偽りの地球、クロースる次女編。   作:パパブリヲ

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#1

 

 

 

「動きませんね……既に死んでいるのかしら?」

 

 

辺り一面に広がる廃墟。そこがまだ街としての原型を留めていた頃に起こった戦いが終わり、未だに硝煙が立ち上ぼり続けるその一角で一組の男女が互いにフォローし会える絶妙な感覚を空けて、ある一画にそれぞれが持つ銃器を構えていた。

二人が銃口を向けているのは女だ。

先日、彼らが住まう国を圧倒的な暴威で以て荒らして回ったラグナメイルと呼ばれる機体があった。それらを駆って戦場へ赴く乙女たちを、エンブリヲは英雄のように大々的に宣伝し、民もそれを信じきっていた。

だが、裏切られた。

襲い来るドラゴンには数の暴力に屈し、挙げ句ラグナメイルに良く似たパラメイル(こちらは一般市民どころか王公貴族の一部しか知らないため、やはりラグナメイルと呼ばれた)と行ったら戦闘行為で街を破壊する始末。いつの間にかエンブリヲも姿を消し、それに乗じてか他の危険性をもった存在が消えてくれたが、生活の場と秩序を無くされた民の苦悩は終わらない。

犯罪が横行し、それらを取り締まる者すらいない。つまり信じられるのは何時だって自分だけ。疑心暗鬼が常について回る世紀末になってしまったのだった。

仲間として付き合う者にすら時として疑心を向ける彼ら。当然のように、死体だろうとそれを向ける。

 

 

 

「見たところ胸と腹も上下していない。俺はその線だと思うが、念のため、彼女へ指示を仰ごう」

 

 

言いながらじりじりと、ラグナメイルのコックピットで仰向けに倒れる女に近寄っていくのは、ジェラルドという金髪褐色肌の男だ。

 

 

「了解しました。それでは、私が“彼女”をお呼びします!」

「頼んだ」

 

 

“彼女”の下へ走る女は、メイド衣装であった。名をバベット。彼女は自らの主に、今現在も仕えている。

バベットが発する足音が消えたのを耳で確認したジェラルドは、懐からダーツを取り出した。

ジェラルドは、仕事終わりに訪れるバーでダーツを楽しむ趣味を持っていた。彼は嘗ての仕事仲間の中では最も上手で、賭けでは毎回上位に入り得をしていたものである。

その腕前を生かし、彼は手に取ったダーツを放ち、死体らしきモノの生き死にを確認する手段としていた。これより以前のことだが、死体と思い、漁って装備を奪おうと近づいた仲間が赤い噴水となったのは記憶に新しい。ジェラルドはその一件以来確認を怠らない。

この荒廃したミスルギで騙し討ちを図る人間はジェラルド自身と同じく素人である。痛みに反射的に身体を僅かでも動かしてしまう。この方法はいずれ通用しなくなってしまうだろうが、現時点では有効なのだ。

 

 

「━━━━シッ」

 

 

ジェラルドは流れるような動作で矢を放ち、女の手首に命中させた。

 

 

「………………ヨシ」

 

 

女の手首の僅かなヒクつく様子も見逃すまいと、ジェラルドはダーツの実力を裏付ける自慢の視力で以て確認する。

たっぷり数秒待ち、ジェラルドは周囲の警戒も怠らずにやっと歩を進め始めた。

一歩、一歩とにじり寄っていく。

女とジェラルドの間隔が残り五メートルとなった辺り、ここで、ジェラルドはふとした悪寒にさらされた。彼はその場で立ち止まり、その感覚を裏付ける何かを探そうと周囲をくまなく確認した。しかし、何も見つからなかった。

ジェラルドは、静かに首を横に振った。

 

 

(イヤ……杞憂だ。アレは物言わん死体。何を怯える必要が━━━━!?)

 

 

ジェラルドは内心で己に言い聞かせた。しかし、その僅かな注意の弛緩が彼の命取りとなった。

 

 

「ウッッ!? ━━━━おぉおおおぉおおおワァ!?」

 

 

ジェラルドの身体が宙に跳ね上がった。その勢いのまま大型トラックの全高程の高さまで上り、今度は地面へまっ逆さま。激突まで大人ほどの高さといったところでワンバウンドして、やがて宙吊りとなって停止した。

 

 

(やられたッッ‼)

 

 

ジェラルドは漠然とした感想を抱くと、とにかく銃器を構えた。こうすること以外、今のパニクった頭では思い至らなかったのだ。

しかし、ジェラルドの行動は、銃器を分かちやすい位置に示してくれた事と同義であると考える下手人によって奪われる。先程のジェラルドと同じように、跳ねるようにして何処かへ離れていく。彼はその方向を目で追った。死体だったはずの女のすぐ足元だった。

女は立っていた。仁王立ちで、両の手をジェラルド側へ見せるようにして万歳の様な姿勢をとっている。

女は三日月と例える事も烏滸がましい喜悦に歪んだ口元で嘲笑い、厭らしく弧を描いた目で、宙ぶらりんのミノムシを無遠慮に観察している。

ジェラルドが、そんな女の様子から自身が貶されていると憤慨、しかし、我を失ってはならないと窮めて冷静に努めようとした。

………したのだが。

 

 

「アァアアイム・ウィインッッ! カン、カン、カーン!

あぎゃ、ひーっかかったー。今明かされるッッ、衝撃のォ、真実ゥゥ!

アタシ、生きてたっ!

オマエ、あん……ファー! ダーツっておま、うぇ、ダーツっておまッッ!

銃提げて、ポーズキメてぇ? ミノムシってえぇっへへへぇ!」

「コロス! なんだって俺が……ッッ」

(━━こんなふざけたアバズレにィッッ!)

 

 

ジェラルドは、理性の残りかすを総動員して最後に出かかった言葉を呑み込んだ。

ジェラルドは、なんだか自尊心をズタズタにされ、あまつさえ傷口に馬糞を塗り込まれた気分になり、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまっていた。だが悲しいかな。彼の足は両方共に細いワイヤーで縛り付けられており、必死に動けば動くほどにミノムシを体現している様であり、それがまた女のツボにハマり嘲笑を誘う。そんな悪循環が出来上がっていた。ジェラルドが数分掛けてとうとうその事実を受け入れ大人しくなった辺りで、ちょうど、女も笑い転げることを止めた様だった。

 

 

「ウ! く、来るなッッ」

 

 

女はニタニタとした表情を直すどころか一層深くして、意趣返しだと言わんばかりにジェラルドへゆっくりと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

聞き覚えのある男の、悲鳴が上がった。シルヴィアは最悪の事態かもしれないと舌打ちをする。

先程、自身の侍女からの応援要請を受けたシルヴィアは、その侍女と偶々居合わせたメンバーの一人であるクリストフを引き連れて廃墟の中を駆けていた。

 

 

「誰だか知らねえが、味な真似してくれてんじゃねえか! 俺がとっちめてやるよ!」

 

 

血気盛んな若者であるクリストフは、ジェラルドらしき悲鳴を耳にして、まだ見ぬ下手人に向かって吠えた。彼の声はとても大きく、廃墟によく響いた。

 

 

「クリス。抑えて」

 

 

シルヴィアは、叱咤するように言った。

クリストフが頭をガシガシと掻くと、不承不承ではあるが静かに走ることを意識し始める。クリストフは勿論おくびにも出さないつもりだが、並走するバベットの鋭い視線が恐ろしかった。早めにシルヴィアの指示を実践しさえすれば、生真面目な侍女のお小言は飛んでこないので、クリストフは毎度この様に振る舞う。

睨むだけで良い子になるやんちゃ坊主で仕事が少なくてよいとバベットが思っていることは、クリストフの知るところではない。

やがて、シルヴィア達三人は、バベットが予め伝えていた通りの場所へと辿り着いた。

悲鳴をあげたジェラルドがそれきり静かなままなので、イキナリ飛び出すようなことはせず、今は物陰に隠れて様子を伺おうとしている。

 

 

「━━━━な」

 

 

シルヴィアが瓦礫越しに覗き込んだ光景に息を飲む。次いでバベット、クリストフとそれを見て、各々似たような反応をした。

ジェラルドがミノムシのようになっている。しかも、全裸だった。彼の顔は心なしか窶れており、何処と無く搾りカスという言葉が三人の頭に浮かんだ。

目を移せば、そこに、バベットが報告した例の死体と思しき女が普通に焚き火の隣に置いた石に腰を掛け、串代わりの枝に刺した蜥蜴を食っていた。妙に潤った様子の彼女は、隠れ見ていた筈の三人へ向けて視線をやると、持っていた蜥蜴を振った。友好的なしぐさに見えなくもないが、ジェラルドの悲惨な状態が三人の固まった警戒心を溶かそうとしなかった。

外傷はない。ジェラルドの身体を見てそう判断したシルヴィアは、バベットに万一のための待機を指示すると、クリストフを率いて二本目の串焼きにがっつく女の下へ歩み寄った。二人とも、銃器は前の方に提げたままだ。

 

 

「やっと腰をあげてくれたね」

 

 

女はシルヴィア達がやって来るのを確認すると串焼きを瞬時に平らげ、人懐っこい微笑みを浮かべて立ち上がった。

 

 

「止まりなさい」

 

 

シルヴィアが銃器を構え、大雑把に女の胴体へ銃口を向けた。

 

 

「誤解だ!

アタシは、あんた達に危害は加えるつもりはないよ」

「じゃあ、そこの男の事は、どう説明してくれるのかしら? 害意はない、と言うけれど、彼どう見ても無事ではないわよね」

「これは……その、正当防衛だよ」

 

 

訝しげにシルヴィアが問うと、女は困ったように答えた。

 

 

「彼が、寝ている私に、イキナリ矢を放ってきたんだ。アタシは、正直、こんな世の中だし、何をされるか分かったものではないからね?

罠がうまく機能してくれて、装備も剥ぎ取ってようやく安心できたところなんだ。

彼が意識を取り戻す前に仲間の人達が来れば事情を説明しようと、こうして待って……」

「つーかよ、手前ェ……その格好、騎士団のモンじゃねぇか! つまりは、ノーマだな?

オマエ達は、ノーマのくせして贅沢な待遇を手にいれた! 俺たちは不満だったが、ドラゴンどもを一掃してくれるって言うから、納得してやった。

だが、結果はどうだっ。ドラゴンと刺し違える事も儘ならないどころか、裏切り者のノーマどもまでやって来て、挙げ句おめおめと敗けやがったんだ!」

「それは、悪いけれど、今の問答と関係があるのかな?」

「……っ。だから、そんな奴等の言葉なんざ信じられないって言うことだよ!」

「確かに、アタシ達は役目を全うできなかった。それは、本当に申し訳ない。

でも、今は最早マナとノーマとの垣根は意味を成さなくなっている筈だ。あなた達はマナの光りを扱えず、アタシ達はラグナメイルを失った。

ここはひとつ、互いのわだかまりを解いて、生き残る術を出し合える関係になれないだろうか?

街中で過ごしてきたあなた達マナとは違いサバイバル生活を中心としてきたアタシなら、現状ではきっと力になれると思うんだ」

 

 

必死の説得をクリストフへ試みる女を、シルヴィアは鋭い眼差しで観察していた。

女の挙動や表情はまさに自然なものであり、彼女は心底協力的なのだと伺える。そして、彼女のジェラルドに対して行ったら過剰とも取れる迎撃に関してだが、性別による問題も確かにあるし、何よりシルヴィアの姉であるノーマのアンジュリーゼがかつての民へ向けた敵意と暴力を思い出し、アレよりは未だかわいいものだと納得した。

シルヴィア達は女の言う通り、サバイバルの知識に欠けている。自然界で食物として扱えるものの正否すら定かでない。このノーマの女を引き入れることは吝かではなかった。

 

 

「分かったわ。貴女の提案を受け入れましょう」

「シルヴィア!」

「クリス。彼女の見解は正しい。私達は、現状では本当に無力。この前だって、貴方茸食べて笑い死にしそうになったでしょ? そういった危険に対しての知識を持っていると言う彼女をこちら側へ引き入れるという事は、そのまま私達の生存に繋がるわ」

「~~ッッ。わ、分かったよ!

だけどな、オマエっ。ヘンな素振りを見せたら、タダじゃおかないからな!」

 

 

懸念はあるが、ひとまず納得したらしいクリストフから、シルヴィアは女に視線を向けた。その際、予め伝えていた手法で合図を送り、バベットへこちらに来させる。

 

 

「それじゃあ、これから私達の仲間の入りするのだから、自己紹介をしてもらおうかしら?

私はシルヴィアよ」

「嘗て、シルヴィアの侍女として働いていました。

バベットと申します」

 

 

少し離れた位置でジェラルドを降ろして、素っ裸の彼に布を被せてやるなどの介抱していたクリストフがシルヴィア達の言葉に乗っかり、

 

 

「クリストフだ!

こいつはジェラルド!」

 

 

と言う声が飛んできた。

三人の事を嬉しそうに微笑み掛けながら、女はシルヴィアへ右手を差し出し、握手を求めた。

 

 

「アタシはスオウという。

シルヴィア、バベット、クリストフ。そして、ジェラルド。

あなた達の寛大な処置に感謝するよ!」

「仲間となった以上、隠し事はナシだから。今の内に言っておきなさいな」

「ああ、そうだね。未だ言っていないことが、確かに有る」

「━━へぇ?」

 

 

スオウの握手に応じたシルヴィアの右手が、握る前に僅かに強張った。

 

 

「君ら、キチンと栄養を摂っていないだろ? 食わず嫌いで損していると思うから、アタシがこれから教えてあげないとネ」

「ふふ、そうね。是非そうしてもらえると助かるわ!」

 

おどけてウィンクするスオウの様子の可笑しさにすっかり毒気を抜かせられたシルヴィアは、今度こそ、しっかりと相手の手を握り返した。

 

 

 




トリルでサリア√……もとい、ブリヲ√へ逝くまでの手慰み。
続くのかしらぁー。
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