「――えりちが頑張るのはいつも誰かの為ばっかりで、だからいつも何かを我慢しているようで……全然自分のことは考えてなくて」
聞こえていたのは、そんな叫び。
親友を思いやり、そして出した結論。
「学校を存続させようっていうのも、生徒会長としての義務感やろ!? だから理事長はえりちの事認めなかったんと違う!? ……えりちの、」
――えりちの、本当にやりたいことは?
「――……何よ……何とかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!」
そして、衝突。
互いを思いやり、尊重し、そしてぶつかるその光景を、雪はまるでアニメか漫画を見ているようだと冷ややかな目で見ていた。
別に彼女たちを批判するつもりではない。ただ単純に、自分には縁もゆかりも無いような遠い世界を眺めるように見ていたのだ。
穂乃果達の「お願い」に、絵里は応じた。人を感動させるダンスを踊った人として、穂乃果達に熱心な指導を施した。
だからだろうか。絵里の中で何かが変わったのは。
辛い練習にもめげずに、絵里に感謝の言葉を伝え向上し続けようとする穂乃果達を見て、絵里は思った。思って、しまった。
「私だって、好きなことだけやって、それだけでなんとかなるんだったらそうしたいわよ!」
「っ……」
「自分が不器用なのはわかってる。でもっ……」
「今更アイドルを始めようなんて、私が言えると思う……?」
そう言って、絵里は逃げた。全てを見透かしていた希から逃げ去るように。本当の、一番弱い自分を誰にも見せないように。
雪は絵里が立ち去った後、硬直する希にかける言葉を探そうとした。
けれど、なんと言えばいいのか分からないままだった。
なにせ雪には、こういった経験がない。誰かに自分の為に泣かれた経験も、誰かの為に厳しい言葉を投げかけた事も、衝突した事さえも。
「……はぁ」
結局雪が迷いながらも辿り着いたのは絵里の逃げた先である三年生の教室だった。サイド黒板に書かれた連絡事項、掲示板に貼られたプリント、誰かの忘れていった体操着。
「……三年生の教室って、部屋の造りもあるものも殆ど変わらないのに、凄く入りづらいんですよね」
「! ……天海、さん」
――そして、窓際の席で遠くを見つめていた絵里。
教室には誰も残っていない。だからか、二人の声は妙に響いた。
「やめてくださいよ、天海さんだなんて。先輩なんですから、私の名前なんて好きに――」
「……笑いに来たの? それとも、誂いに来た?」
「……どうしてです?」
「だって、聞いていたんでしょう? 失望した? 幻滅した?」
「……いや、そりゃあ聞いてましたけど、失望も幻滅もしてませんし。誂うために来たわけでも、ましてや笑いに来たわけでもありませんよ」
「……じゃあ何で来たのよ」
絵里が少し赤くなった目で雪を睨んだ。
穂乃果ならば萎縮してしまうような鋭い眼差しに、雪はくすりと笑ってから口を開く。
「私、凄い悩みを抱えてた事があったんです」
「……何よ、突然」
「あはは、まあ聞いてくださいよ」
私、凄い悩みを抱えてた事があったんです。凄い、大きな悩み。
雪は絵里の顔を見ることはしなかった。
自分の過去を語る日が来るなんて、と心の中で思いながら、思い出をぼかして語っていく。
「それは私が我慢すれば私の周りの世界全てが円満に進んでいく事で、でも一人で抱え込むにはちょっと大きすぎる問題でした。それを見て、私思ったんです。
私が我慢すれば、皆が納得する。なら、私一人が我慢し続ければ良いんじゃないかって。でも、穂乃果に出会って、それ全部崩されちゃったんですよね」
――それは違うよ、雪ちゃん。
「だから、分かりますよ。私、絵里先輩の気持ち。自分が正しいと信じてたこと、否定されたみたいで悔しかったんですよね。周りの人がみんな穂乃果の事を認めていくのが許せなかったんですよね。だから意地になってたのに、いつの間にか自分も穂乃果たちの事を認めそうになって、認めてしまって、どうすればいいのか分からないんですよね」
「……貴女に何が分かるのよ」
「絵里先輩の気持ちなら、少し」
私も経験済みです、と付け加えれば、絵里は怪訝な顔をした。
「さっき話した通りですよ。私も、穂乃果に全部奪われていきましたから」
自分が正しいと信じて歩いていた道が、間違いだったのだとでも言わんばかりに彼女は真っ直ぐ歩いて行った。
周りの人が無条件で彼女を承認して、受け入れて、それが酷く羨ましかった。
そして、いつの間にか。私は、私達は、彼女を受け入れてしまうのだ。
「だって、穂乃果はお人好しで、馬鹿で素直ですから。だから、ほら」
「……あなたたち」
「――絵里先輩」
こうやって、手を差し伸べてくるんですよ。
希の望んでいたこと。そして、今の雪が望む最良の形。
随分と時間がかかった。そして、漸くここまで辿り着いた。
「μ'sに入って下さいっ。一緒に、μ'sで歌って欲しいです! スクールアイドルとして……!」
最後まで素直になれない絵里に、それを最後まで後押しする希。そして全てを理解したメンバー達が、絵里を救い上げる。
そして、
「――後は希先輩で最後ですよね」
「え……どうしたの、雪ちゃん」
雪は、希に声をかけた。
希が驚いたまま固まっているのを見て、雪はしてやったりと笑う。
「ずっとずっと、μ'sを支え続けてきてくれたのは希先輩でしょ。色々助言してもらって、助けてもらった。でも、私が声をかけたのはそれだけじゃない」
「それだけじゃないって……」
「――μ'sの名付け親。希先輩ですよね」
『えぇっ!?』
雪の唐突なカミングアウトに、その場にいた全員が希を一斉に見た。
希自身も一番驚いた顔をして、それから苦笑いを零す。
「……いつから、バレてたん?」
「あれ、本当にそうだったんですか。筆跡似てるし、お節介は焼いてくれるし、そうかなぁとは思ってたんですけど」
「……ふふっ、そっか。そうやね。確かにμ'sって名づけたのはうちよ。ギリシャの九人の歌の女神たち」
――――さあ、きっと忙しくなる。