「えーっと、こうしてこう?」
「ですね。希先輩頑張ってくださいよ? こうしてわざわざ家でも練習付き合ってるんですから」
「う……いやぁ、あの子達の練習覗いて一応自分なりにもやってたんよ? でも雪ちゃんが……」
「今のダンスのレベルだと、幾ら飲み込みの早い希先輩でも危ない部分が幾つかありますから。でも、柔軟いらずでこんなに柔らかくて、バランスも結構取れてますし、テンポもちゃんと取れてるし……希先輩って結構運動神経良いですよね」
「うちこんな見た目だからおっとりしてそうってよく言われるんやけど、本当はすっごい動けるんよ! でも年取る毎に激しく動くと……あー……」
「……胸か!!」
「はっきり言わんといて!?」
「あ、日焼け止め無くなった」
「SPF50のPA++++の強力日焼け止めと、それよりも弱めのもの、顔用と体用、液体タイプ、スプレータイプ、パウダータイプ、シートタイプから選んで下さい」
「……ごめんなさい、今なんて?」
「いや、ですからSPF50のPA++++の強力日焼け止めと、それよりも弱めのもの、顔用と体用、液体タイプ、スプレータイプ、パウダータイプ、シートタイプから選んで下さい」
日焼け止めが無くなったと呟いた絵里に、すかさず十種類以上の日焼け止めを差し出したのはμ'sのマネージャーである雪であった。
それを聞いていたメンバーも驚いた顔で雪の差し出した日焼け止めを覗き込む。
「う、うわぁ。凄い日焼け止めの数……」
「どうしてこんなに持っているのですか?」
「私紫外線アレルギーの上に敏感肌だから……」
紫外線アレルギー。日光を浴びすぎると発疹が出てきたり痒くなったりしてしまうものだ。花粉症と同じくして突発的に発症してしまうと言われている。
そんなややこしい病気を持っている事もあってか、雪は日焼け止めにはある程度のこだわりを持っていた。そしてμ'sの練習場所は此処屋上である。自分のような被害者を増やさないためにも、日焼け止めは常に一本メンバー全員にあげられるくらいの心持ちで用意していたのであった。
「絵里先輩はどれをお求めですか?」
「え、ええ? どれをお求めと言われても、私あんまり日焼け止めにこだわりとか無いのよね。いつも使ってるのだってべたつかないやつだから使ってるだけだし……」
「じゃあパウダータイプですかねぇ……あ、敏感肌ですか?」
「若干」
「じゃあこっちですね。しっかり塗ってから練習に戻って下さい」
「あ、ハイ」
あまりにも真面目な雪に気圧され、絵里はしっかりと日焼け止めを腕や首に塗っていく。
それを見たメンバー達も、いそいそと自分達の持ってきていた日焼け止めに手を伸ばした。
「ねぇねぇ雪ちゃん。穂乃果の日焼け止めももう少しでなくなりそうなんだけど、おすすめの日焼け止めとかってある?」
「え? うーん……やっぱりSPFとPAが高い日焼け止めの方が良いと思うけど。べたつかないのがいいならパウダータイプとか、シートタイプのやつとか。服の上からかけたり、髪にも日焼け止め付けたいならスプレータイプの日焼け止めとかが良いと思う。最近は香料ついてる日焼け止めもあるけど、ちょっとSPFとPAが低かったりするんだよね」
「なるほど!」
「あ、あのね雪ちゃん。実はことりも、さらさらでべたつかないやつが欲しくて……」
「私は髪にも付けられるというのが気になるのですが……」
「は、花陽も顔用と体用とで分けたくて……」
「凛はシートタイプのが気になるにゃ!」
「わ、私は別に……」
「うちも気になるんやけど……」
「にこの使ってる日焼け止めって、ちょっと刺激が強い気がするんだけど」
わいわいがやがや。
練習も休憩に入っていることだし、と雪は自分の持っている日焼け止めを各々に薦めていく。
もうすぐ夏。紫外線真っ盛り。汗、だらだら。
紫外線は女の子の敵である。こんがり焼けるのも良いかもしれないが、少なくともμ'sのメンバーは皆焼きたくはなかったようだった。
◇
「天海先輩! 実は聞きたいことがあって……」
練習も始まる前、雪の前には教科書とノート、そして黄色のシャープペンシルを抱きかかえた凛の姿があった。
赤点を取ったらラブライブへの出場取り消し、という理事長の言葉があったあの日から、雪は毎日数問だけ穂乃果とにこと凛に宿題を与えていた。もちろん宿題をやって来なかったり忘れた場合は、問題をもう一度解いてから練習に合流するようにと対策を取って。
すると、思いの外三人は雪の出す宿題に取り組むようになった。今急な小テストがあったとしても、そこそこの点数を取れる程度には成績は向上しているだろう。
その中でも目覚ましい進歩を遂げているのは一年生である凛だ。
雪が出している問題は雪自身が作ったもので、教科書やノートは必要ない。が、凛の手の中に教科書とノートがあるということは、授業でわからなかったところを雪に聞こうとしているのだろう。穂乃果やにこにもこれくらいの向上心があれば良いのだが、と雪は溜息を付いた。
「にゃっ!? じゃ、邪魔だったかにゃ?」
「あー、いや違う違う。ごめんね、勘違いさせて。で、何が分からないの?」
「ここの文法にゃ! あと数学でも分からないところがあって……あ、あと化学……」
「はいはい順番に解いていこう。練習まで時間あるんだし」
凛が申し訳無さそうに教科書を広げるのを横目で見ながら、雪は鞄の中からヘアゴムとクシを取り出した。今日は珍しくおろしていた髪を緩く一つに束ねると、勉強の際はお馴染みとなった眼鏡を取り出して耳にかける。
「で、何処がわからないんだっけ?」
「……」
「ん? 凛? おーい?」
「にゃっ……」
ぼーっと雪を見つめたまま固まってしまった凛が動き出したのを見て、雪は思わず大丈夫?何て言葉を口からこぼした。
「い、いや……前から思ってたんですけど、天海先輩って眼鏡かけると雰囲気変わるんだにゃ……」
「雰囲気……? 別にそんなこと無いと思うけど」
「変わる! 変わってるにゃ!」
「はいはいありがとありがと。ほら、勉強するよ」
「納得行かないにゃー……」
そうぼやきながらも真面目に問題に取り組む凛に、雪は一つ一つ分かりやすく解説をしてやる。
そんな、解説の最中だった。
「あら、まだ二人だけ?」
「珍しい組み合わせやんな」
「あ、絵里先輩。それと希先輩」
「にゃ……」
最近加入したばかりの絵里と希が、部室へとやってきた。
「穂乃果は職員室に呼び出し、海未は弓道部、ことりは衣装作りです。真姫は二年生が三人も集まらないならと作曲するために音楽室に。にこ先輩はそれに着いて行ったみたいですよ」
「かよちんはアルパカ当番だにゃ」
「そう。確かにこの人数で練習って言ってもね」
「はい。なので凛に勉強を教えてまして」
「ふぅん……というか、天海さんって眼鏡かけたのね?」
「……そんなに変ですか?」
凛に続き絵里にも眼鏡を指摘された雪は、眼鏡を外して見つめてみる。別に至ってシンプルな黒縁の眼鏡だ。変なところなんて一つもない。
「変っていうか、寧ろ似合い過ぎてるんよね」
「似合い……過ぎ?」
「そ。なんか物凄く出来る人! みたいな感じに見えるんよ」
「それにゃ!」
「確かに、今の天海さんになら生徒会の仕事三割増しで頼みたいかも……」
「はぁ、そんなもんですか……あと生徒会の仕事三割増しは勘弁して下さい」
「冗談よ」
じゃあ割と目が本気だったのは気のせいなんだろう、きっと。
雪は無理矢理そう片付けると、再び凛の教科書を見る。もう一通り分からないと言われたところについては教えた事だし、まだ引っ掛かりそうなところを今日の宿題にして出す事に決めると、眼鏡をそっと外した。
「あっ! 折角雪ちゃんの貴重な眼鏡写真撮ろうと思ったのにぃー!」
「何やってんですか希先輩。それより今日の練習どうしますか? 流石に三人だけでは……」
「そうね……じゃあみんなが集まるまで勉強でもしておく?」
「そうですね。凛、花陽の手伝いにでも行っておいで」
「わかったにゃ!」
凛は丁度勉強に一区切りついたところだ。きっとこれ以上集中力も続かないだろうと雪は凛を花陽の元へと向かわせた。
対する絵里と希はそれが分かっているのか、パイプ椅子に座り三年生の教科書を取り出し始めていた。
「さ、私達は勉強ね」
「生徒会の仕事も、今は一通り片付いてますしね」
「雪ちゃんのお陰やん。予定よりも早く終わって、うちら凄い感謝してるんよ?」
「いえいえ」
他愛もない軽い会話のあと、絵里も希も真面目に教科書に目を向ける。二人は――いや、正確に言えばにこを含めた三人は今年から受験生なのだ。当然勉強に力がはいるだろう。
雪もその二人の空気に触発され、鞄から参考書と、シンプルなペンケースからシャーペンと消しゴムを取り出し、ルーズリーフを一枚用意すれば準備万端だ。
既によれてきている参考書のページを開いた時、絵里と希が思わず「えっ」と声を漏らした。
「ゆ、雪ちゃん」
「はい」
「それ、高校三年生の範囲やんな……? しかも、センター受験用の参考書やん?」
「そうですね」
「貴女まだ高校二年生じゃなかったかしら……」
「そうなんですけど、ほら。赤点取ったらラブライブへの出場を取り消すって言われた時があったじゃないですか。あの時は希先輩がにこ先輩の勉強を見てくれたから良かったんですけど、希先輩も受験がありますし。だから私も少しでもサポートできればなと思いまして」
「それだけの為にそんな難しい問題解いてるの……?」
「難しいって言いますけど、もう解き方覚えちゃいましたし……それほど難しいっていうわけでもないですよ?」
「やっぱり雪ちゃんって頭良いんやね……」
褒めても何も出ませんよ、と言いかけた時、丁度絵里が一つの問題をノートに書き写し雪に差し出していた。
「試しに、これ解ける?」
「え、はあ……」
おそらくは興味本位。今どこまで雪が解けるのか、というのが知りたいだけだったのだろう。
しかし雪がやっている参考書は、音ノ木坂学院で取り扱っている教科書よりも圧倒的に難解なものだ。
――なぜなら
「解けました」
「……あってる……じゃ、じゃあこれは?」
「数学だから解けるんやない!? 化学とか生物とかで勝負や!」
「世界史と日本史も!!」
雪がやっているのは、難関大学と呼ばれる大学への合格を目指すための参考書である。
「「ぜ、全問正解……」」
「あ、ここ参考書で見たことある(笑)」
「……どういう状況?」
部室に入ってきたにこが、ぽつりと呟いた。
そこには練習をそっちのけで雪に問題を出し続ける希と絵里の姿があったそうな。