俺はあの後喉が裂け血が出るまで叫んだ。イースはその間俺から離れようともせずただ隣に立ち終わるまで待っていた。ひとしきり叫んだあとフラフラになった俺を支えながらイースは京都に帰ろうとした。俺は逆らう気も起きずされるがままだった。
『今は、帰ろう?』
俺は返事をすることもなく両親の遺品である工具を握り締め俯いていた。イースが俺の手を引き誘導する。時々俺は思い出したかのように立ち止まり枯れるまで涙を流した。そのときイースは何も言わずに待ってくれる。そんな事を繰り返して京都の自宅に着いたのはとっくに日が昇った後だった。
『お風呂沸かしてくるから待ってて。今日は、ゆっくりしよ?』
イースの言葉は耳を通り抜けるばかりで何も残らなかった。自宅のソファーに座り乾いた血の着いた工具を前に置きただ眺める。
──親父たちは、犯罪に関わっていた
──でも、二人はもういない
──ナオトも、死んだ
──たぶん、マリーちゃんも無事では済んでない
一つ一つ確認するように言葉を並べ自分に刷り込ませる。無意味な行動を、延々と。
『ハヅキ、お風呂…沸いたよ』
イースが手を引いて俺を風呂場に連れていく。脱衣所に着いた俺はゆるゆると服を脱ぎ浴室に入る。浴槽からは湯気が立ち昇り視界を白く染め上げる。シャワーの蛇口をひねり冷たい水を頭から被る。やがて水はお湯に変わり冷えた体を温める。…いや、錯覚だ。俺は腕以外何も感じないのだから。腕に触れた感覚から脳が誤認して体で感じているように思っているだけだ。忌々しい。この体が、腕が、思考が、過去が、何もかもが忌々しい。俺は思い切り壁を殴りつけた。
「ぐ…がぁ…」
腕が砕けたのではないかと思うほどの激痛が脳内を駆け巡り吐き気を催す。でも足りなかった。塗りつぶしたくて、何もかも塗りつぶしたくて俺は再び拳を握り締め殴ろうとした。その時、
『お邪魔しまーす』
入口に目を向けるとそこにはバスタオル一枚のイースが居た。平時なら大慌てなんだろうが今は何も感じない。いや、苛立たしさを感じる。
「…なにしてんだ」
『んー?背中でも流してあげようかなって』
「…出ていけ」
『やだ』
「出ていけ!」
握り締めた右の拳を裏拳の要領で振るう。拳は吸い込まれるようにイースの顔に…
『よっと』
─当たる前に両手で包み込まれた。
「ッ、離せよ」
『ヤダ。あ、皮剥けてる…壁でも殴った?ダメでしょ、ハヅキの手は殴る為にある訳じゃないんだから』
イースが労わるように手を撫でる。過敏すぎる手はそれだけで十分すぎるほどの情報を伝えてくる。
「う…離せ!」
振り払おうとするがイースは俺の手を引き寄せて…
「な!?」
『えへへ…どう?』
右手に柔らかな感触が伝わる。俺の手はイースの黄金比率の肉体、その女性の象徴に思い切り触れていた。
「な、な、なななななな」
『わぁー、顔真っ赤!』
「何やってんだよ!」
俺は何とか逃れようと腕を動かすがイースの手はびくともしない。それどころかもがいた結果たゆんたゆんと動かしてまい余計に情報を刻んでしまう。
『ねぇ、感じる?』
「何を!?」
『
そう言われ俺はつい意識をしてしまう。
カチ、コチ、カチ、コチ…
歯車は変わることなく今を刻む。
カチ、コチ、カチ、コチ…
「………」
『落ち着いた?』
俺は気付いたらイースから伝わる振動を一心に感じていた。
『ハヅキ、私はね、どんなに焦っても動揺してもこの機関部がリズムを崩すことは無いの』
『ハヅキ、私はね、人間よりもずっと
『ハヅキ、私はね、ハヅキのお父さんとお母さんが若い頃を知ってるの』
『ハヅキ、私はね、ハヅキが小さい頃を知ってるの』
『ハヅキ、私はね、いつかハヅキに置いて行かれちゃうの』
俺は顔を上げてイースの顔を真正面から見る。優しく、悲しく、嬉しく、寂しい表情だった。
『ハヅキ』
今、ようやく俺の耳はイースの声を聴いた。
『私はね』
その声音は震えていた。何かを恐れているかのように。
『ハヅキのかっこいいところをたくさん見たいの』
届いた声が俺に理解を押し付ける。俺はやがて寿命を迎え彼女を置いて逝く。だが彼女は俺の死を見届けた後、何年も、何十年も、何百年も動き続ける。例えこの星が稼働限界を迎えたとしても彼女は動いているだろう。それは、どれだけの地獄なのだろうか。イースはその
『そうすればね、私は頑張れるの』
──終わりの見えない地獄でも、ハヅキと過ごした時間は永遠
──私の
『私は、ハヅキが苦しんでるとこなんか見たくないよぅ…』
イースの目から涙が落ちる。綺麗な、綺麗な涙だ。俺よりもずっと苦しい未来が待っているのに、イースは今の俺が苦しんでいる方が嫌だと言った。人の心を持った
『苦しいなら私に言って!悲しいなら私にも泣かせて!私にも抱えさせて!』
──ああ、バカだな…
『ハヅキが辛いなら私も辛いの!』
──俺、こんなにも恵まれてんのに、なんで悲劇の主人公気取ってたんだろ
『私がいる!私は…』
『‟
──すぐ近くに、最高のヒロインがいるじゃないか…
「…なんでだよ」
『うん』
「親父もお袋も、なんで俺を置いて逝ったんだよ」
『うん』
「仕事が忙しかったのかもしれない」
『うん』
「でも、一緒にいて欲しかったんだ」
『そうだね』
「本当は、あんな事思ってなかったんだ」
『そうなんだ』
「例え犯罪者でも関係ない」
『うん』
「俺は、二人に…行動じゃなくて…」
「‟愛してる”って言って欲しかったんだ…!」
そうだ、俺が悲しかったのは二人が犯罪に関わってた事でもない。あの日、俺は二人に謝りたくて帰ってくるのを待ってた。でもずっと待っても帰ってこなくて、後悔だけが募って、いつしかそれから目を逸らした。他人には割り切ったなんて言っておきながら全然割り切れて無くて、あの工具を見てもう謝ることが出来ないんだって突きつけられて、悔しかったんだ。
「謝りたかった!仲直りしたかった!一緒に遊んで欲しかった!技師として習いたかった!それで…」
「この腕をくれてありがとうって言いたかったんだ!!」
俺は泣いた。廃ビルでの叫びとも違う、帰り道に流した涙とも違う、俺の心を剥き出しにする叫びと洗い流す涙だった。イースは黙って俺を抱き締めてくれた。俺はイースの胸の中で泣き続けた。
風呂から上がった俺とイースは親父とお袋の遺品である工具の一式を点検していた。え?お風呂の最中に何か無かったのかって?…ねぇよ。流石に恥ずかしすぎて何も出来なかったよ。惚れた女相手に大泣きしたんだぞ?まともに顔も見れません。
『ハヅキ~、こっち見てよ~』
「無茶言わんでくれ…」
イースが甘ったるい声で俺を呼ぶ。今顔を上げたら理性的に死ぬ。湯上がりの火照った肌に暑いからと言って肌面積多目の緩い服装をしてるイースは直視が出来ない。なんか俺じゃ無くてイースが吹っ切れたように見えちまう。さっきから積極的だ。
「そ、それよりもお袋の工具はどうなんだよ」
『んーと、半分がやられちゃってるね。そのまま使えそうなものがもう半分』
「どれ?」
イースが俺の前に点検した工具を置く。あ、前のめりの胸元からてっぺんが…
『ん?』
こいつわざとか。
「尊厳は守りなさい」
『えー?ハヅキにだったら良いし!』
完全に理性を殺しに来てますね。俺は脳にへばりつく煩悩を払って渡された工具を見る。
「…お袋の癖が良く分かるな」
『どういうこと?』
「親父の方の工具も半分が壊れてたんだが…奇跡的に壊れた道具が被ってない」
『え?…うわ、本当だ』
親父とお袋って癖とかそういうのが全部反対だったのに何故か凄く息が合ってたんだよな…右利きと左利きとか目玉焼きには醤油かソースかとかよく騒いでたけど不思議と喧嘩にはなってなかったし。
「半分ずつ使わせてもらうとするか」
『示し合わせたかのようにピッタリなんだね』
まぁそれだけ相性が良かったんだろう。俺は作業部屋から自分の工具ベルトを持ち出して一つ一つ丁寧にしまっていく。
「…壊れた半分は仏壇に添えておこう」
『…そうだね』
本当ならお墓に入れた方がいいんだろうけど確か再びしまい直すのに費用が掛かったから流石に断念した。
「よし、イース、少し付き合ってくれ」
『何するの?』
「開かずの間に入る」
『え?』
開かずの間…俺が勝手にそう呼んでるだけで両親の書斎だ。今まで意識的に入らないようにしてきたがもしかしたらあの巨大兵器に関して何か残しているかもと思い入ることを決意した。
「決意したけどさ…」
『これ、錠?』
俺とイースは書斎の前に来たのだが、扉を開けるとまた扉があってそこには扉全体を覆うような埋め込み式の錠が掛けられていた。
「これ、あの工場のセキュリティと大差ない位複雑だぞ。マジの開かずの間じゃん」
『これって昔から?』
「いや、子供の頃に忍び込んだ時はこんなもの無かった。多分俺が出ていってから一晩でやったんだろうな」
『これを一晩でって…』
こういうところで無駄に才能を使うんだよなあの二人は…
『というか今まで知らなかったの?』
「あー…本当に入っちゃダメって思ってたからちょっとな…」
子供の頃の刷り込みというものは根深いものだ。
「とにかく今はこれを解こう」
『私のスピアで壊すって手もあるよ?』
「それした瞬間に多分この部屋吹き飛ぶよ?」
『物騒すぎるでしょ!?』
無駄に才能を(ry
『はぁ、それで?私は何をすればいいの?』
「イースのスピアでこの扉に振動を与え続けてくれ。本当は探し物を手伝って欲しかったんだけどなぁ…」
めんどくさい事をしてくれる。俺は溜め息をつきながらも右手に親父の工具、左手にお袋の工具を持つ。
「よし、頼む」
『オッケー!』
俺は天災(誤字に非ず)の残した最後の問題に挑んだ。親父、お袋、俺はあんたらに挑戦するよ。イースがいれば、俺は二人を超えられるからな。
次回から原作組が登場!