音ノ木坂学院の売りどころは何? と聞くと、大半の生徒は互いの顔を見合わせてうんうんと唸り始める。
伝統があるところ? 趣きがあるよね。歴史とか。 あ、制服も可愛いかも?
残念なことに、音ノ木坂学院はPRすべきポイントが圧倒的に足りていなかった。積み重ねた歴史と、和やかな空気。他の面で言えば、一応国立高校であることと、制服が可愛いところのみである。
部活動が盛んというわけでもないし、勉強面で秀でているかと言われればそうでもない。至って普通の高校なのだ。
「――これから生徒会は独自に動きます。何とかして廃校を食い止めましょう」
生徒会室で絵里は会議をスタートさせる。議題は勿論、『オープンキャンパスで何をやり、中学生に良い印象を与えるか』である。
「はいっ」
「……誰か良い案はありませんか?」
「あれ!?」
「えりち、無視はいかんよ、無視は」
「……天海さん」
雪が勢いよく手を挙げたせいなのか、絵里は一度雪を無視するものの、希に促され仕方なく雪の名を呼んだ。
「まずは音ノ木坂のPRできるところを書き出していくのはどうでしょう? 音ノ木坂の生徒として見た学校の良い点ですね。交通面とかについても詳しく上げてみても良いと思います。あ、あと帰り道にある買い食いできるお店とかもピックアップして、オープンキャンパスの時にそれをまとめてパンフレットにしてみては如何でしょうか! そうすれば印象付けられるし、音ノ木坂って結構良いんじゃない? ってなるかもしれません。パンフレットを配ることで来てくれた人以外にもその友達に良い印象を与えることもできます。勿論これは中学生用のパンフレットで、保護者の皆さん用にもパンフレットを別に刷ります。こちらには音ノ木坂の教師の写真と自己紹介文や就職率進学率などを載せます。費用はかかりますが効果は十二分にあると――なんでそんな目で見てるんですか。やめろください」
「……思った以上にまともな意見過ぎて、つい」
「天海さんって凄い、真面目だったんですね……」
「雪ちゃん考えてくれとったん?」
雪はこの段階で顔が熱くなっていく感覚がしていたが、それを振り払うように咳払いをする。
「他に私以外で誰か案ありませんか」
「……」
「どうしたん? 言いたいことあるなら、言った方がええよ?」
「……えっと確か、天海さんってアイドル研究部のマネージャーやってたよね?」
「え、あ……まあ、一応」
「じゃあスクールアイドルもアピールしてみたらどうかなっ? 今人気みたいだし!」
「天海さん何とか出来ないかな? えっと、μ'sだっけ。話しを通してみてさ!」
結果論で言うとそれは可能だ。あの切迫した穂乃果の様子だと、雪が口添えをしなくとも既に動き出している事だろう。寧ろ、そうでなくては穂乃果ではない。
ついこの間出来たばかりの曲もある。練習も歌もまだ始めたばかりだが、二週間もあれば何とかものに出来るだろう。
「そういうことなら」
「――他には?」
「……絵里先輩?」
雪の言葉を遮ったのは他でもない絵里だった。盛り上がりかけていた書記や庶務の子達が口を噤んでしまう。
「……μ'sのライブは出来ます。衣装も何とか間に合う――いえ、間に合わせます」
「待ちなさい! まだやると決まったわけでは」
「やらせない、とは言わせませんよ。オープンキャンパスの部活動紹介がありましたよね? その時間を使って、アイドル研究部μ'sはライブをさせてもらいます」
「っ……他には?」
『他、には……』
書記の子たちが顔を見合わせ、そして雪にジェスチャーを送る。
モシャモシャと何かを食べる仕草に、小さな耳のジェスチャー。その段階で、ああと雪は思い出した。
生徒会全員で向かった場所は中庭近くにある小さな飼育小屋。そこから顔を出している、もこもこの白い物体。
「……これ、ですか」
「絵里先輩、コレじゃなくてアルパカです。アルパカ」
そう、音ノ木坂学院ではなんとアルパカを二頭も飼育しているのである。白と茶色の二頭のアルパカは一部の生徒に圧倒的な人気を誇っており、各いうμ'sの南ことりもアルパカファンの一人である。花陽に至っては『アルパカ使い』という謎の称号まで得ている程だ。
因みに、このアルパカ。他校の生徒にまで徐々にファンを増やしていっているとかいないとか。
「こ、これはちょっと……」
と、此処で雪は素早く動き始める。
着ていたパーカーを絵里の前に出し、白いアルパカの後ろでスタンバっていた茶色のアルパカの唾液攻撃から、絵里を守ったのである。
――己のパーカーを、犠牲にして。
「見切った……」
「な、何……?」
「気をつけて下さい。このアルパカ、人語を理解してるんじゃないかと思うくらい悪口に敏感で。アルパカを否定するような言い回しをすると即座に噛み付いてきたり唾液を飛ばしてきたりするんです。威嚇したり自分を守るときに吐き出すみたいなんですけど」
唾のかかったパーカーを見て、雪は「oh…」と声を漏らした。
絵里達の手前、オブラートにオブラートを包んで唾液と表現したが、実際アルパカが威嚇時に吐き出しているものは胃の内容物。言ってしまえばゲロなのである。かかれば強烈に臭い上、洗濯しても暫く匂いが取れなくなるという経験を一年生の頃に参加したアルパカ毛刈り体験時にしていた雪は、自身のパーカーを犠牲に絵里を守ったのだ。
「あれ、雪ちゃん……?」
「あ、花陽……」
「……行くわよ」
絵里は花陽と凛の姿を確認するなり、その場を立ち去る。希はそれに対して眉尻を下げ、ごめんと一言謝ると、その後姿を追い始めた。
「……今日はあれじゃあ使い物にならないだろうし、解散になるだろうな。書記ちゃん達先帰ってて。私が伝えておくから」
「う、うん。ありがとう」
書記や庶務の子たちが逃げるように帰っていく中、雪は凛と花陽と一言二言会話を交わした後に生徒会室へと戻った。放り投げていたスクールバッグの中からルーズリーフと筆記用具を取り出すと、絵里と希がぽかんとした表情で雪を見た。
「雪ちゃん、会議は終わったよ?」
「いえ、どこぞのお固い方が放課後にも関わらず居残ってスピーチの原稿でも考えるんだろうなと思うと、私もさっき出したパンフレットの案をもう少し分かりやすく纏めたくなるじゃないですか」
「だ、誰がお固いのよ!」
「さあ……で、絵里先輩はスピーチどんな内容書くんですか?」
ニヤニヤと笑いながら、雪は絵里の手元にあった用紙を覗きこむ。
用紙の余白には「音ノ木坂の歴史」「進学率と就職率」「教職員関係」の
(やっぱりこうなる……ん?)
しかし、用紙の端には小さな文字で「制服、かわいい?」「帰りに寄れるお洒落なお店」という文字が書かれていた。それこそ、二重線で消されてはいるが「スクールアイドル」の文字まで書かれている。
「……」
「な、何よ。別に、決まってはいないけれど意見を取り入れないとは言ってないわ」
「い、え……」
「っ、やるなら早くパンフレットについて纏めなさい」
ふいっと拗ねた顔をしながら用紙を綺麗な字で埋めていく絵里の姿を見て、雪は溜息ではなく苦笑いを零した。
(ほんと、面倒くさい人)
でも、だからこそ支えたくなるような人だと、雪はパンフレットの案を丁寧にまとめ始めた。
◇
絢瀬絵里は、昔バレエをやっていた。
ロシアにいた頃の話になってしまうが、絵里はバレエをしていた。才能があり、誰よりもバレエが好きだった。
そんな話を聞かされたのは、いつだったか。確か、生徒会の雑務を片付けていた時に、希が絵里をからかいながら言ったのだと雪は思い起こしていた。
絵里の前で動画を見せられた時は、それは驚いたものだった。背筋をピンと伸ばして、指先までしっかりと踊り、一つもミスのない完璧なバレエだったのだから。
「――絵里先輩にダンスを教わるって、本気?」
「うん、本気っ!」
穂乃果が絵里にダンスを教わりたいと雪に伝えたのは、雪がパーカーを一着駄目にした翌日の事だった。
急な話に絵里が応じてくれるのか、それすらも分からなかったが、スピーチの用紙を見た限りでは了承してくれる可能性のほうが高いか、と雪も着いて行くことにした。