はんぱもののラブライブ!   作:夕藤

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第二話 それは例えるなら箱のような

 結論から言えば、高坂穂乃果の約束破棄は一か八かの大勝負だった。

 中学三年の夏、偶然知り合った素敵な女の子との約束の数々は、穂乃果にとっては理解し難いものだったが、穂乃果は彼女の為になるならばと渋々了承したのである。

 

 その少女こそ、現在の天海雪その人である。

 

 その事を、穂乃果はもうひとつの約束で幼馴染や家族にさえ打ち明けていない。だから、雪と穂乃果の本当の関係を知る者はこれまでにただ一人としていなかったし、これからもそのはずだった。

 

 二人は約束の通り、『友達にならないまま』卒業していくはずだった。

 

 けれど、穂乃果はその約束を破棄した。

 それは音ノ木坂の廃校を防ぐためであり、自分のためであったが、なによりこれをきっかけに約束を破る事で、雪と『元通りの友達』になれると思ったからだった。

 

 そして約束を破り、スクールアイドルに勧誘した雪の返答は

 

「……考えさせて」

 

 たっぷり間を置いての考えさせて、だった。

 穂乃果は少しばかり渋ったが、いつまでも待ってるからとにこやかに雪の前にある自分の席に着いてにこにこと雪を見つめ続けた。

 

 幼馴染達がこれでもかと言うほど疑問符を浮かべている中、穂乃果はただ一人勝ち誇った笑みを浮かべ、雪は授業中もただひたすらに思案し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、雪ちゃんやん! 珍しいなぁ、自分から生徒会室に来るなんて」

 

 放課後になり、雪は穂乃果から逃げる様にして生徒会室へとやってきた。

 生徒会の雑務として所属しているものの、自分から来た事の方が少ない雪を見て、副会長である東條希がそんな第一声をあげながらも雪を出迎えた。

 そして、生徒会室で書類にペンを走らせている生徒会長もまた雪を一瞥したのち、書類に目を戻した。

 

「いや、大変なことになりましたからね。一応来ようとは、思ってて」

「天海さん、貴女はいつも呼んでいる時には来なくて、呼んでいない時には来るのね」

「あれ。絵里先輩、どうかしたんですか? なんかいつも以上に刺々しいですけど」

「お、分かる? 今日、理事長のところに行ってきたんよ」

「希!」

 

 生徒会長の絢瀬絵里の言葉を無視し、希は話を続ける。

 

「生徒会で独自に活動するための許可を貰いにったら、却下されてしもうたんよ」

「……ああ、それで」

 

 ここで雪が思い出したのは、自分の目の前に座りにこにこと見つめ続けてきた穂乃果の事だった。

 廃校と知らされすぐに動けるなんて、余程勝算があるのかあるいは余程の馬鹿なのか。

 そんなことを言えば即刻怒鳴られ、生徒会からつまみ出されるであろう事を弁えている雪は変な間を置いてから返答していたのだった。

 

「で、今日は何しに来たん?」

「希先輩、私は生徒会雑務ですよ? 溜まっている書類やら滞っているであろう掃除やらを片付けに来たまでです」

「頼もしいやんな」

 

 やんややんやと希と雪が盛り上がっていれば、絵里は溜息を付きながら、まあいいわと告げて書類にまたペンを滑らせる。

 それを見て、雪は鞄の中からペンを取り出すと絵里の横にある書類の山を幾つか奪い取り自分のスペースに持っていく。書類に目を通し、生徒会長の署名や生徒会の判子が必要な書類と雪だけでも片付けられる書類とを分けていく。

 

(あ…)

 

 その途中で、筆箱から取り出していた消しゴムを落としてしまい、雪はふぅと息を吐きだして消しゴムを拾い――

 

「失礼します!」

「ふぐっ!?」

 

 ――そのまま隠れ始めた。

 

 生徒会室に訪れたのは、先ほど雪との約束を破棄した穂乃果。そして、ことりと海未であった。

 条件反射で隠れてしまった以上、隠れ続けなければ。そんな雪を他所に、穂乃果は絵里へ用紙を手渡した。

 雪にその用紙の内容は見えなかったが、ある程度の予想はついていた。

 

「……これは?」

「アイドル部設立の申請書です!」

 

(やっぱり……)

 

「それは見れば分かります」

「では、認めていただけますね?」

「いいえ」

 

 絵里は、穂乃果の問いをはっきりと否定した。

 あーあ、と口から出そうになる声を押しとどめていれば、希が隠れたままの雪を見てにこりと笑った。

 

「部活は同好会でも、最低五人は必要なの」

「ですが、構内には部員が五人以下のところも沢山あるって聞いてます」

「設立した時は五人以上だったはずよ」

「だから、あと一人やね」

 

 その言葉に、雪は疑問を抱いた。こそこそと絵里のところまで移動し、希に注意が向いている隙にそっと用紙を手にとった。

 絵里は怪訝な顔をすれこそ雪のその必死な姿に声は出さなかったが――

 

「は……」

 

 雪は違った。

 上から、高坂穂乃果、南ことり、園田海未と書かれた部活動申請書。しかし、園田海未の次に書かれている名前はなんだと雪は震えた。何度も何度も消された跡を隠すように、でかでかとボールペンで書かれた名前は、間違いなく天海雪という自身の名前だったからだった。

 

「っ、穂乃果!」

「ぅわ!? ゆ、ゆゆゆゆきちゃん!? いつからそこにいたの!?」

「ずっと此処にいたけど! 何で私の名前書いてるの!?」

「え、いやー、普通に雪ちゃんなら『はぁ……別に、名前だけならいいけど』って言ってくれるかなって」

「ぐ……」

 

 実際、穂乃果の読みは半ばあたっていた。

 雪はもしまた穂乃果がスクールアイドルに誘ってくるような事があれば、約束の件は置いておいて名前だけならば貸すつもりだった。

 だが、それを先読みされた上でのこれではまるで話が違う、とじっと自分の名前を見続けた。

 

「駄目、かな……やっぱり、駄目だよね雪ちゃん」

「ハイヨロコンデー!」

 

 穂乃果のしゅんとした顔に、雪は折れた。

 基本的に泣き落としの類に弱い雪は、こうされると折れる他なかったのだが……周りの人間が知るわけもなく、雪が項垂れるという珍しい光景に目をぱちくりさせていたのだった。

 

「これであと一人……失礼します」

「待ちなさい」

 

 行こう、と穂乃果が海未とことりを連れて出ようとした時、絵里は立ち上がって三人を見つめた。

 

「どうしてこの時期にアイドル部を始めるの? 貴方達は二年生でしょう?」

 

 廃校という状況で、何故二年生が新しく部活動をしようとするのか、と聞いたようなものだった。

 受験のビジョンもこれから明確に立てていかなくてはいけなくて、人によっては成績も下げられないだろう。それなのにどうして、と。

 

 しかし、そんな絵里に穂乃果は真正面からぶつかった。

 

「廃校を何とかしたいんです! スクールアイドルって今すごく人気があるんですよ? だから私、」

 

「――だったら五人以上集めてきても、認める訳にはいかないわね」

 

 そして穂乃果の言葉も、絵里に真正面から崩されていく。

 

「どうして……!?」

「部活は生徒を集める為にやるものじゃない。思いつきで行動したって、この状況は変えられないわ」

 

 希の顔と、絵里の顔を見やり、雪はそれが絵里にとって見事なブーメランであることを察した。

 そしてそれをあえて、雪は口には出さなかった。

 

 穂乃果の言い分は正しい。

 廃校を阻止するというのなら、まずは行動しなければならない。一般生徒ができることは、極々限られた一部でしかない。そんな極々限られた一部の中から、部活動を選択する事は間違っていないからだ。

 話題性に富んだものである程度の認知度を誇れば、興味のある生徒は必ず音ノ木坂を志望するだろうから。

 

 だが絵里の言い分も正しかった。

 本来部活動は生徒を集める手段ではなく、自らを向上させるための手段である。

 廃校になったからやるのではなく、もし廃校にならなくてもやり続けられるかが重要なのだ。その場しのぎでは音ノ木坂学院の存続も長続きしないだろう。

 

 だからこそ、雪も希も何も言わなかった。

 

「変なことを考えている暇があるのなら、残り二年、自分のために何をするべきか……よく考えることね」

 

 絵里も、その言葉を最期に何も言わなくなった。

 穂乃果達も突き付けられた現実か、はたまた取り合ってもらえないと感じたのか失礼しますと生徒会室を出て行ってしまった。

 

 雪はそっと重い腰をあげ、握り続けていた消しゴムを机の上に置いた。

 

「さっきの、どっかの誰かさんに聞かせたい台詞やったな」

「やっぱりブーメランですか」

 

 希の言葉に便乗し、雪がそう呟くと絵里は小さくため息をついた。

 当たってしまったブーメランは、相当痛かったらしい。

 

「天海さん」

「喧嘩なんて、売ってませんよ。あー、やっぱりブーメランってこう、あれだなって思っていただけですよ」

「……天海さんはどう思っているの? アイドル部を、貴女の友達がやることについて」

「わからないです」

「「え」」

 

 雪の即答に、絵里と希が虚をつかれたような顔をした。

 

「わからないって、どういうことなん? 雪ちゃんらしい適当な答えではあるけど……」

「適当って、酷いですよ希先輩……」

 

 内心傷ついたという表情をわざと浮かべながら、雪は窓の外を見た。

 風が桜の花びらを攫っていく通学路、伸びる三人の影に、ふと笑った。

 

 真ん中の、亜麻色の彼女は、彼女だけは、ピンと背筋を伸ばしてぐっと前を見つめて、

 

 ――ああ、なんて眩しい。

 

「くじは、当たりかハズレかわからないから楽しいんです。箱の中身は、何が入ってるか分からないから開けるんです」

 

 雪は、彼女たちを箱だと例えた。これから先、いつ開けられるかも分からない箱だと。

 中を開ければ、大したものではないかもしれない。けれど、もしかしたら、それは色とりどりに輝く宝石のように美しいかもしれない、と。

 

「後は、穂乃果ちゃん達次第、だから」

 

 穂乃果ちゃん、と雪は呟いた。

 そう。彼女は、変わることを恐れない強い子だから、きっと――。

 

 でも、私は変わることを恐れない彼女たちに、一体どこまで、何をしてやれるのか。それだけが、雪にとっての不安だった。

 

「忘れてるみたいだから言っておくけど、雪ちゃんもアイドル部に名前貸してるんよね」

「離しっ、離してください絵里先輩っ、今なら飛べますっ!」

「こ、此処は二階よ!!?」

 

 不安、だった。

 

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