八雲 紫side
阿一の質問攻めから難を逃れた私は、人里の通りを歩いていた。
彼女の話では、阿礼の居た頃は小さな集落程度しかなかったようだが、それから流れ者達が集まってきて、ここが気に入って永住すようになり、いつの間にか一つの里として機能するようになったらしい。
ここには人間が生活するには純な施設がたくさんあった。
新鮮な食材が店先に並んでいる八百屋、真新しくできたばかりの道具屋、彩り豊かな花が並んだ花屋、少し怪しげな本屋、団子が美味しいと評判の甘味処などがあった。
それだけを見れば、どこにでもあるような在り来たりな村だった。
でも、その中でも今までの村とは明らかに違うものが一つだけあった。
それは、私を見るみんなの目だった。
今までは私の事を妖怪だと知ると、怖れと不審を抱いた目を私に向けてきた。
でも、ここの人達は私が妖怪だって知っている(恐らく阿一の仕業だろう)うえで、私に親切にしてくれた。
八百屋の夫婦からは、今朝獲れたばかりの梨を貰った。
道具屋の主人からは、は開店祝いだからと綺麗な扇子を貰った。
花屋のお姉さんからは、あの人の刀に付いていた月下美人の種を貰った。
本屋の老人からは、昔阿礼が書いたとされる本を受け渡された。
甘味処のおばさんからは、お腹が減ってるだろうからと三色団子を貰った。
それからも、私が街を歩く度に道行く人から色々なモノを貰った。
嬉しい半分、今までこういう扱いをされていなかった所為でどう対応したらいいか困っていた。
しばらくして、私は人里の入り口近くの休憩所に腰を下ろした。
「つ、疲れた……」
私は項垂れながらそう呟いた。
あの人との特訓は妖怪の私でもそれなりにきつかったけど、今回のは身体的というより精神的に疲れたわ。
もう、今私が感じているのが夢じゃないかと疑いたくなってきた。でも………………。
「夢なら、醒めないでほしいわ………」
私はそんな言葉を呟いてしまった。
ここは私が創ろうとしている理想郷に最も近いものだった。
人が妖怪である私を受け入れてくれている。それが何よりも嬉しかった。
これが本当に夢なら、もう目を醒ましたくない。そんな傲慢な想いを抱いてしまった。
「こんな程度なのかしら、私の理想は………」
自分に問いかけても、その答えは誰も返してはくれなかった。
その時、異様な殺気を感じた。
その殺気は里の外れから感じたが、明らかにこちらに向かってきている。
皮肉にも、気分が悪くなるような殺気が、これが夢ではないと証明してくれた。
「……良かった」
私はそう呟くと、その場から姿を消した。
スキマを通じ、その殺気の張本人がいる場所へと移動した。
少 女 祈 祷 中
スキマを通り抜けた先で待ち受けていたのは、異様の化け物だった。
私よりも一回り大きい図体を持った猪の身体と二本の鋭い牙、前足と思われる部分には仮面を付けた羊と翼が生えた虎が引っ付いていた。そして、顔と思われる部分には口を吊り上げた黒い犬のような物が浮き出てていた。
「あの人の話だと、こういうのを『きめら』って言うらしいわね」
『ヴ………神……ナシ………どこ……?』
異様の化け物から、呻くような声が響いた。
神無の名前を知っているということは、どうやらただの化け物ではなさそうね。
「貴方、この先に何の用なの?」
『黒…か………メイレイ……さと………人間……コロス』
「なんですって?」
『……邪魔…だ』
化物は静かに囁くと、猪の部分が咆哮を上げた。
私は身構えると、化け物は地面を踏みしめて走りだし、巨体とは思えないほどの速さで私に向かってきた。
私はそれを紙一重で回避すると、化け物は周りの木々を軽々と薙ぎ倒しながら突進を続ける。アイツが速さに身体が付いていけていないのが救いね。
「これなら余裕ね」
『嘗め……ルナ………‼』
化物はその場で転回すると、今度は虎と羊が咆哮を上げた。
すると、羊からは氷柱のように尖った氷の塊が、虎からは真空波のように鋭い風の刃が私に向かって放たれた。
私はそれらを目視で見切ると、最低限の動きでそれら全てを避ける。
あの人達との実践に比べれば、こんな弾幕なんてまだまだ薄いわ。
『貴……サマ』
「貴方がどんな存在なのかは私は知らない。
あの人とどんな因縁があるのかなんて私が知るはずもない」
あの人は、数億年も前から苦しんできたと言っていた。
それは多分、今も変わらない。この空の下で、また悩んでいるに違いない。
「でも、貴方がこの先の人達に危害を加えるというのなら………」
そうだ。だから私は、理想郷を創ろうと思ったんだ。
あの人の苦しみを和らげるために、あの人の本当の笑顔を見たい為に………‼
それが美しくも残酷な幻想だとしても、私はこの思いを諦めるなんてしたくない。
「私は、貴方を殺す」
この先には、私の理想に近付くために希望があるのだ。
その希望を、みんなの笑顔を、こんな奴に壊されてたまるものですか‼
『ならば………ヤッテミセロ‼』
継ぎ接ぎだらけの化け物は、それぞれ地面が揺れるほどの咆哮を上げた。
すると、化け物の周りに無数の弾幕が展開され、私に向かって一斉に放たれた。
私はそれを回避しようともせず、その場に佇む。
『死…ネ』
「いいえ。死ぬのは貴方よ」
私はそう言って目の前にスキマを開いた。
無数の目がこちらを覗き込む不気味な空間、その空間は弾幕の雨をすべて呑み込むとその口を閉じた。
弾幕を防がれた化け物は、激昂して私に向かって再び突進してきた。
「無駄よ」
私はスキマを化け物の周りへと幾つも開いた。
ぱっくりと開いたスキマは、化け物を取り囲み、化け物はその場に縛り付けられたかのように動かなくなった。
これはまだ私の術の中でも試作の物、それ故にまだ名前も無い。
そうね。あの人流に名付けるのなら…………。
「紫奥義『弾幕結界』」
開かれた隙間から、無数の弾幕が容赦なく放たれた。
取り囲まれた上に、逃げ道すら存在しないスキマの結界、そこから相手に放つ弾幕の雨、私の考えた名前も案外いい線いってるわね。
目の前で力尽きようとする化け物に、私は最後の言葉を手向ける。
「美しく残酷なこの大地から往ね。名も知らぬ化け物よ」
私は彼に背中を向けると、スキマに入ってその場から去った。
最期に、あの化け物は何を思ったのか、私は分からない。
少 女 祈 祷 中
化物退治を終え、私は人里の方へと戻ってきた。
本当なら、このままここを去ろうと思ったけれど、さっきの戦いで私の決心がついた。
私が阿一の屋敷へと戻ると、彼女は自分の部屋で書物に筆を滑られていた。
「あ、紫さん。戻られたんですね」
「ええ。忘れ物を取りにね」
「どうでしたか?」
「素敵なところだったわ。私なんかを受け入れるなんて」
「紫さんだけじゃないですよ。友好的な妖怪には、基本的に優しいんですよ」
「それは見てみたかったわね」
私は嬉しそうに笑った。
すると、阿一は何かを思い出したかのように私にある物を渡してきた。
「紫さん、これを」
「なに?」
「ある人から先代様へ、いえ稗田へと向けた手紙です」
「阿礼へ?」
彼女が差し出したのは、古びた手紙だった。
阿礼が受け取ったとすると、百年も前の物だろう。
私はそれを受け取ると、その手紙の内容を読んだ。
そこに書かれていたのは、意外な人物からの阿礼に向けた頼み事だった。
「優夜………さん」
「ええ。神無優夜さん、そに人からの手紙です」
そこには、次の事が書かれていた。
『阿礼、そして阿礼の子孫たちへ
これを読んでいる頃には、お前は死んでいるかもしれない。
あえて俺は阿礼にこの手紙を送る。たとえ、これを読んでいるのが生まれ変わりでも。
さて、突然だが、お前は人間と妖怪が共に暮らせる世界を信じられるか?
人は妖を恐れ、妖は人を襲う、それは神様でも変えられない世界の理だ。
俺の友人は理に背いてでも、人間と妖怪が共に暮らせる世界を創ろうと頑張っている。
生憎と、俺ではそれを手伝う事は出来ない。
だから、お前に頼みたい。俺がこの長い人生で出会った、人間のお前に頼みたい。
どうか、お前の前にその友人が現れたら、その夢の実現を手伝ってほしい。
あいつは心が優しい。だが、それゆえに躓くこともあるだろう。
その時、あいつの傍に誰かがいてくれれば、心が折れることは無いと思う。
実際に、俺も同じだった。ルーミアが居てくれたから、俺は今もここに居る。
恩着せがましい頼みではあるが、どうかあいつの助けになってくれ。
たとえそれが、美しくも残酷な幻想だったとしても…………………………。
神無優夜より』
そこで手紙は終わっていた。
読み終わったころ、私の頬を無意識のうちに涙が伝っていた。
「これ…は……?」
「先代様は優夜さんと別れた時、渡されたものです」
「でも、私があの人に話したのは」
「解っていたのかもしれませんね。貴女の夢を、それといつの日か私と再会することを」
阿一はそう言って微笑んだ。
あゝ、やっぱりあの人は何もかもお見通しなのね。
私の夢も、決意も、いつもいつもあの人に背中を押してもらっている。
「本当、敵わないわね」
私は涙を流しながら嬉しそうに微笑んだ。
……もう迷いはない。いえ、ここまで来て迷うことなんて許されないわね。
「阿一」
「はい」
私は、阿一に目を真っ直ぐ見据えた。
彼女は、私の紡ごうとする言葉を待っている。
私はその期待に応えなければいけない。この子と、あの人の為にも。
呼吸を整え、私は迷いのない声で言った。
「私の理想の為に、手を貸してくれませんか?」
まだ見えぬ理想郷、その実現のために、私は一歩踏み出す。
人間から信じられる前に、私が人間を信じる。それが最初の一歩だ。
空亡「これで、探訪編は無事終わりです」
優夜「紫も頑張ってるな」
空亡「ちなみにこの手紙、阿礼との別れ際にさりげなく渡してるんですよ」
優夜「……ちなみにそれに付いての描写は無い。完全な後付けだ」
空亡「感動が台無しですね」
優夜「まあ、これからも紫の物語は続くってことでいいだろ」
空亡「打ち切りにはしないですからね」
優夜「はいはい。ところで、次回からは本番か」
空亡「それが、妖桜編はもう少し後になりそうです」
優夜「マジか」
空亡「その前に、ちょっとコラボを挟みますけどね」
優夜「……どうなることやら」
次回予告
未定。「おい‼」