はんぱもののラブライブ!   作:夕藤

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第五話 これが、スタート

 昼休み、屋上に逃げ込んだのは以外にも海未だった。

 入り口付近で小さく体育座りをし、顔を伏せっているその姿に三人は困り果てていた。

 園田海未という人間は、確かに大和撫子の様な存在であった。自分に自信を持っているが、重大な欠点がある。

 

「人見知り、ね……」

「ひ、人前で歌うのを想像すると……」

「緊張しちゃう?」

 

 ことりの問いかけに、海未は小さく頷いた。

 確かに、普通の人がいきなり大勢の前で歌えと言われて歌えるかと言うとそれは違うだろう。雪は重々それを理解していた。

 

「そうだ! そういう時は、お客さんを野菜だと思えってお母さんが言ってた!」

「野菜、ですか……?」

 

 その数秒後、海未が何を思ったのか壁にしがみつく。

 

「私に一人で歌えと!?」

「そこ……?」

「いや、想像力豊かすぎでしょ……」

 

 だが、これはまずいと雪達は顔を見合わせた。

 この調子ではファーストライブは乗り切れない。何か打開策を、と考え始めた時だった。

 

「人前じゃなければ……人前じゃなければ大丈夫だと思うんです……!」

 

 海未の呟きに、穂乃果が顔を引き締めた。

 海未の腕を引き、立たせた穂乃果はにこりと笑う。

 

「色々考えるより、慣れちゃったほうが早いよ!」

 

 穂乃果らしい極論だと雪とことりは笑った。

 

「よーし! そうと決まれば行くよー!!」

 

 今日も今日とて、μ'sは騒がしかった。

 

 

 

 

 海未の人見知り克服のため、チラシ配りを行うと飛び出ていった穂乃果達三人とは別に、μ'sのマネージャーである雪は機材の申請書を書いていた。

 新入生歓迎会の後は、部活動生の新入生の取り合い合戦。獰猛な肉食動物という名の部活動生の前に、格好の餌である新入生がコレでもかというほどいるのだ。戦争になるに違いない、と雪は予め機材を申請していたのである。見た目に似合わず真面目である。

 そして、申請書を書きながら雪が見ていたものは――

 

「……A-RISEね」

 

 ――穂乃果がアイドルをやろうと思ったキッカケの一つであり、今をときめくスクールアイドルの頂点に君臨しているA-RISEのPVである。

 踊りも歌も、今のμ'sでは決して追いつけない事は、素人目にも分かるほどだった。これほどのレベルになるまで、一体どれくらいかかるのだろう。そもそも、μ'sはここまでたどり着けるのだろうか。

 

「いや、こういうマイナス思考はやめようって、前に決めたんだったっけ」

 

 頬を叩いて気合を入れる。もうライブまで日数もないのに、こんな所で立ち止まるわけには、と。

 

 穂乃果から送られてきたステージ衣装の画像をもう一度だけ見た後、μ'sのライブの音楽をかける。リズムにのせてペンを走らせ、申請書を書き上げる。

 

 

 ――ライブは、もう明日に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新入生歓迎会を終えた後、穂乃果達はチラシ配りに気合を入れていた。

 午後四時からのライブまでのもうひと頑張り。ことりは勿論、あの恥ずかしがっていた海未も全力で最後の時間を過ごしていた。

 

「ヒデコ、ライトはもうちょっと右……そう、そのくらい!」

「雪ちゃん! 音源の確認は?」

「CD、私の鞄の中に入ってるはずだから今やるよ!」

 

 雪はと言うと、手伝いを申し出てくれたヒデコ、フミコ、ミカの三人とともにステージの照明や音源の最終チェックをしているところだった。万全のステージにしたい。必ず成功させたい。その一心で、雪はステージを今できる最良のものへと変化させた。

 ヒデコ達の目に映っているのは、最早ただのクラスメイトなどではない。たった三人の仲間の為に、必死になって動き回る雪の姿だった。

 

「これで終わり?」

「一応、ね。機材は説明したとおりに使用してくれれば大丈夫だし、私も最後にビラ配りを――」

「ビラ配りなら、もうミカが行ってるから」

「……え」

 

 休憩しようともせず動こうとする雪を、フミコが止めた。

 突然のことに驚く雪の背中を、フミコはぐいと押してやる。

 

「雪ちゃんが今やるべきことは、ビラを配りに行く事? 違うでしょ! 穂乃果ちゃん達、始めてのライブなのよ?」

「……フミコ」

「早く行ってあげなって」

「っ……ありがと!」

 

 スクールアイドルを続けていく限り、ライブはずっとやっていくものだろう。けれど、今日このライブだけは、雪はどうしても穂乃果達三人といてやらなくてはならなかった。

 

 始めてのライブは、どれほどまでに怖いだろう。不安に押し潰されそうだろう、と雪は思った。自分ならすぐに押し潰され、逃げたくなるだろうから。

 だから、この時ばかりは支えてやらなければ、と準備室の扉を開けたのだった。

 

「穂乃果、海未、ことり、準備は――」

 

 そして、雪は言葉をなくした。

 

「雪ちゃん」

 

 そこにいたのは、雪の知っている穂乃果たちではなかったからだ。

 愛らしいワンピースのような衣装に身を包み、これからのライブが楽しみで仕方がないという風に三人が胸を張って、希望を胸に練習していたからだった。

 

「……心配する必要、なかったかな」

「えーー! 心配してくれたの!?」

「……そりゃ、あれだけ恥ずかしがってた人がいるし、初めてのライブだし。心配しないほうが可笑しいでしょ」

 

 そう笑えば、海未は少し唸って顔を背けた。ああ、いつもの光景だと雪はほっとする。

 

「さ、行こう」

 

 穂乃果の後に、ことりと海未が続いた。

 どんな結果になろうとも、今この時を精一杯。そんな風にさえ、思えていた。

 

「……成功、しますように」

 

 雪は一人、そう呟いてから自分の所定の位置へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……うそ」

 

 それが誰の声なのかも判断がつかないまま、雪は立ち尽くした。

 ブザーが鳴り響き、幕が上がり、さあこれからだと言う彼女たちの前に広がる景色は、あまりにも残酷すぎた。

 

 ――講堂には、人っ子一人としていなかったのだ。

 

 そう、誰にも彼女たちの想いは届いていなかった。観客がいないというその事実に、頭が真っ白になっていく感覚を雪は覚えた。

 

「そりゃそうだよね!」

「……ほ、の……」

 

 はっとなって、雪はステージに立っている穂乃果の顔を見た。

 遠目で、はっきりとは見えかったが、それでも自身の憧れた太陽は今にも泣きそうな顔をしているのが分かった。

 

「世の中そんなに、甘くない!」

 

 崖から突き落とされたような絶望感。今までの頑張りも、努力も、精一杯振り絞った勇気も、全てが一気に無くなってしまう絶望に、胸が張り裂けてしまいそうだった。

 酷いじゃないか、これじゃあ、あんまりにも。だって穂乃果達はあんなに一生懸命練習して、挫けそうになっても必死に立ち上がって、その結果がこれだなんて。認めたくないと、雪は叫びたかった。

 

 これ以上、この絶望に穂乃果達浸らせる訳にはいかない。これ以上絶望させてしまえば、心が折れてしまう。

 

 雪の頭のなかに浮かんだのは、ライブの中止。

 心が折れてしまう前に、早く。

 

「――」

「あれっ?」

 

 声を出そうとする刹那、講堂の扉が勢い良く開かれた。

 

「花陽ちゃん……」

 

 穂乃果の知人らしい一年生の女の子の姿に、雪は目を奪われた。

 彼女の持っているチラシは、あれは、穂乃果達が配ったものじゃないだろうか。それに、此処に来てくれたということは、つまり――。

 

「やろう!」

 

 その穂乃果の言葉に、雪は再び光を取り戻す。

 

「歌おう、全力で! だって、その為に今日まで頑張ってきたんだから……!」

 

 毅然として、穂乃果はことりと海未に告げた。

 そして、その言葉は雪にも届いた。

 

 照明を落とし、三人が所定の位置に着くのを見て雪は音楽を流した。

 

「μ's music start!」

 

 ――三人のライブが始まる。

 

 穂乃果の切なげな表情、歌詞に込められた、始まりの思い。歌詞の一つ一つが息づいていく。

 

 他のアイドルグループに比べれば、確かに歌もダンスもお粗末なものかもしれない。指の先までピンと張り詰められていなかったり、ステップの踏み込みが甘かったかもしれない。

 

 けれど、彼女達の必死さは、全て輝きとなって現れる。

 

 思わず足を止めて、魅入ってしまうような美しい命の輝きとも呼べるそれは、どこまでも人を圧倒して。魅了して。

 

(あ……)

 

 気づけば、花陽と呼ばれた少女の友人も、不器用なμ'sの作曲者も、謎の多い副会長も、アイドルに焦がれたツインテールの部長も、音ノ木坂が大好きな不器用な会長も、このライブを見届けていた。

 

 ――μ's。ギリシャ神話の、9人の女神たち。

 

 そんな単語が雪の脳裏を過る。

 

 僅か三分程のライブが終わった時、花陽とその友人、そして不器用な作曲者と、手伝ってくれた心優しいクラスメイト達が小さな拍手を贈った。

 世辞などではない。ただ単純に、皆同じく目を奪われたからこその拍手だと雪は信じたかった。

 

 コツ。

 

 そんな拍手の中を、ただ一人進んでいく人がいた。

 

「生徒会長……」

 

 絵里先輩。音ノ木坂を愛してやまない生徒会長。

 彼女の氷のような瞳は、再び穂乃果を見つめた。

 

「どうするつもり?」

 

 単純な質問だった。

 何を、と聞くまでもない、単純明快な質問に、

 

「続けます!」

 

 穂乃果は、まっすぐに答える。

 

「何故? これ以上続けても、意味があるとは思えないけど」

「やりたいからです!」

 

「今、私もっともっと踊りたい、歌いたいって思ってます。きっと、海未ちゃんもことりちゃんも……こんな気持ち、始めてなんです! やってよかったって本気で思えたんです!」

 

 それは、嘘偽りない穂乃果の本心だった。

 

「今はこの気持ちを信じたい。このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて、全然貰えないかもしれない…でも、一生懸命頑張って、私達が兎に角頑張って、届けたい!」

 

 誰よりも真っ直ぐで、眩しく、人を引きつける。

 

「今、私達がここにいるこの想いを――!!」

 

 それが、高坂穂乃果という人間だった。

 

「いつか、いつか必ず……ここを満員にしてみせます!」

 

 その言葉に胸を打たれたのは雪だけではなかった。

 誰から見てもこのライブは完敗と言わざるをえないだろう。もしかしたら、此処で挫折してしまったかもしれない。けれど、それでも、彼女が此処で立ち止まれるはずなどなかったのだ。

 立ち止まらないからこそ、雪は穂乃果に助力を惜しまないのだ。

 

 

 ――完敗からのスタート。

 

 

 きっと、この苦しみを忘れなければ。この先の苦しみなんて、どうってことないはずだから。

 

「進んでいく限り、私も助力を惜しまないから」

 

 

 

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