魔法少女リリカルなのはvivid-Blizzard Princess of Absolute Zero- 作:炎狼
アラル港湾埠頭の廃棄倉庫区画では、クロエとフリーレンを囲むようにしてノーヴェ達が座っていた。ヴィヴィオはと言うと、未だに意識が覚醒していないため、ディードの膝の上で眠っている。
〈では、クロエ様のご実家、コキルトス家がどういう家系の上に成り立っているのか、クロエ様がどういった方なのかをお話いたします〉
フリーレンは、ふわりと浮き上がりながら皆に告げる。それに対し、皆それぞれ緊張だったり、興味だったりと言った風な表情を浮かべる。
その中でもフリーレンと、その奥に座っているクロエを、特に真剣な眼差しで見ていたのは、アインハルトだ。
アインハルトは、覇王の記憶の一部を引き継いでいるため、古代ベルカのある程度の王達のことは知っているらしい。しかし、あの様子からしてセラフィリアのことは知らなかったのだろう。
〈軽く復習しておきますが、皆様コキルトス家のことは知っておられますよね?〉
「それは勿論だよ、フリーレン。だって時空世界と代表する超一流企業だよ? 知らない人のほうが珍しいと思うよ」
「だね。あたしの地元のルーフェンにだって支社があったし」
コロナとリオがそれぞれ答えた。
〈結構です、コロナ様、リオ様。今お二方が答えてくださったとおり、コキルトス家は時空世界有数の企業であります。ですが、昔からそうだったわけではありません。コキルトス家が現在の地位を獲得したのは、つい二十数年前それ以前はコキルトスと言う名は浸透していませんでした。
では前置きはこの程度にしておいて、本題に入りたいと思います。結論から言いますと、コキルトス家は、古代ベルカの王族の純血統です。ですが、古代ベルカにおいて、コキルトスは決して歴史の表舞台に立つことはありませんでした。まぁ元々が争いを好まない王族でしたからね。そしてコキルトスが居を構えていたのが、古代ベルカ時代の北方に位置していたシュネイという雪国でした〉
シュネイという国名に、アインハルトを含めその他全員がピンと来ていない様子であった。まぁそれも無理はないだろう。シュネイが栄えていたのは、古代ベルカ時代だけである。しかも、表立って動かなかったのだから、歴史書に名を残すはずもない。
〈わたくしが仕えていたのは、セラフィリア・スクラディーネ・コキルトスという御方です。長いのでセラ様と略しますが、セラ様は今のクロエ様と同様、蒼銀と黄金の虹彩異色の持ち主で、同じく氷結の力を持っていました。わたくしは、彼女によって発掘されたのです〉
「発掘?」
ノーヴェが『発掘』と言う言葉に対し、怪訝な表情を浮かべた。
〈当時はわたくしのようなインテリジェントデバイスは皆無でした。技術自体進んでいないので当たり前ですがね。で、これはわたくしの推測ですが、わたくしの起源はどこか別の世界で開発されたのでしょうと考えています。なにぶん、セラ様に会うまでの記録がないので〉
「場合によっちゃ古代遺産
〈確かに。ですが残念がならわたくしにそのような力はないため、暴走して次元震やら次元断層は起しません。
……話を戻しましょう。まぁわたくしがセラ様と過ごしたところは今は必要ないので、省きまして、セラ様はちょうどアインハルト様の先祖、覇王クラウス殿下や、聖王オリヴィエ姫殿下と同い年で、親交もあり、お二人も何度かシュネイに滞在したこともあります〉
「クラウスが、ですか?」
アインハルトが驚いた表情を浮かべた。やはり、彼女が引き継いだ記憶の中にシュネイの情報はなかったようだ。
〈ええ、お二人ともまだ子供の時代でしたがね。ちょうど、ヴィヴィオ様くらいの年齢の時でした。そしてオリヴィエ姫殿下がゆりかごに搭乗して以降、お二方との親交もなくなり、セラ様も結局戦争には参加せずに、最終的にわたくしが壊れないよう、風化耐性の魔法と、劣化防止の魔法をかけてからその生涯を閉じました。
まぁここまで長々とお話しましたが、結局のところ何が言いたいかと申しますと、クロエ様は、セラフィリア様の血を一番濃く受け継いでいる正統なる後継者であるということです。それがこの場で覚醒したのは、ヴィヴィオ様とアインハルト様、それぞれの王の魔力に反応して、覚醒に至ったのだと思われます〉
フリーレンはそう告げ、「以上で昔話はおしまいです」と締めくくった。それぞれが彼女の昔話に思うところがあるのか、それぞれ反応していると、唯一、フリーレンの背後に座っていたクロエが何か腑に落ちなさそうな表情をしていた。
「気になったんだけどさ、フリーレン。その私のご先祖っていうセラフィリアさんは、どうして覇王や聖王と親交をもてたの?」
その質問は全員が少なからず持っていたようで、皆そういえばという反応をとった。
〈あー、それですか。さっき、コキルトスが争いを好まない王族といいましたが、アレは全体的に見ての話です。実際のところ、不規則ではあるのですが、たまに非常に御転婆というか、好戦的というか、そう言った血を持った人物が生まれてくるらしいのです〉
「じゃあ、セラさんはかなり好戦的だった?」
〈好戦的というよりは、前者の御転婆というのがしっくり来るかもしれません。それでいて興味を持った人や物には、一直線ですからね。その結果、覇王、聖王どちらにも使節を送り、親交を深めていったのです。冥王殿下とも文通はしていました〉
「なんつーか、すげーアグレッシブな人だったんだな」
〈ええ。メイドや執事達の制止を聞かず、野山を駆け回り、城下町では一般の子供たちと共に遊んでいましたからね〉
しみじみとした声音のフリーレン。けれど、なかなか衝撃の事実である。王族というのはあまり一般人と関わらないイメージだが、コキルトス王族はかなりオープンであったらしい。
「あ、私も気になったことあるんだけどいいかな?」
〈どうぞ、ディエチ様〉
「うん。シュネイは戦争には参加しなくて、一部を除いて好戦的じゃないって話だけど、敵国とかが攻めてきた時はどうしたの? 和平交渉とか?」
〈そのあたりは、ただひたすらの防衛戦でしたね。決してこちらからは仕掛けませんが、侵略された場合は強固な防衛をしていました。セラ様の時代には、周辺の小国が連合軍を組み、侵攻してきましたが、徹底した防衛戦で撃退しました。雪国であり寒冷地ということも幸いし、敵国も容易に攻め入っては来れませんでした〉
「その時はセラさんはどうしてたの?」
〈先ほどの説明で大体予想はつくと思われますが、最前線にいました。とは言っても防衛に徹するので、兵士達を守るための防御氷壁の形成や、敵の戦意を喪失させるための魔法ばかりを使っていましたがね〉
「なるほどね。じゃあ相当な魔力量だったんだね。なのはさんぐらいかな?」
ディエチが聖やティアナ、スバルに対して視線を向けると、三人はそれぞれ顔を見合わせた。
なのはも相当な魔力の持ち主であるので、そういった考えにたどり着くのも頷けるのだが、
〈いえ、セラ様の魔力量はなのは様の比ではありません。全盛期では、なのは様をはるかに上回っていました。一瞬で氷山を形成したりは容易でしたね〉
「それもう自然災害じゃね?」
「ってちょっと待って! 私ってその人の純血統なんだよね。さかそんなことが出来るようになるわけ!?」
〈可能性は充分にありますね〉
「すっごく冷静だけど、私うまく使えるか不安なんだけども!?」
「その辺は自分でがんばれ。まっ、ちゃんと練習してんだから何とかなるだろ。ってわけで、今日はそろそろ帰るか。全員用事は済んだろう?」」
聖が立ち上がって帰ることを伝えると、皆もそれに答える。
すると、アインハルトがディードの下に歩み寄り、ヴィヴィオを背負った。どうやら二人の間に出来かけていたしこりも解消されたようだ。
埠頭での一件の後、高町家に到着したクロエは、洗面台に立って変化した自分の瞳をまじまじと観察していた。
「ふーむ、どういう原理で色が変わってるんだろ、これ……」
グイッと瞼を上げて瞳を動かしてみる。顔の骨格や視力は変わっていないものの、やはり妙な雰囲気だ。
やがて確認するのも面倒になったクロエは小さく息をつく。
「まぁ、ちょっとしたおしゃれだと思えばいっか。というか、私が王族の末裔だったなんて……」
ふむと口元に指を当てる。
フリーレンに言われたとき、最初はそれなりに驚いたものの、妙に落ち着いていた。これも零王の力に目覚めた影響なのだろうか。
幼少の頃からコキルトス家は、それなりに歴史のある家系だと祖父や祖母から聞かされていたが、まさか古代ベルカから血筋が続いているとは……。
「流石にそこまでは予想がつかなかった」
しかし、フリーレンが言ったことは事実だ。零王の力が覚醒した証拠に、今クロエのリンカーコアはかつてないほどにその輝きを増している。
……もっと魔力運用をうまくしないとなぁ。最悪の場合自分が押し潰されるかも知れないし。
大きな力と言うのは、持っているだけで危険が伴うものだ。自分自身の中から湧き上がった魔力とはいえ、気を抜けば身体を壊しかねない。
「もっと修業がんばらないと!」
フンス! と気合いを入れたクロエがリビングに入ると、ヴィヴィオと聖が話しているところだった。どうやらアインハルトと仲良くなれたことが嬉しいのだろう。
あの後アインハルトが聖の車にヴィヴィオを乗せると、ちょうど彼女が目覚め、二人はやっとぎこちなさを解消して話せるようになったのだ。それだけではない。ヴィヴィオは自分自身の気持ちを伝えられたことが嬉しくてたまらないのだろう。
「ご機嫌だね、ヴィヴィオ」
「はい! アインハルトさにわたしの気持ちをしっかり伝えられましたし、仲良くもなれたので、もう大満足です!」
「よかったね」
満面の笑みを浮かべるヴィヴィオの頭を撫でると、彼女も「えへへ」と少しだけ気恥ずかしそうに笑った。
「まぁ、ヴィヴィオとアインハルトが仲良くなったのはさて置いてだ。クロエ、今日の鍛錬はナシな。筋トレならいいけど」
「え、何でですか? 私なら元気ですけど……」
「元気そうなのは見て分かる。けど、身体全体がなんとなくふわふわするっつーか、妙にざわざわする感覚があるんじゃないか?」
「言われてみると、そうなような」
改めて自身の身体に集中してみる。
確かに聖の言うとおり、身体全体がどこか軽くなったような、そんな感覚がある。
「零王の魔力が完全に身体に馴染んでないんだろ。下手に魔力を使うと、制御できなくなる可能性があるからな。お前自身に害がないと言っても、周囲には危害が及ぶはずだしな。お前もそれは嫌だろう?」
「はい。じゃあ、今日は休息日にさせていただきます」
「うん、それでいい。休める時はしっかり休まないとな。……今は午後二時半か、パンケーキでも作るか」
「わーい、パパのパンケーキだー」
喜ぶヴィヴィオの頭を撫でつつ、聖はキッチンへと向かった。そんな彼の後姿を見つつ、クロエはヴィヴィオに問うた。
「ねぇ、ヴィヴィオ。師匠のパンケーキっておいしいの?」
「クロエさんはまだ食べたことなかったんですよね。美味しいですよ。パパって執務官だからフェイトママと同じで、昼間はあんまりいないのでたまにしか食べられないんですけど、本当に美味しいですよ」
「へぇ、それは楽しみだなぁ。というか、師匠が料理してるところ自体あんまり見たことないから意外性の方が強いんだけど」
「あー、パパって性格的にもそういうのしなさそうに見えますよね」
若干表情を引き攣らせるヴィヴィオ。確かにそのとおりでもある。言ってはなんだが、聖は所々がさつな面がある。そのことでフェイトにおしかりを受けているのは珍しくない。
「まぁ師匠がおやつを作ってくれる以上に、驚きなのが、私が王族の末裔ってことなんだけどねぇ」
「古代ベルカのシュネイっていう国の王様の血筋だったんですよね。それに、わたしと同じで虹彩異色にもなってますし」
「そうなんだよ。鏡をみるとなんか違和感あるけど、さっき洗面台で見てきてちょっとしたおしゃれとしてみることにしたよ」
「ご両親に報告はしないんですか?」
「お父さんにはしておこうと思うけど、母さんは……多分全然気にしないよ。古代の話なんて気にしない人だからね」
少しだけ声のトーンが下がったのは自分でも感じられた。相変わらず、母親のこととなるとナイーブになってしまう。
決してトラウマなわけではないが、好きと言うわけでもない。
「ホント、嫌な人だよ。母さんは……」
「?」
かなり小さく呟いたので、ヴィヴィオにははっきりと聞こえなかったようだ。なんでもないと首を振ってごまかしておく。
……私の家の問題にヴィヴィオ達を巻き込むわけにもいかないしね。
そう、たとえ家に居候させてもらっているからと言っても、家の問題にまで巻き込むわけには行かない。自分の問題は自分で解決しなくては。
しばらくすると、パンケーキが出来上がったようで、聖が皿に盛ってきてくれた。ヴィヴィオの評価どおり、絶品とまでは行かないが普通に美味しく食べられた。
夕食の後、クロエは自室で、フリーレンと話しながら軽いストレッチ運動をしていた。
「それにしても、フェイトさんとなのはさんがあんなに取り乱すなんて……」
〈フェイト様はヴィヴィオ様が大人モードになったときも腰を抜かしておられましたし〉
「あれは前情報がなかったからでしょー? 私の先祖のことはフリーレンが師匠とはやてさんには話したらしいから、こうなることは分かってたと思うんだけどなぁ」
実は、二人が家に帰って来たとき、出迎えたクロエの瞳を見たフェイトが、へなへなと腰を抜かしてしまったのだ。それに続いて、なのはが「クロエの瞳の色が変わってる! 病気じゃないの!?」と心配げに瞳を覗き込んできた。
一日で目の色が変化してしまえば、それは驚きもする。その後は聖が何とか二人を宥め、クロエも自分が零王としての力に目覚めたことを話し、結果二人は落ち着いてくれた。
「けどちょっと面白かったかも。二人とも普段冷静だし」
〈そうですね。ですが、申し訳ありませんでした。クロエ様?〉
「なにが?」
〈貴女様のご先祖のことです。わたくしはずっと分かっていたのに、最初に貴女に話すのではなく、聖様に話してしまいました〉
「あぁ、そんなこと。そんなの謝らなくていいよ。フリーレンには、フリーレンの考えがあったんだろうしね。それに、私が小さいうちに話して、余計な心配をかけないようにしてくれたんでしょ? フリーレンは優しいからね」
十年以上一緒にいるからこそ、相棒のことはよくわかっている。フリーレンは主である自分のことを、本当に心配してくれる存在だ。
時には厳しいことを言われたり、おちょくられることもあるが、全て自分を思ってのことだ。
「だから私は全然気にしてないよ。それよりも私は私で心配かな」
〈なにがです?〉
「セラさんみたいに力をうまく使えるかだよ。そうしないとフリーレンにも愛想つかされちゃいそうでさ」
〈それこそ勘違いですよ。クロエ様。よいですか、確かにわたくしの以前の主はセラ様でした。しかし、今は貴女様がわたくしのマスターでございます。貴女に愛想を尽かすなど、万に一つ、いいえ、兆に一つもありはしません〉
「そっか……うん、それならよかった」
内心でホッとした。やはり、フリーレンは自分のことを素直に思ってくれているようだ。
〈クロエ様であれば、きっとセラ様を越えられると確信していますよ〉
「そ、そう?」
面と向かって言われるとなかなか照れるものであり、僅かに頬が熱くなる。
〈がんばってください。クロエ様。貴女の夢のためにも〉
「うん。がんばるよ」
自分の中に流れる強大な力を感じながら、クロエは夢に一歩でも近づけるようにと決意を新たにした。
コキルトスグループ本社ビルの最上階、コキルトス家の邸宅の一室、ユスティナ・コキルトスの書斎では、ユスティナが空間モニタをいくつも投影して次々に案件の整理をしていた。
その表情には苦悶の色などなく、完全に集中しきっている。室内にはキーボードを叩く電子的な音が響くだけとなっていた。
すると、書斎のドアが開き、恰幅のよい男性が入ってきた。ユスティナの夫であるエドワルドだ。
彼の手には、高級そうなトレイがあり、その上にはこれまた高級溢れるティーポットとティーカップ、そして美しい配色がなされた皿の上にはマカロンが彩られていた。
「お疲れさん。ティナ。紅茶でも一緒にどうだい?」
彼は言いながらユスティナのデスクの上にトレイを降ろす。
ユスティナも先ほどまでせわしなく叩いていたキーボードを閉じ、モニタも閉じた。
「ありがとう、エド。それじゃあ頂くわ。あなたの入れる紅茶は美味しいから」
「お褒めに預かり光栄だ。それじゃあちょっと待っててくれ」
大仰にお辞儀をしたエドワルドは、手馴れた様子でポットに入っていた紅茶を注いでいく。キッチンであらかじめお湯をいれ、ここに来る時に最適な美味しさになるように調節していたのだろう。
紅茶がカップに注がれていくと、花の様な甘い香りが漂ってくる。
「そういえば、さっきクロエから連絡があったよ」
「そう……なんて?」
「こっちは元気だから心配するなとさ。今はヨハンと話してる。こっちも回線つなぐか?」
「別にいいわ」
ユスティナは肘掛に肘をつき、頬杖をつく。その様子を見たエドワルドはやれやれと頭を振りつつも、淹れ終わった紅茶とマカロンを差し出してきた。
「ありがとう」
「どういたしまして。それにして、お前とクロエは本当によく似ているね」
「そうかしら」
「ああ。頑固なところとか、一度決めたら一直線なところとか、素直じゃないところとかな。やっぱり親と子は似るんだな」
「……だったら、私の言うとおりに生きて欲しいのだけれどね。それなのにあの子は……」
「言ってやるな。俺はいいと思うぞ? 皆を幸せにする魔導師。うん、実に格好いいじゃないか」
エドワルドは自分の分の紅茶を入れ終え、ソファに座る。彼の表情は実に満足げで、クロエが魔導師の道に進むのを応援しているようだった。
「格好いいのは結構だけれどね。あの子にはこの会社があるじゃない。この会社を継いでしまえば、不自由なんてしないのに、わけがわからないわ」
「うーん、多分、その考えを持ったままじゃ、お前はいつまでたってもクロエのことを理解できないと思うぞ」
「どういうこと? 私はあの子のためを思ってやっているのよ? 子育てだってお粗末にしたことはないし、寂しい思いだってさせなかったわ。習い事だって、全部あの子のためを思って始めさせたのに」
「だから、そうじゃないんだよ、ティナ。あの子のためを思うなら――――いや、これはお前自身がたどり着かないといけない問題だな」
エドワルドは言葉を途中で切り、自分の分の紅茶とマカロンを全てたいらげてしまった。
「いいかい、ティナ。本当にクロエのことが大切であるなら、あの子がどういう気持ちでいたのか、自分の記憶と辿って考えてみるんだ。そうすればおのずと答えは見つかる。カップと皿は自分で片付けてくれ。俺もやることがあるんでな」
言い残して彼は書斎から出て行ってしまった。
残されたユスティナは、額を押さえて椅子の背もたれに身体を預けた。
「……私の、何が間違っていたというの? ねぇ、クロエ?」
今は別のところで暮らしている愛娘の名を呼ぶが、それに答えてくれる者はおらず、空しき静寂が蔓延るだけであった。
書斎から出たエドワルドはトレイを持ってキッチンに戻ってきた。
すると、リビングから足音が聞こえた。
目を向けると、息子であるヨハンがいた。ヨハンはユスティナやクロエと同じ髪色をしているが、顔のパーツとしては若い頃の自分にそっくりである。
「クロエとの話は終わったか? ヨハン」
「うん。お姉ちゃん、元気そうだった。でも、あの目って……」
「ああ。零王とやらの力が覚醒した影響らしい。俺は入り婿なんでわからんが、コキルトス家は古代ベルカ時代の王族の末裔だったらしい。どうやら、クロエはその時の王の力を眠らせていたようだな」
「なんていうか、お姉ちゃんも色々大変だね。母さんとはアレだし、王の魔力には目覚めちゃうし」
ヨハンはやれやれと頭を振る。
時折ではあるが、ヨハンは実年齢よりも年上に見える。この歳で達観し過ぎている気もするが、このような家柄に生まれたのだからしょうがないのだろうか。
「とりあえず、このことはお母さんには黙っておこう。下手に刺激すると何をするかわからん」
「りょーかい。それじゃあ僕はそろそろ寝るね。おやすみ、お父さん」
「おう、おやすみ。よく寝ろよ」
寝室に向かうヨハンと軽くハイタッチをかわす。
エドワルドはティーセットを全て洗い終えた後、リビングの窓から、眼下に広がる街並みを見やる。
「……がんばれよ。クロエ」
零王の力に目覚めてから数日、今日も今日とてクロエは、聖との鍛錬にいそしんでいた。そして今日は久々に教導場を借りることができたので、それなりに激しい戦闘も出来る。
現に今も二人はバリアジャケットを完全展開した状態で、バインド、砲撃、ありきの魔法戦を展開している。
「フロスト・ハウンド!」
クロエの周囲に魔力で形成された氷柱が発生する。が、そこでクロエは妙なことに気が付いた。
……いつもより、形成されるのが早くなってる?
そう。今までよりも圧倒的に氷結の力が強くなっているのだ。氷の発生から形成まで、あっという間だ。
「シュート!!」
思いつつも氷柱を射出。
射出される速度は今までと大差はないが、僅かに速度も向上している。けれどもそれ以上に、着弾した後の破壊力が段違いだ。
今までのものをドローン一体分の貫通力だと仮定すれば、今のは明らかにドローン三体以上を貫いただろう。
……これが零王の魔力。
内心で手にした魔力の強大さに舌を巻きそうになるが、そこで、背後から殺気を感じた。
すぐさまそれに反応し、足下に氷を張って回転。背後にはやはり、拳を振りかぶった聖がいた。
やはり、魔力自体に驚いていたためか、身体を反転させても回避も防御も間に合わない位置だ。頭の中で思考がスパークするが、打開案が見つからない。
思考を走らせているうちにも彼の拳は、迫ってくる。
そして聖の拳が身体に届きそうになった瞬間、身体がスッとその場から後ろに下がった。
これにより聖の拳打はクロエに届くことはなく、空を斬った。
「っ!」
聖も驚いた表情を浮かべていたが、一番驚いたのはクロエだ。なにせ、身体が動いたのは殆ど無意識だからだ。頭では聖の攻撃をどうやって避けるべきかと模索していた。だから身体までには指令が言っていなかったはずなのだが……。
「どうなって……」
驚きつつ自分の足元を見てみると、自身の靴底から氷の刃のようなものが飛び出ているのが見えた。それは踵のほうまで伸びているらしく、スケート靴のブレードのようになっていることが分かった。
「なるほど、これで避けられたんだ。よし、それじゃあ反撃開始ッ!」
そう意気込んで構えを取ったはいいものの、前方にいる聖が声上げた。
「待て、クロエ! 後ろ!!」
「え?」
言われて背後を見てみると、そこには廃ビルの壁が。
すぐにそれを避けようとしたが、時既に遅し。クロエはそのまま壁に激突してしまった。
「いてて……」
「ったく、注意力が散漫だぞ?」
「すみません」
昼食をとりながらクロエは聖に叱責されていた。
あの時、中々の勢いで壁に激突したせいでしばらく気を失ってしまったのだ。だから満足な鍛錬も出来ていない。
あれは自分のミスによって発生したものだ。そこは素直に恥じておく。
「にしても、無意識に身体がねぇ……」
「はい。やっぱり、これも力が覚醒した影響なんでしょうか?」
「どうだろうな。フリーレン、さっきのはセラフィリアも使ってたのか?」
サンドウィッチにかじりついた聖が問う。
〈はい。アレはセラ様がよく使用していた移動手段ですね。靴などの裏に氷のブレードを形成し、スケートの要領で駆け抜ける。と言った具合です〉
「なるほどね。そういやヴィヴィオも魔力固めてそんな使い方してたっけな。スピードは明らかにクロエの方が上だったが」
聖は一口大のサイズになったサンドウィッチを口の中に放り込むと、水筒のお茶を飲んでから話を続ける。
「だとすると考えられるのは、今のお前はアインハルトと殆ど同じ状態だってことだな。アインハルトの場合、身体資質に虹彩異色、一部の記憶だが、お前の場合はそれにプラスして、当時セラフィリアが使用していた魔法も使えるようになっちまってる」
「魔法まで……」
「とは言っても本当に一部だけだろうがな。それに制御が出来ていない点から見ると、それをどういう風に使うかまでは分からないんだろう。まぁその辺は、フリーレンと話し合って自分で解明して行くんだな」
「了解です」
クロエは頷くと拳を握って体の調子を確かめてみる。
数日前、覚醒したばかりの頃は身体がふわふわ浮いたような感覚だったものも、現在では落ち着きを取り戻し、以前の状態に戻っている。
模擬戦を行ってわかったことは、前よりもはるかに力がレベルアップしていることだ。しかし、内心不安でもある。レベルアップしているということは、難易度も上がり、それだけ危険性が高くなったということでもあるからだ。
……ちゃんと扱えるかな。
一度決意したというのに、またしても不安感が襲ってくる。やはり強大な力はそれだけ恐ろしいということか。
「クロエ、力が不安か?」
唐突に言われたので聖を見ると、真剣な眼差しが向けられていた。
「もし、不安ならリミッターをかけるという手もあるが、どうする?」
リミッター。主に一部隊による高ランク魔導師のオーバーホールド状態の際、能力にリミッターをかけることで査察などと通過する時に用いられる手法だ。その他にも、訓練状仕方なくということもある。
実際、この申し出はありがたくもあった。リミッターをかければ、魔力を暴走させることもないだろうし、周辺にも危害が及ばない。
けれど、それでいいのだろうか?
答えは否だ。
なぜなら、これぐらいのことで力に恐怖を感じていては、強くなどなれないからだ。
だから、クロエは聖に対して首を横に振った。
「いいえ、リミッターはかけません。自分自身の力で完璧に力を制御してみせます」
そうだ。力から逃げてはいけないのだ。逆にこの力を組み伏せるという気持ちでとりかからなければ、インターミドルの上位など夢のまた夢となってしまう。
聖もクロエの返答に満足がいったのか、うん、と小さく頷く。
「お前が決めたのならそれでいい。ただ、無茶はするなよ? 身体に疲労がたまっていたり、調子が悪いと思ったときは、魔法は極力控えるんだ」
「はい!」
「いい返事だ。っと、そうだ。もう合宿旅行のことは聞いてるよな?」
「再来週でしたよね。大丈夫です。バイトも休ませてもらえることになったので、問題ありません。場所は、去年はやてさん達と行った、ルーちゃんの所ですよね」
「ああ。カルナージのルーテシアんちだな。オフトレだけど、去年にもまして激しさが増すだろうから、覚悟しとけな」
「り、了解しました」
激しさが増すという言葉に若干頬を引き攣らせながらも返答する。
去年は去年ですごかった。なにせ、はやてを含め、ヴォルケンリッター全員とチーム戦を行ったのだから。しかし、そこから学んだこともとても多かった。特にシグナムや、ヴィータ、ザフィーラからは近接戦闘における間合いの取り方もしっかりと学べた。
今年は恐らくアインハルトも参加することになるはずだ。ノーヴェあたりが誘っていることだろう。
「楽しみだなぁ」
「ああ。俺も楽しみだ。今回は絶対になのはとフェイトに無敗で勝つ」
「あんまりやりすぎて夫婦喧嘩に発展しないでくださいね……」
「その辺は大丈夫だって。ウチは基本的にバトルジャンキーしかいないから」
笑って言っているものの、それは笑って言うことだろうか。
「あぁ、そうだ。クロエ、合宿までに新技作ってみろ」
「新技、ですか?」
唐突な指令にきょとんとしていると、聖が解説を始めた。
「白雲流もしっかり覚えてきて、格闘戦もうまい具合に出来るようになってきたからな。今度はそれに自分自身の技を組み合わせてみるもよし、まったく新しい魔法を開発するもよしだ。それをすることによって、零王の魔力の使い方も自然と学べるだろうからな」
「……わかりました。やってみます!」
「よし。そんじゃあ飯を食い終わったら、今日はもう少しやってくぞ」
「はい!」
お待たせしました。
とりあえず今回はセラ様がどういった人だったのか、シュネイがどんな国だったのかって感じですね。あとはちょっと出てきたコキルトス家。
最後の方は新技と新たな戦法の布石みたいな感じですかね。
次回は一気にオフトレに行くトコまで持っていきます。
新技もチラリと出てくるかもです。
その次は温泉やったり、色々やって、次の次くらいでチーム戦ですね。
では、感想などありましたらよろしくお願いします。