世界の時計技師の最高峰と謳われる
男の方、神連ウヅキは機械を動かす心臓の"動力"こそが最も重要と主張した。
女の方、伊波ヤヨイは動力の負担を極力減らす神経の"構造"こそが大切と主張していた。
師に怒られながらも互いに譲らなかった二人にコンラッドはある課題を出した。
"二人で私を納得させる
二人は師であるコンラッドには逆らえず渋々と
ウヅキは、ヤヨイの造る構造が無駄な力を削ぎ落とし、必要な力のみを各部位に伝える緻密さに。
ヤヨイは、ウヅキの造る動力がその構造に合わせ、最適な力を生み出す柔軟性に。
二人は一緒に一つの
やがて二人は互いを理解し、相手が望むものを作り出そうとして、いつしか共にいることが当たり前となっていた。
二人がコンラッドの元を卒業する頃には恋仲となっており、考えだけでなく心までも理解し始めていた。コンラッドはそんな二人を
だが二人は既に歯車だけの機構には満足を感じなくなり始めており、ヤヨイが妊娠したことをきっかけに
…そこに、禁忌の電磁技術を用いた動力システムの設計図を残して。
紙が散乱した部屋の中央で俺は動けずにいた。あの巨大兵器、‟八束脛”のもっとも重要な心臓部の設計図に両親の名前を見つけたからだ。頭の中は疑問に覆いつくされ両親に疑念が湧く。
──……キ…
少なくともこれは即座に抹消されるべきものではあった。俺の両親はそんなものを書き上げていた。
──…ヅキ…
これは国際協定に完全に触れている。この世にあってはいけないものだ。
──ハヅキ…
俺の両親は…親父とお袋は…
『ハヅキ!』
「あ…え?」
イースの声が遠くから聞こえた。いや、イースは目の前にいる。なのに声が遠い。
『落ち着いて!過呼吸になってるよ!袋、袋は…』
過呼吸?…ああ、通りで視界も霞んでるのか。だめだ、ごめん、一回…寝、たい…
私が渡した設計図を見てからハヅキの様子がおかしくなっていった。呼吸が浅くなってきて目の焦点が合わなくなってきた。必死に呼び掛けたけど聞こえてないようでやっと声が届いたと思ったらすぐに気を失っちゃった。倒れそうになるハヅキを私は支える。気を失ったハヅキの顔は苦痛に歪んでいた。凄く、痛々しかった。私はハヅキに渡した設計図をもう一度見た。
『この神連・伊波式電磁動力ってハヅキのご両親の名字だよね…?ハヅキの両親があの巨大兵器に携わっていた?あの二人が…?』
私は機能停止していた間でも記録として外の情報を得ていた。それはハヅキのちっちゃい頃からそのご両親、私を買い取っていたハヅキの祖先のことも知っている。その私の中に残っている記録から見てもハヅキのご両親は色々と破天荒ではあったけど子供思いで決してこんな非道な事はするような人達ではなかった。おかしい。明らかに何かが噛み合ってなかった。私が考え始めたとき、部屋の外から大きな音が聞こえた。
『戦闘音!?』
姉妹の中では弱い方ではあるけどリューズちゃんは現行の
『私達の妹か…今までの状況から考えると肆番機のアンクルちゃん、かな?』
Initial-Yシリーズ肆番機・"
『マリーちゃんの情報じゃ東京にいるんじゃなかったのかな?偽の情報を掴まされたね』
珍しく
『とにかく今はこの資料を持って脱出…いや、私に記録しておいた方がいいか…』
この資料を持ち出せば逃げ出せたとしても追手が厄介になるかもしれない。私は最低限の量でかつ最も重要な部分を記録して散らばっていた設計図を私とハヅキが入ってきた時と全く同じ状況にする。私はハヅキを背負って部屋を出ようとした。だがふと出入り口のそばに置いてあった廃品の山に見覚えのある物を見つけた。
『これって…』
私は少し悩んで廃品の山からそれを取り出して懐にしまった。今度こそ部屋から出ると一際大きな音が聞こえた。暗闇に目を凝らすと遠くでリューズちゃん達がいる所が崩落をしていた。その穴にリューズちゃんとナオト君が落ちていく。この地下は星の底、大深度地下層。宇宙空間に等しい領域だ。リューズちゃんはともかくナオト君は危ないかもしれない。私はその光景を無感情に眺めて呟く。
『…ごめんね』
私はマリーちゃん達にも告げずにその場から立ち去った。
遠い遠い記憶に浸る。まだ俺が自分の体に苦しめられていた頃の話だ。親父もお袋も破天荒なくせに俺の事となると随分と心配性だった。まぁそうならざるを負えない程に当時の俺は体の触覚の過敏さに苦しめられていた。昔の伝手を頼っては俺の触覚を治す方法を探って、時には自分たちで何とかしようと躍起にもなっていた。
ある時、両親が大喜びで帰ってきたことがあった。その手にはいくつかの長手袋が握られていて俺は有無を言わされずにその長手袋を着けさせられた。当時の俺は既に両腕以外の感覚神経を潰してあって何も感じない体と過敏すぎる腕に苦しんでいた。だが、親父とお袋が持ってきた長手袋を着用したとき、今まで辛くてしょうがなかった頭痛が無くなり始めて‟楽”というものを知った。その日は俺も二人もはしゃいだものだ。
俺が七歳になる年、二人は夜遅くに難しい顔をするようになっていた。何かに悩んでいるようだった。その時俺は二人が何に悩んでいるのか何も知らなかった。出張が多くなり俺はご近所の新島家にお世話になることが多かった。おじさんとおばさんも親父とお袋はお仕事が大変だから我慢してねとしか言わなかった。幼かった俺は不満を募らせていった。
やがて溜め込んだ不満は限界を迎えた。俺は入ってはいけないと言われていた書斎に入り探索をした。初めて入ったその部屋は紙の束が散らばっていて足の踏み場もなかった。その設計図を見たのは偶々だった。当時の俺は理解する事も出来なかったがその設計図には電磁技術がどーたらこーたらと書かれていたのは覚えている。部屋の入り口から物音が聞こえて俺は慌ててその設計図を隠した。やがて両親が部屋に入ってきて俺は怒られた。だが俺は反対にかまってくれなかった二人に当時思いつく限りの罵詈雑言を浴びせた。親父もお袋も面を食らって、その後とても申し訳なさそうな顔で「ごめんね」を繰り返していた。
──違う、違うんだ…俺が欲しいのは、そんな言葉じゃなくて…
翌日、親父とお袋は出張から戻ってくることは無かった。
ごうごうと耳鳴りがする。気分は最悪で今にも吐きそうだ。俺はぼうっとする頭を起こして目を開ける。そこは見慣れない部屋だった。
「ここは…」
『ハヅキ!起きたんだね!』
聞きなれた声の方に顔を向ける。そこには勝ってきたのであろうペットボトルの水を持ったイースが居た。
「イース…ここは…?」
『
「確か俺はナオト達とあの巨大兵器を見つけて、それから…」
『私達は別行動をして設計図を探しに行ったの』
「設計図?…ッ!そうだ!あの設計図は!?」
『持ち出せなかったけど私が記録してあるから大丈夫。紙があればすぐにでも書き起こせるよ』
「それじゃあダメだろ!あれはすぐ処分しなきゃ…」
『たとえ処分しても結果は同じだよ。あれ、完成してるんでしょ?』
イースの言葉に俺は言葉を詰まらせる。そうだ、あれは既に完成している。ナオトも俺も正確に観測できなかったのが証拠だ。内部の電磁動力がジャミングをして捉えることが出来なかった。
「それでも…!」
『もしあそこで持ち出すなり処分をしてたら今頃私達はまだ走り回ってたよ』
イースの言葉は正論で俺は何も言えなくなる。俺はそこでふと思い出した。
「イース…ナオト達はどこだ?」
『…分かんない。ハヅキが気絶した後外から戦闘音がして私はすぐにその場からハヅキを担いで離脱したの』
俺はイースの言葉に耳を疑う。今の言葉を真に受けるならイースはあの四人を見捨てたことになる。
「なんで…」
『私にとってはハヅキが一番だから』
イースの答えは簡潔だった。
『リューズちゃんもマリーちゃんも、ナオト君もハルタ―さんも好きだよ?でも一番はハヅキなの。ハヅキが危なくなるなら私はあの四人よりもハヅキを取る』
「だからって…」
『アンクル』
「え?」
『リューズちゃん達に襲撃を仕掛けた犯人だよ』
アンクル、確かその名前は…
「い、妹だろ…?なんでそんな子が襲ってくるんだよ…」
『分からない…操られてるのか、はたまたマスター登録してある人からの命令なのかは不明』
「でも、イースとリューズちゃんの二人がかりなら…」
『勝てなくは無いかもしれないけどそれは周りの被害を考えなかった場合。それだけあの子は戦闘に特化してるの。ましてや私とリューズちゃんは姉妹の中では最弱。私の‟
「あ、あの能力でも勝てないってのか…?」
俺は二人の物理法則ガン無視の能力を思い浮かべながら愕然とする。
『アンクルちゃんの能力は‟
「永久運動…?まさか…」
『能力に終わりが無いの。停止することは無く、標的を‟撃滅”するまで止まることは無い。まさに戦闘する為に生まれてきたような子なの』
単機での戦闘能力は姉妹最高、加えてエネルギー切れは無い。そんな奴にどうすれば勝てるのか…
『リューズちゃんの虚数時間の中でも膨大なエネルギーで追従してきて有り余るエネルギーは空間を支配する。私が狭間世界に飛ばす前に決着が着きかねない。…正面から戦うには無謀なんだよ』
絶望しかなかった。ナオト達はそんな奴と接触したのか。だとしたら…
『…少なくとも、マリーちゃんとハルタ―さんが離脱できたところは確認してる。でもリューズちゃんとナオト君は…』
イースが首を横に振った。
「まさか…死ん、だのか…?」
『…戦闘中にできた穴に落ちていったの。あの地下はこの星の冷えた核しか残っていない大深度地下層、宇宙空間と等しい環境なんだ』
それはつまり生存は諦めた方が良いという報告だった。俺は頭を抱え俯く。すると横たわっていたソファーの近くに何かが置かれているのを見つけた。それは酷く見慣れていたもので、懐かしいものだった。いつも出張に向かう両親の腰に巻かれていた物。時計技師の手足にして生命線、工具の一式だった。それも二つ。
「なんでこれが…」
『あの部屋の廃品の片隅に置いてあったの。ベルトに神連と伊波の名前が彫られてたからもしかしてと思って…』
その工具は血に濡れていた。それはつまりそういう事だろう。もしかしたらという淡い幻想は消えた。もう、限界だった。
「あ、ああ…」
疲れた頭は真っ白になり、思考を放棄する。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
俺の叫びは虚しく部屋に響き渡った。
わぁー、シリアス書きやすーい