神無 優夜side
俺は、負けたのか?
滝壷へと真っ逆さまに落ちている俺は、そんな事を考えていた。
千手先を読む剣の達人、犬走 楓に敗れた。
今まで無敗だった俺が初めて負けた。いや、今までが運が良かっただけだ。
偶然能力を手に入れて、運良く使いこなして、ただ都合の良いように物語が進んでいただけだ。
本当なら、俺はあの時、ルーミアに出会ったあの時に死んでいるはずだったんだ。
ああ、東方の世界だヤッホーっと喜んでいたあの頃が懐かしい。
でも、時計の針は戻らない。死んだ者は生き返らない。それが世界の理だ。
なら、俺が今することは何だ? それは目の前の障害を乗り越えて彼女の所まで行くことだ。
だが、どうすればいい。千手先も読まれるとなると対処のしようが無い。
『私のことを見ても動きは読めないわよ』
その時、俺の脳裏にルーミアとの記憶が思い浮かんだ。
それは何気ない日常の会話、忘れていた記憶の断片だった。
『いや、だってさ、ルーミアが操る影って避けにくいじゃん』
『だからって、私の動きを観察しても無駄よ』
『何でだ? あれってルーミアが操ってるんだろ?』
『前まではそうだったんだけど、今は違うのよ』
『違う?』
『簡単に言えば、あの影にも自我あるのよ。ただ、動きは私とは別だけどね』
記憶はそこで途切れたが、俺はその先の言葉を憶えていた。
そして俺は口元をニヤッとさせた。
ルーミアside
私が、恋……?
流れる川の冷たさを感じながら、私はそんな事を考えていた。
神速の通り名を持つ天狗、射命丸 凪に負けた。
今まで何度か戦うことがあったが、ここまで完膚なきまでやられたのは初めてだった。
彼女が言う通り、私は弱くなってしまった。それは自分でも解ってる。
そう、私があの時、数億年前にユウヤと出会ったあの時からだ。
人を喰うことさえしなくなり、いつの間にか人間と仲良くなりたいと思うようにもなっていた。
ああ、そうか、一目見た時から好きなってしまったんだ。妖怪なのに人間に恋をしたんだ。
だから、私は心にもない嘘までついて、私はアイツの傍に居ることを選んだ。
もう私に迷いはない。今度こそ、彼女を倒す。
『またコテンパンにやられたみたいだな』
その時、いつかユウキと話した会話が思い浮かんだ。
それは何気ない日常で交わしたどうでもいい会話だった。
『うるさいわね。今度こそ目にもの見せてやるわよ』
『意気込むのはいいけど、ルーミアとその天狗、相性悪いでしょ?』
『そうだけど……』
『まあ、戦い様によっては完封できるけどね』
『アンタの能力は多種多様だものね』
『う~ん、今度俺も手合わせしようかな。うちのルーミアをイジメた仕返しに』
そこで私の記憶は途絶えたが、その時の話の内容は憶えていた。
そして私は口元をニヤッとさせた。
第三者side
滝壷を見下ろす楓に、一仕事終えた凪が近付く。
「そっちは終わりましたか?」
「………期待外れだった」
「おや、あんなに楽しみにしていたのに、残念ですね」
「………そちらは?」
「楽でしたよ。ああ云う相手には物理よりも言葉が聞きますからね」
「………趣味が悪いですね」
「まあ、これで仕事は終わりですし、薊に報告でも」
二人が踵を返して飛び妥当としたその時、楓の耳に不自然な音が聞こえた。
それは滝の音だったが、不自然な音だった。まるで“滝を何かが昇ってくるような”音だった。
「楓?」
その時、凪も何かを感じた。
それは楓が感じている者とは違い、心の奥底から湧き上がってくるような感じだった。
本能的に湧き上がる不安、それは恐怖だった。
「これは………!?」
「………まだ終わっていませんね」
二人は背中合わせに構えると、水飛沫と共にその二つは二人の目の前に現れた。
楓の目の前には、滝を昇りきってきたユウヤが、清々しい表情で彼女を見ていた。
凪の目の前には、黒いオーラを纏ったルーミアが、禍々しい笑みを浮かべていた。
「「さあ、疾風怒涛の後半戦だ」」
二人は水飛沫を上げながら凪と楓に走り寄るが、彼女らは攻撃が来る直前に上空へと逃げた。
二人の刃が並行するようにすれ違うと、それと同時に視線を交わし頷いた。
ユウヤはルーミアの手を掴むと、走った勢いと振り返り様の遠心力を使ってルーミアを上空の凪と楓へと投げた。
ユウヤの手にはスマホが握られ、そこにはまだ発動中の能力が表示されている。
『水を得た伝説:河城にとり、わかさぎ姫』
「洗い流せ。『水龍式逆燐フォール』」
ユウヤが川に手を付けると両脇から二本の水柱が逆巻きながら上空にいる二人へと向かった。
それを読んでいた楓は水柱を斬り伏せ、下にいるユウヤへと斬りかかる。
凪は葉団扇を振るって風圧でそれを弾き飛ばすと、目の前にいるルーミアに風の塊を放つ。
だが、二人(ユウヤとルーミア)は二人(凪と楓)の意表をついた。
『小野塚 小町:距離を操る程度の能力』
瞬間、ユウキとルーミアの立ち位置が逆になった。
ユウキは凪の風を受け止めると、それを地面に向けて叩き伏せた。
ルーミアは楓の刀を受け止めると、それを力任せに弾き飛ばした。
「ルーミアを散々コケにしてくれた礼、その身で味わってもらうぞ」
「人間風情が、図に乗らないことね」
「ユウキを滝から落としてくれた礼、八つ当たりだけど返してあげるわ」
「……動きが丸見え」
凪は持ち前のスピードで空中を縦横無尽に飛びまわりながらユウキを翻弄する。
楓は刀を構えると、ルーミアの動きを千手先まで見通す。
ただ相手が変わっただけ、神速のスピードと千手見通す目を封じることはできない。
だが、二人には確信があった。長年連れ添ってきた相棒なら、目にもの見せてくれると。
ユウキは『月美』から『星羅』へと持ち変えると、凪へとその銃口を向ける。
ユウキが引き金を引くと、一発の銃弾が光の軌跡を描きながら放たれた。銃弾は真っ直ぐ飛ばず、曲線を描きながら動きまわる凪の後を追い、その銃弾は見事彼女へと命中した。
「いくらスピードが速くても、俺の銃弾は逃しはしない」
「なんで……!? 私の動きに追いつくなんて」
「確かに、動きでお前に追いつくのは無理だが、『星羅』の前ではただの鬼ごっこだ」
「そんな……!?」
ルーミアは静かに瞳を閉じると、自分の影を刃へと変えた。
ルーミアが影に指示を出すと、影は刃を突き立てながら楓へと向かった。楓はルーミアを見て動きを読もうとするが、影の刃はルーミアの意志とは関係なく無茶苦茶な軌道で楓を責め立てる。
「いくら相手の動きが読めても、複数同時は無理があるようね」
「……なんで、貴女の手が見えないの!?」
「それはそうよ。私の影は私の指示なしでも動く、以前取り込んだ仲間のお陰ね」
「……そんな」
ユウヤとルーミアはすれ違う時にハイタッチすると、互いに元の相手へと歩み寄る。
「流石ユウヤ、狙い通りね」
「そっちこそ。期待してよかったぜ」
「……いつですか。こんな手をの使う相談をしたのは?
「そうよ。あれから貴方たち二人が話す余ぶりなんて」
「嘗めるなよ。こっちは長年連れ添ってるんだ」
「お互いの考えなんて、嫌というほど理解してるわ」
敗北の苦汁を味わい、自分自身と向き合った今の彼らに、常識は通用しない。
そんな状況だというのに、二人は心の底から興奮した。
退屈なこの山で飢えていた彼女たち、その目の前に現れたやり甲斐のある相手、これ以上彼女らが望むモノはなかった。
「………こんなに楽しいのは久しぶりです」
「いい眼になったじゃねえか」
「………感謝します、神無殿、いや優夜」
「その言葉は、勝負がついてからだぜ‼」
ユウヤは『月美』を構え、楓に向かって走り出した。
彼のスマホにはいつの間にか新たなメッセージが表示されていた。
『妖怪風靡:射命丸文、犬走椛』
「決める。『花鳥風月』」
水飛沫を上げながら距離を詰め、一瞬にして神速に達した斬撃は彼女を捉える。
だが、その行動は楓に読まれ、彼を飛び越えることによっていとも容易く斬撃を避けた。
偶然か必然か、それは最初の構図によく似ていた。
「二度目も失敗ね」
楓は空中で振り返ると、刀を高く掲げて振り下ろした。
しかし、その攻撃は届くことなく、直前に振り返った彼の刀によって受け止められた。
「同じ芸じゃつまらないよな」
「読んでいたの……!?」
「言ったはずだ。これで決めると」
ユウヤはそう言って彼女の刀もろとも弾き飛ばす。
しかし、彼の刀はその衝撃で手元を離れてしまい、空中へと放り投げられた。
刀を拾おうとすれば隙が生まれる、そう考えた楓は水飛沫を上げながらその場に踏み止まると剣を構えて彼と距離を詰める。
「これで……‼」
「読んでたぜ」
「なに?」
ユウヤの口元がニヤッと笑った。その台詞は千手先を読む彼女のへの意趣返し。
彼は腰に携えていた鞘で楓の攻撃を防ぎ、それを再び弾き返す。
そして、二人の間に『月美』が落ちてくると、彼はそれを手に取り、楓との距離を詰めた。
咄嗟の事で先を読めない彼女は刀で迎撃するが、『月美』によっていなされると、斬り抜けるように鞘からの一撃を腹部に受けた。
楓は満足げに笑うと、水飛沫を上げながら川に倒れた。
「安心しろ、峰内だ」
ユウヤはそう言って『月美』を鞘に納めた。
「楓!?」
「よそ見をしている場合じゃないでしょう」
楓の方へと向いた凪へと、ルーミアは仕返しと言わんばかりにその胸ぐらを掴んだ。
「いくら神速でも、動けなければただの鴉ね」
「いい気になるんじゃないわよ。腑抜けた妖怪風情が」
「ようやく本性が出れ来たわね。でも、それじゃあ足りないわ」
ルーミアは邪悪な笑みを浮かべる。
それはかつて、人喰いとして人間や妖怪に恐れられてきた闇の妖怪が見せた笑みだった。
彼女の顔を直視した凪は、心の奥底から恐怖が込み上げた。
散々煽ってきたルーミアに対して恐怖を抱くのに、彼女の鴉天狗としてのプライドに傷をつけた。
「ふざけるんじゃないわよ‼‼」
凪はルーミアの腕を振り解くと、葉扇子を振り払って風の刃を放った。
しかし、それは目の前に展開された闇の翼によって防がれると、四方八方へと弾き返された。
「お遊びはここまでにしておきましょう」
「戯言を……‼‼」
「本当の宵闇の恐怖、味あわせてあげるわ」
ルーミアが口元をニヤッとさせると、背後から真っ暗な闇が広がった。
危険を感じた凪は逃げようとするが、それは瞬く間に闇は二人を包み込んだ。
視界を支配するのは何も見えない闇、それは人間に限らず妖怪すらも怖れる正に畏怖の象徴。
例え力の強い妖怪であろうと、暗闇による不安や恐怖は簡単にはぬぐいきれない。
視界が閉ざされたこの空間、相手を感じることも出来ず、どこから攻撃されるかもわからない。
神速の二つ名を持つ鴉天狗でも、無音の闇の世界ではただ闇に振るえる女の子でしかなかった。
その時、凪の肩に何かが触れ、小さく笑うように呟いた。
「ねえ、アナタは食べても良い妖怪?」
在り来たりな台詞、だが暗闇の中で崩れそうになっていた彼女の心には充分だった。
限界に達した彼女の心は悲鳴を上げ、目を白黒させるとその場で気を失った。
「殺さなかっただけ、私の情けよ」
ルーミアは髪を掻き上げて余裕の笑みを浮かべた。
凪と楓を倒した二人は、互いに顔を見合わせると再び歩みを進めた。
空亡「というおとで、中ボス戦は終了」
優夜「絵に書いたようなリベンジ戦だったな」
空亡「相性が悪いのなら、相手を変えて戦えばいい」
優夜「できれば俺が正面から勝ちたかった」
空亡「いいじゃないですか。最後にカッコ良く決められたわけですし」
優夜「納得いかない」
空亡「まあまあ、次回からはこの章のラストバトルですよ」
優夜「薊、か」
次回予告
妖怪の山の頂上へと辿り着いた優夜、そこで彼は鬼姫の悲しき過去を知る。
東方幻想物語・邂逅編、『鬼姫よ何を思う』、どうぞお楽しみに。