしくね」
そう言い残して、私は自分の部屋へと戻って行った。