はんぱもののラブライブ!   作:夕藤

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第四話 名前は

 ストップウォッチ、記録用紙、ペン。

 三人の名前が書かれた右に、次々とタイムを書いていく雪は、ふとした瞬間に出そうになったあくびを噛み殺した。

 

 此処は、神田明神男坂門。海未は此処を練習場とし、朝の走り込みを行っていたのである。

 

「穂乃果ー、ことりー、お疲れ様ー」

 

 ぜぇはぁと息を切らしながら最後の一段を駆け上がった二人に、雪はタオルとスポーツドリンクを渡してやった。海未はというと、とっくのとうに階段を登り終え、穂乃果達を仁王立ちで待ち構えていたところであった。

 

「き、きついよー!!」

「もう動かないよ、ぉ……」

 

 かわいそうに、と雪は二人を団扇で仰ぐ。

 普段運動をしていない二人がいきなり階段ダッシュをしたのだ。まあ、無理もない。

 

「これから毎日、朝と晩。ここではダンスと歌とは別に基礎体力をつける練習をしてもらいます」

「えぇ!?」

「一日二回も!?」

「やるからにはちゃんとしたライブをやってもらいます! そうじゃなければ生徒も集まりませんから」

 

 飴と鞭の使い方がうまいというかなんというか。

 生徒を集める、というたった一言で、穂乃果をやる気にさせられるのは、海未だけかもしれないと雪は目を見張った。ことりも穂乃果と海未に付いて行きたいという一心で立ち上がっていた。

 

「それではもうワンセット!」

「君たち」

 

 と、ここで聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「希先輩……」

「副会長、さん?」

 

 声をかけてきたのは、副会長でありアイドル部に多く助言をしている希であった。

 いつもの制服姿ではなく、巫女服姿である事に雪は内心凄く驚いていた。

 

「希先輩、ここでアルバイトしてるんですか?」

「そうや。神社はいろんな気が集まるスピリチュアルな場所やからね……と、それはそうと、四人とも階段使わせてもらってるんやから、お参りの一つでもしてき?」

 

 希に促され、四人は拝殿へと歩いて行く。

 冷たい水で手を清め、口を清め、お賽銭を投げ入れ鈴を鳴らした。

 

 四人揃って、初ライブの成功を祈願。

 

 そんな姿を見て、希はふと箒を片手に笑った。

 

「――あの四人、本気みたいやね」

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ちょっといい?」

 

 放課後の生徒会雑務中、絵里が雪に話しかけたのは珍しい事だった。

 生徒会室には希もおらず、二人だけ。そんな気まずい空気を打破できたのは雪としては嬉しい限りであったが、今日の穂乃果の様子を見ていた限りだとそうでもなさそうだと溜息をつきそうになって、それを飲み込んだ。

 

「何ですか?」

「貴女の友達には、もう言ったのだけれど……はっきり言うと、あなた達がやろうとしている事は逆効果になる可能性があるわ」

「友達じゃないんですけど……まあ、はい」

 

 ああ、こういうことかと雪の中で合点がいった。それは穂乃果が何故落ち込んでいたのかということでもあったし、何より絵里がどうしてそこまでスクールアイドルを否定するのかという理由のこともあったからだった。

 

「スクールアイドルをやっても駄目でした、っていう結果を作ったら駄目ですもんね」

「……わかっているのに、どうして止めないの」

 

 絵里の真剣さに、雪は筆を止めて顔を上げて絵里の目を見つめた。

 

「私もこの学校は無くなってほしくない。本当にそう思っているからこそ、貴方達には簡単に考えてほしくないの」

「……確かに、穂乃果は単純明快に物事を考えてしまう事がありますね」

「だったら――」

「でも、その為に私達がいるんです」

 

 雪は絵里にそれ以上言わせるつもりはなかった。

 

「確かに無謀かもしれません。単純に物事を考え過ぎかもしれません。でも、彼女達だってふざけてスクールアイドルをやろうとしているわけでもありません」

 

 それに、と雪は続けた。

 

「そうならないように、私達が頑張るんですよ」

 

 その言葉に、絵里は何も言えなくなっていた。

 

 

 

 

 ピロリン、とSNSのメールアプリが音を奏でた。

 

 

 『グループ名決定! μ's!!』

 

 

 画面には、そう表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度件の一年生にお願いしてくるね、と穂乃果は意気込んでいた。

 普通なら、二度も断った相手に折れはしないが――三顧の礼というかなんというか。あっさりと、ではないらしいが、名がついたアイドルグループμ'sに、願ってもいないμ'sだけの曲が出来た。

 そのCDの音源を元に、吹奏楽部や軽音楽部に頼み込み音を収録し、完全な音源に仕上げたのは単に雪の努力の賜である。

 

 ステージに立つ三人の練習の質は、曲があるのとないのとでは断然に変わっていた。歌が決まったことで振り付けが決まったし、リズムもとる事ができた。

 今日も、朝の神田明神には少女たちの声が響いていた――。

 

「ワンツースリーフォーファイブ、穂乃果タッチ忘れないで!」

「うん!」

「セブンエイト、ことり左手しっかり! 海未気を抜かないでちゃんと踏み込んで!」

「う、うん!」

「はい!」

 

 

 雪のマネージャーとしての仕事は、確実に増えていた。手拍子でリズムを取りながらの振り付けチェックもそのうちの一つである。

 雪には少なからずリズム感があったため、正確に手拍子を叩くことが出来た。しかし、ダンスチェックはどうしても難しい。ダンス振り付け表を頭に叩き込み、寸分のズレもないように微調整していくこの作業が、完成度に繋がる。それ故に、雪は一ミリたりとも気を抜かずに入られなかった。

 

「――では三分休憩です」

「終わったぁ~」

「お疲れ様」

 

 雪は手早く三人にスポーツドリンクを手渡していく。自分はペットボトルに入った野菜ジュースをごくりと飲みながら、ふぅと息をつく。

 

「あ」

 

 その時、穂乃果が突然起き上がり男坂の方へと走った。

 

「お~い! 西木野さーん! 真姫ちゃーん!」

 

 どうやら、μ'sの作曲者様が見に来ていたらしい、と雪は日陰の中から彼女たちを見続けた。

 頑なに自分が作った曲ではないと言い続ける彼女こそ、穂乃果が頼み込んだ相手らしい。私じゃないと真姫が叫べば、海未ですらまだ言っているのですかと苦笑した。

 

 穂乃果が真姫の右耳にイヤホンを入れ、音楽プレイヤーを操作する。

 

「μ's!」

 

 海未の言葉に、次はことりが。

 

「ミュージック!」

「「「スタート!」」」

 

 三人の声と共に、プレイヤーの再生ボタンが押されるのを見ながら、雪は空を見上げる。

 今日も、絶好の練習日和である。

 

 

 

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