魔法少女リリカルなのはvivid-Blizzard Princess of Absolute Zero-   作:炎狼

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Kristall;8

 区民センターの中にあるスポーツコートには、クロエ達以外の人の姿は見えなかった。それもそのはずだ。アインハルトとヴィヴィオが集中できるようにノーヴェが予約しておいたのだから。

 

 視線の先ではラフな格好のアインハルトとヴィヴィオが軽い準備運動を行っており、彼女らの中心にノーヴェがレフェリー役として入っている。

 

「はてさて、覇王娘のお手並み拝見だな」

 

 隣にやって来た聖が言うので、クロエは思い切って彼に問う。

 

「師匠。さっきアインハルトによく鍛えてあるって言ってましたけど、ヴィヴィオは勝てます?」

 

「無理」

 

 答えはあまりにも早かった。

 

 再び疑問をあらわそうとすると、聖は「ただ」と続ける。

 

「今回はスパーリングだし、勝ち負けじゃないからな。ヴィヴィオとアインハルトがそれぞれバリアジャケット装備して、射砲撃、拘束ありきの試合形式ならわからん。ただ、これからやる格闘オンリーなら、ほぼ間違いなくアインハルトの勝利だな。体格差もあるし」

 

「なるほど。でも心配とかじゃないんですか? 愛娘でしょ?」

 

「心配は心配だが、ストライクアーツを始めるって言ったのはヴィヴィオだからな。怪我するぐらいは覚悟してる。それに変な風に首つっこんじまうのは野暮ってもんだろ」

 

 彼は小さく息をついて視線の先で相対する二人の少女を見やった。

 

 ヴィヴィオはアインハルトが『覇王イングヴァルト』の純血統ということを、知らされていない。アインハルトもそれを隠した状態で、自己紹介の時には『ベルカ古流武術』と名前の前に名乗っていた。

 

 恐らくこれは、ノーヴェがヴィヴィオを変な風に緊張させないように気遣ってのことなのだろう。

 

 ……二人とも、心地よくスパーが出来ればいいけど。

 

 内心で心配しつつ、視線を戻すとノーヴェがスパーリングのルールを説明しているところだった。

 

「んじゃ、二人とも準備できたみたいだから始めるぞ。4分1ラウンド、射砲撃、拘束ナシの格闘オンリーのスパーリングだ」

 

 説明に二人は静かに頷き、ノーヴェもそれを確認して、

 

「レディ・ゴー!」

 

 開始を告げた。

 

 両者は最初お互いの出方をうかがっていたが、最初に動いたのはヴィヴィオであった。

 

 数回のステップの後に瞬時にアインハルトの懐に移動した彼女は、勢いをそのままに拳を捻り上げる。

 

 快音が響いたが、拳は防がれていた。だが、ヴィヴィオの移動速度には驚いたのか、アインハルトが一瞬驚きを露にしたのをクロエは見逃さなかった。

 

 が、クロエは頭が僅かに痛んだのを感じた。思わず頭を押さえると、近くにいたリオとコロナが心配そうに覗き込んできた。

 

「クロエさん?」

 

「大丈夫ですか? 今頭を押さえていたような……」

 

「ん、うん。大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだから、それよりもホラ見て。ヴィヴィオすごい攻めてるよ」

 

 微笑を浮かべてお茶を濁すと、リオとコロナは二人の試合に視線を戻した。

 

 だが、彼女達がぶつかり合う度にクロエは頭部の痛みと、脳に走るノイズを感じていた。

 

 ……あれ、でもこの感じ、前にも一回あったような……。

 

 確かにこの感じは前にも味わったことはある。確かあれは高町家に居候したその日であっただろうか。眠れなかったから始めた魔力運用の鍛錬中、脳裏に雪景色のようなノイズが走ったのを覚えている。

 

 けれど、次の瞬間、ノイズと頭痛は晴れた。

 

 なぜなら目の前でアインハルトがヴィヴィオを弾き飛ばしたからだ。

 

 アインハルトはヴィヴィオのパンチを見切って避けきると、胸目掛けて掌底を放ったのだ。力を込められた掌打によって、ヴィヴィオは空中に飛ばされ、フロアに落ちる寸前でオットーとディードがキャッチした。

 

 二人が打ち合いをやめたところで、完全に頭痛はおさまり、ノイズも走らなくなった。アレはなんだったのだろう? と考えていると、アインハルトがヴィヴィオに対して背を向けて言い放った。

 

「お手合わせ、ありがとうございました」

 

 声には拒絶は含まれていなかったが、どこか悲しげであった。

 

「あの……あの! すみません、わたしなにか失礼を……?」

 

「いいえ」

 

 ヴィヴィオの問いにもアインハルトは振り向かずに答える。

 

「じゃ、じゃあ、あの……わたし、弱すぎました?」

 

 声には不安が混じっている。それもそうだ、ヴィヴィオ自身はふざけてなどいなかったのだから、あのような行動をとられたことが自分の弱さから来るものなのだろうかという不安も抱くだろう。

 

 だが、アインハルトからはヴィヴィオの心をえぐるような言葉が発せられた。

 

「いえ、趣味と遊びの範囲内でしたら充分すぎるほどに……。申し訳ありません、私の身勝手です」

 

 それだけ言い残してアインハルトは出口に足を進めたが、ヴィヴィオの声が彼女を止めた。

 

「あのっ! すみません、今のスパーリングが不真面目に感じたなら謝ります! 今度はもっと真剣にやります。だからもう一度やらせてもらえませんか?」

 

 懇願するようにヴィヴィオはアインハルトに頼み込む。

 

「今日じゃなくてもいいです! 明日でも……来週でも!」

 

 さすがにアインハルトも反応しないわけにはいかなくなったようで、クロエはアインハルトがノーヴェに視線を送ったのが見えた。

 

 助け舟を求められたノーヴェは少し考えた後、二人に聞こえるように告げた。

 

「あーそんじゃまぁ、来週またやっか? 今度はスパーじゃなくてちゃんとした試合形式でさ」

 

「ああ、そりゃいいッスねぇ」

 

「二人の試合、楽しみだね」

 

 提案に対し、ウェンディとディエチが乗っかり、リオとコロナもそれに反応した。

 

 それを見ていた聖もまた二人に告げる。

 

「確かに、スパーじゃお互い伝わらねぇこともあるしな。実際に本気でやった方が、お互いもっと分かり合えると思うぜ?」

 

 皆の言葉にアインハルトは一度頷くと、

 

「わかりました。時間と場所はお任せします」

 

「ありがとうございます! アインハルトさん!」

 

 ヴィヴィオは頭を深く下げてお礼を言った。

 

 そのまま今日のスパーリングは終了した。予定よりやや早かったが、仕方のないことだろう。

 

 

 

 区民センターを出ると、あたりは空は夜の闇が覆っていた。星も幾つか見えている。ただ、クラナガンは夜でも街の明りがついているので、暗いという感じはしない。

 

「さてと、んじゃ、帰りますかね。小学生組みは俺が車で送っていくから、アインハルトはそっちで頼む。教会組みとナカジマ家は真っ直ぐ家に帰れよ」

 

 聖の指示に皆が頷くと、ノーヴェは踵を返したアインハルトの背後でヴィヴィオに謝る素振りを見せた。ヴィヴィオもそれに微笑で答えたものの、やはりと言うべきか、笑顔にはどこか悲しさが見え隠れしていた。

 

「では僕達もそろそろ帰ろうか。聖様、僕達はこれで」

 

「おう。気をつけてな」

 

 オットーが聖に軽く会釈をして、ディードと共にヴィヴィオに「では陛下、また」と挨拶をすると、彼女らはナカジマ家組と共に帰っていった。

 

「じゃあ駐車場から車とって来るから、皆ここで待っててな。クロエ、ちゃんと見とけよ」

 

「了解です」

 

 彼の指示に答えると、聖は駆け足気味に駐車場に向かった。

 

 残されたクロエ達はなんともいえない空気に包まれていた。

 

「アインハルトさん、どうしたんだろうね」

 

 ポツリと呟いたのはコロナだった。リオが彼女に続く。

 

「最初の方は、お互い良い感じに見えたけどね。ねぇ、ヴィヴィオ本当に何もなかったの?」

 

「うーん、私も真面目にやってたんだけど……やっぱり、アインハルトさんからすると、趣味や遊びに見られちゃったのかな……」

 

「たぶん、そうじゃないと思うよ。ヴィヴィオ」

 

 自然とクロエは言葉が出ていた。

 

 確かに、あの言葉だけを切り取れば、アインハルトがヴィヴィオのストライクアーツが趣味や遊びだと思っていると感じるのも無理はない。だが、頭痛とノイズの中で見たアインハルトの表情がどこか悲しげであったのをクロエはよく覚えている。

 

「えっとね、うまく説明は出来ないんだけど。アインハルトは決してヴィヴィオのことを下に見たとか、弱いとかは思ってないよ。ただ、ヴィヴィオ真っ直ぐ過ぎて、少し眩しかったんじゃないかな」

 

「眩しかった?」

 

「うん。色々事情があって言えないんだけど、アインハルトも抱えちゃってるものがあるからね。きっとヴィヴィオが真っ直ぐで、自分と戦うべき存在じゃないって感じちゃったんだと思うよ。だから、あの言葉も決してヴィヴィオのことが弱くて失望したとか、真剣にやってないとか、そんなことは思ってないよ。

 だからって言うのもアレだけど、アインハルトのこと悪く思わないであげてね。三人とも」

 

 彼女が覇王イングヴァルトの純血統であることを避けながら説明したせいで、妙な物言いになってしまったが、少なくともアインハルトに対しての認識は改められたのではないだろうか。

 

「それにヴィヴィオ、もし迷ってるなら来週、練習試合をするときに精一杯伝えればいいんだよ。高町ヴィヴィオの本気の気持ちってヤツをさ。なのはさんが聞いてもきっと本気で伝えれば届くよって言ってくれるよ」

 

 軽くヴィヴィオの胸を小突くと、彼女も踏ん切りが付いたのか、先ほどまで落ち込ませていた表情を明るいものへと変えた。

 

「クロエさん、わたし、がんばりますね!」

 

「うん。その意気だよ。ヴィヴィオ」

 

 クシャッと頭を撫でると、控えめなクラクションが聞こえた。

 

 見ると、車を持ってきた聖が運転席から手招きをしているところだった。

 

 四人は車に駆け寄り、後部座席にはヴィヴィオ、リオ、コロナの三人。助手席にはクロエが座り、クロエの自転車はトランクに積み込んだ。

 

 

 

 

 

 夕食を済ませ、食休みをした後、クロエは鍛錬に励んでいた。今日はヴィヴィオとアインハルトのスパーを見たこともあって、魔法ナシの格闘戦だ。

 

 聖の元で修業を始めてから丸一年。クロエは自分が肉体的にも精神的にも成長できたと実感できていた。

 

 今も聖の攻撃を見切り、打撃を繰り出すタイミング、的確な防御をしていく。一年前であればこんなことは出来なかったし、何より格闘戦が出来なかっただろう。

 

「フッ!!」

 

 短めな気合に乗せて正拳突きを繰り出す。それに答えるように聖も右のストレートを叩き込んできた。

 

 お互いの拳がぶつかり合い、快音が響く。

 

 それを皮切りに互いに防御を無視した拳のラッシュが始まる。一撃一撃が重撃。一発でもまともに喰らえばスパーを続けることはできなくなるだろう。だが、それだからこそ気分が高揚してくる。

 

 向かってくる拳をいなし、拳と拳を衝突させる。

 

 やがて拳のラッシュは止んだが、今度は互いに距離を開け、再び距離を詰める。

 

 両者勢いをそのままに今度は足から練り上げた力を、蹴りに込めて撃ち放つ。それぞれが出した蹴りはどちらも右足。結果、二人の足は空中で交差する形となり、再びの快音。

 

 二人はそのまま睨みあっていたが、瞬時に足を下げる。

 

 だが、一瞬聖の方が速かった。その一瞬が仇となり、クロエは聖の懐への接近を許してしまった。

 

「しまっ!?」

 

 言葉を発する前に身体が動く。

 

 見えたのは左拳。攻撃の軌道から行って顎先を狙ったアッパーだろう。だからクロエはそれを防御するために顎先までを腕で覆い隠す。

 

 これで痛烈なヒットがきてもダメージは軽減できるはずだ。

 

 が、来ると思った衝撃は来ない。瞬間、右側から空気を切り裂く鋭い音が聞こえた。

 

 そして襲ってきたのは身体全体を揺らす強撃。揺れる視界で確認すると、やはりと言うべきか見えたのは聖の左足だ。

 

 ……失敗した。

 

 思ったが、まだ時間は残っているあと十五秒。反撃には間に合う。

 

 空中で身体を反転させ、地面に足をつけ手を置くことでスピードを押し殺し、完全に止まる前に再び駆ける。

 

 残り十秒。

 

 頭の中でタイマーがカウントする。聖にたどり着くまで三秒もかからない。

 

 考えるのは聖に叩き込む拳唯一つ。

 

 ギチリと拳を握る。

 

 余計なものは視界から外し、聖の動きに集中する。一挙手一投足。すべての動きに目を凝らし、限界まで近づく。

 

 残り八秒。

 

 いよいよ聖の姿が手を伸ばせば届く距離まで近づいた。その時、聖が動いた。

 

 右足を僅かに引いた。

 

 瞬間、思考回路を光が駆け抜ける。予測されるのは右足による蹴りか膝蹴り。が、その思考は一旦破棄。次の思考に入る。

 

 同時に視界の中の聖は別の行動をとった。右拳を強く握ったのだ。再び思考が加速。攻撃の予測を立てる。

 

 考えられるのは拳による拳打か、足による蹴り。右足を引いたということは、軸足は左足。ここから左足の蹴りに変えるのは至難だ。だからこそ考えられるのは二択。

 

 だが再びそこで思考回路がスパーク。第三の選択肢を導き出す。

 

 三つ目の攻撃法、それは左足を軸にして左からの攻撃を可能とする攻撃。

 

 左足を軸として撃ち放つ回し蹴り。

 

 思考が至った瞬間、聖の身体が回転し、左側から右足による蹴りが襲ってくる。

 

 刹那、クロエは自身の思考が導き出した答えに従い、踏み込んだ右足を軸に身体を回転、聖の背後に回り込む。

 

 聖もこの行動には面食らったのか、驚きの表情をこちらに向けていた。

 

 残り四秒。

 

 脳内でカウンターが刻一刻と時を刻む。ここで聖に攻撃を与えるという信念を持って一歩踏み出して、硬く握った右拳と右腕に力を込める

 

 残り一秒。

 

 そのまま速度を押し殺さず、クロエは拳を放った。

 

「はぁぁぁぁッ!!」

 

 気合い一撃。

 

 クロエの放った拳は的確に聖の脇腹を捉えた。

 

「くぉっ!?」

 

 体重の入った拳によって聖は大きく後退させられる。浮きこそしなかったものの、数メートルも後ろに下がっている。

 

 同時にスパーリングの終了を知らせるアラームが鳴り響いた。

 

 確かに聖には打撃を与えることが出来た。だが、クロエは苦笑を浮かべていた。

 

「あー、あと少しだったのに! 師匠、今私のパンチをギリギリで防ぎましたよね?」

 

 クロエが問うと、聖は頷いて掌を見せてきた。

 

 掌の中心には真っ赤な拳の跡が残っており、防いだことが如実に現れていた。

 

「今のは俺も肝を冷やしたぜ。さっきのは良い動きだった。俺も気が付くのが遅れたら貰ってたな」

 

「うー、でもまだ師匠から一本も取れてないのが悔しいです」

 

「はっはっは。弟子にそう簡単に負けてたまるか。けど、今のは本当によかったぜ。アインハルトとヴィヴィオのスパーでも見て気分が高まったか?」

 

 放われたタオルとスポーツドリンクを受け取って頷く。

 

「それもあります。ただ、二人のスパーを見てるときちょっと頭痛かったんですよ。でもですね、今になったらそれが回復して、頭の中がすごくクリアになったんです。それであんな動きが出来たんです」

 

「へぇ……そっか。じゃあ、今日はそろそろ終わりにするか、明日はバイトだろ?」

 

「はい。ありがとうございました!」

 

 

 

 

 

 深夜、聖はリビングのソファに座り、愛機であるシュトラルス、弟子の愛機であるフリーレンと話していた。

 

「さて、シュトラ。さっきの鍛錬中のクロエの動き、どう見る?」

 

〈いくらヴィヴィオ様とアインハルト様のスパーリングを見て気分が高ぶっていたといっても、あの時のクロエ様の動きはいささか急成長が過ぎていました〉

 

 話題は鍛錬中のクロエの動きのことであった。あの時、クロエの動きは瞬間的ではあるが、聖を越えていた。あのような現象は今まで一度もなかったが故に疑問を持ったのだ。

 

 そして気がかりであるのは、ヴィヴィオとアインハルトのスパーリングの際、クロエが頭を押さえていたことだ。

 

「フリーレン。なんか心当たりとかあるか?」

 

〈……はい〉

 

 控えめな声で彼女は言った。

 

〈あの急成長は恐らく零王としての力が一時的に発揮されたのだと思います〉

 

 その答えに「やはり」と思った。 

 

 聖にも確信がなかったわけではない。クロエは知らないが、彼女は古代ベルカの王族の末裔だ。あの氷結の力もそこから受け継いでいる。

 

 だから今回のことも過去の王の力が関係しているのではないだろうかと考えていた。

 

「しかし何でまた急に?」

 

〈以前から兆候は現れていました。ですが、今日、ヴィヴィオ様とアインハルト様のスパーによって、聖王と覇王の魔力が少しですが衝突を起こし、それがトリガーになったのかと〉

 

「なるほどな……。過去に親交があるってあったし、魔力を感じて顔を出してもおかしくはないってことか」

 

〈もしクロエ様の中に眠る零王の力が完全に目覚めたらどうなるのですか?〉

 

 シュトラルスの問いに聖もフリーレンを見やる。

 

〈身体に害が出ることはありません。しかし、今よりも遙かに強力な氷結の力を手に出来ると思われます。また、セラ様も虹彩異色の持ち主でしたので、クロエ様にもそれが現れるかと〉

 

「じゃあ来週の練習試合には行かせない方がいいんじゃないのか? お前だってまだクロエに明かしたくはないんだろ?」

 

 元々フリーレンは、クロエの先祖を明かすことに対しては積極的ではなかった。恐らく、もう少し彼女が成長してから明かすつもりだったのだろう。

 

 だから今回も行かせないと思ったのだが、

 

〈いえ、来週はクロエ様に行っていただきます。それに私の見立てでは、完全覚醒には日を要すると思いますので〉

 

 返ってきたのは意外な返答であった。

 

 けれど、意外な答えであってもそれがフリーレンの決めたことであるのなら、止めることはすまい。

 

「わかった。来週は俺も非番だし、平気だろ。それに人体に影響がないなら安心だ。俺のときみたいに生死の境を彷徨う訳じゃないからな」

 

 かつて聖王の力を使い、身体を内側から崩壊しかけたことを思い出す。あの時はかつての相棒であるクラウンがその命を犠牲にして救ってくれた。

 

 クロエもそんな状態になるのかと、内心ではヒヤヒヤしていたものだが、フリーレンがそれはないと断言したので大丈夫なのだろう。

 

〈まぁあったとしても軽い魔力の暴走でしょう。と言っても怪我人が出ることはありません〉

 

〈ならばそこまで危惧する必要もありませんね。ただ、気がかりであるのは、もし力が覚醒した場合、クロエ様はその現状を受け止めきれるのでしょうか?〉

 

「俺は心配ないと思うけどな。アイツは根っこがしっかりしてるし、ちょっとやそっとじゃ動じない信念も持ってる。もしもひん曲がったら俺が叩きなおしてやる」

 

 グッと拳を握ると、小さく笑みを浮かべる。

 

〈叩きなおすのはよろしいですが、肉体言語はお控えください〉

 

〈そうですね。我がであるクロエ様も女の子ですので〉

 

「……へいへい」

 

 それぞれのデバイスに言われ、聖は内心で溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後、アラル港湾埠頭の廃棄倉庫区画に、クロエはヴィヴィオ達と共にやって来た。ギャラリーは前回と同じ面々だ。

 

 ヴィヴィオは集中したいがためか、アインハルトの到着を、みんなから離れた場所で待っていた。

 

 彼女からは気迫と決意の念が伝わってきていて、見ているこちら側にも緊張感が漂っていた。

 

「ヴィヴィオ、すごい集中してますね」

 

「踏ん切りがついたんだろ。先週お前が助言してくれたから、自分の本気の気持ちをぶつけるつもりなんだろうさ」

 

「師匠、私が助言したって気付いてたんですか?」

 

「まぁな。車乗ったときに明らかにヴィヴィオの雰囲気が明るくなってた。空元気じゃないってのはすぐに分かったから、お前が助言したんだってのはすぐにわかったよ」

 

「あのままにしておくわけには行きませんでしたからね。それに、次の日にはノーヴェがヴィヴィオに、アインハルトが覇王の末裔であることを教えたみたいですし。遅かれ早かれ気を引き締めたと思いますよ」

 

 照れ隠しをしながら言ってみる。

 

 そして埠頭に凛とした声が響いた。

 

「お待たせしました」

 

 皆がその声に視線を向けると、スバルとティアナに連れられたアインハルトが佇んでいた。

 

「アインハルト・ストラトス、参りました」

 

「来ていただきありがとうございます。アインハルトさん」

 

 アインハルトに対してヴィヴィオが頭を下げた。しかし、相変わらずと言うべきなのか、アインハルトの表情はどこか晴れない、悲しげな表情だ。

 

「相変わらずしょぼくれた顔してんな、アインハルトは」

 

「背負っているものがありますからね。それに、本当はヴィヴィオのことが心配なんでしょう。傷つけてしまわないか」

 

「よく見てるな」

 

「殆ど勘ですよ。でも、なんでか分からないけどわかってしまうんです。アインハルトとも初めて会った時、初めて会った気がしませんでしたし。思い出してみれば、ヴィヴィオやイクスの時もそうでした」

 

「ふぅん……」

 

 自分もなぜあのような感覚に陥ったのかはわからない。三人に共通していることは、三人はそれぞれ聖王、覇王、冥王というベルカ諸王時代の有名な王家の血筋であるということだけだ。

 

 彼女達と自分を比較してみても、共通点など見当たらない。

 

 結局デジャヴなど気にしていてはしょうがないと自己完結をして、放っておいているのだが、気になってしまうのは事実である。

 

 それに、ここに来る前フリーレンに言われたことも気になる。

 

 

 埠頭にやってくる前、クロエはフリーレンにこういわれた。

 

『よいですか、クロエ様。今日の二人の試合中、身体に変化が起きたとしても、それから逃げては駄目です。全てを受け入れてください』

 

『変化ってなに?』

 

『変化は変化です。それよりも分かりましたか?』

 

『う、うん。分かった』

 

『分かっていただけたようで結構です。そして、もし貴女が変化した場合、わたくしから貴女様にお話しなければならないことがありますので、覚えて置いてください』

 

 

 

 彼女はそう言って以来黙りこくってしまった。

 

 その変化というのはどういったものなのかは、わからないが、フリーレンがいつにもましてだけ真面目な声音だったので、重要なことであることは理解が出来た。

 

 でも気になるのは気になるわけで、

 

「ねぇ、フリーレン? さっき言ってた変化って……」

 

〈……お静かに。そろそろ始まりますよ〉

 

 質問はぴしゃりと却下されてしまい、強制的に前方を向かされた。

 

 見ると、ヴィヴィオは愛機であるクリスを持ち、アインハルトも胸の前で手を置いていた。

 

 そしてお互いにバリアジャケットを展開する。

 

 瞬間、先週味わった頭痛が奔り、ノイズが脳裏に映った。

 

「あ……くっ……!」

 

 先週とは桁違いの痛みだ。頭が割れるという表現には達しないにしろ、痛みは強い。

 

 ……駄目、ここで調子を悪そうにしたらヴィヴィオの覚悟が無駄になる。

 

 ヴィヴィオがアインハルトに想いを伝えられるように余計な心配をさせてはならないと、痛みを我慢して口をつぐむ。

 

 なんとか周囲にもばれなかったので、ヴィヴィオ達にも気付かれてはいないだろう。

 

 最初に動いたのはアインハルトだ。

 

 一呼吸の後にヴィヴィオに肉薄し、強烈な拳打を叩き込んだ。が、ヴィヴィオも腕をクロスさせることでそれを防いだ。

 

 アインハルトは防御されたことを拳を手早く引き、今度はヴィヴィオの顔面を目掛けて拳打を送る。

 

 間一髪、掠めるように回避したヴィヴィオだが、アインハルトの追撃は続く。

 

 通算にして三撃目の攻撃をヴィヴィオが回避した瞬間、ついにヴィヴィオが攻撃に転じた。

 

 アインハルトの懐にもぐりこんだ彼女は、左足でめいっぱい踏み込み、拳速をそのままに痛烈な拳打を腹部に叩き込んだ。

 

 重い音が響き、ダメージの大きさがうかがえる。

 

 同時に、クロエを襲うノイズがより強くなる。頭痛の方は、打ち合うたびに発生するのではなく、もはや常時発生している状態だ。

 

 後退したアインハルトに追撃を打ち込むヴィヴィオ。

 

 しかし、彼女の攻撃は防がれ、再びアインハルトの攻撃が始まる。それでもヴィヴィオの瞳に諦めの色はない。

 

 何度目かの打ち合いの後、二人が同時に拳を放った。クロスカウンターのような形になったものの、よく見ればヴィヴィオにダメージはなく、アインハルトの頬に拳が入っている。

 

「やった!?」と湧くリオやコロナであるが、あの程度ではアインハルトは止まらない。

 

 瞬時に構えたアインハルトにヴィヴィオがラッシュを浴びせる。アインハルトもそれに答えるかのように、ラッシュを捌きつつ打撃をあたえて行く。

 

「あああぁぁッ!!」

 

 ヴィヴィオが気合いの声を上げながらアインハルトの胸を目掛けて強撃を叩き込んだ。

 

 今までのダメージの蓄積もあったのか、アインハルトの腕部装甲が消えた。

 

 けれどそこでアインハルトは動く。足を引き、足先から力を練り上げてアッパーカットのように打ち出された拳が、ヴィヴィオの腹部にヒット。

 

 衝撃によってヴィヴィオは再び大きく飛ばされ、廃棄倉庫の壁に激突。

 

 勝負は決した。

 

 同時にクロエの身体にも変化が訪れ始める。先ほどまで苦しめていた頭痛が嘘のように止み、ノイズもそのなりを潜めた。

 

 引き換えに今度はノイズではなく、はっきりとした映像が頭の中に入り込んでくる。

 

 ……なに、これは? 見えてるのは雪、景色……?

 

 見えたのは一面の銀世界。天高くそびえる雪山に、生い茂る針葉樹、森の中を縫うように流れる綺麗な小川。

 

 次に見えたのは森の中にひっそりと、だが荘厳に、それでいて流麗な白銀の城。

 

 場面は変わって今度は城の中だろうか。赤いカーペットが敷かれた回廊を進むと、その先に重厚な扉が待ち構えていた。

 

 扉が開いて中を見ると、再び赤いカーペットが伸びていた。先を見ると、複雑な彫刻がなされた銀色の玉座の上に、一人の女性が座っていた。

 

 頭には蒼い宝石が輝くティアラをつけており、一目で彼女がこの城の主であることがわかった。

 

 瞳は蒼銀と黄金の虹彩異色。銀が少々強い蒼髪はシルクのように滑らかだ。

 

 けれどクロエは彼女を見た瞬間、想った。

 

 ……わた、し?

 

 そう、虹彩異色である点を除けば、目の前にいる女性は自身と瓜二つだ。もう一つほど違う点を上げるのなら、自分よりも背丈も高くスタイルもよい。少なくとも自分よりは三つ以上年上だろう。

 

 が、映像はそこで途絶えた。

 

 変わりに今度は自分の内側から膨大な魔力の奔流が湧き出してきた。

 

 強制的に魔法陣が展開し、魔力があふれ出す。

 

「クロエッ!?」

 

 聞こえてきたのはディエチの声だ。彼女に続き、ヴィヴィオを介抱していた皆がこちらを見た。

 

「おい、クロエ! どうしたっ!?」

 

 ノーヴェが焦ったように駆け寄り、アインハルトも心配げにこちらを見やってくるが、聖がノーヴェを止めた。

 

「聖さ――」

 

「黙ってみてろ。クロエ、家を出る前に言われただろう。力を拒むな。溢れる魔力を全て飲み干せ」

 

 厳しい口調に思わず「なにを」と言いかけるが、ハッとする。

 

 この止め処なく溢れる膨大な魔力の奔流は自身の身体の中からやってくるものだ。とすれば、自分に害をなすものではない。

 

 だからこれを抑えるのも簡単なはずだ。

 

 深呼吸の後、瞳を閉じる。

 

 ……落ち着いて。師匠に習った魔力運用の応用だ。魔力をねじ伏せるのではなく、身体に行き渡らせる。水のように。

 

 心を落ち着け、あふれ出る魔力を操り、自身の身体に馴染ませていく。

 

 すると、魔力の奔流はその流れを弱め、徐々に身体の中へと溶ける。やがて全ての魔力が自身の身体に収まった瞬間、ビキィ! という音と共に自分の周りに先端が尖った氷の円が出来た。

 

 それも束の間、形成された氷の円にヒビが入り、ガラスが割れるような音と共に砕け散った。

 

 いつの間にか展開していた魔法陣も消え、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになっていた。

 

「えっと……」

 

 自分の身体に目を落とすが、特に大きな変化は見られない。

 

 あるとすれば内面だ。リンカーコアは今まで以上に大きくなっているし、そこからあふれ出る魔力は今までと若干質が違うようにも感じる。

 

「クロエ、大丈夫か!?」

 

 聖の制止が終わったのか、ノーヴェを含め、ヴィヴィオを背負ったアインハルトや皆がこちらに駆けて来る。

 

「うん。特に身体に問題はない、けど。なんか急に魔力が」

 

 そこまで言ったところで、こちらを見ていたアインハルトが「あっ」と声を上げた。

 

「クロエさん、右目が……」

 

「右目?」

 

 言われて確認しようとしたが、鏡がない。けれど、オットーが手鏡を持っていたようで、「どうぞ」手渡してくれた。

 

 お礼を言ってから鏡を覗き込むと、思わず息を呑んでしまった。

 

 そこに移っていたのは紛れもない自分の顔。唯一つ右目だけが別のものとなっていた。

 

 今までどちらも蒼銀の瞳だったのに、今鏡に映る自分は、先ほど頭の中に流れた映像の女性と同じ、蒼銀と黄金の瞳を持っていたのだ。

 

「なに、これ……」

 

「どうなってんだよ。なぁクロエ」

 

「いや、それは私にもわからないんだけど……」

 

 ノーヴェに答えるものの、本当に自分でもわけが分からない。迷っていると、愛機が声を上げた。

 

〈わたくしがご説明いたします〉

 

 その声に皆がこちらを見た。

 

 そしてクロエは自身がどのような家系に生まれたのかを知ることになる。

 

 

 

 新暦79年春。高町ヴィヴィオとアインハルト・ストラトスが出逢ったこの時。

 

 聖王オリヴィエ。

 

 覇王イングヴァルト。

 

 冥王イクスヴェリア。

 

 彼等三王に並ぶ力を持ちながら、決して歴史の表舞台に立たなかった四人目の王。

 

 零王セラフィリア。

 

 彼女の正統なる後継者である少女、クロエ・コキルトスの美しき物語が幕を開けた。




はい、時間的には翌日に投稿できたってことでいいよね!
日が過ぎたといっても十分くらいだし!

そんなことはさておいて、さぁいよいよ目覚めました! 零王の力!!
昂ぶる、昂ぶるぞ! 俺の全身からアドレナリンが掻き出され、体中の血液を沸騰させる!
……はい、そんな感じでもう昂ぶりまくりながら掻きました。

途中、聖とクロエのスパー。
本気の試合でもないのにまるで最終回のような緊張感w
いや、そうでもないか……

なにはともあれこれでやっとこさ一巻終了ですな。
次回はセラ様の話をして、色々やって、合宿の話が持ち上がった辺りまで行きたいですね。
王の力が目覚めたことによりクロエの新技なんかもふえちゃったりなんかしちゃったり……

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