「いやー、私達も微力ながらお手伝いする事が出来て嬉しいよー」
「今話題のスクールアイドルだもんねぇ。吹奏楽部の皆も盛り上がっていたしー」
「軽音部も、自分たちの弾いた曲が使われるならって喜んでたよ」
「そう言って頂けると有り難いです。では、次もまたお願いしま――」
「それなんだけどさ! 天海さんもさ、μ'sのマネージャーなんだし――」
にっこにっこにー、と屋上に聞きなれない声が響く。
つい先日、雪が次の曲の音を入れる為に吹奏楽部と軽音部を行き来している間にアイドル研究部の長であるにことの話は決していたらしく、次の日からは多少狭くはあるものの部室に通うことが出来た。
正直なところ、雪のあずかり知らぬ所で部員が増えていくのは正直解せなかったが、生憎と雪はμ'sの『マネージャー』である。メンバーでもない雪が勝手に首を突っ込んだ所で何にもならないのは分かっていたので、雪はその間に着々と準備を滞り無く進めていた。
新曲の音源も取れた事で、次の曲の進行状況は大いに進んだ。あとは細かな調整でどうにか形にしなければ。私に出来る最善で最良の結果を出そう。
今日も一日、頑張るぞ!
「お、いたいた。雪ちゃーん」
「……希先輩?」
雪が意気込んだ瞬間、やってきたのは先日同じマンションに住んでいる事が発覚した希であった。手を大きく振りながら駆け寄ってくる希に、雪は首をかしげる。
(生徒会の仕事はついこの間終わらせたばかりだし、雑用の私が行く事ってそんなにないと思うんだけど……)
「これからアイドル研究部の撮影に行くんやけど、一緒に行かん?」
「さつ、えい……?」
「そ、撮影」
手渡されたホームカメラは、最近出たばかりの新型カメラだ。ズームワイドは勿論のことながら手ぶれ補正、高機能マイク、その他諸々と機能が満載のカメラである。
「アイドル研究部の撮影って、何ですか? 聞いてないんですけど……」
「穂乃果ちゃんと海未ちゃんと、あとことりちゃんと凛ちゃんにはもう言って中庭に集まってもらってるんやけど」
「……もしかして、この間言ってた部活動の紹介ビデオですか?」
「お、漸く思い出してくれたん?」
意地悪な笑みを浮かべながらそういう希に、雪は思わず溜息をついた。
生徒会の連絡事項に、確かに部活動の紹介ビデオを撮影するとあったが……アイドル研究部に、今日来るだなんて。曲の編集は明日に回して、今日は撮影に回らなくては――μ'sの、スクールアイドルになったばかりの、普通にだらしのない女子高生の姿が露わにされてしまう。
流石に、普通の女子高生のだらしのない一日を撮影させるわけには、と雪は希の後を追いかけるように歩いた。
「お、いたいた。じゃあ撮影早速始めるよ~」
間延びした声にあわせ、雪は穂乃果へとカメラを向けた。
「え、えぇ!? 急じゃないですか!?」
「ほらほら、笑って?」
「あ、あー……」
にこっと穂乃果は笑う。心なしか困ったような笑顔だが、まあ仕方ないと雪は撮影を続ける。
「じゃあ決めポーズ!」
「凛、余計なこと言わないの」
「え、えぇ!? じゃ、じゃあ……ふんっ!」
「これが音ノ木坂学院に誕生したスクールアイドルμ'sのリーダー、高坂穂乃果。その人だ」
「……穂乃果もまじめにやらなくていいから」
ガッツポーズをした後に、戦隊もののヒーローのような決めポーズをとる穂乃果がカメラに記録されていく。
希のそれっぽい声のナレーションとともに収録して、ここでピピっと録画をとめた。
「はいオッケー! 雪ちゃん、ちゃんと撮れた?」
「あ、はい。ばっちりです」
「あの……雪ちゃん、これは?」
「え?」
ことりが戸惑いながらカメラを確認している雪に声をかけた。
「あれ、話聞いてるって聞いたんだけど……希先輩?」
「あはは、ごめんごめん。実は、生徒会で部活を紹介する、部活動紹介のビデオを撮ってるんよ」
その希の言葉に、みんなが納得した。
この後、全ての部活動紹介のビデオを絵里と雪の二人だけで編集することになるのだが、それを希は敢えて言わなかった。逃げられるのを防ぐためである。
「じゃあ次」
穂乃果を撮ったなら、次は海未である。
私関係ないですよね、と言った顔をしていた海未に突如として向けられたカメラは再びピピっと電子音を発して海未の姿を記録し始める。
「え? ちょ、ちょっと! 失礼ですよ!?」
恥ずかしがりやだった、という穂乃果の言葉はどうやら本当だったらしい。流石にカメラを向けただけで失礼だ、といわれるとは思っていなかったが、雪はそれでもカメラを回し続けた。
「いつもは大和撫子の海未がこんなに恥ずかしがるなんてねぇ……」
「雪!」
そろそろ飛び掛ってきそうな勢いの海未を見て、雪は撮影を取りやめた。
「でもね、この話はある意味μ'sの最終目標に結びつくからね」
「最終目標?」
きょとんとして首をかしげる穂乃果の姿に、雪は溜息を零す。
「忘れたの、穂乃果。穂乃果がスクールアイドルを立ち上げたのは『音ノ木坂学院の廃校を防ぐため』でしょ? スクールアイドルは認知度もあるし、人気だってある。ニュースにして悪いことじゃないし、ビデオを撮ってインターネットに流すことでμ'sがどんなグループかより多くの人に知ってもらえる。興味がある子は入学を希望するだろうし、入学希望者が増えれば廃校も防げる」
「確かに、そう考えるとビデオを撮ることは悪いことではありませんね……」
雪がビデオを撮る利点を挙げると、海未をはじめに次々と納得した表情を見せた。
「ちなみに、生徒会からはお礼としてビデオカメラを貸してあげる。これで、PVとか撮れるやろ?」
「三人だけの曲じゃ、七人に増えた意味がないでしょ?」
希から告げられた報酬に、穂乃果は俄然やる気をみせた。
そして、凛も七人の曲と聞いてぱっと目を輝かせる。
「……でも、あの動画、結局誰が撮ってくれたのかわからなかったね」
「うん……でも、今は新曲だよ! 私、みんなに教えてくる!」
「あ、待ってよー!」
走り出した穂乃果たちの姿をレンズ越しに見ながら、雪は希の顔をうかがった。
「カメラを貸すなんて、良いんですか?」
「他の部活にも、カメラを貸す約束はちゃんとしてるんよ。心配しなくても大丈夫や」
「用意周到ですね」
「まあねぇ」
のんびりとした返事をする希に、一言だけありがとうございますと告げると、雪も穂乃果たちを追いかけはじめる。
「あ、そうだ。雪ちゃ~ん! 今日も晩御飯、食べにこーへん?」
「……お邪魔します」
希の手料理は、割と美味しい。
◇
授業中、ことりが穂乃果の居眠りをしている様子をカメラに収めていたのはこの為だったのか、と雪は溜息を漏らした。
今日撮ったというビデオチェックの為に部室に集まったのはいいものの、カメラに収められていたのは穂乃果の居眠り動画、そして、音ノ木坂に昔からある弓道場で、笑顔の練習をする海未の姿であった。
後者は置いておくとしても、前者の穂乃果の居眠り動画は頂けないだろう。もし使うことになっても、前半の辛うじて真面目な顔をしている部分だけ盛り込むしかない。
そんなことを雪が真剣に考えている間にも、話は進んでいく。
「こうなったら、ことりちゃんのプライバシーも!」
穂乃果は居眠り、海未は笑顔の練習をプライバシーと言えるか到底怪しいが、一人だけ何も出ていないことりのプライバシーを探ろうと、穂乃果はことりのスクールバッグを開けた。
「あれ? なにこれ――」
「ナンデモナイノヨ!」
まさに早業だった。
穂乃果がことりの鞄の中に入っていた何かに気づいた瞬間、ことりは目にも留まらぬ速さで鞄を奪い取りしっかりと閉めた。
(写真……に見えたけど、なんで隠すんだろ)
「ナンデモナイノヨナンデモ」
穂乃果の追求にも早口で答えることりは明らかに不審ではあったものの、希が何事もなかったかのように続きを話し始める。
「完成したら各部にチェックを入れてもらうから、何か問題があったらその時に――」
「でも! その前に生徒会長が見たら……」
その言葉の先は、恐らくこの部室にいるメンバー全員が思い描いた。
空色の瞳でキッと睨まれ、『困ります。あなたのせいで、音ノ木坂が怠け者の集団に見られているのよ?』と言われるに違いないだろう。最悪、雪の場合はこの後に服装指導や生活指導までされてしまうだろう。
「ま、まあそこは頑張ってもうらうとして」
「えぇ!? 希先輩、助けてくれないんですか!?」
希のその一言に、穂乃果は食いついた。
今まで助け舟を幾度となく出してくれた希にどこか期待していたのだろう。しかし、希もそこまで甘くはないし、器用でもなかった。
「そうしたいんやけど……残念ながら、うちができるのは誰かを支えてあげることだけ」
「支える……?」
「まあ、うちのことはええやん」
「あ、話題そらした」
明らかに自分の話題を遠ざけた希に、思わずぼそりと呟いた。
幸いなことにその言葉は希にしか届いていなかったらしく、希は雪に対して困ったように笑った。
「次は雪ちゃんの取材でもしようか?」
「えっ」
「おっ! 雪ちゃんのプライバシーも暴いてやるぅー!」
「あ、ちょっと!?」
雪を羽交い絞めにする希に、穂乃果はこくりと頷いて雪の鞄を開けた。
「おお! 凄い綺麗!」
穂乃果の言ったとおり、雪の鞄は凄く片付いている。
教科書やノート、筆記用具に始まり、タオルやシンプルなデザインの財布と、全てが綺麗にまとめられて鞄の中に入れられている。小さなポーチを手にとって開けてみても、その中まできっちり綺麗に整理されているのだった。
「でもプライバシーと呼べるものは全然ありませんね……」
「何で残念そうなの。止めてよ……」
「雪ちゃんの弱みを握れるチャンスやと思ったんやけどね」
希が羽交い締めをやめ、雪は穂乃果から鞄を奪い返した。
やはり
――そして、丁度その時。
「取材が来るって!! 取材が来るって、聞いたんだけど!?」
息を切らし、目を見開きながらそういうのは、アイドル研究部部長の矢澤にこ。
そんなにこの姿を見て、雪は机に置いてあったカメラに再び手を伸ばした。