「あら、寝ちゃったの? ありがとうねぇ」
「今日は色々ありましたから、疲れたんでしょう」
話にひと段落ついた途端に、眠ってしまったマスター。抱きかかえて、階段を降りる。
布団に横たえるも、服を掴んで、離さない。
「あらあら、この子ったら」
幼子の指を、丁寧に解く。傷つけないように、そっと。
マスターの祖母に、密かに治癒魔術を掛ける。あとは、申し訳ないが、彼女に任せるしかない。
二階に戻る。詰め込まれた情報の数々を、もう一度整理しようと思った。机に向かい、手は依頼された魔貌殺しを作りながら、頭は別のことを考え出す。現界してから、今までのことを。
エーテルが
幼子の声だった。その、あまりにも、痛烈な、想い。
不完全な詠唱でも、十分に伝わった。かつての
しかし、降り立った状況は、感傷を挟む余地も無いもので。
どこか、かの少女に似た響きの名。年の割に、驚くほど聡明で、
正直に言って、好ましい。魔術師ではない、とのことだが、慈しむべき愛し子である。
そう、彼女は、自分は医師だと言った。未来の記憶の中で、医師をしていた、と。
未来の記憶、それは、魔法の域にあるのではなかろうか? 転生だけなら、魔術でも不可能ではないだろう。あるいは、転生ですらなくて、学習の結果、それらを身につけた早熟な子、であるのかもしれない。最も、医学の知識はともかく、魔術に関しては、あの家にそれらしきものは無く。無意識のうちにでも、何らかの魔術の被験体となっている可能性もあったが、マスターの体内を走査しても、痕跡一つ見当たら無かった。
……
不思議なのは、彼女が、世界との契約、という言葉を使ったこと。抑止力は、魔術師以外の人間はほとんど認識していないはずのもの。それと、魔術師は信じられない、という発言。転生前に、魔術と関わりがあり、被害を受けた。恐らく、その縁で、今回の聖杯戦争の記録に触れた。そう考えるのは、自然ではある。未来のことゆえ、証明はできないが。……あの言葉は、こちらを見透かすようで。我が悪逆の行いなど、彼女は知るはずもないのに。
彼女は、とても、善良だ。家族想いで、また家族からも愛されている。私には、相応しくない程の。そう、命を助けられたからといって、私を、信じる必要などない。物を頼むのに、申し訳無さそうな顔をする必要は、ない。私は、サーヴァントなのだから。
彼女の家族もまた、優しく、美しい心の持ち主ばかりだ。関係性に関しての暗示をかけたとはいえ、彼らも大変な事件に巻き込まれたばかりなのに、客分に過ぎぬこの身を、暖かく受け容れてくれた。だからこそ、彼女も、命を賭して、彼らを救おうと、考えているのだろう。まるで、正義の味方のように。
なれば、私も、彼女に従うことに異存は無い。悪逆を成した我が身が、彼女のような存在の、側に立つ。皮肉ではあれど、それを、彼女が、望むのならば。
それと、彼女は、私を、まるで、生者のように、扱おうとする。霊体化の提案を拒否された時は、流石に、少し驚いた。理由を聞けば、納得はできる。釈然としないものが、無いではないが。それから、滅多に呼ばれることの無い名前を、それも、短縮形で呼ばれたこと。これも、戦略の一環、と言われて。しかし、親愛の情が込められているのは、確かで。
食事を摂らせ、眠るように言い。だが、今の私は、死してサーヴァントとなり、マスターを依代に現界するに過ぎぬ身。食物も睡眠も、渇きを癒す水さえ、必要の無いもの。彼女は、解ってはいるのだろう。だから、理由をつけて、私にそれらを与える。
暖かな心。しかし、それに甘えることは、許されるものでは無いだろう。
レンズを磨く。卓上の電気の明かり、橙がかった光が透かされる。
陣地作成を禁ずる、というのも大胆な指示だ。臆病な程に、現時点で、他マスターに自らの存在を知られることを恐れている。勝利が目的では無いから、他者と争いたくは無いから、何より、自身と家族に危害を加えられないように、と。正直、少し惜しく、悔しい気持ちもある。マスターとその家族に、危害を加えるような罠など、置きはしない。けれど、彼女にとって、きっと、魔術師の工房は、恐ろしいものであったのだろう。ならば、その意思を尊重しよう。神殿を形成せずとも、ここを、外からは分からぬよう、守護する手段は、無い訳が無い。
聖剣使い。この世界では、魔術師殺しと呼ばれるマスターに召喚されたという、輝かしい騎士王。マスターの言葉が正しければ、民間の建造物を爆破するような相手に召喚されている。しかし、ここでも、
マキリ。かなり記憶に近い部類の記録の中に、その名がある。世界の救済を願った人物。現在は、余り状態が良くなさそうだ。
ライダーの固有結界。かの神王とは、異なる、それ。厄介そうだ。ライダー組は余り情報が多くない。
アサシン。分裂能力で、気づかぬうちにここを特定されるようでは困る。探知の方法を工夫しなければ。こちらも情報収集用のホムンクルスを放つべきだろうか?
ランサー陣営。こうして魔貌殺しを作っている理由の一つ。同盟最有力候補。マスターは魔術師。現代の魔術師の様子を見るのも、悪くはないだろう。
英雄王。厄介という段階ですらなく。世界を滅ぼしかねぬ力を持つサーヴァント。流石に、余り相対したくは無い。
魔術師殺し。民間の建物を破壊するに躊躇いが無いなら、マスターが警戒するのも分かるというもの。少し警戒しすぎでは無いかとも思ったが、
聖杯は、この世界でも狂っているらしい。
彼女は私に、根源への道を閉ざしたことで、申し訳なく思っていたようだ。彼女に伝え忘れたが、今はもう、根源を目指す積もりは無い。だから、彼女が心苦しく思う必要は、無い。
フレームを曲げ、顔にぴったり合うような形にする。
そういえば、彼女は、何かに、焦っているようだ。あたかも、知ること全て、
認識の共有を、至上命題にしている。情報を与え、対価として信用を得たい、というのも。それらの解釈は、自然だ。実際、そうなのだろう。だが、それだけではなく、まるで……
そこまで考えて、軽く目を閉じる。視覚情報が遮断され、意識が切り替わる。思いついたことが、
さて、夜も更けた。魔貌殺しは、ランサー用、ランサーのマスターの婚約者用、そして、
霊体化しようか、とも考えた。しかし、今この瞬間も、魔力は安定的に供給されている。彼女自身、幼子の身で、英霊を召喚して、体調の変化がほぼない。もちろん、それ以前の負傷は除いて、だが。それは驚くべきことだ。まるで、マスターになるべくして生まれてきたかのよう。なので、実体化していても、恐らく、彼女の負担は変わらず。霊体化すると、私が
散々悩んだ末、マスターの言う通り、実体化したまま、就寝することにした。これなら、確かに、霊体化程では無いにせよ、魔力消費は低減される。