神無 優夜side
俺と桜良は互いの自己紹介を終えると、俺は彼女にいくつか質問することにした。
「ところで悪いが、いくつか質問していいか?」
「はい。何でしょうか?」
「ここは何処だ?」
「平安京から少し離れた所にある小さな屋敷です。私はここのお嬢様に仕えています」
「そうか……ついでに聞くが、俺ここに来る前に居た場所は分かるか?」
「居たというか、樹海の中で倒れているのをここの剣士が見つけたと言ってました」
「樹海……倒れていたってことは、“誰か”と戦っていたというか」
「その用ですね。何せ見つけた時は身体中傷だらけでしたから」
「なるほど。だいたい解った」
俺は腕の傷を押さえながらそう呟いた。
そういえば、気を失う寸前にチャイナドレスを着た奴が何か言ってたっけ。
あれから記憶が朧げだが、今の俺の状況は理解できた。
「あ、あの」
「なんだ?」
「こういうことを聞くのは野暮だと思いますが、樹海で一体何が?」
「知らねえよ。俺だって“どうしてこうなっているのか”知らねえんだよ」
「どういうことですか?」
「詰まる所、俺は記憶喪失らしい」
「え、いや、そんなはず」
桜良は疑いの目で俺を見る。
まあ、確かにこんな冷静な記憶喪失者は未だかつていないだろうな。
でも確かに、俺の記憶は一部だけだが喪失している。それも最も重要な記憶を。
「人との繋がりの記憶………」
「え?」
「俺が今まで出会った奴等との記憶が無いんだよ」
「出会った方との記憶?」
記憶にはいくつもの種類がある。
言葉で表現できる意味記憶、物事を本能的に覚えている手続き記憶などがある。
俺が失ったのは体験や出来事の記憶を司るエピソード記憶だ。それも、人との関わりや、今まで出会ってきた人達との思い出だけが消えている。
解り易く例えるなら、本のタイトルを憶えていてるが、その内容はまったく覚えていないということだ。
どっかの幻想殺しさんも同じ経験をしていたが、俺のもそれと同じだと思ってくれ。
「ったく、最悪だ」
「あの……大丈夫ですか? 顔色が優れないようですけど」
「言った通り、最悪だ。人の顔も名前も、思い出も全部無くなってやがる」
「大切な記憶なんですか?」
「ああ。頭から消えても、心にはちゃんと残ってるんだよ。こういうのは」
名前も顔も思い出せないが、確かに俺はこれまでの旅路で大切な奴等と出会ってきた。
本当は思い出したくない記憶かもしれない。これは自分から望んだの事かもしれない。
でも、心に残っているという事は、少なくともそいつらの事は忘れたくなかったはずだ。
だから、思い出さなくてはいけない。
「桜良、悪いが世話になった」
「え? ちょっと待って」
俺は立ち上がると、桜良の横を通り過ぎて部屋を出る。
部屋を出た先は中庭に通じており、中庭を囲むような形で廊下が存在した。
そして、俺が居る場所とは反対の所に一人の青年が居た。
後ろで一つ結びにした白い髪、緑色の羽織の下には黒い袴を穿いている。腰には普通より刀身の長い刀と、もう一本の刀が携えてあった。そして傍らには白い半霊が浮いている。
青年と目が合うと、俺と彼は平行に距離を保ちながら廊下を歩く。
「桜良殿が騒がしかったから何かと思えば、もう目が覚めたのか」
「お蔭様で。アンタが俺を助けてくれた剣士か?」
「左様。人知れず鍛錬に勤しんでいたら、まさか死体を見つけるとは思わなかった」
「死んでねえよ。これでもまだ生きてる」
「そうか。ところで、何を急いでいる?」
「教える義理はねえよ」
「助けた者に対しての礼がなってないのではないか?」
「それは悪かったな。じゃあ言っておくぜ、ありがとう」
「どういたしまして」
廊下の端から端へと移動しながら、俺と剣士と会話を交わす。
彼から漂う鋭い殺気、一触即発の空気の中、俺は拳を握り締める。
剣士の辺の半分に到達すると、庭師が先に動いた。
俺との距離を一気に詰めると腰に携えた刀へと手を添えると、俺へと居合切りを放った。
寸前のところでそれを見切った俺は姿勢を低くして避けると、拳を剣士の腹部へと放った。
俺のストレートで吹っ飛ばされると、剣士は刀を地面に突き刺して勢いを殺した。
「中々いい反応だな」
「殺気があからさま過ぎだ。今から襲うぞと言ってるようなもんだ」
「そうか。それなら仕方ないな」
剣士は刀を引き抜いて一振りすると、俺を見つめる。
俺は廊下から途に降りると、中庭の中央へと歩み寄る。
「さて、いきなり襲い掛かってどういうつもりだ?」
「それは今話さいとならぬか?」
「ああ。お前を倒した後には聞けないからな」
「なら、これが終わった時に話すとしよう」
剣士はそう云うと、再び俺に向かって走り出した。
呆れて溜息を吐いた俺はスイッチを切り変え、俺と剣士に向かって走りだす。
「ああ……あの人のの悪い癖が」
桜良が頭を抱えて見守る中、剣士は走った勢いを付けて刃を横薙ぎに振るった。
俺は急ブレーキをかけて後ろに仰け反ってそれを回避すると、後ろ手を着いてそのまま曲線を描くようにサマーソルトを庭師に放った。
しかし、剣士も寸前のところで後ろに下がってそれを避ける。
剣士は後ろに下がると反動を付けて俺にもう一度斬りかかる。
地面に足が付いたと同時に俺は回し蹴りを放って刀の軌道を逸らすと、そのまま続けて蹴りを放つ。
だが、剣士は刀を右手から左手に持ち変え、蹴りが入る寸前に防いだ。
「剣士としては中々だな」
「そう言ってもらえて恐縮だ」
「俺、アンタみたいなやつは嫌いじゃないぜ」
「お主こそ、その性格の割には真っ直ぐな戦い方をするな」
「うるさい。それより、さっさと終わらせようぜ」
「ああ。仕掛けたからには、勝たせてもらう」
「はっ。売られた喧嘩は、倍にして返すぜ」
互いに睨み合うと、後ろに跳んで距離を置いた。
次の一手に全てを賭けるように、俺は拳を握り締め、剣士は居合いの構えを取る。
冬の風が中庭に吹いたが、今の俺たちには寒さなんて感じる暇もなかった。
沈黙が続く両者、何かのきっかけ一つで動く用意はできていた。
「うぅ……二人とも怖いです………へ、へっくち‼」
桜良のくしゃみが中庭に響いた瞬間、俺たちは互いに向かって走り出した。
刹那のすれ違い、その一瞬で勝負が着いたくと、互いに背を向けて動きは止まった。
剣士の手には引き抜かれた刀、俺の頬にはその斬り傷が浮きあがった。
「勝負ありだな」
剣士が勝ち誇ったように刀を鞘に納めようとした時、彼は目を見開いた。
俺はその反応を感じながら、口元をニヤッとさせた。
「ああ。そうだな」
俺は手に持った長刀を一振りして肩に置いた。
「いつの間に……」
「すれ違う瞬間に抜刀術の応用で引き抜いた。そして斬った」
長刀を剣士に投げ渡すと、受け取ったと同時に彼の服の袖が綺麗に斬れた。
俺は頬の斬り傷から出た血を指で拭き取ると、俺はニヤッと笑った。
「これでお相子だな」
「ふふ。まさか相手の刀を利用するとはな」
「そうね~私も初めて見たわ」
「普通はねえよ………って、え?」
声がした方へと視線を向けると、いつの間にか少女が座っていた。
ウェーブの掛かった桃色の髪のロング、桜花の柄が描かれた青い着物を纏っていた。
まるで今にでも消えそうだが、確かに生きている彼女に、俺は見惚れていた。
少女は柔らかな笑みを浮かべると、俺に歩み寄って近付いてきた。
「貴方、強いのね。うちの剣士に勝つなんて」
「勝ってないだろ。引き分けだ」
「いえ。本気だったら貴方は勝ってたわ。貴方もそれが解ってるでしょ?」
「……お嬢様の想像に任せます」
「らしいわ」
彼女は扇子で口を隠しながら楽しそうに笑った。
剣士の方も、何も言えずにただ困ったようにそっぽを向いていた。
「そうだ。貴方、名前は?」
「神無 優夜、アンタは?」
「私は『西行寺 幽々子』、こっちの剣士は『魂魄 妖忌』よ」
「幽々子に、妖忌か」
俺は二人を交互に見つめ、違和感を抱いた。
二人の名前を、どこかで聞いたことがあるはずなのに、やはり思い出せなかった。
だがこれだけは解かる。俺はまた面倒事に巻き込まれるだろう。
さて、いかがでしたでしょうか?
これまで関わってきた人達との記憶を失くしてしまった優夜。
その事に焦り、周りが見えなくなるのは、昔から変わらないところですね。
いきなり名も知らない剣士に勝負を挑まれるも、戦い方はその身体が憶えていた。
自分を憶えていても、他人を忘れた主人公は、何を求めるのか?
そして、彼はまた面倒事に巻き込まれる。
次回予告
一つの屋敷に集った奇妙な顔ぶれ、そこで優夜は何を知る?
東方幻想物語・妖桜編、『剣士と庭師と死に誘う姫君』、どうぞお楽しみに。