‐回想‐
――彼女の話を聞いて、私も記憶が蘇る。
私と菖蒲は、ずっと一緒だった。
生まれるのも、親に捨てられても、幽々子の屋敷に引き取られるのも一緒。
菖蒲はいつも何かに怯えているみたいに気が弱く、私がそんなあの子をいつも護ってきた。
そして、剣術を習い始めるのも、同じだった。
私は気の弱いあの子を護るために、あの子は私の真似事だと言った。
思えば、そこから……いえ、この世界に生まれた時から私たちは狂っていた。
私は強さを求め、剣を極めようとしていたはずが、強者を倒す事で快楽を憶えるようになり、いつしか己の欲望に塗れた殺人剣を生み出した。
菖蒲は私の考えに対して、正反対の考えを導き出した。それが、一つの悪を殺して多くの者を活かすという、一殺多生の活人剣を生み出した。
全く正反対の思想、もちろん私の剣はすぐさま否定され、菖蒲の剣は周囲から賞賛された。
今まで私が守ってきたのに、あの子はいつの間にか私を追い越して、先に行ってしまった。
自分の居場所を失い、菖蒲にも必要とされない、そう思うとあの屋敷に居るのが辛くなった。
私は屋敷を出て、都のとある廃家に移り住んだ。
初めは何も不自由はなかった、だけど次第に生活は厳しくなる一方だった。
そんなある日、私の元に一つの依頼がやってきた。
それは都で悪事を働いている貴族の暗殺、つまり人斬りの依頼だった。
報酬も出るようで、生活に困っていた私は、やむを得ずそれを受けた。
人斬りに抵抗はなく、依頼は案外あっさりと終わった。
それからも次々に依頼が舞い込んでくるようになった。
殺しの剣が人々に求められていると、私はどこかで錯覚してしまった。
それ故に、自分でも歯止めが効かないところまで突き進んでしまった。
そんなある日、私の元にまた依頼が舞い込んできた。
私はいつも通り、誰もいない夜道でその人物を待ち伏せ、斬りかかった。
だけど、私の予想を裏切り、その人物は私を互角に斬り合った。
“まるで昔からずっと一緒に剣術を見てきたような”、そんな太刀筋だった。
私はその場で依頼を諦め、住処である廃家へと逃げた。
初めてだった。負けるのも、逃げるのも、死ぬのが怖いと思うのも。
もうすぐ私を捕まえに人が来る。そうすれば、私は殺されるだろう。
死刑がないこのご時世、何人もの人を殺した罪人を生かしておくはずもない。
罪人は“誤って”殺してしまった。その言葉で済まされるのだ。
恐怖に震えていると、一人の少女が入ってきた。
菖蒲だった。あの日、屋敷を出てから一度も顔を合わせる子のなかった妹が立っていた。
あの子が私に歩み寄ると、その服装が私と瓜二つだということに気付いた。
あの子は私を抱きしめると、耳元で小さく囁いた。
『大丈夫。私たちは双子だよ。きっと誰にも、解らない』
それが、菖蒲との最後の言葉だった。
私はその言葉が理解できぬまま、廃家の押し入れに無理矢理仕舞われた。
その後、都の人々がやってきて、あの子を連れ去っていった。人斬りを犯した罪人として。
私は必死に叫んだ。けれど、押し入れの外には聞こえず、開けることも出来なかった。
連れていかれるあの子の姿も見えぬまま、私は押し入れの中で子供のように哭いた。
翌日、菖蒲の遺体は墓地で見つかった。
桜が舞い散るその場所は、人が死ぬにはあまりにも美しすぎる場所だった。
私があの子の身体に触れると、知らないはずの記憶が逆流するように蘇った。
思い出した。自分が何者だったのかを。
一度“嘘吐き”に殺され、二度目は膨れ女に喰われて殺された。
あの子が怯えていたのは、また殺されるのではないかという恐怖だった。
誰にも理解されない恐怖を、あの子は私にも話すことなく、ずっと耐えてきたのね。
ああ、だからあの子は私の剣を否定した。殺されるの恐怖を、誰よりも理解していたから。
私は菖蒲の姿を目に焼き付けた。
自分の力に溺れて人を殺し、最後には自分の大切な者を失った。これが私の罪。
私の記憶と罪を背負わせて死んだあの子の代わりとして生きる。それが私の罰。
私は菖蒲の遺体を埋め、墓標を立てた。
そして誓った。あの子が成し遂げようとしたことを、私が代わりにやってみせる。
その日が来るまで、私は愚かな道化を演じ続けるわ。
双花 桜良side
私は自分の仇である膨れ女の前に立っていた。
彼女は私で不満だったみたいだけど、今は殺す気だというのがよく解かる。
彼女の背後にあるもう一つの西行妖が、血染めの花弁を舞わせていた。
「……貴女は、何の為にここに来たの?
自分の代わりに死んだ妹の無念を晴らすために、私を殺すの?」
「そんなのじゃないわ。そんな事をしても、私が死ぬ運命は変えられない」
「ならば、どうしてここに?」
「言ったでしょう。愛する人の為に自分の手をまた汚すと」
私は小さく笑うと、突如吹いた風によって桜が散り、そして舞った。
その瞬間、私は黒扇との距離を一気に詰めると、両手の刀で斬りつけた。
だが、それは彼女が持つ黒い扇子によっていとも容易く受け止められた。
「ここで私を倒せば、ユウヤが傷付かなくて済む。なんとも単純で愚かな考えね」
「そうね。私程度が、貴女に勝てるなんて那由多の一つも考えてないわ」
「なら、どうして自分から残り少ない寿命を削りに来るのかしら?」
「決まってる。あの人の為に、少しでも貴女を手負いにする。それが私の役目よ」
両手の刀で黒扇の扇子を弾き飛ばすと、刀を横薙ぎに振るった。
彼女は上半身を置きく仰け反れせてその斬撃を避けると、そのままバック転するように刀を空中高く蹴り上げた。
宙を舞う扇子と二振りの刀、私はすぐさま跳び上がって自分の刀を取り戻そうとした。
だがその時、木の根のような黒い触手が私の足に巻き付いて、飛ぶことができずに地面に転んだ。
扇子は黒扇の手に戻り、二振りの刀は地面に交差するように突き刺さった。
「くっ……」
「やれやれ。油断も出来ないわ」
「相変わらず卑怯な手を……」
「勝つためには手段を選ばない。例え一度は殺した人間が相手でもね」
「ごもっともね」
私は近くに落ちた刀を手に取って立ち上がると、足に巻き付いた触手を斬る。
お互い全くの無傷、このままだとあの人が来てしまう。なんとかしなくちゃ………………。
「ところで、何か誤解しているようね」
「なにがよ」
「元より『双花 菖蒲』という存在はこの世界に無いわ」
「どういう意味よ」
「貴女が死ぬ直前に発症した永久的狂気、それは『極度の恐怖症』。
目の前の出来事から目を逸らし、その場か逃げようと自分の本能が恐怖に負ける」
「それがどう……か……」
私は黒扇の言葉を聞いて、ある事に気付いてしまった。
その瞬間、鋭く尖った触手が私の目の前まで迫ってきた。
咄嗟に刀でその軌道を逸らすが、次々と触手は私に対して襲い掛かる。
「動揺したってことは、気付いたわね」
「……恐怖症、その最も効率的な回避の仕方は、目を逸らすこと」
「人は危険な状況に直面した時、もう一人の自分を作りだし、恐怖をその人格に押し付ける」
「よく在る話。でも、この場合は」
「貴女はこの狂気的な世界から目を逸らすために、もう一人の人格をその死の間際に創り出した。
それが功を奏してか、本来の記憶と運命を背負い、その人格は貴女の双子として生まれた。
それが『双花 菖蒲』。貴方と同じ、この世界に存在するはずもない人間だったってことよ」
触手の向こう、黒扇は黒い扇子片手に笑うと、触手が私の身体を貫いた。
心の動揺によって生まれた一瞬の隙、そこを一気に突かれた。
「か、はっ……!?」
「そもそも存在しない人間、人の記憶から消えるのも当然ね。
妹が被った罪は、結局貴女に向けられ、あやふやで不確かな記憶としてこの世に残った。
つまり、双花菖蒲のやったことは、無駄だということね。なんとも哀れで救い様の無い物語」
「そん…な、こと……」
触手が引き抜かれ、血飛沫が桜と共に舞う。
その場に倒れそうになる身体を無理に持ち直すと、ふらふらになりながら黒扇に向かって走った。
行く手を触手が遮るが、それらを斬り払いながら、私は彼女の眼前まで辿り着いた。
私が残る全ての力を使い、双振りの刀を彼女に振り下ろした。
しかし、その刃は彼女には届くことなく、虚空を切った。
「――ごめんなさい」
「……!?」
「せめて、楽に殺してあげたかった」
悲しげに囁く黒扇は、その本性である“五つの口”で私に喰らい付いた。
その時の彼女の表情は、嘘偽りはなく、本当に悲しんでいるようだった。
少 女 祈 祷 中
私が墓場へと引き返すと、そこにはあの人が立っていた。
ところどころに傷痕を負い、手首には刀で斬りつけたような跡まであった。
彼の事だから、白楼剣で自分を斬って、迷いを断ち斬ったのかもしれない。
それよりも、全部思い出したわけでもないのに、ここまで来てくれたんですね。
相変わらず、凄い人です。それほどの勇気が私にもあれば、なんて贅沢は言いません。
だって、泣き虫で臆病な私でも、あの邪神に立ち向かえたんですから。
あの人は私に歩み寄ると、優しく抱きしめてくれた。
温かい………全てを包み込んでくれる優しい温もり、私には勿体ないです。
でも、それを振り解く力なんてもう無い。今はこれを堪能させていただきます。
ああ、そうだった。渡す物があるんだった。
私は彼に、さっきの戦いで黒扇から取り戻した彼のスマホを受け渡した。
そういえば、このスマホ。私と一緒に買いに行ってくれましたよね。
貴方は憶えていなくても、私は憶えています。だって、大切な思い出ですから。
あゝ、こんなことをしていると、もう眠くなってきました。
最期に、貴方に伝えたいことがあるんです。ずっと前から想っていたこと。
私は彼の髪を手繰り寄せると、その髪にそっと口付けをした。
髪へのキスは、思慕。
ずっとお慕えしてた優しい先輩、私の迷いを断ち斬ってくれた旅人さん。
その想いを、私は全部伝えられましたか?
あゝ、今にも涙が溢れてしまいそうだ。
でも、泣いてしまったらあの人の決心を鈍らせる。だからせめて、最期は笑おう。
私は道化、後悔の無いように、不安も無いように、哀しみも無いように、ただ笑うのみ。
さようなら、私の愛しい人よ。
孤独な私に手を伸ばしてくれた、優しくも儚い人よ。
少女は怖がりだった。
狂気に彩られた神を見て、彼女はもう一人の自分を創って目を背けた。
しかし、記憶を封じてもその恐怖は付きまとい、彼女を駆り立てた。
だから彼女は刀をとった。恐怖をぬぐうために彼女は刃を振るった。
そして、彼女はその恐怖に立ち向かい、今宵命を散らせた。
彼女が最期に残したのは、運命に立ち向かう勇気だったのかもしれない。
次回予告
全ての記憶が元に戻ったとき、彼は再び邪神の前に立ち、答えを導きだす。
東方幻想物語、妖桜編、『目先の欲と本当の俺と三つの延長戦』、どうぞお楽しみに。