狭間の軌跡   作:Gillan

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特科クラス《Ⅶ組》

ソルティールが講堂に入ると、既にちらほらと生徒が座っていた。入学式開始までに談笑に花を咲かせている者、緊張しているせいか静かに待っている者。様々な人がいるが、その誰もが先程の少女と同じ緑の制服を着ていた。自分一人だけが赤い制服を着ている為に否応なしに目立ってしまうが、こと他者の目を引くということに関しては、彼には馴れたものだった。それでも、決して居心地の良いようなものではないが。

 

「(えーと、席は……っと)」

 

確か案内書に各々の席の場所が書かれていた筈だ。早速案内書を取りだし自分の席の場所を確認すると、最後尾の列だった。入学式初日から居眠りするような人であれば絶好とも言えるような位置であったが、彼は当然ながらそんな人ではない。自分の座る席の場所に一喜一憂することもなく、静かに席についた。

 

「ほう、君も赤い制服を着ているのか」

 

席に着いてから5分程経った頃、一人の生徒に声を掛けられた。そちらを見ると、自分と同じ赤い制服を着た、身長の高い色黒の男子生徒が此方を見ていた。

 

「(む……)」

 

それを見てソルティールは、彼自身すら気付かない程僅かに顔をしかめる。なんて事はない。彼の高い身長に嫉妬しただけである。

ソルティールの身長はおよそ160アージュ。だがそれは、あくまでも四捨五入という不本意なものを彼の僅かなプライドをかなぐり捨ててまで受け入れての自己申告の数値だ。それなのに目の前の男子生徒の身長は、目測でも頭一つ分は上だ。持つ者と持たざる者の格差をまざまざと見せつけられたような気がして、なんだか面白くない。

 

「(成程、これが帝国における格差というものですか)」

 

相手からすれば理不尽極まりない上に何故かズレた結論に至るという空回りっぷりだが、当然ながら目の前の彼にはそんな妬みの念は伝わる筈もない。

 

「……? 俺の顔に何かついているのか?」

 

 初対面の人物相手にいきなり顔をまじまじと見られたらそうなるか、と自分の行動を反省する。

 

「あ、いえ失礼しました。しかし安心しました、他に赤い制服の生徒を見なかったので」

 

「そうだな、既に来ている他の生徒も緑の制服だ。手違い等の線も考えたが……」

 

「あ、それは無いらしいです。先程受け付けにいた先輩から聞きました。俺が最初、と言っていたのでこれから来ると思います。色が違うのはクラス分けの基準だったりするのでしょうか……?」

 

と、言ったところで、自分の名前をまだ名乗っていないことに気付いた。目の前の彼も同じことを考えたのか、先に口を開いたのは相手のほうだった。

 

「自己紹介がまだだったな。俺はガイウス。ガイウス・ウォーゼルだ。帝国に来てまだ日が浅いが、宜しく頼む」

 

「ソルティール・ネログリフです。俺も一昨日帝国に来たばかりで。外国から来たもの同士お互い頑張りましょう」

 

それからはお互いの事について色々と話した。士官学院を選んだ理由や故郷の事。騎士団の事など支障をきたしそうな部分は少々ぼかして話したものの、話が尽きることはなかった。それこそ、時間を忘れる程に。

『これより、第215回、《トールズ士官学院》入学式を執り行います』

 

「――っと、もうそんな時間ですか」

 

「続きは入学式の後、だな」

 

気付けば、もう入学式の開始時間になっていた。周囲を見ると、話を始めた時には少なかった生徒も全員揃っているようだ。どれだけ話に夢中になっていたかを自覚し、少し恥ずかしく思ってしまう。どうやらソルティールは、自分が思っている以上に学院生活というものを心待ちにしていたらしい。同年代と接する機会が多くはなかったソルティールにとって、それは至極当然なものなのだが。兎に角、今は気持ちを切り替えて入学式に臨むとしよう。そう思うソルティールだった。

 

 

 

 

 

『――以上で、《トールズ士官学院》、第215回・入学式を終了します。以降は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動すること。学院におけるカリキュラムや規則の説明はその場で行います。以上――解散!』

 

入学式も終了し、いよいよクラス分けかと思ったが、壇上に立つ男性はそう言った。その言葉に従い、他の生徒達は講堂を出て何処かへと歩いていったが、自分達――赤い制服を着た生徒達だけは、どうしたらいいのか分からずに困惑している。

 

「これは、どういうことでしょうか? 他の生徒は自分のクラスが分かっているようですが……」

 

「だが、案内書には所属するクラスは書いていなかった筈だ。てっきり、この場で発表するのかと思っていたが……」

 

「はいはーい。赤い制服の人達は注目〜」

 

ガイウスと現状の確認をしていると、どこか楽しそうな声と共に一人の女性が表れた。その女性は此方を見渡すと、得意気な様子で言葉を続けた。

 

「どうやらクラスが分からなくなって戸惑っているみたいね。実はちょっと事情があってね。君達にはこれから、『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます。全員、あたしについて来て」

 

一通り言葉を言い終えると、女性は鼻歌を歌いながら講堂を出ていった。思わずガイウスと顔を見合わせるが、今はついていく以外の選択肢など存在しない。結局、満足な説明もないまま先行する女性の後をついていくことにした。

 

 

 

 

 

 

講堂を出て女性が向かったのは校舎裏にある、古めかしい建物だった。怪しげな雰囲気も相まって、少なくとも良い感じはしない。女性はその建物の鍵を開け、中に入っていく。

 

「いったい、こんなところで何をするのでしょうか、説明なら教室ですれば良いものを」

 

「よくわからないが、それが『特別オリエンテーリング』というやつなのだろう。しかし……」

 

言葉を途中で切り、ガイウスは立ち止まった。何かを発見したのかと思い顔を見ると、警戒した様子で建物を見ていた。

 

「? ガイウス、どうしました?」

 

「良くない風だ。この建物、どうやら充分に警戒する必要がありそうだな」

 

「そうですね。少なくとも、良い予感はしません」

 

態々こんな建物で行うオリエンテーリングだ。警戒して然るべきだろう。ソルティールは気を引きしめて、建物の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

「――サラ・バレスタイン。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。宜しくお願いするわね」

 

「な、《Ⅶ組》……!?」

 

緑髪の男子生徒が、自分達全員の疑問を代弁するような声をあげた。その言葉に、茶髪の女子生徒が続く。

 

「あ、あの……サラ教官? この学院の1学年のクラス数は5つだったと記憶していますが。それも、各自の身分や、出身に応じたクラス分けで……」

 

そう、そうなのだ。トールズ士官学院における1学年のクラス数は5つだ。少なくとも、去年までは。それなのに今、サラ教官は《Ⅶ組》と言った。これはどういうことなのだろうか。

 

そんな女子生徒の疑問を聞き、サラ教官はどこか楽しげな様子で疑問に答える。

 

「お、さすが主席入学。よく調べてるじゃない。そう、5つのクラスがあって貴族と平民で区別されていたわ――あくまで“去年”までは、ね」

 

「え……?」

 

「今年からもう1つのクラスが新たに立ち上げられたのよね〜。すなわち君たち――身分に関係なく選ばれた特科クラス《Ⅶ組》が」

 

身分に関係なく。帝国において、これがどれほどの意味を持つか。帝国人ではないソルティールにも理解出来る。本来であれば立場に天と地ほどの差のある貴族と平民を、同じとして扱うのだから。事前に聞かされていなかったぶん、ここで反発する意見が出てきても何もおかしくはない。案の定、それに異を唱える声が飛んできた。

 

「冗談じゃない! 身分に関係ない!? そんな話は聞いていませんよ!?」

 

「えっと、たしか君は……」

 

「マキアス・レーグニッツです! それよりもサラ教官、自分はとても納得しかねます! まさか、貴族『風情』と一緒のクラスでやって行けって言うんですか!?」

 

しかし、そんな彼――マキアスから飛び出した言葉は予想外なものだった。このタイミングで切り出したから平民と一緒なことを疑問視したのかと思ったが、全く逆のものだった。 『貴族風情』。彼が何故貴族を嫌っているのかは分からないが、この場に貴族がいるかもしれない可能性を示唆されてもなお飛び出したこの言葉は、ソルティールに不快な気持ちを抱かせるには充分過ぎた。従騎士見習いとして各国の様々な所をまわったソルティールには分かる。結局は家柄云々ではなく、その人個人がどうであるか、ということなのだと。だから、そうではない。それは違うのではないか、とソルティールが口を開くよりも早く行動を起こした人物がいた。

 

「フン……」

 

言葉もなく、ただ一つ鼻を鳴らしたのはマキアスの隣にいた金髪の男子生徒だ。明確な敵意を感じ取ったマキアスは、同じく敵意を向けてその生徒を見る。

 

「……君。何か文句でもあるのか?」

 

「別に。“平民風情”が騒がしいと思っただけだ」

 

「これはこれは……。どうやら大貴族のご子息殿が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度……さぞ名のある家柄と見受けるが?」

 

どうやら金髪の少年は貴族だったようだ。挑発に挑発を重ねた言い合いはどんどんヒートアップしていく――かに思われたが、次に金髪の少年が発した一言で、場の空気は一気に変わった。

 

「ユーシス・アルバレア。“貴族風情”の名前ごとき、覚えてもらわなくても構わんが」

 

その名乗りに、ソルティールとガイウス、そして銀髪の少女以外は驚愕の反応を示した。

 

「し、《四大名門》……!?」

 

「東のクロイツェン州を治める《アルバレア公爵家の……》」

 

赤髪、黒髪の少年がそれぞれ反応するが、ソルティールにはあまりピンとこない。《四大名門》とあげられる程だから偉い方なのだろうが、爵位の序列に知識はないのでどれほど偉いのか。

 

「(ガイウス、あのユーシスという方は偉いのですか?)」

 

「(いや、俺にもさっぱりだ……)」

 

そんな外国人同士のやりとりを他所に、二人の熱は更に高まっていく。

 

「だ、だからどうした! その大層な家名に誰もが怯むと思ったら大間違いだぞ!」

 

「はいはい、そこまで」

 

それを聞いてなお、寧ろより一層ヒートアップしていくマキアスをサラ教官が諌めた。マキアスも教官の指示に逆らうような事はせず、一旦矛を納めた。それでもユーシス様の方を仇敵を見るような目で見ているが。

 

「色々あるとは思うけど、文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしねー」

 

そう言ってサラ教官は近くの柱に寄ると、

 

「それじゃ、さっそく始めましょうか♪」

 

備え付けられていたボタンを押し――暗闇の中へと落とされた。

 

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