桔梗の娘   作:猪飼部

1 / 26
第一回 蝶在桔梗

 ここに一人の少女が居る。

 同年代の中では上背高く引き締まった体躯に、既に実りはじめ更なる豊かさを約束された果実を、胸回りだけを覆う白菫(しろすみれ)色の筒状弾力胸衣(*1)に包み込み、緩やかに癖のついた母譲りだがより色素の薄い日に透ける銀髪をきつめに纏め、未だあどけなさを残しながらも美と精悍さを併せ持つこれも母譲りの相貌を持つ少女が居る。

 愛用の大薙刀“秋草(あきぐさ)”を傍らに、上半身をほぼ完全に肌蹴た白藤(しらふじ)色の着流しも威風堂々たる艶姿。

 

 姓は(げん)、名は寿(じゅ)(*2)

 字を慶祝(けいしゅく)

 真名を――蕣華(しゅんか)と言う。

 

 当年とって十二歳、益州(えきしゅう)巴郡(はぐん)太守(*3)厳顔(げんがん)(*4)が一人娘。

 

 

 

 いや、いねーよ、そんな娘……。

 

 何処からかそんな突っ込みが聞こえてきた気がして、少女は眉間に一本、小さな皺を縦に刻んだ。

 

 

 ――――

 

 

 第一回 蝶在桔梗

 

 

 

 誰に言われずともそんなことは分かっている。

 時は光和(こうわ)年間、ここは益州巴郡、英傑は父ではなく母、記録にないその子供たる己。

 

 ふんっ、と鼻白む。

 それがどうした。私は敬愛する母が腹を痛めて生んでくれた娘だ。

 

 時は後漢(ごかん)末、ここは恋姫外史――それも真・恋姫、英傑が母なのは、女なのは当たり前、数々の有名武将を差し置いて居るはずのない架空人物たる己。

 

 疾うの昔に意味を喪失した自問だ。それでも時折、不意に浮上するこんな思索とも言えぬふわふわした思惟に不快気に口の中で呻った。

 柳眉を顰め、自分がいまこの巴蜀に生きる一人の人間である事を意識する。態々そう強く意識する事でやっと不快感を払拭する。

 とっくの昔に今の自分を受け入れたというのに、溜息一つついて気を落ち着ける。

 こういうのもフラッシュバックと言うのだろうか?

 強く拒絶し過ぎているのだろうか? 嘗ての、もはや名前も思い出せぬ嘗ての己を自然体で受け入れれば良いのだろうか。

 とは言え、

 

 頭の中で捏ね繰り回した考えを簡単に心に落とし込む事が出来れば誰も苦労はせんな。

 

 

「厳伯長(*5)

「ん、来たか」

 

 呼び掛けに思考を現実に戻し、半身を起こす。

 身体ごと振り返り、丘向こうの低林から湧き出てくる人の群れを確認し、背後に控える兵達をちらりと見遣る。適度に緊張しているのが五十、過度に緊張しているのが五十。後の五十は新兵だ。

 何か気の利いた事でも言って新兵達の緊張を解すのが良いのだろうが、面倒だ。相手はちんけな匪賊、山に森に林にと、度々拠点を移す厄介さを除けば規模も練度も大した事はなく、そのうえ今は姉弟子の部隊に追い立てられ這う這うの体であろう。 

 無駄な力が入っているとはいえ暴発する気配もない。そも、この程度の任で、揺り篭を揺らすように優しく導いてやらねば役目を果たせぬ様では、この先碌に遣えやしないだろう。

 視線を前方に戻し片手を上げる。

 脇目も振らず此方へ逃げてくる賊徒共。数は二百程か、初めに聞いていたよりも数が多いが、()文長(ぶんちょう)率いる隊は僅かに五十だ。板楯(はんじゅん)(*6)兵を中心に精鋭で固めてあるとは言え情けない連中だ。こちらに気付く気配もない。

 もっとも、数の上では自身の率いる隊の半数だが、本隊より選り抜いた急襲部隊の五十、戦力では十倍はあろう魏延(ぎえん)(*7)隊相手に、賊如きがそう意気地を見せられるとも思わないが。

 そんな事を考えながら、つと視線を此方へ逃げ向かってくる賊徒の最後尾に向けると、此度の征伐隊指揮官が巨大な金砕棒を振り上げながら匪賊の尻に喰い付いていた。

 

 魏延。字を文長という、巴蜀きっての猛将。その圧倒的な膂力から繰り出される武は既に(げん)顯義(けんぎ)(*8)を越えているだろう。

 本来ならば荊州に居る筈の彼女は、厳慶祝が初陣を迎える一年程前に厳家へとやって来た。それ以来寝食を共にしており、厳家の一人娘にとって母の次に近しい人間となっていた。

 

 母ほどではないが見事な肢体をしておりながら、女性的な面はあまり見せず、武一辺倒の非常に活動的な人物である。

 短くざんばらな黒髪の一部が白砂の様に色抜けしており、彼女を識別する大きな特徴の一つとなっている。染色している訳でも脱色している訳でもなく生まれつきらしい。出会ったばかりの頃、つい気になって聞いたところ、不機嫌そうにしながらも答えてくれた。

 拙い事を聞いてしまったかと内省していると、「やっぱ変か? おかしいかな?」と躊躇いがちに聞いて来たので、格好良いと素直に返答すると、口から奇妙な音を漏らして一頻り慌てた後、顔を耳まで赤くしながら小さな声で変な奴だと言われてしまった。その様を見て、髪の持ち主は可愛いな、とこれまた素直に思った。口に出すと今度は殴られそうな気がしたので言わなかったが。

 

 どごん! と鈍く重い音と共に数人の賊が吹っ飛んだのをみて、やはり匪賊が逃げ惑うのも無理はないな、と思い直した。あれに立ち向かう胆力があるのならば、こんなところでけちな賊なんぞせずにどこぞにでも仕官すべきだ。どこでも立派にやっていけるだろう。

 視線をずらし此方へ逃げてくる賊の最前を見遣る。人間、その気になれば随分と速く走るものだと僅かに感心する。もう射程圏内だ。だが、まだだ。まだ先端が入り込んだばかりだ。もっと引き付けなくては。もっと、もっと、そうだ、もっとこっちに来い。

 十分に引き付け、賊の悲鳴だか怒号だかに新兵の誰かが生唾を飲み込む音を聞いて、上げていた手を振り下ろした。

 

 

――――

 

 

桔梗(ききょう)様! 魏文長、厳慶祝戻りました!」

「うむ、ご苦労だったな」

 

 焔耶(えんや)の元気すぎる声に鷹揚に応えたのは、巴郡太守厳顔その人であった。記録に残っていない字を顯義といい、記録にあるわけのない真名を桔梗という。厳慶祝の母にして、魏文長の師。

 成る程、蕣華はこの女傑の娘であろうと誰もが納得するほど似ていた。娘よりも色濃い銀灰色の髪、上背なお高く、蕣華が成長すればいつかはこうなるであろうと思わせる精悍なる美貌、そして、なんといっても豊満という言葉では足りぬほどの圧巻の乳房を誇る傑人。

 ただ其処に在るだけで他を圧倒する噎せ返る様な色香と共に、いやそれ以上に立ち上る武人の鋭気は、近頃は戦場に立つことも少なくなってきても尚、巴蜀きっての武人である事を如実に語っていた。

 

「報告よりも数が多かった様だがどうであった?」

「なに、大した事はありませんでした! 少々頭数が増えようが我等の敵にはなり得ません!」

「ふむ、寿よ。お主はどうであったか?」

 

 厳顯義は公務中は娘の事を名で呼んだ。主に公私の別をつける必要を感じていたからである。後の理由は……

 

「敗残者の群れと言ったところですね。実際、連中の多くは元は江東(こうとう)山越賊(さんえつぞく)(*9)だったようで、(そん)文台(ぶんだい)殿に追い散らされてここまで落ち延びてきたようです。新兵達には、まぁ、良い当て馬だったかと」

 

 最後、少しだけ言い淀んだ。

 

「そうか。 しかし、山越賊か」

「はい。最早逃げる気力もなくし帰順を申し出た者達を引っ立ててきましたが、帰陣途中に連中から話を聞いたところ、東から逃げて逃げて遂にこの巴郡までやって来たのだと」

 

 拠点を一つ所に絞らず、こちらが軍を出せば鮮やかに引いて見せた賊徒の正体がこれだった。 数度かち合った時も大して手応えを感じず、やはり練度は低いかなどと思っていたが、それ以前の問題だった。

 江東で余程恐ろしい目に遭ったらしく、力無き領民に対しては虚勢を張れるが、少しでも手強いと感じた官軍には臆病風を帆に受けて逃げの一手であった。

 逃げ癖のついたならず者。

 

「役に立つのか? そんな連中」

 

 魏文長が素直に疑問を口にした。

 目論見としては軍で鍛え直し、精強な兵へと転身させ、それを以って恩赦とするつもりだったのだが。

 

「そうは言っても、一度帰順を赦したのに『臆病者はやっぱいらないから』って斬り捨てる訳にもいかないでしょ」

「そりゃそうだけど……」

 

 基本的に新兵の調練は文長の役目である。司馬(*10)の役職も受け持つので練兵と共に規律も徹底的に叩き込むのだ。時には愛器“鈍砕骨(どんさいこつ)”を以って物理的に。

 帰順してきた賊徒の扱いも同様だ。難色を示すのも仕方ない。

 

「どの道、賊徒共を服属させるには一度その性根を叩き直してやらねばならんのだ。逃げ癖も多少矯正の手間が増えるだけの事よ」

 

 顯義の言葉に、うっ、と気まずげに呻る文長。

 

「ふむ、焔耶が否やと言うならば、寿よ、お主が鍛え直してみるか?」

「いえ、大丈夫です! ワタシにお任せ下さい!!」

「では魏郡司馬に任せるとしよう。いつも通りにな」

「はっ! お任せ下さい!!」

 

 母の言葉に反応する隙もなく流れるように話が二人の間で決まってしまったが、よくある事なので気にせず報告を続けた。

 

 

――――

 

 

(ちょう)巫医(ふい)(*11)の力でも完治は難しいか」

「……はい」

 

 張脩(ちょうしゅう)(*12)。五斗米道(*13)、いやさゴットヴェイドーの伝道者。

 長身の厳顯義よりなお上背高く八尺(約184㎝)(*14)にも達するが、威圧感などはなく、寧ろ安心感を与える雰囲気を醸し出し、短く刈られた清涼感のある黒髪と、その柔らかな表情と相俟って自然と人が集う優男。

 だが、ひとたび病魔を前にすれば、普段の優男振りは鳴りを潜め、巨悪に立ち向かう勇者の様な鬼気を纏うのだ。その時、人はその背に朱雀を視るという。

 その奇跡の様な鍼灸術で、漢中(かんちゅう)から巴郡にかけて多くの人々を救って来た凄腕の巫医。官にも軍にも所属せず、ゴットヴェイドーの教えのままに、そして己の中で燃え上がる使命感の命ずるままにその医を奮う。

 蕣華はこの巫医に真名――火鳥(かとり)――を預けられるほど気に入られており(何故なら、彼女だけがゴットヴェイドーを正しく発音してくれたから。その際、「感動だぁ」と涙ながら真名を預けてくれたのだが、蕣華は内心、その様に少々引いていた)、丁度折良く巴郡に滞在していたので、その伝手で今回の出兵の際、予め重傷者が出た時の事を依頼しておいたのだ。

 此度の賊征伐では賊の及び腰から幸い此方側の死者は出なかったが、新兵の中から一人、重傷者を出していた。

 確かに多くの賊徒は既に恐怖に屈し済みであったが、当然全員ではなかった。その一部の活きの良い賊徒が新兵とかち合った。

 

 狙われていたのだろう。

 

 新兵の硬さは落ち着いてみればすぐに知れる。たったの百人。少し戦に馴れた者なら一瞥で見分けるだろう。

 だが、その新兵を率いる己は賊を注視してはいなかった。侮っていたのだ。総崩れで逃げ惑ってくるその姿だけで判断して、その中で未だ牙を失っていない者共を見逃した。

 

 無様だ……。

 

 兵に本来負わずとも済んだ傷を負わせた。

 戦場に出れば誰でも傷を負うもの。時には命を落とす事も是とするのが兵であり将である。甘えは通じず、血と鉄の現実だけがある。

 だが、だからと言っていたずらに損耗させて良いものでは決してない。

 

 熟練した兵達は戦場で帯びるべき緊張を纏っていた。新兵達は飼い馴らせてはいないが緊張を身に帯びていた。

 だが蕣華は緩んでいた。一騎当千に届く武を持つ少女には緊張するに値しない相手であった。弛んでいたわけではないのだが、無意識下での緩みを律する事が出来ていなかった。

 それは経験の不足によるものだったが、当人にはそれが解っていなかった。幾度も戦場に出ているのだ。不足など。だが、本当に必要な経験を積むことは殆どできていなかった。戦場には赴いているが、彼女にとって死地といえるのは初陣で雪崩れかかってきた氐族(ていぞく)(*15)に単身で殿を務めた時だけであった。

 余りに苛烈な初陣は、その後の戦場の()()を少女に齎してしまっていた。

 

 それでも新兵が牙研ぐ賊徒に圧されるのを察するや、即座にその場に跳び込み匹夫めらを一瞬で膾斬りに仕留めて魅せた。そのあまりの手際に残りの賊共の心が完全に圧し折れ、降伏に繋がった。

 此方側の死者を出さず、息巻く賊徒を瞬殺せしめ、以って早期の降伏をはじきだした。

 周囲から見れば、厳伯長に落ち度は見当たらない。だが、蕣華は自身の失着を気にしていた。

 

「だが最悪の事態を避け得たのはお主の功績。余り気に病むでないぞ」

「はい」

 

 返事は返すが、それだけだ。やれやれと小さく溜息を吐いて桔梗は続けた。

 

「自罰的なのがお主の悪い癖だ。確かにより上手く立ち回っておれば損害は更に軽微であったろうが、その場での挽回を果たし、結果も出した。余り完璧を求め過ぎるものではないぞ」

 

 現状に甘んじる事無く高みを目指すのは良い事だ。反省する事を忘れず自己を戒めるのも良いだろう。

 だが、何事も過ぎれば毒となる。己の失着や欠点ばかりを見続ければ如何したって人は歪んでいく。また、完璧を目指せば無理が生じる。其処は人の到達できる領域ではないからだ。

 この娘は何事とも加減を知らぬ。と、顯義は見て取っていた。

 

 完璧などと遠い処を目指している積りはないのだが、自身の失敗は殊に強く眼についてしまう性向は自覚していた。それに改善がみられないことに俄かに落ち込んでしまう。つい視線が下がってしまったところ、ふわりと、この世で最も蕣華を安心させる芳香に包まれた。

 何時の間にか立ち上がり、目の前にまで来ていた母に優しく抱き留められていた。

 

「重傷を負った新兵とて、完治は難しいが命に別状はあるまい。兵卒としての道は閉ざされたが、別の道を用意してやることもできよう」

 

 頭を撫でながら愛し子に言い聞かす。

 

「その者の進路はお主に任せる。戦場での挽回は既に果たした。次はこれを以って戦後の挽回とせよ。それでこの件は決着だ」

 

 こくり、と母の胸の中で頷く。普段の厳慶祝からは考えられぬ仕草であった。

 

「お主はよくやった。母は誇りに思うぞ、蕣華よ」

 

 一層強く娘を抱きしめる。と、

 自然と柔らかな母性に顔をうずめ、きゅっと抱きしめ返してしまう。

 厳顯義が公務中は娘を基本的には名で呼ぶ今一つの理由、それはこうした初心な反応を観る為であった。

 それに気付いた瞬間、弾かれた様に母から身を離し視線を顔ごと横に向ければそこにはによによと妙な擬音が響いてきそうな笑顔を張り付けた文長を確認した。

 その次の瞬間には義姉の尻を思いっ切り蹴っぱぐった。

 あまりの激痛に蹲った文長が文句を言おうと顔を上げた時には既に蕣華の姿はなかった。

 

「くそっ、相変わらず素早いな」

 

 尻を撫でながら立ち上がる文長の横でくつくつと愉しげに笑みを溢す顯義の姿。

 いつも通りの、巴郡群府の日常風景がそこに在った。

 

 

第一回――了――

 

 

――――

 

 

 娘の飛び出ていった部屋の戸口を眺めながら、桔梗はもう一人の娘とも言うべき弟子に問い掛ける。

 

「お主の目から見て寿の采配はどうであった?」

「特に問題はなかったと思います。確かに賊の中で比較的元気な連中がいて新兵を蹴散らしましたが、意気があろうがなかろうがあの程度の賊相手にやられるようなら本格的な戦では働きを期待できませんし、命を落とすことなく向かない道から降りられるなら僥倖でしょう」

 

 魏文長の言う事はもっともである。何せ、この益州での軍の相手は本来あのような匪賊ではない。西方から漢土を窺う精強な異民族なのだ。つまりは護軍である。過去幾度も侵攻を繰り返しており、非常時に開府される将軍府が巴郡においては常置している最大の理由である。厳巴郡太守は同時に厳安遠(あんえん)将軍(*16)であり、益州牧劉焉(りゅうえん)(*17)より要請あらば即戦場に馳せ参じる用意が常にしてある。最も、近年は劉州牧旗下の三軍(それぞれ益州兵、東州兵(とうしゅうへい)(*18)青羌(せいきょう)(*19)兵からなる)のみで討伐を行う事が増え、厳顔軍の出番はそう多くない。

 

「大体、あいつはいちいち深刻になり過ぎですよ」

「戦場に出たならば全て覚悟の上でしょう。寧ろ、その程度の覚悟もなく戦場に出て泣き言抜かしたらワタシがぶっ飛ばしますよ」

「ふむ。まぁ、そうよな」

 

 それにひとたび戦場に出れば覚悟のあるなしなど関係なくなる。誰もそんなことは勘案しない。そんな暇も余裕も殺しの野にはありはしない。

 しかし、少し違う。娘が気にしているのは自身の采配の拙さであり、究極的には重傷を負った新兵の安否ではない。それは飽く迄も判り易く明示された結果の一つに過ぎないのだ。

 

「うむ、お主もまだまだだな」

「ええー?!」

 

 気持ちの良い反応に微笑を浮かべながら、心底驚いた表情を形作る愛弟子に論点のずれを説明してやった。

 




*1筒状弾力胸衣:胸部のみを覆う肩紐なしの女性用上衣。いわゆるチューブトップ。

*2厳寿:本作の主人公。名は反三国志に登場する厳顔の息子から。字は本作独自のもの。名前以外に反三国志要素はない。
【挿絵表示】


*3太守:中央政府から派遣される勅任官で郡の長官を務める。郡県の監察や考査を行い、功績を信理し、農政を勧め、貧民を救済し、罪人を裁き、訴訟を取り纏め、属吏を任命し、県の上計(戸籍管理、銭穀収支、盗賊の多少)をまとめ、郡の上計を中央へ遣わす等、その職掌は多岐に亘る。本来は本籍地には任官されない為、巴郡出身の厳顔が巴郡太守に任官される事はない。本来は。

*4厳顔:益州巴郡臨江県出身の武将。史料は少ないが張飛に放った言葉の印象で人々の心に残った豪傑。真・恋姫無双の蜀ルートヒロインの一人。英雄譚では立ち絵すらないという不遇っぷりが本作を書き始めた最大の理由。

*5伯長:閭長(りょちょう)とも。百人隊長。戦国時代の兵制による。伯は百の意か。

*6板楯:秦嶺山脈から流れ出る嘉陵江上流水系の渝水流域に定住していた異民族の一派。秦代からその精強振りは鳴り響いていた。異民族の中では漢によく従う一派で、高祖劉邦に従って関中平定の先駈けとなった。永初年間にも官に率いられ、羌族(先零羌)を打ち破った勇猛さから神兵と讃えられた。

*7魏延:荊州義陽郡出身の武将。劉備や諸葛亮に非常に重用された猛将だが、諸葛亮の腹心である楊儀とは非常に険悪であった。真・恋姫無双の蜀ルートヒロインの一人。英雄譚では厳顔と共に立ち絵すらないという不遇っぷりが本作を書き始めた最大の理由。

*8顯義:厳顔の字。本作独自のもの。

*9山越賊:族ではなく賊。実態は良く判っていないが、越族と犯罪者やら棄民やら等の混合集団、或いはそういった反乱分子を一纏めに呼び習わしたものであったようだ。

*10司馬:ここでは郡司馬。軍の監察官、軍警察の様なものとして扱う。郡司馬は本来、都尉の下に置かれるが、都尉はこの時代殆ど置かれなかったようだ。ただ、辺郡では司馬が必要とされ太守の元に置かれたらしい。内郡にも置かれる事も全くないでもないようだった。
 尚、魏延は本来の官は将軍府の軍司馬であり、郡司馬の役職を兼ねている状態。軍司馬は軍事管理官、将軍副官級として扱う。

*11巫医:巫術を操る医者。古代社会では巫術師と医師は未分化であった。尚、張脩は『後漢書「霊帝紀」』では妖巫とも称されている。反乱を起こしたためであろうか。

*12張脩:益州巴郡巫県出身の巫医。漢中で五斗米道を広めた人物。史実では黄巾の乱に乗じて挙兵し巴郡を荒らしたが、恋姫外史においてはゴットヴェイドーの関係者となれば勇者っぽい善人になるのは天命であろう。

*13五斗米道:張陵が創始したとされる道教教団。『典略』では張脩が開祖としており、後に張魯が張脩を殺害しその勢力を吸収した事から、元々張陵系列の道教教団が張脩の五斗米道を乗っ取り、張魯が祖父を「天師」として封じ教団の正統を謳ったのかも知れない。祈祷医療が活動の中心。信者に五斗の米を寄進させたのが教団名の由来。

*14尺:後漢の一尺は約23.04㎝。

*15氐族:後の五胡の一角。涼州武都郡に定住していた異民族。武都郡が布かれる以前より居住していたが、やがて大多数が西方の青海湖に追いやられた。蕣華が戦ったのは武都より南下した氐族の一派・巴氐族であろう。

*16安遠将軍:雑号将軍位だが、格式はそれなりに高い。遠くを安んじるの意で、中央より地政的にも交通的にも遠方にて異民族の乱を治める事を期待しての任命。

*17劉焉:荊州江夏郡竟陵県出身の群雄。前漢の魯恭王劉余の後裔。史実でも本作でも非常に野心的な人物。既に益州牧として赴任している。

*18東州兵:劉焉の部曲(私兵)の通称。荊州南陽郡や三輔地方からの疎開民からなる。益州地元民との軋轢が酷かったらしい。劉焉軍の中核を担う。

*19青羌:益州漢嘉郡に定住していた羌族の一派。漢嘉地方は元は青衣と呼ばれており、そこから青衣の羌族、青羌と呼ばれるようになった。劉焉軍の傭兵部隊。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。