魔法少女リリカルなのはvivid-Blizzard Princess of Absolute Zero- 作:炎狼
訓練校の短期プログラムが始まってから十日近くが経過した。日々の訓練は過激さを増していったが、クロエの考えは一切変わることはなかった。まぁこの程度で変わるようなら、意思が弱すぎるのだが。
そして現在、クロエは寮の屋上に出て魔法陣を展開し、その中央に胡坐をかいている。彼女の手には淡い光を放つ氷が発生し、徐々にそれは剣の形を成していく。先日の鍛錬の時、魔力運用の効率の良い鍛え方として、物を造形するのが良いと師匠である聖に言われたのだ。
だがこれは氷結の力を持つクロエだから薦められた訓練法だ。氷結は電気や炎熱と違い、明確な形を成すことが出来る。だからこそ、魔力運用次第で細かな造形まで可能となり、結果的に魔力運用を鍛えるのに効率が良いらしい。
クロエが今作っているのは細かな造形が施された剣だ。モデルは少等科に通っていた時に、実家の本棚にあった本に登場した、英雄が持っていた剣をモデルにしている。剣の絵はなかったが、文章の表現で形だけは想像できる。
端から見ると、非常によく造形できているようにも見える。しかし、綺麗に出来ていた剣に小さな亀裂が入った。
「――っ」
そこからはあっという間だった。小さなヒビはやがて大きな歪に変わり、次の瞬間にはバラバラに砕け散る。魔力で生み出された氷なので、その場に留まる事はなく、空気中に蒼い粒子を撒き散らしながら消えてしまった。
氷による造形は想像以上に難しく、少しでも気を抜くとこのように簡単に砕けてしまうのだ。聖が言うに、これの終着点はデバイスを使用せずに造形を完成させ、尚且つその状態を一定時間キープすることだそうだ。もっと欲を言えば剣とも渡り合えればなおよしとも言っていた。
「でも密度を上げすぎると重くなって動きが鈍るし、かと言って密度を少なくすると今みたいに砕けちゃうし……うーん、難しいなぁ魔力運用って」
今の失敗で今日十五回目の失敗だ。魔力はまだ十分残っているが、体力面を考えると次でやめておいた方がいいだろう。聖にも休息を取るようにと言われている。
クロエは一度大きく溜息をつくと、片手を前に出し、掌に魔力を集中させてゆく。身体の回りには魔法陣が展開し、目を瞑っていても蒼い光が感じられる。
「
言葉の後に掌から魔力が溢れ、再び剣の形を成していく。パキパキと音を立てながら最初は小さな氷の塊が徐々に剣を模って行く。
……イメージするのは、振りやすくて、強度があって……あぁもう! そんな細かいことまで考えちゃダメだ。とにかく私が扱いやすい剣を想像すればいいんだ!
一度余計な想像を一切取っ払い、自分が扱う時に上手く扱えるかを想像する。
やがて蒼い氷は一本の剣となり、複雑な意匠が施されていく。恐らくこの
クロエはゆっくりと瞼を上げる。出来上がった剣は聖が持っていたシュトラルスと同じぐらいの長さの剣になっていた。両刃に作られた剣はある程度の重さがあるが、振れない程ではない。細部まで意匠が施され、乱れていないところを見ると、どうやら十六回目にして成功したようだ。
「なんとか、できたかな……」
魔力光を受けてキラキラと光る剣は、一種の芸術品のようだ。しかし、問題なのはこれで何かにぶつけてみて壊れないかどうかだ。外見は上手くできても、中身がなければ自分の魔法と同じだ。
しかし、強度を試すといっても何で試すべきか……。
思いながら周囲を見回すが残念ながらなにもない。自分が作ったものでは失敗して砕けてしまう可能性もあるので、出来れば金属製のものが良い。
「仕方ない……。学校には悪いけど、屋上の床で試させてもらおうかな」
内心で校長のコラード三佐に手を合わせ、クロエは氷の剣を振りかぶって、一呼吸の後に振り下ろした。
振り下ろされた剣と建物の硬い材質がぶつかり合い、キンッ! という甲高い音が響く。剣を見ると、衝撃の影響で切先から刀身の中ほどまでが消失している。少し遅れて背後でカランと言う音がしたのでそちらを見ると、折れた刀身が転がっていて、魔力の粒子となって空気中に霧散していた。
けれど、刀身が折れても持っている方は消え去っていなかったので、魔力をしっかり込めることができたようだ。
「折れちゃったけど……ひとまずは一歩前進かな……?」
首をかしげながら手元にある剣の残骸を空中に放ると、剣は屋上に落ちる前に空中に音もなく霧散した。
「今日はこれくらいにしておいてそろそろ寝ようかな。明日も師匠に呼ばれてるし」
実は鍛錬を始める少し前、聖から連絡を貰ったのだ。フリーレンの改修が終了したらしく、明日軽く鍛錬をした後に改修をしてくれた人の下へ取りに行くとのことだ。
「フリーレン、どれくらい性能が上がったのかなぁ。フフ、楽しみ」
屋上から自室に戻るクロエの表情は緩んでいたが、その顔の緩みはフリーレンが帰ってくることだけではなく、鍛錬が一歩前進したことの嬉しさも混ざっていた。
翌日の昼。
ミッドチルダの南岸道沿いにある八神邸のリビングでクロエはガチゴチに緊張していた。そんな彼女の隣で少しだけ意地悪な笑みを浮かべるのは聖だ。
クロエは聖との鍛錬の後、彼の運転する車でここにやって来た。しかし、まさか管理局の海上指令である八神はやての邸宅とは思っても見なかったので、それを知った現在このようにガチガチに緊張しまくっているのである。
「八神指令が改修してくれたなんて聞いてないですよ師匠……!」
「まぁ言ってないからな。ホラ、あそこではやてが改修するなんて言ったら、お前絶対に「恐れ多いです!」とか言ってフリーレン渡さなかったじゃん? だから言わなかったわけよ」
まぁ一理ある。確かにあの場で聖に言われてしまえば、遠慮しすぎてフリーレンを渡さないことが濃厚だろう。
「でも、せめてここに到着する前に言ってくれても……」
「それはあれだ、ただ単に忘れた。その辺はゴメン」
「……」
片手で謝ってくる自分の師匠に呆れていると、フリーレンを取りに行っていたはやてと、フリーレンの改修を手伝ったというリインフォースⅡとアギト。そしてはやての守護騎士であるヴォルケンリッターのメンバーが現れた。
「お客さんをお待たせしてしもうて、すまへんなぁ。クロちゃん」
「い、いえ! 全然待っていないので大丈夫です八神指令!!」
弾かれるようにソファから立ち上がり、はやてに敬礼すると、彼女は両手でこちらを制してきた。
「そない緊張せんでもええよ。今日はオフやし、それに今回は上司と部下の関係やのうて、お客さんとしてなんやから」
「で、ですが……」
「大丈夫だ、クロエ。はやてはそこまで堅苦しいことは気にしない。俺と似たような性格だからな」
聖も足を組みながらこちらに言って来た。クロエは若干悩みながらも彼の言葉に頷き、ゆっくりとソファに腰を下ろした。それを確認したはやては小さく頷き、「リイン」と告げた。
「それではクロエさんのデバイス、フリーレンの改修が済みましたので、返却するですー」
そう言ったリインフォースの手には、雪の結晶を模したデザインの愛機、フリーレンがあった。するとフリーレンはふわりと浮き上がり、クロエの正面までやって来た。
〈一週間ぶりですね、クロエ様〉
「うん、そうだね。……八神指令、フリーレンを改修してくださりありがとうございました。リインフォースさんと、アギトさんもありがとうございました」
「喜んでもらえたようでなによりや。ほんならリイン、アギト。クロちゃんにどの辺りを改修したのか教えたげて」
「はいです。えっと、今回の改修点はクロエさんの魔力量に耐えられるようにするための容量拡張と、魔力運用を円滑にするための追加プログラムの増強がメインです」
「AIのは方は特に問題なしだったから手をつけなかったけど、かなり年季が入ってたからフレームがあちこちガタが来てた。だから、そっちはアタシ等が一番新しいフレームに変えておいたよ。これで多少乱暴に使っても大丈夫。まぁあとは外で試した方がいいかな」
「そうですね。一応細部の調整もしたいですし。クロエさん、一度庭で展開してもらっていいですか?」
二人に説明されたクロエはそれに頷き、二人と共に外に出て行こうとする。聖もそれに続いてきたが、彼はその途中ではやてに呼び止められた。
「聖くんはちょいと私の部屋に来てくれるか? ちょっと話したいことがあるんや」
「ん、わかった。それじゃあクロエ、あとはリインとかシグナムさん達と一緒にいろ」
「わかりました」
「あぁそうや、二人ともお昼まだやろ? せっかくやしフリーレンの調整が終わったら食べて行かへんか?」
はやての誘いにクロエはブンブンと頭を振ろうとしたが、聖がそれよりも早く答えた。
「それじゃあお言葉に甘えるとするわ。いいな、クロエ」
「あ、はい。では、私もお言葉に甘えさせていただきます」
「うん。ご飯は大勢で食べた方がおいしいからなぁ」
柔和な笑みを浮かべた彼女は、聖と共に彼女の私室へ歩いていった。聖もまた彼女に続いていく。
二人の後姿を見ていると、軽く脇腹を小突かれた。そちらを見ると、赤い髪を二つ縛りにしている少女、ヴィータ二尉がいた。
「さっさと行くぞ訓練生」
「は、はい! ヴィータ二尉!」
彼女に続いて外に出ると、既にアギトとリインフォースがモニタを展開しているところだった。
「こっちは準備万端なので、いつはじめてもオッケーですよー」
リインフォースに言われたので、クロエは小さく頷いてフリーレンを前に掲げ、いつもの言葉を口にした。
「フリーレン、セットアップ」
その言葉に続き、フリーレンが一度発光するとクロエ全体を光が包み込む。装着されているバリアジャケットは基本的に変わっていないようにも見えるが、細部のデザインが修正されていたり、ナックルの色もやや鮮やかになっている。
光がはじけて全体像があらわになったところで気が付いたが、髪形も変更されているようだった。今まではストレートに流していたのだが、今はポニーテールになっている。
「髪型が変わってるのはフリーレンの機能が拡張された影響で、色々出来るようになったからですよー」
「なるほど……」
「どこか変なところとかあるか?」
アギトに問われたので、軽く身体を動かしてみるが特に動きに引っかかりは見られない。そればかりか、前よりも身体が軽いようにも感じる。
「問題はなさそうですね。じゃあ最終確認をするので、お手数ですけどもう一回デバイスモードに戻してもらっても良いです?」
クロエは小さく頷くとバリアジャケットを戻し、デバイスモードのフリーレンをリインフォースに手渡した。
クロエ達が外でフリーレンの最終確認を行っている最中、聖ははやての私室で彼女と向き合っていた。
「そんで? 話ってなんだよはやて」
「……聖くんさ、クロちゃん家の事知っとる?」
「まぁそれなりには。コキルトスグループの長女っていう超絶お嬢様だ」
「うん。それはそうなんやけど、問題なのはあの子の先祖のことなんよ。クロちゃんの使う術式は私らと同じ古代ベルカ式。せやから、古代から受け継がれてきた系譜の家系なんやろうとは思ってたんよ」
「話が見えてこねぇけど、ようは何が言いたいんだ?」
聖は少しまどろっこしくなったのか、首をかしげながら彼女に問う。はやても「見せた方が早いかな」とモニタを操作して、画面をこちらに見せてきた。
そこには古代ベルカ語の文字が羅列してあった。けれど、ただ文字があるのではない。区切りがあるので文章であることは間違いなさそうだ。
「これは?」
「フリーレンを改修する時に、あの子のデータ領域まで確認したんよ。そん時にこの記録があったのを見つけたんよ。もちろんフリーレンに許可は取ってあるよ? まぁクロちゃんに言わんように口止めされとるけど」
「俺はいいのかよ」
「聖くんはクロちゃんの師匠だから、理解しておいてもらって損はないはずですーっていうてたよ。まぁそれは置いといてや。その記録に赤線を引いたところがあるよね。そこ読める?」
聖は彼女に従い、モニタを確認して赤線が引いてある文章を見つけた。聖は一応は聖王のクローンだ。だから、生まれたときから古代ベルカ語が読めるので、これくらいは朝飯前だ。
「えっと……『今日もこの地「シュネイ」は一面雪と氷に覆われています。氷点下を上回った日はもう三週間も前で、いつ暖かくなるのやら。けれど、こんな時でも我が主であるセラ様は元気に外を駆け回っておられます。そういえば、数日の後に聖王連合のオリヴィエ聖王女殿下と、シュトゥラのクラウス殿下がお見えになられるそうです。お久しぶりの再会であるため、セラ様もさぞお喜びになられることでしょう』……おい、これってまさか……」
「今聖くんが想像したとおりや。クロちゃんの先祖はベルカの王達と親交があったんよ。もちろんこの前見つかった冥王様ともな」
「ってことはクロエは王族の末裔ってことか。でもなんで歴史にコキルトスって名前が出てこなかったんだ?」
「古代ベルカ時代のことはいまだに謎が多いからなぁ。私らの知らんことはきっとまだまだあると思うんよ。せやから、コキルトスって名前が歴史書に残っていないのもしょうがないんやないかな」
はやても確証は持てていないのか、うーんと悩んだ表情を浮かべ、身体ごと首をかしげた。
「でも、そうなるとフリーレンは途方もない時間を過ごしてるのか……」
「そうとも言えるけど、フリーレンの記録を見ると、休眠期間があったぽいのよな。それにプラスして風化抑制の魔法もかけられとったし」
「なるほど。だからあそこまで完全な形で残ってたのか」
聖は頷きながら何度かモニタをフリックする。すると、あるところで気になる単語が見えた。そこを見るとこう記録されていた。『氷零の皇女』と。フリーレンの記録を読んでいれば分かることだが、これは先ほどの文章でも出てきた「セラ様」と呼ばれていたフリーレンの主のことだろう。
「これはクロエには言わないほうがいいか。これはあいつの先祖の話だ」
「そうやね。これであの子の桁外れの魔力量と氷結の力が納得いったなぁ」
「ああ。でも少しばかり気がかりになってきたから、少しだけコキルトスについて調べてみるわ。ユーノ辺りなら知ってるだろ」
「探りすぎはダメやでー。あ、そろそろお昼の準備せんと。クロちゃんなんかも終わったやろうし」
確かに彼女の言う通り、外で感じていたクロエの魔力が収まったので調整が終わったのだろう。
二人は話を終えてリビングに戻ると、はやてとシャマルは昼食の準備を始め、聖とクロエは軽めのスパーリングを始めた。
クロエとの鍛錬を終えた聖が自宅へ戻る途中、家路についているヴィヴィオの姿が見えた。今日は図書館で友達と勉強会と言っていたので、その帰りだろう。
「ヴィヴィオー」
助手席の窓を開けて声をかけると、ヴィヴィオはこちらを見て笑みを浮かべた。
「家まで少しだけど乗ってくか?」
「うん!」
彼女は大きく頷くと助手席を開けて車に乗り込んだ。聖は彼女にシートベルトをさせた後、後続車の確認をしてから改めて車を発進させる。
「勉強会はどうだった?」
「楽しかったよー。勉強以外にもベルカの本とかも読んでたし」
「さすが、無限書庫の司書資格を取得してるだけあって、本が好きだねぇお前は」
「アハハ。パパはクロエさんの鍛錬してたんだよね。フェイトママが言ってたよ」
「ああ。そういえばヴィヴィオは来年のインターミドルには参加する予定だったよな」
「うん。前々からノーヴェに相談してたからね。ノーヴェが施設を出たら本格的に鍛えてもらうよ! コロナも一緒にね」
グッと両手を握って言う彼女に聖は笑みを浮かべる。因みにコロナと言うのは、ヴィヴィオの一年生の頃からの親友だ。家に遊びに来たことも何度かあり、とても礼儀正しくて優しい印象だった。しかし、彼女もストライクアーツを始めるとは。
「だったらクロエはヴィヴィオ達のライバルだな」
「あ、そっか。でも、私だって負けないよー。ノーヴェにしっかり鍛えてもらうもん!」
「ハハ、その意気だ。さすが俺の娘! っと、そうだ、物知りなヴィヴィオ女史、ちょっとだけ聞いていいかね?」
「なんだね、聖執務官」
ちょっと芝居がかったやり取りをしながら、聖はヴィヴィオにとあることを聞いた。
「ヴィヴィオは古代ベルカのこととか無限書庫で調べてた時があったろ? そのときにさ、この三つの単語が出てこなかったか?『シュネイ』、『セラ』、『氷零の皇女』」
「うーん……後ろ二つは聞いたことがないなぁ。あ、でも、『シュネイ』だったら本で出てきたよ。確か古代ベルカのすっごい北にある小さな国の名前だったかな。説によっては様々だけど、聖王家とか覇王家とも親交があったっぽいよ」
「ふぅん……」
「でもパパ、急にどうしたの?」
「いや、ちょっと気になることがあってな。ありがとなヴィヴィオ。あとでアイス買ってやる」
「わーい、やったー!」
助手席ではしゃぐ愛娘を見やりながら、聖はフリーレンの記録のことをいま一度思い出した。けれど、一度それを押しとどめて、夕食時に言おうと思っていることを考え始めた。
そして時間は経って夕飯時、高町家の食卓には家族四人が座って、夕食をとっていた。
しばらく他愛のなく談笑していた四人だが、やがて聖が箸を置いた。
「三人にちょっと相談があるんだけど、いいか?」
聖の落ち着き払った声に三人は食べる手を休めて彼を見やった。
「三人とも俺の弟子のことは知ってるよな。クロエのことだ」
「うん。それは前に話してくれたからね。でも、クロエちゃんがどうかしたの?」
「実はな。クロエは短期プログラムが終わった後に帰る家がないんだ。いや、これだと意味が違ってくるか。正確には家はあるけど帰れないってのが妥当だな」
「それってクロエのお母さんとの確執が原因?」
フェイトが神妙な面持ちで言ってきたのでそれに頷くと、彼女は少しだけ悲しげな表情をする。
「でな、三人がよければでいいんだけど、クロエをウチに置いてやっても良いか? もちろん、ヴィヴィオからすればライバルが同じ家にいるって言う複雑な環境になるけど……どうだろう?」
問いかけに対し、三人は互いに視線を交わすと、代表としてなのはが笑顔を浮かべながら答えてくれた。
「いいよ、聖くん。困ってる人を助けるのは当たり前だしね。それに、ヴィヴィオとも仲良くなってくれたら嬉しいし」
なのはに続いてフェイトとヴィヴィオも頷いて了承の意を表した。どうやら最初から悩む必要性はなかったようだ。
三人の様子を確認した聖は三人に軽く頭を下げる。
「ありがとな、三人とも。それじゃあ早速クロエに連絡しておくな」
「うん。部屋は客間を使ってもらえば良いよね?」
「そうだね。一応ベッドとかも揃ってるし、あとは好きに使ってもらっても大丈夫かな」
なのはとフェイトはそれぞれで納得し、聖はモニタを呼び出してクロエにメールを送っておいた。
『色々突っ込みたいところは山ほどあるんですけど、言わせてください師匠! いろいろ急すぎませんか!?』
夕食後、私室で仕事を片付けていると、かなり焦った表情のクロエから通信が入った。まぁその理由は一緒に住むことになったことだろう。
「いやいやだってお前言ってたじゃん。母親との一件で家に帰りづらいって。だったら、師匠たる俺の家に泊めるしかないでしょうよ」
『いや、でも、その……だって、師匠のご自宅には高町一等空尉とテスタロッサ執務官もいらっしゃいますし……なにから何まで頼りすぎな気が……』
クロエは本気で俯き、人差し指を交差させていじいじとし始めた。しかし、聖はそんな彼女に向かって言い放つ。
「この馬鹿弟子が。お前はまだガキなんだから存分に大人を頼って良いんだよ。それに、前も言ったろ。弟子を助けてやるのが師匠の役目なんだよ。だから俺に頼れ、つかもう決まってるから。今更変えねぇから」
『師匠、それって一種の横暴……いえ、なんでもないです。そ、それじゃあ本当に何から何までお世話になってしまいますが、卒業後もよろしくお願いします』
「おう。今日も早く寝ろよ。あと鍛錬は今までどおりのをやってくれ。そんじゃ、一週間後にな」
『おやすみなさい』
クロエのほうから通信を切られ、聖はモニタを一旦落とす。すると、話を聞いていたシュトラルスが声を発した。
〈ご自宅が賑やかになりそうですねぇ〉
「ああ。つーかウチの男女比がヤヴァイと今更ながら思った……」
〈世の男性達が聞いたらさぞ恨まれるでしょうね。美人妻が二人、さらに美少女の娘、さらにさらにこれまた美少女な弟子……どこのラノベ主人公ですか。地獄に落ちて下さいマスター〉
「さらっと危ない発言をすんなっての。けどまぁ本当にヴァイス辺りには恨まれそうな予感がするな……」
内心で苦笑いを浮かべていると、部屋のドアが控えめにノックされた。それに返事をすると、現れたのは夕食時と同じように神妙な表情をしたフェイトだった。彼女はそのまま部屋に入ると、部屋にあった椅子に腰を下ろした。
「どした?」
小首をかしげながら問うと、彼女は少しだけ言いよどんだようだったが、小さな声で話し始めた。
「……ねぇ、聖。クロエが家に帰れないのってお母さんとの確執が原因なんだよね?」
「あぁ、そうらしいな。でもそれがどうし――」
そこまで言ったところで聖はフェイトの出生を思い出した。彼女は聖と同じくとある人物のクローンなのだ。その人物の名は『アリシア・テスタロッサ』。血のつながりだけで言うなら、フェイトの姉とも言っていいだろう。
しかし、アリシアはかつて起きた魔導実験の事故で亡くなっており、しかも五歳と言う速過ぎる死だ。それが受け止め切れなかった彼女の母親、『プレシア・テスタロッサ』はアリシアの細胞からフェイトを生み出した。けれど、彼女が自身の身体と引き換えに作り上げた、アリシアと同じ容姿のフェイトが、自分の本当の娘ではないと知ったとき、彼女は正気を失ってしまったという。
以来、彼女は本当にアリシアを生き返らせるために、死者復活という遺失技術が眠る異世界、アルハザードならば、アリシアを生き返らせることが出来ると思い込むようになってしまう。
彼女はアリシアとして生み出した少女をフェイトと名づけ、身体を壊した自分に代わって「ジュエルシード」と集めさせた。だが、結果としてその目論見はなのはと管理局の介入によって失敗。最後にフェイトが彼女を助けようと手を差し伸べたらしいが、彼女はそれを拒絶し、次元空間にある虚数空間にアリシアと共に落ちていった。
事件報告書によれば、彼女は未確認であるが死亡扱いになっている。これが後にジュエルシード事件、PS事件と呼ばれる事の顛末だ。
そして今、目の前にいるフェイトは母親との確執を持つクロエのことを心配しているのだろう。
「――わるい。ちょっと不謹慎だったな」
「ううん、気にしないでいいよ。でも、心配なんだよクロエのこと。このままずっとお母さんとすれ違っていたら、クロエはきっと後悔する……。私はもう、私と同じような思いをする子を見たくないよ」
フェイトの声は少しだけ震えていた。それだけ真剣にクロエのことを考えているのだろう。
そんな彼女の姿を見た聖は、フェイトの頭に軽く手を当てる。
「心配すんなフェイト。そんなことにはならないさ。確証はないけど、クロエだって母親のことが分からないわけじゃない。自分に会社を継がせようとするのは、安定した生活をさせるためっていう正当な理由があるってわかってるんだ。でもさ、時にはこういう風に無理やり反論しないとダメなんだよ。クロエはそれを今やってるんだ。今まで一度も反抗したことがなかっただろうからな」
「それじゃあ聖は放っておくの?」
「師匠だからただただ放っておくようなことはしないけど、直接的には手を加えない。親子の問題は親子で解決しなければいけないからな。他人が介入しちゃいけないときもあるんだよ。だからフェイト、そんなに心配すんな。きっとクロエは仲直りするさ」
ニッと笑みを浮かべながら言うと、フェイトは心配そうな表情を浮かべたが、やがて静かに頷き「そうだね」と答えた。
まぁ言ってしまえば聖もそれなりに心配はしている。でも、他人が介入してはいけないのだ。個人で解決しなければならないことは絶対にある。クロエの場合はそれが今なのだ。自分の考えを真っ直ぐに母に伝えて、自分が進みたい道を自分で示す。だからこそ彼女は今聖の下で一生懸命に鍛錬にいそしんでいる。
翌日の夕刻、聖は海上隔離施設に顔を出していた。手には人気アイスクリーム店の箱がある。今現在、彼はこの隔離施設に収容されているナンバーズ更正組を待っている。なにやら全員入浴中だったらしく、係員には「少々お待ちください」と言われた。
「早く出てこないとアイス溶けちまうぞ……」
ドライアイスが入っていてなおかつ冷房が効いた施設内では早々早く溶けないだろうが、さすがに限度はある。さてはてどうしたものか、と悩んでいると、通路の方から何人かの女の子の声が聞こえてきた。
ようやく来たかと、ソファから腰を上げて通路を見た瞬間、何かが飛び掛ってきた。
「うわっほーい、ひじりーん!」
「ウェンディ、うわっぷ!?」
聖は飛び掛ってきた赤毛の少女、ウェンディの突然のハグになすすべなく聖は彼女の身体全体で頭に抱きつかれた。彼女はそのまま器用に移動すると、聖の上に肩車の形で落ち着いた。
「おまえなぁ……何度も言ってるだろうが。急に抱きついてくんなっての」
「えー、良いじゃないっスかー。ひじりんは毎回お菓子買ってきてくれるから大好きっスー!」
「そりゃどうも、つかひじりんはやめろ。お前、ナカジマ三佐も同じように呼んでるだろ」
「そうっスね。パパリンって呼んでるっスー。というかそんなことよりも、今日のお土産はなんスか!?」
「アイスだよ。好きに分けて食え」
アイスを買ってきたことを告げると、ウェンディは「やっほい!」などと喜びを現して、聖の肩から降りると、ソファに置いてあったアイスの箱に手をつけた。
彼女の自由気ままな様子にやれやれを頭を押さえていると、先ほど彼女がやって来た方から三人の少女がやって来た。一人は銀髪で眼帯をつけた一番背が低い少女、チンク。こう見えて彼女は更正組の中では一番年上である。その次に続いてきたのは栗色の髪の少女、ディエチ。そして最後にやってきたのはウェンディよりも真っ赤な髪をして、どこかスバルに似た雰囲気のノーヴェだ。
「待たせてすまんな、聖。それと、妹がたびたび迷惑をかけた」
「別に気にしちゃいねぇさ。まぁくっ付きすぎな感じはあるけどな」
「ウェンディは元からあんな感じですからね。あ、まだ挨拶してなかった。こんばんは、聖さん」
「おう、元気そうで何よりだディエチ。火災の時はカノンで消化したらしいじゃねーの。色々使い道があるな、アレ」
「そうですね。まさか砲撃で消化することになるとは思ってなかったですけど」
ディエチはなんとも言えない表情を浮かべながらチンクに続いてソファに座りながら、箱の中をアイスをまさぐっているウェンディの元へ。そして最後にやって来たノーヴェと聖は軽いハイタッチを交わす。
「よう。ノーヴェ。火災の時は人命救助ご苦労さん」
「アレぐらいどうってことないですよ。つか、今日は何しに来たんですか、聖さん」
「ん? 事件解決したお前らを労うためにアイス買ってきたのと、お前と軽くスパーリングするため。ヴィヴィオの師匠になってくれるんだろ?」
「い、いや別に師匠ってわけじゃ……。ただ、大会で戦えるぐらいには鍛えてやろうかなーって思ってるだけで」
ノーヴェは顔を真っ赤にして否定したが、世間ではそういう関係を師匠と弟子の関係という。
「まぁその辺はなんでもいいや。それよりもほれ、アイス食えよ。若干溶けてるかもしれないけど、存外ちょうど良いかもしれないし」
「そ、それじゃあイタダキマス……」
……なぜに片言。
若干彼女の動揺加減を気にしつつ、聖は彼女達と共にアイスをつついた。その中でこの前の事件のことを聞いたり、スバルが冥王と友達になった話を聞いたり、ティアナがSLBをぶっ放したことを聞いたりした。
「あのティアナがSLBをねぇ……。新人時代からかなり成長したなぁ」
「お、ティアナの恥ずかしい過去っスか。聞きたいっスー!」
「恥ずかしい過去っていうか、ただただ黒歴史というか……まぁ本人いないけど言っちゃっていいか。何時かはバレるだろうし」
聖は若干ティアナに申し訳ない気持ちを持ちつつも、ティアナとスバルが新人時代に起してしまったミスを話してみた。主になのはにこっぴどく叱られたことだ。
話し終えると、ウェンディとディエチは互いに手を合わせ、目を潤ませてガタガタと震え、ノーヴェは顔に大量の汗をかき、チンクは何事もなさげにしていたが僅かながら肩が震えていた。
「お前らもなのはを怒らせたらダメだぞー。いつ桃色の砲撃に貫かれるか分からないからな」
「……!!」
四人は声もなくただただ首を縦にブンブンと振った。聖からしてもSLBを身体で受け止めきるのはやりたくないことの一つだ。
その後、アイスをたいらげてしまった後、聖とノーヴェは軽くスパーリングを始めた。
ノーヴェの拳は的確でいてかなり早く、一撃一撃がかなり重いものだった。
「おぉ、さすが本業がフロントアタッカーなだけあるなぁ。拳が重い重い」
「そんな風に的確に防ぎながら言われても説得力ないですよっと!!」
今度は身体を浮き上がらせての強靭な蹴りが来た。そういえば彼女はスバルよりも蹴りが強かった覚えがある。しかも足は手よりもリーチがあるため、体重をフルに乗せた攻撃をすることが出来るため、拳での攻撃の数倍の力があるといわれている。
「かー……今のは効いたぁ……! 手ェビリビリしたわ」
「大丈夫ですか?」
「なぁに、こんぐらい平気さ。さて、もうちょっと打ち合うか。今度はオレも攻めてくぜ!」
「大人気ないなぁ……」
「童心に返ったと言ってもらおう!!」
聖は楽しげな笑みを浮かべながらその後もノーヴェとスパーリングをした。
色々と長いことやっていたら、時間は午後六時を回ってしまっていた。あと三十分で高町家は夕食の時間である。
「ヤベー、流石にテンションあがりすぎたわー」
「というか聖さんも大概なバトルジャンキーですよねぇ」
「そうかもしれないけど、なのはとかよりはマシだって。アイツ何かあったらすぐに模擬戦だもん」
ノーヴェに説明すると、彼女も苦笑いを浮かべた。こういうときに浮かべる笑顔は本当にスバルによく似ている。
「つーわけで俺は帰るな。あと数日間ここだろうけど、もう少しすればナカジマ家入りなんだから、いい子にしてろよ?」
「わかってるっスよー。あ、ひじりん。パパリンのとこ行ったらまたお土産頼むっス!」
「考えとくよ。……っと、そうだそうだ、言い忘れるところだった」
聖は軽く手を叩くと、ノーヴェの前まで言って彼女に告げた。
「ヴィヴィオを頼んだぜ、ノーヴェ先生。あの子は格闘戦には向いてないかもしれないけど、やる気だけは人一倍だからな。鍛えてやってくれ」
「分かってます。ヴィヴィオのことはあたしに任せてください。がんばって鍛えて見せます」
「おう。それを聞けて安心したぜ。それじゃあなお前ら」
ノーヴェの返答に満足し、聖は車に乗り込むと窓から手を振りながら隔離施設をから出て行った。
「さてさて、俺も師匠としてノーヴェに負けないようにしなくちゃな」
笑みを浮かべた聖の表情はとても嬉しそうで、これから起こることを楽しみにしているようだった。
はい、もうのりにのってます!
今回はのっけから某へっぽこ魔術師のようなことをしていたクロエさん。もしくは某妖精の尻尾の某氷の魔導師っぽいことをしていましたね。
でもこういう造形って結構大変だと思うんです。だからこういうことをすれば魔力運用が上手くいくんじゃないかと私の妄想……。
そして途中で出てきたクロエの先祖の話。セラ様の本名はなんなのか……しかも聖王と覇王と親交があるって、とんでもねぇ設定だ!!(だが私は満足している)
それにジークの先祖だってジークが出てこなかったら分からなかったわけですしおすし……。最後の方はちょっとシリアス? そしてノーヴェなんかも出てきていよいよって感じですね。
次回はクロエの卒業をやって、修行して、白雲流烈拳術を教えていく感じにします。それが終わったら、いよいよvivid本編に移ります。かなり時間は飛びますが、流石にこの空気をだらだら続けても飽きますしねw
では、感想などありましたらよろしくお願いします。