神無 優夜side
とある雨の日、俺は妖忌に連れられて森の奥へと連れられてきた。
そこは人気が無く、噂では妖怪ですら近寄らないと言われている曰付きの森だった。
幽々子や桜良の話によれば、ここは妖忌が剣の鍛錬する場所としてよく訪れているという。
唐傘を差して歩く俺の頭の上では、ぱらぱらと静かな音が鳴っている。
「いつもこんな所で修行してるのか」
「まあな。ここ最近、都付近で化け物による殺しが多いからな」
「ああ、あれか。妖怪たちに聞いても正体は掴めてないからな」
「本当に仲が良いんだな」
「話してみれば案外良い奴等だぜ」
「そうかもな」
妖忌は小さく笑った。
「ところで、なんでこんな場所で修行を?」
「周りに人がいては無駄な被害が出そうだからだ」
「どういう意味だ?」
妖忌はその場に立ち止ると、腰に携えた楼観剣を構えた。
降りしきる雨に打たれながら、彼は勢い良く抜刀した。すると、目の前に振っていた雨がその一刀によって斬り裂かれ、また眼前の木々は放たれた真空の刃によって斬り倒された。
抜刀した刃を鞘に納めると、彼は振り返った。
「なるほど。確かに人がいたら被害が出そうだ」
「ここには人も来なければ妖怪もいない。拙者の技を磨くのには最適な場所だ」
「しかし、まさか雨どころか空気まで斬るのか。恐ろしいな」
「雨を斬るには二十年修行する。空気を斬るには五十年修行する。そう教わったからな」
「人間なら頑張ればできそうだな。俺も出来るかな?」
「できるだろうな。優夜殿なら」
妖忌は振り返ると、そう言って微笑んだ。
いつも仏頂面だが、こうやって笑うと案外カッコいいんだよな。
「どうかしたか?」
「いや。俺が女だったらお前に惚れてるだろうなって、思っただけだ」
「……悪いが、拙者にはそういう趣味は」
「安心しろ。俺にもそういう趣味は無い。普通に女性が好きだ」
「それは良かった」
妖忌は安堵の溜息を吐いた。
なんというか、やっぱり気真面目だな。
「なあ、優夜」
「なんだ?」
「さっきの話の続きだが、時を斬るには何年修行すればいいと思う?」
「時か……人間の寿命では無理があるけど、頑張れば百年か?」
「惜しいな。正解は二百年だ」
「二百年か。遠いようで、短いな」
「拙者とお主なら、どっちが先に到達できるのだろうか」
「試してみるか?」
俺は妖忌に向けてニヤッと笑うと、彼も嬉しそうに口元が緩んだ。
すると、妖忌は白楼剣を俺に突き出した。
「この二振りの刀は、本来なら魂魄の家系にしか使えぬはずの家宝だ」
「よくあるよな。でも、案外誰も使おうとしないだけっていうのがオチだろ?」
「かもしれない。しかし、お主はそれをいとも簡単に引き抜いた」
「俺なら楼観剣を使ってもアンタと互角に戦える。そう思ってるのか」
「どうだ?」
「いいぜ、乗ってやるよ」
俺は唐傘を天高く放り投げると、妖忌が白楼剣を俺に投げ渡した。
それと同時に、妖忌は俺との距離を詰めるともう片方の刀、楼観剣を抜刀した。
咄嗟に白楼剣で居合切りを受け止めると、そのまま抜刀して零距離で刺突する。
しかし、それをいち早く察した妖忌は一瞬で俺との距離を空け、刺突を避けた。
「ちっ……タイミングが」
「やはり、か」
「何が『やはり』だよ」
「ただの独り言だ。気にするな」
「気にするに、決まってるだろ‼」
刺突した体勢から白楼剣を左手に持ち変えると、一歩踏み込んで妖忌との距離を詰める。
下から斬り上げようとする俺に対して、妖忌はそれを迎え撃つように楼観剣を斬り下ろした。
二つの剣戟がぶつかり合うと、その衝撃で降りしきる雨が一瞬吹き飛ばされる。
繰り返される刃と刃のぶつかり合いは、物静かな森に激しい金属音を掻き鳴らしていた。
「ところでさ、妖忌」
「なんだ。戦ってる最中に」
「気になったんだけど、なんでお前は幽々子に仕えてるんだ?」
「今聞くことか?」
刃は弾き合い、一旦距離が空けると、すぐさま鍔迫り合いを始める。
「こういう時しか聞けねえからな」
「まったく。どこまでも陽気な奴だ」
「で、どうなんだよ」
「あの方に仕えてるのは、拙者なりのけじめだ」
「けじめ?」
競り合いから妖忌の楼観剣を押し返すと、そのまま懐に入って斬り込む。
だが、それを読んでいたかのように鞘で迎撃され、こっちも鞘でそれを防ぐ。
「その昔、拙者はただ自分の剣の腕を自慢するだけの流浪人だった。
負け知らずだった拙者は、ある日妖怪との戦いに敗れ、あの屋敷の前で倒れた。
その時に介抱してくださったのが、幽々子様と桜良殿だった」
「意外とアンタも無茶してたんだな」
「若気の至りだ。あの頃は自分が強ければ何でもできる気だったからな」
「青いね~」
鞘と刀の二刀流で攻防を続けながら、俺と妖忌は呑気に語り合う。
「あれからだろうか。誰かの為に剣を振るおうと思ったのは」
「それは今でも変わらねえのか?」
「ああ。例え幽々子様が死に誘う亡霊と成ろうと、拙者は最期まであの方を護る盾になる」
「盾、か。どちらかと剣じゃないのか?」
「無益は争いはもうやめたのでな。今は外からの力を防ぐだけで十分だ」
白楼剣で俺の斬撃を受け流すと、鞘で俺の腹部を斬り抜けた。
そのまま俺の背後に斬りかかるが、俺は白楼剣を背中に回してそれを受け止める。
「あくまでもアンタは、幽々子を護る盾なのか」
「拙者はあの方が何に成ろうと、この身を尽くして付き従う所存だ」
「それがたとえ、人を死に誘う亡霊でもか?」
「愚問だ。一度拾ってもらったこの恩は、一生を尽くして償うのが道理というものだ」
妖忌の気迫に押されると、俺は後ろに跳んで距離を置いた。
それと同時に、俺は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうか……そうなのか……」
「どうした?」
「いや。本当にカッコいいな。アンタは」
「いきなり何を」
「いやさ。何かを護るために剣を振るう。俺はそれが出来なかったんだ」
『貴方は英雄でも最強でもない。愛する人一人も救えない、ただのちっぽけな人間よ』
呪のようにその言葉が俺の脳裏で再生される。
そうだ。俺は戦ってたんだ。愛する者を護るために、それがいつの間にか復讐する執着した。
目の前の者よりも、俺は復讐にばかり囚われていた。
攻めるだけの剣ではなく、ただ護るだけの盾、それが俺の求めようとした物かもしれない。
「ありがとよ。妖忌」
「何だかよく解からないが、迷いは晴れたようだな」
「ああ。お陰で見失いかけてたモノを思い出した」
「それは良かった」
「礼にとっておきの奴を見せてやるよ……」
俺は白楼剣を鞘に仕舞い、その場に突っ立った。
構えなんて無い無防備な体勢、それを見て妖忌は目を細める。
「何のつもりだ?」
「さっきから俺ばかり攻撃してからな。今度はこっちが受けて立つぜ」
「何をするつもりかは知らないが、遠慮なく行かせてもらう‼」
妖忌は白楼剣を鞘に納めると、俺に向かって走ってきた。
一歩、また一歩と、俺はその歩幅を見計りながら、妖忌の攻撃が来るのを待った。
互いとの距離が零となる時、俺は白楼剣を抜刀する。遅れて妖忌の手から楼観剣も抜刀される。
一瞬だけ速く抜刀された白楼剣は、妖忌の白楼剣の刃の上を滑るようにして攻撃を受け流すと、同時にその威力を完全に殺し、そのまま妖忌の身体を横薙ぎに斬り裂いた。
斬り抜けたと妖忌は、俺の背後で膝を着いた。
「今のは……」
「『月華』、相手の攻撃から派生する反撃の型だ」
「あの無防備の体勢からよく」
「アンタよりも速く刀を抜くのに集中してたからな、これくらい安いもんだ」
「最後の最後まで、恐ろしい奴だ」
「お褒めに預かり、恐悦至極」
俺は白楼剣を鞘に納めると、振り返って妖忌に返した。
「やっぱり、俺にはその刀は合わねえな」
俺はそう言ってニヤッと笑った。
彼が持っていた刀は、いつしか復讐に穢れていった。
その現実を突き付けられ、彼は受け取った刀をすべて失ってしまった。
しかし、忘れかけていた刃を振るう理由は、案外簡単なものだった。
大切なものを護りたいという想いが、彼に刀を与えたということを。
徐々に思い出されていく記憶の中で、彼は一抹の不安を抱き始める。
次回予告
裁かれぬ罪は、時として自分を戒める罰となり、少女を苦しめる。
東方幻想物語・妖桜編、『菖蒲と墓標と双つの罪』、どうぞお楽しみに。