Fate/影青のアイテール   作:有部理生

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間違えて途中で投稿してしまいました。すみません。



ノーガード戦法が結局一番楽な件あるいは街に点る灯

 キャスターは警察、私は冬木市民病院なう。ついさっき警察の尋問は終わり。彼もこちらに合流することになる。これくらいなら、単独行動スキルが無くても平気らしい。一応保険に宝石も持って行ったし。知らないことも、案外多いな。無事、でも無いが、感覚共有を切らずにいて、彼の受け答えには特に問題は無さそうだった。

 

 私たちも、おおよそは大丈夫。私や母の症状がやけに軽いことに首を捻った者もいるかもしれないが、こちらはもうそこまで気にしてもしょうがないだろう。

 母は検査も兼ねて短期入院、私は暫く通院だそうだ。あれだけの目にあって、それで済んでいるのが奇跡である。というか、こうして生きているのは本来ならありえないことだろう。恐らく、彼の来なかった世界で私は死んでいたーー嘘寒くなって、ぶるりと震える。右手の甲をさすった。そこに彼と私を繋ぐもの、今という瞬間を証明するもの、その存在を、確かめたくて。

 

 夕暮れの待合室。黒い革長椅子に、赤みを増しつつある陽光。どこか懐かしいような、もの悲しいような感じ。

 

「戻りました」

 

 背の高い人影。差す光の、眩しさが和らぐ。私は顔を明るくして、脳裏より呼びかける。

 

(警察大丈夫でした? 一応ずっと念話では聞いていたけれど)

 

 カツ丼は出なかった。ちょっと残念。あれ自腹だっけ?

 

(いえ、貴方のカバーストーリーで、問題は無さそうでしたよ)

 

 嘘をつく時には真実を混ぜた方がいいとはよく言ったもの。彼がスイス出身で、大学に通って医学を学んだのは真実。ただし500年前のこと、という注がつくが。ーー嘘をつくのは慣れてる。問題無い。

 

(よかった。令呪隠しも早速役に立ちました。ありがとう、無理言ってごめんなさいね。ーーあと残る問題は、あなたがウチに住むのを納得させるだけ、と)

 

 一般人のフリには衣食住は欠かせない。それと、とにかく目の届くところにいてほしいのが本音。

家を出る前に(もら)った右手首のミサンガを撫でる。家にあった天然石ビーズを使い、皆の目を盗みつつあっという間に出来上がったもの。彼とお揃い。すごいけど3分クッキングかよ! と思わず突っ込みたくなったのは秘密だ。本当にすごいとは思ってるけど。

 

(その点に関しては、お任せあれ。ーーミツキのお父上は、ここに勤めていらっしゃるのですね)

 

(うん、外科にね。いつも忙しそうで。だから今日来たときは正直ちょっとだけ驚いた)

 

 私、両親に愛されてるんだな、というのがよく解った。記憶を前から全部ひっくるめてもありえないくらいの危機だったから、心配されるのは当然かもしれない。けれど、本当に嬉しかった。だから、現在進行形で厄介事に巻き込まれているのが心苦しい。

 

(医師、ですか……)

 

 そういう彼の後ろから夕日が照らす。全体が赤っぽく染まる。

 

(あなたも、でしょう? 魔術を使ったにしても、蘇生、止血と出血性ショックからの回復、開頭無しの硬膜下血腫の治療……素晴らしい腕だと思うわ)

 

 実際に何をしたのか自体は見ていないが、成した結果は凄まじいの一言。だからこれは一切の誇張なしの感想。それを伝えても、返事は無い。一体彼は、何に引っかかっているのだろう?

 ……空気を変えよう。

 

「ねぇ、やっぱりテオって呼んじゃダメ?」

 

(ついでに膝に座らせてよ。その、キャスターって呼ぶと、いかにも聖杯戦争に参加してるんでござーい、って感じだから……ダメかな?)

 

「いいですよ、お嬢さん」

 

(どうぞ。呼び名については、構いません。あと、何で膝の上に乗るんですか)

 

 なぜって? そりゃ彼と密着したゲフンゲフン。流石に今はそんなこと、言え無い。

 

(マスターなんだから多少の役得は許して。ちょっと早いかもしれないけど、少し私のことも話すから)

 

(聞きましょう)

 

 賢明にも役得については聞かないことにしたらしい。私も表情を引き締める。口は動かさず、傍目には膝の上に腰掛けているようにしか見えないだろう。

 

(私も医師なの。いや、今現在は、医師だったという方が適切か)

 

 さあ、とうとう言っちゃったぞ。全て晒すのが、おそらくこの相手には一番いいと思ったのだが。

キャスター=テオの細く整った眉が、興味を示すように動く。内心何を思っているのかは、全く読めない。

 

(殺人鬼に斬られた後、私は前世の記憶というべきものを思い出した。その記憶の中の私は、今よりちょっと未来の世界で、医学を修めていた。同じく記憶に、あなたのような英霊を喚ぶ方法についての知識があった)

 

 臨床というより、病理や、薬学よりではあったけれど。ここは今言う事でもないだろう。

21世紀を生きた記憶。その中に、数々の医療知識の他、Fateという作品を愛した思い出もあって。

 

(……続けてください)

 

 興味は引いたらしい。まず、ここまではいいだろう。

 

(うん。それまではごく普通の、8歳に成り立ての子供だったんだけどね、どうしても母と自分自身を助けたくて、あなたを喚んで、記憶に基づいて色々と指示を出した。最終的にはあなたに殆ど頼りっきりだったけどね。自分じゃ動けなかったから)

 

 念話だけど、ちょっと息継ぎ。彼が人払いをしているのだろうか、私たちの周りには人影が無い。ありがたい。これなら落ち着ける。

 

(8歳までの記憶はあるし、子供っぽいところもたくさん残っている。でも、基本は記憶と同じ、大人として振る舞える。それが今の私)

 

 この会話の結果、ここまで来て、本当はすごく怖い。蒼銀のフラグメンツ、幼い美沙夜の結末を知っているから。ただ、今回は私自身がマスターだし、他陣営との接触もまだない。感覚共有とは実に便利である! いざとなったら令呪をきる、その準備をして。

 

(自分でもどうしてこうなったかわからない。でも、記憶のおかげであなたを喚べて、母を助けられた。ここまでの話は、ヒポクラテスの誓いーーいや、アスクレピオスとか炎農とか、医療に関係する神々全てに掛けてもいい、私は嘘をついていない)

 

 言葉を選んで、でも不安でたまらない。もし令呪を使ったとして、それに対抗されたらどうしよう。実は私、かなり早まったんじゃなかろうか。

 

(所謂転生者、なのかな。これを聞いて、これから私をどうするつもり? あ、家族は間違いなく一般人。父や母、私の家族に何かするつもりなら、世界と契約してでも、私の持つ知識にあるあらゆる方法を使ってでも、あなたを止める)

 

 脅しを入れてみる。他に言うべきこともあったろうに、失敗した気がしてならない。令呪の他にあれとかこれとか。私が転生者であるからには、あ、でも大丈夫かなこれ。

 

「……」

 

「何か言った?」

 

「いえ、なにも」

 

「?」

 

 何と言ったんだろう。念話では無く声で、しかも聞こえなかった。不安だー。超不安だぁ。頭の中で自分をおちょくってみて、もう半分私自身自棄になっている気がしないでもない。

 

(正直、信じがたいです。しかし、それならば、貴方の振る舞いにも、納得がいきます。総合して、今のところは、半信半疑といったところでしょうか)

 

 見上げた彼の表情は、やさしい。その奥は、やはりわからない。ただ、問答無用で礼装コースだけは、免れたのだと思いたい。ーー時間さえあれば、どうとでもなる、きっと。

 

(魔術師であるあなたに、これを話すのは怖かった。勝手な押し付けかもしれないけれど、私たちを助けてくれた、医師であるあなたは信じたい)

 

 あ、泣きたい。やはり返事は無い。念話でも沈黙が続く。

 

 だんだん暗くなっていく空に目を遣る。……今日は星が見えるかな。

 

(今は、これだけ。また夜に)

 

 

「あ、本城先生、いつもお世話になってます」

 

 話し終わってしばらくして、父が来た。さっきから割と父の登場はタイミングがいい。出待ちとかでは絶対ないはずだが。

 

「君は、ええと」

 

「エルリックです」

 

 その名前使ってくれるのね。

 

「エルリック君か、今日は本当にありがとう」

 

(今、暗示をかけた?)

 

(はい、以前からお世話になっている風に。そして今回本城家にホームステイすることにしたと)

 

 やばいすごい手際がいいと、戦慄を覚えた。ちょっと怖い。でも途中で解けたとはいえ、ウェイバー君でも肉親だと思い込ませられたのだ。英霊級の魔術師ならこれくらい軽いものだろう。悪影響とかは無いよね? あと、警察に言ったことと微妙に矛盾しているような……

 

(大丈夫ですよ。何も心配は要りません)

 

(ならいいけど)

 

 しかし折角シリアスな雰囲気でも、自分のせいとはいえ、名前聞くたびに笑ってしまいそうで困る。

 

「美月も随分君に懐いているようだね。母さんは命に別条はないそうだ。3日ぐらいしたら退院できる。それまでおばあちゃんのところに泊まりなさい」

 

 ああ、良かった。父の言う感じだと、後遺症も残らないだろう。

懐いてる件。そりゃ、まあ命の恩人ですから。そう、命の恩人。今のところは、ただそれだけ。それと、マスターとサーヴァント。

それから、てっきり真っ直ぐウチに帰れるかと思っていたけれど、違うようだ。

 

(そりゃそうだ、現場検証とかあるし……確かおばあちゃんちって市民会館の近く……)

 

あ。

 

あかん。

 

(どうしましたか?)

 

 咄嗟に答えられない。血の気がひく。

 

 龍之介のインパクトが強すぎて半ば忘れていたけれど、いや忘れたふりをしたかったけれど。こちらも、「記憶」の中では最悪の厄災だった。それが家族を襲うかもという恐怖に、息が止まる。あれは、ここまで直接的に我が身に降りかかってくるものとは思わなかったのに。

 

「私も、ご一緒しても?」

 

「君はホテルにでも……うんわかった、美月についてやってくれないか」

 

 父の声が遠い。大丈夫、いざとなったらおばあちゃん連れて逃げよう、逃げればいいんだ。強引に自分に暗示をかける。

 

(とにかく、落ち着いてください、ミツキ。ほら、息を吸って、吐いて)

 

(すぅ、はぁ。ありがとう。もう大丈夫。ちょっと不味いこと思い出してね。また後で詳しく話すよ)

 

「エルリック君?」

 

「あ、はい、すみません。少し考え事をしていました。車が来ましたね、行きましょう」

 

「行こう、お父さん、テオっ!」

 

 車の揺れ、暗くなる空に信号が映える。もう毒喰らわば皿まで、更に全部ぶっちゃけよう、そうしよう。隠し事は好きな方だが、ここで隠していても本当にしようがないのだから。

 

 

 家々の明かりが増える。街灯は虹がかかっているように見え、現れては流れていく。記憶の中で聞いた歌に、娘が見知らぬ都市の明かりを見る、というようなフレーズがあるのを思い出した。

私とテオで、後部座席に横並び。父の運転する車は、一定のペースで進む。……沈黙。

 

(さっきの続き、いる?)

 

(……なぜ、あのように動揺したのです?)

 

(家族が死ぬかもしれないから。聖杯が使えないから)

 

(……!!……)

 

(祖母の家、父が冬木市民会館の近くって言ってたでしょ。あそこ、今回の聖杯の降霊地点)

 

(……それも、記憶、ですか?)

 

(そうだよ。そして聖杯はこの世全ての悪で汚染されている。降霊されたら死と破壊しかもたらさない)

 

(それは……)

 

(だから今回は悪いけど聖杯を諦めて。代わりになるものは必ず見つけるから)

 

アテが無いわけじゃ無い。できるかどうかは知らないけれど。命の恩の分は絶対に返す。……それだけというわけでもないが。

 

(…………)

 

 何だか複雑そうな顔をしている。しかしこればかりは、本当どうしようもないのだ。というか使いたいと思ってもらっては困る。切実に。根源を求める魔術師に、これを言いたくはなかったんだけど、言わないわけにはいかない。辛い。裏切られるフラグを構築してしまっている気がして怖い。

 

(嘘だと思うなら、明日柳洞寺に行こう。あそこに、あそこの地下に大聖杯があるから。そこを見ればわかる)

 

(ええ、そうしましょう)

 

(うん、私も確かめたい。聖杯の汚染がどのようなものなのか。生で見たわけじゃないから、具体的な情報を知りたい)

 

 王女メディアならあの状態でも使えるらしいのだけれどね。この人には流石に厳しいかな? でも、聖杯戦争って確かこの人の死後始まったんだっけ。いやいや、期待しといてダメだとキツイものがあるし、何もかも明日以降の話だ。今日は流石に体が持たない。

 

(ちなみにどうして聖杯が汚染されたかとか、あれの中身の正体とか知りたい?)

 

(いえ、今は結構です)

 

 まあ、話すと長いからね。でも手持ちの情報は共有しておきたいな。

 

(OK。でもおばあちゃんちに着いたら話しとく。いろいろ交渉ごとにも使うと思うから)

 

(交渉?)

 

(あなたは強い。けれど正面切って三騎士を相手するのは、正直言って今回は苦しいの。あなたの天敵になりうるサーヴァントがいると思われるから。結界無効化されちゃうよ)

 

 バターみたいにずんばらりんされる運命しか見えない。対魔力Aのセイバーもそうだが、あのギルガメッシュと、マジックキャンセル宝具もちのディルムッド。魔術師にとっては天敵しかいない聖杯戦争である。私のように別の英霊を喚んでいる可能性もあるが、それにしたってジークフリートとかアチャクレスとかクーフーリンとか、匙をぶん投げたくなるメンツの可能性が高いのだ。最悪を想定しておくに越したことはない。もちろんイスカンダルとかハサンだって十二分に恐ろしい。何より私は幼く、負傷している。悲しむべきことに、一緒に戦うことなどできやしない。

 

(話が通じそうな陣営はわかるし、それ以外でも、全ての陣営に交渉できるだけの材料を私は持っている)

 

(だから、平和裡に、交渉でこの戦争を収めようと?)

 

(うん。さっきのこの世全ての悪もそうだけど、万が一聖杯が汚染されてなくてもこの形式で根源に行こうとすると、守護者が出張って無理らしいし)

 

 この辺うろ覚えだ。不正確でもいい。このセリフは釘を刺す意味で言ったものでもある。

 

 車が止まった。父が声をかける。

 

「美月、エルリック君。着いたよ」

 

「おばあちゃん、こんばんは!」

 

「初めまして、本城さん。お世話になります」

 

 真っ白な、低い位置にある頭が、木戸から覗く。祖母がゆっくりと出てきた。リウマチを患っていて、動くのが大変なのだ。これが私がさっき焦った理由の一つでもある。

 

「よく来たねぇ、大変だったねぇ」

 

 いたわりの声。おばあちゃんだって大変なのに、わざわざ出てきてくれて。

 

「うん、とっても怖かったけど、でも、私がんばったよ!」

 

 ああ、涙がこぼれそうになる。ありがたい。申し訳ない。

 

 ふっと肩の力が抜けた気がして、私たちは家の中に入った。

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