やはり俺の日常生活は何処か導かれている。 作:Mr,嶺上開花
ではどうぞ。
人間とは古来より集団を作るものである。
縄文時代以前から人類はマンモスやオオツノジカなどの身の丈より巨大な野生動物を同胞と共に狩猟し、それを食料として食べていた。縄文時代以後村を作るようになってからは集落の機能を整えたり、稲作が伝わると役割を分担して稲を刈るようになったり、そこにはいつも自分だけではなく他人の存在がある。
そこには人間の知能の高さの反面、他の動物より力も体格もないからという理由が密接に関係しているだろう。生き残るためには協調性を磨いていくしか術がなかった、だから人間関係という言葉が生まれたのである。
そしてこの人間同士の関係性は今日のことにも言え、未だ人間は生死に関係なく、寧ろ昔よりも損得勘定をせずに個々が関係を持ち始めるようになったようにさえ感じる。それは人と人とが共存しようとしていると表すより、敢えて自己満足で必要以上に人間関係を多角化し複雑怪奇なものへと曲げているようとしか言えない。
そもそも人間、確かに古来より集団の形成をしているのは確かであるが、逆説的にそのさらに古来では集団を形成する前に個々人で様々な工夫を凝らしながら食料などを得ようと画策した時代もあったはずだ。
要するに人を原点へと回帰させれば、人間誰しも初めは家族の中で生まれ、独り立ちした後は孤独を感じずその環境に適応した生き様を模索しながら育っていくと言う結論へと至るのだ。
つまり何が言いたいかといえば、…例えクラス内で孤独と化していたとしても人生然り人類史然り最初は誰しも一人から始まるのだから、寧ろ俺のようなぼっちが必然的に至極通り的であって集団で群れている人間こそ間違っているのである。
…決して悲しいし寂しいし騒々しく楽しそうに話すリア充羨ま爆発しろとかそういう訳じゃないよ?何なら通信制高校が羨ましいまである。
放課後。
どうやら俺のクラスメイトは目立たない人間が一人悪目立ちながら遅刻したくらいではあまり注目しないらしく、俺の平穏な日常は今日も静かに守られていた。クラスメイトの方々には今後も俺の存在を気にせず青春生活を送ってほしいものである。
そうして俺はバックを持って帰ろうとした時、不意に今日現代文の授業後に教師から呼び出されたことを思い出す。…確か、平塚先生とかそんな名前だった気がするな、その教師が俺の貴重な放課後を呼び出しという無慈悲な鉄槌により潰そうとしているのである。
つかそもそも呼ばれる覚えもないんだけどな…平塚先生という先生の存在自体も今日初めて知ったようなもんだし、何より俺はあの先生と直接的にどころか間接的にも関わったことはない。…うん、分からん。
そう思いながら教員室へと足を運んだ俺は、二回をノックをしてドアを開ける。
「すみません、平塚先生に呼ばれたんですけど…」
そう言うと職員室ならではの作業用机から立ち上がる人影が一人、白衣を着ていてロングの黒髪の女性…ああ、この人だった気がする。多分だが。
「よく来た比企谷、てっきり来ないかと思ったぞ?」
そう和かに諭すよう俺に話しかける平塚先生。
「でもさっき来なかったら留年も仕方なしって…」
そう俺が言うと平塚先生は両手で指の第二関節辺りをポキポキと鳴らし始める。ちょっと待てよこれどう考えても殴る前の準備体操的なやつだよな?決して生徒に振るってはいけない代物だよな?
「てっきり来ないかと思ったぞ…?」
…どう見てもこれただの威圧です本当にありがとうございました。ほんと、なんで「お前次言ったらら…分かってるよな?」みたいな雰囲気出してるんですか怖いんですけど…。
「そ、それよりも何の用すか?特にないなら帰りたいんですけど…」
「用がなかったら誰も職員室に生徒を呼ばんよ…。まあとにかく、これに見覚えはあるだろ?」
そう言って白衣のポケットから取り出されたのは折りたたまれた何かの紙だった。平塚先生はそれを広げ、漸く俺はそれが先日HRの時間に書かされた高校1年を振り返ってという作文だということに気がついた。
…特に言うことはないんだけどな。
「平塚先生、それがどうしたんですか?」
そう聞くと平塚先生は軽く頭を抱えてため息をつく。
「どうもこうもないだろう…比企谷、お前の認識を正すためにこの文を今ここで読み上げてやろうか?」
「えっ何すかその羞恥プレイ」
「まあ提出された時点で君自身がどこへ出ても恥ずかしくない文章だとこれを判断していると思う、だから問題はないな、うん」
いやいや問題超ありますってプライバシーの保護とか新しい人権として憲法に入るかもしれないと中学の時社会で習いましたよ?
…なんて抗弁を吐き出す前に平塚先生は早速一文目から読み始める。
「…振り返ってみれば高校生活は様々なイベントがあった。出番をスルーされた体育祭、何もなかった夏休み、クラスで俺だけ役割が進行速度の遅いグループの手伝いというとても抽象的なものを与えられた文化祭、何もなかったクリスマス、本当に色々な事があった。
だがもし仮に第三者がこの文を読めば誰しもが「これって何もないしただのぼっちじゃんキモ」と言われるかもしれない。しかしそれは大いに間違っている。
なぜなら何もないことでも体験すれば出来事として記憶に入り、イベントとして自身の歴史へとインプットされる。参加して何かすることに意義があるように、参加せず何もしないことにも意義はある上、周りとは違った体験をしているため寧ろより貴重な体験を享受しているとも言える。
然るに、この反省を省みて今年度も大人しく参加せず頑張らないを目標にこの総武高校という素晴らしき学び舎で青春を送りたいと思う
………比企谷、これが【どうもこうもない】作文だと言えるのか?」
「…まあ、俺の本心ではあるので俺個人としてどうもこうもない普遍的な作文であると断言できます」
瞬間、平塚先生の手の中でぐしゃりと握り潰される俺の作文用紙。そして反対側の手もかなり力が入っていたのだが、なぜかその後すぐに力が抜けていったようで平塚先生は呆れたようにこちらを見る
「比企谷、君の目は濁っているな」
「…それ、今の流行りなんですか?」
なぜ俺の周りはいつも俺のことを貶したがるのだろうか。ゴミだのゾンビだの腐ってるだの…まさか俺って臭いのか?
そう思って少し腕の匂いを嗅いでみるが特に変な臭いはしない。少し安心した。
「まあそうだな、付いてきたまえ。君を然るべき場所へと案内しよう」
そう言って平塚先生は出口へと歩き始める。
「因みに断ったらどうなりますか…?」
そう尋ねると平塚先生は足を止まる。そして職員室のドアを開け、窓から差し込んだ夕日に照らされながらこう言った。
「…どうこうもないさ。何も変わらず、君も変わらず社会の荒波に呑まれていくだけだ」
…平塚先生のその言葉は俺には少し意外だ。てっきり脅されると思ったが、ちゃんと教師としての自覚は持ってるらしい。
ただ、一つ言っていないことがあるのでそれを言おうと俺は口を開く。
「あの、平塚先生…」
「何だ、比企谷?」
「俺、主夫志望なんですけど」
「……はぁ⁉︎」
世の中舐めてんのかと言われ殴られかけた。
そうして些細な問題はあったものの結局は平塚先生の後をひょこひょことついて行くと、そこには何の変哲も無い教室があった。
「雪ノ下、入るぞー」
そう言いながらノックレスでドアを開く平塚先生。なんと言うかその姿はとても豪快で、ある意味男よりも漢らしく見えた。案外この人タバコとか吸ってて競馬とか麻雀とかにハマってるのかもしれない。普通に似合いそうだしな。
「…平塚先生、入室時はノックをしてからと何度もお願いしているはずですが…」
その部屋の中央には黒い髪を長く伸ばし、可愛いというよりは美しさにステータスを全振りした感じの、まさに大和撫子という言葉が体現したかのような女子が椅子に座っていた。途中まで本を読んでいたのか、右手には閉じられた文庫本が固く握られている。
…というかこいつあれじゃん、確か平塚先生も雪ノ下って呼んでたし雪ノ下雪乃で間違いないよな?
ちなみに何故その事を基本的にぼっちな俺が知っているかといえば、元凶はやはり桜花にある。曰く「周りの状況を本質的に見れば馴染める可能性もあるよ、君はいつでも客観的に観察できる機会があるしね!」とのこと。やってはみたが結局馴染めないしそもそも最後の一言とか俺がぼっちなのを揶揄してんのかよ。
…と、要するにその観察をしている期間の間に雪ノ下雪乃の情報を得る機会があったのだ。
観察対象曰く、国際教養科で学年成績トップ、全てが完璧で細目秀麗、美人で美少女でマジパネェ…らしい。正直こいつの語彙力どうなってんのか個人的にはそっちの方が気になる。というか今日も教室でこんな口調のやつの声聞いたし、もしかしなくとも俺はまたこいつと同じクラスなのかもしれない。…うん、考えるのを止めるか。
「でもノックをしても君は反応しないじゃないか?」
そう平塚先生はため息をつきながら返す。
しかしその言葉は雪ノ下には頭が痛いものだったのか、こちらもため息をした上に軽く頭を抱えながら言い返す。
「それはノックしても1秒経たずに入ってこられたら流石に反応するのは無理なのですけど…」
「じゃあいいじゃないか、それより紹介したいやつがいる」
うわぁ、無理矢理話を終わらせてる…、超絶強引に話を切り上げたよこの教師。本当に現文の先生かよこの人。
「ほら比企谷、自己紹介したまえ」
「うぉ…!」
突然背中を叩かれて前のめりになり、つい情けない声を出してしまう。
「…えっと雪ノ下だな…?…俺は比企谷八幡、2年F組だ」
「そう…、その様子だと私の自己紹介は要らないわね」
雪ノ下は当然のようにそう言う。なんと言うか、知名度にはそれなりに自信があるのだろうか。
…だが、それがなんとなく気に入らない。
「いいや要るね、超要る。俺は確かにお前のことを人から聞いちゃいるが、それ客観的なものであってお前自身から聞かなきゃ俺は何も判断できない」
勿論人から聞くというのが俺にとっては盗聴なのはご愛嬌である。
「でも私の世間的な評価と自己評価はほぼ同じようなものだもの、する必要はないと思うのだけれど…」
…そうか、少しこいつのことが分かったような気がした。
こいつは自身の評価に誇りを持っているのだ。周りからの評価に対して、絶対的にそれがプラスのものだと認識している。それをあいつ自身がどう考えているかなんていうのは俺には分からないが、それは間違いない。まあ俺としてはそんな事は勝手にしてればいいと思うし、被害も無いのでどうでもいいのだが。
…しかし、なんと言うか、そのことを悲しそうに、或いは寂しそうに話す雪ノ下が俺は気にくわない。きっと初対面で何を宣ってるのだろうと思われるだろうが、それでも俺は敢えて考える。
ーーー恐らくこの雪ノ下雪乃という少女は、自分自身の素をまるで理解してない。最悪自覚してないから経験してないと思ってる可能性もある。
つまり、世間に対する身の振り方だけで今を生きているなんていう、そんな馬鹿げた安い小説の登場人物に有りそうな設定で彼女は今ここにいるのかもしれないということだ。
これら全ては推測、俺の観察眼と頭から導き出されたものであるから間違っているかもしれない。だがもし合ってるとしたら…放ってはおけない。
「…それは違うな雪ノ下」
「…それはどうしてかしら?」
「俺はお前の自己評価を聞きたいんだ。世間からの目線なんて知らない、関係ないしな。周りはないものと思え、それで自分自身を自分で語れ。世間からの評価で固めた自分を勝手に同一化させるなよ雪ノ下、そんな事をしても更に窮屈になって生きにくくなるだけだぞ」
勝手な解釈をした上での身勝手な高弁、もし平塚先生以外にここに誰か居たら何様のつもりだよと言われること請け合いだろう。
成績トップで品性方向の雪ノ下、比べて国語はトップでも数学が下から数えた方がかなり早い俺。加えて今の状況を吟味すればどちらに味方をすればいいのかは専ら明白だろう。
しかし言ってしまったことは引っ込めることはできない。毛頭引っ込める気はないし、後悔もない。
雪ノ下は精神的に弱そうなのは面を合わせてすぐに分かった、まあこちらをあまり見ずに平塚先生の方ばかり見てたし、こちらを見たと思ってもすぐに視線を移していたからな。
だからだろう、そんな雪ノ下に手助けをしたくなった。余計なお世話でも良い、俺には後悔はない。
だからどんな言葉でも受け入れる、そう俺は考えながら雪ノ下の言葉を待った。
「…巫山戯ないで」
そして雪ノ下から放たれた最初の一言は、冷たい叱責だった。
「馬鹿にしないでくれるかしら。私は今の位置を保つのにかなりの努力をしているわ。いえ、保つというより精進するのに努力を重ねているといったほうが正しいわね。だから私の周りからの評価というものはそれ自体が私の努力の一部と言っても過言ではないわ。それを否定するのはつまり私を否定するのと同じなのだけれど?」
「確かにそうかもしれないな…だけどだから言えることがある」
「…何を?」
俺は雪ノ下に先ほどから疑問に思っていたことを話すことにした。
「…雪ノ下、お前は自分自身を客観的に考えている節があるじゃないか?」
「それは、どういう意味かしら?」
「まんまの意味だ。周りからの評価を自分で想像して、それに添いつつ自分自身の欲求もそこに合わせていく、そんな風に俺は感じる。無理矢理かどうかは知らないが、…一つ言うならそれをやり過ぎるとお前、壊れるぞ」
壊れる、それは元来から人間に対して様々な意味を取られてきているが、この場合に関しては人格がなくなると言う意味での壊れるだ。
周りの希望や期待を推測して実行し、本心もそれに添おうと努力を重ねながら暮らしていく。そんな生活は今は良くてもいつか限界がくる。そうなったら本当の意味で雪ノ下は壊れた人形のようになり、何一つ自主性が消えたしまうかもしれない。そんなのは、余りもバッドエンドだし何より悲しすぎる。
「…そんなの、分かってるわよ……」
俯きながら雪ノ下はポツリとそう言う。雪ノ下雪乃は聡明で、多分その自分の現状にも薄々感付いていたのかもしれない。それでも何もしなかったのは…過去のトラウマか、もしくは性格なのか…それは俺にもさっぱり分からないし推測して分かってはいけない領域でもある。簡単に過去の事に触れるのは、些かデリカシーに欠けるだろう。
「比企谷、終わったかー?」
「って平塚先生いつから居なかったんすか…」
手を上げながら教室に入ってくる平塚先生。…居なかったのに全く気付かなかった…、この人忍者に適正でもあるのかよ。日光江戸村とかで活躍してるんじゃないだろうな、この人ならノリノリでこなしてそうだけど。
「まあ少しタバコが吸いたくてな、比企谷、後で一本どうだ?」
「未成年だし親友にも絶対タバコだけは吸うなって言われてるので遠慮しておきます」
「比企谷…親友なんていたのか…⁉︎」
おい、俺が万年ぼっちみたいに聞こえちゃうだろうが。…まあ学校ではぼっちだし、そもそも友達っていうのは桜花だからその勘違いは当たり前かもしれないけどな。
平塚先生は少し驚いた顔をした後、直ぐに目の前の俯いた雪ノ下の姿を確認して咳払いをした。
「まあともかくだ。今日から比企谷、お前はこの奉仕部の部員となってもらう」
「………えっ?」
何それ八幡聞いてない。というかこのスペースが部活だってことも話に聞いてない。それどころか部活参加希望書にサインすらした記憶無い。無い無い尽くして役満狙えるレベルなまである。
「まあ今日のところは遅いし、帰るといい。雪ノ下も色々あっただろう、今日の部室の鍵は私が閉めておくから帰っていいぞ」
「分かり…ました」
「いやちょっと先生部活ってなんの話ですか?というか奉仕部って何する部活ですか?」
「煩いぞ比企谷。雪ノ下に明日にでも説明してもらえ。あと雪ノ下、明日は職員会議があるから部活には来れん、まあ依頼はほぼないだろうし大丈夫だろうが有っても雪ノ下なら大丈夫だな。ついでに比企谷の性格の矯正もしておいてくれ」
「了承しました…」
いや待てよ。依頼ってなんだ依頼って。しかも俺の性格の矯正って本格的に今の状況が分からなくなってきたんだが。
「じゃあ雪ノ下、特に比企谷。明日も来るように」
そう言って平塚先生は俺を手で追い払う。俺はそれに素直に従い、部屋から退室する。
つまりは、登校初日から一週間で早速妙な事態に巻き込まれたようだということだった。