神無優夜side
諏訪大戦から数日が過ぎた。
邪神の介入により勝敗は有耶無耶になってしまったが、諏訪子の話を聴かせてもらうと、どうやら負けたらしい。歴史は変えられず、結果は俺が知る通りとなってしまった。
しかし、原作通りというか、諏訪の民達は大和の神を受け入れなかった。
祟り神である諏訪子の恐怖、というのは表向きの理由。本心は諏訪子以外の神を信仰するつもりはないのだろう。本当に恵まれているな。羨ましいよ。
大和の神々はこの事態に頭を悩ませたが、天照が妙案を思い付いた。
それは名前だけの神を立て、国内では諏訪子の名を、国外では神奈子が支配しているかのようにするというものだった。諏訪子はそれでいいと納得していた。
そして俺は今、神社の鳥居に座って空を見上げていた。
あれから俺はずっと空を見上げて過ごしている。軽く廃人状態だ。
「ああ……やる気が出ねえ」
「やる気が無いのはいつもの事でしょ」
顔を横に向けると、そこには諏訪子が立っていた。
「隣、いいかな?」
「いいよ」
「ありがとう」
諏訪子はそう言って俺の隣に座ると、俺と同じ様に空を見上げた。
「そういえば、さっき神奈子と少し話したんだよね」
「どうだった?」
「う~ん。何だか私と価値観がずれてるというか、意見が合わないというか」
「そうか。それならいい関係を築けそうだ」
「普通は逆じゃない?」
「少しばかり喧嘩する方が良い友情が芽生えると思うよ。いわゆる腐れ縁だ」
「そんなものなのかな……」
「大丈夫だよ、諏訪子なら」
俺は彼女の頭を撫でた。
いつもなら嫌がるはずなのに、今日は少し嬉しそうに顔を俯かせている。
「ねえ、ユウヤ」
「何だ?」
「ちょっとした昔話なんだけど、聞いてくれる?」
「……いいよ。どうせ暇だから」
俺がそう言うと、諏訪子は静かに語り出した。
在るところに一人の神様がいた。
神様は祟り神として国を治めていたが、民から怖がられてきた。
畏怖による支配ではなく、敬愛による信仰を得たかった神様は、ひとりで悲しんだ。
それから時が流れ、やがて国も大きくなり、民たちも増えていった。
そんな時、彼女の前に一人の青年が現れた。
初めは熱心な参拝客としてしか見ていなかったが、
青年は祟り神である彼女に臆することなく親しく接した。
それは神様にとって初めてのことだった。
そして、神様の胸の内には密かに芽生えるものがあったとか。
それからさらに時が経ち、二人は親密な関係になった。
まあ、お互いには『初めできた友人』と『信仰している神様』というだけだったとか。
それでも、傍から見ればそれは『恋人同士』にしか見えなかったという。
しかし、そんな二人の幸せは、長くは続かなかった。
神様が青年が来るのを待っていると、民の一人からある知らせを聞かされた。
それを聞いた神様は急いで彼の下へと向かった。
だが、そこに居たのはもう起きることない眠りに着いた青年の姿だった。
話によれば、森の中で妖怪に襲われて殺されたらしい。
普通なら遺体すら残らないのだが、珍しいことにその身体には外傷はなかった。
しかし、彼女にとっては些細なこと。
大切な人を亡くした哀しみを、神様は生まれて初めて味わいました。
悲しみに暮れる神様は、ある悩みを抱えていました、
それは自分が彼の子供を授かっているという事でした。
神としての過ちを犯した彼女は、その子供を自分の巫女として育てました。
決して自分の娘とは語らず、娘には両親が死んだと騙りました。
そして最期のその時まで、真実を語ることはありませんでした。
「めでたしめでたし、ってそんな話じゃないか」
諏訪子は笑いながらそう言った。
だが、その瞳からは一筋の涙が流れている。
「悲しい話だな」
「結局、神様は意気地なしだったんだよ。
大切な人を失う悲しみを二度と味わいたくないから、その子を娘として見なかった。
でも母親として接することも出来ず、だからって神様として威厳を持つ事も出来なかった。
そのせいで、今まで辛い思いをしてきた。でも、それを助けることも護ることも出来なかった」
その声はだんだんと弱々しくなっていく。
この話の神様は、今も後悔している。その娘に何も出来なかったことを。
そして、目の前で消える命を救うことも出来なかったことを。
「私は最後まで」
「ああ、諏訪子は」
「「……母親失格だよ」」
ああ、空はこんなにも晴れ渡っているのに、どうして雨が降っているのだろう。
そんな時、鳥居の下からルーミアの声が聞こえた。
涙を拭いて見下げると、旅の支度を済ませた彼女と、それを見送るように叶恵が立っていた。
「ユウヤ、もう行くわよ」
「ああ。……諏訪子」
「解ってるよ。アンタたちにはやらなきゃならないことがあるんでしょ」
「そうだな」
「それを止める権利は私にはないよ」
「ああ」
俺は俯く彼女頭を最後に撫でると、鳥居から飛び降りた。
「行かれるんですね」
「いつまでも世話になるわけにはいかないからな」
「私はそのままとどまってもいいわよ。叶恵も料理も美味しいから」
「なら、ここで別れるか?」
「でも貴方ほどじゃないから、残念ながらついて行くわ」
「それは残念です」
叶恵は本当に残念に、だが笑いながらそう言った。
今思えば、星羅がいなくなってから少ししっかりし始めたような気がする。
「私だって、立ち止まるわけにはいかないんです」
「え?」
「だから、ユウヤさんも前を進んでください。たまには後ろ振り向いても良いので」
「……ありがとう。叶恵」
俺は彼女の頭を優しく撫でた。
彼女は前に進んでいる。だったら、俺も立ち止まるわけにはいかないな。
「それじゃあ、また会おうぜ」
「はい」
「少しは妖怪退治できるように頑張りなさいよ」
「うぅ……それは精進します」
俺らは叶恵に別れを告げ、鳥居をくぐって階段を降りていく。
そんな俺らを、諏訪子はただじっと見送るだけだった。
その時、俺はある事を思い出した。
これが救いになるのか分からない。でも、気付いたからには伝えなければならない。
「諏訪子‼」
「な、なに?」
俺は振り返って鳥居の上に座っている彼女を見上げた。
「諏訪子、星羅はお前が母親って事、気付いてたみたいだぜ」
「え?」
「俺が神社の裏にある墓に案内された時、アイツは言ったんだよ」
「何を……」
「『じゃあね、お父さん』」
「……!?」
諏訪子は何かに気付いたように目を見開いた。
「おかしいよな。あの墓には両親が眠っているはずなのに、アイツは父親しか呼ばなかった」
「あ……う……」
「それってさ、多分気付ていたんだと思うぜ。ずっと前から」
「でも……あの子は……」
「言えるわけないだろ。……アイツは素直じゃないからな」
俺は振り返って諏訪子に背を向ける。
「本当、誰に似たんだろうな」
俺はそう言い残してその場から立ち去った。
こんな言い方しかできないが、これで良かったんだろうか。
「随分と不器用なのね」
「うるさい。あんまりこういうのには慣れてないんだよ」
「素が出てるわね」
「……悪かったな。不器用で」
「でも、それもたまにはいいかもね」
「なんでだよ?」
「ユウヤ‼‼」
俺がそう言うと、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると鳥居の上に諏訪子が立っていた。彼女は大きく息を吸うと、あらん限りの声で叫んだ。
「うちの娘を、よろしく頼むわよ‼‼」
それは、アイツの神様として、母親としての、最愛の言葉だった。
「ああ‼‼ 任せろ」
そうだ。約束したんだ。星羅の事を幸せにしてやるって。
そのためにも俺は前に進む。たとえこの先が過酷な旅路だとしても、俺は進む。
「決心は付いたわね」
「ああ。悪いが、この先も付き合ってもらうぜ」
「元からそのつもりよ」
「そうか。なら、地獄の果てまで付いて来いよ」
「当然」
俺とルーミアは再び歩き出した。
動き出した物語は止まらない。なら、最後まで演じきるまでだ。
空亡「さて、無事諏訪大戦編は終わりましたね」
優夜「最後の最後に臭い終わり方だね」
空亡「まあ、自分はこう言うのは嫌いじゃないですからね」
優夜「ところで、次はどうする気だ?」
空亡「時期的に何も無いので幕間でもしようかと」
優夜「時間稼ぎかよ」
空亡「まあ、ほんの少し、貴方に関わるんですけどね」
優夜「え?」
空亡「さて、それでは今回はここまで。次回をお楽しみに」
次回予告
星々の瞬くある日、少年は懐かしい夢を見たんだって。
東方幻想物語・幕間、『とある少年の記憶回想・星願い』。