神無 優夜side
その場に辿り着いて感じたのは、異様な違和感だった。
先ほどまで青空から太陽が照らしていたはずなのに、今は闇夜の深い暗がりに包まれている。
周りには諏訪子と神奈子が戦った痕が残っているが、それ以外にも鉤爪のような痕が残っていた。
そんな地面に諏訪子が傷付いた状態で倒れ込んでいた。
「諏訪子‼」
急いで走り寄り諏訪子を抱き起すと、苦しそうに目を開けた。
「ユウ……ヤ……」
「喋るな。誰がこんな事を」
「黒い…蛇……翼を持った…………怪物だ」
「翼を持った黒い蛇…………!?」
俺は咄嗟に上を向いた。
そこには闇夜の暗がりだけだが、俺の目には“その姿”が視えた。
乾いた風が暗闇を吹き流すと、弱まった太陽の光によって“その姿”をあらわにした。
それは常識の外、日常から遠く離れた姿だった。
長く伸びたその姿は黒い蛇だったが、不気味に脈を打つ数本の腕、漆黒の闇夜に羽ばたく大きな蝙蝠の翼、そして顔と思われる部分はドクロの様になっており、俺らを見下している。
『忌まわしき狩人』、ニャルラトホテップの猟犬、人を殺す事を愉悦なお遊びにしか考えていない神話生物。高い知能を持っており、人と話すことも可能らしい。
本来存在してはいけない者。そんなものを見てしまった俺はその場から動くことができなかった。
『ようやく来たか。神無の御子』
「……猟犬がこんな所に何の用だ」
『決まっている。玩具で遊ぶためだ』
「それならそこらの妖怪で勝手にやってろ」
『アイツ等はダメだ。少々いたぶっても壊れないが、どうも醜い。
だが、人間は壊れる時に様々な表情を見せてくれる。それが何より楽しいのだ』
狩人は無邪気に翼をはためかせながら宙を舞う。
その時、狩人が巻いていた尻尾から何かが落ちた。それは星の首飾りだった。
首飾りが落ちた先には、星羅と叶恵が血塗れになって倒れていた。
「星羅……叶恵……‼」
俺は急いで二人の傍へ駆け寄った。
二人の巫女装束は無残にも斬り裂かれ、その傷口からは血が流れ出て、穢れなき純白を朱に染めていた。
二人共、もう息をしていなかった。遅かったのだ。また、俺は大切な者を失ってしまった。
「また……俺は……」
『残念だったよ。その玩具で遊べなくて』
「なんだと……」
『主の命令では、できるだけ綺麗なまま殺せとのことだったからな。
いつもの様に絞め殺せなかったのは残念だったが、そこの神と遊べたのでまあ良いか』
「どこまでも思考が化物染みてるな。お前らは」
『たかが領地の為に争う人間や神に比べれば可愛いモノだよ』
狩人は喉声を鳴らしながら嘲笑う。
『さあ、どうする?』
「決まってる。お前を殺すさ」
『面白い。ならば、やってみろ』
狩人は勢い良く滑空すると、俺に向かって鉤爪が付いた腕を振るった。
咄嗟に刀で防ぐが、長い胴体に生えた腕は狩人が横切るだけでその分攻撃が連続して当たる。
まるで音楽を奏でるように鳴り響く金属音、それに紛れて狩人の笑い声が交る。
『こんなものではないぞ』
狩人が通り過ぎると、俺の目の前に紫色の弾幕が迫ってきていた。
それは団子のように連なっていたが、うねうねと動きながら俺を追尾してきた。それはまるで蛇のようだった。
蛇のような弾幕は必要以上に俺をつけ回すが、いくら斬り払っても前の部分が消えるだけで追跡を逃れることができない。
「嫌味な弾幕だな」
『地べたを這いつくばれ、人間』
「そうは、いかねえんだよ!!」
俺は刀を狩人に投げつけるが、直撃しても弾き返されてしまった。
全く手ごたえが感じられない。刃物にはそれなりには耐性があるようだ。
それからも弾幕に翻弄されていると、背後から狩人の鉤爪によって斬り裂かれた。
痛みでその場に立ち止ると、その隙を突いて弾幕の大群が俺へ集中した。
一気に畳み込まれ、体力を持ってかれた俺はその場に膝を着きそうになる。しかし、その時しかいの端に狩人の顔が見えた。
瞬間、俺の身体に狩人が巻き付き、この身体を宙高く持ち上げた。
「か……はっ……」
強く締め付けられている所為で上手く声が出せない。
肺が圧迫されるような感覚、溜めこんだ空気が一気に放出されるようで気持ちが悪い。
身体を動かそうとしても、狩人の鉤爪が俺を逃さないと食い込ませている。
『これがお前の限界だ。人間』
「く……そ……」
『愛する者も守れず、強者に敗れる。それが絶望だ』
「まだ……俺は……」
『往生際が悪いな。あらばいっその事、一思いに殺してやろう』
狩人は更に力を加えて締め付ける。
いたる所から骨が軋む音がし、もう声を出すことも出来なくなった。
この場合、死亡描写は骨がむき出しになった残酷なハリネズミ状態だっけ。それは嫌だな。
(あ~あ、俺の人生、ここで終わりか)
『何やってんですか。ユウヤさん』
朦朧とする意識の中、声が響いた。
それは懐かしい声だった。もう聞けないと思っていた声だった。
『私の知っているユウヤさんは、こんな所で終る人ではありません。
それに、ユウヤさんは決して約束を破るような酷い人でもありません。
私が愛したユウヤさんは、いつでも笑ってみんなを受け入れてくれる優しい人です。
だから、諦めないでください。私やあの人が愛したユウヤさんは、誰よりも強い人ですから』
「……つき……み…」
途切れそうになる意識の中、はっきりとその声は聞こえた。
諦めるな……ここで終わる人じゃない……か。いかにもあいつが言いそうな言葉だ。
「これで負けたら、男が廃るな……‼」
『終わりだ。神無ノ御子』
「それはどうかしら?」
その時、地上から影の刃が伸びてきて狩人の身体を貫いた。
一瞬の隙を突かれた狩人は奇声の様な悲鳴を上げ、その身体に込める力が弱まった。
狩人の拘束から解けた俺はそのまま地面に向かって落下していくが、真下に展開された影がネットの様になって俺を受け止めた。
「いたっ」
「大丈夫、のようね」
叩きつけられた頭を押さえて起き上がると、そこにはルーミアが立っていた。
彼女の服には食べこぼしのように血のシミが付いている。神様も大損害だな。
「俺は大丈夫だ。それより」
「解ってるわ。あの邪神の眷属よね」
「そうだけど、悪いが俺に譲ってくれ」
「言われなくてもそのつもりよ」
「その代り、四人を頼む」
「……ええ」
ルーミアは周囲に影を展開させると、それらが星羅と諏訪子を抱えた。
彼女はそれを確認すると、叶恵を抱きかかえた。
「……死なないでよ」
ルーミアはそう言い残してその場から立ち去った。
残ったのは満身創痍な俺と、夜空に翼をはためかせている狩人のみとなった。
『クソ……忌々しい闇め』
「忌まわしき狩人に言われるなんてな」
『黙れ。貴様を殺し、あの神もろとも殺してくれる』
「悪いが、そんなことはもうさせねえよ」
『減らず口を………身の程を知れ』
「身の程なら十分に弁えてるぜ」
俺は口元をニヤッとさせながら腕を天高く掲げる。
その手には、彼女がいつもつけていた星の首飾りが握られている。
「星羅……お前の想い、俺に預けてくれ」
俺の言葉に応えるように、星の首飾りが光り出し、一丁の銃へと変わった。
黒いデザートイーグル、銃身には白い文字で『Marksman of an addict bullet (魔弾の射手)』と書かれている。
「いい趣味してるよ。まったく」
『貴様……!』
「さあて、久しぶりに本気で行こうか」
俺は銃口を狩人へと向ける。
「――星を翔ろ‼ 綺刀『星羅』」
次回予告
狩人と再び会いまみえる優夜。
星羅から託された絆と想いを胸に、
物語の主人公は重い引き金を引いた。
東方幻想物語・大戦編、『外さない恋の魔弾』