東方幻想物語   作:空亡之尊

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運命と想いと桜舞う月夜

神無 優夜side

 

 

今年の春、桜前線は異常ナシ。

都に行っても、満開になった桜を見て人々は飲んで歌えやのどんちゃん騒ぎをしている。

いつもならそれに便乗してバカ騒ぎをしていたというのに、この屋敷だけは雰囲気が違った。

 

西行妖は今のところ八分咲き、幽々子たちの見立てでは今夜には満開になるという。

満開になれば人を殺す妖怪桜、妖忌たちは必死に耐えてきたが、今回はそうもいかないらしい。

ここ最近起こっていた都での殺し、その生気がどういうわけか西行妖が吸収し、以前よりも妖力を増したらしい。

 

妖忌たちはそれでも、覚悟を決めてこの屋敷に残っている。

紫も、今は西行妖を封印する手段を一つでも多く探していると言った。

そして、幽々子はいつも通り、あの桜の前で思い耽っている。

 

今の俺には、彼女たちの助けにはなれない。

このまま、俺は傍観者としてすべてが過ぎるのを見守ることしかできない。

 

 

「ったく……」

 

 

誰もいない屋敷の中庭で、俺は悪態を吐いた。

なにも出来ない俺に立シテ、俺は苛立ちと同時に焦りを感じていた。

幽々子が言っていた西行妖を封印する手段、それが気になっていたからだ。

 

 

「俺は知ってる……知ってる筈なんだ」

 

 

失った記憶の中に、俺はこの先の結末がある。そんな気がする。

だが、それを思い出しても、俺は止めることができない。

幽々子の行動を、俺は止めることなんてできない。

 

 

「俺はただの傍観者、見ることしかできない卑怯者か」

「卑怯者なんかじゃありませんよ」

 

 

声がした方へ振り向くと、そには桜良が立っていた。

 

 

「桜良……」

「人間は誰しも運命からは逃げられません。死は必ずやってくるものです」

「それが、幽々子の死が今という事か?」

「はい。今を止めても、この先があります。それは終わらないイタチごっこです」

「なら、俺に幽々子を見殺しにしろって言うのか?」

「残酷に言えば、そうですね」

 

 

桜良は悲しげに笑った。

いつもと様子が違う彼女に対して、俺は無性に怒りが込み上げてきた。

 

 

「お前、本当にそう思っているのか」

「ええ。そうですよ」

「幽々子のことが大事じゃなかったのか?」

「もちろん大事です。でも、私にはそれ以上に大切な者を守らなければいけない」

「どういう意――」

 

 

その時、俺の目の前を鋭い剣閃が迫ってきた。

俺は咄嗟に後ろに下がってそれを避け、顔を上げるとそこには桜良の姿はなかった。

瞬間、俺の後ろから首に掛けて強い衝撃が走った。

 

 

「――!?」

 

 

意識を刈り取られそうになるを必死に耐えるが、俺は地面に倒れてしまった。

見上げると、そこには桜良が俺を見下ろすように立っていた。

 

 

「なん…で……」

 

 

途切れそうになる意識の中、桜良は懐から椿の髪飾りを取り出した。

彼女はいつもいつも左目を隠していた髪を掻き上げると、髪飾りでその髪を留めた。

 

 

「すみません。“先輩”」

 

 

彼女は今にも泣きそうな目でそう言った。

消えていく意識の中、彼女の左目の色だけは憶えていた。

椿の様に、紅く赤く染まった瞳。それは俺がかつてこの目に焼き付けた忘れられない瞳だった。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

目が覚めると、俺は中庭で仰向けで倒れていた。

少し痛む首筋を押さえながら立ち上がると、気を失う前の記憶が蘇った。

咄嗟に俺は空を見上げると、もうすでに金色に輝く月が真上に昇っていた。

 

 

「桜良……」

 

 

薄々気付いていた。彼女も同じだと。

俺が愛した女性はみんな、どうしてなのか死ぬ運命にある。

記憶が戻ったからじゃない。心でそう理解していたんだ。その事実から目を逸らしていただけだ。

 

記憶を失って初めて実感した。俺はすべてから目を逸らしていた。

自分からも他人からも真実からも世界からも、俺の後悔と言う記憶がそれに目を塞いでいた。

 

 

「……ったく、呆れるぜ」

 

 

俺は今迷っていた。

そのうち、西行妖が活動を始めるだろう。それと同時に、邪神も動きだす。

おそらく、桜良が向かったのは邪神の方だ。それ以外、俺には考え付かない

 

なら、俺はどうすればいい? 桜良を追うか? 幽々子を助けるか?

無理だ。どちらかを助ける為には、どちらかを見捨てなければならない。

それ以前に、俺に何ができるって言うんだ。死ななことしか覚えていない俺に、何ができる?

するとその時、俺の背後に誰かが立っていることに気付いた。

 

 

「妖忌……」

 

 

それは、いつものように楼観剣と白楼剣を携えた妖忌だった。

その表情は、いつもよりも険しく、既に始まろうとしている惨劇の開始を物語っていた。

 

 

「もう、始まったのか」

「ああ。西行妖が開花し、幽々子様も姿を消した」

「そうか」

「それに、都の方でも何やら動きがあったようだ」

「そうか……」

「お主は何をしておるのだ?」

「わからねえ。もう何をすればいいのか分からねえよ」

 

 

俺は自棄になり、薄ら笑いを浮かべながら妖忌に言った。

何の為に戦えばいいのか、何を護ればいいのか、もう何がなんだかわからない。

いっそこのまま、俺も終わってしまいたい。

 

 

「優夜……」

 

 

妖忌はそれ以上語らず、ただ見守っているだけだった。

 

 

「妖忌、俺はどこで間違ったんだ」

「さあな。拙者が分かるのは、今のお主はこの程度の死気で自分を殺すということだ」

「そうみたいだ。無意識に自分を殺すってのは、こういう感覚なんだな」

「拙者は止めん。ここでお主が死ねば、所詮その程度だったということだ」

「言ってくれるな。でも、ありがとよ」

 

 

俺はまた迷っている。

助けられない命を救うのかと、自分を傷付けてまでも進み続けるのかと。

呆れたもんだ。幽々子に偉そうに言っておいて、別れを怖れているのは俺の方じゃねえか。

 

俺は小さく笑うと、握りしめた拳を自分の頭にたたきつけた。

目が眩むような衝撃で体がよろめくが、そのお陰で俺の頭がスッキリした。

 

 

「迷うのはやめだ。考えるのは俺らしくない」

「迷いは晴れたか?」

「ああ。それに、よく考えたら俺って死のうと思ったら四回殺さなきゃいけないからな」

「それは………長いな」

「だろ? 四回も死の瞬間を迎えるのはちょっと嫌だな」

「………なんだか、初めて会った時よりも生き生きしてるな」

「まあな。余計なものは全部捨てることにした」

「そうか。なら、桜良殿のことは任せるぞ」

「幽々子はどうする?」

「案ずるな。場所は分かっている」

 

 

妖忌は踵を返すと、俺に背を向けた。

 

 

「優夜」

「なんだ」

「桜良殿を頼んだ」

「どうせ助けられねえぞ。それでもか?」

「助けてくれとは言わん。ただ、その散り様はお主が見届けてやってくれ」

「酷いこと言うよ。俺に愛した奴の死を見届けろってか」

「“迷い”が無いお主なら、もう答えは分かっているだろ」

「答え、ね」

 

 

今まで俺な何度も愛する人と別れを経験してきた。

だから理解している。何もできずに大切な者を失うのは、最も後悔するってことを。

 

 

「変えられぬ結果ならば、最期まで足掻いてみせろ。それが今のお主にできることだ」

「わかったよ。……どうせ一度は捨てた命だ。最期まで燃やしてやるよ」

「その心意気があれば、案外いい結末になるかもしれないな」

「希望論を語る余裕なんてねえよ。どうせ失うのなら、最期は笑って見送ってやる」

 

 

これから死ぬ奴にできるのは、そいつが安心して逝けるように笑うことだけだ。

涙の別れなんて悲しいからな、最期くらいは道化のように笑って見せるさ。

 

 

「悪いが幽々子の方は」

「拙者が行く。これでも長年仕えてきた従者だからな」

「最悪、幽々子も死ぬかもしれないぞ」

「解っている。西行妖をこの目で見たその瞬間から、その時が来るのは覚悟していた」

「そうか。杞憂だったな」

「どうせだ。これまでの恨みつらみを幽々子様にぶつけてやる所存だ」

「ははっ。妖忌らしくねえな」

「最後くらいは素直になりたいだけだ」

「そうかよ」

 

 

俺は妖忌に背を向けると、月の浮かぶ夜空を見上げた。

 

 

「お互い、死ななかったらまたここで会おうぜ」

「ああ。その時は、ゆっくり語り合うとするか」

 

 

互いに背中を合わせ、そして各々が想う人のところへと走り出した。

 

 

 

 

 

???side

 

 

あるところに、双子の姉妹が居た。

姉は己の力を証明する為、人の命を奪う殺人剣を極めた。

妹は弱き者たちを護る為、一殺多生の活人剣を極めた。

 

二人は対立し、やがて離ればなれとなる。

 

ある日、妹は人斬りという無実の罪を被った。

罪人は囚われ、やがて怒れる人々の手によって殺された。

 

だが、奇妙なことに、その日から罪人が居たという記憶は消え伏せてしまった。

ただ一人の家族である、双子の片割れだけがそれを憶えていた。

 

彼女はその足で向かっていた。

彼を待っている邪神の下へと、その二振りの刀を持って。

 

 

「死ぬのは怖い……」

 

 

彼女の手は震えていた。

この先に待ち受けているのは、自分の死だと確信しているからだ。

 

 

「でも、罪を償えずに死ぬはもっと怖い……‼」

 

 

彼女は死ぬ覚悟を瞳に宿し、その足を速めた。

 

 

「――一緒に戦って。菖蒲」

 

 

 

 





ついに始まった終わりへの鎮魂歌。
西行妖は開花し、都には四つの邪な影が、そして彼を待つ邪神。
死に誘う姫君は自分の運命との決着をつけるために、
双花の少女は目を逸らし続けてきた自分の運命に立ち向かう。
迷いが晴れた彼は、再び自分の運命に向き合うために、走り出すのだった。


次回予告
彼の前に立ちはだかる邪神の手先、それを救ったのは彼のよく知る闇だった。
東方幻想物語、妖桜編、『四神と仲間と血染めの桜』、どうぞお楽しみに。
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