はんぱもののラブライブ!   作:夕藤

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第八話 アイドル研究部と雨

「ああ、お帰り。お邪魔してます」

 

 雪が状況を理解できず置いてけぼりを喰らった後、にこは部室に逃げ込み窓から脱走を試みた。

 外から追いかけに行った凛が数分後に捕まえてきたが、その間に雪は職員室からアイドル研究部の部室の合鍵を借りて部室に侵入していたのだった。

 

「凛、ほらタオル。矢澤先輩もどうぞ」

 

 自身が先ほどまで顔を埋めていたタオルを差し出す雪。然程降ってはいなかったが、二人は雨の中全力で逃走劇を繰り広げていたのだ。濡れていない、なんてことはなかった。

 二人は素直にタオルを受け取ると、にこはぶっと膨れながら自分の定位置に座った。

 

 

 ――アイドル研究部の部室は、圧巻の一言であった。

 

 棚にずらりと並べられたアイドル関連の書籍、CDやDVD関連に、ポスターやサイン色紙、その他グッズの数々。まさにアイドル研究部、といった部室だったのである。

 

「勝手に見ないでくれる」

「――こ、こここれは……!!」

 

 にこの忠告も無視し、花陽がとあるDVDボックスを手にとった。

 

「伝説のアイドル伝説、DVD全巻ボックス……! 持っている人に始めて会いました!!」

「そ、そう……?」

「すごいです!!」

「ま、まあね」

 

 じりじりと詰め寄る花陽に、にこもタジタジである。

 しかしそんな花陽とにこの会話に穂乃果がふと疑問を抱いた。

 

「そんなに凄いんだ?」

「知らないんですか!?」

 

 伝説のアイドル伝説とは、と説明を始めた花陽はまさに別人である。

 いつものおっとり静かなキャラとは違い、その目はまさしくその道を極めたプロ。アイドルの追っかけ、好きな分野について語りだしたオタクのようであった。

 

(……花陽って、あんなに早く動くんだ……ん?)

 

 と、此処で雪は棚の上を見上げることりに気づいた。

 そこには棚の上に乗せられたダンボールの間にぴったりと飾られている色紙が一枚。

 

「どうかしたの?」

「え、あ、ううん!」

 

 雪の問いかけにことりは直ぐ様首を横に振った。

 

「ああ、気づいた? 秋葉のカリスマメイド『ミナリンスキー』さんのサインよ」

「ことり、知っているのですか?」

「ぁっ、いや……」

「まあ、ネットで手に入れたものだから本人の姿は見たことないんだけどね……」

 

 そのにこの言葉に、何故かほっと胸を撫で下ろすことり。そしてそんなことりの姿を見て疑問符を浮かべる雪と、奇妙な光景が出来上がったところで、

 

「それで、一応聞いておくけど。何しに来たの?」

 

 にこが漸く話題に踏み込んだ。

 

 

 

 

 全員が席に座ったところで、代表者となっている穂乃果がアイドル研究部さん、と声を出した。

 

「……にこよ」

「にこ先輩っ! 実は私達スクールアイドルをやっておりまして!」

「知ってる。どうせ希に、部にしたいなら話つけて来いとか言われたんでしょ? ……ま、いずれそうなるんじゃないかと思ってたし」

「じゃあ――」

 

「お断りよ」

 

 話が早い、と思った矢先の事だった。

 絵里と同様、完全な拒絶の言葉。今すぐにでも出て行け、と言い出しそうなにこに海未が素早く言い返す。

 

「私達はμ'sとして活動できる場が必要なだけです。なので、此処を廃部にしてほしいとか言うわけではなく――」

「お断りって言ってるの! 言ったでしょ! アンタ達はアイドルを汚しているの」

「でも、ずっと練習してきたから歌もダンスも!」

「そういうこと言ってるんじゃないの」

 

 海未の説得も、穂乃果の反撃も、にこには通用しなかった。

 アイドルを汚している、という彼女は一体何を穂乃果達に求めているのか。眉間に皺を寄せ、きつく睨みながらにこは次の言葉を口にした。

 

「――アンタ達、ちゃんとキャラ作りしてんの?」

 

 キャラ? と穂乃果がぽつりと零す。

 それが燃料となり、にこは火がついたように喋りだした。

 

「そう! お客さんがアイドルに求めるものは、楽しい夢の様な時間でしょう!? だったら、それに相応しいキャラってもんがあるの! ったく、仕方ないわねぇ……良い? 例えば、」

 

 そう言ってにこはくるりと後ろを向いた。

 雪達が戸惑いを隠せない中、にこは振り返った瞬間からキャラ(・・)を演じ始める。

 

「にっこにっこにー!」

 

 出だしがそれだった。

 今までの暗い声が一転、高いソプラノの、言ってしまえば媚びたような声に変わる。

 予想できなかったその姿に雪は驚きの余りガタリと椅子を揺らした。

 

「あなたのハートににこにこにー!」

 

 手の形が変わり、今度はハートの形をかたどった。

 

「笑顔届ける矢澤にこにこー!」

 

 最早語尾にハートの記号でも付きそうな勢いである。既にこの時にはハートの形は消え、今度は敬礼の様なポーズを取り始めていた。

 

「にこにーって覚えてらぶにこっ」

 

 ここで最初のポーズに戻った。

 時間にしてたったの十秒ちょっと。たったそれだけの時間でこれだけの事を盛り込んだにこに対して、雪はある種の尊敬の念を抱いた。

 羞恥心の欠片もなく、自分自身が可愛いと思いファンに媚びる。この手の所謂『イタイ』アイドルというのがいるのも事実だったからだった。

 

 しかし、雪とは正反対で驚きのまありあんぐりと口を開けたμ's一同に、にこは元通り威圧的な低い声で、どう? と感想を求める。

 

「い、いやぁ……」

「これは……」

「キャラというか……」

 

 雪以外の二年生組は、全員言葉も無いほどだったらしい。あの穂乃果ですら少しばかり目を逸らしている。

 

「私無理……」

 

 対する一年生は三人共違う反応を見せた。

 頬杖をつきながらドン引きしている真姫に対し、

 

「ちょっと寒くないかにゃ」

 

 斜め上を見ながら率直な意見を口にした凛と、

 

「ふむふむ……」

 

 にこのあれを真面目にメモを取る花陽。三人三様の反応は見ていて少し面白かった。

 

「そこのあんた、今寒いって言った?」

「い、いや! すっごい可愛かったです! さいっこうです!」

 

 しかし、にこは凛の言葉を聞き逃さなかったらしい。凛がビクつきながら愛想笑いを浮かべ、先ほどとは真逆の感想を口にした。

 

 そこからことりに海未と続き、にこを持ち上げ始める。

 花陽だけは心の底からの持ち上げだったようだが、にこも我慢の限界だった。

 

「出てって」

 

 二回目の拒絶の言葉。

 皆が一瞬にして追い出され、教室の扉に鍵をかけられた。

 

「……説得失敗か」

 

 この分では合鍵で扉を開けようと火に油。そう判断した雪はポケットに鍵を放り込んだ。

 そして、影に隠れているであろう人物に向かい、

 

「知ってて私達を行かせましたね、希先輩」

 

 そう、言葉を投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 柱の陰から現れた希が教えたにこの過去を、雪はほんの少し覚えていた。

 

 まだブレザーを着ていて、髪色が()()()()頃、音ノ木坂学院の校門でビラ配りをしている生徒がいた。

 掛け声は「スクールアイドルやってみませんか」「貴女も憧れのスクールアイドルに」だとか、その辺だった。

 さしてアイドルにも部活にも興味のなかった雪が通りすぎようとしたところに、青色のリボンをつけたその生徒が現れた。

 

「あなた、スクールアイドル興味ない?」

「すいません」

「あーーっ! か、可愛い顔してるしっ! 練習すればきっとその辺のスクールアイドルになんて負けないわよ!?」

 

 熱心な勧誘に根負けし、雪は一枚のビラを受け取って家に帰宅した。

 ハートだの星だの、女の子が可愛いと思うようなイラストが満載に乗せられたビラは読みにくかったが、必死さが伝わってくるものだな。そう、雪は思っていた。

 

 来る日も来る日も諦めずに手当たり次第に声をかけるにこの姿をその後数日間雪は目にしていたが、あるときを境にぱったりといなくなってしまったのだった。

 部員でも獲得できたんだろう、と勝手に片付けていたが……雪の予想は少しばかり外れていた。

 

 確かに部員は獲得できた。しかし、辞めていったのだ。

 にこの意識の高さと、予想外の練習の辛さについていけず。一人また一人と辞め、にこが残った。

 

 

 にこがスクールアイドルを、μ'sを認めないのは単純な理由だと雪は思った。

 自分ができなかったスクールアイドルをやっていく穂乃果たちへの嫉妬、そして憧れ。

 あんなにも懸命に声をかけていたのに見向きもしなかった少女たちがこうして六人もスクールアイドルをやっている。

 そして、意識の高いにこから見たμ'sの『不完全さ』への苛立ち。

 

「……無駄に手のかかる先輩」

「それ、雪ちゃんが言える事なん?」

「……いつからいたんですか、希先輩」

「最初からいたよ? 穂乃果ちゃん達に着いていかなくて良かったん?」

「あー、」

 

 希の話を聞いた後、穂乃果たちは傘を差して帰っていった。

 しかし雪は下駄箱で靴を履き替えただけでぼぅっと空を見上げるばかりだった。

 

「傘、忘れたんですよ」

「朝から雨降ってたやん?」

「ぐっ……傘壊れて――」

「嘘を言う子にはわしわしするよ?」

「…………クラスメイトに貸しました」

 

 希の言うわしわしとは、簡単にいえば相手の胸を揉む行為の事である。

 『わしわしMAX』と名付けられたその技は大変精神と体力を消耗する為、雪は小さな声で事実を告げた。

 

「……雪ちゃんって不良さんっていうよりは、問題児って感じやねぇ」

「私、不良だなんて一言も言ったことありませんよ」

 

 確かに、と希は笑いながら鞄の中から綺麗な紫陽花色の傘を取り出して、ぱっと広げた。

 

「さ、雪ちゃん一緒に帰ろうか。この分だと夜までやまないだろうし」

「え、いや……」

「行くで」

「……おじゃまします」

 

 希の有無を言わせない威圧感に、雪は鞄を抱いて希の傘の中へ入った。

 折りたたみの為にそこまで大きくなく、濡れないためには肩と肩が触れ合う距離にいなければならない。そんな近すぎる距離にぐっと息が詰まる様な慣れない感覚に陥りながらも、雪は希の歩幅に合わせて歩き続けた。

 

「雪ちゃんもずっと遅い時間に残ったりして、お母さんとか心配してるんやないの?」

「私、一人暮らししてるんで平気です」

「えっ、雪ちゃんも一人暮らしなん? うちも一人暮らしなんよ」

「そ、うなんですか……?」

 

 初めて明かされた希自身の事に、雪は戸惑いつつも言葉を返した。

 

(そう言えば、何だかんだでずっとこの人の傍にいるけど……私、希先輩の事何も知らないんだ)

 

 知らなかったし、知ろうとも思わなかった。

 雪にとって希は単なる罰として与えられた職務での先輩にしか過ぎなかったし、それ以上になることもなかったはずだった。

 パーソナルスペースが狭く、世渡り上手で、何を考えているのか分からない。それだけ知っていれば、後はそれで良かったはずなのに。

 

(……絆されたかな)

 

 誰にとは言わないが、と雪は思わず溜息をついた。

 

「……なぁ、雪ちゃんのソレって癖なん?」

「え、ソレって何ですか」

「溜息」

「……すいません、不快でした?」

「うちは気にしないけど、でも溜息ばっかりついてたら幸せが逃げるよ?」

「溜息をつくと健康になると科学的に実証されているので、プラマイゼロですね」

「お、言うやん」

 

 雨の中、くすくすと笑う声。二人は肩を並べ、語らいながら歩いて行く。

 

 雪の中で、確かに希という人物への印象がガラリと変わった瞬間であった。

 

 

 

 

 

「って、同じマンションに住んでるんですか!?」

「スピリチュアルやね……!」

 

 

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