‐回想‐
私は、一度死んだはずだった。
良く当たるという天気予報が外れ、肩を濡らしながら帰ったあの大雨の日に。
不気味な秒針の音を鳴らす男に、心臓を素手で突き貫かれて死んだはずだった。
あり得ないと思った。でも、自分が殺されたという実感はあったんだ。
雨で濡れた通学路に横たわりながら、すぐに訪れるであろう死を待っていた。
でも、私の前にあの女は現れて、僕にこう言ったんだ。
「お前の大事な奴を助けたくはないか?」
ガサツな物言いだったが、なぜかその声を聴いてると安心した。
でも、私の大事な人って誰だろう? 思い出そうとすると、一人の男の姿を思い浮かべた。
名前も、顔も、その人がどういう性格だったのかも分からない。
でも、不思議とその人の事を思うと、無いはずの胸が苦しくなった。
「このまま仮初の人生を終わらせるか、それとも残酷な真実を知るために生きるか。
どちらかを選べ。だが、どちらにせよ楽な人生は送れないと思え。いいな?」
随分身勝手な選択だと思った。
でも、もしその言葉を信じるなら、私は真実を知りたい。
たとえどんなに残酷でも、そこに真実があるのなら、私は命なんて惜しくない‼
「死に損ないが命が惜しくないというか。なら、望み通り叶えてやるよ」
女性は私の胸に手を置いた。
身体が冷え切っていた所為なのか、その手はとても暖かかった。
私は眠るように瞼を閉じると、最後に彼女の声が聞こえた。
「……すまないなが、アイツを助けてやってくれ」
その声はどこか悲し気だった。
しばらくして目が覚めると、私は竹林の中で目を覚ました。
起き上がって周囲を確認すると、私は無意識に自分の胸へと手をやった。
あの時負った怪我はなかったが、今でもあの貫かれるときの感覚は鮮明に覚えていた。
夢はない。なら、今私がいる場所はどこなのか?
三日三晩、竹林の中を彷徨い歩くと、ようやく街が見えてきた。
しかし、そこは街と呼ぶには、どうも時代が違っているように感じた。
幸い、なぜか私は着物を着ていたお陰で違和感なく街に入れた。そして、気付いた。
ここは奈良時代初期、加えるなら、竹取物語より少し前の世界だった。
「驚いたか?まあ、そりゃそうだろうな」
振り向くとそこには、紅い髪を靡かせた女性が林檎を頬張りながら立っていた。
その声は、紛れもなくあの女性の声だった。
そして、彼女は語った。
私の本当の記憶を思い出さないといけないと、
この世界でとある人物に出会わなければいけないこと、
そして、私を殺した神話生物、チクタクマンに目に物見せることだった。
「馬鹿馬鹿しい話だともうか? でも、お前はすでに二度死んでる。
お前は真実を知ることを願った。なら、お前はアイツに会わなくちゃいけない。
思い出さないといけない。アイツの為に、お前は邪神と相乗りする勇気はあるか?」
彼女は林檎を私に投げ渡した。
本当の記憶とか、神話生物だとか、何一つ分からない。
でも、これだけはたしかに理解してる。
「私は“あの人”の為なら、自分の命なんて惜しくない」
顔も名前も思い出せないけど、“あの人”は私にとって大切な存在だった。
“あの人”の為なら、“あの人”に出会うためなら、私は邪神の遊びに付き合ってやる。
「最期まで付き合いますよ。“あの人”の為に」
「偏執症、ある特定の物に異常に執着する永久的狂気、お前にはピッタリだな」
そして、“僕”は“あの人”の為にこの世界で死ぬ決意をした。
それから数年後、僕(私)はようやく、彼と出会うことができた。
愛識 光姫side
「――死なせはしませんよ……ユウヤさん」
チクタクマンの振り下ろそうとする腕を、私は光糸で食い止めた。
糸が私の手に食い込み、真っ赤な鮮血が糸を赤く染めるが、私はそれを決して離さない。
「……貴様」
「まだ……私は生きてますよ」
「……死に損ないが」
チクタクマンは悪態をつくと、私に向かってワイヤーを放った。
避けることのできない私は、襲い掛かるワイヤーに斬り裂かれ、その痕からは流水の様に血が流れていくのを感じた。
だが、まだ私の糸は、奴の腕に深く深く食い込んでいた。
「……なぜ、まだ離さない」
「離す……? 何を言ってるんですか……」
私は笑った。
傷だらけになりながらも、死ぬ一歩前だとしても、それでも私は笑う。
「腕が千切れようと……脚を失おうと……私はお前を決して逃さない」
「……何がお前をそこまで狂わせる?」
「狂わせたのは貴方でしょ? お陰で、こっちは永久的狂気ですよ」
私は全身の力を振り絞って、奴を手繰り寄せる。
僅かに抵抗するチクタクマンだが、徐々にその足はこちら側へと引き摺っていた。
「でも…感謝してます。お陰で、私は…彼にまた会えた」
忘れていた私の大切な人、その人にまた会えた。
相変わらずお人好しで、人に愛されて、愛することに鈍感だった。
そして思い出した。何で私たちが“二度”死んだのかを。
この事を伝えられないのは残念だけど、でも、彼ならきっと辿り着いてくれる。
「……だから、あの人の…邪魔はさせない‼‼」
「……ならば、ここで死ね‼」
痺れを切らしたチクタクマンは、再びワイヤーを私に放った。
今度は私の身体を真っ二つに斬り裂くように、光の軌跡を描く刃となって私に向かってきた。
今度こそ真だと思ったが、私にはもう悔いなんて………………………………………………
「……ああ、せめて…………最後に」
ワイヤーが私を斬り裂こうとしたその時、私の目の前に影が立ちふさがった。
影は全てのワイヤーを片手で受け止め、月明かりが静止するワイヤーを照らした。
「……貴様…!?」
チクタクマンは、目の前の人物を見て悪態を吐いた。
だが次の瞬間、彼は一瞬でその距離を詰めると、奴の顔面を思い切りぶん殴った。
その衝撃でチクタクマンは数十m先まで吹っ飛ばされると、動きを止めた。
「ユウヤ…さん」
ああ、やっぱり凄い人だな。
あんなにボロボロなのに、よくもまあワイヤーを受け止めて、その上あのチクタクマンを真正面からぶん殴るなんて、やっぱり尊敬しますよ。
彼はフラフラとした足取りで私へと歩み寄ると、静かに膝を着いた。
「光姫……」
「なんですか、ユウヤさん」
「俺は、何も覚えてないんだ」
「ええ、知ってます」
「俺さ、絶対お前らの事を思い出すから」
「そうしてもらわないと、天宮さんと夢燈さんにも失礼ですからね」
「だから、お前まで…………」
彼は静かに泣いていた。恐らく、僕の死期を悟ったからだろう。
そういうとこ所は勘が鋭いんだから、まったく困った人ですよ。
でも、だからこそ、この人には立ち止まってほしくない。
「ユウヤさん……私、嬉しかったんですよ。また、貴方と会えて。
私も忘れていましたけど、こうやって思い出すことができたんですから。
ユウヤさんだってすぐ思い出せます。何より、他の皆のことも救ってやってください」
「わかった……だから………‼」
ああ、もう目の前が霞んできた。
もう言葉もろくに話せない。えも、せめて、あの日伝えられなかった言葉を……………
「ユウヤさん…?」
「なんだよ」
私はなんとか動く腕で光糸を操ると、彼を私の元へと手繰り寄せた。
その時、私は彼の首筋へと口付けした。
覚えていますか?
キス22箇所の意味、昔私が教えたんですよ?
首筋は執着、最後まで私らしく、貴方への想いを伝えられましたか?
「……愛してます…………ユウヤさん」
私の命は、そこで終わった。
最期に彼の腕の中で感じたのは、お人好しで優しい温もりだった。
神無 優夜side
――また守れなかったな。
真っ暗な空間に、嘲笑うような声が響いた。
――お前ら違う世界の人間は死ぬ、それがここのルールだ。
――そうか………
――絶望したか?
――いや、俄然やる気が出てきたよ。
――へえ………
俺はその言葉に、笑って答えた。
――例え助からない命でも、俺は最後まで抗ってみせるさ。
――結局、傷付くのは自分だぞ?
――それでも、俺は進む。そう約束したんだ。
――それがお前の答えか。神無 優夜。
すると、俺の目の前に紅く揺らめく炎が燃え上がった。
――いいぜ。その復讐よりも熱く燃える決意、気に入った‼
――それはどうも。
――光姫の想い、無駄にするんじゃねえぞ。
炎が消え、真っ暗だった空間が晴れると、そこはあの竹林だった。
光姫の身体は光の粒子となって空へと舞い上がると、儚く消えていった。
「……貴様…‼」
背後では、怒りをあらわにしたチクタクマンが起き上がる。
怒りをあらわにしたいのはこっちの方だが、今の俺は一味違う。
俺の手元には、光姫が残した糸と、深紅から受け取ったダイスがあった。
ダイスは紅い光を帯び、まるで燃えているようだった。
「ひとっ走り付き合ってくれよ、光姫。
そして、力を貸してくれ、深紅‐クトゥグア‐‼‼‼」
俺の声に応えるように、ダイスが光を放つと、俺の周囲を炎が包み込んだ。
すると、黒いフィンガーグローブが紅く染まり、そこには光糸が仕込まれていた。
それだけではない、俺の黒いコートも、炎のように赤く染まっていった。
光糸で炎を振り払うと、アヴァンの目が驚愕に満ちていた。
「その力……まさか、神降ろし………‼」
俺は左手の人差し指と中指でアヴァンを指さして言う。
「俺は自分の罪を数えた。さあ、次はお前の罪を数えろ」
次回予告
十六夜の月が照らす竹林の下、
機械仕掛けの邪神との最後の戦いが始まる。
受け取った命、燃え上がる焔、そのすべてをぶつけろ‼
東方幻想物語・蓬莱編、『JOKERは常に自分の手の中に』