ちょっと思いついた事があって。
次々新しいものを取り入れて、毎日めまぐるしく変わっていく。
この街は、どんなものでも受け入れてくれる。一番ふさわしい場所なのかなって。
――私達のステージに。
そんな事を言った絵里の言葉に、雪と希は賛成した。
次の日の放課後にそれを他のメンバーへと伝え、次のライブをやる場所と日時を決めたら、雪は早速ライブをすると目をつけていた雑居ビルに断りの電話を入れたり、警察に確認したりと諸々の手続きを済ませた。
残すは曲のみである。
いつもと変わらず作曲は真姫が担当した。が、今回歌詞は海未ではなく、ことりが書くこととなった。
アキバをよく知ることりならば、きっと一番ふさわしい歌詞が書けると絵里が推し、雪はそれにGOサインを出したのだ。
……出した、はずだった。
「ご注文はいかがいたしますか、ご主人様」
「え、えっと……こ、このオムライスと紅茶を一つずつ」
「畏まりました」
淡々と業務をこなすその姿は出来る女性。真面目なメイドを連想させた。
「お待たせいたしました、ご主人様」
「は、いえ……えっ!?」
オムライスに描かれたキャラクターの他に、紙ナプキンに書かれた『少々声が掠れていらっしゃるようです。お体にご自愛下さいませ』等の心のこもったメッセージは、客の心を次々と射止めていく。
「あの、この、メイドさんにあーんしてもらえる体験を、やってみたいんですけど……」
「畏まりました。どちらの方をご指名なさいますか? お嬢様」
「え、と……雪さんでっ!!」
「……承りました、お嬢様」
「えっ、あの、嫌でしたかっ!?」
「いえ、私などを指名していただいたことに驚いているだけですよ、お嬢様。お恥ずかしながら、照れてしまっただけです」
時折見せるその笑顔に、『同性にも関わらず新たな扉を開きそうになった』と思ってしまう客まで出てきた。
――第二のミナリンスキー。氷の女王系メイド。
雪がそう呼ばれるのに、時間はあまりかからなかった。
「って何で私だけこんなに指名されてるの……」
「あ、あはは。雪ちゃんお疲れ様」
「ありがと。でも、ことりはここにいると本当に活き活きしてるね」
「えっ? そう?」
雪が接客に周り注文を受け裏に入ると、そこには穂乃果とことりがいた。
雪を労う言葉をかけた穂乃果に対し短く礼の言葉を投げかけるた後、雪はことりにそんな感想をぶつけたのだった。
「確かに、別人みたい!」
穂乃果もグラスを拭きながらそう答える。
接客モードに入ったことりは正しく出来る女性。元々、誰かの為に何かをやるという行為が得意なことりにとって、メイドというのはある種の天職なのかもしれないな、とどこかで思う。
「うん。なんかね、この服を着ていると“できる”っていうか。この街に来ると、不思議と勇気がもらえるの。もし、思い切って自分を変えようとしてもこの街ならきっと受け入れてくれる気がする。そんな気持ちにさせてくれるんだ。だから好き!」
「……ねえ、」
「ことりちゃんそれだよ!」
「へっ?」
「今の気持ちを、言葉を、そのまま歌詞にしちゃえばいいんだよ!」
次第に明るくなってきゃいきゃいとはしゃぐ二人を見ながら、雪は注文された紅茶とパンケーキ、オムライスを用意していく。
(ことりが服を作る理由も、今日のでなんとなく見えたし。まあ、絵里先輩達が来たのは予想外だったしかなり恥ずかしかったけど、まあいっか)
――この服を着ていると“できる”と思える
ことりが服を作る理由は、そこにあるのかもしれない。ほんの少しの勇気が出せない人に、自分の作った服を着てもらって、少しでも勇気や自信を持ってもらえたら。そんな風に、考えているのかもしれない。
(そうだとしたら、ことりちゃんにも敵わないな)
トレーに商品を乗せ、表へと向かう。
さあ、もうひと頑張りしちゃいますか。
◇
結果論で言えば、アキバでの路上ライブは成功の一言につきた。
『μ's STAFF』と書かれたお手製のパーカーを着て色々と準備をしたが、まさかあんなにも大盛況になるとは思いもしなかったと雪は伸びをする。
『Wonder zone』と名付けられたその曲は、変わりたい想いを秘めたことりらしい歌詞になっていたし、ネットに上げた瞬間の評判も上々である。
SNS等を漁る限り、固定ファンも確実に増えてきている。時折怪しげな発言をする輩もいるので、今度皆に防犯ブザーやスタンガン等を携帯するように忠告しておくべきか。
ことりの身に付けていたロングスカートタイプのメイド服を九人分借りて踊ったのが、ことりの働いているメイドカフェにも大きな影響を上げたらしい。
今は嬉しい悲鳴を上げていると店長直々に電話があったほどだから、間違いないだろう。
更にグッズの品切れ状態が続いているとアイドルグッズを取り扱うショップから問い合わせが殺到している。次の新しいグッズはいつか、その時は是非最初にうちの店舗に。
色々と考えなくては行けないことは多いが――
「ねえ、こうして三人で並ぶとファーストライブの事を思い出さない?」
「うん」
「あの時はまだ、私達と雪だけでしたね」
これもまた、嬉しい悲鳴ということなのだろうか。
偶々境内に居合わせてしまった私は、幼馴染三人の会話に耳をそばだてていた。
「あのさ」
「ん?」
「私達っていつまで一緒にいられるのかな?」
震えるような声で突然そんな事を言うことりに、多少面を喰らった穂乃果がきょとんとした顔で口を開く。
「どうしたの、急に」
「だって、あと二年で高校も終わっちゃうんだよ?」
「……それはしょうがないことです」
泣きそうな顔になることり。きっと、色々な事が頭のなかを渦巻いているのだろう。
三人でいることが当たり前だった。それが、四人に増えて、七人、八人、十人になって。
――今という日々が、楽しくて。
けれど、時は無情にも過ぎていく。
三年生とは、もう一年もいる時間はない。一年生は、置いていってしまうことになる。
でも、二年生は一緒だ。入るときも、出て行く時も、同じなのだ。
だからこそ、ことりは怖いのだろう。
進路が違えば、毎日会うことはできなくなる。週に一度が月に一度、月に一度が半年に一度。そうなっていって、三人が離ればなれになるのが堪らなく怖いのだろう。
「大丈夫だよ!」
穂乃果はそんなことりの不安を晴らすように、大きな声で言う。ことりの手を取り、海未の手をとって。
「ずっと一緒! だって私、この先ずっとずっと海未ちゃんとことりちゃんと一緒にいたいって思ってるよ! 大好きだもん!」
「穂乃果ちゃん……」
何の根拠もない、たったそれだけの言葉。でも、その言葉をことりは信じる。
「うんっ。私も大好き!」
――――ずっと一緒にいようね!
三人の影が遠ざかるのを確認してから、私はもう一度賽銭箱に小銭を投げ入れた。
どうか、あの三人が言葉通りずっといられるように、と。
何故か無性に、信じてもいない神さまに祈りたくなったのだ。
「ずっと一緒に、いられるといいね」
例え、どんなことがあったとしても。