桔梗の娘   作:猪飼部

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第二十一回 漢中夢記

 漢中郡は益州にあっても大巴山脈によって同州他郡と半ば分断されており、州牧劉焉の統治も未だ行き届いていない。それ故に賊に荒らし回られ、劉焉軍が討伐するに先んじて禁軍が漢中を平定した。その大将は巴郡の太守厳顔の自慢の一人娘であった。

 誰かがこう囁いた。 劉益州の心中は穏やかではなかろう、と。

 その密やかな声は、平定後の漢中復興に奔走する下軍校尉の耳には届くことなく虚空に消えた。

 

 

 漢中盆地にも冬は訪れる。とは言え、益州らしく寒波とは縁遠い土地柄であり、南蛮から来た少女も虎毛皮の外套を一枚羽織るだけで過ごせる程には快適であった。

 その南蛮少女は今、漢中郡便坐の一室で毛皮に包まり転寝を満喫していた。

 

「つまんない」

「いや、そう言われても……」

 

 その一室、便坐の中でも一際豪奢な客間で、蕣華は蹇碵の親類とされる女性と向かい合っていた。

 

「別に迷惑かけたいわけじゃないのよ。流石に私も今の立場を解かってるつもり」

「はぁ……」

「でもね」

「なんでしょう?」

「この辛気臭い空気だけは耐えらんない!」

「そうは言っても、御身の喪中ですから」

 

 そう言うと、対面の女性は「う~」と唸りながら茶卓に突っ伏してしまった。

 その姿を視界に収めながら茶を啜る蕣華。内心、やれやれといった感である。蕣華は逆賊馬相が荒らした漢中郡の立て直しを指揮する立場にあり、非常に多忙な日々を送っている。

 皇帝が崩御したからと言って、漢中の惨状は放って置けるようなものではない。それでも一応は服喪の姿勢を見せる為に、素服(そふく)を着込んで菜食で通している。正直、力が出ない。おまけに臣下の皆まで自分に倣っている。当然と言えば当然の事であるが、無理をさせているなぁ、と忸怩たるものがある。

 その上でこれである。こうして度々、眼前の女性に呼び出されるのだ。その度に、皆の(特に子明の)機嫌が急落するのだ。事情を知らねば、宦官の親類に振り回されているようにしか見えない現状をどうにかしたいし、しなければいけないのだが、如何ともし難い。

 迷惑を掛けたいわけじゃない。その言に偽りがないのがまた厄介であった。当人にはそのつもりが全くないのだ。極自然体で我が儘なのだ。幾度かやんわりと窘めて、その都度、改善自体は見られるので、蕣華は未だ目の前でうーうー唸っている幼い内面を抱えた女性を嫌いになれなかった。

 

「まさか、三年も四年も大陸中こんなんじゃないわよね?」

「それは流石にありませんよ。慣例によれば三十六日間ですから、じき解けますよ。それに諒闇(りょうあん)(*200)は皇族の方々と、我々のような臣下が服するものですから、大陸中と言うのは流石に。そもそも庶人に長期に亘る服喪は無理ですし。まぁ、洛陽城内は心喪の空気に覆われてるかも知れませんが……」

 

 実際にその空気に流されて、洛陽で身動きの取り方が判らずに長期逗留するに任せている者が居たりする。それも蕣華が住まう邸に。

 蕣華は母からの手紙によって祝いの品が届く事は承知していたが、それを誰が運んでくるのかまでは知らなかった。鏢局の者に届けさせるものかと思ったが、手紙には使者を送る、とだけあった。使者と言うからにはわざわざ任命された者がいるのだろう。蕣華は極自然に自分の知る知己の誰かで、それなりの期間を巴郡から離れても大丈夫な人物だろうと考えた。

 案外、未究かもな。しかしそうなると会えなかったのは残念だ。と、故郷の親友の顔を思い浮かべたが、まさかその友が極星と例えた人物が遣わされているとは考えもしない。自分が求めていると言われた極星足る人物、黄巾の乱時に三陣営でそれとなく探したが見当たらなかった男性、蕣華の抱える見えない因業。何時かは出会わなければならない、向き合わなければならない存在。

 だが、未だ彼女はそれに絡め取られてはいない。今、向き合うべきは輝く白藤色の髪のお嬢様であった。

 

 滔々と語る蕣華に、突っ伏したまま顔だけを上げて、今は蹇寛(けんかん)と名乗る女性は溜め息を吐いてから億劫そうに上体を起こし頬杖をついてぼやいた。

 

「ん~、なんか変な感じ」

「心中計りかねます。と言うのが正直なところですが、慣れて下さいね。色々と」

「そう、…ね」

 

 ややぼんやりとした感じで返事を返す女性を見詰めながら、蕣華はもう一度心中で同じ言葉を反芻した。この御方の心中如何許りであろうかと。

 宮中の煌びやかな闇に耽溺し、それ以外を知らされず、それでも過ちに気付き抗い戦おうとした時には全てが遅きに失した敗残者。

 国政を壟断して来た屑共によって飾り立てられた暗愚という贅肉の奥に、心優しい本質を埋もらせてしまった、今や亡霊の身の上の淑女。

 安く同情するのは簡単だが、それでは済まされない失態の上に漢土の現状があるのだ。一代で零落れた訳ではなく、累代の負債が重なり過ぎた面も大きいが、それで責任の重さが軽減される訳でもない。

 それでも、こうして日々近くで接していれば、気軽に糾弾できるものでもない。寧ろ、その本質が露わになるにつれ、自身で気付かぬうちに好意すら抱きつつあった。

 考え過ぎて上手く言語化できない領域にまで想いが及ぶと、蕣華は頭を振って思考を一旦白紙に戻した。

 そして、思考の残滓を払い落とすように話題を変える。

 

「ところで、お加減の方はどうですか?」

「大分良いわ。良い腕ね、あの医者」

「そうでしょう」

 

 自分の知己が、それも真名を交わし合った仲の者が褒められると、己の事のように嬉しくなってしまう蕣華であったが、その嬉し気な様子を見た蹇寛の思考は少々違う場所へ着地した。

 

「厳寿ってさぁ……」

「なんです?」

「ああいうのが好み?」

 

 全く想定していなかった問い掛けに、飲みかけの茶が食道を逆流し危うく吹き出すところ、寸でのところで抑えたが、思いっきり噎せ返ってしまい酷く咳き込んだのは致し方ない事だろう。なんとか咳を抑え込み、喉奥の苦しさに若干涙目になりながら抗議の声を上げた。

 

「何をいきなり言い出すんですか!?」

「え~、だってほら、……ね?」

「ね? じゃないです。兎に角、火鳥兄さんにそんな感情を向けた事はありません」

「ふーん。……もう、つまんないわねぇ! もっとこう、こう……ないのっ?」

「ありませんから。何なんですか、いきなり」

「なにって、私達って花の年頃じゃない」

「……ええ、まぁ」

「そういうお話の一つや二つは必須なのよ!」

 

 獲物を見付けた果子狸(はくびしん)のような笑みで高らかに宣言する淑女。対する蕣華の反応は冷ややかなものだった。

 

「二つも抱えるのはどうかと思いますが」

「細かい事はいいの! で、厳寿はどんな殿方が好みなの? さぁ、きりきり吐きなさい! じゃないと帰さないわよ!!」

「えぇ……」

 

 この日、蕣華が郡堂に戻る事はなかった。

 

 

 ――――

 

 

 第二十一回 漢中夢記

 

 

 

 漢中太守の便坐。漢中復興の間、蕣華達はここに逗留している。本来の主は居ない。漢中太守蘇固(そご)(*201)は馬相が南鄭県城に攻め寄せると、簡単に胆を潰し遁走した。門下掾(もんかえん)(*202)陳調(ちんちょう)(*203)が防衛戦を進言するのも聞かず、主簿の趙嵩(ちょうすう)(*204)に命じて安全な避難先を探させたが、その隙に賊に見付かりあっさりと殺されてしまったのだ。

 本来ならば、中央に手早く次の太守を派遣してもらうところだが、時期が余りに悪い。次の帝位を巡っての後継争いとその後始末でそれどころではないだろう。黄宗文が蕣華の名代として大喪に参列する為、洛陽に戻っている。決着が付き次第、報告に戻るだろう。今まさに引き返している途上かも知れないが、そこに新太守同伴は望めまい。

 結局、蕣華は太守公邸に逗留し、太守の真似事をさせられる破目に陥っていた。それも、ただでさえ苦手な内政を、荒廃した郡の立て直しという重責付きでこなさねばならなくなったのだった。

 以前、豫州で県令の真似事をしていた時とは、仕事量も責任の重さも段違いである。とは言え、あの時の経験がなければ、早々に音を上げていたかもしれない。

 

 そのようにして忙しい日々の中、蹇寛の相手もしなければならず、短期間で随分と疲弊していた。

 今日この日も、半日を蹇寛の元で過ごしてしまい、気疲れと気まずさでへとへとであった。そんな状態の蕣華に追い打ちを掛けるように、郡堂から便坐に戻って来た呂子明の機嫌が最低値を更新していたのを見て、これはもう限界だな、と蕣華は感じた。

 

「ああ、亞莎。ご免ね、今日も途中で抜け出して」

「……いえ、蕣華様はお忙しいのですから仕方ありません」

 

 にべもない。そして怖い。冷や汗一つ垂らし、さっと子敬に目配らせを送る。苦笑を返す智嚢に溜息一つ。ここで蕣華は決心した。触らぬ神に祟りなしとばかりに、さっさと割り当てられた部屋へ引っ込もうとしていた黄仲峻も呼び止める。

 

「亞莎、紅玉。二人に話がある」

 

 神妙な表情でそう告げられた二人は、矢張り神妙に頷き返した。

 

 

 ――――

 

 

 先帝劉宏(*205)は崩御しておらず、密かに洛陽を脱した。その事実を告げられた亞莎と仲峻は、その意味することろの大きさに、暫く何の反応も示す事が出来ずにいた。

 

「ご免ね。今まで黙ってて」

「いえ、そのような……。本来であれば、口にできぬような事……。申し訳ありません! 私の考えが至らぬばかりに!!」

「いやいや、ここに思い至れってのは無理があるから。でもまぁ、亞莎の言う通りでもある。言うまでもない事だけど、絶対に口外しないように」

「勿論です!」

「事情が分かったのはいいけど、蕣華は厄介事を背負い込む趣味でもあんのー?」

「私も紅玉を退屈させない為に頑張ってるんだよ」

「明らかに頑張り過ぎなんだよなー」

 

 緊張が解けたと思った途端に始まる二人の軽口。思えば、ここ最近はこの二人の言葉の応酬もまるで見られなかった。それだけ、雰囲気が悪かったのだろう。

 自分が大いに空気を悪くしていた自覚がある為、亞莎はしゅんと縮こまってしまうが、目聡い仲峻ががっしりと肩を抱いてきた。

 

「んー? まぁた亞莎は余計な落ち込みしてるなー?」

「え、いえ、その……」

「そりゃ大好きな主公が宦官の親戚に言いようにされてたら面白くないもんなー。しゃーないしゃーない」

「う……え、はい」

「それがそんなもんより遥か格上となるとぶっ飛び過ぎて文句言う気も失せるよなー」

「お、恐れ多いですよ。紅玉さん」

 

 亞莎が驚いて窘めるが、当の仲峻は何処吹く風といったところ。慶祝が「その辺にしときなよ」と言えば、やっとで「へーい」と返事を返した。

 兎も角、やっといつも通りに立ち戻る事が出来た。そう意識した途端、気付いた事があった。魯子敬である。彼女だけは慶祝に呼ばれなかった。無論、この場に居るが、慶祝は二人に話があると言っていた。そしてこれまでの、この漢中行が始まってからの子敬の様子を思い出す。

 いつも通りだった。子敬はいつも通り慶祝の参謀として辣腕を振るい、いつも通りの笑みを浮かべ、いつも通りの調子で皆に接していた。

 知っていたのだ。それはつまり、慶祝から話を通されていたという事。先帝脱洛の事は直接命じられた慶祝とトラ以外に決して知られてはならない最高機密だ。今こうして自分と仲峻が知る事になったのは、陣営の内部崩壊を防ぐ為だ。だが、子敬はそれよりも遥かに早く、恐らくは密命を受けてすぐに知らされたのだろう。

 そこにある信頼の深さに、亞莎は今迄にないほどに強い憧憬を感じた。いつか自分も。そして、そのいつかをいつかのままにしない為に、更なる精進を一人密かに誓うのだった。

 

 

 ――――

 

 

 益州巴郡江州県の中心部、郡府官衙の程近くにある厳邸。薄く朝靄立ち込めるその中庭に一人立つは、この邸で生まれ育った娘であった。

 

「……夢の中とは言え、随分と懐かしいな」

 

 厳家の一人娘、蕣華は感慨深げに呟いた。

 こんな夢を見るのは、漢中郡南鄭県で慣れない仕事に四苦八苦している所為か、或いは曲がりなりにも益州に戻って来たからか。庭の情景を確かめるように眺めながら、何となくそんな事を考える。それにしても、

 

「こういうの、なんて言うんだっけ? 夢を夢として認識している……」

「ああ、これ、厳寿の夢なんだ」

 

 なんとなしの独り言に反応が返って来て、慌てて振り返る。見れば、邸の客堂の方から蹇寛が周囲を見回しながら此方に近付いて来ていた。

 こんなに近くに来ていたのに、声を掛けられるまで気付く事も出来ないとは……。夢の中だから感覚が鈍っているのだろうか? 幽玄な靄と、光源定かならぬ薄明りに縁取られた世界には、確かにどこかふわふわとした頼りなさを感じる。それは自身の感覚にも顕われている。無意識の内にこぶしを握り、また開く。と言う動作を数度繰り返した。

 しかしながら、それよりも気にすべき事柄が今目の前にあった。

 

「陛下?」

「もう陛下じゃないってば」

「あ、はい。……じゃなくって、えー、何と言うか、私の夢の登場人物ではなく?」

「違うわよ。……改めてそう言われると、なんかちょっと自信無くなって来るんだけど」

 

 二人の人間が共通の夢を見ている。そんな事があるのだろうか? いや、少し違う。蹇寛の先の発言「厳寿の夢」。誰かの夢の中に、別の誰かが入り込む。少なくとも、尋常の人の身ではそんな超常をほいほい起こせるものではないだろう。

 なんだこれは。どういう事態だ?

 その疑問は、更に割り込んで来た第三の声によってすぐさま中断された。

 

「こりゃまた珍しい。その上、運がないね」

「何者だっ!!」

 

 聞き覚えのない声。何より、その声には理屈では言い表せない違和感があった。()()()()()()()という違和感が。

 蹇寛を背後に庇いながら振り向く。その手には何時の間にか秋草が握られている。

 

「なんとも恐ろしい嬢ちゃんだ。なんにも考えずに得物を取り出すなんてぇ真似しよるとは、どんだけ手に馴染んでんだか。あー、こんな恐ろしいのが標的とは、とんだ貧乏籤だよ」

「標的だと……?」

 

 振り向いた先には、紅染めの袍服を着込んだ奇妙に子牛に似た面貌の小人が居た。片足にだけ靴を履き、もう片方は竹扇と共に腰から下げている。悠々としゃがみ込んで此方を観察していた。

 蕣華は不快に眉根を寄せて、小鬼の発言を問い質す。

 

「使役される身の辛いとこだね」

「妖術士の類いに命を狙われる憶えなんてないんだけど?」

「さて、ね。歴史を正す為とか何とか言ってたがね」

 

 ミシリ、と秋草が不穏な音を立てた。

 

「憶え、あるみたいだねぇ」

「……歴史だと? ふざけるな」

「今この瞬間に正しい歴史なんぞあるわけねぇ。そりゃそうさな、おいらもそう思う。ただまぁ、人間共の中にも訳解からん術だの力だの使う奴も、居ないでもないしなぁ。そんな連中が何を嬢ちゃんの中に観てるのかは判らんね」

「そいつ等の事を知る限り吐いてもらおう。そうすれば、楽に滅してやる」

「物騒過ぎる。そこは見逃してやるじゃないのかい?」

 

 ずいっと、一歩歩を進めながら宣告すれば、小鬼は器用にしゃがんだまま後退りながらお道化(どけ)る様に返事を返してきた。

 

「見逃してどうなる?」

「おいらが嬢ちゃんの側に憑く」

「…… ……なんだって?」

 

 吐き捨てる様に言った言葉に、予想外の返答が返って来て思わず動きと思考を止めてしまった。何を考えている? 何故にそうなる? そもそも、使役されていると言っていたのに、それはそんな簡単に破棄できるようなものなのか?

 

「嬢ちゃんは夢の中でも揺るぎなく強そうだ。得物を容易に引き寄せた事からもそれが解かる。夢の中だから何でも思い通り、なんて訳にはいかないもんさ。人の領分は本来的に(うつつ)にあって、夢の中はおいらみたいな存在の領分だからね」

 

 それは蕣華も感じていた事だ。蹇寛の接近にまるで気付けなかったというのは、普段であれば考えられぬ事であった。しかし、小人はそこには気付かず話を続ける。

 

「愛用の品だからってそう簡単に虚空から取り出すように手にできるもんじゃあないんだよ。参ったね、やり合ったらきっと一太刀でおいら消滅しちまうよ」

「だから私に付くと? 信用できないし、そもそも使役されてると言ったのはお前だろう。そう言った契約は簡単に反故できるものじゃないんじゃないか?」

「信用の方は仕方ねぇが、後者は簡単さね。言ったろう、夢はおいらの領分だと。おいらを使ってる術士は夢の中で接触して来たんだ」

「……もしかして、その時点で詐術にでも嵌めたのか?」

「刃傷沙汰は苦手だがね、首尾良く使役された振りするくらいわけないのさ。ま、楽な仕事ならそのままやってやっても良かったがね。そうでなけりゃ、殺られたと感じさせてとんずら来きゃいい」

「ますます信用する気が失せたな」

「おっと、こいつはいけねぇや」

 

 くつくつと愉快気に笑う夢魔に、これ以上言葉を交わす意義もなかろうと判断を下したその時、秋草を振り上げようとする直前、小鬼の言葉がするりと滑り込んで来た。

 

「連中が嬢ちゃんに何を観てるかは確かに判んねぇが、おいらにも嬢ちゃんの中に観えるもんがある」

 

 だが蕣華はそれを無視した。無視して秋草を構えた。危険だ。これ以上はいけない。そんな焦燥に圧されて。

 

「嬢ちゃんには以前(まえ)があるね?」

 

 蕣華の構えが固くなる。不必要な力が秋草を握る手に掛かる。

 

「ああ、そいつがおいらの琴線に触れたのさ。不明瞭で良くは観えねぇが、確かにある」

「黙れ」

「なに、気にする事はない。実際、誰にだってあるもんなのさ。ただ、普通は以前の事なんざ洗い流されちまうだけの事さね。或いは、連中もそこが気に喰わねぇのかもね」

「だからなんだ!! 私は蕣華だ!!!」

「そうさな、それがいい。今を生きてるのに以前に煩わされるなんざ、良いとは思えないね。だが、外野にゃそんな事は解かんねぇんじゃないかねぇ」

 

 言葉を交わすことなくさっさと殺す。という判断はいとも簡単に吹き飛んできた。秋草を小鬼の首筋にあて、冷えた声で問い質す。

 

「言え、私の敵は何処に居る?」

「残念ながら、おいらが知ってる事は殆どないよ。おいらと接触した李意(りい)(*206)って奴の口振りから複数人居るだろうって事くらいさ」

 

 すぅっと蕣華の眼が細められたが、小鬼は態度を崩さず話を続けた。

 

「それでも嬢ちゃんがおいらを飼う価値はあるってもんさね」

「お前の価値だと?」

「おいらが憑いてりゃ、それだけで(まじな)いへの耐性が上がるぜ」

「……いや、ちょっと待て。その理屈は兎も角として、お前の言う付くとは『取り憑く』という意味か?!」

「そりゃそーよ」

「っ冗談じゃないぞ!!?」

「心配しなさんな。寝るたんびにおいらと顔付き合わすなんて事にゃならんよ」

「だとしてもだっ!!」 

「でも嬢ちゃんの相手は真っ当な奴等じゃないぜ?」

「っ……!」

 

 夢魔のとんでもない提案に喚き散らしていた蕣華だったが、その一言で歯噛みして動きを止めた。

 夢の中に刺客を放ってくるような連中相手に、自分が打てる手はあるのか。もしこれが仲間達にまで波及すればどうなるか。不吉な考えが頭を巡る。未知の敵の襲撃と、妖異を取り憑かせる危殆(きたい)を秤に乗せる。

 ちらりと背後を見遣る。興味深そうに此方のやり取りを見物している蹇寛の姿は、この異常事態の危険性を正しく把握しているとは思えない。こうしてもう既に一人巻き込んでしまっている。

 視線を小鬼に戻す。こいつは最初に何と言って声を掛けてきただろうか。「運がない」そう言っていた。自分を簡単に仕留める事が出来たのなら、背後の女性も生きて目を覚ます事は出来なかったろう。

 

 結局、蕣華は決断せざるを得なかった。

 

 

 ――――

 

 

「おっはよー」

「……おはよう御座います」

「なんか、あんたも色々大変なのねぇ」

 

 翌朝。これまでの人生で最悪の目覚めとなった蕣華に対し、実に気楽に朝の挨拶を交わすは蹇寛。しみじみと語る言葉に、蕣華は諦めにも似た心地で頷いた。

 

「矢張り、憶えておいでなのですね」

「そりゃあねぇ、あれだけの珍体験はそうはないわ」

 

 ここ最近の退屈を吹き飛ばす経験をした亡帝の気分は上々のようだ。

 

「ああ、安心して。誰にも喋ったりしないから」

「そう願います」

「……ふふっ、それにしても」

「? なんです?」

「二人だけの秘密って、なんだか艶めいてるわよね」

「何言ってるんですか、全く」

 

 何かと思えば、緊張感の欠片もない発言に、朝一でぐったりと疲れを感じる蕣華であった。

 

「なによもぅ、張り合いないわねぇ」

 

 そう言われてもなぁ、とどう返したら良いかと頬を掻く蕣華の脳裏に声が響いた。

 

[他人の夢に迷い込んだってのに、なかなか肝の太い嬢ちゃんだな]

「っなぁ?!」

「えっ? なになに??」

[そんな慌てなさんなって。おいらだよ]

「そんな事は分かってる! どうなってるんだ?!」

「もー、なんなのよー!」

「にゃー、姉ーどうしたんにゃ?」

 

 一気に混沌とした場に、何も知らぬトラが不思議そうな表情で現れた。蹇寛の抱える秘密の都合上、この三人に割り当てられた部屋は密集しており、毎朝最初に顔を合わせるのも当然この三人となる。そんな事すら完全に失念していた蕣華と蹇寛の慌てぶりには、流石のトラも疑念を抱かずにはおれなかった。

 

「な、なんでもないよ、トラ」

「にゃー、そんな筈ないにゃ」

「ほんとだって! 私も保証するわ!!」

「むー」

 

 ぷくぅ、と頬を膨らませて不満を露わにするトラ。

 

「いいんにゃ。トラにはむつかしくて大切な事だから話せないんにゃ。わかってるにゃ」

 

 トラはそこまで一気に言い放つと、そのまま駆けて食堂の方へ走り去ってしまうのだった。実際、トラも解かってはいるのだ。自身で言った通り、蕣華の立場が複雑な事も、今後、官位が上がればこういった事も増えるのだと。しかし、不意に胸に湧いた小さな疎外感を制御する事はまだ難しく、ついついすねるような態度をとってしまっただけなのだ。だけなのだが、

 

「おおおおおおお、トラ~」

「ちょっと、落ち込み過ぎでしょ。私も引き摺られて訳も変わらず慌てちゃったし……。何なの、一体」

 

 蕣華の受けた衝撃は殊のほか大きかった。

 

「おのれ、虚耗(シュハオ)(*207)……!!」

「え、なに? あいつ居んの? こっちに出てこれるものなの?」

[なんか悪かったな。早い内に知らせた方が良いかと思ったんだが……]

「よくは解らないのですが、さっきからあいつの声が聞こえるのです」

[おいらの声が届いてる間は、軽い白昼夢に陥ってるような状態なんだ。と言うか、おいらがその状態に嬢ちゃんを誘導してるんだがね]

「……なんだって?」

 

 何とか落ち着きを取り戻し、疫鬼の説明を受ける蕣華。

 基本的に夢の領域を生域とする疫鬼の虚耗と会うには睡眠をとらなければならないが、緊急手段として日中に交信する法として、蕣華の意識を半分夢に引き摺り込む事で会話だけは可能になる。無論、半分夢見状態など危険は大きい。あくまでも緊急措置だ。

 

「んねぇねぇ、結局どういう事?」

「……ええっと、ちょっと待って下さい」

 

 暫し一人でぶつぶつ呟いていた傍目には危ない人にしか見えない蕣華に、我慢し切れなくなった蹇寛がその肩をちょんちょんと(つつ)いて訊ねてきた。

 虚耗に聞いた事を何とか自分なりに噛み砕いて説明する。理屈は蕣華にもよく解からないが、ともかく意識を保ったままでも夢魔と話せる事だけは伝わった。

 また、ついでに呪いへの耐性についても蕣華は聞いていた。通常、呪術の上書きは難しく、単に既に掛かっている呪を上回る呪力だけで上書きしようとするならば、かなりの実力差を要求されるらしい。虚耗が憑いている状態は、それだけで強力な呪術に掛かっているのとほぼ同様であるらしい。しかも、普通の呪術(蕣華からすれば呪術に普通も糞もないが)と違い、虚耗は仕掛けられた術に明確に抵抗する。意志を以って術に対抗する呪い。憑き物が厄介なのはこれが理由さね。とは虚耗の言である。

 

 解かっていた事ではあるが、矢張り危険な存在を身の内に引き入れたものだ。

 その場に居合わせた蹇寛を除き、トラにも子敬にも軽々に話せはしない。しかし、()()には相談しなければならないだろう。このような事態は流石に想定外だったが、連絡手段を確保しておいて良かった。

 視線を上げ、庭木に止まりその威風を朝陽に晒す鳶を見据えながら、蕣華は浅縹(あさはなだ)色の髪を片側頭部に結んだ歌姫の勝気な笑顔を思い出していた。

 

 

 ――――

 

 

 主公の名代として洛陽での大任を仰せ付かっていた黄奎――真名を(ルン)――は、大喪を終え、帝位継承も紆余曲折の末に決着した京師を後にして、漢中郡南鄭県を目指し馬を奔らせていた。

 彼女の懐には任命書と指令書、そして将軍位の印綬が大切にしまわれていた。これらは無論、潤の主公である厳慶祝に下された勅である。潤は勅使としての任を以って主の元へ戻ろうとしていた。

 

 新帝劉協(*208)はその擁立に功を立てた董卓(とうたく)(*209)を丞相に就けた。

 この董卓、字を仲穎(ちゅうえい)は元々先の大将軍何進が己が野望の為に涼州から召し出した地方軍閥の長の一人であった。しかしその何進は敢え無く十常侍に謀殺され、その十常侍から董仲穎が皇帝、当時の協皇女を救出したという。弁皇子擁立の為に何進に呼ばれた筈の董仲穎が、何故皇女を救い出し擁立する事となったのか、それは潤には解からなかった。そこまでの詳しい経緯を知る者は、宮中ですら殆どいないようだった。

 ともかく、こうして後漢王朝は新たな皇帝の元、新体制で国の舵取りを始めた。

 厳慶祝の将軍就任もその一つである。慶祝は元々今回の馬相征伐が成った暁には、中領軍への累進が約束されていた。中領軍は北軍五営を監督する北軍中侯に指揮権を付与した非常置の偏将軍級の高級武官である。その職掌は洛陽城内での警護、実際に警備に就く五校尉を統括指揮する事である。

 しかし、今回慶祝に下される新たな任はまたも外征である。それも、漢中とは叛乱の規模が違う。事態を重く見た皇帝は涼州所縁の将軍の派兵を決定。しかし、混乱収まったばかりの洛陽での徴兵だけでは兵が足りない。そこで急遽、中領将軍の号が新設された。これは号が示す通り、中領軍に外征指揮権と軍編成の権限を与える為の将軍号であった。

 慶祝は急ぎ漢中で開府し、涼州へ赴かねばならない。その為に潤は駅ごとに馬を乗り換え、南鄭県城への道を直走り急いでいた。

 

 その潤の対面から、矢張り早馬が此方へ駆けてきた。いや、正確には洛陽へ向かっているのだろう。何事か。潤の心臓が一瞬跳ねる。

 

「涼州からか!!」

「いや、益州牧の使いでござる!!」

 

 向かってくる急使に大声で呼ばわると、間髪入れず答えが返ってくる。益州でも変事か。だが、今は関係ない。互いに擦れ違い様、任務ご苦労などと労い合い、主公の元へ一目散に馬を駆った。その主公の出身地が何処であったかは、その時の潤には考えを及ぼす余裕はなかった。

 

 

 ――――

 

 十常侍全滅の噂は、協皇女が帝位についたという報の枝葉の一つとして、漢中にも、その郡府官衙最奥にも届いた。蹇碵も死んだのか。蕣華はそう思った程度であり、このような噂が耳に届き始めたからには直に黄宗文が戻るだろうとすぐに別の方へ思考が飛んだが、蹇姓を余儀なくされている女性は違った。

 

「そっか……。(ファン)のやつ、死んじゃったの」

 

 呟いたその名が、趙忠の真名である事は容易に知れた。十常侍の序列二位でありながら、政にも謀にも何の才もなく、仲間内でも馬鹿にされていたという。故に政争の中心からは外れており、此度の騒動でも他の者達から距離を置いていた。

 趙忠は事が落ち着いたら直ぐに馳せ参じると、蹇寛との別れ際に約束していたらしく、それを無邪気に信じていた蹇寛はことある度に「黄の料理が早く食べたい」などと漏らしていた。

 唯一人、最後まで先帝劉宏に忠を尽くした人物の死に、蹇寛は傍で見ていて心配になるほど落ち込んだ。

 

「ほんと、鈍間なんだから。馬鹿よね、ほんと馬鹿」

「陛下…」

「もう陛下じゃない」

「っ……、申し訳ありません」

 

 どう声をお掛けしたものか、迷いながらも呼び掛ければ、行き成り初手を誤ってしまった。項垂れ、此方に視線を合わせようともしない蹇寛と、珍しく間誤付いている蕣華。

 こんな時こそトラの出番の様な気もするが、生憎と今は子明と出掛けている。蹇寛の正体を打ち明けて以来、子明達も蹇寛と接触できる人物としてちょくちょくその世話を仰せ付かっていた。それまでは殆どトラに頼りきりだったので、気軽に外に出させてやる事もできなかった。トラは蹇寛に非常によく懐いていたが、それでもやはり日がな一日部屋に篭もっての相手役というのは息のつまる生活だった。なんといっても、トラは野生児なのだ。京師でも、邸の中では庭園で過ごす時間が一番長いのだ。なので、負担から解放される時、トラはいつも郊外まで出掛けるようになっていた。今日はそれに子明が付き合っている筈だ。

 

「結局さ、甘かったんだろうね。散々国に迷惑かけて置いて、今更第二の人生満喫しようなんてさ」

「……」

「黄は報いを受けた。その内、私も……、私はもっと碌な死に方しないんでしょうね」

「そんな死に方、私がさせませんよ」

 

 今度は蕣華が強い語調で遮る番だった。

 

「……なんで?」

「私はそんな結末を迎えさせる為に、貴女をここまで連れてきたわけじゃない」

「そりゃ、…そうでしょうけど」

「そんな事は絶対に私が許さない」

 

 この娘は何をこんなに入れ込んでいるのだろう? もはや自分には何もないというのに……。元皇帝であった女は不思議なものを見るような目で蕣華を見た。俯いていた顔をあげ、その強い瞳と目を合わせた。そして射抜かれた。

 嘗て玉座に在った時、まだ自分が無能である事を理解すらしていなかった時、時折諫言する者達が居た。その中でも、一部の者達が同じような眼差しをしていた事を思い出した。だが、全く同一ではない。あれは今思えば、真剣に国を憂い、そして己の身も顧みずに使命を果たそうとする眼だった。蕣華の、同じようでいてほんの少しだけ違う眼差し。その僅かな違いの中に、良く知る瞳の輝きを視た気がした。それは趙忠が、彼女だけが自分に向けた輝き。

 至上とされつつも蔑ろにされ続けたあの頃と違い、その輝きの意味の価値を深く知ってしまった今、劉宏の名を棄てた淑女はそこから目を逸らす事は出来なかった。

 それでも心弱気から隠せぬ本音が漏れた。だが、それだけではなく、抗いたいという想いも沸々と湧き始めていた。それは皇軍の設置や新学問の創立など、最後に僅かに足掻いてみせた後で枯れ果てたと思っていた渇望だった。

 

「敗残者の私に何ができるのかしらね」

「生きていればこそ拓ける道もありましょう」

「いまだに知らない事、学ぶべき事が多過ぎるわ」

「少なくとも足りぬという事を知っておいでです」

「今更足掻いたところで、爪痕一つ残せるかどうかわからない」

 

「こんな私を……、それでも援けてくれるの?」

 

 縋るような言葉。しかしそこに媚びるような響きはなく、決然とした意志が篭もっていた。だから蕣華は自然と跪いていた。

 

「我が真名に懸けまして。どうぞ、これよりは蕣華と呼び捨て下さい」

「ありがとう」

 

 ここで礼が来るとは思ってなかった蕣華は、思わず顔を上げてしまった。そして、其処に在った透明な笑みの美しさに、暫し目を奪われた。

 その笑顔のまま、劉宏は蕣華の真名に応えた。

 

「汝の忠と真名に応え、我が真名空丹(クゥタン)を預けます」

「ありがたき幸せ」

「立ちなさい」

「感謝します」

 

 亡帝に宿った決意は強かったが、今はただそれだけのものだった。自覚している通りに力がなかった。だが、それでも思い立つがままに蕣華に一つだけ命じた。

 

「蕣華」 

「はっ!」

「お願い、あの子の力になってあげて」

「御意のままに」

 

 傍から見ればその下命にどれ程の意味があると感じとれるだろうか。余人には判らずとも、この意志一つを上乗せした事の意味は、蕣華の中で熱を以って魂の髄まで染みわたっていった。

 

「それにしても……」

 

 存在しない熱を身に宿し、決意を新たにする蕣華の耳に、やや弛緩した声が届いた。場の空気が柔らかくの成るのを感じながら、声の主に意識を向ける。

 

「こんな亡霊に従おうだなんて、あんたどうかしてるわ」

「どうやら私は変わり者らしいものですから」

 

 どこか皮肉気な言葉で、しかし純粋な笑顔を浮かべながら笑い合う二人。

 こうして、人知れず新たな主従が誕生した。

 

 

 第二十一回――了――

 

 

 ――――

 

 

 巴郡太守厳顔、反旗を翻す。

 

 郊外での休息中、益州方面からの早馬に気付き、不意に沸いた胸のざわつきに急かされるまま馬を並走させ、急使からそれだけ聞き出した亞莎がトラと共に郡堂に急ぎ戻って来たのは、蕣華が新たな決意を胸に抱いた丁度その時だった。

 

 

 




*200諒闇:天子の服喪期間。殷代では新君主は三年の間、先主の喪に服し、発語すら慎んだとされる。しかしそれでは(その間は宰相が代行したとは言え)政が滞る為、前漢の文帝が一日をひと月と換算し、三十六日間を喪中とした。

*201蘇固:司隷右扶風出身の政治家。劉焉から放たれた張魯・張脩軍が漢中に攻め込んだ時の漢中太守。陳調が防衛戦を進言するもそれを退け逃走。趙嵩を頼りに身を躱そうとするが、匿う場所を探しに出た趙嵩がなかなか戻らなかった為、下僕を差し向けるが、その下僕が賊に捕まり蘇固の居所を告げてしまう。結果、蘇固は呆気なく賊の手に掛かって殺された。

*202門下掾:郡府の属吏。郡太守の儀衛を掌る護衛官、或いは秘書官。常に太守の近侍に控えていた(常に貴人に侍る事を門下と言う)為、この官を門下掾と称するようになったようだ。元々は行政長官の私的な護衛や秘書のようなものであったらしいが、時が経つにつれ郡吏となった。但し、中央に正式に認められた官吏であるかは不明。門下官の筆頭であり、郡内の大学者が任命されたようなので、秘書官としての性格の方が強いかも知れない。

*203陳調:漢中郡成固県(せいこけん)出身の政治家。漢中太守蘇固に門下掾に任じられた。若い頃から兵法に通じており、漢中が張魯・張脩軍に攻められた時、蘇固に防衛策を献策したが受け入れられず、蘇固は逃走の末に賊に殺されてしまった。それを知った陳調は、自分の食客数百人を伴なって張脩軍に特攻。あわやのところまで攻め込み、張脩の喉元にまで迫ったが、討ち取る所までは届かず戦死した。

*204趙嵩:漢中郡南鄭県出身の政治家。漢中郡で主簿を務めていた時、張魯・張脩軍が郡を侵略した。蘇固に頼られ匿ったが、避難先を探している間に蘇固を殺されてしまう。これに怒り狂った趙嵩は張脩本陣に斬り込み、正に張脩を捕らえる寸前までいったが、惜しくも戦死した。

*205劉宏:第十二代後漢皇帝。直系男子を遺さず崩御した先帝劉志と同族の河間王家出身であった為、先帝皇后竇妙等に擁立され帝位に就いた。先代より権勢を誇っていた宦官勢は、劉宏の代になってもその勢いを衰えさせる事無く権勢をほしいままにしていた。宮中では十常侍が政治の実権を握り、国政を壟断。国内では天候不順による凶作、地方叛乱の頻発。さらに異民族の侵攻が活発化するなど、王朝は度重なる危地に追い込まれるが、劉宏は政に関心を示さず、酒色におぼれた。しかし、鴻都門学の創設や西園八校尉の新設等には再評価の流れがある。

*206李意:李意期とも。益州蜀郡出身の道士、隠者。前漢文帝代から劉備の時代まで生きたという。非常に無口で、人々が相談事を持ち出しても言葉を発せず、その表情の喜悲で吉凶をみたという。護符による遠行法を修めており、四方の国の様子を市井から宮殿内の事まで語る事もあったという。土窟に住み、通年を単衣一枚で過ごし、物乞いをしては集めた物を貧者に与えた。劉備が呉征伐の折、戦の吉凶を占わせると、何枚もの紙に兵士や武器の絵を描いては破り捨て、最後の一枚に大きな人物を描きそれを地に埋めると立ち去った。そして劉備は呉に敗れ、白帝城で没した。

*207虚耗:中国に伝わる人に禍を招く小鬼、疫鬼。赤い袍服、或いは褌を身に付け、片方の脚だけに靴を履き、もう片方を腰に吊るし、竹製の扇を腰に差した子牛のような鼻面の小鬼の姿で現わされる。病に伏した玄宗皇帝の夢に現れ、皇帝をからかい禍を齎した。 しかし、突如現れた鍾馗に引き裂かれ喰われてしまう。

*208劉協:第十四代にして後漢最後の皇帝。劉宏の次子。長子の劉弁が帝位に就くが、董卓によって劉弁は廃位に追い込まれ、劉協が擁立された。董卓、王允、李傕・郭汜と短期間で次々と実権力がすり替わり、後漢は群雄割拠の内乱状態となる。最終的には曹操の庇護下に置かれた。当然、実権など無かった。曹操死後は、その子の曹丕に禅譲を迫られ、承服を余儀なくされた。その後は山陽公に封じられ、夫人曹節と晩年を共にした。

*209董卓:涼州隴西郡臨洮県(りんとうけん)出身の群雄、政治家。豪放な性格で気前が良く、異民族や配下に対しても大いに施したという。武芸に優れ、各地の異民族征伐や反乱鎮圧で多くの戦功を上げた。劉宏が没し、帝位争いが本格化した時、何進によって中央に招聘された。劉弁・劉協を救い出した大功と、何進の遺兵を吸収する事で権力を掌握。皇帝劉弁を廃し、劉協を擁立した。相国ににまで成り上がり、専横を極めた。有力諸侯の反発によって結成された反董卓連合も、長安遷都まで追い詰められたが、最終的には連合の自滅崩壊で難を逃れた。長安でも暴政を続けたが、最後は養子に迎えた呂布の裏切りによって暗殺された。
恋姫では心優しい薄幸の美少女として登場する。于吉の脅迫による傀儡としてや、麗羽達でっち上げによる冤罪で暴君として反董卓連合によって討伐される。ぎりぎりのところで難を逃れ、桃香によって保護される。

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