ウルディオーネ《完結》   作:山中 一

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最終話

「なんで、来た――――ウルディン!」

 ルスカの絶叫は、ウシュムガルの咆哮によってかき消された。

 ビリビリと世界を震撼させる雄叫び。

 耐え切れなかった建物が数軒、音を立てて崩壊した。

「無礼者!」

 ウシュムガルが怒鳴った。

「貴様。余を古の竜王ウシュムガルと知っての狼藉か!」

 もはや、声そのものが砲撃であった。

 爆発的な呪力――――もちろん、ウルディンはそうとは理解していないが――――によって瓦礫が吹き飛び、ウルディンに襲い掛かった。

「ウシュム、ガル? 聞いたことのねえ名前だな。知らんぞ」

 ウルディンは耳に指を突っ込んで呆れたように言った。

 降ってくる瓦礫は総てウルディンを避けるように地に落ちた。初めから、自分には当たらないと分かった上で余裕を醸し出していたのである。

「もう一度言ってくれよ。古のなんだって? 見たまんまなら、でけえトカゲか蛇ってとこだけどな」

「ほう……」

 ウシュムガルはルスカの頭上を越えてウルディンに向かって歩き始めた。

 一歩進むごとに、足音が響く。

 巨体に相応しい重量が、ウシュムガルの身体にはあるようだ。

「ほざいたな、人間。神に仇為す愚か者。余の神威に唾する下郎めの末路……まずは大衆に見せ付けるべきであろうな」

 明確な怒気と露にし、ウシュムガルはゆっくりと進む。

 あたかも恐怖を演出し、ウルディンの心を砕こうとしているかのようである。

「お、おやめください!」

 ルスカがウシュムガルの背後から叫んだ。

「その者は、取るに足らぬ蟻のようなもの。王たる御身がいちいちお相手するほどの価値もございません!」

「おいおい、ひでえ言い草だな。せっかく来てやったってのに」

「うるさい、余計なことを言うな」

 ルスカの言葉を聞きとがめたウルディンがにこやかに言うと、ルスカはキッとウルディンを睨んで叫ぶ。

 一瞬、ほっとした。

 ウルディンがここに来ることを、ルスカは心のどこかで分かっていたらしい。

 しかし、それは許されないことである。

 フン族のため、ルスカのため、そしてウルディンのためにも彼がここに来てはならなかった。

 あの男は、『まつろわぬ神』に挑むつもりでいる。

 すでに矢を射掛けるという蛮行に出てしまった。ウシュムガルも、ルスカの言葉に耳を傾ける様子はなくウルディンを大きな双眸で睨みつけている。

「ウシュムガル様!!」

 ルスカの制止の声は、もはや神の耳には届いていないようであった。

 古に竜神はウルディンを殺すことを決定した。

 『まつろわぬ神』と人間とでは存在の格があまりにも違いすぎる。

 ウルディンの勝率は限りなく低い。彼が背負っている飴色の弓が優れた神弓であることを誰よりもよく知っているルスカではあったが、それでもウルディンが勝てるとは到底思えない。

 それほどまでに『まつろわぬ神』は別格なのである。

 外見の問題ではない。

 自然災害に打ち勝つ人間がいるはずがない。

 『まつろわぬ神』とは、自然災害の化身であり、人間が自然を神格化して現代まで語り継いでくる中で世界に形を成したものである。

 ウシュムガルにしてみれば、ウルディンなど撫でる程度でひき肉にできる。

 膨大極まりなかった神気が、ここに来て更に上昇した。

 それまでの神気が上限ではなかったことにルスカは驚いた。

 対峙するだけで己を圧倒したウシュムガルは、本当にただそこにいただけだったのである。ルスカをどうこうするつもりがない状態ですら、ルスカは命の危険を感じていた。

 その気になったウシュムガルは、ルスカが知るなかでもっとも危険な状態へと移行したのではないだろうか。

 まるで水底に沈められたかのような圧迫感にルスカは声を出すことすらできなくなってしまった。

 ただ、その場にへたり込み、見開いた目でことの成り行きを見守ることしかできなくなってしまったのである。

 

 

 

 ■

 

 

 

 開幕は一瞬。

 ウルディンにはただ風が吹きぬけたようにしか思えなかった。

 ただ、本能で感じた危険を潜り抜けるために身体が勝手に動いた。真横に跳んだウルディンは、僅かに遅れて到達した尋常ならざる衝撃に跳ね飛ばされた。

「つー……」

 気づけばウルディンは瓦礫に背を預けて尻餅をついていた。

 直前まで自分がいたところは抉り取られたような傷が地面に掘り込まれているだけ。ウシュムガルが襲った村に残されていた爪痕と同じような形状である。

「やっぱ、てめえが犯人か」

 呟くウルディンは唸り声を発する竜神を睨み付ける。

 それと同時に改めて彼我の実力差を痛感する。

 ウシュムガルはただウルディンに飛び掛り、前足を振り下ろしただけである。それだけの動作が異様なほどに速く、そして強烈であった。

 やはり熊や狼とは次元が違う。

 見た目からしてでかすぎる上に弓矢がまったく通らないとなれば倒すのは難しい。

 とはいえ、フン族の矢は動物の骨を加工した量産品である。当然、鉄製の鏃に比べれば威力は遙かに劣る。ここに来る前に鉄製の鏃を持つ矢を拝借してきたウルディンであるが、弓を当てたときの手応えからしてそれも通るか怪しいところだと考えていた。

 普通の狩りをするのと同じ感覚では戦えない相手であろう。

 ウルディンの動体視力を以てしても完全には捉えられなかったウシュムガルの突進は、掠めるだけで致命傷を免れないものである。

「ほほう、運のいい人間だ。我が爪から生を拾うとはな」

 ウシュムガルはさして気にした様子もなくウルディンのほうに頭を向ける。

 身体の動きに合わせて長い尾が鞭のように撓り、触れた家屋の上半分を砕き割った。

「ふん」

 ウルディンもまた、ウシュムガルの突進に怖気づく様子を見せず平然と立ち上がった。

「別にどうってことねえな」

 確かにウシュムガルの一撃は驚異的である。

 大地を抉り取るなど、人間には不可能な所業ではないか。

 しかしだ。

 ウルディンはその一撃をかすり傷で生き延びているのだ。要するに当たらなければどうということはない。不条理でもなんでもなく、ただ人間よりも身体が大きくて力が強いというだけのトカゲでしかないではないか。

「てめえはここでぶっ飛ばす。人のもんに手ェ出した報いは受けてもらうぜ!」

 ウルディンは金箔で彩られた弓を手放し、背負っていた飴色の弓に矢を番えた。

 骨の鏃ではなく鉄の鏃。

 引き慣れない形状の弓ではあるが、生来の勘が経験を補ってくれる。百メートル先の小鳥すらも、射落とす自信がある。

 が、――――。

「な、に?」

 ギチ、と音がする。

 ウルディンが驚愕したのは、ウシュムガルにではなく己の弓にであった。

 信じがたいほどに弦が固く、引き絞ることができないのである。

「こ、の――――」

 しゃにむに引き絞ろうとしたとき、ついにウルディンの指のほうが悲鳴を上げた。

 弦が食い込み血が吹き出す。

 あたかも神具に拒否されたかのように。

 ウルディンは思わず神弓を手放してしまった。

「ハハハ! 愚かよな、人間! どこぞの神が遺した弓であろうが、貴様等人間が扱うには過ぎた代物よ!」

 ウルディンが手にしていた飴色の弓は、人の手によるものではなく『まつろわぬ神』がこの世に遺した品であった。真の使い手ではなく、神ですらないウルディンが使いこなせるはずもない。武器そのものはそれなり以上の危険物であるというのは変わらないが、使えなければ脅威にはならない。

 赤子に剣を渡したところで害される心配は皆無であろう。むしろ、赤子自身が剣で怪我をする可能性のほうが高い。

 神の武器を人間が使用するということ自体が、あまりにも無謀なことなのであった。

「んだよ、使えねえじゃねえか」

 ウルディンは舌打ちをして、神具を放り投げた。

 金に換えることもできないほどの品であっても、戦いに使えない武器に価値を見出さないウルディンは手放すのに惜しむ気持ちはなかった。

 代わりに金色の弓に矢を番えて射る。

 流れるような三射。

 そのすべてがウシュムガルの頭に当たって砕けた。

「分かったか、人間。貴様如きが余に挑むなど蛮勇でしかない」

 ウシュムガルはウルディンの矢を物ともせずに歩を進める。

「神に唾する貴様を余は誅しよう。再び人間が余を崇め敬う王国を作り出すための、礎をとなる栄誉を与えよう」

 ウシュムガルが後ろ足で地面を蹴った。

 肉体の形状からは信じられない形での跳躍は、ウシュムガルの巨体を速やかに上空二十メートルにまで押し上げる。

 その後何が起こるかは言うまでもない。

 重力に引かれて落下する巨体が、着地と同時に周囲に大打撃を与えた。

「ご、あああああああああッ!?」

 ウルディンがまたしても吹き飛ばされた。

 ウシュムガルの思惑を察して懸命に走ってはみたが、衝撃の範囲外に出るにはウルディンの脚力を以てしても不可能であった。

「にゃろ……」

 ウルディンは剣を抜く。

 無骨な長剣を構えてウルディンはウシュムガルに向かって駆け出した。

「くるか、人間」

 ウシュムガルは唸る。

「よかろう。存分に足掻くがいい。その生の最期まで、余を飽きさせることのないようにな」

 蟻にしては生きがいい。

 撫でれば死ぬ程度の柔な生物である人間がここまでウシュムガルに喰らい付くのは異例のことであろう。とはいえ、それもまた無駄な足掻きでしかない。蟻が人間を噛んだとして、それが致命傷に至る可能性はあるだろうか。それと同じこと。人が蟻を面白がって潰すのと『まつろわぬ神』が人を面白がって潰すことに大きな違いはないのである。

 

 

 

 ■

 

 

 

 圧倒的な『まつろわぬ神』の力の前にウルディンの劣勢は目に見えて明らかであった。

 矢はその皮膚に触れて砕け散り、剣を手に取りはしたものの、近付くことすらも儘ならない。今更逃げてどうにかなるものでもなく、今のウルディンは死期をひたすら先延ばししているだけの死に体であった。

 そして、ルスカはウルディンに手を差し伸べることもできずただその場に座して成り行きを見守っているだけであった。

 誰よりも『まつろわぬ神』を理解しているが故に、この戦いの結末に欠片ほどの希望を見出すこともできないでいる。

 そんなルスカの下にアエティウスとドナートがやってきた。

「魔女殿、お迎えに上がりました」

 ドナートがルスカの隣に膝をつき、ルスカに声をかけた。

「ド、ドナート。それにアエティウスも……。あんた達も来てたんだ」

 この組み合わせはさして不思議なものでもないだろう。

 昔からよく一緒にいるところを見かける面々である。まさか、このような世界の終わりにも似た戦場にまで一緒にやってくるとは思ってもいなかったが。

「早くここを離れないと、あんた達も死ぬよ」

「そんなの、見れば分かりますよ。正直、半信半疑だったけど、あんな化物だったら一軍引き連れてきてもどうしようもない」

 アエティウスが冷や汗を流しながらウシュムガルの背中を見る。

「見るだけで鳥肌が立って死にたくなりますね。あんなのと会話した魔女殿もさることながら、ウルディンの兄貴も最高にいかれてますよ」

 ドナートもまたアエティウスと同意見であった。

 ウルディンと共に意気込んでここまで来たはいいものの、いざをアレに刃を向けるとなると身体が動かなくなる。ドナートに至ってはこれが二度目。恐怖を克服したと思っていたが、それはあまりにも浅い了見だったらしい。

「じゃあ、なんであんた達はウルディンを止めなかった。止めていたら、こんなことにはならなかった」

 ルスカは半ば怒りすら交えて二人に言う。

「あの大将が、言葉で止まるわけないじゃないですか。あの人、あの竜を見ても、でかいトカゲって言ったんですよ。たぶん、まだ勝てると思ってるんです。可笑しな話ですけどね。だったら、最期まで付き合わないともったいないでしょ」

 十を越えるかどうかというところの少年とは思えない、達観したものの見方。

 命懸けの戦場で培った冷静な視点と生来の熱い気質が融和して、この極限状況にあっても平静を保っていられるのである。

「兄貴が突っ込んでいっちまったからにはもう後に引けないわけで、せめて魔女殿の安全くらいは確保しないとどやされますんでね」

 ウルディンは完全に遊ばれている。

 『まつろわぬ神』は人間を相手に本気になることはないという。

 その必要性がないくらいに実力差がはっきりしているからである。

 台風に玩ばれる小船のようなものだ。

 いつ死んでも不思議ではない中で、ウルディンは懸命に致命傷を回避している。ウシュムガルも興が乗ったのか、適度に加減してウルディンの反応を窺っているようにも見える。

「フハハ――――! 中々すばしこいな。蟻から格上げして、蝿くらいにしておいてやろう! さて、どこまで逃げ切れるかな!」

 また、跳んだ。

 ウシュムガルの巨体に耐え得る建物などこの町には存在しない。

 着地によって粉砕される家屋。飛び散る瓦礫はそれだけでウルディンを殺傷するに相応しい暴力性を備えている。

「このままじゃ大将は遠からず殺されますね。その後はこっちに来るでしょう。あの不思議な弓が引けなかった時点でジリ貧なんです」

 アエティウスはだからこそ、せめてルスカだけは逃がそうとしているのだろうか。ウルディンが勝てずとも、目的だけは果たそうと。

「そんなの、初めから分かってた。神が使う弓をただの人間が引くなんて無理」

 ルスカは奥歯を噛み締める。 

 幼い頃に、あの弓の話をした記憶はある。それが原因となって、ウルディンは神弓に活路を見出してしまったのであろう。

 それがなければ打つ手がないとして諦めてくれたかもしれないのに、ルスカがウルディンをここに引き込んだも同然ではないか。

「魔女殿の術でどうにかならないのですか?」

 ドナートに問われたルスカは力なく首を振った。

「『まつろわぬ神』に呪術は効かない……あたし達人間の呪術は、神々にとってはそよ風みたいなもんだから」

 多勢に無勢であっても、相手が人間ならばルスカ一人でも切り抜けることはできるだろう。呪術とは病のようなものである。身体を鍛えたところで逃れられるものではない。それを自在に操るルスカのような術者が恐れられ、崇拝されるのである。

 しかし、そんなルスカであっても神々の前には無力である。

 力の差をはっきりと感じ取れるから、逆らおうという気力も湧いてこない。

「呪術なんて、何でもできそうな気がしますがね」

「そんな便利なものじゃない。神殺しの呪詛を込めた武器でも、傷を付けるのが精一杯のはず。まして、この状況を切り抜けるなんて」

「神殺しの術があるんで?」

「神殺しっていっても、傷を付けることしかできない。そんなのじゃ、話にならない」

 表皮を浅く切っても殺せるものではない。

 人間が編み出した術ではそれが限界なのである。深く神々の命に手を伸ばせるものではない。

「傷を付けられるんなら、心臓にだって届きます」

「そんなの口だけならいくらでも言える」

 アエティウスの言葉にルスカは冷たく返す。厳然たる事実を告げる彼女の声は、平静を装いつつも震えている。

「あの神弓、兄貴が引ければ可能性もあったんですがね」

 ウルディンが放り投げた神弓。

 太陽を射落とし、数多の魔獣神獣を屠った英雄のものであると聞いている。そのご利益で何とかならないだろうか。

「ウルディンには呪力を操る技能がないから、あの弓はびくともしなかった。どうしようもない……ウルディンが引けるようにするには、彼と弓を霊的に繋がないとダメ」

「方法があるんですか?」

「ある、けど……そんな無茶をしたら、その後どうなるか……」

 引こうと思えば、ルスカでもあの弓を引くことはできる。

 あの神の弓は、呪力によって威力を増減させるものであり、呪力を操る力のないものでは操れない。――――つまり、呪力を込める技術さえあれば、引くことはできるのである。もっとも、それで本物の『まつろわぬ神』に効果を発揮するほどの威力の矢を放てるかは別である。

「可能性、あるじゃないですか!?」

 アエティウスが、叫んだ。

「でも……」

 煮え切らないルスカにドナートが言う。

「諦めてたらそこで終わりですよ、魔女殿。少なくとも、兄貴はまだ戦っています。あなたは、兄貴と神様のどっちに勝って欲しいんですか?」

「そんなの……」

 ルスカは言葉に詰まった。

 ウルディンが自分を助けに来てくれたことは感謝しているし、嬉しい。けれど、そのために命を落として欲しくない。

 万に一つも勝ち目がないから、総てを諦め受け入れていたルスカではあったが、もしも万に一つの勝ち目を生み出し、拾い上げることができたとしたら。

 その可能性をルスカの決断が担っていたら、ルスカはウルディンの生死を別つ存在であるということになる。

 ウルディンを見殺しにするか、可能性に賭けるかの二択しかない。

 ルスカの言葉をウシュムガルが聞かないのはすでに理解している。フン族の未来を確約してもらったことも、この一件で反故にされるかもしれない。

 気まぐれな王者の言葉を果たして信用していいものだろうか。

 王の口約束ほど、信用ならないものもないだろうに。

 そこまで考えて、場違いにもルスカは可笑しくなってしまった。

 何というか、それはウシュムガルだけでなくウルディンも含まれてしまう気がしたからである。

「もちろん、ウルディンに勝って欲しい」

 結局、行き着くところはウシュムガルかウルディンかの二択だ。であれば、ウルディンのところに行くほうがまだマシというものである。

「決まりですね。正直、兄貴に死なれるのはもったいないんでね。あの怪物は許せないし、逃げるのも格好が付かないってものですよ」

「大将が弓を引けるようになるまで、どれくらい時間がかかりますか?」

 ドナートとアエティウスが弓に矢を番える。引きはしないが、彼らも戦う気になったらしい。――――おそらく、もともとルスカよりもウルディンのほうが大切なのであろう。ウルディンが負けるとなれば、ルスカを連れて脱出を図っただろうが、勝ち目があるのであれば、そこに賭けるつもりでいたに違いない。ルスカをすぐに連れ出さなかったのは、ウルディンに本当に勝ち目がないのか確かめるためだったのだろう。

「まったく、あの人は変な人にばかり好かれる」

 ルスカはため息をついて立ち上がった。

「そりゃ、あなたのことを言ってるんですか?」

「次に変なこと言ったら勃たなくなる呪いをあげる」

「すいません」

 冷や汗を浮かべてドナートは前を向いた。

 内心では、これだから魔女は怖いんだ、と文句を垂れているに違いない。

「あたしが弓を拾って、ウルディンのところに行ければ、すぐにでも繋げる。けど……」

「あの化物が邪魔って訳ですね」

「時間稼ぎが必要なんですね。ちょうどいいじゃないですか」

 アエティウスとドナートは死地に赴くというのに笑っている。恐怖で感覚が麻痺したのかもしれないし、これから成し遂げられる奇跡に期待して、昂揚しているのかもしれない。

「あんた達をできるだけ呪術で強化する。できるだけ、時間を稼いで」

 それが、あまりにも無謀な要求であるとルスカは分かっている。

 けれど、ウルディンに賭けると決めた以上は無駄口に時間を割くことはできない。アエティウスもドナートも、覚悟を決めていた。

「了解です。じゃあ、兄貴を助けにいきますか」

「神様に喧嘩を売るなんて、罰当たりですねぇ」

 何が楽しいのか笑う二人に呆れつつ、ルスカは彼らの肉体と鏃に呪術を施したのであった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 ウルディンは一件の家の屋根から宙に身を投げる。

 その真下にウシュムガルが頭から突っ込んだ。

 家は崩壊して瓦礫と化す。そこに暮らしていた誰かの思い出は跡形もなく消し飛び、無残な姿と成り果てた。

「この野郎!」

 受身を取ったウルディンは悲鳴を上げる身体を無視して剣を振り上げ、ウシュムガルに背後から斬りかかる。

 両手で柄を握り締め、思い切り剣を尾の付け根に叩き付ける。

 屈強なウルディンが剣を振るえば、並の人間であれば楽々と首を刎ねることができるし、熊であったとしても問題なく片付けられる。しかし、渾身の力を込めて振るった剣はウシュムガルの鱗を傷付けることなく弾かれてしまう。振動で手首を傷めた上に、ぶおん、という風音共に身体が宙に舞い上げられる。

 ウシュムガルが尾を振るったのだと理解できたのは空中に投げ出されてからであった。

「ぐ、は――――!?」

 今度は受身を取ることもできなかった。

 背中から叩きつけられて、肺腑の奥底から空気を吐き出した。

「くっそ、全然歯が立たん。確かに、こりゃ人間の手に負えん」

 ウルディンは起き上がろうして、足が動かないことに気付いた。

 今の落下で腰の骨を砕いたのである。

 神経にも影響が出ているらしい。人体の構造など把握しているわけではない。下半身不随の事細かな原因を知らないウルディンではあっても、それが腰を強打したことによるものであり、治る見込みのない重傷であるということくらいは理解していた。騎馬民族なので、落馬などで歩けなくなる人間を見る機会が多かったのである。

「最悪だな、マジで」

 こんな時でも笑えてしまうのだから、根性が捻じ曲がっているとしか思えない。

 しかし、状況は限りなく最悪。

 足が動かないので、回避は不可能。

 剣は、刃が半ばからへし折れて使いものにならず弓はどこかで失った。矢筒もない。今のウルディンは文字通りの無手であり、戦える状況ではないのである。

「どうした。追いかけっこはそろそろ終いか? まあ、誉めてやることとしよう。敵対者には死を与えるのが務めではあるが、辱めるのは王者の所業ではない。まあ、人間にしては中々持ったほうであろうよ」

 牙を剥くウシュムガル。

 その爪か牙か或いは身体のどこかか。

 次の突進でウルディンは粉砕されるであろう。

 瞳は闘志を失っておらず、上半身だけでも戦ってやろうと起き上がってはみたものの、これでは子どもを相手にすることも満足にできないであろう。

 無論、ウシュムガルの突進をどうにかする術をウルディンが持ち得るはずもない。

 そのときである。

 ウシュムガルの右前足の付け根に一本の矢が突き立った。

 完全なる奇襲に、ウシュムガルはまったく気付かず直撃を受けた。

「む……?」

 驚くべきは矢が刺さったという事実。

 ウルディンが死力を尽くしても傷一つ付かなかったウシュムガルの身体に傷が付いたのである。

「ほう……貴様の仲間か。忌々しき神殺しの呪詛はあの巫女が付与したものだな。汚らわしい下賎の呪詛め。どうやら裁きを下すべき者が増えたようだな」

 その傷も蚊に刺された程度のものなのだろう。

 ウシュムガルは刺さった矢を抜こうともせず、反転する。

「ま、ちやがれ。クソトカゲ……あの馬鹿共、さっさとルスカを連れて行けっつっただろーが……」

 結果的に命を救われはしたものの、アエティウスとドナートが奮戦してどうこうなる訳もない。無論、ここで無様に座り込むウルディンでもそれは同じであるが、ルスカを助けるという目的を放棄して戦いを挑むとはどういう了見か。

 だが、アエティウスの矢がウシュムガルに刺さったというのは大きな収穫である。

 その原因を神殺しの呪詛とあの竜神は言ったが、それはつまりルスカが矢に加護を与えたということに他ならない。

「まったく、素直じゃない女だ」

 今になってこちらに就くことを選んだか。 

 いいことだ。

 後はあのトカゲを退治して万々歳ではないか。

「くっそ、動けねえ。せめて弓があればこっから矢を飛ばせんだがな」

 アエティウスとドナートが散開してウシュムガルを挟み込み矢を放っている。それらは尽くウシュムガルの表皮となんらかの守りによって弾かれてしまいまったく意味を成していない。やはり不意打ちでなければ神殺しの呪詛とやらも効果がないのだ。

「馬鹿みたい。そこまでして、死に急ぎたいの?」

「死ぬつもりなんて毛頭ねえよ」

 懸命に立ち上がろうとするウルディンを見下ろすルスカはこの日何度目かになるため息をついた。もはや、この馬鹿は死ななければ止まらないらしい。

「ん」

 ルスカはウルディンの膝の上に飴色の弓を置いた。

「コイツ、使えねえからいらねえ」

「人んちの宝を勝手に持ち出して捨てるとかろくでなしにもほどがある。いいから、さっさと掴んで」

「あ?」

 ルスカが背後からウルディンを抱きかかえた。

 そしてウルディンに無理矢理に弓を握らせる。

「あたしがこの弓を使えるようにする。あんたは、ただこの矢を射ればいい」

「なんだ、できんのかよ」 

 ウルディンはにやりと笑った。

「あんたがその腰砕けで弓が引ければだけど」

「何ならトカゲの前に小鳥でも射落としてやろうか」

「その減らず口になら大丈夫そう」

 ウルディンはすでに弓を握り締めている。矢はルスカが用意した鉄の鏃の矢であった。

「この弓を使えるのは呪力を込めたときだけ」

 ルスカがウルディンの耳元で囁く。

「ただ、あんたがここで死ぬ覚悟があれば、神に届く矢を放てる」

「死ぬ覚悟? 冗談じゃないぜ。俺はあれをぶっ飛ばして生きて帰る。ルスカ。おめえと、ついでにあそこで死にかけてる馬鹿二人とな」

 大笑したウルディンは、視線を鋭くしてウシュムガルの巨体を睨み付けた。

「そのためなら命の一つや二つ、賭けてやる」

 低い、唸るような声だった。

 それを聞いて、ルスカは身体の芯が熱くなったような気がした。

「そう。なら、後はもう弓を引くだけ。あんたとその弓はもう繋がってるから、あんたの命を燃やして、一撃を与えられる。外したら、もう後はないから」

「命賭けなきゃ引けない弓なんだってんだから、何にしても後がないんだろ。分かりやすくて、ちょうどいいじゃねえか」

 獰猛な笑み。 

 この男は、勝利を僅かなりとも疑っていない。

 ルスカはウルディンの背中に顔を埋めた。もはやなるようにしかならない。ウルディンが『まつろわぬ神』を仕留めるか、ウルディンと共にこのアブリットゥスで死ぬかの二者択一である。

 

 ――――ウルディン

 

 ルスカは可能な限りの治癒術をウルディンに送り込みつつ、ただその勝利に己の未来の総てを賭けた。

 

 

 アエティウスとドナートは矢を射つくして逃げ回るだけとなった。ウシュムガルは蝿を払うように二人を翻弄している。

 だが、この瞬間ウシュムガルは動きを止めてこちらを見遣った。

 ウシュムガルの視線の先にはルスカに抱えられたウルディンが、飴色の弓に矢を番えて笑っている姿を焼き付いた。

「何――――貴様、その弓」

 先ほど引けず、捨てたはずの弓をいつの間にかウルディンが持っているのだ。

 しかも、その弓は異様なまでの呪力の高まりを伝えてくる。

 神具がその性能を発揮しようとしているのである。

「自ら死を選ぶか。度し難いな人間――――!」

 ウシュムガルが再びウルディンに狙いを定めた。

 矢を撃ち尽くした二匹の蚊とそれなりの武器をもった蝿のどちらがより優先すべき敵なのかということである。もちろん、今までで一番無礼を働いたのがウルディンであるということも手伝って、ウシュムガルいよいよウルディンを殺しにかかった。

 ウルディンが動けないのは百も承知。

 巫女が回復させようとしているのは分かるが、それでもすぐに治癒して動けるようになるような軽症ではないのだ。

 そして、ウシュムガルがウルディンに向かって、動き出した。

 

 ――――ああ、死んだ。

 

 ルスカのそんな弱弱しい思考をウルディンの一声が断ち切った。

「行くぜ、ルスカ!」

 ウルディンが限界まで弓を引き絞った。

 先ほどまでびくともしなかった弦が、信じられないくらいに軽く引ける。

 ほんの少し引くごとに、ウルディンの体内から大切な何かが流れ出している。ウルディンの「命」が呪力に変換されて左腕へ、そして弓との接点からその飴色の海の中に溶けていく。

 身体の芯が冷えていくにつれて弓が熱を持ち、持っていられないくらいの熱量を放ち始める。それでもウルディンは弓を構え続ける。肉体が限界を超え、襲い掛かってくる虚脱感に意識が朦朧とする。

「おいルスカ、一つ聞いとく」

「何」

「あのトカゲをぶっ飛ばしたら、お前を妻にする。文句があるなら今の内に言っとけ」

 目の前に死が迫っているのに、こいつは何を言っているのだろうか。

 ルスカはウルディンの緊張感のない台詞に思わずウシュムガルの存在も忘れて呆然とした。

「何とか言え」

「あんたは、何を言っても聞かない人でしょ。もう妻にでも何でもなってやるから前だけ見て!」

「言質取ったぞ、ルスカ! あのトカゲが証人だ!」

 ウルディンが歓喜の声を発し、鏃の先をウシュムガルに定めた。

「世迷言を。貴様等に未来などない――――巫女共々、ここで果てるがいい!」

 ウシュムガルが跳躍する。

 神具は神々の武器であり、人間ではどれだけ頑張ったところでその力の一割を引き出すこともできないだろう。 要するに何の脅威にもならないのである。

 この身を傷付けることはできるかもしれない。だが、よくてそこまでである。

「誉めてやる。この世界の王を、ここまで楽しませてくれたことをな! 我が王国にて、後世までその悪名を轟かせるがいい!」

 この巨体と爪でこの世から跡形もなく消し飛ばす。

 ウシュムガルが咆哮し、牙をむいてウルディンに踊りかかった。

 ルスカは目を瞑った。

 アエティウスもドナートももうだめかと腹を括った。

 その中でウルディンだけが、確とその目を見開いてどこを狙うべきかを見定めていた。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 爆音とも言うべきウシュムガルの雄叫び。

 天地を震わせる絶叫に大地が鳴動する。

 それでもウルディンは冷静であった。

 明確な死を前にして、心はどこまで透き通り、弓矢を自分が渾然一体になったような気持ちでその時を迎える。

「俺の門出の一撃だ。ありがたく受け取れ」

 今までに何度も繰り返してきた動作である。今更誤るはずもなく、自然に弓弦から離れた矢は一直線にウシュムガルに向かって飛んでいく。

 ウシュムガルに到達する直前、矢は莫大な呪力を爆発させて変化した。黄金の輝きと共に灼熱を発する(ぎょく)と化した一陣の疾風。

 遙か神代。

 東方の大国にて九つの太陽を射落とした英雄に纏わる竜殺しの弓の一矢である。

 自らの寿命の総てを弓に注ぐことに、何の躊躇もなかった。

 そうしなければ勝てない相手だと分かっていたし、そうすれば可能性があるとも思っていた。

 ウルディンの賭けは的を射た。

 宙空のウシュムガルは、想像以上の矢の威力に瞠目し、しかし今更回避することもできず甘んじてその直撃を受ける以外になかったのである。

 ウルディンの矢はウシュムガルの口内に飛び込み、上顎を破壊して脳にまで達した。

 竜殺しの灼熱と僅かながらルスカの呪詛がウシュムガルの脳内を駆け巡り、瞬く間に脳組織を焼ききった。

「ごぉおおおおおあああああああああああああああ――――――――!!」

 空中でバランスを崩したウシュムガルは絶叫して、地面に落ちる。

 瓦礫を粉砕し、生き残っていた家屋を砕き、もんどりうって転がる。

 紅蓮の光はほんの一瞬だけ世界を照らし、そして再び元の光度に落ち着いた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 世界の王は地に墜ちた。

 射落とした者もまた、その意識を奈落のそこに落としこむ。

 一矢に全生命を賭けた男は、自然の摂理に従って死に飲み込まれていく。

 

 ――――あらあら、これはこれはまた、典型的って感じの子が来たわね。

 

 どこかから声が聞こえる。

 幼さを残しながらも、不思議と妖艶さを醸し出す女の声である。

 

 ――――ふふ、でも女の子のために命を懸けるなんて、伝説の英雄さんみたい。嫌いじゃないわよ、そういうの。

 

 ――――羅刹に道にいらっしゃい。これからずっと危ない橋を渡り続けることになるあなたに、お母さんからプレゼントを上げる。

 

 そして、意識が浮上する。

 死の感覚はいつの間にか消えていた。

 生の実感と共に、生まれ変わったかのような気持ちでウルディンは目を開けた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 目を開けると、ルスカと目があった。

 目が充血しているのは、少し前まで涙を流していたからであろうか。

「ルスカ。なんだ、これ。どうしたんだ?」

 ウルディンは仰向けで寝かされているようだ。状況が掴めずに困惑していると、ルスカの目に涙が溜まり、ウルディンの頬を濡らした。

「馬鹿……」

「おい、寝起きに罵倒すんじゃねえ」

「あんた、一度死んでたんだよ……? 妻にするとか言っといて、勝手に死のうとしてたんだから、馬鹿だって、言ってる……。本当に、この、大馬鹿者」

 嗚咽を漏らすルスカの言葉をウルディンはまったく理解できないでいた。

 ウルディンは死んでしまったということであろうか。

 であれば、今ここにいるウルディンは何者なのか。まったく訳が分からない。

「大将!? 生きてる、生きてるの!?」

「兄貴、アンタってヤツは本当にとんでもないな!」

 アエティウスとドナートは大声で喜びを露にする。満面の笑みで、ウルディンの傍に駆け寄ってきた。

「お前ら。生きてたのか」

「魔女殿のお陰で何とか。それはそうと、兄貴こそ、あの怪物を討ち取るなんで先代のお歴々にもできない偉業だぜ! あんた、もう英雄だよ!」

「大将。すごかった……! すごかったよ、あの炎の矢! 何かスゴイとしか言えない!」

 アエティウスは、歳相応の無邪気さを取り戻し方のように興奮して叫ぶ。

 まったく、能天気な。

 ウルディンは苦笑して起き上がる。

「わ、いきなり動くな、ウルディン」

 ルスカはウルディンが起き上がったのに驚いて頭を逸らした。ウルディンがそのまま起き上がっていたら、頭をぶつけていただろう。

「何……まさか、今までルスカの膝枕だったのか」

「なんだ、気付いてなかったのかよ兄貴」

「なにやら柔らかいとは思っていたが、頭が回らなかった。クソ……もう一回だルスカ」

「やだ。もうしない」

 ルスカはにべもなく拒否して立ち上がった。

「お前、俺の妻になると言ったろ。それくらいいいじゃないか」

「それとこれとは別。恥ずかしい」

 ルスカは頬を赤らめてそっぽを向いた。

「ふむ、そうか。まあいい。どの道今晩は戦勝祝いも兼ねてお前と楽しむつもりでいたし、その時に纏めて相手してもらうとしよう」

「んな……!」

「いや、妻となるのだから当然だろう」

「だ、だからそういうことをおおっぴらに言うな」

 ルスカが絶句し、それから真っ赤になってから起こった。

 背伸びをするようにウルディンに食って掛かる。それでも、その表情はまんざらでもなさそうである。ウルディンは天性の人誑しであり、特に女性に対しては天才を持っていると言っても過言ではない。ルスカは古くからの馴染みであり、むしろ今までそういう関係になっていなかったのが不思議なくらいであった。

 そんな和やかに雰囲気を壊したのは、倒れ伏していたウシュムガルであった。

 身じろぎするだけで、地面が振動する。

 ウシュムガルに息があると察して面々は顔を青くしてそちらを見た。

「てめえ、生きてんのか」

 ウルディンが憎憎しげに言う。

「如何にも、と言いたいところであるがな。貴様の蘇生を見る限り、あのパンドラめが動いたようだ。裏切り者の女神めが……」

 頭の半分を失ったウシュムガルは、起き上がることもせず言葉だけを紡いでいた。

 見るからに致命傷。

 しかし、この状態でも話ができるということに、畏敬の念を抱かずにはいられない。

 恐るべき生命力である。

 しかし、それでもさすがに脳を破壊されては長くはないらしい。

 ウシュムガルの身体が徐々に透けてきている。

 どうやら、『まつろわぬ神』は死ぬと肉体を残さず消えるようである。

「く……ふ、まさかよ。――――まさか、余が神殺しの誕生に寄与することになろうとはな……」

「神殺し?」

 ウルディンの呟きをルスカが拾った。

「聞いたことがある。神々を弑した人間は、その神の権能の一部を受け継いで神にも匹敵する戦士に生まれ変わる……神殺しとして、神々と戦う宿命を背負おうって」

「博識だな、巫女よ。如何にも。……忌々しき円環が回っている。余の神力がそこの小僧に流れ込んでおるわ」

 死んだはずのウルディンが奇跡の蘇生を遂げたのは、ウシュムガルの神力が彼の身体を作り変えていたからである。

 ウルディンにその自覚はないものの、すぐに何かしらの変化が現れるに違いない。

「最後だ、人間の小僧。貴様に余の祝福と呪いを与えてやろう。貴様と巫女の門出とやらを、世界の王たるウシュムガルが直々に寿ごう。その生に大いなる苦難と繁栄があらんことをな」

 圧倒的な存在感を有していた一柱の竜神が消えていく。

 砂上の楼閣のように、崩れる時はあっという間である。

 ウシュムガルという神の存在があまりにも強烈だったために、その消滅には強い虚無感を抱く。

「祝福ね。あんたがそんなことを言うとはな」

「くく、王たる余は勝者を労わぬほど狭量ではないのだ……小僧、世界の王の権能を得たからには、貴様は世界に覇を唱えねばならぬ。その人生を賭けて、人界を制す者となるがいい。神殺しの罪に見合う罰が与えられるその日まで、決して敗れることのないようにな――――余の言葉を胸に刻み、大いなる修羅の道を進むがいい」

 その言葉を最後に、ウシュムガルは完全に消滅した。

 残されたのは破壊されつくしたアブリットゥスの街並と、四人の人間だけであった。

 ウルディンの傷は完全に治りきっていた。

 砕けた骨も裂けた肉も破裂した血管も総てが元通りだ。

 汚れを落とせば、傷一つない肌が現れることであろう。

「その出鱈目な回復力も、神殺しの力なの?」

 ルスカが興味深そうにウルディンを見る。

「知らねえが、まあ、便利ではあるな」

 ウルディンは身体の調子を確かめるように腕を回す。

「本当に何の痛みもねえな」

 自分の身体のことながら呆れるほどの回復力ではないか。

「それで、大将。これからどうします?」

 アエティウスが尋ねた。

「どうするって? んなの決まってんだろ」

 ウルディンは笑った。

「俺は王になる。まずはフン族を纏め上げ、世界に打って出る」

 屈託のないその宣言に、反論する者はいなかった。

 神を滅ぼし、そして神に匹敵する力を得たというウルディンの言葉だ。きっと、叶えられるに違いない。

「と、まあ、それは追々としてさっさと戻って祝言だ。そのためにここまで来たんだからな」

 ウルディンはルスカを抱き寄せる。

「ぐ、ぅ。……はあ、もう勝手にして」

 諦観したルスカは甘んじてウルディンの腕の中で大人しくなった。

 ヤレヤレといった様子のドナートと顔を赤くするアエティウス少年が、二人を見守る。

 そして、四人はウルディンが召喚した神獣の背中に乗って一族の待つ駐屯地へと帰路に就くのであった。

 古き竜王を打ち倒し、神殺しの道を歩み始めたウルディンの最初の冒険はこれで終わる。

 しかし、彼の戦いは終わらない。

 数多の神々と同格の王達との戦いは終わることなく繰り広げられるであろう。

 何年先になるか分からないが、戦い疲れて倒れるその日までウルディンの艱難辛苦は、果てしなく続いていくのである。




ウルディオーネはウルディンの始まりの物語を妄想して書きました。

神様と人間が戦うってことはそもそも死ぬことが分かりきっているみたいなもので、プリズムが自軍のど真ん中に設置された状態で、相手がフォレストボムを選択しているというくらいに詰んでいる。

神殺しなんてのは、神を人間、人間を蝿とすると蝿が何らかの防衛システムかなんかに引っかかって運悪く居合わせた蝿狙いの人間が射殺されるくらいの奇跡が起きないとダメって感じですかね。

私がにじふぁんでカンピオーネに二次創作を始めたのはもう四年も前のことなんですけれども、そのときには数えるくらいしかなかったカンピオーネのssがいつの間にか七十件を越えててびっくりしました。

なお、ドナートは後にウルディンの名代として王の一人を務めアエティウスはローマに戻り異民族からローマを守る将軍となるのであった。
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