はんぱもののラブライブ!   作:夕藤

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第二十一話 出発

「あっづい~~~」

「そうだね~~~」

 

 屋上の扉を開け、アイドルらしからぬ顔をしているのはにこと穂乃果だった。

 夏も本番、外ではジリジリと肌を焦がすような紫外線が降り注ぎ、時々吹く風ですら生ぬるいと感じさせるほどだった。

 

「っていうか馬鹿じゃないの!? この暑さの中で練習とか!」

「そんな事言ってないで、早く練習するわよ?」

「はっ、はい……」

 

 絵里の強めな口調に、思わず花陽が凛の後ろへと身を隠した。それを見て、絵里は慌てて優しく微笑む。隣にいる希でさえ苦笑気味だ。

 

「は、花陽。これからは先輩も後輩もないんだから、ね?」

「はい……」

「そうだ! 合宿行こうよ!」

 

 と、此処でまた穂乃果が突拍子も無い案を出す。その顔は、まるで良いこと思いついたと言わんばかりににこにこ顔である。

 

「はあ? 何急に言い出すのよ」

「あー! 何でこんなに良いことすぐに思いつかなかったんだろう!」

「合宿かぁ……面白そうにゃ!」

「そうやね、こう連日炎天下での練習やと身体もキツイし」

「でも、どこに?」

「海だよ! 海!」

「費用はどうするのですか?」

「あ……ことりちゃん……は流石にダメか」

(うんうん、流石にそれを言ったら友達を無くすと思うよ。よく言いとどまったね穂乃果)

「真姫ちゃん別荘とか持ってない!?」

「……あるけど……」

「ほんとっ!?」

 

 ある、と聞いた瞬間からの穂乃果の行動は驚くほど早い。

 真姫に頬ずりをしながらおねだりを開始する。因みに幼馴染二人はこれをやると数秒から数分で落ちることを雪は知っている。

 

「待って! 何でそうなるのよ?」

「そうよ。いきなり押しかけるわけにはいかないわ」

「そう……だよね……」

 

 此処に来ると、もはや最終作戦である。

 穂乃果の潤んだ瞳は、さながら雨の日に捨てられた子犬の瞳を連想させる。これで落ちない人は過去にいなかったと幼馴染が溜息をついていた程だった。

 更に追い打ちと言わんばかりに雪を除いたメンバー全員が期待の眼差しを向ける。ダメかな? ダメだよね? でも、どうにかならないかな? お願いっ!

 

「……仕方ないわね、聞いてみるわ」

 

 そんな視線に耐えられなくなったのだろう。顔を赤らめながら、真姫はそう言った。

 

「ホントっ!?」

「やったにゃー!」

 

 大はしゃぎするメンバーに対して、希と絵里は困った子たちねとでも言わんばかりの視線を交わした。さながら、七人の娘を相手にする父と母である。

 

「あ、そうだ。これを機に、やってしまったほうがいいかもね」

「「?」」

 

 絵里の意味深な発言に、凛と花陽が疑問符を浮かべた。対する希もまた含みのある笑みを浮かべている。

 

 ――しかし皆さん、ここである人物をお忘れではなかろうか。

 

 いつもならば穂乃果を窘め、「費用なら稼いだグッズ代とかあるけど?」という的確な助言をする彼女の事を。

 今日も今日とてピアスをしっかりとしている彼女のことを。

 

「で、んしゃちん、とかは、どうにかなるからだいじょうぶれすね」

「ん? わ、雪ちゃん!?」

「ハッ!? 忘れてた! 雪ちゃん暑いのすっごいダメな人だった!!」

「きづい、てもら、よか……」

「わわわ、雪ちゃんしっかりー!!」

 

 名は体を現す。

 その言葉通り、雪は暑さに滅法弱く、今現在も既にパーカーを脱いだ半袖Yシャツ一枚にも関わらず死にかけていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電子音が朝を告げる。

 身体を起こして、音ノ木坂に越してきた時から使い続けているインテリア時計を見ながら、眠気を覚ますために雪はぐっと伸びをした。

 今日はμ'sの合宿。雪は予てより、この合宿の日のために賞味期限の危ないものを全て片付け、家を数日開ける準備をしていた。

 眠気を覚ますためにシャワーを軽く浴びた後、髪を丁寧に乾かしヘアアイロンをかけて完璧にする。昨日から予め用意していた服に袖を通し、日焼け止めをたっぷりと塗ってから部屋の隅に纏めておいた荷物を背負う。

 コンロの火やガスが付けっ放しになっていないかを確認し、最後に今までかけっぱなしだったクーラーの電源を落としてから雪は家の扉を閉めた。

 

 

 朝ご飯を食べようにも、生憎とまともな材料が冷蔵庫に残っていないため今日の朝はどこかで適当に調達しよう、と以前より決めていたのだ。こんな日にまで希に何かを作ってもらう程性根は腐っていない。

 雪の予定には寸分の狂いもなかった。

 

 某駅構内に入っている某コーヒーショップで、チョコレートをベースにしたフラペチーノとサンドイッチを一つ注文し袋に詰めてもらう頃には、もういい時間帯。

 フラペチーノのストローに口をつけ、行儀は悪いが飲みながら歩いていけば、そこには見慣れたメンバーの姿が見え始める。

 

「あっ! 雪ちゃんおはよーー!!」

「おはよ、みんな早いね。私で最後か」

 

 太いストローでフラペチーノを飲みながら、メンバーをざっと見る。

 普段は見ることのできない私服姿だからか、みんなの個性がより一層際立っているし、何より改めて実感させられる“美少女”という事実に、思わず裸足で逃げたくなるほどだった。

 

「雪ちゃん何食べてるの?」

「フラペチーノ。チョコレートベースのやつ。サンドイッチもあるけど食べる?」

「いいの?」

「駄目ですよ、穂乃果。それは雪の朝ごはんなのですから」

「わ、わかってるよぉ」

 

 目をキラキラと輝かせていた穂乃果が苦笑しながら言い訳をするが、説得力は皆無である。

 

「まあなんにせよこれでみんな揃ったわね。合宿に行く前に一つ提案したいことがあるんだけど……」

「? 提案、ですか?」

 

 絵里の口から出てきたのは提案の二文字だった。みんなが疑問符を浮かべ、絵里を見つめる。それに動じること無く絵里はにこやかに告げてみせた。

 

「ええ。これからは先輩禁止で行こうと思うの」

『えぇ!?』

 

 そんな、爆弾発言を。

 

 反応したのは雪を除く二年生と一年生。雪は逆に、驚き過ぎて言葉をなくしているようだった。

 

「勿論、先輩後輩の関係も大切だけど……踊っている時にそういうこと気にしちゃ駄目だから」

「ふむ……確かに、先輩だからと遠慮してしまう節があるのは否めませんね。意見を飲み込んでしまうこととかがないとも言い切れませんし」

「確かに、雪の言うとおりです。私も三年生だからと合わせてしまうことがありますし」

 

 そんな気遣い微塵も感じられないんだけど、とにこが口を開いたところでいつもどおりの茶番が幕を開ける。やれマスコットだの末っ子だのと、年下に侮られるのはにこも納得がいかないのだろう。意地になって張り合ってしまう所を見る限り、当分姉や年上ポジションは獲得できないだろうに。

 

「――じゃあ早速始めるわよ、()()()

「ぅぇ!? え、と、いいと思います……ぇ、ぇ……ぅ絵里ちゃんっ!」

 

 一瞬、「うえりちゃんって誰だよ」と雪はツッコミを入れたくなったがぐっと堪え、他の面々が名前で呼び合う何ともまあ微笑ましい光景を眺めていた。

 凛はいつもたどたどしく敬語を使っていたからか、砕けた会話の方が聞いていて心地よい。

 真姫は相変わらずのツンデレを発揮して誰の名前も呼びはしなかったが、

 

「雪ちゃんは先輩禁止、してくれへんの?」

「……はい?」

 

 助けを求めるのに私を見るのはやめて欲しい。飛び火するから。

 文字通り同じ釜の飯を食べたうちと雪ちゃんの間に遠慮は不要! と目で訴えかけてくる希に対し、雪は

 

「……あー、はいはい、また今度ね」

「えー! そう言わんといてー!」

「そうやってガツガツ来られると引いちゃう……」

「あはは……では改めて、これから合宿に出発します。部長の矢澤さんから一言」

「ぅえ!?」

 

 打ち合わせなど一切していないのだろう。本気で驚いたにこの声は、本人が語るアイドルとはかけ離れた声だった。

 

『じー』

 

 打ち合わせなど、一切していないはずなのだが。雪を除いた九人全員がにこの事を「じー」っと声を出しながら見つめる。これから押し上がっていくであろうμ'sが所属する音ノ木坂学院アイドル研究部部長が言う言葉を、今か今かと心待ちにしているのだ。

 

「え、ぇと……しゅ、しゅ……しゅっぱぁ~つ!」

「……それだけ?」

「考えてなかったのよ!!!」

 

 ――訂正。アイドル研究部部長が言う、ちょっぴり残念なオチ、だったのかもしれない。

 

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