神無優夜side
佐渡島の海岸、そこでは俺と“俺”が対峙していた。
真っ黒なペンキで塗り潰したような姿と、目が金色に光っている事以外を除けば、それは紛れもなく俺自身の姿だ。
“俺”は先ほどから何一つ喋らないが、それがかえって不気味に感じた。
「コイツは………」
「“影”だよ。紛れもなく、お前のな」
俺と“影”の中間に立つ渾沌は、そう答えた。
視線を動かして俺の足元を見ると、そこには俺の影がどこにもなかった。
「影か……なんとも安直な展開だな」
「だからこそ、面白いのだろ」
渾沌の言葉で“影”は真っ黒な刀身の刀を構えると、俺に走り寄って斬りかかった。
俺はそれを『月美』で受け流すと、がら空きになった身体へと刃を薙ぎ払う。
だが、その一撃は“影”がもう片方の手に持った鞘で防がれてしまった。
「……『皐月』」
「コイツ……!?」
「言っただろ。そいつは“影”、お前の癖も技もすべてお見通しだ」
「……『弥生』」
受け止めた体勢からもう片方に持っていた刀が死角から、目にも止まらぬ速さで斬り上げられた。
俺は咄嗟に後ろに下がってそれを避けるが、すぐさま刀を持ち変えると、今度は一歩踏み込んだ。
「……『卯月』」
下に向けた刃が斬り下ろされるが、俺はそれを『月美』で弾き返す。
逃げていては追い込まれる。そう思った俺は海岸の砂を巻き上げて“影”の目を封じた。
その隙に俺は奴の背後に周ると、がら空きになった背中に狙いを定める。
「――『水無月』」
俺は『月美』を構え、Ⅹ字を描くように斬り裂いた。
しかし、俺は自分の剣術を忘れていることに気付かされる。
斬撃が完全に決まったと思われたが、背後に回された刀によって受け止められていた。
「……『神無月』」
「コイツ、そこまで………!?」
「何度も言わせるなよ」
渾沌の笑いに共鳴するかのように、背面受けから俺の刃を弾き飛ばすと、すぐに振り返って俺に向かって猛攻を仕掛けてきた。
「影は誰よりも自分の近くに存在するモノ、故に自分よりも良く知っている」
「だから……っ、俺の剣術も……行動も分かるってわけか………っ‼」
次々と押し寄せるように迫り来る斬撃の連続に、俺はただそれを防ぐことしかできない。
「ああ。だから言わせてもらおう、お前ではその“影”には勝てない」
「そういう自分は高みの見物か………っ、良いご身分だな‼」
「そう言いながら、俺に攻撃してこないのは少し褒めてやるよ」
「そいつはどうも‼」
俺は一瞬の隙を突いて、“影”の刃を受け止める。
だが、刀に込める力は“影”の方が圧倒しており、逆に追い込まれた。
「無駄だ。いくらお前でも、“影”には勝てない」
「どうだろうな………」
「何?」
「自分の弱さを認めれば、案外どうにかなるもんだぜ………‼」
「そこの“影”に弱さなどない。あるのはお前を知り尽くした戦闘の情報だけだ」
「それを聞いて安心したぜ」
俺はニヤッと笑うと、その瞬間に『月美』を弾かれて後退した。
「……『師走』」
一瞬で距離を詰められるが、俺はわざと防御の体勢を取った。
「……『霜月』」
狙い通り、“影”はもう片手に持った鞘で『月美』を払い除ける。
そして、奴はすかさず刃を構えて俺に向かう。
「……『睦月』」
狙い誤らず放たれた渾身の刺突が俺の身体を貫いた。
突き刺された黒い刀に血が伝わり、砂浜へと赤い雫が落ちた。
「呆気ない者だな。まあ、これで黒扇様の機嫌も良くなるだろう」
渾沌は背中を向け、その場を立ち去ろうとする。
「さて、他の連中の様子でも見に行くか。なあに」
「次にお前が言う台詞は」
「『あんな雑魚共に手を焼く奴等でもないだろう』、だ」
「あんな雑魚共に手を焼く奴等でもないだろう……ハッ‼」
急いで後ろへと振り返る渾沌、そこには意外な光景が広がっていただろう。
「――『葉月』」
俺は『月美』を死角から斬り上げると、肩に突き刺さった刃を真っ二つに叩き斬った。
その反動で“影”は後退りすると、俺は刺さった刃を引き抜いて海辺へと投げ捨てる。
「悪いが、俺の仲間を甘く見るんじゃねえぞ、渾沌」
「お前‼」
「思った通りのパターンで攻めてきてくれて助かったぜ。お陰で致命傷は避けられた」
「さっきの攻撃を誘うために、あえてあんな手を」
「俺なら防御を破って刺突する。けれど、あの位置なら狙えるのは肩だけだったからな」
「自分の思考を逆手に取ったのか」
「俺の事なら、この世で誰よりも俺が良く知ってる。だからこそ、突け入る隙がある」
再び“影”に向き直ると、黒い刀は完全に再生していた。
“影”は居合の構えをとると、俺に向かって走りだした。
俺もそれに対抗するように、『月美』を鞘に納め、柄に手を掛けて待ち構える。
「本物の剣術を見せてやる……‼」
「……『如月』」
互いの距離が零になった瞬間、鞘から刃が抜かれ、互いの身体を剣閃が走った。
ひと時の静寂の後、静止した時間の中で“影”の方から黒い血飛沫が噴き出した。
「――如月『血閃』」
「同じ技で、“影”が負けただと」
「同じじゃねえよ」
俺は血に濡れた『月美』の刀身を渾沌に見せた。
「お前、自分の血で刀の摩擦係数を減らしていたのか」
「ああ。昔見たアニメの影響でな。今の状況なら、多分出来るんじゃねえかと思ってな」
「馬鹿だ。そんな事をすればお前の身が」
「何言ってやがる。俺は不死身だぜ?」
振り返らずに鞘を後ろに回し、“影”の不意打ちを瞬時に防ぐ。
「それにこの程度の傷、ルーミアのに比べればまだマシなんだよ」
俺は鞘で刃を滑らせるように受け流すと、『月美』を構える。
「――水無月『双流』」
振り返ると同時にⅩ字に斬り裂くと、流れるように鞘で十字に斬り裂いた。
“影”は後退りして俺から距離を取ると、懐から黒い銃を取り出した。
「ようやく本性が現れたな、渾沌」
「黙れ。流石にこの距離では避けられまい」
「どうかな?」
俺が笑うと同時に、銃弾は放たれた。
相手の距離は2m前後、普通ならこの距離は避けきれない。
「普通なら、な」
俺は銃弾の軌道を読むと、瞬時にそれを避けて“影”の背後へと回った。
「予測線を予測して避ける。名付けて――文月『見斬』」
「どうして、“影”が追いつけていない」
「当たり前だ。影なんて後を付いて回るだけ、追い越すことなんてできやしない」
「あり得ない。そいつにはお前の全てを」
「それは“前”までの俺のだろ。“今”の俺は“前”よりも強くならなきゃいけないんだよ」
「人間風情が」
「その人間の恐ろしさ、その目に焼き付けろ」
“影”は振り返ると、手にからワイヤーを広げて俺に向かって放った。
俺は咄嗟に後ろに跳んでそれを避けると、空中で『月美』を構え、狙いを定める。
奴は空中にいる俺に向けて、再びワイヤーを放つ。
「――弥生『流れ星』」
空中からワイヤーを斬り裂きながら斜めに急降下すると、“影”の身体を斬り抜けた。
だが、これで終わる俺の剣術じゃない‼
「継続技――卯月『天昇り』」
振り返り、刃を上に向けた状態で地面を踏みしめると、そのまま跳び上がると共に“影”の身体を斬り上げ、空中高くへと撃ち上げた。
「継続技――睦月『我狼』」
空中高く跳び上がり、刺突の構えを取ると、斜め下にいる“影”に向けて一点の迷いなく突き抜けた。
“影”は空中で弾けるように消し飛ぶと、その場には何も残らなかった。
『月美』を振るって黒い血を振り払うと、鞘に納めた。
周りを見ると、渾沌の姿は消えていた。どうやら取り逃げられてしまったようだ。
俺は深い溜息を吐くと、ルーミア達がいる里の方へと歩いて行った。
ルーミアside
「こんな奴等、手を焼くほどでもなかったわね」
私は瓦礫となった家にふんぞり返りながらつまらなそうに呟いた。
地面には先ほどまで戦っていた…………もとい、一方的に虐殺してやった化け物共の亡骸が横たわっていた。
翼をもがれて斬り裂かれた虎の化け物、牙を折られて細切れに解体された猪の化け物、もはや原形すら分からないほど滅多打ちにされた羊の化け物…………………………………。
「どいつもこいつも見かけだけね。期待外れも甚だしい」
「私たちが加勢するまでもなかったわね」
「恐ろしい妖怪じゃ。敵にはしたくないものだ」
「そんなこと言ってないで、アンタたちは怪我してる奴等の手当てでもしてなさい」
私は影を操りながら逃げ遅れた里の住人を一ヶ所に集めている。
狸ばっかりかと思ったけど、人間も混じっているようだった。
「何で人間が……」
「人間相手でも親交を深めようと考える奴が居てな、その影響じゃよ」
「あら、いつの間にか面白い事を思い付く子もいたのね」
「人間との共存も、案外悪くないかもしれないぞ」
「そういうものかしら」
「そういうものよ、多分ね」
私は澄みきった青空を仰ぎ見ながら、静かに目を閉じた。
ああ、早く来てくれないかしら………ユウヤ。
優夜「おい、ちょっと待て」
空亡「なんですか?」
優夜「俺がこれだけ頑張ったのに、ルーミアの奴あれで終わりかよ」
空亡「いや、だってあれ書こうとしたら何行で終わったと思います?」
優夜「いや、知らねえけど」
空亡「無駄話を抜いたら、なんと五行ですよ」
優夜「………強すぎる」
空亡「当初はこんなに強くするつもりなかったんですけどね。ルーミア愛って凄い」
優夜「俺の頑張りって何なんだ………」
次回予告
戦いはあっさりと終わりを告げ、通りすがりはまた旅に身を投じる。
東方幻想物語・探訪編、『前途多難な旅』、どうぞお楽しみに。