はんぱもののラブライブ!   作:夕藤

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 ピロリン、と電子音。
 今日もまた、義務のような定型文が送られてくる。
 ちゃんとご飯は食べてるか、足りないものはないか、学校ではどうだ。体裁ばかりを気にしたメールに、当たり障りのない返事を返す。
 ご飯はちゃんと食べてるよ、お金も十分仕送りしてもらってるし大丈夫だよ、学校でもちゃんとしてるよ。
  従順な子供のふりをして文面を打ち込み、そのまま送った。




第六話 夢と猫と憧れと

「あら雪ちゃん。今日もいらっしゃい」

「すいません、おばさん。今日もお邪魔します」

 

 もう何度目の挨拶だろう、と雪はため息をつきそうになった。

 いつものように、雪は放課後に穂乃果の家である穂むらに足を運んでいた。部室のないスクールアイドルμ'sとしては些か仕方のない事だとしても、毎日のように通っていては穂乃果のご両親に迷惑がかかるだろう。雪は申し訳なさそうな顔を浮かべながら、予め購入してきていた物を穂乃果の母へと差し出した。

 

「これ、つまらないものですが」

「あら、別に気にしなくてもいいのに……ってこれは!」

「穂乃果も雪穂ちゃんもあんこ飽きたって言っていたので、その、和菓子屋さんにお持ちするようなものではないと思ったんですが」

「あらあらまあまあ! これって今話題のケーキ屋さんの物でしょう? 結構高かったでしょう」

「いえ、いつもご迷惑ばかりおかけしてますので、これくらいは……」

「ふふっ、まあそういうことなら有難く頂戴するわね。あと、私も洋菓子は好きだからあんまり気を使わなくても大丈夫よ」

 

 どうやらお土産に洋菓子を、しかもちょっとお高めのケーキを選んだのは間違いではなかったようだ。

 穂乃果の母の言葉に苦笑いしながら、雪は穂乃果の部屋へと続く階段を上り、穂乃果の部屋の戸に手をかけた。

 

「穂乃果ー、入る――よ?」

「あ、えと……お邪魔、してます」

 

 穂乃果の部屋に入ると、そこには見慣れない姿があった。

 

「え、と……お邪魔、してます……」

「あー、間違ってたらごめん。花陽ちゃん、だったかな? μ'sのファーストライブの時に駆け込んで来てくれた」

「は、はい! そう、です……」

 

 すいません、と謝る花陽の姿に、雪は思わず苦笑した。

 少し……というか、かなり引っ込み思案な性格故か、おろおろおどおどしてしまう。眼鏡をかけて、俯いて。自分に自信が持てていないような子。それが雪の小泉花陽という少女に対する第一印象であった。

 

「雪ちゃん待ってたよー!」

「え、何かあったの?」

「えーっと、待ってて……」

 

 ことりが自前のノートパソコンでカタカタと操作している間に、雪はスクールバッグを適当な場所に置き花陽の隣に座った。

 花陽は一瞬、それこそ驚いたような表情を浮かべたが、一層身を小さくして動くことだけはしなかった。

 

「あった!」

 

 ことりのその言葉と共に、μ'sである三人にとって聞き覚えのある音楽が聞こえてきた。

 

「START:DASH……?」

 

 ピアノの伴奏、そこから入る様々な楽器の音に雪はその曲名をぴたりと言い当てた。

 そう。完敗してしまったファーストライブのとき、穂乃果たちが懸命に歌い踊ったその姿が、声が、全てことりのノートパソコンから再生されていたのだ。

 雪の記憶が確かなら、あの時自分はライブ映像を撮ることをすっかり忘れていたし、誰にも撮ってなどとは頼んではいなかった。

 

「誰かが撮っててくれたんだね……」

 

 誰がかはわからない。ただ、雪達四人はその人にお礼が言いたかった。

 動画には既に三人の人からコメントが寄せられており、再生数もそれなりの数字を誇っている。これは人気コンテンツだから、というのを差し引いても十分すぎる数だった。

 

「ここのところ、綺麗にいったよね」

「何度も練習してたところだったから、決まった瞬間ガッツポーズしそうになっちゃった」

 

 穂乃果とことりが思い思いの感想を言い合った。海未もうんうんと感慨深く頷いており、やはり三人思うところはあったらしい。

 失敗も成功もあった、今後のためになるライブだった、と雪も心の中で思い返す。今度はセットをもう少し豪華にして、ライトもタイミングよく消して、つけて。そうなると照明も何回かリハーサルをして――。

 

 そこまで考えていたところで、隣の熱い視線に気づく。

 雪たち四人で食い入るように画面を見つめていたが、そういえばここにはいつもと違いもう一人いるのだった、と横を向いたとき、

 

「……もうちょっとこっちに来て見る?」

 

 つい、そんな言葉が雪の口から出てしまった。

 四人より画面を熱い視線で、食い入るようにというよりは噛り付くように見ていたのは、紛れもない花陽であった。

 その目は誰よりも真剣で、一瞬でも見逃さないという風にじっと見つめていて。

 

 だからそんな花陽の姿に、四人は思わず顔を見合わせて笑ったのだ。

 

「小泉さんっ」

 

 海未が軽やかに花陽の名を呼べば、花陽ははっとなって海未たちを見た。

 それを見た穂乃果はにこやかに、

 

「スクールアイドル、本気でやってみない?」

「……へっ?」

 

 そう、花陽に問いかけた。

 驚きのあまり目を見開き、そして少しばかり顔を紅潮させた後、花陽はぎこちない笑顔を浮かべはじめた。

 

「でも、私。向いてないですから……」

「それはあそこにいる海未も同じ。人見知りを悪化させて、人を野菜と思えって穂乃果が言ったら『私に一人で歌えと!?』なんて暴走したくらいだし」

「雪!」

「私も歌忘れちゃったりするし、運動も苦手なんだ」

「で、でも……」

「プロのアイドルなら、きっとここにいる四人全員は失格だけどさ。スクールアイドルなら、なろうと思えばなれるし、何でだってできるって」

 

 雪とことりの言葉に、花陽は詰まった。

 

 そもそも、花陽にとって『アイドルになる』というのは幼い頃からの夢であった。

 昔から引っ込み思案ではあったが、それでもアイドルへの憧れは今も昔も変わりなく大きい。だからこそ花陽にとっては魅力的な誘いであった。『スクールアイドル』も変わりなく花陽にとっての『アイドル』であったから。

 

 ――けれど、決定的な一歩がどうしても踏み出せない。

 

「……だから、やりたいって思ったんならやってみれば?」

「そうだよ! やらなきゃ損だよ?」

 

 雪は最後のダメ押しと言わんばかりに言葉を添えた。その言葉に穂乃果も大いに賛成のようだった。

 

「もっとも、練習は厳しいですが」

「ぅえっ……海未ちゃん?」

「あっ……失礼」

 

 穂乃果が海未を責めるという珍しい光景の後、穂乃果はまあと空気を換えて花陽に言う。

 

「ゆっくり考えて、答え聞かせて?」

「私たちは、いつでも待ってるから!」

 

 ことりの付け加えた言葉に、花陽は小さくはいと答えた。それは、近くにいた雪にも到底届かないような声量ではあったが、四人は満足そうにしてから再び画面に目を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、雪はお昼休みに食べるものをすっかり考えていなかった。

 ただ、購買に行けば買えるかも、なんて単純な考えで購買へと足を運んでいたのだが――一足どころか二足ほど遅かったのだろう。購買に残っているものは飲み物やプリンなどと言った到底主食にはできないラインナップが並んでいたのだった。

 

(油断した……普通高なら兎も角、この女子高でも購買戦争が起こるだなんて)

 

 自分の行動を悔いてももう遅い。並べられた購買品から少しでもましなものを選ぼうとして――雪は最後のパンを見つけた。

 

(パン!! ラッキー、なのかな。ラーメンパンってこれ絶対需要なさそうなイメージだけど……まあいっか)

 

 これで主食をゲット。そう思いながら手を伸ばしたとき、

 

「「あっ……」」

 

 向こう側からも手が伸びてきていた。

 溜まらず雪が顔を上げ相手を睨む体勢に入るも、相手のリボンの色とその顔に雪は思いとどまった。

 

 胸元で綺麗に結ばれた青色のリボンは、紛れもない音ノ木坂学院の一年生であることを証明するものだ。肩につかないほど短く切られた髪は活発さを体言しているようで、少女の雰囲気に雪は思わず猫か犬といった良く動く生き物を連想した。

 

 幾らピアスを開けようと、服装を乱そうと、年下の、しかも小動物のような後輩に睨みを効かせるほど、雪も落ちぶれてはいなかったのである。

 

「せ、先輩……」

 

 そっと残念そうに手を離す少女の姿に、雪はハッとなった。これじゃあまるでカツアゲみたいじゃないだろうか。心なしか、購買のおばちゃんの目線が痛い、と雪はお気に入りのミルク色をした財布を取り出し、パンや飲み物などの会計を手早く済ませた。

 そしてラーメンパンという珍妙なパンをずいと目の前に差し出したのだった。

 

「ここにいるって事は、お昼ないんでしょ? 奢ったげるから、あー、あれだ! 同じクラスの小泉さんの面倒見てあげてね! じゃっ!」

「にゃっ、えぇ!? 先輩!?」

 

 いきなりパンを差し出され戸惑っている少女を良いことに、雪は脱兎の如く逃げ出した。

 取り残された一年生の少女は、渡されたラーメンパンを見ながら、変な人、と呟く。確かに、偶々一つのパンを同時に買おうとしただけなのに相手に無理矢理奢る人間などそうはいないだろう。

 

「あの子はねぇ、問題児なのよ? そんな人に奢られるなんて、運がいいのか悪いのかってところねぇ……」

「にゃ? 問題児、ですか?」

「そう。制服は着崩すし授業中はずっと寝てるし」

「……凄いにゃ」

 

 おばちゃんのやれやれという声を聞きながら一年生の少女、星空凛はもう一度パンを見てにゃあと唸った。

 

「次会った時は、ちゃんとお礼してお返ししなくちゃ」

 

 そんな独り言を呟きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、μ'sはいつも通り屋上で練習を行っていた。

 ことりが持ってきてくれたレジャーシートの上での休憩中も、どこが良かった悪かったという話をしていたのだった。

 たった一曲しかないのだから、その一曲を完璧に。音程を取り、リズムを取り、ステップを一つ一つ完璧に。

 

 そんな練習の最中に、彼女たちは現れた。

 

 だれかたすけてぇ、という声に振り返ってみれば、そこには三人の一年生が立っていた。

 

 

「あ! 天海先輩だにゃ!」

「あれ? あの時のパンの一年生……あれ? 私名前言ったっけ……」

 

 雪たちは当然戸惑った。

 まるで警察が犯罪者を連行するが如く両脇を固められた花陽に、その横を固めているのはμ'sの音楽を作った西木野真姫と、雪が昼に出会ったばかりの星空凛である。

 雪は大いに首をかしげるも、どうやら雪以外の三人には心当たりがあるらしく、互いに顔を見合わせていた。

 

「天海先輩、お昼はどうもありがとうございました!」

「あ、うん」

「あの、それで! かよちんはずっとずっと前からアイドルやってみたいと思ってたんです!」

「え、あー?」

 

 凛の懸命な売り込みは押しが強かった。

 感情任せで主語がなく、しかし昨日の花陽の事を知っていた雪はああと頷く。

 

「そんなことはどうでもよくて!」

 

 しかし、そんなところに水をさしたのは真姫だった。

 

「この子は結構歌唱力あるんです。今は声だって小さいかもしれないけど、発声練習で伸びると思います!」

 

 言っている事は凛と殆ど同じである。凛は花陽の熱意ややる気を。真姫は花陽の能力を売り込んでいるのだ。

 二人が口論する中、花陽は深く項垂れながら、それでも申し訳無さそうに口を開く。

 

「わ、私はまだ……なんとも……」

「もうっ! いつまで迷ってるの!? 絶対にやった方がいいの!」

「それには賛成! やってみたい気持ちがあるならやってみた方が良いわ!」

 

 

 未だうじうじと悩み続ける花陽に、二人は尚更に背中を押した。

 やりたい気持ちがあるのならやった方がいい、絶対にやった方がいいと二人が推し進めていく。その光景を雪達は微笑ましいとすら感じていた。

 

 アイドルになるのには勇気が必要だ。人前に出て綺羅びやかな衣装を着て、歌や踊りを披露する。緊張して声が上ずる事もあれば、ステップを間違えることだってあるだろう。いつも笑って、観客を魅了する。それがアイドルだ。

 

 ――それこそが、花陽の憧れた存在だった。

 

 そんな存在になれるかどうか、自分なんかが本当に。花陽にはそんな言い知れぬ不安が渦巻いていたのだ。

 

 

 

「っ」

 

 

 

 けれど、今の花陽には背を押してくれる友人がいた。

 背中を押され一歩踏み出した花陽は、後ろにいる友人達を見て、覚悟を決めた。

 

 溢れ出そうになった涙を抑えこみ、

 

「私、小泉花陽といいます! 一年生で、背も小さくて……声も小さくて、人見知りで。得意なものも何もないです」

 

 でも、

 

「でも、アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです!! だから、だから――」

 

 

 ――私を、μ'sのメンバーにしてください!

 

 頭を深く下げる花陽の姿が、雪達にどう映ったかは分からなかった。

 なにせ花陽は此処で断られたらどうするだとか、もし受け入れてもらえたならだとかを考える余裕など微塵もなかったからだ。

 

 今言える精一杯を言葉に乗せてぶつけた。それだけだったのだから。

 

 

「こちらこそ」

 

 

 花陽が頭を上げたのは、穂乃果の暖かで優しげな声を聞いてからだった。

 優しげな、それでいて縋りたくなるような微笑みを浮かべながら、穂乃果が手を差し伸べる。

 

「よろしくっ」

 

 花陽の目尻には涙が浮かんでいる。それを見た穂乃果達は決して花陽を笑うこと無くその光景を見ていた。

 

「さて。あっちは済んだみたいだね、後輩さん」

「にゃっ!? あ、天海先輩!?」

「ゔぇえ!? い、いつの間に……」

「二人もどう? スクールアイドルなんて」

「「えっ……」」

 

 メンバーはまだまだ、募集中だよ。

 海未とことりの差し伸べた手に、凛と真姫は顔を見合わせてからその手を握り返した。

 

 

 

 

 

(これでメンバーが七人になった……でも、部として認められるかは、まあ別なんだけど)

 

 何しろ、我が音ノ木坂学院には『あの部』があるからな、と雪は新しく加入することになった可愛らしい後輩たちを見ながら、これからすることになるであろう苦労に深い溜息をついた。

 

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